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July 28, 2005

99.みちのくの旅(3)

 青森県北津軽群郡金木村は、作家太宰治のふるさとである。「津軽平野のほぼ中央に位し、人口五、六千の、これという特徴もないが、どこやら都会風にちょっと気取った町である」。小説「津軽」にこう書かれた金木は、この3月、平成の大合併で五所川原市に吸収された。
 金木の町の中心に、生家がある。今は、国指定重要文化財・太宰治記念館「斜陽館」として公開され、全国から多くの太宰ファンが訪れている。
 入母屋造りの建物は、明治の大地主だった太宰の父が建てたもので、一階十一室、二階八室、庭園など合わせると680坪という豪邸である。しかし昭和23年、農地解放によって田畑を失い生家は没落、豪邸は人手にわたった。その後家は、旅館「斜陽館」とし開業、町の観光名所ともなったが、結局旧金木町が買い取り記念館とした。
 「斜陽館」は、もちろん太宰の代表作品「斜陽」からきている。愛人大田静子の懐妊、山崎富栄との情事、正妻との不和、没落地主の負い目、そんな追い詰められた心境を、主人公のモデルとなった静子の日記を下敷きに書いたこの作品は、昭和22年新潮社から出版された。作品は、大ベストセラーとなり「斜陽族」という流行語も生み出した。
 「私の生家など、いまは『桜の園』です。あわれ深い日常です。」(井伏鱒二への手紙)と、ロシアの没落貴族を書いたチェホフの戯曲「桜の園」になぞらえた。その生家の一室の襖に書かれた漢詩のなかに、「斜陽」の文字を見る。彼は、幼少の頃からこの漢詩を見て育った。
 翌23年6月、彼は山崎富栄と玉川上水に入水、39歳でこの世を去った。遺体が見つかった6月19日を、三鷹では「桜桃忌」、地元では「生誕祭」として太宰を偲んでいる。この日は彼の誕生日でもあった。

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July 27, 2005

98.みちのくの旅(2)

 初めて「恐山」に身を置いた。40数年前、テレビドキュメンタりー「日本の素顔」をみて衝撃を受けて以来、一度は訪ねたいと思っていた場所である。
 この日、下北の太平洋側は、ヤマセの霧で被われていた。台風も近づいている。 霊場に人影は少ない。夏の大祭が終わった直後かもしれないが、イタコの姿はひとつも見られない。カラスだけが硫黄のガスのなかで声をあげていた。
 以前は、ここでいつでもイタコに会えた。人々は、イタコの口寄せで愛する子供や、親の声を聞いた。しかし、寺の方針もあってか、イタコは住みづらくなったという。また、あとを継ぐ人も少ない。目が不自由でも、今は職業も広がったからだ。それでは死者は、どうしたら現世の人達に会えるのだろうか。
 津軽で生まれ育った友人がBLOGに書いている。
 「おびただしい数の地蔵尊に、毎年新しい服が着せられる。そこでは、死者がまるで生きているようにあつかわれている。」「津軽では、死ねばヤマにいく。そこで死者に会えるといわれてきた。津軽をはじめ、東北の人々の死者との近さは、縄文にまでさかのぼるのだろうか」

 その昔、奄美にユタを訪ねたことがある。イタコと同じ女性の霊媒師である。彼女たちは、海の彼方から死者を呼んだ。北と南、死者の住む場所は違っても、死者と生者の想いは同じである。

  http://jomonjine.exblog.jp/2350728

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July 25, 2005

97.みちのくの旅

 みちのくの三つの岬を訪ねる旅に出た。八月に入るとかの地は夏祭り一色、観光客が殺到するのでその前にと。
 最初は入道崎、秋田県男鹿半島の突端北緯40度線上にある岬である。このまま日本海を西に伸ばすと北京の北、バクー、アンカラ、マドリードの南、そして大西洋を渡るとフィラデルフィアに達する。静かな海を眺めていると、まるい地球儀が見える。
 岬の途中、寒風山に登る。そんなに高い山ではないが、能代・秋田平野が一望、目の下には八郎潟干拓地の緑の大地が広がる。
 食料増産を目的に昭和32年に始まった干拓事業は、20年の歳月と852億の巨費を投入、1万5660haの農地を生みだし、ここに全国からおよそ600戸が入植した。しかし、事業完成の時は米余りの時代、減反政策という混迷農政の重荷を彼等は背負うことになったのである。
 
