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November 30, 2006

512.焼酎バー「黒瀬」(64)

 先日「週刊朝日」の編集部から取材を受けた。「団塊の選択」という臨時増刊号を発刊するという。
 来年の春ごろから、退職者がドッと増えるのだそうだ。いわゆる「団塊の世代」が一斉に定年を迎えるためである。
 この人たちに、「定年後」の備えののノウハウを授けたい、というのが編集部の狙いである。

 団塊の世代をターゲットにしたビジネスが、大流行である。銀行などは特別に金利をアップして、退職金を運用してくれる。海外生活へのアドバイス、田舎暮らしのアドバイス、病気・介護の準備など様々だが、定年後の「ハローワーク」は最も関心が高い。先輩の一人として、それを語ってほしい、との注文だった。
 焼酎バー「黒瀬」も、「団塊の世代」に飲みには来て欲しい。店のPRになれば、と思って取材を引き受けた。
 
 内容は雑誌を読んで貰うこととして、「自由に働き、自在に遊ぶ」結果として「黒瀬」に関わることとなった。生涯現役とか大儲けなんて大それた事は、考えてはいない。
 美味しい焼酎を楽しく飲んでいただく、私もまた仲間と楽しく飲み明かす。お世話になった「ふるさと」に少しでも恩返しが出来たら、それで満足である。そんな「定年後の生き方」があってもいい、と思っている。

 店内の様子も写真で紹介されている。(P45)
 もっと詳しくは、黒瀬のHPを。
 http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

 「週刊朝日臨時増刊・団塊の選択」 11月29日発売 定価580円

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November 29, 2006

511,引揚者の集い(2)

 終戦の前日8月14日、大東亜(外務)大臣は在外公館あてに「緊急秘密電信」を送った。それは、翌日発表される「ポツダム宣言受諾」後の、公館のアクションについての訓令だった。
 注目されるのは、「居留民は出来得る限り定着の方針を執る」の一項目である。それが「引揚問題」の原点となる。

 基調講演で、加藤講師は以下のように述べる。

・現地定着方針の背景は「日本国内の食料不足」「戦災による住宅不足」「輸送船舶の絶対的な不足」「国際社会に対する楽観的な期待」
・関東軍首脳部のソ連軍に対する楽観的な見方。
・しかしソ連の満州占拠は、日本資産をソ連に搬出するのが目的。日本人を送還する輸送力の余裕はない。
・ポツダム宣言は、日本軍の武装解除と本国復員のみ、民間人についての言及はない。
・アメリカは、米兵の本国早期送還が急務。輸送力はそちらに。
・GHQは、民間人の引揚に日本政府が関与することを否定。

・在満邦人の間でも引揚か定着かで、意見分裂。難民化した開拓団員、官吏、会社員は引揚希望。満州事変以前からの居留民、とくに商工業者は「定着」の意志。

・満州の日系資産の搬出が終わったソ連の撤退。その後の国共対立。1946年になってアメリカは「対中政策」を転換。東アジアを安定させるためには、不安定要素でもある在留日本人を帰還させたほうが得策と考える。また連合国内の対立が始まったため、引揚者からソ連・中国共産党の情報を得る必要性もあった。
・中国本土・台湾・朝鮮からの引揚がひと段落。船舶の余裕。
・一方、国民政府、共産政府とも日本人技術者を徴用。国共内戦の後方支援要員として。そのことによる混乱をアメリカは嫌う。

・日本の戦後復興と引揚者。炭鉱労働力か国内未開地の開拓。さらに海外への再移民。この政策の失敗が今日の「ドミニカ移民」に象徴される。
・引揚をめぐる日本人間の意識のギャップ。「引揚問題」は、関係者の体験談だけで語り継がれるだけ。
・そもそも何故に引揚者が発生したのか。なぜ60年たった今も残留婦人・孤児問題が解決しないのか。

 1945年8月、満州(関東州も含む)在留邦人は155万人。うち開拓団員27万人。関東軍への応召者16万人。引揚までの死亡・行方不明24万5000人。その中には、私の父も含まれる。
 祖国に引揚ることが出来た人は、127万人だという。なお未だに帰還していない者は、1万3600人と推定されている(1959年戸籍抹消)。

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November 28, 2006

510,引揚者の集い

60061127_009_12006112704860632jijpsociview001_1 満州州からの引揚が始まって60年が経つ。それを記念して昨日、「いま後世に語り継ぐこと」をテーマに催しが開かれた。
 主催は国際善隣協会と引揚団体の東北地区連合会、会場の九段会館大ホールを引揚体験者が埋め尽くした。会場に入れない人のため、ロビーや別室にもテレビモニターが置かれるほどの盛況だった。

 催しは「満州引揚げの実態について」と題した基調講演が第一部、引揚体験を持つ著名人岩見隆夫・高野悦子・なかにし礼・藤原作弥・山田洋次さんによるシンポジウム「私にとっての満州~いま語り継ぐこと~」が二部という構成である。

 引揚体験を語れるのは、私達の世代が最後である。だから参加者全員が、私たちより高齢の方となる。当時大人だった第一世代は、ほとんど亡くなっている。我が家でも、第二世代の私一人になった。しかし第二世代も70~80歳代、だから「こうした集まりもこれが最後だろう」というのが、会場の声だった。

60061127_01960061127_018 満州引揚は1946(昭21)年の5月から始まったが、国共内戦の影響もあって本格化したのは、この年の夏からだった。
 私達一家も、7月末無蓋車に乗せられ長春(旧新京)の駅を出発した。荷物は、一人リュックひとつに制限された。途中暴徒に襲われ、豪雨のなかコーリャン畑を逃げ回った。
 渤海湾の港、遼寧省の「コロ島」(フールータオ)にたどりついたのは8月半ばだった。途中、多くの人が死んだ。私も栄養失調と疲労で黄疸症状、駅から港までタンカで運ばれた。
 そして旧日本軍の駆逐艦で帰国。博多に上陸したのは8月20日、港では頭からDDTを浴びた。

 吉林や長春・瀋陽など、都市の難民収容所に集結してからの引揚体験は、ほぼ共通しているが、戦争末期から引揚までの、1年以上の在留体験はそれぞれ異なる。とくに辺境の満蒙開拓団は、悲惨な逃避行を重ね、犠牲者も多い。男たちは「根こそぎ動員」でとられ、残されたのは婦女子と老人。ソ連軍が侵攻すると、関東軍は身内だけを優先的に避難させ、在満邦人の保護を全くなさずに撤退した。

 なぜ軍と政府は、在満邦人を見捨てたのか。なぜ満州からの引揚は、1年以上も延ばされたのか。なぜ、引揚事業は中断したのか(1949年)。なぜ戦後の政府は、残留婦女子・孤児を見捨てたのか(1959年)。満州をめぐる米・ソ・中(国・共)の思惑は。GHQと日本政府は、何を考えていたのか。

 我々の具体的な体験の背景にあった、「国際政治の駆け引きと海外邦人帰還施策について」の歴史的検証は、ようやく研究の緒についたという。
 人間文化研究機構の研究員加藤聖文氏の昨日の基調講演によって、私もいくつかの事実を始めて知った。

 講演の概要については、次号で述べるが、加藤氏は戦争体験を持たない少壮の研究者である。それだけに感情を省いて、客観的にこの問題に取り組んでいる。引揚者の体験談を聞き、内外の関係資料を発掘し、また未解決の残留婦人・孤児の問題にも取り組んでいる。

