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October 30, 2005

173.笠沙路(4)

Imgp1624 国道沿いに幟がはためいていた。「笠沙特産手づくりつけあげ田原水産」。実は店のおかみさん、高校時代の演劇仲間である。
 毎朝四時、近くの片浦漁港でイワシやサバ、サメなど小魚を仕入れ、ご主人とふたりで「つけあげ」(薩摩揚げ)を作っている。
Imgp1632Imgp1625Imgp1629 薩摩揚げは、デパートでの物産展などで大変人気のある商品。鹿児島空港の土産物屋にも山積みされている。大手4社ほどが大量に生産し、全国販売しているが、味がどうももうひとつ。こどもの頃、家で作って食べた「つけあげ」には追いつかない。
 10数年ほど前、田原水産の「つけあげ」に出会った。イワシの骨もすりつぶして身に混ぜ、ナタネ油でカラリと揚げた逸品だった。そして作っていたのが、クラスメートである。こうしてふるさとの香りのする味が楽しめるようになった。

 「つけあげ」(薩摩揚げ)は、琉球料理「チキャーギ」が渡来したものといわれる。
 コアジ、サメ、コサバ、トビウオ、イワシ、エソ、ハモ、クチなどのすり身を油揚げしたもので、昔はどの家庭でも作っていた。すり身だけのものはもちろん、短冊に切ったナマの人参二枚ぐらいを挟んで揚げたもの、ゴボウをささがきにして混ぜたものと様々である。 こどもにとっては「おやつ」、大人は「ダイヤメ」(晩酌)の焼酎の肴に欠かせなかった。
 最近の全国区のものは、トーフやウドン粉、味醂、砂糖を入れ甘味を強くしたものが多い。田原水産のおかみさんの「つけあげ」は、そうした味を頑固に拒否している。

 先日、「純ちゃん」のところから大量注文があったそうだ。彼の父親(元大臣)はこちらの出身、やはり故郷の味は受け継がれているようだ。

   田原水産 0993-63-0130 全国どこからでも注文OK

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October 29, 2005

172.笠沙路(3)

Imgp1655 今回の旅の目的のひとつは、焼酎の「蔵元めぐり」。
 原料になる芋の収穫も終わり、各蔵元は今が仕込みの最盛期。来週あたりから新酒が一斉に売り出される。
 そこで焼酎づくり伝承展示館「杜氏の里笠沙」を訪ねた。ここは古くからの蔵元ではなく、笠沙町が三セクで創った「醸造所」である。 
Imgp1647Imgp1649 訪ねた日はちょうど「二次仕込み」の最中。米と麹で造った一次モロミが入っている甕壷に、蒸したさつまいもを入れる作業である。このあと8日間ほど醗酵させて、タル式蒸留機で蒸留すれば焼酎が出来あがる。そして2~3ヶ月貯蔵熟成させるとあの美味な「いも焼酎」となる。
 
 笠沙には、もともと焼酎の蔵元は無かった。しかしこの地黒瀬集落は「いも焼酎文化」の原点と言われる。
 明治の中頃、ここから旅立った三人の若者たちが焼酎づくりの技を学び、村に伝えた。「黒瀬杜氏」の誕生である。
 男たちは季節になると、九州はもとより中・四国の蔵元に出稼ぎにおもむき、杜氏・蔵子として腕をふるった。その数は最盛期には300人にものぼり、機械化が進んだ現在でも30数人が伝統的な「本格焼酎」づくりを指導している。(詳しくは、Apri16,21.焼酎バー「黒瀬」3に記載)

 町が創ったこの伝承館では、昔ながらの「手づくり焼酎」を製造販売すると同時に「黒瀬杜氏」の歴史と技を展示している。東シナ海を望む黒瀬海岸の丘の上、隣には笠沙美術館もある。

http://www.synapse.ne.jp/kasasa/

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October 28, 2005

171.笠沙路(2)

Imgp1678Imgp1676 夕方「笠沙恵比寿」に着く。
 ここは「海を学ぶ、海を遊ぶ、海の冒険館」。博物館とホテル、レストラン、シーフード市場、ヨットハーバーを備えた町営の総合施設で、4年前にオープンした。桟橋には、世界一周など数々の冒険航海を達成した「垂乳根号」が係留されていた。

