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April 30, 2007

624.‘07花クルーツアー・春

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 「ハナミズキ」と鯉のぼり。
 運河沿いに「花・緑・水」をテーマにしたテラスのある晴海アイランド・トリトン・スクエア。連休前半は遠出をやめて、近所で花を楽しんだ。
 トリトンには、600種を超える花木が植えられているが、この季節に咲く花が最も多い。そのいくつかを、写真で紹介する。

07_64007_640_1   左は「シャリンバイ」、小枝が車輪状に輪生し、ウメに似た5弁花を付けることから「車輪梅」の名がついた。これは紅花種だが、「ヒメシャリンバイ」も花を付けていた。日本原産バラ科常緑低木の植物。
 右は「ケマンソウ」、花の咲く様子を釣竿(茎)と鯛(花)にみたてて「鯛釣草」の別名がある。中国原産ケシ科の植物で、宿根草。

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 マロニエの名で知られている「トチノキ」。この花木は、アメリカトチノキと交配した「ベニバナトチノキ」、20メートルにもなる落葉高木である。

07_640_207_640_307_640_4 左から「トキワシオン」(シソ科・常緑多年草)。「オキナグサ」(キンポウゲ科・宿根草)。「ワスレナグサ」(ムラサキ科・一年草)。

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 落葉低木の「オオデマリ」も今が満開の季節。テラスのあちこちで、真っ白な花を咲かせていた。

07_640_507_640_607_640_11   左から「ハゴロモノマツ」(ヤマモガシ科・半耐寒性常緑低木)。「原種系チューリップ」(ユリ科・球根)。「マーガレット・キャンディーピンク」(キク科・一年草)。

07_640_807_640_907_640_10  左の写真、真ん中の黄色い花が「ヒメハナビシソウ」(ケシ科・一年草)。次が「モッコウバラ」(バラ科・落葉低木)。右は「ネモフィラ」(ハゼリソウ科・一年草)。

07_640_1207_640_1307_640_14 左から「ムラサキサギゴケ」(ゴマノハグサ科・多年草)。「シラーカンパニュラ」(ユリ科・球根)。「ネグンドカエデ・フラミンゴ」(カエデ科・落葉低木)。

 まだカメラには、20種ほどの花が残っているが、今回はこれまで紹介してなかった花を中心に掲載した。名前や種類は、花木の傍に立ててある説明板をメモしたものだが、ひょっとして間違いがあるかも知れない。
 「晴海トリトン」、大江戸線「勝どき」下車5分。連休中は、「フラワーカーニバル」が開催中。首都圏に住むかたは、ぜひお出かけを。

 「花」に関する話題をもうひとつ。
 先日、国立科学博物館で特別展「FLOWER」を観た。「太古の花から青いバラまで」が副題で、花の「植物学」「文化史」「芸術史」を貴重な資料や生花で紹介していた。予想以上に充実した展示で、面白かった。
 話題の「ヒマラヤの青いケシ」はまだ蕾だったが、青いバラや青いカーネーションなど、最新のバイオテクノロジーを駆使した花を楽しめた。
 青いケシは、連休後半はお目にかかれるようだ。6月17日まで、1300円。

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April 27, 2007

623.グレース・ケリー展

0001_2 アメリカ・ハリウッドのトップスターとして名を馳せたグレイス・ケリー。「世紀のロマンス」でレニエ三世と結婚、モナコ公妃となった彼女の歩みを、貴重なコレクションで綴る展覧会が開かれている。
 これまでモナコ宮殿に保管されていた愛用のドレスやバッグ、グレース妃自らが手がけた 押し花作品など、世界初公開されている。
 オープニングには、長男の現モナコ公も出席し「花を愛したモナコ公妃」の思い出を語った。

 グレイス・ケリーは、我々世代にとっては「青春の憧れ」だった。
 1952年「真昼の決闘」で映画デビュー、ゲーリー・クーパーと共演した。その後は、クラーク・ゲーブル、ジェームス・スチュワート、ウイリアム・ホールデン、ビング・クロスビーなどと共演、1954年「喝采」でアカデミー主演女優賞に輝く。
 翌55年、カンヌ国際映画祭に出席した時レニエ三世と出会い恋に陥る。そして翌年結婚、銀幕から姿を消した。

0002_20003_1   グレイス公妃には、個人的な思い出もある。
 1980年12月コンコルドでニュヨークからパリに向かう機内で、偶然お会いしたのである。
 スキャンダルでパパラッチに追われていたステファニー公女と一緒だったので、写真は遠慮したが、翌年の日本訪問を楽しみにしていると、話してくれた。
 彼女は来日の翌年1982年、車を運転中に脳内出血を起こし、モンテカルロの丘から陥落して亡くなった。52歳だった。