 彼は冒頭こう述べた。
 「戦後、日本人にとっては『8月15日』が持つ意味は極めて大きい。それは敗戦という衝撃もさることながら、新しい時代が始まったという肯定的な意味合いが強い。だから、敗戦記念日ではなく終戦記念日なのだ。」
 「しかし、外地にいた日本人は全く別の『8月15日』を迎えたのであって、彼等には戦前の『清算』という形で『戦前』が継続していたのである。このことは、戦後日本人の間にスタート時点から、越え難い深く暗い溝が存在していたのである。」   (続)

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November 27, 2006

509.クリムト

Picturel13Picturel10Picturel05 この6月、クリムトの「アデーレ・ブロッホバウアーの肖像Ⅰ」が、1億3500$(155億円)で売れた。9月には、「リンゴの木」など4作品が、クリスティーズの競売で1億$で競り落とされた。
 今、ウイーン分離派、世紀末の画家ダスタフ・クリムトがブームになっている。

 この映画は、そのクリムトの伝記映画であり、トルーマン・カポーティーの伝記映画と並んで話題を呼んでいる。
 しかし脚本を書き、映画を監督したラウル・ルイスはこう語る。
 「この作品は、単なる伝記映画ではない。もっと空想的で幻想的な映画である。・・・・・・夢と現、正気と狂気が入り混じった作品なのだ。」

 クリムト(1862~1918)は、「ウイーン世紀末」「パリ・アール・ヌーヴォー」を語るにはなくてはならない画家である。
 裸体、妊婦、性描写をこともなげにキャンパスに描いた。「エロス」と「死」をテーマに、恍惚の表情を肉感的に描いた彼の代表的な作品の女性像は、「ファム・ファタル(宿命の女)」と呼ばれた。
 保守的なウイーンの画壇では、クリムトの描く裸の女が、文化に泥を塗るスキャンダルと非難され、パリでは新世紀の芸術を生み出す男と高く評価され、万博では金賞を受賞した。そして彼の作品とアクションが、美術界だけでなく建築、衣装デザイン、文学にまで影響を与えた。
 「モデルに触れないと絵は描けない」クリムトは、ウイーンだけでも30人の子供を作った。モデルたちとの間の子供である。そして梅毒に侵され分裂症に陥る。映画はその病室から難解な精神世界へと入っていく。

 クリムトを演ずるのは、アメリカの俳優ジョン・マルコヴィッチ(「リバティーン」)。狂気の世界を見事に演ずる。
 クリムトの恋人で、生涯プラトニックな関係を持ち続けたモード・サロンのオーナーは、オーストリアの女優ヴェロニカ・フェレ(「レ・ミゼラブル」)。クリムトが愛した「宿命の女」は、イギリスの女優サフラン・バロウズ(「トロイ」)。クリムトの弟子は、フランスの俳優ニコライ・キンスキー(「イーオン・フラックス」)。クリムトのパトロンは、イタリアの女優サンドラ・チェッカレッリ(「ジョヴァンニ」)。

 こうして並べると、ルイス監督のもうひとつの狙いが見えてくる。彼自身、南米チリの著名監督だったが、右翼政権のクーデターに追われてヨーロッパに亡命した。彼は、ヨーロッパを描き続けながら母国を見据えているのだ。

 オーストリア・フランス・ドイツ・イギリスの合作映画。日本では、オーストリア大使館・国連ウイーン代表部・オーストリア政府観光局が後援している。

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November 26, 2006

508.椿山課長の七日間

Top_image 「死の予定がない方は観なくてよいが、いつか死ぬ予定のある人は、参考までにぜひご覧ください」と、原作者の浅田次郎さんに勧められたので、映画館に足を運んだ。
 ウイークデイのせいか、死ぬ予定の近い人で館内は結構埋まっていた。私もその一人なので、真面目にスクリーンと対面した。

 原作は、朝日新聞の夕刊に連載されていたので、時々眼を通していた。読者から「死ぬのが怖くなった」との手紙が殺到したそうだが、家族たちに隠し事!は何もしてない身にとっては、別に怖くはない。
 話は、死んだ後3日間だけ現世に戻り、家族の秘密や秘められた想いを始めて知るという設定。浅田ワールドの笑いと涙の世界であり、先日観た同じ原作者の「地下鉄に乗って」をもうひとつ捻った作品といえよう。

 浅田は、公開前にこう語る。
 「『死』は誰にでも訪れる。『死』は単なる絶望であってはならない。あくまで『生』の反語。最終的には救いがあらねばならない。」

 二人一役を、西田敏行と伊東美咲の異色コンビが演ずる。西田と同一人物であるとの設定だから、伊東も彼の持ち味とクセを出そうと苦労している。違和感はあるが、仕方ないだろう。

Trailer_image 二人の子役がいい感じだ。「ALWAYS」や「花田少年史」の須賀健太が西田の子供役、NHKの「ハルとナツ」でデビューした志田未来が、男の子からよみがえった少女の役だ。
 「子ぎつねヘレン」で映画デビューしたテレビ・ディレクターの河野圭太がメガホンを執った。

 このところ「共同テレビジョン」が元気だ。フジ・サンケイグループの制作プロダクションだが、フジテレビのドラマやバラエティだけでなく、映画制作で活躍している。
 兄貴分のフジテレビが、映画「湾岸シリーズ」を皮切りに次々とヒット作を飛ばしているが、共同テレビジョンも負けてはいない。「電車男」にはじまり、最近は「子ぎつねヘレン」そしてこの「椿山課長の七日間」、現在上映中の「アジアンタムブルー」「7月24日通りのクリスマス」など、共同テレビジョンが制作している。

 社長が同郷の知人で、若い友人がここで働いているからと、別にヨイショする訳ではないが、共同テレビジョンには優秀なスタッフが集まっている。フジテレビのように社員だけでなく、作品ごとにスタッフを集めるなど小回りが利くからだろう。
 さらに、フジ・サンケイグループだけに拘らず、他のテレビ会社や新聞社・映画会社とも手を組む。例えば、「椿山課長」は、テレビ東京など日経グループのテレビ局と朝日新聞がパートナーだ。また「アジアンタム」は、角川ヘラルドやテレビ朝日、「7月24日通り」は東宝、朝日放送、博報堂DY等が製作委員会を作って共同テレビジョンに発注している。
 このことは、体質の違う分野の文化と技術を身に着ける結果となり、制作力は向上する。

 東宝・松竹・東映、それに大映・日活と製作から配給まで一貫して支配した、かっての映画界。その頃は、役者も監督その他のスタッフもそれぞれが抱え込んでいた。
 そうした製作システムが、テレビの登場で壊れた。そして今、そのテレビ会社から枝分かれした制作プロダクションが、新しい映画の世界に熱気を呼び戻している。

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November 24, 2006

507.菅原洋一・父と子のコンサート

Burogu_002 近くに高齢者用の高層マンションが出来た。そのお披露目を兼ねたミニ・コンサートに招かれたので、見学方々出かけた。オープンからまだ日が浅く入居者が少ないので、ご近所の皆さんに声がかかったのだ。

 会場はマンションの31階、100人ほど入るホールである。ここで久し振りに菅原洋一の声を聞いた。ピアノ伴奏はご子息で作曲家の英介さん。「作業療法士」の資格ももち、休日はボランティアとして病院や介護施設に出かけているという。

