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April 30, 2005

30.勝鬨橋

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 毎日、勝鬨橋を眺めながら暮らしている。その橋のたもとに出来た「かちどき橋の資料館」が明日オープン、今日は近所の皆さんへの内覧会というので、早速出かけてみた。はね橋を上げ下げするための変電所を、都が改築した小さな資料館である 勝鬨橋は、1940年晴海で予定されていた「東京万国博覧会」のメインゲートとして、隅田川河口に架けられた橋で、中央が開閉する跳ね橋である。名前は、明治時代の日露戦争の勝利を記念して、築地と月島の間の渡し船につけられた「かちどきの渡し」に由来している。
 隅田川を大型船が航行する時、中央は70度まで開き、渋谷から青山、銀座を経て月島に向かう都電も橋の前で停車、東洋一の跳開橋見物に押し寄せた人々を楽しませたそうだ。Imgp0649

 1970年、川を航行する船の減少、通過する車の増加を理由に橋の開閉を中止、今日に至っているが、地元住民の間では、再び「跳開を」の声が高まっている。

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April 29, 2005

29.芝桜の丘

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 NHKのお天気カメラが、毎日「芝桜の丘」を映すので、連休前に秩父に出かけた。場所は、西武秩父駅から歩いて20分、市街地を抜けた武甲山の麓「羊山公園」。ここはもともと綿羊の牧場があったところで、埼玉の毛織物の発祥の地でもあるのだそうだ。
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 6年前市と観光協会が、「冬」の「秩父の夜祭り」に加えてもうひとつ観光の目玉を、と1万㎡の牧場跡地に24万株の芝桜を植えた。土地が粘土質のためなかなか根付かず苦労したようだが、3年前頃から花も増えはじめ、観光客も訪れるようになった。
 今年はさらに栽培面積を1万5000㎡に、品種を11種類、株を33万に増やした。花は周囲の丘のソメイヨシノが散り始める頃から咲き始め、四月中旬には満開、5月上旬まで見事な花の絨毯を見せてくれる。
 昨日は休日ではなかったのに、県外からの観光バスが駐車場にあふれ、多くの観光客で賑わっていた。「芝桜の丘」の入場料は無料、手入れもボランティアが行っているそうだが、管理のための協力費100円(任意)を募っていた。協力費を払って以上取材した次第。
 なお「芝桜の丘」全体のデザインは、アートデザイナーの西喜恵子さん、秩父夜祭の屋台や笠鉾の囃し手の襦袢模様をデザイン化したもので、夜祭の躍動感を表したのだそうだ。
 今年の冬はまた、「秩父」に行こう。


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April 27, 2005

28.阿修羅城の瞳

 今年に入って観た6作目の日本映画が「阿修羅」。松竹と劇団☆新感線が5年前に上演した舞台の映画化である。いわば歌舞伎と商業演劇のコラボレイト、おもしろい映画となった。
 主役は歌舞伎界のホープのひとり、七代目市川染五郎。父は先代染五郎・現九代目松本幸四郎、妹が松たか子。そして相手役は、「たそがれ清兵衛」や「父と暮らせば」で数々の賞に輝き、今や演技派女優に数えられる宮沢りえである。
 劇団☆新感線の中島かずきの原作を、「陰陽師」の滝田洋二郎が監督したといえば、ストーリーの展開は想像がつくが、染五郎がとことん歌舞伎調でセリフをはき、りえが舞台演劇そのままで返すのがうける。脇を固める樋口可南子や小日向文世、内藤剛志、渡部篤郎ら芸達者たちが徹底的に傾く(歌舞く)のも見ものだ。
 「恋をすると鬼になるー越えてはいけない愛の結界」.楽しくおもしろく哀しくせつなく,宿命の恋を染五郎・りえが演じた。