 津軽の十三湖、昔の十三湊で「しじみ汁」を味わってから、小泊の海岸線を北上竜飛崎に着く。「ごらんあれが竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ人が指をさす・・・」石川さゆりの唄声が、絶え間なく岬を流れる。晴れ、気温24度心地よい風が吹く。津軽海峡はおだやかだが、北海道白神岬は霧に霞んで見えない。
 ホテルで「海峡どんぶり」の昼食をとっていると、下を「ゴー」という音とともに列車が通過。全長53.8㎞、世界最長の海底トンネルが完成したのは昭和60年のことである。しかし、新幹線が通るのは、早くても12年後だという。
 日本で唯一の階段国道339号線を歩いて、三厩にでる。ここから平館海峡沿いに松前街道を下ると、青森に着く。

 大間崎は小雨。三沢から六ヶ所、野辺地、横浜、むつ、大畑、風間浦と下北半島のマサカリの柄を走って刃の先端が、本州最北端のまち大間である。津軽海峡をはさんで前は函館、フェリーで一時間ちょっとだ。朝の連続テレビ「私の青空」で主人公のなずなは、花嫁衣裳で埠頭を走った。東京までは、函館からの空路が早い。
 マサカリの刃を南に下ると佐井、船に乗って仏が浦2キロを遊覧。凝灰岩の岸壁が海峡の荒波と風雪で削りとられ、如来、五百羅漢などさまざまな仏の姿を見せる。水上勉原作の映画「飢餓海峡」で、函館で放火殺人を犯した三国連太郎はここに上陸して船を焼き、姿をくらますのである。 

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July 23, 2005

96.焼酎バー「黒瀬」(14)

 芋焼酎1000を超える銘柄のうち、「黒瀬」で味わえる逸品シリーズ3回目は、加世田市街と津貫から。


 「かせだ」
 街の名前をズバリ付けた焼酎だが、蔵元は鹿児島市内の東酒造。地元の酒類卸問屋の片平商店が委託して醸造、数年前から売り出した。「黒瀬」のオーナー達の出身高校と同じ名前なので、大いに勧めている。黒麹とシラス台地から涌き出る大重谷原水使用の「蔵元限定名水造」がうりもの。芋くささが少なく口当たりがよい。地元では物足りないだろうが。
 「サンセットブリッジ」のラベルが懐かしい。

 「桜島 黒麹」
 津貫の本坊酒造は、南さつまの焼酎蔵元の本家。本社は鹿児島市内に移したが、蔵はここが中心。長く親しまれている「桜島」は、地元産のコガネセンガン100%を使った白麹仕込みだが、最近売り出した「黒」も評判はいい。やきいもをおもわせる芳ばしさと、とろりとした甘さは、ロックでもお湯割りでもいける。
 他に「桜島 原酒」(37度)もある。

 「貴匠蔵」
 同じ本坊酒造に、杜氏が麹造りから仕込みまで、全て手作業で行っているこだわりの逸品がある。故郷土産によく頂く焼酎である。
 仕込みは昔ながらの甕壷、麹はもちろん「黒」。甘味のある深い味わいは、お湯割りがお勧め。
 もちろん「原酒 貴匠蔵」もあるし、食用いもとして鹿児島県ブランド指定を受けた「知覧紅」を原料にした「薩摩紅」もある。
 また屋久島工場では、明治の初期から現存している麹室や甕を使った「屋久杉」を生産している。

焼酎バー「黒瀬」 03-5485-1313

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July 22, 2005

95.ヴェラ・ドレイクと6月のシネマ

 口コミで評判が高い映画、しかし都内では「銀座テアトル」でしか上映していない。150の席は、上映15分前に満席。
 マイク・リー監督(「秘密と嘘」)が、英国を舞台に描いた重厚な人間ドラマである。堕胎が禁じられている1950年代の社会を背景に、善意から罪を犯した普通の主婦の運命を真摯に追う。
 ヴェラ・ドレイクを演ずるのは、イメルダ・スタウントン(「十二夜」「恋いにおちたシェイクスピア」)。この作品で、ヴェネチア国際映画祭主演女優賞をはじめ、ヨーロッパ各地で14もの主演女優賞を総なめした。彼女は、すぐ隣にでも居るような人のいいおばさんを、素晴らしい演技力で演じきっている。
 「善良で、強い絆で結ばれた家族の幸せを、これほど感じさせる映画は他にない」(「ワシントン・ポスト」)