 菅原洋一はご存知のように、40年ほど前「知りたくないの」の大ヒットでスター歌手となった人。もともとクラシックの声楽家だったが、その後も「誰もいない」や「今日でお別れ」などヒットを飛ばし、NHK紅白歌合戦の常連として活躍した。
 再来年で歌手生活50周年、渋谷のオーチャード・ホールで記念リサイタルが予定されている。

 コンサートは「ふるさと」「朧月夜」や「早春賦」など懐かしい日本の歌で始まり、「里の秋」を入居者のお年寄りたちと一緒に歌う。そしてスコットランド民謡からシャンソン、最後は「知りたくないの」などのヒット曲シリーズで終わった。
 もう70代になった彼だが、往年の甘い声は健在で同世代のフアンを喜ばしてくれた。

 さてこの「高齢者用の高層マンション」、大手企業約100社の出資で20年ほど前に設立された会社が運営しているもので、すでに全国各地に10の「自立型」または「介護型」のマンションを持つ。そして始めて都心に、275戸の高層マンションを建てた。
 サロン・レストラン・バーにプールやフィットネス施設、診療所に理美容室、コンサート会場まで持つリゾートホテル並みのマンションである。また100室の介護専用老人ホームを併設している。

 当然値段の方も「高級ホテル」並みである。家賃は月額57万(1LDK51.6㎡)~125万(2LDK72㎡)、他に一人17万以上の管理費がかかる。15年分の一括払いでも5000万から1億2440万円、さらに日常の生活費用を考えると、億以上の資産がないと入居は無理なようだ。
 介護老人ホームでも月80万以上、食事は含まれているが年金生活者には高値の花といえよう。
 
 歌を聴き施設を見学して帰宅した後は、何かドッと疲れがきた。色々と言いたい事もあるが、ここではやめておこう。毎日この建物を見ながら、暮らすことになるのだ。

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November 23, 2006

506.DEATH NOTE~ the Last name

Burogu_001 オープニング3日間で、12億円を超える興行収入。2週間で観客は200万人を突破。今年度の邦画新記録だそうだ。前編も香港・台湾・韓国で大ヒット、ハリウッドからもリメイクのオファーがきているとの事。

 「死神が落とした『デスノート』に名前を書けば、その人は死ぬ」というシンプルな話。しかし「悪人が死の恐怖に晒されることによって、犯罪のない理想社会が生まれるのか。悪人を殺すことは悪ではないのか」という哲学的な命題が投げかけられる・・・・・・・・・とブログ384号(6.30)に「前編」の感想を書いた。

 それに比べると「後編」は弱い。前編で、凡その「あらすじ」と仕掛けが解かってしまったからだろう。心理サスペンスの要素も薄くなってしまった。
 51歳の金子俊介監督は「頭の良い子供が人の命を弄んでゲームをしている」と、父親の視点から描いたという。また「中東など死がリアルな国と、日本のようにアンチリアルの国がネットを通じて瞬時に繋がる」現代を描いたとも言う。
 しかし昨今は、子供たちにとって日本も死がリアルになってしまった。いじめと死、幼児虐待と死等々。

 二人の主役と、他の若い俳優たちとの演技力の差が、あまりにもかけ離れていることも「後編」を弱くした原因かも知れない。

 藤原竜也24歳。蜷川幸雄に見出されて15歳で初舞台、それもロンドン公演の「身毒丸」での主役である。その後はシェークスピア劇「ハムレット」、ニューヨーク公演の「弱法師」、ギリシャ悲劇の「オレステス」と、蜷川演出の舞台で演技力を磨いた。
 松山ケンイチ21歳。彼もまた15歳でデビュー、「アカルイミライ」「ウイニングパス」「リンダ リンダ リンダ」「NANA」「男達の大和」と、スクリーンで活躍する。近日公開の「蒼き狼」「河童」にも抜擢されている。
 この二人が、デスノートを操る天才と彼を追い詰める天才として頭脳戦を繰り広げるのだ。

 原作は新人大場つぐみのコミック。すでに12冊目の最終巻も刊行され、2100万部を突破したそうだ。映画が先かコミックを読んでからか・・・心配はない、結末はそれぞれ違う。
 「原作にない予測不能の結末」が謳い文句だったが、結末は予測通りだった。

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November 22, 2006

505.ひとまく会

Kabukibito 歌舞伎座からメールが届くようになった。次回公演の案内だけでなく、いろいろな話題も掲載されている。ダウンロードすると、デスクトップにアイコンを載せることも出来る。古典芸能とITの結びつき、若い観客を増やそうという試みだろう。

 歌舞伎座の最後の一幕を、4階席で観る「ひとまく会」。その「歌舞伎美人」HPで、入場券売り出し時間をチェックしてから、出かける。歩いて20分の距離である。
 今月は「吉例顔見世大歌舞伎」。ひとまく会世話人の解説によると、歌舞伎の世界は11月が始まりだそうだ。江戸の頃当時の市村座や中村座、森田座では、10月に座元が役者と以後一年の出演契約を結んだ。そして、11月所属役者を観客にお披露目した。まさに「顔見せ」である。

 現代では歌舞伎役者のほとんどが、松竹(歌舞伎座)か前進座に属しているため入れ替わる契約交渉はないが、吉例として11月公演はこう呼ばれている。
 とくに12月の京都南座の顔見世興行は、吉例行事の一つになっており、京の人々は一年間お小遣いを蓄え、顔見世だけは無理してでも見に行ったという。そんなことで「顔見世」は、俳句の季語(仲冬)にもなっている。

 顔見世に高野の僧もおわします  吉右衛門

 さて今月の「ひとまく」は、河竹黙阿弥作「天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな)・河内山(こうちやま)~質見世より玄関先まで」。明治14年に初演された黙阿弥晩年の世話物の傑作である。
 松林伯円の講談「天保六花撰」を脚色した七幕もので、通称「河内山と直侍」と呼ばれている。今回はその前半「河内山」を、団十郎が演じた。
 団十郎は白血病でこの4月まで、闘病生活を続けてきた。しかしその大病を克服して、5月の「團菊祭」の「外郎売」で舞台復帰を果たした。そして10月、11月と歌舞伎座で大役を担っている。
 団十郎が、歌舞伎座で河内山を演ずるのは18年ぶりだそうだ。これまでは、吉右衛門の「河内山宗俊」しか観ていないが、また違った味の「悪党」を見せてくれた。
 「悪に強きは善にもと」の名セリフで、人助けのため大名を強請るお数寄屋坊主河内山。最後の「馬~鹿め!」でどっと拍手が沸いて幕。 

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November 21, 2006

504.トゥモロー・ワールド

Burogu 「未来を描いたSF小説の世界を、現実が追い抜く」、こんな時代を、映画はドキュメンタリー・タッチで描く。タイトルの「明日の世界」ではなく「今」が舞台だ。

 原作は"The Children Men”(人類の子供たち)。クリスティーを継ぐ現代ミステリーのクイーン、イギリスのレディ、P.D.ジェイムスが14年前に書いた異色SFである。
 時代は2027年、「・・・我々人類にはすでに18年間も子供が誕生していなかった・・・・・」、つまり人類消滅の予感が現実のイギリスを舞台に繰り広げられる。

 この作品の監督に抜擢されたのは、メキシコとハリウッドで活躍する才人アルフォンソン・キュアロン。ディケンズの「大いなる遺産」を監督して、メジャーになった。最近では「ハリー・ポッターとアズカバンの囚人」でスリリングな映像感覚を見せ、新しい境地を開いた。小規模な作品から大作まで、何でもこなす監督だが、今回の作品で「キューブリックの後継者」の地位についた。キューブリックとは「2001年宇宙の旅」を創ったSF映画の巨匠である。

