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June 30, 2007

671.北京再訪・雑技

07_640_91 「雑技」は、単なるサーカスや曲芸ではない。中国独自の文化から生まれ伝承された世界で唯一の民間芸能と言われている。
 歴史的には、紀元前の周の時代に大道芸として誕生。唐の時代には、秀れた芸人達が皇帝に召抱えられて芸を競い、現在の「雑技」というスタイルが完成した。「京劇」よりも古い伝統を持つ「芸能」なのだ。

 かって北京では、紫禁城の前門や新僑などの街角で、多くの大道芸人たちが雑技を披露していた。現在は、少人数によるホテルでの公演、三ヶ所の劇場での定期公演がある。
 今回鑑賞したのは、天橋雑技劇場での「中国北京雑技団」の公演。これもまた、初めての経験だった。およそ90分の演技、入場料は、200元である。

07_640_9207_640_93  北京雑技団は、いわば雑技の国立養成 学校。6~7歳から15~6歳の子供たち40人程が見事なパーフォーマンスを見せてくれた。
 驚異的な身体能力と超人的なバランス感覚を使って繰り広げられるアクロバット芸、場内からの拍手は鳴り止まなかった。

 雑技の芸は、キチンと分類されている事を初めて知った。例えば上の写真左の演技は「雑手芸」、帽子など色々なものを高く放って受け止めるジャグリング。さら息も止まらぬ速さでつぎつぎとリレーしていく「雑拌手」。
 右の写真は、大勢の演者が一台の自転車の上で様々な演技を見せ、最後は孔雀の羽になる「羅漢車」。
Art004_1  さらには、いくつもの酒盃を重ねて持つアクロバットの演技「霑碗子」。10mほどの長縄を使って、多くの演者が素早い動きでくぐる「縄技」。足を使ってボールを正確に蹴り上げる「足易技」。
 垂直に立てられた長竿の上で集団演技を見せる芸は、漢の時代には「尋橦」と呼ばれ、唐の時代は「載竿」、宋の時代は「立竿」と呼ばれた伝統的な雑技である。

 それぞれの演者は、最低ひとつの得意技を持ち、さらに集団演技に加わるのだそうだ。ちっちゃな子供たちが柔らかい身体を自由に動かして演ずる「雑技」、時には失敗して会場を沸かせた。  

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June 29, 2007

670.北京再訪・京劇

07_640_8707_640_88 中国の伝統芸術「京劇」。北京滞在の一夜、南新華街にある梨園劇場に出かけ、初めて京劇を鑑賞した。
 ここはホテルに併設されたレストランシアター。テーブル席は予約で満席なので、300元払って自由席に着く。

 京劇は、「唱(うた)」「念(せりふ)」「做(しぐさ)」「打(立ち回り)」と、ニ胡・月琴・笛・銅鑼・檀板などによる伴奏を一体化させた舞台芸術。西洋の歌劇、日本の歌舞伎と通ずるものもあるが、ルーツは全く別である。
 私の京劇の知識は、レスリー・チャンの映画「さらばわが愛/覇王別姫」の程度。50年ほど前に、その「覇王別姫」を創作し演じた名優梅蘭芳(メイ・ランファン)が来日した事を、かすかに思い出すだけだ。

 演目は、「覇王」以外に「三国志」や「楊貴妃」「西遊記」など中国の歴史や合戦を題材にしたものと想像していたが、第一幕目はユーモアたっぷりのコミックだった。若い男女の恋路を老旦(婆)が取り持つという話し。
 二幕目にようやく花旦(美女)の剣士が、敵をやっつける大立回りが登場した。中国語がわからないのでタイトルは不明だが、皇帝の命を受け悪人に盗まれた財宝を取り戻すというストーリーで、ヒロインの唱・念・做・打は見ものだった。

07_640_8907_640_90 先週の朝日新聞に、「京劇」と「歌舞伎」の類似性 とりわけ「隈取り」についての記事が出ていた。歌舞伎と同じように熱血漢は朱、邪悪は青、粗暴は黒と、色の違いによる性格描写が面白い。

 セリフもまた歌舞伎の七五調のように、詠うような独特のリズムがある。
 立ち回りのトンボ、見得を切ると大向こうから声が掛かるのも同じだ。日本は「橘屋!」だが、こちらは「ハオ!」。
 余談だが、橘屋の市村萬次郎夫人は、台湾・中国で活躍した京劇女優出身である。

 ただ「京劇」は歴史が浅く、清の乾隆帝(1736~)の頃に始まり、権力の庇護のもと広がっていった点、歌舞伎と異にする。室町幕府が能役者を抱えたように、京劇の役者は代々の帝に召抱えられた という。特に清朝末期の西太后は、京劇を手厚く保護し、離宮「頤和園」で度々上演した。

 北京には、京劇を上演する劇場が三ヶ所ある。梨園劇場は主として外国人向けで、ここでは電光掲示板に英語の解説が表示されるし、日本語によるイヤホンガイドもある。
 歌舞伎座と違って、フラッシュさえ焚かなければ写真撮影もOK。ただ席が遠かったのでアップはピンボケ、ここでは披露できない。