 六月のシネマから
 今月は日本映画を幾つか観た。「戦国自衛隊」(監督手塚昌明 出演江口洋介 鈴木京香 鹿賀丈史ほか)。半村良の原作は面白かったが映画の方はちょっと。本のほうは、今売れっ子の福井晴敏なのだが。
 「HINOKIO」(監督秋山貴彦 中村雅俊ほか) 日本のVFX界の才能たちが集まり、新しいビジュアル世界をスクーリンに構築、予想以上に素晴らしい世界を見せてくれた。千住明の音楽も良いし若手新人たちも新鮮な演技を見せてくれる。
 「フライ・ダディ・フライ」(監督成島出 主演岡田准一 堤真一) ちょっと暇つぶしにと覗いてみたら、案外面白かった。金城一紀の原作と知ってうなずけた。娘を暴行された弱いオヤジの復讐劇。中年世代を勇気づけてくれる。

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July 20, 2005

94.NINAGAWA十二夜

 「新歌舞伎の時代が始まった」と勘三郎が話しているが、このところ「現代演劇の売れっ子」演出家による歌舞伎の作品が多い。野田秀樹の「研辰」、串田和美の「桜姫」、そして今回は蜷川幸雄の登場である。
 ニナガワといえば「シェークスピア」、そのなかでもロマンティック・コメディーの代表作が「十二夜」である。ニナガワにとって歌舞伎は初演出、もちろん作品も歌舞伎座初上演、小田島雄志のしゃれた翻訳を今井豊茂が平安時代に?置き換えた。
 7月はいつもだと澤瀉屋一門が公演していたが、今年は音羽屋一門。ホープの尾上菊之助のたっての頼みでニナガワ歌舞伎が実現した。主役はもちろん菊之助、双子の兄妹二役を演ずる。その上、妹は小姓を装っている。男優の菊之助が女性になり、その女性が男性を装う、この複雑な立役と女形の早替わりを、破綻無く演ずるところが見事だ。
 舞台装置(金井勇一郎)もいい。序幕から大詰まで屋内も屋外も鏡である。舞台のバックに観客が写しだされ、その観客に向かって演ずる役者の後姿、ニナガワ演出の見所である。
 それにしても菊之助が美しい。場内を若い女性が埋め尽くしているのもうなづける。そのなかで、一門の座頭菊五郎が、道化と頑固な執事の二役を男臭く演じて、息子をサポートしている。開演前、入り口の受付では、母親の富司純子が客を迎える。あの「緋牡丹のお竜」さんが。

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July 18, 2005

93.ロイヤル・ヨットの世界

 今日は「海の日」。もともとは20日が「海の記念日」だったが、日曜日にくっつけて連休にした。
 記念日は、日本のロイヤル・ヨット第一号、明治丸の航海に因んでいる。1876年7月20日20時10分、青森から乗船した明治天皇が横浜に安着した。
 という話題もふくめ、「古代エジプトのクレオパトラから現代のジャクリーン・オナシス」まで、海と船と人との織りなした歴史を綴ったのが、この本である。
 著者は海洋ジャーナリストの小林則子さん、時々ワインと美味な料理で会話を楽しむ仲間のひとりである。彼女は30年前、外洋ヨット・リブ号で日本女性初の太平洋単独横断航海に成功した。その後も各地の歴史航路を航海、多くの著書を出版している。
 ロイヤル・ヨットとは、王家が所有し、国家のための公用に用いたり、王族の遊びのために使われる船である。だがこの本は、「狭義の王室ヨット物語」ではなく、「海を求めた心の貴族」たちが切り拓いた海の楽しみの伝統を、丁寧な現地取材と緻密な資料の裏づけによって書かれている。
 ロシアのバルチック艦隊の基礎をつくったピョートル大帝が、自らオランダの造船所で働いたエピソード、海運王オナシスのクリスチーナ号、その船内バーカウンターを囲む高椅子の秘密、なぜジャクリーヌは。
 海の日を読書で楽しんではいかが。 文春新書(421) 定価735円