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April 26, 2005

27.コンスタンティン

 「マトリックス」のキアヌ・リーブスが天国と地獄のエージェントを演ずる、異様な世界の物語。今日の朝日の夕刊で、監督のフランシス・ローレンスが「皆にとってありえる地獄、身近に感じられる地獄を作りたかった。その方がリアルだから怖い・・・・・キリスト教らしさを払拭したかったしね」と語っているが、この映画はクリスチャン、なかでもカソリックや聖書の教義や知識を持たないブッデストの私にとっては、難解だった。
 とくに「地獄」の描き方は、仏教の思想とは全く異なる。針の山や血の池、熱湯の釜から、慈悲にすがって浄土へ逃れようとする我々凡人と違って、ここでは「天国」と「地獄」が完全に棲み分けられる。「地獄」の住人は、決して「天国」など求めない。「地獄」こそ欲望を求める、人間の本来現実世界だからなのである。
 ミュージックビデオの第一人者であるローレンス監督の映画第一作は、420シーンに上る特殊効果映像によって、我々を超現実の世界に誘う。

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April 25, 2005

26.築地市場(2)

 有楽町で映画を観てから、魚河岸に足をのばす。いつもより遅く昼過ぎの所為か、買い出しの客は少ない。馴染みの「三宅水産」も店仕舞いの直前、いつもの半額近い値で鮮魚を分けてもらった。
 場内の鮨屋はどこも観光客が行列、中国人・韓国人も多い。パンフを片手にした若い韓国人カップルに、寿司屋を尋ねられる。ここでは、「反日」ではなく「愛河岸無罪」のようだ。
 こちらの今日の目当ては、洋食屋の「豊ちゃん」。場内海幸橋門に近い「魚がし横丁」1号館にある。お昼休みのせいか、近くの新聞社やテレビ会社、広告会社、自動車会社の若いサラリーマンたちが並んでいる。それぞれ胸にIDカードをぶら下げているので、すぐ判る。
 10分ほど待ってカウンターへ。いつものように「アタマ」を注文。揚げたてのトンカツを卵で素早くとじて皿に移す。カリッとした食感が特徴。カツ丼の具とご飯を別々の皿に分けて出すメニューで、ご飯の上の具を「頭」に見立て「ナイアタマ」とか「アタマライス」と客が呼ぶようになった。
 オムハヤシライス(970円)も人気メニューのひとつ。卵三個を使って焼き上げたオムレツをご飯にのせて、その上にハヤシのルーがたっぷりかかる。ボリュームがあるので、女性やオジサンたちは「ご飯少々」と断っておかないと大変な目に遭う。
 オムレツライス(850円)、オムカレーライス(970円)、隣で若い女性が目を白黒させながら食べていた豪快な「カキフライライス」が1210円。私の「アタマ」は970円、満腹を少しでも軽くしようと、家まで歩いて帰った。

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April 24, 2005

25.同窓会

 毎年5月、関東に在住する加世田高校同窓生の集いを開いている。ちょうどその頃、全国の高校校長会が東京であり、郷里から上京してきた校長を囲んで母校の話を聞こう、ということから始まった。
 「集い」は今年で19回、会を重ねる毎に同窓生等の消息も判り、会員名簿は1300人を越えた。九州の南端からよくもこんなに多くの仲間が上京しこの地に定住した、と思うと感慨深い。
 大先輩が1935年卒、最も若い人が4月に入学した大学生。母校は1923年開校だが、関東でも70年以上の歴史を数えることになる。
 同窓会といえば、ただ往時を懐かしみ酒を酌み交わすだけで終わってしまいがちだが、この「集い」では、現在第一線で活躍している同窓生を招いて話しを聞くことにしている。落語家の林家彦いち師匠、数少ない女性市長・平塚市の大蔵律子さん、そして今年は、金星の研究で有名な宇宙科学研究本部の小山孝一郎博士が登場する。
 日時:5月28日12:30~ 場所:高田馬場駅前・BIGBOX・9F
 詳しくは、事務局:03-5212-3230・東まで