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June 28, 2007

669.北京再訪

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 生まれ育った故地北京を、7年ぶりに訪ねた。日中国交回復以来6回目の訪中である。ここ数年、日中が険悪ムードだったので敬遠していが、来年はオリンピックの年、思い切って再訪した。

Photo_10  想像はしていたが、市内中が高層ビル建築ラッシュである。今年中に建築完了と、北京市当局は指示している。
 高速道路網と地下鉄の整備はほぼ終わり、自転車と車で埋め尽くされた北京名物の混雑はもう見られなかった。

07_640_7707_640_78  庶民の家が立ち並ぶ「胡同(フートン)」もほとんどが取り壊され、高層マンションになった。
 北海公園の北にある一部だけが、観光用に残されている。元朝時代から受け継がれてきた胡同も、ここだけが「町並み保存」地域に指定されたのだそうだ。

 このすぐ近くには、中日友好に尽くした郭沫若の故居があり、昔の我が家もこの南にあった。四合院造りの家は戦後幼稚園となり、前回訪中した直後に壊されビルに変わっていた。

07_640_7907_640_80  胡同を三輪自転車で案内してもらい、四合院造りの家を訪ねる。ほぼ正方形の家、真ん中に必ず中庭がある。
 このお宅は、清朝末期の食料係りの役人の子孫の家。8LDKに一家6人が住んでいる。
 ここは恵まれた方で、普通四合院には平均三世帯が住んでいるそうだ。キッチンは3つあるが、トイレは1つを3軒で共有する。

07_640_8107_640_8207_640_83  夕方北京随一の繁華街「王府井大街」に出かける。故宮のすぐ東、北京飯店 の裏手にあたる一帯には、夜店が立ち並ぶ。
 「東華美食坊夜市」、190mの路上に90軒余りの屋台が並ぶ。以前は猥雑なそしてエネギリッシュ な夜市街だったが、すっかり整備され情緒は無くなった。
07_640_8407_640_8507_640_86  しかし並べられている品々は、昔と変わらない。「サソリ」「キリギリス」「カエル」「セミ」「バッタ」「ヤツデ」の串揚げ、「羊の睾丸にペニス」「ヘビ」の串焼きと、ここでしかお目にかかれない珍品が並ぶ。
 一串10元(170円)~15元(255円)、元気が出る事間違いなし。

 こちらは屋台を敬遠して、目の前にある「四川飯店」で麻婆豆腐と魚香蝦肉、青島ビールの夕食にした。

 庶民の街「胡同」、庶民の胃袋「夜市」。こざっぱりときれいになった。それは、全てがオリンピックの掛け声による。
 7年前この地を訪ねたときは、あちこちに人々の生活の匂いを感じた。
 しかし、「美しい北京」に変貌した街からは、歴史と風情が消えていく。

 この日、北京の気温は39度を越えた。56年ぶりの猛暑である。

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June 26, 2007

668.プレステージ

326220view003 「この映画の結末は決して誰にも言わないで下さい。」冒頭にクリストファー・ノーラン監督のメッセージが出る。そして想像を超えるラストを見た今、もう一度この映画を見たくなった。どこで、騙されたのかを知るために。

 「騙されるな。この映画そのものがトリック。」とノーランは、観客を誘惑する。しかし騙されて初めて、マジックの醍醐味を知るのだ。

326220view002_1326220view006_1  作品が作品だけに、詳しいストーリーは省くが、19世紀末のロンドンを舞台に、二人のマジシャンの命を賭けた攻防を描いたもの。
 そのマジシャンにヒュー・ジャックマン(「X-メン」)とクリスチャン・ベール(「バットマンビギンズ」) が扮する。そしてスカーレット・ヨハンソン(「ブラック・ダリア」)が、トリックのキーとなる。
 脇を固める役者もすごい。オスカー俳優でイギリスのナイトの爵位を持つマイケル・ケインと、ロック界のカリスマ  デヴィット・ボウイが二人に絡む。

 ノーラン監督は、「メメント」で第一線に躍り出たイギリス出身の若手才人。最近作「バットマンビギンズ」でチームを組んだウオリー・フィスター(撮影)とネイサン・クローリー(美術)、「メメント」の原作者で弟のジョナサン・ノーラン(脚本)と三本目の共同作業である。 それだけに息も合い、緻密な作品に仕上がった。 

 マジックには、重要な三つのステップがあるのだそうだ。
 1、PLEDGE~観客にタネも仕掛けも無いことを確認させる。
 2、TURN~その仕掛けの無い道具で、期待以上のパーフーマンスを見せる。
 3、PRESTIGE~しかしそれだけでは客は、満足しない。最後にもう一度、予想を超えた驚きを提供する。それが、プレステージ(偉業)だ。
 
 しかし、フランス語に語源を持つ「プレステージ」は、幻惑、詐術、魔法、魅惑の意味も持つ。

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June 24, 2007

667.女帝

001_2 「美貌」「色香」「情熱」「野望」。チャン・ツィイー の魅力の全てを見せてくれた中国映画。

 映画の原作者はシェークスピア。彼の作品の中で最もポピュラーな「ハムレット」である。
 所はデンマーク。父帝を叔父クローディアスに殺され、母である王妃ガートルードを叔父に奪われた皇太子ハムレット。許婚のオフィーリアも遠ざけられて、孤立無援となった彼が先帝の復讐を遂げた時、それは壮大な悲劇を生む。

