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June 30, 2006

384.DEATH NOTE

 最近「少年・少女雑誌」のコミック映画が増えてきた。駄作も多いが、時々キラリと光る作品に出会う。
 「NANA」もそうだったが「DEATH NOTE」も予想以上に面白かった。

 原作は、新人作家の大場つぐみが3年前から「週刊少年ジャンプ」に連載しているコミック。作画はベテランの小畑健である。すでに単行本10巻が出版され、トータル1400万部売れたという。
 「死神が落とした『デスノート』に名前を書けば、その人は死ぬ」というシンプル話である。しかし「悪人が死の恐怖に晒されることによって、犯罪のない理想社会が生まれるのか。悪人を殺すことは悪ではないのか」という哲学的な命題が投げかけられる。

Death1 天才的な頭脳を持ち「デスノート」を拾った大学生を、藤原竜也が演ずる。蜷川ワールドで鍛えられ数々舞台演劇賞を獲った彼は、「バトル・ロワイヤル」で日本アカデミー最優秀男優賞にも輝いた。
 派手なアクションは無い。心理サスペンス劇。善と悪のボーダレス上の魅力を藤原は巧く演じる。
Deas2 藤原と知能を尽くして戦う「オタク」は、松山ケンイチ。「NANA」で見せた味と、もうひとつ違う面白さを提供する。
 CGとして登場する「死神」は、この映画の狂言回し。中村獅童が声で出演する。そして瀬戸朝香と香椎由利の女性軍、藤村俊二と鹿賀丈史が脇を固める。

 「時代の正義は常に変わってきた。いま、ちょうど世の中が変わりつつある。その変わり目にこの作品が生まれたのは必然」と監督金子修介(「ガメラ」「あずみ」)はいう。元日活仲間、カメラマン高瀬比呂志と組んで仕上げた。

 20社近くが「映画化権」を競った。コンペで「日本テレビ」が勝って製作を担当、ワーナー・ブラザーズが配給権を持つ。全世界に展開するつもりか。
 今回は「前編」で秋に「後編」が上映されるという初めての試みである。

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June 29, 2006

383.バルトの楽園

 「青島(チンタオ)ビール」とお菓子の「バウムクーヘン」、このふたつは映画と深い関係がある。
 「青島」は中国を代表するビールだが、もともとはドイツから持ちこまれたもの。1897年、宣教師殺害を理由にドイツは清国を攻め山東半島のチンタオを占領した。そして第1次世界大戦に敗れるまで、ここを帝政ドイツの極東における軍事・経済の根拠地にした。
 日本の「バウムクーヘン」の生みの親は、カール・ユーハイム。青島で菓子職人だった彼は、祖国ドイツ軍に従軍して日本軍の捕虜となる。休戦条約締結によって俘虜収容所から釈放されたが、ドイツに戻らず日本に残って横浜、神戸で菓子店を開く。現在の「ユーハイム」である。

 映画は、徳島・坂東俘虜収容所を舞台にドイツ俘虜と日本軍人、そして村人達との交流の物語である。
Baruto3Baruto4 厳しい処遇を受ける他の収容所に比べ、坂東は楽園だったと伝えられている。それは、松平健の演ずる収容所長が、俘虜たちの人権を遵守し所内をミニドイツにしたからである。それは何故か・・・。松平の父も戊辰戦争に敗れ、極寒の地に追われた会津藩の俘虜だったからである。
 ブルーノ・ガンツ(「ヒトラー~最後の12日間」)が演ずる在青島ドイツ提督は、4700人の俘虜の代表としてドイツ帝国軍人の矜持を忘れない。
 二人の間には、ゼントルマン同士の友情も生まれる。そしてこの地で日本初のベートーベン作曲「第九」が演奏されたのである。

Banndou5 撮影は、鳴門市坂東に再現した「俘虜収容所」で4ヶ月にわたって行われた。 敷地1万㎡総工費3億円、現在は「歓喜の村」として公園となり多くの観光客を集めているという。

 監督・出目昌伸(「きけ、わだつみの声」)、共演に阿部寛、国村隼、大後寿々花、坂東英二、市原悦子、高島礼子他。

 映画の出来は別として、クライマックスに響くカラヤン指揮の「第九」は涙を誘う。

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June 28, 2006

382.インサイド・マン

 同じ銀行強盗を扱った映画が、二本封切されている。ひとつは日本の「陽気なギャング・・・」、もうひとつがこの作品である。
 前者を「喜劇」とすれば、後者は「サスペンス劇」。狙いが違うので比較にはならないが、「インサイド・マン」は新人ラッセル・ジェウィルスの脚本がしっかりしている。スリリングに構成されたプロットが、予想もつかない結末を生み出す。

Insideman1Insideman2 「私はダルトン・ラッセル。二度と繰り返さないからよく聞け。私は銀行を襲う完全犯罪を計画し、そして実行する・・・・・・・」
 クライブ・オーエン(「クローサー」)が扮する犯人の宣言から映画は始まる。
 対するは捜査官デンゼル・ワシントンと交渉人ジョデイ・フォスター、いずれもアカデミー賞を二度ずつ獲ったトップスターである。
 そしてプロデューサーは、「ビュティフル・マインド」「フライトプラン」「ダ・ヴィンチ・コード」のブライアン・グレイザー、監督スパイク・リーの最強コンビである。

 舞台はニュヨークのウオール街、銀行を襲った犯人たちは、来客者と行員を人質に立て篭もる。そして犯人は、人質全てに自分達と同じ扮装を強制する。完全に包囲された銀行、射殺される人質、いったい犯人達の要求はなにか。

 「私は銀行を襲う完全犯罪を計画し、実行した。目的?それは・・・・」 映画は、オーエンのモノローグで終る。

 「これこそ映画館で見たいと思わせる映画だ!デンゼル・ワシントンとクライブ・オーウェンが見せる、クールで魅力あふれる追いつ追われつのゲーム」(マキシム誌)
 せっかくのジョディ・フォスターの出番が少ない。それだけが不満である。

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June 27, 2006

381.ういろう(外郎)

 「ういろう」といえば、名古屋をはじめ伊勢や京都・山口の名物菓子。羊羹に似ているがこちらは、米粉と砂糖を蒸してつくる。
Imgp0869 しかし「ういろう」の名前のもとは、お菓子ではなく漢方薬。 タンニンの原料である阿仙をベースに、龍脳・縮砂・丁香・人参・甘草・桂皮などを配合して銀の粒にした丸薬である。
 もともと中国の霊薬で、室町時代足利義満に招かれた陳外郎(延祐)が日本に伝えた。胃痛・腹痛・眩暈・悪心嘔吐・痢瀉・痰咳・頭痛・咽喉痛など万病に効くという。
 菓子と薬の名の混同は、外郎家が朝廷での外国使節接待のため菓子を考案したことから生じたらしい。