                            000400050006        7年前、仕事でカンヌに出張した。その折、合い間をみて列車でモンテカルロに足を延ばした。グレイス王妃の墓参を、と思ったのである。
 市内の小高い丘の上に、モナコのパレスがある。その一角には、ミュージアムがあり今回の展覧会に出品されたグレース妃ゆかりの品々が、飾られていた。
 隣の聖堂内の中にグレイス公妃の墓があった。その隣にはレニエ三世の墓所予定のスペースも空けられていた。
 この年、モナコ公は、まだ健在だったのである。

 「グレース・ケリー展」 日本橋三越 29日(日)まで。                                                                      

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April 26, 2007

622.ひとまく会

Kabukiza_20070402b_handbill 歌舞伎座の四階席で、最後の一幕を楽しむ「ひとまく会」。このところ、スケジュールが合わず不義理を重ねた。
 今月は「中村信二郎改め二代目中村錦之助襲名披露」、「萬屋」「中村屋」の皆さんが出演する「魚屋宗五郎」が最後の演目だった。

 この出し物は、明治の中頃に河竹黙阿弥が書いた作品。題名の頭に「新皿屋舗月雨暈」(しんさらやしきつきのあまがさ)とふられているように、怪談「播州皿屋敷」を素材にした ものである。しかし、単なる書き換えではなく河竹らしい新作世話物で、五代目菊五郎が明治時代演じて評判になった演目である。そして六代目菊五郎が、今日のような写実芸の形を作り上げたという。

 話しの筋はシンプルで、殿の手打ちで妹を失った魚屋宗五郎(勘三郎)が、禁酒の誓いを破って酒を飲み、殿(錦之助)の屋敷に妹の濡れ衣を晴らしに乗り込む、というもの。
 ひとまく会の世話役の解説によれば、これまでに6回も鑑賞した演目で、菊五郎、三津五郎、幸四郎などの宗五郎を皆で楽しんでいる。
 ただ、勘三郎の宗五郎は初めてで、一杯二杯と杯を重ねるに従って形相が変化、妹を失った悲しみと怒りを、酒乱の姿に押し殺していくところが、見事だった。

 歌舞伎は同じ演目を、そう時間を置かずに色々な役者が演ずるのが面白い。また「家の芸」ともなると、親子代々が襲名の度に引き継いでいく。古いファンなどは、三代続けて観て、それぞれの微妙な芸の違いに薀蓄を傾ける。
 今回は音羽屋の「家の芸」に、中村屋の勘三郎が挑戦した、そんな「ひとまく」だった。といっても、勘三郎は6代目菊五郎の孫、りっぱに芸を継いでいるのだ。

 他の出演は女房おはまが、錦之助の兄時蔵。小奴と召使に勘三郎の二人の息子、勘太郎と七之助が顔を並べている。

 なお襲名した「中村錦之助」の名跡は、俳優の故萬屋錦之介の前名。彼は信二郎の父四代目時蔵の弟に当る。

 四月大歌舞伎は、今夜が「千穐楽」。 

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April 25, 2007

621.勝鬨橋

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 国の重要文化財に推挙された最後の橋は「勝鬨橋」、中央区築地と月島を結ぶ隅田川最下流の橋である。その先にレインボウブリッジがあるが、こちらは東京湾に架かる橋なのだ。

07_400_1507_400_16 これまで紹介した橋の中では、最も新しい。1940(昭15)年晴海で予定されていた「東京万国博覧会」のメインゲートとして架けられた。
 「勝鬨」の名称は、明治時代の日露戦争の勝利を記念して、築地と月島の間の渡し舟につけられた「かちどきの渡し」に由来している。

 上流の石川島に造船所があるため、大型船航行用に中央部分が開閉する跳ね橋である。船がやってくると真ん中が70度まで開き、渋谷から青山、銀座を経て月島に向かう都電も橋の上で停車、東洋一の跳開橋見物に押し寄せた人々を楽しませたそうだ。
 しかし、造船所が豊洲に移転して航行する大型船も無くなった事、通過する車の増加を理由に、1970(昭45)年開閉を中止、今日に至っている。
 今地元住民の間では、再び「跳開を」と毎月ボランティアで橋の清掃を行っている。

07_400_1707_400_18 隅田川全長3.5㌔、カミソリ堤防と呼ばれた無粋なコンクリート壁も、少しずつ手が加えられ河川テラスとなっている。河口の勝鬨橋から浅草・吾妻橋まで、水辺の散歩ルートは、ゆっくり歩いて2時間の距離。
 水上バスに乗って、橋を下から眺めるのもまた一興。 

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April 24, 2007

620.永代橋

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 江東区佐賀と中央区新川を結ぶのが「永代橋」。この橋も、国の重要文化財に推挙された。震災で壊れた後、再架橋工事が行われ1926(昭元)年に完成した。
07_400_1307_400_14   交通量の多い永代通り(国道10号線)に架ける橋なので、「鋼タイドアーチ式」とよばれる強固なものにした。清洲橋と比較して、男性的な橋といわれる所以である。