 キュアロンは「絵画的な美しい映像」を得意とする監督である。しかし今回は、手持ちカメラを多用し、生々しい映像を長いワンショットで撮った。とくにラストの8分間のノンストップ・ワンショットは、この作品の全てを語っている。 その臨場感あふれる長いワンカットを、堪えながら撮ったのがメキシコ以来の盟友エマニュエル・ルベッキだった。彼はこの撮影で、ヴェネチア国際映画祭オゼッソラ賞を獲っている。

 主演は、クライヴ・オーエン。イギリスの俳優だが「キング・アーサー」「シン・シティ」、最近は「インサイドマン」などハリウッドでも活躍している。
 共演が「ハンニバル」でFBI捜査官を演じたジュリアン・ムーア。マイケル・ケインやキウテル・イジョホー、チャーリー・ハナムなど演技派のイギリス人役者に交じってがんばっている。
 キーウーマン、18年ぶりに妊娠した少女役はクレア=ホープ・アシティー。英国生まれのアフリカ系若手女優で、人類の未来を見る。

 映画のほとんどを、ロンドンを中心とした街中でロケした。爆弾テロ、移民たちのデモ、イスラムの排斥、アフリカ系の差別、ネオ右翼・・・・イギリスが抱えている現実の問題が、そのまま近未来として描かれるが、それはまるでニュース映像を見ている錯覚に陥る。
 それは、SF小説が描いた未来を、現実がついに抜いて追い抜いてしまったからだ。

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November 20, 2006

503.ドミニカ移民補償

 ドミニカの知人からメールが届いた。先週衆議院で可決・成立した、「ドミニカ移住者に対する特別一時金の支給等に関する法律」に対する現地のリアクションである。

 「ドミニカ移民訴訟」については、ブログ372号(6.16)、400号(7.22)でその経緯と背景について既に述べた。今年の6月東京地裁は、移民たちによる国家損害賠償請求を棄却したが、国の責任ははっきりと認めた。
 それを受けて当時の小泉首相は、「謝罪談話」を閣議決定、尾辻前厚相が現地に赴いてそれを伝えた。そして移民原告団は、控訴を取り下げた。

 「補償法」は前文に「国として率直に反省し」と国の過ちを明記、全移住者1319人とその遺族を対象に、200~50万円の特別一時金を支給する他、訴訟原告団らで構成する日系人協会に2000万の加算金を支払う内容で、全会一致で可決された。すでに、参院で先議されているため年度内に施行される。

 今回の補償については、金額の少なさと、それぞれの立場による区分が様々な反響をよんでいる。日本の外務省や現地大使館による説得や誘導で、訴訟団に加わらなかった移住者との軋轢、一方では訴訟に費やしや費用の三分の一にも満たない団体加算金に対する不満等々である。

 小泉前首相ののおわび談話や支援策と引き換えに、原告団は「控訴断念」という「苦渋の選択」をした。しかし政府のとくに外務省の高圧的な態度に、積年の不信感はぬぐえないという。

 6月の「黒瀬」での勉強会にゲストとして出席された、原告団事務局長嶽釜さんの苦労はまだ続く。

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November 19, 2006

502.清澄庭園

061118_026061118_028_1061118_040 来週は天候不順というので、下町の紅葉を求めて清澄庭園へ。しかし残念ながら、今年はまだ早かった。銀杏も緑である。

 清澄庭園は、都指定名勝。明治の庭園を代表する「回遊式林泉庭園」である。都内にはこの他、浜離宮・小石川後楽園・六義園など特別名勝の庭園があるが、清澄は比較的新しい庭園といえる。

 伝承によれば、江戸の豪商紀伊国屋文左衛門の屋敷跡といわれているが、記録が残っているのは下総国関宿の城主久世大和守の下屋敷。明治維新後荒れ果てていた屋敷跡を、岩崎弥太郎が購入した。彼は、現在の三菱グループの社員の保養所、そして海外からの賓客を招待するための迎賓館として造園、1880(明13)年「深川親睦園」として開園した。

061118_022061118_029_1 庭園は隅田川の水を引いた大泉水をはじめ、築山、枯山水を中心に、周囲には岩崎家が全国から取り寄せた名石を配した。
 関東大震災後、庭園は東京市に寄贈されて一般公開されたが、1945(昭20)年3月の東京大空襲によってほとんどが焼失した。
 戦後、都は奇跡的に残った数奇屋造りの「涼亭」や周囲の庭石などの整備をすすめ、都営公園として開園した。

061118_033_1061118_023 この季節、泉水は野鳥の休憩所として賑わっている。隅田川に近いせいか、鴨だけでなくユリカモメや、海鵜、白鷺なども飛来し、来園者の与える餌を、池の鯉と争って啄ばんでいた。
 入園料は150円(高齢者は70円)、地下鉄「清澄白川」駅下車3分。

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November 17, 2006

501.東京道産酒の会(12)

 月に一度、北海道を慈しむ仲間たちが集まり、地元の酒と料理を楽しむ「道産酒の会」。182回の今月は、ゲストスピーカーに「北海道日本ハムファイターズ」のフロント、大室勝美さんをお招きした。
 ご存知の様に、日本ハムは今年25年振りにパシフイックリーグ優勝を果たし、その後日本一にそしてアジア一に輝いた。道産酒の会も2年前、日本ハムが北海道に拠点を移して以来「応援団」に加わり、声援を送っている。
 
 北海道日本ハムは、「東京セネタース」として戦後誕生、東急・東映・日拓そして日本ハムと親会社は変わった。1962年、水原監督のもと尾崎行雄等の活躍でリーグ優勝・日本一に、1981年大沢監督のもと江夏豊等の活躍で二度目のリーグ優勝に。しかし、それ以来優勝からは遠ざかっていた。その上ホームグランドを持てず、東京ドームに仮住まいしていた。
Sapporodome20042 そして札幌にドームが完成した4年ほど前から球団本拠地の移転の話持ち上がり、道民待望の地元球団が2002年に誕生したのである。
 道産酒の会でも、3年前の月例会で「北海道日本ハム」の誕生を祝して、全員で「ファイターズ」の応援歌を歌ったことがある。

 「スポーツと生活が近くにある、心と体の健康をはぐくむコミュニティーを実現するために、地域社会の一員として、地域社会との共生をはかる。」
 球団経営理念にも書かれているように、日本ハムほど地域に密着している球団は他に無い。その事をまた北海道民が誇りにしている。「730チケット」や「ビール券付き」「駐車場付き」などの工夫、「YOSAKOIソーラン祭り」など地元イベント参加、選手の学校訪問やOBによる野球教室、北海道のJAと提携した農産物の販売等々、大室さん等フロントが知恵を絞る。

 だから公式フアンクラブの応援も凄い。
 「これはテレビが壊れたのではありません。球場が揺れているんです!」と実況アナが絶叫した日本一を賭けた試合。稲葉選手がチャンス時打席に立つと、ファンファーレに乗って数万のファンがジャンプして応援する。バックスクリーンのカメラも大揺れした。