 中国版「ハムレット」は、舞台を10世紀の五代十国時代に移す。そして主役をハムレットから王妃ガートルードに変え、「女帝」の壮絶な復讐劇とした。
 また王妃と皇太子を義理の親子とすることで、女帝は皇太子を愛し許婚に嫉妬の炎を燃やす女として描かれる。そこに女帝チャン・ツィイーの、女としての激情を見せる。

 出演はチャン・ツィイーの他、先帝を殺した弟にグオ・ヨウ(「さらば愛/覇王別姫」)、いわゆるハムレットである皇太子にダニエル・ウー(「香港国際警察」)、その許婚がジョウ・シュン(「ウインター・ソング」)と中国・香港のスターを並べた。
 とくに兄の后に恋慕し恐怖を抱きながらも愛欲から逃れ得ない新帝のヨウは、「活きる」でカンヌ国際映画祭最優秀男優賞を獲った、中国を代表する名優である。

 映画のもうひとつの売り物は、ワイヤー・アクションを多用した「武闘」である。その演出は、「グリーン・デスティニー」「マトリックス」のアクション監督ユエン・ウービンが担当した。
 彼は、ワイヤーワークとアクロバットを上手くミックスした「武術」の生みの親であり、中国はもとより、ハリウッドでも引っ張りだこである。
 美術・音楽も、「グリーン・ディスティニー」でそれぞれアカデミー賞を獲ったティム・イップとタン・ドウン。そして監督は、チャン・イーモウ、チェン・カイコーと並ぶ中国三大監督ノフォン・シャオガン。まさに中国映画界が総結集した作品となった。

 西洋の名作を取り込み、自国の史劇を創造する試みは各国でも行われている。
 例えば日本の場合でも、来月の歌舞伎座はシェイクスピアの「十二夜」である。これは蜷川幸雄が舞台を室町朝あたりの紀伊国に持ってきて、ロマンチックコメディ歌舞伎に仕立て上げている。2年前の初演を観たが、今回の菊五郎、菊之助、時蔵、錦之助、翫雀はどんな芝居を見せてくれるか。

 「女帝」に戻ろう。映画の中ほど、王妃の入浴のシーンがある。花びらで埋め尽くされた浴槽に向かう王妃の後姿、もちろんオールヌードである。浮世絵にも描かれているような東洋美女の柳腰は、艶かしい。ただこの後姿のヌードが、チャン・ツィイー自身なのかは定かでない。

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June 22, 2007

666.300スリーハンドレッド

 古代ギリシャの歴史家ヘロドトスが書いた「歴史」は、マラソン誕生の故事で有名だが、この映画の基となった「テルモピュライの戦い」も「歴史」のなかで、マラソンランナーが登場する。
 「紀元前480年、ペルシャ帝國100万の上陸を知ったアテネの将軍たちは、ピリッピデスという健脚家を援軍要請のためスパルタに送った。彼は、200数十キロを2日間で走った。」(「歴史」巻6)

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 映画の方はここから始まる。ペルシャ100万に対して、スパルタ王が率いるのは精鋭だが僅か300人。黒皮のパンツに赤いマントの「マッチョ」な男達が、怪力や巨人、象やサイに仮面部隊のペルシャ軍をトコトン迎え撃つ。

 CGで描くモノトーンの背景の中、赤いマントと銀色のペルシャ甲冑のぶつかりが、スローモーション映像によって美しくビジュアルに描かれる。それは、製作総指揮も兼ねるフランク・ミラーの原作がグラフィック・ノベルだからだ。
 自作の劇画「シン・シティ」の映画化で、共同監督を務めたミラーは同じ演出手法を、ザック・スナイダー監督に託した。

 スパルタ王をジェラルド・バトラー(「オペラ座の怪人」)、王妃レナ・ヘディー(「ブラザーズ・グリム」)、ペルシャ王ロドリゴ・サントロ(「ラブアクチュアリー」)とスター俳優は登場しないが、300人のムキムキマンの集団が主役なのだから、それでいい。「男は黙って戦う」だけだ。
 「ロード・オブ。リング」で重要な役だった怪物デイビット・ウエナムも、同じようなコスチュームで登場する。

 史実に基づいているといっても、ストーリーは単純。つまり「自由を尊ぶ民主主義派」(ギリシャ)と「神秘主義・専制主義派」(ペルシャ)の戦いなのだから、「正義」は当然300人側にあると映画は語る。
 もうひとつ、スパルタ王は宗教諮問会議と議会の反対を押し切って、「自由」と「正義」のために死を恐れずに参戦した・・・・・。 
 
 なるほど、諮問会議を「国連」、議会は民主党主導の「アメリカ下院」と穿って見れば、正義のスパルタ王は・・・・当然彼。
 ペルシャの末裔イラン人が、この作品に強烈な拒否反応を見せていることは、うなずける。