 旧い橋は、1698(元禄11)年に隅田川最下流の橋として架けられた。深川の富岡八幡宮への参拝道としてである。八幡宮の別当寺が、永代寺だったのでこの名が付けられた。上野寛永寺の根本中道を建てた時、建材が余ったのでそれを利用したという。
 本所の吉良邸で主君の仇を討った赤穂義士たちが、高輪の泉岳寺へ帰る途中、この橋を渡った。架橋4年後である。

Imgp1295_400Imgp1309_400  この写真は一昨年撮った永代橋、三年に一度の富岡八幡の本祭りである。50数基の神輿が日本橋から富岡へと、この橋を渡る。橋の中央では、神輿が上下に威勢よく揺さぶられる。
 200年前、文化4年の例大祭の時もそうだった。この時、橋は多くの群集と 大神輿の重さに耐え切れず崩壊した。隅田川に落ちて溺死した数は、2000人を超えた。
 長さ185.2m、幅22m。この橋が三代目である。

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April 23, 2007

619.清洲橋

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 先週、文化審議会は隅田川に架かる三つの橋を「重要文化財」に指定するよう、文部科学相に答申した。既にテレビや新聞でも報道されているが、これ等の橋は私のジョギングコース、先日写真を撮りながら走ってきたので少し詳しく紹介しよう。

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 江東区澄と中央区中を結ぶ「清洲橋」は、そんなに古い橋ではない。関東大震災の復興事業のひとつとして、新しい道路計画とともに架橋された。
 1925(大14)年に起工、工費302万7000円で1928(昭3)年に完成。橋のモデルは、世界的にその美しさで知られているドイツ・ケルン市のつり橋だそうだ。次回紹介する「永代橋」と対で設計され、こちらは女性的な優美なデザインを取り入れた。

 隅田川は、北区の赤羽岩淵で荒川から分流し東京湾に注いでいる。江戸時代には、千住・向島・両国・深川と左岸に庶民の遊び場が多かった。そこで両岸を往き来するため、上流から千住大橋、吾妻橋、新大橋、両国橋、永代橋の五つが架けられた。
 そして関東大震災、全ての橋が壊れた。そのため最も古い橋でも、昭和初期と言う事になる。因みに現在では、鉄道橋や高速道路橋を加えると、隅田川には30の橋が架かっている。
 

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April 20, 2007

618.オール・ザ・キングスメン

 60年前ピュリツァー賞を受けた、ロバート・ペン・ウオーレンの「すべて王の民」(白水社刊)が原作。1930年代、当時のルーズベルト大統領が、最も危険な男と恐れたルイジアナ州知事ヒューイ・ロングがモデルである。

 1949年には、R・ロッセン監督が映画化して、アカデミー作品賞など三部門を受賞した。マッカシーの「赤狩り」が始まる直前の作品だった。それだけ強烈なストーリーなのだ。

 今回の再映画化は、時代を1950年代にずらして描くが、原作には忠実である。そして、スタッフ・キャストが凄い。
Atkm_wallpaper_01_800x600Atkm_wallpaper_02_800x600 貧農の子から地方政界での大物にのし上がっていく主人公は、ショーン・ペン。「ミスティック・リバー」でアカデミー主演男優賞を獲った彼には、こうした狂気の男が似合う。
 南部の上流階級出身でジャーナリストだった男、ペンに惚れ込んで側近を務める役がジュード・ロウ(「ホリデイ」)。
Atkm_wallpaper_03_800x600Atkm_wallpaper_04_800x600 同じ上流階級出身でありながら、ベン(知事)の愛人となってしまう女性がケイト・ウインスレット(「ホリデイ」)。彼女は、ロウの初恋の女性でもある。
 さらに反知事派の州判事、ロウの育ての親をアンソニー・ホプキンスが演ずる。

 脚本を書いたのは、「シンドラーのリスト」でアカデミー脚本賞を受賞したスティーヴン・ゼイリアン。自ら製作・監督も務めた。そして撮影を「戦場のピアニスト」のバウエル・エデルマン、全編を荘厳な交響曲で包んだのは、「タイタニック」のジェームス・ホーナー、美術は「アマデウス」のパトリシア・フォン・ブランデンスタインと、世界の映画界をリードするプロが参集した。

 南部の特権階級の生活は、光輝く映像。主人公の出自である貧農と労働者たちの日常はモノトーンで描く事で、当時の社会状況を見せる。そして大衆の支持で知事の座に着いた理想主義者が、汚職と愛人スキャンダル、強権を持った煽動政治家として破滅する姿を、交響曲が強烈にイメージする。

 決して古い時代の物語ではない。今も世界の各地で起こっている現実の姿を、60年前の「オール・ザ・キングスメン」が語っている。                 

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April 19, 2007

617.国立寄席

07_400_11   「笑点」でお馴染みの桂歌丸が、トリを務めるというので久し振りに寄席に出かけた。今年71歳、55年のキャリアを持つ落語芸術協会の会長でもある。