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April 20, 2005

24.愛の神、エロス

 「カンヌを征した三名匠が織り成す、至高の愛のトリロジー」なのだそうだ。
 三部作のトップは「花様年華」のウオン・カーウアイがコン・リーとチャン・チェンで描くエロスの純愛「若き仕立屋の恋」
 たった一度だけ手を触れ合った高級娼婦のため、ひたすらドレスを仕立て無償の愛を貫く物語。決して肌をあらわにせず、手の動き、チャイドレスに包まれた腰のアップ、あえぎと表情だけで、東洋的なエロティシズムを映像化したのは流石。切なくストレートに胸を揺さぶる。
 「オーシャンズ12」のスティーヴン・ソダーバーグのエロスの悪戯「ベンローズの悩み」
 26歳のとき「セックスと嘘とビデオテープ」でカンヌのパルムドールをとった鬼才の作品だが、結局睡魔に襲われ何がなんだか判らず終い。
 「情事」のミケランジェロ・アントニオーニはこのトリロジーの企画者。第三部は92歳の監督が描く愛の寓話エロスの誘惑「危険な道筋」
 結婚倦怠期の中年夫婦(クリストファー・ブッフホルツとレジーナ・ネムニ)に絡む若い女性のエロス、ボカシもなく二人の女性の真正面からの裸身を、トスカーナ地方の浜辺の自然に溶かしこんだ。
 ここで、私も目をさましたのである。

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April 19, 2005

23.江戸切子

 冷酒を飲むときは、いつも「薩摩切子」のグラスをつかう。ちょっと重めの感触が心地よい。「江戸切子」は少し軽い。シェリーなどを嗜むのに、ちょうどよい。 その「江戸切子」の展示即売会があるというので、錦糸町の大横川親水公園に出かけた。
わが国でのカットグラスは、天保時代江戸大伝馬町で始まった。1834年加賀屋久兵衛が、金剛砂を使いガラス面に彫刻を刻み、評判を呼んだという。
 しかし、「切子」という言葉は、すでに18世紀頃から日本でも使われており、オランダ、中国からカットグラスが多数輸入されていたのだろう。
 「江戸切子」の特徴は、鉛分を多く使った透明ガラスと薄く色を被せたガラスに深いV字の切りこみが入り、さらにそこから細かい鮮明な文様がをカットされているところにある。平成14年、国の伝統的工芸品に指定され、埼玉・神奈川を含めるとおよそ70社で作られている。

「切子」は薩摩が重厚なのに比べ、江戸は軽妙で洒落ている。 そのどちらを選ぶかは、その日の気分と注ぐべき酒によって決まる。

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April 17, 2005

22.映画三題

 先週観た映画から

 「微笑みに出逢う街角」(カナダ)
 あの「ひまわり」のソフィア・ローレンが、記念すべき100作目に選んだのはこの「幸せへの物語」。予告編のタイトルに引かれて、足を運ぶ。加えてアカデミー助演女優賞をとったミラ・ソルヴイーノとデボラ・カーラ・アンガーがローレンに重なり合う。消せない傷を抱えながらも新しい幸せの場所を求める三人の女性の歩み。監督のエドアルド・ポンティはイタリアの俳優で、ソフィアと名監督カルロ・ポンティの間に生まれた息子。母親の円熟した新しい魅力をトロントの街並に描いた。

 「ブリジット・ジョーンズの日記」(イギリス)
 時間つぶしで入ってみたが、バカバカしいけどおもしろい映画。「はちきれそうなわたしの12か月」の副題のように、イギリスの女性ジャーナリスト、ヘレン・フイールディングが新聞に連載した「Blog」みたいな日常雑記の二作目。「シカゴ」に出演したふとめのレニー・ゼルウイガーがブリジットを好演。コリン・ファーズとヒュー・グラントも前作に続いて同じ役柄で頑張る。

 「世界で一番パパが好き!」(アメリカ)
 「パール・ハーバー」のベン・アレックがシングル・ファーザーとなって子育てに大奮闘。ケビン・スミス監督は「家族や好きな人のために自分の大切なモノを諦められるか」という、重い主題を突き付けたつもり。だが、そんなことより、こんな可愛い娘(りヴ・タイラー)を持てたらなー、と親父がうらやむ映画。誕生から7歳までの娘と父親の物語だから、さわやかに描けたのかも。ジェニファー・ロペスが親子の間でいい役。