Imgp0862 我が家では昔から薬の「ういろう」(透頂香)を常備薬としてきた。ところが、10年ほど前からは東京の薬屋では手に入らなくなった。原料の手当てがむずかしく、製造量を減らしたからだそうだ。
 そこで薬が切れると、小田原にあるお城のような「外郎藤右衛門」家まで買いに出かける。500年ほど前、北条早雲が5代目外郎藤右衛門を、小田原に招いて以来「ういろう」はここでしか作られないからだ。

Uirou1 これは明治時代の外郎家の八棟造り。京都から来住した外郎家は、当時の天皇から下賜された菊と桐を紋章として八棟造りの家を建てた。その後は「寛永の地震」「元禄の地震」「天明の地震」で建物が崩壊する度に、再建した。「八棟造り」は、代々の遺言なのだそうだ。
 現在の建物は「関東大震災」で崩壊したものを、戦後再現した。

Uirou2 「ういろう」に纏わるもうひとつの話しは、歌舞伎十八番「外郎売」。
 享保年間、歌舞伎役者・二代目市川団十郎が持病の咳と痰でセリフが言えなくなり、この「ういろう」を飲み続けて治した。そこでお礼を込めて団十郎は、「外郎売」の台詞を創作して江戸で上演した。この演目は、市川家が代々引き継ぐ「十八番(おはこ)」として現在も度々上演される。

 「・・・・・八方が八棟、表が三ツ棟玉堂造り、破風には菊に桐の薹の御紋を御赦免あって、系圖正しき薬でござる。・・・・・・・先ず此の薬を斯様に一粒舌の上へ載せまして、腹内へ納めますると、イヤどうもいへぬは、胃心肺肝が健やかに成って、薫風咽喉より来たり、口中びりやうを生ずるが如し・・・」
 薬箱を背負った団十郎のセールストークは、この10倍以上の長セリフが続く。この春、白血病の病から奇蹟的に回復した十二代目団十郎は、「外郎売」で舞台に復帰した。「ういろう」のご利益だったかどうか。

 「ういろう」728粒で5000円。販売はひとり1万円限度。新幹線代は別!

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June 26, 2006

380.お冨士様の植木市

Imgp0856Imgp0858 浅草冨士の浅間神社。
 江戸庶民にとって生涯の夢は、富士山の登山だった。しかし交通事情も悪いし年寄りには無理。そこで駿河の冨士山麓にある浅間神社から、ご神体を分祀した社が各地にできた。そして「お冨士講」を作り、そこから富士山を遥拝したのだ。浅草のこの地も昔は冨士に似た森厳な小丘で、元禄の頃にはすでに社が設けられたという。

Imgp0850Imgp0851 浅間神社の例祭は、どこでも冨士山の山開きの6月1日(旧暦)。この日には冨士詣りの出来ない人々が、地元の神社に参詣した。
 その縁日には、いろいろな物売りが参道に店を並べたが、ここ浅草では明治の頃から植木市が立つようになり現在まで続いている。
 富士山の山開きの方は新暦の7月1日になったので、ここ「お冨士様の植木市」は、毎年5月と6月の最終土・日に開かれる。浅草寺の裏手、馬道通りと千束通りに挟まれた柳通りには、およそ60店の植木屋が通りを埋めつくし延べ30万人の人出で賑わった。

Imgp0853 マンション暮しの当方にとっては、大きな植木を置く訳にはいかないので、記念に3個500円のミニサボテンを買った。
 来月9日、10日は浅草寺観音様の四万六千日功徳日。この日には境内に「ほおづき市」が立つ。こちらの方はもっと人出が多いという。

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June 24, 2006

379.DAISY

DaisybDaisya 「猟奇的な彼女」「ラブストーリー」で有名なクァク・ジェヨン監督が、運命の愛とサスペンスの「ホン」を書いていた時、お茶を運んできた愛妻のエプロンに目が止まった。「DAISY」の花模様、清楚で可憐、目立たずそっと咲いている花は、今書いているヒロインそのものだった。花言葉は「心の底からの愛」、映画のタイトルはこうして決まったという。

 役者は「猟奇的な彼女」「僕の彼女を紹介します」でクァクが掘り出したチョン・ジヒョンと「私の頭の中の消しゴム」で大ブレイクしたチョン・ウソン、韓国カリスマ・スターのトップの二人を持ってきた。そしてもうひとり「エンジェル・スノー」のイ・ソンジェがからむ。
 監督には、「香港ノワール・友情と裏切り」をテーマにしたらこの人以外にはいないアンドリュー・ラウ(「インファナル・アフェア」)を指名、クァク・ジェヨンは脚本だけに専念した。

 映画はオール・ロケそれもオランダと、韓国映画では初めて海外を舞台にした。光と影の街アムステルダム、100年以上の歴史をもつ最古のカフェ、アンティークな建物群、運河、港、DAISYの咲き乱れる田園・・・・、その中で華麗なアクション・シーンが展開する。

 「幻に恋したヒロイン。何処からか彼女を見守りながら、デイジーの花を贈り続ける男。ヒロインの前に現れた男を運命の人と信じたが、しかし・・・」

 「インターナショナル・バージョン」は、ヒロイン・チョン・ジヒョンの視点から描く。
 「アナザー・バージョン」は、チョン・ウソンの演ずる暗殺者の視点で描いた。韓国だけで公開されていた後者も、もうすぐ日本でも封切られる。

 アジアの映画音楽で活躍している梅林茂(「LOVERS」)が、今回も音楽を担当している。

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June 23, 2006

378.アダン

Adanna 田中一村が画いた「アダンの木」。この絵は「奄美群島日本復帰50周年」記念切手の絵柄になった。
 そして映画「アダン」のタイトルも、ここから生まれた。映画もまた「復帰50周年記念」の作品として製作されたのだった。

 しかし、一村との関わりが深かった人ほど、映画には不満を抱いている。製作課程でも遺族や関係者の間で紆余曲折があった。
 「孤高・異端の日本画家」として「一村ブーム」が起こるまでは、日本画壇をはじめ美術、マスコミ関係者のほとんどが彼を無視していた。そして話題が高まると蟻の如くむらがった。それだけに、彼を支援しまた掘り起こした人達にとっては納得し難いのである。