 国立演芸場の「中席」は、いつものように落語・漫才・奇術など盛りだくさん、3時間たっぷり楽しんでシルバー料金は1100円である。
 出し物は、落語が桂花丸、三遊亭遊雀、三遊亭遊吉、桂歌蔵、柳家蝠丸そして桂歌丸。落語の合間に漫才の宮田陽・昇、奇術のケン正木、曲芸のボンボンブラザーズが入る。
 江戸情緒たっぷりの奇術と太神楽の曲芸も、なかなか面白かった。こういう機会でないと、縁がなかっただろう。

 寄席の落語はだいたいひとり15分。ここまで短くするのも大変だろうが、若手にとっては勉強になる。蝠丸がお馴染みの「長屋の花見」をしゃべった後、歌丸師匠のトリとなる。これだけは、たっぷり40分のお話である。
 演題は「心のともしび」。宇野信夫が新国劇のため書いたお話しで、島田正吾が演じたという。これを「落語」で語って見せるというのである。貧乏長屋に住む気が短く頑固な浪人と、物覚えの悪い住人とのやりとりで綴る人情噺、ちゃんと「オチ」もあった。笑いがない落語だが、こういうホロリとする噺もいい。

 落語には「マクラ」があるが、林家正蔵の脱税を揶揄したりと知事選と昨今の話題を皆さん取り込んでいる。ただ二人の落語家が、隣の「国立劇場」に出演する歌舞伎役者をうらやむ同じようなマクラをもってきた。これは、どうもオチにもならない。 

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April 18, 2007

616.ホリデイ

Wallpaper_01_smallWallpaper_02_small  左から、ジュード・ロウ、イギリス出身34歳(「クローサー」「アビエイター」)。キャメロン・ディアス、アメリカ出身34歳(「ギャング・オブ・ニューヨーク」「イン・ハ-・シューズ」)。ケイト・ウインスレットイギリス出身32歳(「タイタニック」「ネバーランド」)。ジャック・ブラック、アメリカ出身37歳(「キング・コング」「スクール・オブ・ロック」。

 英米四人のスターが繰り広げる「大人の恋の物語」である。恋する男女の繊細な心の動きを、小さな仕草ひとつで絶妙に描く。
 いずれもセレブな大人、若い男女中心の日本映画では不得手な世界。それを「酸いも甘いも知り抜いた」女流監督、「恋愛適齢期」のナンシー・メイヤーズが「自らの過去の恋愛の傷ついた経験」を生かして作品にした。

 タイトルの「ホリデイ」、ニューヨークとロンドンで働く二人のキャリア女性が、失恋の痛手を癒すため「ホーム・エクスチェンジ」で取った休暇の事。相手の国で、生活を丸ごと取り替えることでで出会った新しい恋、話はそれだけだがそこに「大人の恋」の輝きを見る。

 映画宣伝のために来日したナンシー・メイヤーズは、「恋物語は、時代や国境を越えて観客の共感を呼べる」と語る。
 若者に媚びる作品が多い「日本の恋物語」に厭きた観客に、お勧めする佳作である。

 あの「タイタニック」で、デカプリオの相手役として清純な乙女を演じたウインスレットが、まさに熟女の演技を見せる。デカプリオもまた、「ブラッド・ダイアモンド」で大人の男を演じていたが。

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April 17, 2007

615.パラダイスナウ

Parts01  ヨルダン川西岸ナブルス、パレスチナ暫定自治区の町。そこに生まれた幼馴染の若者二人が自爆攻撃に向かう、48時間の葛藤と友情を描いた作品である。
 監督はイスラエル領ナザレに生まれたパレスチナ人、ハニ・アブ・アサド。イスラエル人のプロデューサーと組んでパレスチナの映画を作った。

 作品は昨年のゴールデングローブ賞で、最優秀外国作品賞を受賞、アカデミー外国作品部門にもノミネイトされた。パレスチナを国家として認めないアメリカだが、作品をオランダやドイツとの共同制作とする事で、参加資格を得た。
 しかしアカデミー協会は、ユダヤ系の市民団体から強い抗議を受けるなどノミネイトそのものに、賛否両論を巻き起こした。この年、奇しくもイスラエル側のテロを描いた「ミュンヘン」も、作品賞にノミネイトされていた。
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 アサド監督は、作品に対する賛否に対し「物事を“邪悪”と“神聖”に分けるのはナンセンス」という。だから自爆攻撃以外の抵抗方法はないのか、とも問う。ビデオによる遺言撮影のシーンなどまさにそれだ。
 と同時に、日本のマスコミが、Suicide Attacを「自爆テロ」と表現することにも疑問を呈する。

 彼等パレスチナの若者たちは、自治区に押し込められ、検問所のイスラエル兵に侮辱され、無力感の中で生きている。だから唯一出来ることは、自爆攻撃と思い込んでいる。
 タイトルのパラダイスは未来、ナウは現実。彼等は自爆した瞬間加害者になり被害者になるという矛盾が込められている。