 トロント、ロンドン、ニューヨークと、英語圏三つの大都市を一週間で楽しんだ。

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April 16, 2005

21.焼酎バー「黒瀬」(3)

 焼酎バー「黒瀬」には看板がない。目印は、店先の「一どん」の空瓶だけである。というのも、東京の焼酎バーで「一どん」が飲めるのは、「黒瀬」だけだと自負しているからである。
 「一どん」(鹿児島弁で「いっどん」)は、笠沙町黒瀬にある「㈱杜氏の里・笠沙」で黒瀬杜氏が造る黒麹の限定焼酎である。欲しい人は往復葉書で申し込み、抽選となる。初代黒瀬杜氏・片平一(はじめ)さんの愛称からとった銘柄なのだ。

 黒瀬杜氏のルーツは、明治の半ば片平さんと黒瀬巳之助さん、黒瀬常吉さん、若い青年三人が鹿児島に出稼ぎに出かけ、黒麹による「泡盛」の醸造技術を取得したことに始まる。
 1899年(明治32年)政府は酒税確保のため、酒類の自家製造を禁じ免許制を導入した。鹿児島でも地主層を中心にビジネスとしての焼酎生産がはじまり、酒作りのプロとしての「杜氏」が求められた。黒瀬の三人は親類縁者を蔵人として引き連れ、蔵元にはせ参じたのである。そしてまた蔵人のなかから、腕をみがいた「杜氏」が誕生し、九州一円はもとより、四国、山口の蔵元まで出かけるようになった。
 黒瀬は、リアス式海岸に面した狭隘な山村である。水田は少なく、人々は出稼ぎで収入を得た。このことが、優れた杜氏を生み出す背景ともなった。蔵を仕切る杜氏は年々増え、最盛期の60年代には、300人を越えた。しかしその後の酒造の機械化、蔵の大規模化、なかでも「自動麹製造機」の導入により「杜氏」の役割が減り、今では「黒瀬杜氏」の数は、30数名となっている。

 第二次焼酎ブームの到来によって、再び「杜氏」が注目されるようになった。手作りを売り物に本格焼酎、なかでも黒麹による「芋焼酎」が求められ始めた。「黒瀬杜氏」の出番である。
 先月、NHKの「クローズアップ現代」で、焼酎ブームによる「プレミアム焼酎」が俎上にあがった。ここで紹介された「八千代伝・黒」は、30年ぶりに復活した焼酎である。杜氏は歴50年のベテラン、吉行正巳さん。宮崎で修業に入り熊本で「球磨焼酎」を手がけ、奄美で「黒糖焼酎」、鹿児島では「伊佐美」「佐藤」「前田利衛門」を手がけ、「八千代」を復元した。黒麹による深みのある味と、芋本来の香りは「黒瀬杜氏・吉行氏」ならではの作品である。名人吉行さんはまた、わが焼酎バー「黒瀬」の店主、宿里君の叔父でもある。
 この番組で紹介された「萬膳」も、宿里利幸さん、黒瀬一海さんが創り出した。もちろん「黒瀬杜氏」である。

 いずれの「焼酎」も渋谷「黒瀬」に置いてある。ぜひ味わって欲しい。

       渋谷区渋谷2-14-4  ℡5485-1313
 
 

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April 14, 2005

20.Rayレイ

 いつ覗いても列が溢れているので、最終前日にようやくもぐりこむ。それでも場内は満席。主演のジェイミー・フォックスが今年のアカデミー主演男優賞を受賞したので、三月になってさらに人気があがった。今年これまで見たなかで、もっとも感動した映画、不覚にも涙を流した。
 レイ・チャールズ、彼がアーティストの頂点にたった60年代半ばまでを描いたこの伝記映画は、また私自身の青春と重なる。「わが心のジョージア」「愛さずにはいられない」「スウイード・ポテト・パイ」「いとしのエリー」「クレイジー・ラヴ」「悲しみのバラード」「ヘイ・ガール」「ヘヴン・ヘルプ・アズ・オール」、レイの絞り出すようなバラードと、強いタッチのピアノを聞きながら青春を謳歌した。
 昨年亡くなったレイ自身が、製作段階から関わったパーソナルな映画だし、現存する関係者がまだ多いだけに、真実を描くには限界があっただろう。しかしレイそのものになりきったジェイミー・フォックスの名演技は、単なる伝記映画にとどまらせず、アーティストの「魂(ソウル)」を描ききった。監督は「愛と青春の旅立ち」のテイラー・ハックフォード。
 この映画のDVDが、今アメリカで売り出されている。一週間で8000万ドル、米国内劇場収入を上回ったと言う。