Adannb 彼の後援者と奄美の一部の人達にしか知られていなかった一村が、マスコミに登場したのは1979(昭54)年のことである。
 地元紙の記者が、名瀬で2年前亡くなった一村の画業を紹介した。翌年、ローカルテレビが「幻の放浪画家」として放送した。さらに4年後同じディレクターが「黒潮の画譜~異端の画家田中一村」を全国にむけ放映し大反響を呼ぶ。そして、新聞連載が始まり、「田中一村作品集」が発刊され、全国10ヵ所で作品展が開かれた。
 その後も「一村ブーム」は止まることを知らず、テレビ、シンポジュウム、劇団公演、美術館建設そして映画化と続いている。

 映画は、田中一村の後半生を描く。栃木に生まれ東京で過ごした一村が、千葉に移り住むことから始まる。そして彼の才能を認めなかった日本画壇に反撥して、奄美に定住した1958(昭33)年から1977(昭52)年の死までを追う。
 脚本は松山善三、監督は五十嵐匠。主人公の一村を鹿児島出身の俳優で画家でもある榎本孝明が演ずる。彼は骨身を削って、天才画家一村を熱演した。一村を信じ支えた姉を古手川佑子、他に村田雄浩、加藤剛、中村嘉葎雄、犬塚弘・・・・。

 奄美の神秘的な自然を「アダン」に托し、その「精」としてひとりの少女(木村文乃)を配した。脚本家か監督のイメージなのだろうが、一村と奄美を深く知るものの一人としては違和感を持つ。
 彼が命を削って昇華させた芸術は、その程度のレベルのものではない。

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June 22, 2006

377.観世流・能

 今週は古典芸能尽いてる。前夜の歌舞伎に続いて「能楽」を鑑賞した。
 銀行マン時代から趣味で能を習っている知人が、渋谷の観世能楽堂に招いてくれた。観世流を習っている方達向けの研究会である。
 出し物は、能「小督(こごう)」、狂言「真奪」、仕舞、能「天鼓~弄鼓之舞(てんこ・ろうこのまい)」の3時間30分。間に狂言を挟んだ「能舞台」での正式な古典芸能、私にとってはじめての経験だった。

 「小督」は、源平時代の物語。高倉天皇の愛人・小督局が平清盛の権勢を恐れ嵯峨野に身を隠す。嘆いた帝は源仲国に命じて小督に「ふみ」を届けさせる、という物語。
 これは実話で、小督は仲国の手で宮中に連れ戻されたものの清盛に見つかり、結局尼僧にさせられる。高倉帝の中宮が清盛の娘徳子だったからである。
 今も嵯峨野の渡月橋の北詰に「仲国駒止めの橋・琴聴橋」がある。

 「天鼓」は、中国後漢の話。妙なる音を出す鼓を勅命により召し上げられたうえ、呂水の淵に投げ込まれた少年と子供の死を嘆く老父。誰が打っても鳴らなかった宮中の鼓を、老父が鳴らす。親子の情を哀れに思った帝が、弔いを呂水の畔で催す。そこに少年の霊が現れ、鼓を打って興じて舞楽を舞う。
 「天鼓」は権力者への恨みというより、鼓と戯れ舞い遊ぶ純粋な少年の心を表現した能、と解説書にあった。

 能は、シテ、ワキ、ツレと呼ばれる数人の役者と、大小の鼓・笛、謡いの地の部分を受け持つ地謡(今回は8人)の組み合わせで演じられる。歌舞伎や文楽の浄瑠璃より「言葉」は判りやすいが、会場の多くの人達が「謡曲」の本をめくりながら「謡い」に口を合わせていた。

 終演後は知人を囲んで、「黒瀬」で焼酎を飲みながらの俄か勉強会。
 シテ(仕手)が主役でワキ(脇)が相手役、ツレ(連れ)トモ(供)は何とか理解出きるが、アドという役もある。これは古語で「相槌をうつ」意で、シテを助ける役だそうだ。
 「仕舞」にはクセ(曲)キリ(限)とあったが、これは省いておこう。
 プログラムの出演者の頭に必ずカナどこのように振られているのが面白い。

 「能楽」は、もともと「田楽」や「猿楽」など農民のなかから生まれた謡いと舞を、室町時代に観阿弥・世阿弥親子によって公家や武家、寺院の「式楽」として大成した。幽玄美をこめた象徴的な芸術で、その演出法はギリシャ劇に類似しているという。しかし江戸時代には、それが庶民の手によって娯楽化され歌舞伎にもなった。

 「天鼓」で大鼓を打った、人間国宝・亀井忠雄の鼓の音が今も耳に残っている。

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June 21, 2006

376.ひとまく会

 歌舞伎座の最後の一幕を、4階の立見席で観る「ひとまく会」。6月の演目は「二人夕霧(ににんゆうぎり)~傾城買指南所」、和事の舞踊劇である。

 1月2日のブログ227号にも書いたが、傾城夕霧と伊左衛門がペアで登場する歌舞伎・人形浄瑠璃の演目は多い。これは1678(延宝6)年、大坂新町の廓の遊女と馴染み客の「恋」という「実話」を、近松門左衛門が脚色し初代坂田藤十郎が演じて評判となった「廓文章」が基となっている。

 遊女夕霧にうつつを抜かし、勘当された大店の若旦那・藤屋伊左衛門が、落剥の紙衣姿に身をやつして登場する・・・・・・という筋立てだが、この「二人夕霧」はその後日談をパロディ化したもので、1797(寛政9)年に初演されている。作・近松徳三とあるが、近松門左衛門との関係についてはよく知らない。

 話は夕霧(魁春)に死なれ、勘当もされた伊左衛門(梅玉)が2代目の夕霧(時蔵)と世帯をもってしがない日々を送る様から始まる。商売は経験豊かな「傾城買い」を、初手の人達に伝授する、というもの。
 そこへ死んだ筈の夕霧が現れ、伊左衛門をはさんで夕霧同士が痴話喧嘩。しかし最後は勘当も解かれ、三人仲良く暮すという、男にとっては夢のような話しで幕となる。
 「二つ折り」といわれる「やつし事」だが、モテモテの色男、カネも力もあるのがまさにパロディなのだ。

 800円握り締め立見席に並んでいたら、「おっちゃん切符あげよう」と途中退席したオバチャンから「1等席」の切符をもらった。カネも力もない身にとって「ついてる夜」だった。

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June 20, 2006

375.焼酎バー「黒瀬」(49)

 最近の焼酎の話題を新聞から要約で。

 「サッポロビール、本格焼酎に参入」
 サッポロホールディングスは、来年にも本格焼酎(乙類焼酎)を製造・販売し、ビール類、ワインに次ぐ事業の柱に成長させたい、との方針を明らかにした。
 サッポロは、今年の4月キッコーマンの焼酎事業を買収して市場に参入したが、ブランドのほとんどが甲類で売上高も90億円の見通し。一方焼酎ブームで売上を伸ばしているのは乙類で、二年前には年間出荷量も甲類を抜いている。
 そこで先週、久留米市にある本格焼酎の蔵元を買収、子会社化した。そして来年から本格的に販売を開始、08年12月期には、焼酎の売上を180億円にしたい考えである。(日経・朝日)