 撮影は、ナブルスの街で銃撃戦や砲撃が続く中で行われた。映像のバックに流れる爆発の音は、現実の音である。イスラエル政府は、撮影スタッフに対し命の保証は出来ないとした。
 しかし「パラダイスナウ」は、決してプロパガンダ映画ではない。ただ世界の人々を困惑させる作品であることは間違いない。
(東京都写真美術館で上映中)

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April 16, 2007

614.アルゼンチンババア

13 町外れのに建つ廃墟のようなビル、謎の人物アルゼンチンババアが住む。 そこから流れてくるタンゴのメロディーが、草原に幸せを運ぶ。
 5年前に出版された吉本ばななの原作は、世界30数カ国でも翻訳された。人気アーチスト奈良美智とのコーポレーションによる「挿絵」が、「人の生と死」をファンタジック描く。
 映画でも奈良美智の絵が、オープニングやエンドクレジットに挿入される。これは、大人の童話なのだ。

1024_768_a05_1 派手な宣伝もなく、シネコンなどの小劇場だけで上映されている映画だが、出演者は錚々たる顔ぶれである。
 アルゼンチンババアにトップ女優の鈴木京香、妻の死が受け入れられない男に「バベル」の役所広司、その娘が「ALWAYS」の掘北真希、他に森下愛子、手塚理美、きたろう、岸部一徳と並ぶ。

 監督の長尾直樹はCMディレクターとして活躍しているが、長編映画も「鉄塔武蔵野線」等これで四作目。いずれも、起伏の激しいストーリーではなく、親子の情愛や若い女性の揺れ動く心の襞などを丁寧に撮る。
 特に、若い女優とベテラン俳優を組み合わせて、彼女の新鮮な演技を引き出すのが上手い。今回の掘北と鈴木・役所がそうだが、前作の「さヾなみ」でも唯野未歩子に松坂慶子と豊川悦司をもってきた。その後の唯野の活躍を見ると、さすが長尾だと拍手したい。

 5年前の「さヾなみ」は、私もプロデューサーとして製作に参画したので、この機会にPRしておこう。

 「おかあさんのような恋は、しないと決めたのです。母は、娘の恋を見まもるほかないのです。」と、 松坂の娘唯野が、豊川に不器用な恋をする物語が、山形の米沢市と和歌山の太地町を舞台に展開する。

 サンパウロ国際映画祭、カルロヴィヴァリ国際映画祭、光州国際映画祭に正式招待された作品である。
 現在、㈱バップからDVDで発売中。特典映像付で4800円(税抜き)。

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April 13, 2007

613.東京道産酒の会(15)

 月に一度、北海道を慈しむ仲間達が集まり、地元の酒と料理を楽しむ「道産酒の会」。昨夜は、発足以来24年目の最初の月の例会、185回目の集まりである。
 そこで今回は、ジャズのナマ演奏を聞きながら一夜を楽しもうという趣向となった。
 演奏は、北海道標津出身のクラリネット奏者・後藤雅広さんをメインに、ピアノ中山、ギター安部、ベース小林のみなさん。「小さな花」など会員の青春時代にヒットした、数々の名曲が流れた。

 恒例のスピーチは、北海道新聞社東京支社編集局長の高橋純二さんをゲストに迎え、先日行われた「北海道知事選挙をかえりみて」。

 「知事選挙は、現職の高橋はるみさんが大量得票で当選した。次点の荒井さんを75万票も引き離す、圧倒的な勝利となった。これだけの差がつくとは、誰も予想していなかった。昔の堂垣内知事の得票をも上回った。」
 「ただこれは、高橋さんを推薦した自民・公明が勝ったというより、候補者の人柄、行政能力を有権者が選択したと言った方がよい。その証拠に無党派層の60%以上が、高橋さんに投票している。一般的に、無党派層は民主系に流れるのに。」
 「もうひとつ、道民は中央とのパイプの強さを期待した。東京はミニバブルというが、北海道はまだまだ疲弊している。回復には国の力が必要だ。その点、札幌通産局長の経歴を持つ高橋さんに望みを託した。」
 「ただ、道議選は民主党系が伸びている。道民のバランス感覚といえよう。」
 「これから選挙は後半戦。注目を浴びているのは夕張市。それは、他の市町村だって、財政状況は夕張とほとんど変わりはないからだ。7人が立候補するらしい。地元出身は3人というが、さてどういう結果が出るか。」

 (昨夜の献立の一部)
 丸茄子利休浸し、鰊柔らか煮、白身魚手まり寿し、馬鈴薯揚げ、鮮魚山かけ、なめ子卸し豆腐、生鮭白味噌田楽、真鱈若筍蒸し、ずわい蟹入り焼おにぎり、豆腐けんちん汁等々。 