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April 12, 2005

19.勘三郎襲名披露

 歌舞伎座に出かけた。いつもの四階立見席ではなく、今日は一等席、正面前から六列目である。オペラグラスも不要、役者の顔もはっきり見える。サービスで勘三郎と仁左衛門が、すぐ隣の通路まで降りてきて芝居をした。
 「十八代目中村勘三郎襲名披露四月代歌舞伎」昼の部は、「ひらかな盛衰記・源太勘当」「京鹿子娘道成寺」「与話情浮名横櫛」の三本建て。
 「ひらかな」は、宇治川先陣争いに敗れ切腹を命じられた梶原源太(勘太郎)と,我が子を救う母延寿(秀太郎)の愛情物語。憎まれ役、弟・平次(海老蔵)がうまい。
 「京鹿子」は女方舞踊の代表作、有名な安珍清姫に題をとって勘三郎が1時間余踊り続ける。十回の衣装替が見事。
 「与話情」は、唄で有名な「お富さん」のお話。「しがねえ恋の情が仇」と、切られ与三郎(仁左衛門)がお富(玉三郎)に吐くセリフが売り物。長時間の物語のうち、二人の出会いと山場の「源氏店の場」の二幕。
 
 歌舞伎座での「勘三郎襲名披露」は3月~5月、一階から三階までの指定席は発売日に全席完売。四階立ち見席も早くから並ばないと札止めに会う。幸い今月は、ある役者さんからのご好意で楽しめた。来月分は、今日朝から「チケットホン」に電話をかけ続け、お昼前にようやく3階席を確保することが出来た。

  http://www.kabuki-za.co.jp

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April 10, 2005

18.ジョギング

 週に一回、隅田川沿いをジョギングしている。佃大橋のたもとから中央大橋、相生橋、永代橋、勝鬨橋をまわるおよそ6.5キロ、ほとんどが水面ギリギリのテラスである。
 このコースは、向島の墨堤につぐ桜の名所でもある。最後の花見を楽しもうと、今朝も早くから場所とりの青いシートを敷く人達とすれ違った。
 隅田川の河畔は美濃部都政時代に、洪水対策のためとして4m以上も高いコンクリートの壁でさえぎられた。周囲を歩く人の目から、川面を奪ったのである。その後、数多くの批判を受けて都は改修に踏み切り、壁と川の間に親水テラスや散歩道、小公園が出来た。不細工なコンクリートの壁も、蔦や樹木で覆ったり、レンガを貼ってモダンな塀に生まれ変わった。
 しかし支流の大横川や仙台掘川、小名木川は一直線に改修され、コンクリートで両岸は固められたままである。また日本橋川と堅川の一部は高速道路に覆われている。ただ護岸から川に張り出した桜が、その光景を少しは和らげてくれる。
 荒川の小松川千本桜は、将来都内随一の桜の名所になりそうだ。荒川の護岸を「スーパー堤防」に改築する工事が10年ほど前からはじまり、堤防の上にはソメイヨシノやオオシマザクラなど十種類の桜を植えた。2年前完成した河畔公園も花見の客で賑わっていた。
 「水と花と人」、こんな余裕が生まれてきたのも、ここ10年のことなのだ。                      Imgp0588Imgp0592

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17.沖縄(3)