 「ふるさと再発見・焼酎文化を学ぶ」
 焼酎造りにかける思いや焼酎ブームの今後について学ぶ「ふるさと再発見・かごしま学舎講座」(かごしま県民大学中央センター主催)が、この日曜日県民交流センターで開かれた。 
 この講座は「食の安心・当世からいも事情」をテーマに、12月まで7回、サツマイモ農業の現状から産地づくりに向けた取り組み、料理法など多岐にわたって学んでいる。
 今回は黒瀬杜氏の吉行正巳さんと大口酒造の研究室長神渡巧さんが講師。
 吉行さんは、焼酎造りはすべて手作業で、麹部屋に何日も寝泊りしながら学んだ50年以上の杜氏人生を振り返り「こだわりを持って焼酎を造ることの大切さを若い人に伝えたい」と話した。
 また神渡さんは「焼酎は広く消費者に定着した。品種や色で焼酎の香味が異なるサツマイモの研究を深め、香味のバリエーションを広げたい」と述べた。(西日本)

 「ショーチュリーニア、若い女性にもフアン急増」
 「カイピリーニア」はブラジル人の好むカクテル。蒸留酒をベースにスイカやマラクジャなど季節の果物を入れて造るが、日系人の間では日本酒をベースにした「サケピリーニャ」が広まっていた。
 ところが最近では、ベースに本格焼酎を使った「ショーチュリーニア」が台頭、非日系人の間でも大評判となっている。
 これは日本で焼酎ブームを経験した駐在員が、日本食レストランで焼酎を注文するようになって、日本からの輸入が始まった。現在芋、米、泡盛など6種類が輸入されおよそ20軒のレストランなどで飲まれているが、消費は拡大の方向にあり若い女性たちの注目をあつめているという。(サンパウロ新聞)

「黒瀬」 http//keida.cocolog-nifty.com/kurose/

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June 19, 2006

374.狂言「鐘の値」

 趣味で狂言を習っている知人から、案内状が届いた。渋谷のセルリアンタワー能楽堂で、狂言の会を開くという。
 「狂言」は日本の伝統芸能のひとつで、正式には能楽の間にはさんで演じられる「せりふ中心の喜劇」である。最近は、各流派が狂言だけを催す会も増えてきた。

 知人が登場する出し物は「鐘の音」、それも主役であるシテ「太郎冠者」を演ずる。
 太郎冠者とは室町時代頃の呼び名で、武家の召使のうちいちばん古参をいうが、狂言ではしばしば主人をやり込める知恵ものの召使として登場する。
 この出し物は、言葉の解釈違いによるドタバタが「滑稽」なのだが、もうひとつ「擬音語」が笑いを呼ぶ。他の演劇では道具を使ってだす擬音を、役者の台詞でやらせるという大胆な工夫が面白い。

 話しは、元服した息子に黄金張りの鞘の太刀与えようと思った主人が、召使に黄金の値段の調査を命ずることから始まる。
 「鎌倉にいって付け金の値(つけがねのね)を聞いて来い」との命を、太郎冠者は「撞き鐘の音(つきかねのね)」と勘違いしてお寺に出かけ、鐘の音を聞いて回る。このときの「グヮン」「チーン」「コーン」「ジャン、モン、モンー」が役者の口から擬音語として出ていくのである。
 用足しにならぬと叱られるが、そこは太郎冠者、「鐘の音は遠くまで響いてめでたいもの。ご子息の元服の寿が広く響きわたるように、鐘の音を聞いて回ったのだ」と煙にまいてメデタシ。

 上演およそ30分、このほとんどを謡うように喋りながら舞い歩く。そして擬音。知人は、この難しい役をトチリもせず見事に演じきった。
 あとの演目は「二人大名」「蚊相撲」「月見座頭」。大蔵流のプロの役者たちの舞台である。

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June 17, 2006

373.花よりもなほ

 映画監督・是枝裕和の5作目は「時代劇」、微笑ましい!映画だった。
 もともとはテレビマンユニオンのドキュメンタリー・ディレクターだった是枝だけに、リアリズムに独特の美学がある。11年前「幻の光」でデビュー、ヴェネツェアで大賞をとった。二年前「誰も知らない」がカンヌで最優秀男優賞(柳楽優弥)をとり、是枝もメジャーになった。
 その余裕だろうか、原案・脚本・編集・監督をこなした彼には力みがない。それが映画を楽しくした。

 特筆すべき事が二つある。
 話しは「仇討ちの顛末」なのだが、始めから終わりまで江戸の片隅にあるボロボロの長屋が舞台になる。松竹京都撮影所に22間の「長屋のオープンセット」を造って、全てを撮影した。このセットが実にリアルなのだ。
 スタッフのほとんどは、「誰も知らない」の仲間達。そこに時代劇美術の大御所「太秦」の馬場正男を迎い入れた。彼は、黒澤明と「羅生門」を、溝口健二と「山椒太夫」「雨月物語」、衣笠貞之助と「地獄門」を撮った。御年79歳である。
 セットがリアルなら、役者が身に纏うボロ衣装もリアル。担当したのは黒澤明監督の長女、黒澤和子である。「雨あがる」「たそがれ清兵衛」「隠し剣鬼の爪」など時代劇の衣裳でこの人の右にでるものはいない。

 出演は、父の仇討ちのため信州からやってきた侍に岡田准一、彼を密かに慕う後家に宮沢りえ、仇役は浅野忠信、他古田新太、中村嘉葎雄、香川照之、石橋蓮司、原田芳雄、寺島進、田畑智子、夏川結衣・・・・・・。今TVや映画で活躍している旬の役者を集めた。

 子役たちものびのびと演技している。是枝は子役の扱いは流石だ。

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June 16, 2006

372.ドミニカ移民訴訟

 「私達はカリブの海の島に捨てられたんですよ。棄民なんです」
 ドミニカ日系人協会会長の嶽釜徹さんが強い口調で話す。

 先週、東京地裁はドミニカ移民の訴えについて「国の移民に対する対応は違法。しかし20年以上も過ぎているので、賠償請求権は消滅」との判断を下した。この判決に対し原告団はただちに控訴、移住以来50年を超える苦難がまだ続く。
 「時効によって消えてしまったのは政府の良心と罪の意識。入植以来半世紀、移住者の苦しみや心の傷に時効はない」
 事務局長として高齢の原告(移民一世)たちを支えてきた嶽釜さんの無念の言葉である。