 某評論家が「無神経で好戦的なB級映画だ」と新聞で評していたのも、その通り。アメリカでは大ヒット中なのだそうだ。

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June 21, 2007

665.ひとまく会

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 歌舞伎座の四階席で、最後の一幕を楽しむ「ひとまく会」。今月は、新歌舞伎十八番の内「船弁慶」を楽しんだ。

 「船弁慶」は、頼朝に追われ西国に逃れる義経と静御前そして平家の怨霊がからむ能の「船弁慶」が原典。俗に「松羽目物」と呼ばれる歌舞伎舞踊である。
 同じ役者が、前半を静御前に扮して静的な女性の舞、後半は平知盛の亡霊になって激しい立役の動きと、舞い分けるのが見所で、この役を市川染五郎が演じた。そして義経に中村芝雀、弁慶を松本幸四郎と幸四郎一門で固める。
 作品自体は、「新歌舞伎十八番」と呼ばれるようにそう古い物ではない。1885(明18)年、東京新富座で九代目市川團十郎が演じたのが初めてで、河竹黙阿弥が作詞、三世杵屋正次郎が作曲したもの。

 今月の舞台は、前の幕も「盲長屋梅加賀鳶」と河竹黙阿弥の作品、四月のひとまく会「魚屋惣五郎」も彼の作品だった。
 というのも黙阿弥は、幕末から明治にかけての劇作家の巨頭で、1893(明26)年に亡くなるまで50年間にわたって、360本の作品を書いている。
 代表作として「都鳥廓白浪」「三人吉三廓初買」「天衣紛上野初花」等があるが、三人吉三や弁天小僧、鼠小僧を始めとして白浪(泥棒)を主人公にした作品が多く、白浪作者と呼ばれている。
 また、七五調の流れるようなセリフで、江戸の下層社会を描写した世話狂言が得意で、登場人物が一人ずつ順々にしゃべる「渡りぜりふ」や、二人が交互にしゃべる「割りぜりふ」など、歌舞伎のひとつの型を作った。

 河竹の苗字は立作者の名跡、初世河竹新七は常磐津「垣衣恋写絵」を、二世新七(黙阿弥)の後を継いだ三世新七は、「籠釣瓶花街酔醒」「怪異談牡丹燈籠」とこの「ひとまく会」で鑑賞した作品は多い。

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June 20, 2007

664.ノリタケデザイン100史展

0004_2 ノリタケチャイナの1~2枚は、どこのお宅もお持ちだろう。今や世界有数の洋食器メーカーとなったノリタケ、その100年の歴史展が横浜のそごう美術館で開かれている。

 1904(明37)年、名古屋の則武(のりたけ)で創業された日本陶器 (現ノリタケカンパニー)は、明治の初め日本最初の貿易商社「森村組」が祖。森村市左衛門・豊兄弟が、福沢諭吉らの協力でニューヨークに輸入雑貨「モリムラブラザーズ」を設立、ここを拠点としたことに始まる。
 森村兄弟は、その後パリ万博でヨーロッパの絵付陶磁の素晴らしさに魅せられて、日本国内で洋食器の製造に乗り出したのだ。
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 「色絵金点盛薔薇文水注」。「オールドノリタケ」と呼ばれる輸出用陶磁器。
 明治末から昭和初期にかけて作られた日本陶器の絵付磁器は、とくにアメリカで評判になり輸出は伸びた。
 海外からもデザイナーを招聘、アールヌーヴォー、アールデコといった美術様式を取り入れた磁器類は、食器というより芸術作品の域にまで達したのだ。
 洋食器としては、数多くのディナーウエアーを創作して帝國ホテルや一流レストランに納入する。
 そして現在では、工業・電子機材の分野もふくめ、世界最大のセラミック企業となった。

0006_1 今回の展示で特に興味を引いたのは、「オールドノリタケ」のデザイン画帳。今で言うカタログだが、丁寧に筆で書かれた極彩色の画帳をもって、セールスマンは世界中から注文を受けたという。

 もともと江戸で始まった「森村組」、瀬戸に近い「則武」に拠点を置く事で大きく発展した。TOTO、INAX、日本ガイシ、大倉陶園と分社しながら発展していった「森村グループ」の歩みは、近代日本の産業史を跡付ける。

 展示は、7月17日まで。そごう横浜店6階「そごう美術館」                                            

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June 19, 2007

663.アポカリプト

Wallpaper01_800 面白い映画だが、残酷な映画である。映倫が、R-15に指定したのも止むを得ない。
 「ブレイブハート」で作品賞・監督賞を獲ったハリウッド・スター、メル・ギブソンの監督四作目である。

 キリストの最後の12時間を描いた、前作の「パッション」ではハリウッドの常識を破ってラテン語とアラム語を使ったが、今回は全編マヤ語である。

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Wallpaper05_800  舞台は16世紀の中南米。4000年以上も続いてきたマヤ帝国の崩壊直前を描く。だから出演者も全てネイティブである。

 主役の若き村のリーダーは、コマンチ族クーリー族の血を引くルディ・ヤングブラッド。映画初出演の彼は、ネイティブ・アメリカンの伝統的な祈祷ダンスの名人として、合衆国の公式行事などに出演してきた。またボクシングやクロスカントリーの選手としても知られ、その精悍なマスク、肉体美が見る人を惹き付ける。
 彼の妻役はダリア・ヘルナンデス。メキシコベラクルス大学の学生でダンスの名手。彼と死闘を繰り返すマヤ帝國の傭兵隊長役のラオウル・トルヒーヨ(「ニューワールド」)だけが、プロの役者だった。