 笠沙半島の周囲の海は、魚の宝庫。半島全体を覆う照葉樹林が豊かな磯を育てた。海岸からすぐのところにサンゴが群生し、冲ではクジラやイルカが泳ぐ。クジラウオッチングやサンセットクルーズ、フィッシングを楽しむ客が年毎に増え、ホテルも満室になるという。

 町営や三セクの国民宿舎・レジャーセンターは全国いたるところにある。むしろ乱立していると言っても良い。赤字続きで廃止された施設、老朽化して無残な姿のまま営業を続けている所も多い。
 しかし「笠沙恵比寿」は想像以上に素敵なホテルだった。エントランスホールから客室まで手入れは行き届いている。客室はロフト式のベッドルームと琉球畳の居室、窓のすぐ下は海、朝早くから漁に出かける船のエンジン音さえ我慢すれば心地よい。また若いホテルマン(公務員?)がしっかりしている。一流ホテル並のサービスを受け、一泊二食で9975円で済んだ。
 ただ来月、この笠沙町も平成の大合併で周辺の市町村と一緒になる。「南さつま市」誕生なのだそうだ。これまで通りの運営が続けられるか、それだけが心配である。 

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October 27, 2005

170.笠沙路

Imgp1620Imgp1673 40年ぶりに笠沙路を旅する。
 鹿児島空港から車でおよそ2時間、終点の野間岬は「吾田(アタ)の長屋(ナガヤ)の笠狭(カササ)の碕(ミサキ)」と「古事記」や「日本書紀」に記されたニニギノミコトの上陸地。九州本土の最西端に位置し、リアス式の海岸を南シナ海の暖流が洗う。
Imgp1669Imgp1674 岬の突端はウインドパーク、九州電力が初めて建設した風力発電所である。タワーの高さは30m、プロペラの大きさが直径30mという巨大な風車が10基並び、3000kW1000世帯分の電気エネルギーを生み出している。

Imgp1657  岬を南に少し下ると「宮の山遺蹟」、ニニギノミコトが「笠狭宮」を建てたと伝えられているところである。さらにその下は「黒瀬海岸」、別の名を「神渡海岸」つまり神様の上陸地、そして最初に辿りついた「打寄瀬」、初めて降り立った「立瀬」、舞を舞った「舞瀬」など楽しい神話の世界が広がる。

 風力発電と神話、現代と古代が並存する野間岬は、東シナ海に沈む夕日の美しさでも有名である。

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October 22, 2005

169.焼酎バー「黒瀬」(25)

kanban_500_400 11月1日は「本格焼酎の日」。今年は「さつまいも伝来300年」とあって盛りだくさんのイベントが行われる。各地で展開されるいくつかを紹介しよう。もちろん、わが「黒瀬」もある。

 明日23日は「明治蔵の新酒祭り。枕崎市花渡川にある薩摩酒造の蒸留所「明治蔵」で新酒と薩摩料理を楽しみながら郷土芸能や音楽会、さつまいも掘り体験も。
 同じく23日から土・日を中心に「薩摩いーもの体験ツアー」が始まる。蔵元めぐりをメインに、その地域の郷土料理を楽しむ日帰りのツアーである。「黒瀬コース」は11月26日(土)、杜氏の里「笠沙」~笠沙恵比寿~津貫「貴匠蔵」を回る。参加費は一人4800円。なお11月4~5日には1泊2日が2コースある。
 11月1日には、鹿児島市天文館公園に「本格焼酎屋台村」が出現。一杯100円の大サービス。
 1日と3~6日は、「走れ!さつまいも電車」。鹿児島市電に乗って焼酎とさつまいも料理が楽しめる。
 5日はかごしま県民交流センターでシンポジウム「さつまいも 未来・宇宙」。そして夜は、天文館六つの飲食店で著名人を囲んでの「夜楽塾・だいやめナイト」。会費5000円で思いきり飲めるそうだ。

 さー「かごしま」に行こう!