 嶽釜さんは私達の郷里、南薩摩の知覧出身である。来週にはドミニカに帰国するというので、郷里を同じくする仲間たちが集まり「黒瀬」で激励会を開いた。会には訴訟を支援しているジャーナリストや学生たちも参加、50年の苦労の歴史と移住者たちをだまし続けてきた政府の不誠実さを聞いた。

 ドミニカ移民は、1956年から始まり3年後の59年まで13回続いた。700万人の失業者を抱えた当時の日本の国策としての移民だった。
 「肥沃で広大な農地を無償で提供する」と政府は移民を募った。そして5倍の競争率のなかから249家族1319人が、パナマ運河を通ってサント・ドミンゴに上陸した。そのうちの20%は、最貧県鹿児島の出身者だった。
 しかし夢は無残にも打ち砕かれる。連れていかれた入植地はハイチとの国境、赤いがれきの乾燥地だった。水もない。土地も借地で面積は10分の1。真っ白い塩が地表を覆う不毛の地だった。
 翌日から大使館を通じて「政府の約束履行」の交渉が始まった。しかし大使は面会も断わり、責任の所在もたらい回しされた。
 途中ドミニカの政変もあって80%以上が帰国・転住したが、全てを売り払い新天地を求めた47家族276人は残らざるを得なかった。

 嶽釜さんは、農業高校の教頭をしていた父親に連れられて移住した。19歳の年である。農業専門家である父親は移住者たちのリーダー、それだけに強い責任を感じ政府との交渉にあたった。しかし途中で命を亡くす。
 臨終間際、父は「無念の思い」を息子に託した。嶽釜さんの闘いはここから始まる。
 43年も続いた政府との交渉は、ラチがあかない。そこでついに訴訟を起こす。6年前のことである。
 「祖国を訴えるなんて考えてもいなかったのです。いつかは政府も判ってくれるとまだ信じていたのですが。しかし一世たちが次々この世を去っていく。もう時間が無かったのです」。

 来月29日、ドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴで「ドミニカ移住50周年記念祭」が開かれる。式典には大統領も出席する。記念祭執行委員長でもある嶽釜さんは「移住50周年が棄民50周年にならないよう」日本国政府の決断を求め外務大臣に強く迫った。しかし大臣からは謝罪の言葉すら無かった。
父親が同じ南薩摩出身の小泉首相は「政府に道義的責任はある。政治として対応したい」と話しているが。

 記念事業への寄付募集 振り込み先 みずほ銀行飯田橋支店
   (普)2370729「ドミニカ日本人移住50周年」 

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June 15, 2006

371.夢駆ける馬ドリーマー

Drema 「アイ・アム・サム」以来ダコタ・ファニングが出演した映画は全て見ている。もう子役というより小さな名優と言って良い。この映画もダコタの存在だけで感動を呼ぶ。

 重傷を負った牝馬「マライアズストーム」が、奇蹟の復活をはたした実話に基づく。アーリントン競馬場では、彼女の名をつけた記念のレースも毎年開かれているという。

 映画の方は、安楽死を免れた重傷の馬と少女(ダコダ)との交流、家族の絆と再生を描く。そして世界一といわれる高額の賞金がかかった「ブリーダーズ・カップ・クラシック」への挑戦がハイライトとなる。このレースは、事実出走料も高いが優勝すれば200万以上の賞金が出る。それにアラブの成金王族兄弟がからむ。

 主人公の馬「ソーニャドール」を演じた名優(馬)は5頭。3頭の本物と2頭の張りぼてがうまくシーンを盛り上げる。レースで疾走する馬は、どの映画でも美しい。

 ダコダをとりまく出演者たちも名優が揃っている。父親はカート・ラッセル(「ポセドイン」)、母親はエリザベス・シュー(「リービング・ラスベガス」)。物語に深みを与える祖父役には、カントリーミュージックの大御所クリス・クリストファーソンが出演した。
 監督は「コーチ・カーター」の脚本を書いたジョン・ゲイティンズ、監督初デビューである。

 題名の「夢駆ける」は蛇足だろう。原題どうり「ドリーマー・感動の実話」でよい。

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June 14, 2006

370.ダ.ヴィンチ・コード展

Davinchia 朝日のアスパラクラブに応募したら入場券が当った。1500円、この手の展覧会にしては値もはる。 
 会場は六本木ヒルズ森タワー52階にある「アーツセンターギャラリー」、初めて登った。

 ダ・ヴィンチ展ではなくあくまで「・・・・・コード展」である。だからダ・ヴィンチの画いた本物の絵や遺物はひとつも展示されてはいない。小説「ダ・ヴィンチ・コード」と映画「ダ・ヴィンチ・コード」の宣伝というか人気に乗っかったデジタル・ミュージアムである。
 カソリックについての素養のある人は別として、小説や映画にまだ接していない人にとっては判りにくい展示だろう。こちらは先週映画を見たので、それなりに興味が持てた。

Davinnchib 売り物のひとつは、「謎」のダ・ヴィンチ絵画が美しい高細度デジタル映像で再現されていることである。「モナ・リザ」「ウィトルウィウス的人体図」「東方三博士の礼拝」「岩窟の聖母」などが実物大で映し出される。タッチパネルを押すと、それぞれの解説も始まる。
 小説や映画の舞台となったフランスやイギリスの教会、街並み、自然がオリジナル・デジタル映像で観ることもできる。
 実物のレプリカだが、パリの国立図書館に秘蔵されている文書「4゜Lm’249」が日本で初めて展示された。ダ・ヴィンチやニュートンの名も記された「秘密結社・シオン修道会」の総長リストである。
 デジタル・シアターでは、ミラノ・サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ聖堂の壁画「最後の晩餐」が原寸大で登場する。そしてこの壁画にダ・ヴィンチが隠した、様々な謎が解かれる。

 映画を見た人にはなつかしい様々な小道具・大道具も展示されている。「クリプテックス」などは実物を手にとって、謎解きができる。

 映画はソニー・ピクチャーズエンタテインメントが配給し、展覧会の映像製作・技術・機材はソニー・グループが提供するマルチなメディアミックスである。


 一階上の森美術館では「アフリカリミックス」。多様化するアフリカの現代美術が展示されていた。作品のボリュム、表現の多様性、そして爆発するエネルギー、先進諸国に爆弾を投げ込んだような作品群にただただ圧倒された。これもぜひ見て欲しい。

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June 13, 2006

369.ココシリ

Imgp0802 ココシリとはチベット語で「青い山々」、モンゴル語で「美しい娘」。中国青海省海抜4700mの人類未踏の高原は、その名の通り透き通る青空のもと、想像を絶する美しい自然が広がっている。しかしここで10年前に、痛ましい悲劇があった。
 この映画はその事実をもとに、気温マイナス20℃、空気の薄さは北京の3分の1というココシリでロケした作品である。製作のため、スタッフ・キャストは八ヶ月も高原に篭り、高山病と闘いながら撮影したという。