 出演者はアマチュアだが、スタッフはハリウッドでもトップクラスの手だれ。
 監督・製作・脚本を書いたのがもちろんメル・ギブソン、撮影は「ダンス・ウイズ・ウルブス」のディーン・セムラー、美術は「プライベート・ライアン」のトム・サンダース、音楽が「タイタニック」のジェームス・ホーナーという豪華な顔ぶれが並ぶ。

 「頭脳ではなく、本能に訴える映画を創りたかった!」とギブソン監督はインタビューに応えていたように、作品はドラマチックな物語というより、息つく暇も無いアクションの連続で成り立っている。

 こうした映画が可能となったのも、映画技術の急速な発展によるものだ。フイルムに映像を写し取るのではなく、デジタルカメラによって、「テーブ」や「板」に映像を電気信号として記録させる手法を執った。この信号をCGと組み合わせる事によって、現実を越える映像表現が可能となる。

 タイトルの「アポカリプト」とは、ギリシャ語で「新たな始まり」を意味する。映画もまた、新たなアクション映画の誕生となった。

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June 18, 2007

662.狂言会

P251is03850 東急セルリアンタワーの能楽堂で、久し振りに「狂言」を楽しんだ。茂山忠三郎・良畼親子を中心とした狂言会である。

 伝統芸能「狂言」は、同じ猿楽から発展した「能」と違って、セリフも理解しやすいし道化的な滑稽さ、風刺も効いて退屈しない。

 出し物は、「逆さ言葉」のヤリトリの面白さを生かした「入間川」と、酔っ払っていく様を見せる「素袍落」のふたつ。
 とくに四代忠三郎の太郎冠者が、主人の使いで伯父宅に出かけ、振舞われた酒に酔っ払っていく様が、なんともいえない可笑しさを見せた。一杯飲む毎に、少しずつ顔が赤く成っていく演技は流石である。

 「狂言界」といえば、大蔵流と和泉流の2派がある。後者は、野村万蔵・万作、それにテレビや映画で大活躍の萬斎の流派。週刊誌を賑わす和泉元彌は、この世界から除名されたようだが。
 大蔵流の方は、こちらもテレビ・映画で有名な茂山千五郎家と茂山忠三郎家が、江戸末期に分かれた兄弟弟子の流れを汲む。そして千五郎家は、彦根藩のお抱えとなったせいか派手で豪放磊落な芸風を伝え、忠三郎家は御所お抱えの伝統からひそやかな笑いを伝統としている。

 ある雑誌で忠三郎は「忠三郎家の狂言は、舞台で大笑いをさせてはいけないのです。舞台を見ていただいて『くすくす』ぐらいがいいのです。家に帰えられてお酒でも飲みながら『きょうの狂言は面白いこと言うとったな』と思い出して笑ってもらう、それが忠三郎家代々の教えです」と語っている。

 今年は、三世茂山忠三郎良一50年忌。秋には各地で追善の狂言会が開催される。

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June 16, 2007

661.サン・ジャックへの道(2)

 「私達のスペイン巡礼の旅は、49日かかってサンチャゴに到着して完了。その後マドリッド、バレンシアなどを回って先日帰国。目的達成の安堵感もさることながら、すっかり仙人になってしまったようで、社会復帰には時間がかかるようです。・・・・しかしこの旅は、我が人生の忘れ得ない記憶になるでしょう。」
 友人からの帰国のメールである。

 593号(3月16日)で映画「サン・ジャックへの道」を紹介したおり、友人夫妻がサンジェゴ・デ・コンポステーラ(サンジャックのスペイン語読み)まで760キロの巡礼の旅に「挑戦」する、と書いた。それから3ヶ月、彼等は見事に歩き通した。
 以下、彼の「巡礼日記」の抜粋を綴ろう。

200704101219001200704171139000  (4月11日)昨日巡礼の旅スタート。2日かけてピレネーを越えました。イバニエタ峠はきつい上り、今夜はロンセバジュの巡礼宿に止まります。収容所みたいにベッドが100人分並んでます。
 ・・・・・・・・・・・・
 (4月18日)昨日は、ずっとこんな道を歩き楽でした。21キロ強を6時間で歩きました。10キロ前後のリュックを背負っているので、我々にはこれが一日の目安です。
 ・・・・・・・・・・・
200704211014000200704271213001  (4月21日)12日目。明日リオハからブルゴス州に入ります。毎日の行動パターンは、6時半起床、大勢の同宿者と競ってセンガン、近くのバルで朝食、8時前には出発、20㌔前後をただただ歩いて巡礼宿に到着。シャワー、洗濯、翌日の昼食材料の買出し、巡礼専用のレストランで夕食、22時消灯。
 ・・・・・・・・・・・
200704281239000200705011129000   (5月1日)真っ平らなメセタの上、広大な天の下、カミノ道はどこまでもまっすぐ。何も無いという人と天国みたいという人。昨日で3週間歩きました。そして今日、全行程の半分を超えました。そろそろ休息が必要かも知れません。
 ・・・・・・・・・・・
200705081030000200705091132000200705101952000    (5月10日)アストルガに到着。サンチャゴまで254㌔の標識。500㌔を越えました。最近の食生活。朝は私営の宿泊所で。14時前には次の旅籠に辿りつくから、ワイン付のフルコースのスペイン昼食。夕食は、トマト、ブドウ、果物、ハム等をつまんで赤ワインに2本。いやーもう極楽!。
 ・・・・・・・・・・・
200705171428000200705171818000  (5月17日)難所のオ・セイブロレまでの上りは、何とかしのいで1300mに達した。明日からの急な下りに備えて杖を買いダブルストックにする。あとで家に飾っておくのにいいか。
 この日、「日本人団体ツアー」と遭遇する。レオンから7㌔も歩いたのよ、と自慢する。こちらは、500㌔以歩いているのだ。バスに石を投げたい気持ち。
 ・・・・・・・・・・・