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April 12, 2007

612.焼酎バー「黒瀬」(73)

 最近の焼酎の話題、新聞・HPから要約で。

 「焼酎学講座、今日開講」
 
焼酎について専門的な教育・研究を行う全国初の「焼酎学講座」が今日、鹿児島大学で開講した。また、学部に先行して大学院修士課程は、一昨日開講している。
 焼酎学講座は、鹿児島大学と同県酒造組合連合会、県が連携して同大農学部に設置したもの。焼酎製造学研究室と醸造微生物学研究室からなり、今年度は8人の学生が学ぶ。
 講座は、製造工程を学ぶだけでなく、文化としての酒や食についてや、感性心理学、実践経営論など多岐にわたっての講義が予定されている。また、工場でのインターンシップも計画されている。
鹿児島大学では、将来の学科昇格も視野に入れ、農学部敷地内に「焼酎蔵」をイメージした200㎡の研究・実習棟を建設している。(南日本、西日本ほか)

 「焼酎学など、シニア短期留学生募集」
 
鹿児島大学では、6月に開講する生涯教育プログラム「シニア短期留学」の受講生を募集している。
期間は3日~16日の2週間、鹿児島市内のホテルに宿泊しながら大学教授陣による「焼酎学」「鹿児島の歴史と文化」など20の講義を受ける。
 また、また温泉めぐりや来年の大河ドラマ「篤姫」のゆかりの地なども探索する。
募集するのは、50歳異常の男女20人。参加費は23万9000円、締め切りは来月11日まで。詳しくは日本旅行、西日本旅行へ。(鹿大HPほか)

 「『渚の篤姫御殿』と『阿多』販売開始」
 大河ドラマ「篤姫」に因み、指宿市の中俣合名会社が新しい銘柄「渚の篤姫御殿」を販売した。原料は南さつまのコガネセンガン、黒麹仕込みで、割り水はソーメン流しで有名な唐船峡の湧水を使っている。1.8ℓが2800円。(0993-27-9181 中俣合同)

 黒瀬杜氏と並んで、古くから有名な南さつまの「阿多杜氏」に因んで、日置市の原口酒造が、イモ焼酎「阿多」を発売した。原料は地元のコガネセンガン、黄麹で仕込んだ焼酎を3年6ヵ月熟成させ、華やかな香りと味を引き出した。
黒麹の技術を完成させた黒瀬杜氏に対して、阿多杜氏は古くからの黄麹による製造技術を伝えてきたという。1.8ℓで3000円。(0995-64-8162 薩摩酒販)

 「黒瀬」 渋谷区渋谷2-14-4  ℡5485-1313

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April 11, 2007

611.ブラッド・ダイアモンド

Wallpaper3_800x600  このところアフリカを舞台にした映画が多い。この作品もそのひとつで、5年前まで続いた西アフリカ・シエラオネの内戦が舞台だ。
 そこには国家崩壊、虐殺、手首きり、住民拉致、洗脳される少年兵、ダイヤモンド密輸、武器商人、傭兵、迫撃砲にカラシニコフ自動小銃と、何でもアリだ。そして、その内戦を仕掛けているのは、超大国の白人が牛耳る大シンジケート、という構図である。

 製作したのは、「トラフィック」でオスカーを総ナメしたマーシャル・ハースコビッツ以下の面々。「ラスト・サムライ」の脚本も書いた彼は、制作会社を共同で経営するエドワード・ズヴィックを監督に持ってきた。ズビックにとっては、「ラスト・サムライ」に続く監督作品である。

 もちろん超娯楽大作である。すさまじい銃撃戦、密林のカーチェイス、虐殺、ダイアの奪い合いと、休む間もなく話は展開する。
 しかし、洗脳され、銃を与えられ、殺人マシーンとなった少年兵が、父親に銃を向けるシーンに、ズヴィックの強烈なメッセージがこめられる。これが今もなお、アフリカのそこここで起こっている現実である事を。

326034view003_1326034view004  主人公のダイヤ密輸商人をレオナルド・ディカブリオが演ずる。両親を虐殺され少年兵・傭兵の道を歩んだ男のタフながら陰影ある役を、うまく見せる。もう大スターである。
 こどもを拉致され、家族とも引き離された漁師が、ジャイモン・フンスー。アフリカ・ベナン出身のフンスーは、この役で今年のアカデミー助演男優賞にノミネイトされた。
 ダイヤ・シンジケートの闇追う女性記者が、ジェファニー・コネリー。「ビューティフル・マインド」でアカデミー助演女優賞をとったエール大出身の才女である。

 「ナイロビの蜂」「ホテル・ルワンダ」「ロード・オブ・ウオー」「輝く夜明けに向かって」「ラストキング・オヴ・スコット」とブログで紹介しただけでも、6本目の「アフリカ映画」である。
ある人が書いていたが「大虐殺、腐敗、内戦、飢え、ダイヤ密輸、武器密輸。いまもアフリカでは、先進国にはない状況が続いている。その不幸が映画を増やしているのだ。」