 詳しくは http://www.satumaimo300.com/

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October 21, 2005

168.ほったらかし温泉

023_1 笛吹川河畔近くの桃畑に囲まれた名刹、その寺の住職を務める友人からワインパーティーの誘いを受け、甲斐路を清遊した。友人の奨めで訪ねたのが「ほったらかし温泉」、これはユニークだった。

 甲斐の国は昔から温泉の多いところ、信玄のかくし湯は有名だが県内至るところに温泉がある。ところが「ほったからし」は6年前、甲府盆地を眺める奥秩父連山の棚山(1171m)の中腹に開設された新しい温泉である。勝沼ICからおよそ25分、山を登るとアルカリ性単純泉の鄙びた温泉につく。ここでは毎分306㍑のお湯が、露天風呂に流れ込む。
 眺めが最高である。山の斜面に石を敷き詰めた大きな露天風呂が、男女それぞれ四つだけ。ススキとコスモスに囲まれ真正面に富士を見る。湯に浸かるも良い。ススキの原っぱで横になるのも良い。寝転がって富士山をボケーと眺めるのも良い。雨の日は、菅笠借りて浸かると良い。朝は日の出の前にオープン、夜は盆地の夜景と星空、入浴料500円払ったら後は好き勝手にどうぞ、と「ほったらかし」なのである。
 初めは、掘建て小屋の脱衣場があるだけで、なんにもない温泉だったが、口コミから旅行雑誌に紹介され大ブーム。今や観光バスも立寄る名所になった。売店やお休み処も新設、一昨年には「あっちの湯」も山の斜面に増設された。ウイークデーの昨日も、仕事帰りの若い会社員たちが多勢ストレスを解消していた。駐車場の車のナンバーは、京都、所沢、新潟、富山、名古屋、長野、品川、宮城と多彩。

 すぐ近くにモダンな「ぶくぶく温泉」も登場、さらに「甲府冨士屋ホテル」、「笛吹川フルーツ公園」もある。
 帰りには公園の売り場で「甲州種」のワインを試飲し、気に入ったら一本買うといい。

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October 19, 2005

167.蝉しぐれ

semishigure 「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」に続く藤沢周平文学の映画化作品。黒土三男が10年以上も暖めてきた新聞連載時代小説「蝉しぐれ」を、一年以上かけたロケで完成させた。力作である。しかし山田洋次監督の二作には負けた。渾身こめて作った作品は、肩に力が入り過ぎ時折破綻を見せる。冒頭から強調される蝉しぐれは、クライマックスに生かされない。

 先にテレビで感動した所為かも知れない。モンテカルロ国際映画祭でグランプリをとった、金曜時代劇「蝉しぐれ」もまた黒土三男の脚本である。彼自身テレビとの差別化に苦労したのだろう。
 出演者もテレビの方に軍配を挙げる。内野聖陽と市川染五郎の文四郎、水野真紀と木村佳野のお福、森脇・伊藤と石田・佐津川の子役、深みが違う。
 しかし大画面に映し出される庄内(海坂藩)の四季の風景は、断然映画の方が美しい。一億円かけて羽黒町に造ったオープンセットは、一年も風雨にさらして「時代」を映し出した。

 映画は大ヒットしている。メディアへの露出はものすごい。とりわけ朝日新聞には毎日のように関連記事が掲載される。JR東日本とJTBは「藤沢周平の舞台を歩く」ツアーも始めた。それもそのはず、この映画は「電通」が「朝日グループ」と組んで、総力を挙げて展開しているのである。だから映画のトップクレジットに、製作・俣木盾夫の文字が出る。電通の社長である。

 テレビでは涙を流した。今回はクールに観たのかホットした気持ちで帰途につけた。 

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October 18, 2005

166.セブン ソード

 予告編が気になって観に出かけた香港映画で、日本語に訳すと「七つの剣」。2時間30分以上の超大作だが、初めは「七人の侍」「荒野の七人」「円卓の騎士」のパクリというか、その中国チャンバラ映画と思って観ていた。
 しかし、ワイヤー・アクションを最小限に押さえた武闘シーンが新鮮であると同時に、これまで観たいくつかの中国アクション映画の原型を想い起した。