 スピーカーの大室さん、30年前までファイターズで外野手として活躍した選手。選手時代よりも、最も興奮したシーズンだったようだ。


 道産酒の会、もうひとつのハイライトは、増田会員による「恋の街札幌」。
 浜口庫之助と親友だった彼は、雪祭りにふさわしい唄をと彼に作詞・作曲を依頼した。出来上がった曲は別として、B面にあまり売れてなかったこの曲を入れた。
 彼は、会合に出るたびにこの唄をPRし、自ら唄った。
 そして石原裕次郎が唄い、爆発的にヒットしたのである。
 昨夜、増田さんは浜庫さんを偲んで「恋の町札幌」を唄った。年齢を忘れる渋い歌声だった。

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November 16, 2006

500.ユア・マイ・サンシャイン

Sannsyainn2 映画の前半は、たびたび笑い声が場内に響く。そしてラスト5分前、忍び泣きが漣のように場内を流れていった。しかし、最後のワン・シークェンス、そこに「韓流」のドラマトゥルギーを観る。うまい。観る人の感情の襞をきっちりと捉えている。

 監督はパク・チンピョ。4年前実話を基に、70代の男女の愛と性を描いて映画界にデビューした。TVドキュメンタリー作家出身だけに、ノンフィクションの視点を取り込むのを得意とする
 この作品も、4年前スキャンダラスな話題をふりまいた新聞記事がきっかけだった。事件を追い、裁判を傍聴し、主人公のモデルとなった男と夜を徹して飲み明かし、ストーリーを書き上げた。
 パクは、裁判の場で初めて会い「二人を見てすごく可愛い」と感じた。そして世の流れからはじき出された二人を、祝福してあげたい、と思った。サッカーワールドカップで、国中が燃えていた時期である。

Sunsyainn 「悲惨な男性経験によって、愛を信ずる心を失った女性。そんな彼女に一途な愛を捧げた牧場暮らしの純朴な青年。」強く深い愛の物語である。

 HIVに侵される薄幸の女性役は、チョン・ドヨン。韓国最高の演技は女優、ラブストーリーの女王と呼ばれる。「我が心のオルガン」「ハッピーエンド」そして「スキャンダル」でセクシーなヌード姿を見せたあの女優である。すでに30代半ばというのに愛くるしい。その彼女でさえ、この役を引き受けるまで半年躊躇したという。
 純朴な青年、しかし愛には激情をもつ男が、超人気スターファン・ジョンソン。彼は、台本を読み相手役がチョン・ドョンと知って即座に引き受けたという。

 同じ週に邦画の「天使の卵」を観た。背景は違うが、こちらも市原隼人が小西真奈美に純粋な愛を捧げる作品である。しかし、日本の男の愛し方は「陰」である。じっと耐えながら求める。しかし韓国映画に登場する男の愛は、「陽」というか「激しい一途な想い」が多い。
 劇場の8割を埋めていた若い日本の女性、「韓流」の人気が途絶えない理由のひとつが解かった。

 「世界でいちばん不幸な女性が手にした、世界でいちばんの幸せ」を描いた映画でもある。

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November 15, 2006

499.タンゴとマグロ

 友人が仲間達と「タンゴの夕べ」を開く、というので新橋のライブ・ハウスに出かけた。5~60人ほど入るレストランで、ワインを飲みながらナマのタンゴの演奏を楽しむ。

P251is03585 ライブは、「古橋ユキ・タンゴカルテット」。これが予想以上にうまい。いい音とリズムとハーモニーを聞かせる。
 リーダーの古橋は、アルゼンチンでタンゴ界の巨匠アルロス・ガルシアの薫陶を受けた女性ヴァイオリニスト。ブエノスアイレスの、国立コロン劇場の管弦楽団で演奏活動を続けた後、ヨーロッパに留学、コンチネンタルタンゴの腕も磨く。
 帰国後、自らカルテットを結成しライブ・コンサート活動を中心に活躍している若手ミュージシャンである。

 2時間を超える演奏は、タンゴの名曲18曲。「吟遊詩人」「エル・チョクロ」「ジェラシー」など、我々の世代にとっても懐かしい曲ばかりだった。
 メンバーもなかなか腕がいい。バンドネオンの平田コージは、彼の地の楽団に招聘されて近々アルゼンチンに行く。ピアノの須藤信一郎も、きれいな旋律を響びかせる。クラッシックピアノの出身である。またバンドリーダーでもあるコントラバスの田中伸司は、ベテランの冴えを見せる。

 休憩中のパーフォーマンスが、また友人らしい遊びだった。
 よく出かける築地市場で、最近知り合ったマグロ仲卸会社の社長野末さんによる、マグロ料理の実演と「魚(うお)と肴と酒菜」の話である。
 マグロの目利きは50年、場内一といわれる野末さんは、学生時代からタンゴフアン。友人の企画を聞いてマグロを担いで駆けつけた。
 おかげで私達も、マグロのカルパッチョを肴に、ワインと音楽の一夜を楽しむことが出来たのだ。

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November 14, 2006

498.手紙

Image 沢尻エリカの出演している映画を、立て続けに2本観た。東野圭吾原作の「手紙」と村山由佳原作の「天使の卵」、いずれも直木賞作家の作品である。

 毎週の様に、週刊誌を賑わせている沢尻エリカ・20才。あの笑顔のなかに芯の強い女性の一面を見せる演技は、「パッチギ!」のヒロイン以来変わらない。彼女はこの作品で、日本アカデミー新人賞を獲ったほか、多くのコンクールで新人女優賞に輝いた。
 今年にはいっても、「1リットルの涙」「タイヨウの歌」「間宮兄弟」「オトシモノ」「シュガー・アンド・スパイス」と大活躍である。
 「手紙」もまた主演ではないが、主人公の恋人としてまた妻として作品のキーウーマンとなる。

 映画もヒットしている。東京国際映画祭で特別招待作品として上映されたが、明日はソウルでの日本映画イベントで、オープニングに上映される。また18日は、北京での映画イベントで同じくオープニング作品となる。

 映画のテマは「罪を犯すとはどういうことか、刑罰とは何なのか、真の更生とは」という重いものだ。ある人は「日本の戦争責任を問う国家論だ」と穿った見方を書いているが、「優しさを失った現代社会への痛烈な問いかけ」には違いない。
 16年振りにメガホンを執った、TBSドラマのベテラン演出家「金八先生」の生野慈朗は、「人間って捨てたもんじゃねえ、ってことを伝えただけ」と語る。捨てたもんじゃねえ役が、沢尻エリカなのだ。

 主役は山田孝之、テレビドラマ「白夜行」で東野作品は経験ずみ。「電車男」で見せた無口で落ち込む男の役はぴったりである。
 殺人犯で主人公の兄に扮するのが玉山鉄二、「天国の本屋~花火~」でメジャーとなった。刑務所内での無期懲役囚としての演技が素直だ。
 舞台となっている千葉刑務所で、「手紙」の試写会が行われたそうだ。同じ無期懲役囚が彼の演技に自分の身を重ねたと、感想文をよこしている。
 
 「天使の卵」については、省略しよう。常套手段としてヒロインを死なせるが、「韓流映画」ほどには涙も出ない。

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November 13, 2006

497.表慶館

061110_010061110_018061110_019 昨年から改修が行われてきた「東京国立博物館表慶館」、このほど工事が完成し、改装なった内部が公開されている。

 表慶館は、大正天皇(当時は皇太子)のご成婚を祝して建てられたもので、完成したのは1908(明41)年。明治時代末期の洋風建築を代表するもので、1978(昭53)年に国の重要文化財に指定された。
 しかし老朽化が進み雨漏りもひどく、屋根や室内の壁面などを中心に100年ぶりの大改修が行われた。