200705210850001_1   (5月23日)昨日からスペイン中が大雨。マドリッドでは高速道路が水没。ゼゴビアでは雹が降った。アンダルシアも大洪水。強は、バラスデレイに到着。雨具を着たイタリア人巡礼をパチリ。
 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
200705281838000200705301300000  (5月28日)正午5分前、サンチャゴのカテドラルに到着。ここが巡礼の旅の終着地。感動というよりなんだか唖然とする感じ、あっけないという感じ。
 ただただ歩くという単純な日々のパターンが終わった。明日からどうしよう。
 左の写真は、フィニステラ、スペイン語で地の果ての意。ここがユーラシア大陸の西の端である。

 友人の「巡礼の旅日記」。あえて「辛い泣き」の部分は省いた。近々直接みやげ話を聞くつもりだ。 

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June 15, 2007

660.東京道産酒の会(17)

 月に一度、北海道を慈しむ仲間が集まり、地元の酒と料理を楽しむ「道産酒の会」。187回目の昨夜も、ジャズのナマ演奏を聴きながら楽しい会話の時間を過ごした。
 演奏は、前回に引き続いてピアノ中山、クラリネット後藤、ギター安部、ベース小林の皆さん。曲は「ユー・アー・マイ・サンシャイン」「「月光値い千金」「花」「素敵な貴方」「セントルイス・ブルース」と日本の曲も、クラリネットを中心にジャズにアレンジした。

 スピーチは、まず会員の市村萬次郎さんから、先月の歌舞伎座「17代市村羽左衛門七回忌追善狂言」の報告と、多くの会員が来場された事への御礼。彼は、今月の歌舞伎座夜の部「御浜御殿」にも出演しているが、第一幕目だけなので終わってすぐ駆けつけてきた。
 来月クランクインの、三谷幸喜監督四作目の映画に出演。どんな粗筋かまだ台本も無いが当然喜劇、公認会計士!の役だそうだ。その昔は、昭和天皇が当たり役だった。

 次のスピーチは、会員で札幌東京事務所長の鈴木俊彦さんから、毎年夏に札幌で開催される「パシフイック・ミュージック・フェスティバル(PMF)」の紹介。
 PMFは、20世紀を代表する音楽家レナード・バーンスタインの提唱によって17年前から始まった国際教育音楽祭。「世界中の人と感動を分かち合い、それを受け継いでいく人たちを育てたい」とのバースタインの夢を実現するため、世界30数カ国でのオーディションによって選ばれた若手音楽家たちが札幌に集い、世界トップクラスの音楽指導者について学ぶ催しである。
 期間はおよそ一ヶ月、今年も110人が学ぶが、もうひとつの聞き所は彼等がその成果を、各地で発表するPMFオーケストラの演奏会である。
 東京では、来月11日渋谷のオーチャード・ホールでヴェルディの歌劇「運命の力」序曲やシューベルトの交響曲第8番ハ長調が演奏される。

 昨夜はこの他、映画「フラガール」で有名になった「スパリゾート・ハワイアンズ」のビデオ紹介。閉山した常磐炭鉱の再生のストーリーは、北海道夕張へのエール。
 また先月発売されたサッポロビールの発泡酒「凄味(すごみ)」の試飲を兼ねたPR、等々。

 今月の献立:水無月胡麻豆腐、いかの沖漬、タラコ昆布巻、活鯛昆布〆、銀鱈西京焼、新玉葱スライス、ばらちらし寿し、竹の子椀

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June 14, 2007

659.焼酎バー「黒瀬」(78)

 最近の焼酎の話題を、新聞・雑誌・HPから要約で。

 「薩摩焼酎宣言」
 
先月末、朝毎読日経など全国紙に全面広告が載った。
 「『薩摩焼酎』は、世界のブランドへ。」
 「『薩摩焼酎』は、ボルドー、コニャック、スコッチなどと同じく、WTO世界貿易機関の協定に基づく産地指定を受けました。」