 ブリース・リーやジャッキー・チェンで知られる「マーシャル・アーツ」、いわゆる香港の武侠映画は長い伝統を持つ。もともとサイレント映画時代から「武術」を演技に加えた映画が、中国では主流だった。出演する俳優は本物の武術家であったし、役者もまた各流派の武術を身につけるため修業している。
 刺客や侠客を主人公にした武侠小説は唐の時代に生まれ、明代ではもっとも栄えた。「水滸伝」がその代表であるが「三国志」をふくめ有名無名の「英雄」を生んだ。「セブンソード」の原作も、梁羽生の武侠小説「七剣下天山」で中国ではポピュラーな作品といわれている。

 お話は、清王朝の「禁武令」に抵抗した7人侠客が、明王朝残党の率いる村を守るというもの。そして彼等が師匠から授かった剣が中国らしい「理屈」を掲げる。七つの「理屈」と「剣」と「役者」を紹介すれば、映画が何を語りたいかが浮かんでくるだろう。

 「英知・莫間剣・ラウ・カーリョン(香)」「防守・青幹剣・レオン・ライ(香・終極無門)」「攻撃・由龍剣・ドニー・イエン(香・HERO)」「犠牲・競星剣・タイ・リーウー(中)」「結束・日月剣・ダンカン・チョウ(台)」「剛直・舎神剣・ルー・イー(中)」「均衡・天瀑剣・チャーリー・ヤン(香・天使の涙)」
 監督は、昨年カンヌ映画祭で審査員となったツイ・ハーク。アメリカの大学で映画を学んだ。

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October 17, 2005

165.アワーミュージック

top_img ゴダールの作品と出会うのは久し振りである。45年前ジャン=ポール・ベルモントとジーン・セバークが主演した「勝手にしやがれ」で初めてゴダールを知った。私が初めて映画評を新聞に書いたのも、この作品だった。その後、彼は60数本の映画を監督しているが、私が見たのは「女と男のいる舗道」「中国女」「パッション」「映画史」など10本程度。「カンヌ映画祭」に殴りこみを掛けたりした彼のアクの強さについて行けなかったのかもしれない。

 「アワーミュージック」は73歳になった彼の新作である。
 まず初めに、実写を中心にフィクションも含め映像に記録された「人々の殺し合い」が4~5秒のカットで10分間も続く「地獄編」。ナチスがユダヤを、騎兵隊がインディアンを、コサックが革命派を、アメリカがベトナムを、英国軍が清教徒を、清朝が義和団を、スペインがインディオを、北軍が南軍を、武田勢が徳川勢を、そしてセルビアがモスリムを。ゴダールによる映画メッセージである。
 第2部がサラエボに招かれたゴダールが、廃墟と喧騒の中で出会うロシア生まれのユダヤ系フランス人女子学生オルガとの魂の交流。60分のドキュメンタリー・ドラマ「煉獄編」である。
 そして最後が「天国編」。パレスチナの自爆犯と間違われてテルアビブで射殺されたユダヤ系フランス人オルガが森とせせらぎの中憩う10分間。

 「これが私のミュージックなのだ。あなたはどんな音楽を奏でられるか。どうなんだ」。巨匠ゴダールに問い詰められ我々観客は、黙ったまま映画館を去るしかなかった。

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October 16, 2005

164.日本橋美人

Imgp1573Imgp1566 少々草臥れていた老舗の街「日本橋界隈」が、このところ元気を出し始めた。東京駅北側の丸の内が三菱グループを中心に再開発され、オフィス街からおしゃれな街に変わってきたが、南側も負けられないというわけだ。今日の「東京大江戸パレード」もそうした元気を取り戻すイベントのひとつ。

 皇居(江戸城)を中心とする現在の千代田区は、大名武家屋敷のあと。中央区の方は日本橋を中心とした町人地で、幕府の手により碁盤目状の街路と江戸城外堀~江戸湊(隅田川河口)を結ぶ運河(掘)が掘られ、上方から多くの商人を集めたところ。そして400年、老舗は代々のお得意さまに支えられてきたものの、最近では他の地区に遅れをとるようになってしまった。
 