 高原はチベットカモシカの生息地である。このカモシカの毛「シャトーシュ」は、世界最高の毛織物といわれショール一枚でも2~4万㌦もする。ただしこのために5頭のカモシカが犠牲となる。
 90年代はじめ中国政府は、チベットカモシカを保護野生動物に指定し捕獲を制限した。このため毛皮が国際市場で高額で取引されるようになり、密猟が横行しカモシカの数は100万頭から1万頭に激減した。

 悲劇は、密猟者を追うチベット族たちの山岳パトロール隊員たちの死である。ボランティアの隊員は、わずかな装備で高原をパトロールする。もちろん国から報酬や経費が出るわけではない。全てが自前である。隊員たちは、家族と別れ過酷な自然のなかでカモシカを守る。
 死と背中合わせの危険な任務、しかし彼等には悲壮感はない。「神が祖先に与え、祖先が自分たちに残した自然を、つぎの世代に引き継いでいく」ことは、彼等にとって当然の使命だった。

 2代続いてパトロール隊の隊長は、密猟者に殺された。ひとりで守る監視所で殺害された隊員もいる。流砂に呑み込まれた人、高山病で倒れた人、食料を失い凍死した人、様々な悲劇を彼等は淡々と受け入れていく。
 その悲劇を、北京から同行取材した記者が書いた。このルポは大反響をよび、中国政府は1997年ココシリに自然保護区管理局を設置、公安警察隊と密猟監視員を配するようになった。
 そして昨年、中国各地から5000人を超える若者達がボランティアでチベットカモシカの保護にあたっているという。

 監督は、「ミッシング・ガン」でベネチアなど数々の賞をとったルー・チューアン。映画はこれが二作目である。主演の隊長を演ずるのは、チベットを代表する演技派スター、デュオ・ブジェ。新聞記者を中国国立劇団のチャン・レイ。無名のチベット族の人々が多数出演して、彼等を支えている。

 2年前の作品。88分に再編集して日本でもようやく上映された。

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June 12, 2006

368.堀切菖蒲園

Horikiri 江戸末期の画家二代歌川広重が描いた「東都三十六景・堀切花菖蒲」。当時堀切では小高園と武蔵園の二つが開園して、江戸市中に新名所として知られていた。
 このあたりは荒川、綾瀬川沿いに広がる水田地帯。古く室町時代から自生の花菖蒲が見られたが、200年前当地の農民小高伊佐衛門が、水田を区切って栽培を始めた。
 江戸種と呼ばれた堀切の花菖蒲は、明治に入り改良が進み国内はもとより海外にも輸出されるようになった。
 明治末期には五つの菖蒲園が並び立つほどになったが、昭和期に入り都市化と戦時下の米増産の影響で、全て閉園した。

Imgp0833_1Imgp0831_1Imgp0826 現在の堀切菖蒲園は戦後唯一復興したもので、始めは東京都の公園だったが、その後葛飾区に移管され整備が進んだ。

Imgp0824Imgp0816Imgp0835 現在品種も200を超え7,700㎡の庭園に6000株が植えられている。同じ葛飾区内の水元公園と比べ株数は少ないが、すぐ足元で花菖蒲を楽しむことが出来、品種の名前や株分けの様子など丁寧な説明もある。
 見頃は今週いっぱい。京成本線「堀切菖蒲園」下車5分。

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June 10, 2006

367.ハイビスカス

Imgp0795 去年露店で買ったハイビスカスの鉢を、ベランダに放りっぱなしにしていた。ところが、今年はよく花をつける。たった1株なのに4月3日以来今日まで、18輪の花を咲かせた。まだ花芽が5~6個は付いているので当分楽しめる。

 「ハイビスカス」 和名をブッソウゲ(仏桑華)という。葉が桑に似ているかららしい。ハワイの州花になっている通り熱帯花木で原産地はインド洋に浮かぶ島。オールド系とハワイアン系とがあり、オランダで開発したインドア系は12度程度の温度があれば、ガラス越しの室内でも開花する。
 7月の誕生花。花ことばは「勇ましさ」「華やかさ」。ネパールでは「聖なる花」として尊ばれる。

 沖縄にある小さなホテルを舞台にした映画「ホテル・ハイビスカス」は、4年前の東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。中江裕司監督の作品である。

 ちょっと図書館で調べた次第。

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June 09, 2006

366.恋するトマト

Lovetomato01 俳優・大地康雄がいい仕事をした。14年も暖めていた構想を映画にした。農家の長男である中年男性と美しいフィリピンの女性との恋物語である。
 しかし大地が言いたかったのは「人間にとって最も大切な食べ物を作っている人達が、なぜ偏見と軽蔑にさらされるのか」、そしてその事によって日本の食料自給率が壊滅していくという、危機意識だった。

 大地康雄55歳、熊本県出身。伊藤雄之助の付き人をしながら俳優修行、28歳の年に木下恵介の「息子よ」で映画デビューした。その後「マルサの女」で注目を集め、伊丹監督作品には欠かせない存在として活躍した。最近では「蝉しぐれ」で重厚な演技を見せている。

Lovetomato02 「恋するトマト」は全て実話だそうだ。北海道で農村の現実を作品化している小檜山博を、フィリピンや茨城の農村に連れて行き二人で取材した。「農家の長男に生まれたというただそれだけの理由で、結婚をあきらめる男たち」を軸に、貧しさの故に「芸能人」として日本に売られるスラムの女達やそれで稼ぐ日本人の女衒、50も年下のフイリピン女性に子供を生ませた都会の金持・・・・・・など。

 大地は、小檜山の原作をもとに脚本を書き主演した。もちろん予算をふくめ製作総指揮にあたった。主人公が恋する女性役は、フィリピンのトップ女優アリス・ディクソン、他に富田靖子、村田雄浩、ルビー・モレノ、あき竹城、藤岡弘など芸達者が出演している。
 映像も美しい。霞ヶ浦周辺に広がる美しい緑の田園地帯と黄金色に輝くフィリピン・ラグーナ村、この二つを舞台に話は展開する。そして、かの地で実った日本種の真っ赤なトマトが主題を紡ぐ。
 しかし、作品が完成した後の配給に大変な苦労があったという。いわば自主作品といえるこの映画は、大地やスタッフたちが手分けして、上映してくれる映画館をひとつづつ捜している。

 今週のはじめ、政府は「農業白書」を発表した。白書は「農業従事者の高齢化や、耕作放棄地の増大など、日本農業は危機的状況にあります」と現状を分析している。高齢化率60%以上、耕作放棄地は38万ha、東京都の1.8倍に達するという。