061110_022061110_023061110_024 表慶館の設計は、当時の宮内省建築技師が行ったものだが、レンガ造りの土台に二階だての建物が建っている。
 中心は吹き抜けとなっており、外光を生かしたステンドガラスが美しい。また、展示室も可能な限り外光を取り入れられるようになっており、、展示物は自然の光によって鑑賞できる。また直射日光はさえぎる様に天窓は、二重のスライド式になっている。

 今回の工事の中心となった屋根の張替えは、腐食した銅版を取替えて自然の緑青が浮き出るまで、同色に近い色に表装されている。

 見学は来年の1月28日まで。平常展料金で入館できる。

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November 12, 2006

496.仏像~一木にこめられた祈り

061110_1 国宝「十一面観音菩薩立像」、渡岸寺観音堂の本尊である。
 平安時代に造られたこの一木彫の観音菩薩立像は、その姿の優雅さで多くの文人・写真家達をとりこにしてきた。
 渡岸寺観音堂は、滋賀県琵琶湖の北岸高月町の向源寺にある。この一帯は、戦国時代浅井と信長軍が戦った古戦場、寺も小谷城のすぐ近くにある。そして観音菩薩は、戦乱の世には地中深く埋められて生きながらえた。

 この菩薩立像に対面したのは今回で三回目である。しかし、これまで決して寺外には持ち出されなかった仏像、東京国立博物館でまた拝観出来るとは夢にも思わなかった。

 このように、今回の「仏像展」は、貴重なものが数多く出品されている。
 例えば、奈良・元興寺の「薬師如来立像」、奈良・法隆寺の「地蔵菩薩立像」、いずれも国宝である。
 重要文化財では、「十一面観音菩薩立像」だけでも山口・神福寺、奈良・与楽寺、山形・宝積院など十一点が並んでいる。
 唐からもたらされた仏から、奈良・平安時代に掘られた同じ十一面観音菩薩を、こうして一同に見られる機会は滅多にないだろう。
 
 展示されている仏像は、およそ140躯。全て一木彫である。これまでに、安置されている寺で拝観した仏像が多いが、同じ場所で表情や、立ち姿、彫りの巧みさを比べられるのが楽しい。

061110_025_1061110_026 作者がはっきりしている、江戸時代の仏たちも面白い。
 左は円空の彫った「十一面観音菩薩立像」である。荒々しい鉈の跡がのこっているが、表情は渡岸寺の観音に通ずる。
 右は木喰の「三十三観音菩薩坐像」の左半分。それぞれの表情、手の動きが面白い。

 日本ほど、木で仏像を造ることにこだわった国はないそうだ。まさに「木の国・日本」なのだが、一本の木材から像を造りだす「一木彫」にこそ仏師たちの祈りがあったのだろう。

 ブログ482号で紹介した「平成の仏を彫る」向吉悠睦君さんは、「一心にノミをふるい、ひたむきに彫りすすむ木の中に、限りない命の尊さを見る」という。

 特別展「仏像~一本にこめられた祈り」は、東京国立博物館・平成館で12月3日まで。観覧料1500円。
 

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November 10, 2006

495.父親たちの星条旗

Flags_poster イラク戦争の初期、「英雄となった女性兵士」がいた。しかし帰国後、彼女はそれが「やらせ」だったことを告白した。

 硫黄島の山頂に打ち立てられる星条旗、それが「戦争を終わらせた一枚の写真」となった。しかし、それもまた「すりかえられた山頂の出来事」だった。そして祭り上げられた英雄は、プロパカンダに利用された。

 クリント・イーストウッド監督からの手紙が、全てを語る。
 「『父親たちの星条旗』は、硫黄島の戦いだけでなく、帰国した兵士たち、特に、星条旗を掲げる有名な写真に載った兵士のうち、生還した3人の若者達があの死闘から受けた影響を追ってます。彼等は戦時公債用の資金集めのために都合よく利用されました。戦闘そのものと、帰国後の宣伝活動の両方が彼等の心を深く傷つけたのです。」

Img01 ブログ478号でも紹介したが、この作品は「東京国際映画祭」のオープニングで上映された。このために3人の主人公のうちジェーシー・ブラッドフォードとアダム・ビーチが来日した。
 また原作者のジェイムス・ブラッドリー(写真左)も来日して、記者会見に臨んだ。
 三人は「あの時代、あの戦争、あの写真の事実と知られざる裏側を、イーストウッドは描きたかったのだ」と語る。そして「『硫黄島の旗』にはまだ英雄のイメージがあるが、『イラクの旗』には屈辱的なイメージしかない」とも。

 ブラッドリーは、戦後沈黙を守り続けた英雄のひとりの息子。上智大に学んでいる。彼は、父の死の直前に硫黄島の真実を知った。そして他の遺族を訪ねて歩いてドキュメントした。
 「硫黄島で何が起こったのか。そこで彼等は何を見たのか。なぜ沈黙し、何を忘れようとし、何を守ろうとしたのか。そして、本当の英雄とは果たして誰だったのか。」

 硫黄島の戦いでアメリカ兵は、7000人が戦死した。そして日本兵は22000人が犠牲となった。その日本側から見た真実は来月公開される。

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November 09, 2006

494.トリスタントとイゾルデ

Torisutann 若き騎士と王妃の、情熱的な愛と結ばれない恋の悲劇の物語である。
 もともとは、ヨーロッパ・ケルトの「禁じられた愛」の伝説、たぐい稀なきラブストーリー。この伝説をもとに、シェイクスピアは、「ロミオとジュリエット」を書いた。また、リヒャルト・ワグナーは、オペラを作曲した。
 エジンバラ美術館に残るダンカンの「トリスタンとイゾルデ」の画は、ケルトの装飾美術の粋を伝える。

 ヨーロッパの古代・中世史を少しでも(イングランド)が舞台。476年西ローマ帝国が崩壊しケルトの島々は、群雄割拠の時代に入る。政略結婚によりイングランドの王に嫁いだ、アイルランドの王女が、昔愛した騎士は王の忠実な部下だった、そこから悲劇が生まれる。

 この作品は、英国ナイトの称号をもつリチャード・スコットが20数年暖めてきた。彼は「グラディエーター」や「キングダム・オブ・ヘブン」などの歴史劇を監督するほか、「ブラックホーク・ダウン」「GIジェーン」など現実の戦いの悲劇を描いてきた。
 しかしディーン・ジョーガリスの脚本を読んで、それを買い取った。そして自らはエグゼクティヴ・プロデューサーとして、ケヴィン・レイノルズを監督に指名した。彼は「ロビン・フッド」や「モンテ・クリスト伯」などで、この手の作品の手だれだった。

 主演の若き騎士は、ジェームス・フランコ。ジェームス・ディーンの伝記映画で、彼を演じた役者である。最近は、「スパイダーマン」で活躍している。
 王妃はソフィア・マイルズ。「アンダーワールド」で可憐な役を演じていた。

 「ローマ帝国崩壊からルネッサンスまで、ヨーロッパは暗黒の時代だった」と、必修科目の世界史で教えられていた。しかし、この映画を観てこの時代を語る「ケルトの文化」を知った。
 古代ギリシャのヘレニズムと、ユダヤ・キリスト教のヘブライズムでは説明できない文化が、古代ヨーロッパにあった。それは、民族や人種ではない文化としての「ケルト」である。
 「アーサー王伝説」「森の人」「妖精」は、その文化が生み出した伝説であり民話だった。私達は「円卓の騎士」に胸躍らした。「ロマンス」の言葉もここから生まれた。