 久し振りに、ヤンバルまで足をのばした。30年前の海洋博以来である。
 那覇や基地移転問題を抱える名護などに比べ、北部地域への国の予算支出が少ないといわれている。そんな声もあってか、三年前から海洋博公園の整備が急に進められ始めた。
 年間200万人を越えていた入場者が、平成13年には130万と減少し、20数年経った施設は老朽化し、話題のアクアポリスも中国に売られた。危機感をいだいた沖縄県の強い要請で、国が動き始めた。

 再整備の売り物は「沖縄美(ちゅ)ら海水族館」である。世界一大きなアクリルパネル越しに見る複数のジンベエザメとマンタの競泳は、多くの観光客を引きつけた。15年秋オープン以来、来館者は500万人を越えた。
 もうひとつ、最近話題を呼んでいるのがバンドウイルカ「フジ」の、「人工尾びれプロジェクト」である。5年前、病気のために尾びれの75パーセントを失ったイルカを自立させようと、飼育スタッフとタイヤメーカー・ブリジストンが手を組んだ。異物の接着をもっとも嫌うイルカに人工の尾びれを着けようという、世界でも始めての試みである。シリコンゴムの尾びれの試作を幾度も重ね、昨年「フジ」に装填した。そしてスタッフによる根気強い訓練の結果、この春、ついに水面から完全に離れるジャンプに成功した。今いつでも「イルカラグーンプール」で「フジ」に会える。

 午後閉館(18時)までの3時間、77haもある公園の散策や水族館を楽しんだ。エメラルドビーチから伊江島に沈む夕日も美しい。

 http://www,kaiyouhaku.com 

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April 08, 2005

16.沖縄(2)

 「沖縄の魅力を満喫しながら、世界の一流ブランドを免税価格でショッピングできる、新しいランドマークの誕生」
 国内では始めて国際空港外の免税店が、昨年の12月那覇市おもろまちに誕生した。「DFSギャラリア・沖縄」免税店としてはハワイにつぐ広さ、ブランドショップと沖縄テイストのお土産品、世界各国の料理がテラスで楽しめるフードコロシアムが売り物である。空港から「ゆいレール」で19分、アメリカから返還された新都心にある。
 堅くいえば、「沖縄振興特別措置法」に基づいた「沖縄型特定免税店」、鳴り物入りで進められた金融特区構想が思うようには展開せず、結局目に見える形となったのは、このケースだけ。名護市の「マルチメディアセンター」も開店休業の様だし、経済構造の基盤となるものはなかなか具体化されない。

 さてこの「DFSギャラリア」、午前中のせいか客は疎ら。ここをコースに組み込んだツアーも各種あるようだが、若い女性たちもブランド品には買い飽きた様子、孫をつれたお年寄りたちは、もっぱら「ちんすこう」や「紅いもタルト」「黒糖菓子」の安い買い物である。
 因みにお値段の方は?バッグや靴、時計などブランド品に縁の無い身にとって、比較の材料が無い。30%は安いとの謳い文句だがどうなのか。コニャックで見ると、「ヘネシーXO」「レミーマルタンXO」がそれぞれ12000円、東京のディスカウント酒店では、10689円と9954円だから、かえってこちらの方が高い。「LOUS VUITION」だけは、国内各地の専門店と同価格とのことだった。

 そういえば昔の鹿児島勤務時代、アメリカ占領下の沖縄に何度か出かけた。夜鹿児島港を出航、朝那覇到着、街をぶらついた後、港の免税店でウイスキーとタバコを制限いっぱい買いこみ、その夜の船でトンボ帰りという無泊三日の旅である。港のレストランでは、安いステーキをたらふく食べ大満足、そんな時代もあった。

  詳しくは http://www.ocvb.or.jp

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April 07, 2005

15.沖縄

思い立って沖縄に飛んだ。遅い便だったので、那覇空港から摩文仁の丘に着いたのは、夕暮れだった。東シナ海に夕日が沈む頃、平和祈念公園を歩いた。三年ぶりである。
 「かって琉球の先人は、平和をこよなく愛する民として、海を渡りアジア諸国と交易を結んだ。海は、豊な生命の源として、平和な友好の掛け橋として、いまなお人々の心に息づいている」
 公園の「平和の礎」には、沖縄の戦いで命を失った24万人の名前が、刻銘されている。大多数の沖縄人の犠牲者の他に、アメリカ人15、000人、韓国340人、そして薩摩びとは2885人。
 