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June 08, 2006

365.東京道産酒の会(9)

 月に一度北海道を慈しむ仲間たちが集まり、地元の酒と料理を楽しむ「道産酒の会」、今月のスピーカーは会員の山野幸子さん。山野さんは日本国際協力センター勤務の傍ら、北海道犬の研究と保存の運動に携わっている。
 タイトルは「北海道犬と琉球犬」

 北海道に棲む犬は、輸入された西洋犬を除くと大きくカラフト犬とアイヌ犬に分かれる。カラフト犬は、南極探検のタロー・ジローで有名だがその名のとおり北方系の犬である。一方のアイヌ犬は分類上中型日本犬で、今は北海道犬と呼ばれている。
 この北海道犬と琉球犬のDNAがかなり近いことが、両方の保存会の交流のなかで明らかになってきた。琉球犬も小型のヤンバル系と背高の大きい八重山系に大別されるが、家畜としての犬の利用手段によって変化したようだ。
 家畜となった犬は人間と行動を共にする。古代南方から人類が北上するとともに、犬も北上する。琉球犬と北海道犬のルーツが近いこともうなずける。
 現在国の天然記念物に指定されている犬は、「秋田犬」「甲斐犬」「紀州犬」「柴犬」「土佐犬」「北海道犬」。北海道犬以外は全て大陸から朝鮮半島を経てきたと考えられている。
 北海道犬(アイヌ犬)も「阿寒系」「日高系」「岩見沢系」「千歳系」とわかれる。例えば阿寒系はオホーツク文明と深く関わるなど、それぞれ歴史的背景もある。また岩見沢系は、その体型などから北方犬種との混血という仮説もたつ。
 現在北海道犬は、保存会に登録されている数が1000頭。飼主以外には妥協しない純粋さ、小さくてもヒグマに負けない強さ、ペットではなく仲間として暮していきたい。


 (今夜の献立)
・姫アスパラと海老の小鉢 ・アスパラフライと煮昆布の前菜 ・マスノスケの助ルイベのお造り ・ツナサラダ ・変わり冷奴の鉢物 ・マスノスケの西京焼 ・鳥甘酢煮 ・アサリ御飯 ・あら汁

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June 07, 2006

364.ダ・ヴィンチ・コード

Davinci2 どの書店を覗いてもダン・ブラウンの文庫版「ダ・ヴィンチ・コード」が山積みされている。3年前の出版以来、全世界で5000万部以上売れた超ベストセラーだそうだ。日本国内でも500万部を突破したという。
 「『モナリザ』『岩窟の聖母』『最後の晩餐』というダ・ヴィンチの名画には、驚くべき秘密が込められている」と、独自の解釈と想像力でカソリックの総本山、ヴァチカンに刃向かった。とくに実在の教団「オプス・デイ」を敵役にしているから、波紋は大きい。

 映画の方は先月の20日に、全世界同時公開。活字に加え展博、ツアー、ネットと様々なメディアを総動員して盛り上げている。いまや「ダ・ヴィンチ・コード」は、ブームを超え「社会現象化」している。カソリック教徒との作品をめぐる軋轢も、宣伝に利用されている。

 そこで封切直後を敬遠して2週間待った。有楽町の日劇、平日の午前中、入りは五分。これをどう判断するか。
 そして作品そのものも、あまり面白く無かった。感動を覚えない。サスペンスが弱い。
 カンヌの国際映画祭でも不評だったとのニュースを聞き、少々気にはなっていたが。

Davinci 舞台は「モナリザ」が飾られているルーブル美術館、館長の殺人事件から物語りは始まる。美術館の全面協力で本物の舞台でロケは行われた。そしてパリ市内でのカーチェイス、ロンドンの歴史的建造物や観光名所・・・とロケは展開する。

Davinchis 暗号の謎解きをするのがハーバート大宗教象徴学教授に扮するトム・ハンクス(「フォレスト・ガンプ」)、それをサポートするのがフランス司法警察の暗号解読官オドレイ・トトゥ(「ロシアン・ドールズ」)。それに、二人を館長殺しの容疑者として追う警部がジャン・レノ(「レオン」)。
 主人公の恩師宗教学者のイアン・マッケラン(「ロード・オブ・リング」)が重要な鍵を握る。殺し屋の修行僧ポール・ベタニーも面白い。
 監督は、「ビューティフル・マインド」でアカデミー監督賞を受賞したロン・ハワード。

 オチは「オドレイが、イエスとマグダラのマリアの間に生まれた子の末裔だった」というのだが、意外性は無い。そしてルーブル美術館の玄関前にあるガラスのピラミッドの下には・・・・・・。

 今、ルーブル美術館は大混雑だそうだ。館では「ダ・ヴィンチ」関連館内ツアーを7種類用意して、世界中から訪れる観光客にサービスしている。

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June 06, 2006

363.ロシアン・ドールズ

Rosiann タイトルは「マトリョーシカ」、あのロシア人形をさす。ラッキョウの皮をむくように、中から次々と同じ人形が少しずつ小さくなって出てくる。
 自分の本当の姿、理想のパートナーを見つけるため脱皮?していく主人公の青年は、まさしく「マトリョーシカ」かも知れない。

 スタッフ・キャストは前作「スパニッシュ・アパートメント」と同じ。
 フランスを代表する監督のひとりセドリック・クラビッシュが、友人でもあるロマン・デュリス(「真夜中のピアニスト」)を主人公に、元彼女にオドレイ・トトウ(「ダ・ヴィンチ・コード」)、新彼女にケリー・ライリー(「プライドと偏見」)を配する。
 前作は5年前、スペイン留学生時代のはちゃめちゃな青春群像だった。今回は30歳という社会的には立派な大人が、まだ青春の夢を捨てきれず現実の狭間で悩む。誰もが経験したひとつの通過点である。

 その通過点を象徴するのが時速300㌔で走る「ユーロスター」。パリ~ロンドンを3時間で結ぶ高速列車が、主人公を乗せていったり来たりする。
 パリでは元彼女のベビーシッターをやりながら、可愛い娘たちをつまみ食い。ロンドンでは新彼女とテレビの台本の共同執筆。日本円にして3万ちょっとの運賃だから、大阪~東京の二重生活と同じだ。
 そして最後が、ロシアのサンクトペテブルグまでの列車の旅。ここで主人公の運命が決まるのである。

 ヨーロッパの若者達の恋、仕事、人生を描いた映画である。

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June 05, 2006

362.全国地名保存連盟

 30年ほど前、東京都の旧牛込区や港区狸穴、永坂町で強制的な町名変更に抵抗した住民たちがいた。この運動を担った人達が核となって、1983年に発足したのが「全国地名保存連盟」である。
 連盟では「地名や町名は、歴史のなかから生まれ、歴史を伝える文化。それは他の文化遺産とおなじように、一度失われれば二度と再びつくり出すことは出来ない」と、これまで息ながく地名保存・復活の運動を続けている。