 そうだ!文化の根源を知ることが、摩擦の回避に繋がる。ヨーロッパの歴史劇を観る楽しみのひとつがこれだ。

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November 08, 2006

493.地下鉄(メトロ)に乗って

 乗り換えの都合で、東京メトロの先頭車両に乗り窓から前方を見る機会が多い。地上と違って地下のトンネルの直進は、異次元の世界へ吸い込まれる様な想いがする。
 この映画の、シーン替わりに挟み込まれる「直進するトンネル」のカットは、それを再現する。

 浅田次郎の作品である。「鉄道員(ぽっぽや)」で直木賞を、「壬生義士伝」で柴田錬三郎賞を獲った彼が、文壇デビューした10年前に書いた。そして、吉川英治文学新人賞を獲った。
 多彩な職業経験を生かした浅田次郎の作品は、歴史ものから現代まで幅広いが、この作品は彼にとっても珍しいSF小説である。しかし「泣かせの浅田」は、しっかりと書き込まれている。

 テーマは、時代を超えても永遠に変わらない「親子の愛」そして「男女の愛」。悲劇的な結末だが、それがタイムスリップしながら描かれる。

Metre 登場人物は、主人公のしがないサラリーマンに堤真一。その不倫の恋人に岡本綾。大沢たかおが主人公の父親、若い頃から老年までを演ずる。そして父親の愛人で岡本の母親役が常盤貴子である。
 「あなたは、父になる前の父親を知ってますか? あなたが生まれる前の母親に会いたいですか?」
 これが映画のキャッチフレーズだから、四人の絡み合いが全てである。

 珍しく「東京メトロ」が前面協力した。これまでの映画で、東京の地下鉄が登場するシーンは、札幌や福岡の地下鉄を利用して撮影されていた。そのためどうしても違和感があった。
 今回は、半蔵門線永田町駅をメインに深夜のロケが行われた。実際の車両を使用した撮影は、昭和2年以来初めてだそうだ。東京メトロも映画によるパブリシティー効果に、ようやく気がついた。
 いつも通る永田町駅が、そのまま映し出されるので確かに臨場感がある。

 監督は、「天国の本屋」や「木曜組曲」などで多才な演出を見せる篠原哲雄。編集に韓国のベテラン、キム・ソンミンを持ってきたのが面白い。
 音楽も小林武史がSalyuに、主題歌を唄わせる。まさに「浅田ワールド」である。

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November 07, 2006

492.焼酎バー「黒瀬」(63)

 「銀座三越」の地下2階「ラ・カーブ」で、今日から本格焼酎の新酒が売り出されている。今年の夏に収穫した、鹿児島のさつまいもを原料として醸造したもので、「海童祝の赤」(濱田酒造)、「1刻者」(宝酒造)、「黒伊佐錦 無濾過新酒」(大口酒造)など7銘柄が並んでいる。
 一方鹿児島では、今月23日を「薩摩ヌーボーの日」と決め、統一したボトルで新酒を一斉に売り出す。(ブログ466号)

 ヌーボーといえばワインの「ボジョレー・ヌーヴォー」が有名だが、最近は本格焼酎でも早堀りの芋を8月末に仕込んで、ふた月ほど貯蔵して出荷している。貯蔵が浅い新酒はまだ馴染んでいないため、全体的には荒々しく、まろやかさには欠ける。しかし、フレッシュで瑞々しい芋の香りもまた焼酎の醍醐味ではある。

 鹿児島県では、11月1日を「本格焼酎の日」に定め、この日を中心にいろいろなイベントを行っている。各蔵元も醸造所を開放したり、「焼酎の飲み比べツアー」を企画したりしている。
 とくに今年は、「薩摩焼酎」が世界の蒸留酒ブランドと認められた(地理的表示の認可)ので、全国紙を中心に全国的なPRを行ってる。
 例えば「朝日新聞」には、4ページにわたる全面広告を打ち、「誇るべき文化としての薩摩焼酎」のキャチフレーズのもと、鹿児島大学に新設された「焼酎学講座」をPRしている。
 また「日本経済新聞」は、焼酎の里「黒瀬」をルポ、黒瀬杜氏の歴史と伝統技を紹介している。
 焼酎バー「黒瀬」にとって、ふるさとの村が紹介されうれしい限りである。

 ブログ480号でも紹介した、秋の「全国酒類コンクール」本格焼酎全国一に輝いた、「松鳴館」(萬世酒造)が「黒瀬」にも届いた。蔵元での限定販売のため、もう飲み尽くされたかも知れないが。

 「黒瀬」のホームページ
 http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

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November 06, 2006

491.'06花クルー・ツアー・秋

Jazz061145_023_1Jazz061145_038_1 運河沿いに「花・緑・水」をテーマにしたテラスを有する晴海アイランド・トリトン・スクエア。 この連休には、「Infiorata 2006」が開かれていた。
 インフィオラータとは、イタリア語で「花の絨毯」。キリスト聖体祝日の行事として、ローマ郊外のジェンツァーノ市では、花びらでデザインしたカーペットが、舗道に敷き詰められる。
 このトリトンでも5年前から、バラの花びらを使ったカーペットが作られる。今年は14万本のバラを使って21枚の「花の絨毯」を、地元の人たちが制作した。

 恒例の秋の花クルー・ツアーもこの期間に行われる。600種10万株の花や植物を、専門家のガイドで楽しむツアーである。今回が6回目の参加であるが、今回はちょっと面白いネーミングの花と木を紹介しよう。

Jazz061145_013_1Jazz061145_015_1Jazz061145_017_1 まず左の写真、「ダイヤモンドリリー」である。彼岸花の一種でネリネが学名、花びらがキラキラ輝くことから、この名で呼ばれる。
 次は「ジャコビニア‘スプリングソング’」。キツネノゴマ科の常緑低木に咲く花だが、春の歌とは、誰が名づけたのだろうか。
 右は「ベゴニア‘ピーターソン’」。冬咲きのベゴニアで霜にも強い。ポピュラーな花だが、ピーターソンさんが品種改良して作ったのだろう。

Jazz061145_018_1Jazz061145_021_1Jazz061145_024_1  左は「アジサイ・エンドレスサマー」。新樹種でまだ花屋にはない。春から秋まで花を楽しめる。まさにエンドレスである。春にはブルーの花びらが、秋には紅葉する。今年は暖かかったせいか、まだブルーが残っていた。
 真ん中は「エリカ・クリスマスパレード」。ツツジ科の常緑低木に、クリスマスの飾り物がぶらさがっていた。
 右は「オキザリス・ボーウイー」。カタバミ科の球根から茎が伸び、可愛い花をつける。ボーウイーの意味は聞き漏らした。

Jazz061145_027_1Jazz061145_029 左「ストロベリーツリー」である。こちらも新樹種で花と実を同時に楽しめる。実もその名の通り甘く美味しい。和名はヒメイチゴノキ、ツツジ科の常緑低木である。
 右の写真左下の薄緑の木は、「カリシナム‘オーレア’」。オトギリソウの仲間である。右の変わった針葉樹は、松の一種で「プンゲンストウヒ‘グロボーサ’」。成長が遅く、年に1~2㌢しか延びない。大変高価な植木で、これだけ大きな物になると100万は超えるという。