 日本橋の活性化の序章は、老舗の若い経営者たちが昨年組織した「フォーラム」。大学生たちの提案などから様々なイベントを企画した。「日本橋老舗めぐりツアー」もそのひとつである。そして今年は、この界隈に勤務するOLたちの提案で「日本橋美人プロジェクト」を立ち上げた。これまで丸の内や渋谷・新宿にとられていた20代~30代の女性たちを呼び込もうというわけである。
 キーワードはもちろん「日本橋美人」。まずは粋な大人の美人になるための商品開発である。「日本橋美人パン」「日本橋美人あんパン」「日本橋美人寒天寄せ」「日本橋美人カクテル」「日本橋美人おむすび用焼海苔」「日本橋美人フカヒレ水餃子」「日本橋美人ディナー」等々から、「日本橋美人漢方パッケージ」やホテルの「日本橋美人ステイプラン」まである。

 さて私の方は、先週オープンした三井記念美術館で美人ならぬ美しい「茶碗」や書画屏風を楽しもう。
 

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October 15, 2005

163.ジャズ・夢の響宴

 区役所も味な事をする。区民を対象に、年一回ジャズのコンサートを開くのである。それもアマチュアや学生の演奏ではなく、日本を代表するプロの演奏を、会費1000円で楽しめる。
 葉書で申し込んだら運良く抽選に当った。区民センターホール定員240名に三倍近い応募があったという。

 今年は「三大テナー・サックス・夢の響宴」、若手・中堅として今活躍中の川嶋哲郎と中村誠一、ビッグバンド東京ユニオンの元サックス奏者高橋達也の三人が、深井克則のピアノとベース、ドラムをバックに、ソロ、デュエット、トリオと「競演」した。
 なかでも久し振りに聞く高橋達也のテナー・サックスは素晴らしかった。今年73歳、「心臓をはじめ5回も手術を繰り返し生き長らえている」と本人が語っていたが、その達観したというか枯れた演奏が何ともたまらない。「最後までもつかな」と笑いながらも、二時間の長丁場のセッションを息を切らすことなく乗りきった。
 また若手の川嶋もベテランの中村も今第一線で活躍中のテナー奏者、それなりの味をだしていた。
 司会者も無し、照明もフラット、スピーカー等電子音響も無い本当のジャズのナマ演奏を、久し振りに聞いた夜だった。
 曲目は「Star Dust」「危険な関係のブルース」「Things I Dont‘Do」「シークレット・ラヴ」「見上げてごらん夜の星を」「上を向いて歩こう」他、アンコールは「A列車で行こう」三人が競い合う20分の大セッションだった。

 来年がまた楽しみである。

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October 14, 2005

162.東京道産酒の会(3)

 北海道を慈しむ紳士淑女たちが、月に一度集まる道産酒の会。今月のメインスピーチは、この夏「日本百名山」を全て踏破した会員のお話だった。
 最後の山は長野県にある白馬岳(2932m)、奥さんや友人達と登り頂上ではワインで祝杯を挙げたそうだ。白馬を最後に残しておいたのは、3000m級の山にしては登り易い、最後は奥さんを同行したいので、と愛妻ぶりを話す。
 山登りを始めて40年だそうだが、深田久弥の「百名山」を意識して登るようになったのはここ20年との事。職場の仲間たちと会を作り、計画的に登った。いそがしいキャリア官僚だが、土日を利用してコツコツと踏破していった。
 山登りのルール、「決して単独行はせず、必ず仲間と一緒に登る」「夜行列車や夜行バスは利用せず、遅くなっても前夜までに登山口に宿をとる」「雨が降ったら登山は諦めて必ず戻る」を守ってきた。
 そしてこれからは?深田久弥が登った「百名山」以外の山がまだ48ほどあるのだそうだ。今年還暦の彼は、今後ともマイペースで、と話しを締めくくった。

 因みに、北海道には九つの「百名山」がある。深田久弥の記した順で紹介しよう。( )内は別称。
「利尻岳」(利尻富士) 「羅臼岳」(ラウシ) 「斜里岳」(オンネプリ) 「阿寒岳」(雌阿寒) 「大雪山」(ヌタクマムウシュペ) 「トムラウシ山」 「十勝岳」(オプタテシケ) 「幌尻岳」(ポロシリ) 「後方羊蹄山」(マッカリヌプリ)