 この保存連盟の24回目の総会が、きょう神田の学士会館で開催された。
 とくに今回は「平成の大合併」が終ったあとだけに、伝統ある地名がどう守られまたどう変えられてしまったか、一年の活動報告が注目された。
 そのなかで、「地名改悪の象徴」ともなった「太平洋」市名を、会員と地元住民の連帯によって変更させたことなどの成果が確認された。

 総会では「平成の大合併とローカル・ガバナンス」と題する、特別講演も行われた。講師は澤井安勇さん、岡山県副知事も歴任した自治省出身の専門家で、現在総合研究開発機構(NIRA)理事を務めている。
 澤井さんからは「市町村合併の歴史」「平成大合併のメリット・デメリット」「今後のローカル・ガバナンスのあり方」など欧米諸国との比較も交えながら、地域住民がこの問題にどう取り組み自ら何を選択していくか、またそのための「社会的装置」をどう築いていくか、等々の問題が提起された。

 「全国地名保存連盟」の活動については、下記のHP。
http://geocities.jp/chimeihz/

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June 03, 2006

361.陽気なギャングが地球を回す

Ganngu2_1 たびたび直木賞候補にのぼる若手作家伊坂幸太郎。彼が3年前に発表した「都会派ギャング・サスペンス」が原作である。
 「スピード感溢れる展開」「軽妙な会話」「巧みに張られた伏線」「どこか憎めない登場人物」を、伊丹十三・周防正行の助監督を務めた前田哲が映画にした。

 「知的で小粋で贅沢な、ロマンチック・エンターテイメント」が売りで「オーシャンズ11」のむこうを張ってつくったが、ハリウッドには負ける。資金の差もあるが、日本人には、しゃれた映画は不得意である。

 ハリウッドの顔ぶれが、ジョージ・クルーニー、ブラッド・ビット、ジュリア・ロバーツ、アンディ・ガルシア。こちらは佐藤浩市、大沢たかお、鈴木京香、松田翔太と、日本映画界では今最も輝いている役者を並べたが。とくに松田翔太は今は亡き松田優作の次男で、映画は初登場である。

 しかし製作者たちの心意気は買いたい。プロデューサー曰く「閉塞感漂う現代こそ映画が娯楽だ。楽しい映画が観たい」「だから贅沢に、バカ映画を作るのだ!」
Gyanngu その大方針を見事に見せたのがこのラストシーン。カルフォルニアの砂漠の真中を、鈴木京香の運転する真っ赤な車が青空をバックに疾走していく。たったこれだけのシーンに、いくらお金をつぎ込んだのだろうか。

 佐藤‘Fisher”五魚が作曲したエンディング曲は、和田アキ子も加わったボーカル、ソウルフルな歌声を響かせる。

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June 02, 2006

360.グッドナイト&グッドラック

Goodnight 「放送ジャーナリズム史のピラミッドにおいて、エド・マローこそは頂点に位置する男だ」(ウオールター・クロンカイト)
 テレビの力で、「赤刈り」マッカーシーの権力に挑んだ真実の物語である。タイトルはマローがキャスターを務めたアメリカCBSの報道番組「シー・イット・ナウ」(1951~1958)の最後に、彼が締めくくる言葉からとった。

 監督・共同脚本、そしてマローとコンビを組むプロデューサー役としても出演しているジョージ・クルーニーが、自らの人生を賭けて作った映画である。
 アカデミー助演男優賞をとった「シリアナ」のロケで重傷を負ったクルーニーは、出資者が躊躇するなか自宅を抵当に入れて製作資金をつくった。
 それを支えたエグゼクティヴ・プロデューサーが、スティーヴン・ソダバーグ(「トラフィック」でアカデミー監督賞)。親友であり製作プロダクションの共同経営者でもある。

 「僕はこの映画をどうしても撮りたかった。この映画は、究極的に父へのラブレターなのだ」。クルーニーの父親は、当時地方局のニュースキャスターだったのである。そしてアメリカや世界がテロによって右傾化する今、敢えてこの作品に挑戦した。

 マローを演じたデヴィッド・ストラザーン(「ザ・ファーム」「L・A・コンフィデンシャル」)が名演技を見せる。本物のマッカシー上院議員(当時のニュースフイルム)と真っ向から議論する。当時の放送記録そのものが台本となった。
 そして全編を流れるジャズ。クルーニーがナット・キング・コールやデューク・エリントンの作品から15曲を選んだ。それをダイアン・リーヴスが唄う。
 全編モノクロ、カメラがCBSの外に出ないのもいい。ドキュメンタリー映画を彷彿させる。

 半世紀もの昔、私の職業選択に決定的な影響を与えた「放送ジャーナリズムの父」エド・マロー。私がまだ地方のテレビ局で駆出しの頃、彼は癌でこの世を去った。57歳の若さである。

 「靖国、中国、韓国、女系天皇」と少しでも異論を挟むと、「反日」「売国奴」として葬ろうとする「狂日愛国者」たちが横行する日々、この映画はそうした社会風潮にジャーナリズムの退廃をふくめ、警鐘を鳴らす。

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June 01, 2006

359.水元公園

Imgp0787Imgp0782 今日から「しょうぶまつり」が開かれる、とのことで葛飾の水元公園に出かけた。
 今年は日照不足のせいか例年に比べ開花は遅く、1分咲きどころか0.1分にも満たない。そのせいで人出も少なくゆっくり公園の散策は楽しめた。

Imgp0781Imgp0788 水元公園は江戸川と中川に挟まれた「小合溜」(こあいだめ)を臨む、都内随一の水郷公園である。面積75ha、23区内では最も広く、対岸の埼玉県みさと公園と一体となって美しい景観を見せる。
 小合溜は、もともと古利根川の一部だった。徳川吉宗の時代に、江戸を水害から守るための遊水池として堤防が築かれ、独立した溜池となり現在にいたっている。

Imgp0793 公園内には池やせせらぎが点在して、睡蓮や葦などの植物、川魚、サギなどの野鳥が見られる。
 とくに花菖蒲は100品種20万本が植えられており、6月中は様々な色の花を見ることが出来る。また7月は紫のオニバスの花、春は全長4キロの土手に植えられた桜が満開になる。
 ポプラ並木、生ける化石といわれるメタセコイアの森・・・・と1年中楽しめる水郷公園である。

 「しょうぶまつり」は今月25日まで。JR常磐線金町下車、バスで10分。

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