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July 17, 2005

92.大銀座落語祭

 小朝、正蔵、鶴瓶、花禄、昇太、志の輔と、今が「旬」の落語家六人が主催する大銀座落語祭が、明日まで開かれている。後輩の林家彦いち師匠も出演するというので、応援方々ヤマハホールに出かけた。
 昨年は、林家木久蔵一門を兄弟子の彼が率いて古典を演じたが、今年はなんと「英語落語会」をやるという。少々心配だったが前評判は上々で、ヤマハ楽器店の前は大行列、なんとか二階席にもぐりこんだ。

 英語落語は、異文化コミュニケーションを研究している大島希巳江博士(NHKの国際放送でも活躍中の妙齢の女性です)が、十年ほど前からプロデュースしているもので、海外はもちろん国内でも国際交流のイベント等で公演している。
 彦いち師匠も昨年は、NYやロスで日・英語「チャンポン」の落語会を自主公演した実績もあってこの会に呼ばれたらしい。
 師匠の演目は「人力車」、車夫と客との軽妙なやりとり、そしてオチ。彼得意の肉体!を駆使しての英語表現は、多くの外国人の爆笑を呼んだ。英語に弱い私も大いに笑えた、ということは、師匠の語学力が丁度いい按配だったようだ。

 今年の「落語祭」は、上方から仁鶴、文珍、三枝、小米朝、可朝たちを招いた他、劇ありミュージカルあり、そして吉本の漫才もありと盛りだくさん。七つの会場でにぎにぎしく繰り広げられている。

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July 15, 2005

91.佃島盆踊

 佃島は徳川家康に従って江戸に入った、攝津國佃村出身の漁師町。石山本願寺門徒でもあった彼等は、中州を埋め立て築地本願寺を建立した。明歴の振袖火事で焼けた浜町の寺を、佃島対岸の「築地」に移したのである。これを祝って始まった念仏踊りが、東京都指定無形文化財の「佃島盆踊」である。
 各地の盆踊りと異なり、ここでは単調ともいえる長い「口説き唄」を音頭取りが延々と唄い、踊り手はゆったりと優雅に舞う。
 幾つかの口伝の歌があるが、代表的な「秋の七草」は、草花に託した仏教の無常観と恋いの口説きを織り交ぜる。
 「人も草木も盛りが花よ 心しぼまづ勇んで踊れ・・・ 恋いに桔梗は色よい仲よ 萩はみだれて錦の床よ・・・ 秋の野分けは無常の風よ 散れば残らず皆土に 悟り開けば草木も国土 仏頼めよ南無阿弥陀仏」

 「盆踊り、昔は江戸市中にも行われしが、ひさしく絶えてなし。唯、佃島のみに猶その古風を存し、今に至るまで特許を得て之を行えり。蓋し摂津国佃村より伝え来たりし縁故あるに由る」(東京名所図会)

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July 14, 2005

90.月島草市

 12日から3日間、月島のもんじゃ通り=西仲通りおよそ500mが露店で埋まる。大正の頃から続いてきた「草市」である。
 都内でも数少ないこの季節市は、もともと盆具(麻幹、筵、溝はぎなど)を売る市だったが、本来の姿はほんの一角に残っているだけ。
 今では金魚掬いに射的、やきそば、タコヤキ、串やき、あめ売りと、こども達の喜ぶ縁日で賑い、浴衣姿の人達が夏の夕涼みを楽しんでいる。
 そして昨夜からは、佃の盆おどりもはじまっている。

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July 13, 2005

89.マラソン

 アクション物とラブストーリーそして史劇で評判の「韓流」、これは「マイ・ブラザー」に次ぐもう一つの韓流作品。
韓国では「500万人を号泣させ、しかもハッピーにした」映画だそうだ。
 北朝鮮から帰国した拉致被害者の蓮池薫さんが翻訳した、主人公の母親の手記が原作。自閉症という障害があるにも関わらず、マラソン国際大会のフルコースを2時間台で完走したペ・ヒョンジン、その彼を20年間厳しく優しく育て上げた母親との物語である。
 主役ヒョンジン役は「春香伝」「ラブストーリー」でスマートな若者を演じたのチョ・スンウ、自閉症の障害者に見事になりきった。日本の若い役者では、こうはいかないだろう。母親役はキム・ミスク、往年の名女優が久々に登場した。哀しみと苦しみを飲みこみ、突っ張って生きていく強い母親はさすが韓国の女性である。
 チョ・スンウが最後に見せる笑顔が素晴らしい。