Jazz061145_031_1 緑のテラスには、オオシマザクラやエゴノキ、ナツズタなど落葉樹が多い。 ここでは、次第に深まる都会の秋を楽しむ事ができる。
 人工地盤の上で育てられている、トリトンの花と樹木。次は来年5月の春・花クルーである。

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November 05, 2006

490.銀座JAZZフェステバル

Jazz061145_004Jazz061145_002 秋の恒例イベント「プロムナード銀座」に、昨年から「インターナショナル・ジャズ・フェスティバル」が加わった。
 カルチエ・ルイヴィトン・ティファニー・シャネルなど、銀座通りに大型店を並べる「国際ブランド委員会」の加盟店が企画、フランス・イタリア・イギリス・アメリカ・日本から話題のアーティストを招聘、15グループ・70名が7つの会場でライブを実施した。

Jazz061145_007Jazz061145_009 主なアーティストは、ジャズボーカルのアンヌ・デュクロ(フランス)、サックスのシモーネ・ラ・マイダ(イタリア)、ソプラノのティナ・メイ(イギリス)、ピアノのオースティン・ペラルタ(アメリカ)、トランペットの日野皓正(日本)。また映画のクリント・イーストウッドの息子カイルが率いるバンド、アメリカのミュージカルで活躍しているレディ・キムなど多彩な顔ぶれだった。

 しかしライブが聴けたのは、アルト・サックスの小林香織とそのグループだけ。入場料は全て無料だが、デパートの屋上を除くほとんどの会場が、抽選による事前予約制、それも会場が狭いため入場数に限りがあり抽選に外れた。
 せっかくのジャズ・フェステバルも今年は、人ごみの中、百貨店を駆け回っただけだった。
 昨年は、歩行者天国の銀座通りや喫茶店の前でストリート・ジャズが聞けたが。

 秋のジャズ・フェスティバルは、横浜が有名。街角のあちこちで、同時多発的にライブが行われる。路行く人たちが立ち止まってジャズを聞く、銀座でもそんなフェステバルであってほしい。

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November 03, 2006

489.道具寺道具村

Dougumura 榮久庵憲司さんが、永年温めてきた「ものつくり寺」としての「道具寺村道具村構想」を発表した。
 その構想の具体的なイメージを理解して貰おうと、「建立縁起展」が新宿のパークタワーホールで、開催されている。

 榮久庵さんは、インダストリアルデザイナーとして国際的な第一人者。キッコーマンの醤油さしから新幹線の車体まで、あらゆる分野の工業意匠で有名な「GKデザイングループ」を率いている。
 その彼が「ものづくりの立場からものを巡る文化・文明のあり方を問い直し、『新たな21世紀を、道具による人間復興の世紀とするための提案』」をしたのである。

 今年の正月親しい仲間が集まった席で、榮久庵さんは、昨年の和歌山県白浜町の山林で行った山籠修行の経験を話された。その時は、泊った庵の様子や食事など、日々の生活の事だけに私達の興味が集まり、彼の壮大な構想までは思いが至らなかった。
 今回の建立縁起展を観て、初めて榮久庵さんの深い想いを知った。

 彼の構想によれば、道具村は「道具寺」を中心に、四つの領域から構成される。
 ひとつは「道具開発院」。道具工房を中心とし、伝統技術から最先端技術までを総合的に取り入れた、道具の開発・研究施設。
 ふたつめが「道具為楽院」。道具ロボットからくり博物館を中心に、メカニマル昆虫館・水族館・動物園や道具劇場などのエンターテインメント施設。
 みっつめは「道具探究院」。道具大学を中心に、研究センター・国際会議場など、ものづくりの基礎研究から新しい道具の設計や、その応用展開を計る開かれた国際大学。
 よっつめは「道具供養院」。道具供養塔を中心に、道具総合病院、道具リサイクルセンターである。
 そして中心の「道具寺」は、未来の道具作りを願う修行道場で、ここには「道具千手観音像」が奉られる。

 建立縁起展の会場には、この「道具千手観音像」が、立体的に構成された「道具曼荼羅絵図」の上に展示されている。
 仏師と芸大の学生達の手によって作られた観音像は、芸能山城組の展示音楽「卍の光輝」が流れる中、「ものと人間」の関係についての様々な想いを、「聖」なる空間から伝えてくれる。
 僧家出身の榮久庵さんらしい演出である。

 「道具寺道具村建立縁起展」は、今月5日(日)まで。
 問い合わせは、5322-6500 OZONE

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November 02, 2006

488.秋・甲斐路(2)

061030_028061030_023061030_030 久しぶりに昇仙峡を訪ねる。ここは甲府市内だが秩父多摩国立公園の一角にある。
 標高2592m、奥秩父の国師ヶ岳を源とする荒川が岩を削って流れる。川は甲府の南で笛吹川と合流、やがて富士川となって駿河湾に注ぐ。
 昔は馬車に乗って渓谷を登ったが、今はりっぱな道路が滝上まで伸び、仙が滝周辺はみやげ物やが立ち並んでいた。上流に荒川ダムが出来たためである。

061030_033061030 滝の入り口近くに、「影絵の森」美術館がある。著名な影絵作家・藤城清治が監修設計し4年前に誕生した、世界初の「影絵美術館」である。
 地下真っ暗な中、こびとや人魚姫、さまざまな動物たちが、色鮮やかに浮かび上がる。100点を超える影絵は、訪れる人を、ファンタジックな世界に誘い込む。

061030_035 美術館には影絵の常設展示のほか、日本のゴッホと呼ばれた山下清の作品も並んでいる。有名な「長岡の花火」「桜島」などの貼り絵、昭和25年に昇仙峡を書いた貼り絵など懐かしい作品に再会した。
また水木しげるの「ゲゲゲ鬼太郎展」、安井康二、内海桂子の作品展示もあり、時間が経つのを忘れるほどだった。

 昇仙峡の滝上には、このほか「山梨ワイン王国」や「ローズガーデン」もあるが、今回は時間もなくパスした。

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November 01, 2006

487.秋・甲斐路

061030_010061030_002 紅葉を訪ねて秋の甲斐路を歩く。近くから、冠雪した富士も見たいので、まず河口湖に足を伸ばす。
 残念ながら富士は雲に覆われていた。また湖畔の紅葉回廊ももうひとつ。ここには富士五湖でも最大の、60本の巨木もみじがあるが。
 来週あたりが見ごろだろう。夜は、ライトアップされる。

061030_009_1061030_006_1061030_007_1 河口湖北岸にある「久保田一竹美術館」。若い頃「辻が花染め」の小裂に出会って以来、独自の辻が花を創り上げた染師のギャラリーである。
 時間がないので庭だけを散歩したが、芸術家らしい独特の庭園に紅葉が冴えていた。

061030_016061030_019 河口湖大橋を渡って南岸に出る。ここには昭和の初期に建てられた「富士ビューホテル」がある。
 戦禍のため幻となった東京オリンピック、海外からのVIPを招くために、国が箱根の富士屋ホテルに命じて造らせた。同時に建築された箱根の「花御殿」は残っているが、こちらは痛みが激しく、40年ほど前に洋館に改築され昔の面影はない。
 終戦直後は、二つのホテルとも進駐軍に接収され保養所として使われた。ホテルのロビーには、当時の写真が飾られていた。
 多くの文人たちも滞在して、ここから新しい文学も生まれたとのことだった。
 ここもまた、紅葉には一週間早かった。

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