 「百名山」のうち私が登った山は、12山。もうこれ以上増えることは無いだろう。

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October 13, 2005

161.四国路(5)

Imgp1547Imgp1551 讃岐は珍しく雨。風雨をついて金刀比羅宮の階段を登る。本殿まで785段、案内人の講釈を聞いているうちに30分ほどで着いた。お参りは今度が2回目だが、前よりは疲れなかった。雨のせいか杖のせいか、それとも面白い講釈案内の所為か。 
 「こんぴらさん」は海上交通の守り神として、ふるくから庶民の信仰を集めてきた。瀬戸内海からかなり離れた琴平・象頭山の中腹にあるが、古代はこの山の麓まで入江があり人々は船でお参りした。
 祭られているのは天照大神の甥っ子「大物主神」、漁業・航海・農業・殖産・医薬・技芸とオールマイティーの神様で、「金毘羅」を名乗る神社は各地に多い。

 階段の両側には、寄進した人達の石碑が建っている。日本郵船や川崎汽船など大手海運会社の石碑と並んで、九州在住の某氏の石碑が際立っていた。毎年100万円、ニ十数柱のなかには時々奥さんの名も連ねる。案内人の説明によると、夫婦仲の良かった年は二人で参拝、あとは若い女性連れだったとか。最後の寄進碑は1000万円、息子を筆頭に夫婦の名が刻まれていた。船舶関係の電気機械製造メーカーの社長さんが、ようやく息子にその座を譲ったのだそうだ。その後今年まで石碑は見当たらない。

 お天気が良いと本殿から讃岐平野と瀬戸内海が一望できるが、あいにく雨と霧で近くの木々を望むだけだった。 

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October 12, 2005

160.四国路(4)

 四国4県を結ぶ高速道路が出来たため、高知と高松、徳島は1時間半で結ばれた。しかし旅を楽しむには古い国道がよい。
 吉野川沿いに、JR土讃線と平行して走る国道32号線。久し振りに大歩危、小歩危を訪ねた。「山道を大股で歩くと谷に落ちる」「谷川を小股であるくと水に攫われる」。そんな渓谷から山を眺めると、高い頂きに点々と集落が見える。あとから国道が谷底に作られたためで、それほど生活に不便は感じないという。

 さらに奥深い祖谷に向かう。屋島で源氏に敗れた平家の落人たちの里である。
Imgp1554 吉野川の支流、祖谷川は剣山を源に複雑な地形を流れる。落人たちは、川にかずら橋をかけ往来した。もし源氏が攻めてきたら一刀のもとに橋を切り落とし山奥に逃れる、こんな算段だったそうだ。
Imgp1562 そのかずら橋のひとつが、村の大事な観光資源になっている。平家の落人の気分で恐る恐る橋を渡ってみた。その距離40m、そして通行料は500円。ちょっと高いようだが、三年に一度架け替えなければならないから仕方がない。

 山奥の村「祖谷」、来年3月には近隣の町村と大合併して「三好市」になるそうだ。平家の落人の末裔達も晴れて市民!となる。そして同時に、あの野球で有名な「池田町」の名も無くなる。

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October 11, 2005

159.四国路(3)

Imgp1512 足摺岬の突端のホテルに宿をとる。ここは田宮寅彦の小説が映画化されてから有名になった。吉村公三郎監督、木村功、津島恵子が主演だった。高校時代だったので、ほとんどうろ覚え。昭和初期「アカ」の嫌疑で投獄された苦学生が、死の場所を求めてこの岬にやってくる。ここから黒潮を眺めているうちに、生きる勇気が、というなんだか暗い映画だった。
 朝早く岬を歩く。80mの断崖絶壁の上に白い灯台、まわりは椿の径、あちこちに空海伝説の遺蹟がある。
Imgp1524 すぐ隣は、嵯峨天皇の勅願により弘法大師(空海)が建立した金剛福寺、四国八十八ヶ所のなかでも由緒ある38番札所である。
 次々とバスが止まりお遍路姿の観光客が降りる。10日間で半分の44ヶ所をまわるバス遍路は相変わらず人気が高いという。
 そういえば、中高年相手の「日経マスターズクラブ」では「9日間で阿波23ヵ寺を」、徳島大学医学部の専門家が同伴する「歩き遍路ツアー」を募集していた。今日が確かスタート日、参加者は「ブログ」で日々の体験を報告するそうだ。
 宇和島から56号線、321号線を走る間に、6人の歩き遍路さんを見た。皆若い。ニート、それともフリーター?民主党の菅直人も歩いた道である。