 生きることに疲れた時、人生に迷いを生じた時、沖縄を訪ねると救われる。そこでは、時間がゆったりと流れている。そして多くの死者たちが、励ましてくれる。「ざわわ、ざわわ・・」と。
 初夏の沖縄は、心地よい。

   ホーム・ページは沖縄平和祈念資料館
 

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April 03, 2005

14.お江戸深川さくらまつり

 予想に反してお天気が良いので、隅田川河畔を歩く。桜はまだ三分咲き、それでもテラスではお花見の宴会が始まっている。
 越中島へ渡って黒船橋を右に折れる。大横川、旧中川や荒川と隅田川をつなぐ運河みたいな川である。この両岸は桜並木、満開だったらさぞ素晴らしいだろう。ここで今年から「お江戸深川さくらまつり」が始まった。地元と東京海洋大学が共催して、桜を見ながら、舟遊びや水辺の散策を楽しもうというわけだ。
 川の左岸は深川。富岡八幡宮は「骨董市」で賑わっていた。深川不動も大勢のお年寄りが訪れていた。
 今年は、隅田川近辺の多くの神社が、三年に一度の大祭を迎える。八幡宮の日本一大きな神輿も練り歩く。夏が楽しみだ。

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April 02, 2005

13.エターナル・サンシャイン

 「恋の痛みを知る、すべての人へ」との言葉に釣られ、映画館に足を運ぶ。「マルコビッチの穴」「ヒューマンネイチュア」の脚本家チャーリー・カウフマンの作品。
「マスク」「トウルーマン・ショウ」のジム・キャリー、「スパイダーマン」のキルスティン・ダンスト、「タイタニック」でディカプリオの恋人役を演じたケイト・ウインスレットと豪華配役の競演だが、もうひとつピンとこない。
 いやな「想い出」をお互いに「消去」した恋人たちが、失ってはじめてその「想い出」が二人を繋ぐ絆だったことを知る、そんな「異色のラブ・ロマンス」なのだが、やはり消化不良。「マルコビッチ」のようにはいかなっかった。

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April 01, 2005

12.築地市場

  毎週二日以上は、河岸に通う。午前九時すぎ、プロの買い出しが終わった頃出かける。場内も覗くが、ここは購入単位が大きいので、よほどの時しか利用しない。もっぱら場外である。
 中央区に居を定め、河岸に通って一年半、馴染みの店も出来たし歩くコースも決まってきた。まず鮮魚は「三宅水産」、鮪は「国虎」、干物は「ナカトウ」。漬物は「中川屋」、品が揃っているし「ユズ白菜」が美味い。豆腐と揚げ物は「野口屋」、お奨めはオカラのコロッケ。シャケや北海道ものが欲しくなったら「北田」、ここはインターネットでも受け付ける。海苔は「丸山」、安い切れ端がお買い得。鶏肉は「鳥藤」、うなぎは「はいばら」、シラスが「コナシ」、ダシ用の乾物は「寿屋」が揃っている。
 必ず買い求めるのが「卵焼き」。テリー伊藤の実家「丸武」や、有名デパートに卸す「松露」は有名だが、私の口に合うのは「大定」の「三つ葉入り小巻」、売り子の娘の気立ての良さに惚れ込んだ。遠くから目が合っただけで、もう「小巻」を包んで待っていてくれる。つい「うなぎ入り」もと、追加注文してしまう。
 食事をするなら、場内。プロの肥えた口でも満足する店が揃っている。すしは「鮨文」「大和」、定食は「高はし」「かとう」「おおえど」、うなぎ「福せん」、洋食が「豊ちゃん」、ラーメン「ふじの」、喫茶「愛養」。
 築地もこのところ観光客が増えてきた。ただ通ぶってか、値切るおばチャンを見かける。ここは、プロの仕入れる店、彼らも納得する正札が河岸の売り買い、苦笑しながら説明しているおやじさん達も苦労は多い。

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