0003_4  宣言は前文で「薩摩焼酎を世界中で愛される蒸留酒に発展させる」と述べ、条文では「地元の生産農家と協力し、安全で高品質なサツマイモを育て、『薩摩焼酎』のさらなる品質向上に努める」「『薩摩焼酎』の美味しさと文化を世界の人々に紹介し、交流を促進する」など7項目を掲げている。
 薩摩焼酎は、鹿児島県産のサツマイモを使い、製造から容器詰めまでの全工程を県内で行った焼酎とし、それだけに「薩摩」を冠する事が出来るとしている。

 鹿児島県酒造組合連合会では、宣言の発表に併せて、「薩摩焼酎」認証マークのデザインを全国から募集している。締め切りは今月末、採用された方には、賞金100万円を進呈することとしている。
 詳しくは下記のホームページまで。

 http://www.tanshikijyoryu-shochu.or.jp/

「焼酎を中国に輸出」
 
焼酎メーカーの「さつま無双」(鹿児島市)は先週、中国向けに本格焼酎(720ml)4000本を、志布志港からコンテナで輸出した。
 同社はこれまでも卸商社を通して、主力の「さつま無双・赤ラベル」を輸出してきたが、今回直接輸出することで、商品の流れを消費者段階まで把握するのが狙い。
 焼酎は、今週始めに天津港で荷揚げされ、来月には北京や上海のスーパーやデパートで販売される予定。(南日本ほか)

 「無罪を祝して『焼酎・八起』」
 「七転び八起き」の精神にちなんだ本格焼酎「八起(やおき)」が、今月発売された。
 蔵元は、鹿児島県の公選法違反事件で今年3月に無罪が確定した中山信一さんの「大久保酒造」(志布志市)、福岡の地場産品企画開発会社と共同で販売する。
 この焼酎の特徴は、容器が有田焼で円錐形。45度傾けても倒れないということで、冤罪と長い間闘ってきた中山さんの気持ちが込められている。
 中山さんは、無罪確定後の県議選に再挑戦し、現職に返り咲いた。(時事ほか)

 「ウイルスフリーのコガネセンガン」
 
市来農芸高校(いちき串木野市)では、学校で培養した焼酎用原料のサツマイモ・コガネセンガンの苗を畑に植え、企業と協力して焼酎造りに挑戦している。
 この苗は地元の蔵元、浜田酒造の要望を受け、病気に強く収量の多い育苗を研究、生物工学科の生徒がバイオ技術を生かして育てた。
 今年は、500㎡の畑に1300本を植えたが、この秋には1.5㌧のコガネセンガンが、収穫される予定。(南日本)

 「黒瀬」 東京都渋谷区渋谷2-14-4
       電話 5485-1313
  ホームページは
  http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

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June 13, 2007

658.殯の森

Photograph 殯(もがり)
 敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間のこと。また、その場所の意。語源に「喪あがり」、喪があける意か。

 先月のカンヌ国際映画祭コンペティション部門。審査委員長スティーヴン・ファリアーズ(「クイーン」の監督)、女優のマギー・チャン、マリア・デ・メディス、男優のミシェル・ピコリ、脚本家でノーベル文学賞受賞者のオルハン・パムク等、9人の審査員はパルムドールにつぐグランプリに、河瀬直美監督の「殯の森」を選んだ。日本人の死生観や自然観を詩的な映像でとらえたこの作品に、感動したのだ。

Kei_mg_9151_s  物語は、ドラマチックに起承転結するものではない。亡き妻を想い続ける認知症の老人と、幼い息子を亡くし家庭も崩壊した若い介護福祉士が、一緒に亡妻の「殯」を訪ね照葉樹林の深い森をさまよう様を、淡々と撮り続けるだけの話しである。
 その中から、誰もが逃れ得ない老いと死、その死がまた新しい生に繋がっていくことを描く。
 河瀬監督自身が認知症の祖母を介護する中で、母親となった体験がこの物語を生んだ、という。

 これまで、ブログでコメントしてきた作品は、必ず劇場で観客のひとりとして見た映画に限ってきた。試写会ではどうしても「批評」という意識が先に立つし、大スクリーンではないテレビでは監督の演出力が見えない。
 しかし「殯の森」は、映画公開に先立ってハイビジョンで放送された作品であり、私は映画というより「テレビ・ドキュメンタリー」として意識の中に残している。だから、このコメントは映画紹介としては例外である。

 河瀬はもともと、奈良を拠点に作品を作り続けてきたドキュメンタリー作家である。
 10年前始めての長編映画として監督した「萌の朱雀」が、カンヌ国際映画祭でカメラドール(新人監督賞)を受賞した。これは史上最年少の受賞という事で、国際的にも注目を集めた。
 次の作品「沙羅双樹」も、カンヌのコンペ部門に出品されており今回が三作品目となる。
                                                   G2007052912mogarinomori_b_1    
 今回の作品には、キャスト・スタッフともに異才な人物が加わった。
 認知症の老人を演じた うだしげき は、元記者・雑誌編集者で喫茶店主という「新人」なのだ。タウン誌「ぶらり奈良町」を発行しながら、河瀬の製作を縁の下で支えてきた。
 若い介護福祉士も、河瀬が10年前の「萌の朱雀」で舞台となった吉野で見つけた少女である。その後は、上京して「ユリイカ」や「ギブス」など異色の作品に出演している。
 また認知症ホームの主任役、渡辺真起子は、「M/OTHER」でカンヌ国際映画祭の国際批評家連盟賞を受けたプロの女優だ。