 近々「ツォツォ」も封切られる。16歳以下禁止が話題となっているが、これも南アフリカを舞台にした映画である。

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April 10, 2007

610.蟲師

Mushishi_wall05_1024  かって自然界に存在し、精霊でも物の怪でもない妖しい生き物「蟲」(むし)。多くの人々の目には映らない「蟲」の現象を鎮め、人々を癒し救った人を「蟲師」という。

 「蟲師」は、コミック作家漆原友紀が創作した世界だが、古来より日本人は、「蟲」の世界に生きていたようだ。
 例えば「ムシがいい」「ムシが知らせた」「ムシの居所が悪い」「腹のムシが納まらない」「ムシがいい」・・・・・・と、潜在する意識として「蟲」が存在していたのだ。

 しかし、自然界の生態系が乱れ、「ムシ」の存在が脅かされ始めると、「蟲」もまた人間を脅かす。だから、「蟲」を本来の場や状態に戻すため、「蟲師」が求められる。
 この作品は、現代の私たちが忘れかけている五感を超える「もうひとつ先の感覚」を映像化したものなのだ。

 モノクロの山と霧、深い森、神秘的な沼。「蟲」の出現を予感させる冒頭のシーンは、圧巻だ。3ヶ月、のべ5万キロ歩いてロケハンしたスタッフ達が見つけた日本の大地と森、そこに最新鋭のVFX技術が見事に溶け込む。大友克洋監督ならではの、映像感覚である。

 7年前ハリウッド近郊のCG工房で、彼の作品に初めて出会った。作品名は「AKIRA」、全米・ヨーロッパで上映するためのCG処理に立ち会った時である。その作業を進めていたハリウッドの著名なクリエイターが、この作品を高く評価していたことを、思い出す。
 マンガ家だった彼は、「童夢」で日本SF大賞を、「AKIRA」で講談社漫画賞を獲る。その後アニメ映画に進出、手塚治虫の「メトロポリス」で脚本を「スチームボーイ」で監督を務めた。本格的な実写映画は、「蟲師」が始めてといってよい。

Mushishi_wall02_1024_1Mushishi_wall03_1024 出演は、蟲師にオダギリジョー、蟲に取り憑かれた家の娘を蒼井優、虹の蟲を追いかける若者を大森南朋、蟲師の師匠を江角マキコが演ずる。
 オダギリ、蒼井は今やスターだが、大森もなかなかの役者だった。直前に、NHKドラマ「ハゲタカ」を見たせいか、特に印象に残った。

 昨年のヴェネチア国際映画祭コンペ部門に、出品した作品である。

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April 09, 2007

609.ブラックブック

 第二次世界大戦下ナチス・ドイツに占領された地域での、レジスタンスを扱った映画は多い。しかし大半は、フランスが舞台となる。しかしこの作品は、珍しくオランダである。
 さらにスピルバーグの「シンドラーのリスト」、ポランスキーの「戦場のピアニスト」と並ぶ「ユダヤ人」がテーマとなる。

 監督はハリウッドの鬼才といわれるポール・バーホーベン。「氷の微笑」「ショーガール」「インビシブル」など、バイオレンスとエロティシズムを得意とする監督である。その彼が、23年ぶりに故国のオランダに帰って、真実の物語を真正面から描いた。

 製作費25億、ハリウッド並みに予算を組んだ作品は、オランダでは始めての大作となった。当然ながら、オランダの映画祭ではあらゆる賞を獲得、アカデミー外国作品部門オランダ代表、そしてベネチア国際映画祭でも、公式上映されている。
 しかし作品は、オランダで英雄視されてきたレジスタンスの、知られざる暗部を描いている。20数年前から暖めてきたこの企画も、関係者も少なくなった今ようやく日の目を見た。

Blackbook1944_thumb  家族全員をナチに惨殺された、ユダヤ人歌姫を演ずるのはカリス・フアン・ハウテン、もちろんオランダの女優である。クール・ビューティーの代名詞で呼ばれ、数々の国内の賞を獲っている。
 彼女は、ブルネットの髪と下の毛までもブロンドに染め、ナチの将校を誘惑する役に、体当たりで挑む。
 相手役のナチ将校は、ドイツの俳優セバスチャン・コッホ。アカデミー外国映画部門のグランプリ「善き人のためのソナタ」でも主演として登場している名優である。
 ストーリーでは、スパイとしてもぐりこむために誘惑した将校を、本当に愛してしまうのだが、実生活でもカリスは、セバスチャンに恋してしまったというオチもある。

 スクリーンでオランダ女優に会うのは、多分始めてだと思う。それにしても、カリス・ファン・ハウテンは美しい。その抜けるような白い肌を、バーホーベンはなめるように撮る。エロティシズムにかけては、誰にも惹けをとらない彼だ。そのカメラに監督は、「インデペンデンス・デイ」のカール・ウオルター・リンデンローブをハリウッドから持ってきた。彼がドイツ人だというのも面白い。