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October 10, 2005

158.四国路(2)

 国道56号線を走る。峠をいくつも越えたが、同じ市内や町内が続く。道路標識には急造の板に書かれた「新地名」が貼られている。なつかしい地名は、道沿いの小学校や郵便局にしか残っていない。
 愛媛県内で何処とも合併しなかった二つの町のうち、伊予郡松前(まさき)町の町長は古くからの知人。今年の賀状に「住民の自治にとっては、これくらいの規模が大切なのです」とあった。松山市と伊予市に挟まれた人口およそ3万人の町。面積は、合併によって生まれた最大の自治体・高山市(岐阜県)の百分の一、20平方キロである。
 
 京の公卿一条氏の城下町として、古くから「土佐の小京都」と呼ばれてきた「中村市」も道路標識から消えた。今年の4月隣の西土佐村と合併して「四万十市」となった。「最後の清流」として昨今脚光を浴びている観光資源に飛びついたのである。もちろん四万十川の河口は中村にあるが。そして負けじとばかりに、上流三つの町村は来年3月に合併して「四万十町」を名乗る。
Imgp1500Imgp1502 「四万十川」は総延長196㌔、ダムや堰が一つもない川として知られている。橋も下流を除くと沈下橋(47本)のため川の生態系が守られ、129種の淡水魚が棲息しているという。
 漁も1月のシラスウナギ、2月のアオノリ、4月のゴリ、5月のテナガエビ・ウナギのコロバシ漁、7月~10月のアユ火振り漁など一年中楽しめる。とくに12月1日朝6時半に解禁される落ち鮎漁は、全国から5000人も集まる。素人でも5~60匹は獲れるとそうだ。
 およそ1時間、中流での川下りを楽しんだが、川の流域の至るところに先月の台風のツメ跡が残っていた。豪雨で水かさが急激に増し、二階まで床上浸水し船も流された。水位は通常の5~10m以上、80年ぶりの大水害だった。しかし「それでも、この川に治水ダムを造る気はない」と船頭は話していた。 

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October 08, 2005

157.四国路

uchico7uchico8 四国路を歩いた。そのひとつ、ここは白壁の古い町並みで知られている、愛媛県の内子である。
 松山から車でおよそ1時間、内子は江戸時代後期から明治時代にかけて和紙や和蝋燭の産業が栄えたところ。今でも蝋燭問屋だった本芳我や上芳我家などの古い建物が残っており、国の指定重要文化財になっている。また両家のある一帯、八日町・護国町は「重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。
 飛騨高山や金沢の町並みほど有名ではないので、観光客は少なくゆっくり散策することが出来た。「海鼠壁(なまこかべ)」「鏝絵(こてえ)」「懸魚(けぎょ)」「虫籠窓(むしこまど)」「鬼瓦鳥衾(おにかわらとりふすま)」「ウダツ」「出格子(でごうし))」「床几(しょうぎ)」など、日本の古い建築様式がいたるところで見られるのが楽しい。
 
 ところで内子町は、今年の正月隣の小田町、五十崎町と合併した。新しい町名については色々な案もあったようだが伝統的な名が残ってよかった。ノーベル賞の大江健三郎の出身地で有名だったからともいうが。
 とくに愛媛県は、合併しない自治体がわずか二つという「合併先進県」で、これまで70あった市町村が20に減る。そのせいか奇妙な自治体名も生まれた。川之江市、伊予三島市、新宮村、土居町が合併した「四国中央市」である。松山、高知、高松、徳島自動車道がここで結ばれているからだという。この自己主張、アクの強さには辟易する。今度の旅で二回もこのジャンクションを通過したのだが。