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July 12, 2005

88.焼酎バー「黒瀬」(13)

 最近の新聞から「焼酎」の話題を要約で。

 「麹にこだわる焼酎メーカー」(朝日)
 東京大学の売店で、泡盛「御酒(うさき)」が評判、ここ半年で5000本以上も売れた。新酒なのに15年もののように飲みやすい。
 秘密は麹菌、東大の研究所に眠っていた70年前の黒麹菌を使っている。沖縄戦でほとんどの蔵が破壊され、今では種麹会社の菌を使用しているため、個性が失われた。戦前に採取されたこの菌を、元の蔵元に戻し蘇らせたのだそうだ。
 最近、麹にこだわる焼酎メーカーが増えているという。昨年の鑑評会のイモ焼酎では使いやすく現在主流の白麹ではなく、泡盛のように黒麹を使ったものが増えた。黒麹焼酎は、香り成分が多い。

 「日本一早い焼酎仕込み」(南日本)
 焼酎の醸造年度は7月1日から始まるが、この日さつま町の小牧醸造で新焼酎の仕込みが始まった。サツマイモは頴娃町産の「紅さつま」、仕込みは10日まで毎日行われ、一升瓶約4千本分を製造。九月初旬ごろ、「紅小牧」の銘柄で関東や関西中心に出荷する。

 「サツマイモ 高温少雨で生育難」(南日本)
 焼酎の原料用の生育が遅れている。春の植付け時期に雨が少なかったことや晴天続きで地温が上昇したため、植付けの遅れや立ち枯れた株が相次いだためだ。
 近年の焼酎ブームで需要が伸び、県や農協、業界などが一体となって増産を進める最中だけに、関係者はイモの出来に気をもんでいる。

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July 11, 2005

87.住吉神社例大祭

街が何となくざわめいている。佃の住吉さん、三年に一度の本祭が近づいてきたからだ。新住民タワー族にも、法被が配られ始めた。一着5000円、これにあと町内会費を払えば神輿を担ぐことが出来る。

 スタートは8月5日(金)、町内の神輿が神社で清祓いをうけ(14:45)、辻々に大幟旗が掲げられる(17:00)。そして宵宮、手打ち式(19:30)。
 6日(土)、朝から大祭式、そのあと獅子頭が神社を出て各町の神輿と一緒に渡御(11:30~)。夜は宮神輿に御霊を移す。
 7日(日)、朝、宮神輿が神社を出発(6:30)、佃公園隅田川テラスから船に乗る(8:20)。東京湾晴海沖で海上祭。宮神輿、勝どきの御旅所到着(14:20)。各町宮神輿渡御。
 8日(月)、宮神輿御旅所出社(9:00)、勝どき~月島~佃を経て住吉神社へ(~19:20)。宮神輿宮入(9:30)。
 
 今年は、鎮座360年記念。四日間の祭が楽しみだ。

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July 10, 2005

86.ほおずき市

 下町の初夏を彩る恒例の「ほうずき市」を、浅草寺の境内に訪ねる。露店の数はおよそ200軒、法被姿の若い売り子の女性が、道行く人にほうずきの鉢を勧める。一鉢2500円、これから色づく若い鉢を買う。
 境内も仲見世も、人の波で埋め尽くされている。今日1日で40万人とか、外国からの観光客も相変わらず多い。
中国湖北省人民代表団の名を付けた大型バスが、雷門の前に停まっていた。
 合羽橋に足をのばす。こちらは恒例の「七夕祭」最終日、いろとりどりの短冊流しが梅雨の晴れ間の日差しに映える。2時間の下町散歩。

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July 09, 2005

85.Spa Resort Hawaiians (2)