 役者もクルーもヨーロッパ人で固めたこの作品、いつものハリウッド作品とは何処かが違う。バーホーベンが本当に作りたかった映画がこの作品だったのだろう。
 オランダ・ドイツ・イギリス・ベルギーの合作映画で、会話はオランダ語である。

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April 06, 2007

608.桜・中国路(3)

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 世界遺産「原爆ドーム」。40数年前に、学生生活を送った街広島。久し振りの訪問である。07_400_207_400_307_400_4 早い時間に訪れたせいか、静かな平和公園だった。
 ここも、桜の名所である。公園を囲む本川と元安川河畔の桜は、満開だった。
 あれから62年、14万人の霊が花びらとなって川面を生めていた。

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  安芸の宮島にある厳島神社も、ユネスコ世界文化遺産である。平清盛が1168(仁安3)年に造営した神社は、瀬戸内に浮かぶ朱塗りの大鳥居で有名である。
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        秋は紅葉、春は桜、日本三景のひとつ「安芸の宮島」は、昔と少しも変わっていない。
 山陰・山陽と桜を求めて駆け抜けた三日間だった。

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April 05, 2007

607.桜・中国路(2)

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     萩から秋吉台・秋芳洞を経て山口にむかう。
 秋吉台は日本最大のカルスト台地。3億年の昔、海中にあったサンゴ礁が高熱と高圧力で石灰岩となり隆起した台地である。そしてこの地下に、10キロにおよぶ大鍾乳洞ができた。およそ1キロ、暗い洞内を歩き自然の生み出した不思議な造形を堪能する。

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 国宝・瑠璃光寺五重塔。山口にある日本三名塔のひとつで、屋根は桧皮葺聡桧造りという珍しいもの。
 周防・長門・安芸など六カ国の守護大名だった、大内義弘の菩提を弔うストーパとして1442(喜吉2)年に建てられたものである。
 大内家は、およそ100年後家臣の陶晴賢に討たれて滅亡。しかし晴賢も、安芸から攻め込んだ毛利元就に滅ぼされた。07_320_67
07_320_6807_320_69  また毛利家も、関ヶ原の戦いで豊臣側の主将となったため、これまでの三分の一、36萬9000石に削封され城も萩に移された。
 ただ五重塔だけは、山口の商人たちの希望でそのまま残された。

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 岩国も城下町である。毛利元就の孫、吉川広家が関ヶ原の戦いの後、ここに入府した。毛利家の存続のため徳川方につき、周防・長門を安堵したが、本家毛利家中からは冷視された。この錦帯橋は、その鬱積を晴らすため築いたらしい。
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 錦帯橋は数年前に、架け替えられた。これは、橋の架設工事を若い人たちに経験させ、将来に備えるためだったそうだ。
 ここも桜の名所、近郊からの花見客で賑わっていた。

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April 04, 2007

606.桜・中国路(1)

 昨年は、京都から吉野・高野山へ、桜を訪ねる旅を楽しんだ。
 今年は「中国路」、山陽・山陰に桜を求めた。どこもほぼ満開、スナップ写真による「旅日記」を綴る。

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 広島空港から車で90分、山陰の小京都といわれる「津和野」は、静かな城下町。山あいに白壁と赤瓦の家なみが続き、今桜が花冷えの里を包む。

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家老宅や藩校跡が、昔の佇まいを残す殿町通りは、観光の名所。屋敷前の水路には鯉が泳ぐ。その数は、町の人口の10倍にも達すると言う。
 その一角には、この地に生まれた画家安野光雅さんの美術館もある。
 また軍医であり作家として知られている森鴎外もここで生まれた。また、哲学者西周も。

 津和野から日本海に向けて走ると、萩市に着く。ここは、400年前に毛利輝元によって造られた36萬9千石の城下町。当時の武家屋敷と商人達の住まいが、今も残っている。
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 木戸孝允旧宅、高杉晋作誕生の地、青木周弼旧宅、さらには近代の田中義一誕生の地、現代の志賀義雄旧宅までもが白壁の路地に並んでいる。

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 維新の立役者、吉田松陰の生家は城下町から川ひとつ離れた松本村にあった。
 現在は、その家と「松下村塾」を含む一帯が松陰神社となっている。
 ここから久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、品川弥二郎等多くの志士たちが、京へ江戸へと旅立った。松陰自身も、安政の大獄によりここから江戸の伝馬町に運ばれ、刑死した。

 以前住んでいた世田谷にある松陰神社は、吉田松陰たち長州藩士の墓地に建てられた神社で、ここには「松下村塾」のレプリカがある。境内の桜はいつも同じ頃開花するという。

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April 01, 2007

番外・ブログ休刊

 ココログのメンテナンスのため、新たな投稿が出来ません。
 3日まで、休刊します。

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