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October 07, 2005

156.SIN CITY

 映画が劇画に挑戦した。
 現代アメリカコミックの鬼才フランク・ミラーの原作を、ロバート・ロドリゲス(「デスベラード」)が映画化した。ミラー自身も共同監督として参加しているが、「キル・ビル」のクエンティン・タランティーノまでが特別監督として加わり日本刀と手裏剣による「殺し」を手伝っている。
 映画は全編モノクローム、強烈なコントラストから浮かび上がるシルエットの手法はザラ紙に画かれた劇画そのもの。しばしば登場する燃える女の唇と、迸る鮮血だけは原色の赤、クールな瞳に青、不死身の殺人鬼だけは黄色と映画だからこそ遊べる。
 ストーリーはそんなに複雑ではない。裏切りと憎しみが渦巻く「罪の街シン・シティー」、その街を支配する権力に三人の男が挑む。ひとりは老刑事ブルース・ウイルス、ひとりは前科者ミッキー・ローク、もうひとりは逃亡者クライブ・オーエン、そして凛々しくセクシーな女たちジェシカ・アルバ、ブルタニー・マーフィ、ロザリオ・ドーソンが彼等を彩る。
 「革命的!あなたが今までに観た、どんな映画とも似ていないことを保証する」(ニューヨーク・ポスト)

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October 06, 2005

155.SHINOBI

scan  「愛し合う運命、殺し合う宿命」がキャッチフレーズ、これまでもたびたび映画化されてきた山田風太郎の「甲賀忍法帖」が原作。今回は世界初というVFX技術によるCG映像、スタントマン無しのワイヤーアクションによって、ダイナミックでスピーディーな映画ができた。
 敵対する甲賀と伊賀、その総領の後継者同士が恋をするという江戸時代版「ロミオとジュリエット」のお話はお馴染みだが、その二人をオダギリジョーと仲間由紀恵が演ずる。監督は「イノセントワールド」の下山天、若手ながら古風な演出、忍者同士の闘いをキチンと描く。
 岩手の倪鼻渓谷の紅葉などロケ地に拘り、日本の自然の美しさをうまく生かしている。それも映画の海外展開を狙ってか。
 実はこの作品、日本で初めての個人向け映画ファンドで製作された。一口10万円で10億円集めた。興行収入、DVD、TV放送、キャラクター展開そして海外、160%のリターンを目論んでいるがどうなるだろう。クレジットに「ファンド協力・みずほコーポレート銀行」とあった。

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October 05, 2005

154.喋り倒し

 高校の後輩・林家彦いち師匠が売れている。7月は「国立演芸場」、8月は「新宿末広亭」、9月は「浅草演芸ホール」、今月は「上野鈴本演芸場」でトリに連日出演、その合間を縫ってラジオや特別イベントをこなしている。
 恒例のひとり舞台、「林家彦いち・喋り倒し」がやっと開ける、との師匠のメールで下北沢「劇」小劇場に出かける。

 今回は特別バージョンで「シルクロード凸凹旅行~エピソード編~」。作家の夢枕獏、写真家の佐藤秀明、イラストレーターの寺田克也、噺家三遊亭白鳥らと旅した西域南道~タクマラカン砂漠踏破のドキュメンタリーである。
 構成・撮影・出演と一人三役で、立ちっぱなしで喋った135分の物語は爆笑の連続だった。少々ピンボケの映像もあったが、彦いち師匠の観察眼は鋭い。同行者たちの決定的瞬間を決して見逃さない。時にはやさしくウイグルの子供や老人たちをカメラに収める。しかし、観光地化したシルクロードには冷たい映像っで答える。
 もともと師匠は創作落語を得意とする。NHKの演芸大賞グランプリもそれで受賞した。だからその喋くりも、映像とうまくマッチしながら、時にはナレーション時には無声映画の活弁士となって、独創的なシルクロードの旅を再現した。
 120席の定員に150人の観客。同行した夢枕、佐藤、寺田各氏も観客に混じって笑い転げていた。

http://www.hikoichi.com/

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