 ここを初めて取材で訪ねたのは確か昭和43年、常磐炭坑閉山の直前だったと思う。もちろん斜陽産業「石炭」」の今後をリポートするためである。
 明治16年浅野財閥によって開発された常磐炭坑は、本土有数の鉱脈をもつヤマとして知られていた。坑道は、美空ひばりの唄で有名な塩屋崎と小名浜の間を地下深くぬけ、太平洋の海底10数キロまで続いていたという。
 しかし、公害問題、石油との価格競争等、他のヤマ同様に斜陽化の一途をたどり、会社は合理化と新規事業の開発に奔走していた。またこのヤマは、坑内から湧出する熱湯の排出に莫大なコストがかかっており、この処理も問題となっていた。
 こうした諸課題の対策の任にあったのが、当時の副社長中村豊氏だった。彼は、合理化によって職場を失う炭坑労働者の雇用先、遊休地であるボタ山、そして石炭採掘の邪魔になる熱湯(温泉水)の活用を考え「温泉リゾート構想」を提案したのである。
 昭和39年、彼はラスベガス、ディズニーランドなど先進地を視察、帰途ハワイに寄り「フラダンス」を見た。その時彼の頭に閃いたのがまさに「ハワイアンセンター構想」だったのである。「温泉で癒しながらショーを楽しむ」、東京帝国大学経済学部を昭和初期に卒業後、経営一筋に生きてきた彼の閃きだった。
 彼は、帰国後ただちに「常磐音楽舞踏学院」を設立した。ハードよりまずソフトありきなのである。「抗夫の娘のフラダンス」と揶揄されながらも一流の指導者を迎え、優れたエンタテーナーを育てあげた。この伝統は今も続き、若い舞踊家が次々と育っている。また彼は、炭労のリーダーたちを再雇用して営業マンに育て上げた。そして彼らが旅行代理店をオルグしていったのである。
 私が彼にインタビューした頃は、オープン三年目。蓄炭ドームを活かしたプールやシアターも完成し、そこでは多くの客がポリネシアンダンスのショーを楽しんでいた。そして数年後、常磐炭坑は幕を閉じた。

 福島の農村地帯に突如出現したスパリゾート、その誕生の秘史を思い浮かべながら、ギネスブックにも登録されている巨大な露天風呂を楽しんだ。
 

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July 08, 2005

84.Spa Resort Hawaiians

 友人に誘われて、三十数年振りに「Hawaiians」を訪ねた。いや太平洋上のハワイではなくいわき市にある、昔は「常磐ハワイアンセンター」と呼ばれたボタ山に出来た温泉施設である。
 レジャーランドは大きく変わっていた。温泉とプールにショー舞台だけの「ウオーターパーク」に、南ヨーロッパ風の「スプリングパーク」が加わり、年毎に「大露天風呂・江戸情話 与一」「エステ&整体・ウイルポート」「スパガーデン・パレオ」と拡充され、今では300室のホテルと27ホールのゴルフ場も備えた総合レジャーリゾートとなった。
 1日の入場者は平均4000人、昨年度は145万人がここを訪れた。宿泊客も35万人にのぼる。昭和41年オープン以来ほぼ右肩上がりの来客数である。

 バブル時期、全国各地にテーマパークやレジャーランドが出来た。しかし、その多くが4~5年でピークを迎え経営に苦しんでいる。長崎の「ハウステンボス」、宮崎の「シーガイヤ」、北海道の「トマム」等々、経営は外資や銀行資本に肩代わりされ維持するのが精一杯という状況である。それなのに何故ここだけが?
 首都圏という地理にも恵まれたであろうが、逆に海とか高原とか自然環境という観光資源が何も無かったからだ、と指摘する専門家もいる。絶えず大衆のニーズの先を読み、数年おきに新しい施設をつくりピーターを増やした。首都圏各地のターミナルからは毎日バスを走らせた。一泊二日朝夕食つき、往復バス料金込み9800円という信じられない安さである。ちなみに、JR特急を利用すると、旅費だけでも一万円を超える。
 また旅行代理店を通さず新聞広告による直販を増やし、コストを押さえた。そして現在、年商は110億円を越えたのである。

 日経流通新聞の「温泉テーマパークランキング」(昨年度)によれば、「スパリゾートハワイアンズ」が総合第一位。二位は東京の「大江戸温泉物語」、以下「スパワールド 世界の大温泉」(大阪)「箱根小涌園 ユネッサン」(神奈川)となっている。

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July 05, 2005

83.焼酎バー「黒瀬」(12)

芋焼酎1000を越える銘柄のうち「黒瀬」で味わえる逸品を紹介しよう。今回は店のベース笠沙の隣、萬世(加世田市)から。
「萬世」
 在京の萬世出身者が酒屋でこの銘柄を見つけると、懐かしくなってたちまち買い占めてしまうという焼酎。ところがこのところ、出荷量が増え、手に入りやすくなった。白麹、お湯割りにピッタリのまろやかな味。しかし在京の長老達に言わすと味が変わったという。旧森田酒造、大手の焼酎メーカーが蔵を買い取り「萬世酒造」に。この秋からは、吹上浜海浜公園に近い新工場にうつリ、甕つぼ仕込みの手ずくり・長期貯蔵焼酎なども造る。新蔵元からの初出荷は、年末。

「吹上」
 地元の宴席ではほとんどこの焼酎がでる、と言われるほどポピュラーな銘柄。しかしこの蔵元も後継者が続かず、関西の大手清酒メーカーに経営権が移った。白麹の軽口タイプ、ロックに合うがもちろん地元はお湯割り。口当たりは甘い。吹上焼酎㈱醸造。

「小松帯刀」
 同じ吹上焼酎が、黒麹、コガネセンガンを100%使って、低温醗酵で仕込んだ。ロック、水割りに合うしっとりとした焼酎。店には置いてないが、甕で醗酵させた原料をさらに熟成させた「古薩摩・甕仕込み」、稀少芋栗黄金を原料にした芳醇な味の「かいこうず」もある。

「金峰」
 明治38年創業以来、代々続いている数少ない蔵のひとつ、「宇都酒造」の代表銘柄。コクのある辛味が特徴で黒麹ひとすじでここまできた。この蔵元は、シーズンオフに大分の「麦焼酎」を受託製造しているが、秋にこの「金峰」を仕込む時だけは、杜氏の目の色が変わるという。

「天文館」
 宇都酒造の表看板は、鹿児島一の繁華街をネーミングしたこの銘柄。白麹仕込みでブームの先駆けとなった焼酎である。ラベルもちょっとしゃれた水彩画、若い女性たちに人気がある。重厚な甘味が特徴。他に地元青年商工会議所と組んだ限定品、「かせだもん」もあるがまだお目にかかってない。

     焼酎バー「黒瀬」  (03)5485ー1313

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July 04, 2005

82.シニアに優しい道具たち

 いい時間がしみこんだ品があり。
 懐の深い大人だからわかる「遊び心」の品があり。
 禁欲的なまでに「純」な品もあり。
 目利き中の目利きが集まって作った、シニアのための道具図鑑!
 (帯紙のコピーから)

 楽しいカタログが、小学館から出版された。SERAI MOOK、339品目の道具たちが、「暮らす」「食べる」「着る」「遊ぶ」「創る」「治す」「きれいにする」「眠る」「飼う」「読む」の項目ごとに、写真やイラストと具体的なコメントで紹介されている。東京中心だが、何処の店で価格はいくらで売っている、と懇切丁寧だ。
 本の価格は1,700円+税、手にすれば長生きしたくなること間違いなし。

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July 02, 2005

81.ダニー・ザ・ドッグ

 リュック・ベンソンはジエット・リーがよほど気に入ったのか、よく使う。監督は「トランスポーター」のルイ・レテリエだが、実質ベンソンが総指揮した映画。
 「ニキータ」で泣き虫の女殺し屋、「レオン」で孤独な殺し屋、今回は闘犬として育てられた最強の男をジエット・リーに演じさせた。リーはまたあの「HERO」で見せたワイヤー・アクションで応える。アクション監督はもちろん「マトリックス」のユエン・ウーピンである。
 母を殺した男に、幼児期から闘犬として飼育された主人公が、盲目のピアニストのモーガン・フリーマン(「ミリオンダーラー・ベイビー」)と出合う。彼と養女のケリー・コンドンの愛情によって、殺人マシーン化した犬から人間性を取り戻していく。不死身の悪役ボブ・ホスキンス(「モナリザ」でカンヌ主演男優賞)がなかなか面白い。仏・中・米の役者とスタッフが作り上げた傑作。

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