 キャストの方も、今回は製作陣にフランスのヘンガメ・パナヒが加わった。彼は配給会社セルロイド・ドリームスを率いているが、海外版はこちらが担当する。
 そして、情感あふるる映像を撮ったのが元NHKカメラマン中野英世である。この作品が、まさにドキュメンタリーとなったのは、彼の腕といってもよい。だからテレビでも十分通じたのである。

 「殯の森」は、今月23日から地元奈良や桜井、吉野での特別試写会を皮切りに、全国で封切られる。
私が最後に世話になった映像関連会社も、製作に深くコミットしているのでPRに努めたい。製作資金が早く回収されて、河瀬監督の四作目を期待したいからだ。 

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June 12, 2007

657.あるスキャンダルの覚え書き

Wp800_2 怖い映画である。独身の老教師役のジュディ・デンチが特に怖い。「007」でジェームス・ポンドの上司「M」を演じた時も怖かったが、それとは比較にならない「人間の孤独」という怖さだ。
 恵まれた家庭生活を送っている中年教師ケイト・ブランシェットも怖い。自分を見失い教え子とのスキャンダラスなセックスに走る。しかし、彼女もまた決して 「孤独」から抜け出る事は出来ない。

1005_2  二人の主人公は、生い立ちも社会的階級も生活環境も違う教師。しかし、「孤独」という共通項が二人を結びつけた。そして、スキャンダルという秘密を握った老教師は、その秘密をエサにもうひとりを独占しようとする。「孤独」から逃れるために。
 その関係はやがてエゴむき出しの行動を生み、破滅へと進む。孤独、嫉妬、羨望、自己欺瞞、現代社会の人間の心の闇が描かれていく。

 原作は、イギリスのベストセラー作家ゾーイ・ヘラーの同名小説。
 アメリカ滞在の折、児童強姦の罪で女教師が逮捕された「ルトーノ事件」に遭遇しこの小説の着想を得た。
 そして舞台を、ロンドン郊外の労働者階級の子弟が通う学校に変えて、物語を展開した。その事で、孤独な女たちのスキャンダラスな話という次元を越え、社会構造的な背景をもたせた。

 ジュディ・デンチ(「恋に落ちたシェイクスピア」)とケイト・ブランシェット(「アビエイター」)という二人のオスカー女優の見事な演技を、ベテラン監督リチャード・エアー(「アイリス」)がうまく引き出したサスペンスフルな人間ドラマである。

 映画館の観客は、圧倒的に30~50代の女性たちだった。男には理解できない「深い孤独」があるのだろう。
 作家の岩井志摩子がこの作品に寄せたコメントが、それを言い当てている。
 「孤独と自由、愛情と執着。よく似ているから、よく間違える。」
 

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June 11, 2007

656.THE QUEEN

1024_768_a_1  10年前のパリ、チャールズ皇太子と離婚したダイアナが愛人の車で事故死した事件は、誰もが知っている。
 その日から一週間のエリザベス女王の「本当の姿」を、観客はこの作品を見て初めて知る。そしてダイアナとエリザベス女王の間に存在していた「確かな確執」も。

 イギリスの映像作家たちは、ドキュメンタリーではなくドラマで真実を描くのが上手い。ドキュラマと称する人もいるが、現実に生きている人たちを主人公にしながら、事実とその人々の心の内側をキチンと描くのである。
 この作品のスティーヴン・フリアーズ監督や脚本のピーター・モーガンもそうした一人であり、コンビでブレアやブラウンの「労働党政権誕生」をテレビドラマ化している。

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 しかしこの作品の成功は、エリザベス女王を演じたヘレン・ミレンに負うところが多い。
 彼女は、そっくりさんや単なる物真似ではなく、演技力で実在の人物に成りきった。そして日常の行動だけでなく、心の内側まで演じきるのである。彼女が醸し出す「気品と人間味」には、女王自身も拍手を贈ったという。
 ヴェネチェア国際映画祭主演女優賞、ゴールデングローブ賞、数々の映画批評家協会賞を総なめして、今年のアカデミー賞のオスカーを手にしたのは当然と言えよう。
 ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身の舞台女優。映画・TVでもこれまでにエミー賞、ゴールデングローブ賞、カンヌでの主演女優賞を得ている。イギリスで「Lady」と呼ばれる爵位にも叙せられている。

 もうひとりの主役は若き日のブレア首相、マイケル・シーンが演ずる。ブレアもまた現役の首相である。「Blood Diamond」でデカプリオと共演したイギリスの俳優だ。
 他にフィリップ殿下のジェイムズ・クロムウエル(「スパイダーマン3」)、チャールズ皇太子のアレックス・ジェイニング(「バベル」)などニュース映像の「本物」とのモンタージュにも耐える雰囲気を出している。

 物語が進行する舞台が、ニュースやドキュメンタリーでは決して見ることの無い女王一家の「私的空間」なのが面白い。もちろん女王のプライベイトな生活があるバルラモル城でのロケは無理で、スコットランドにある同じような時代様式の城を借りたそうだ。
 その城の中の森を、高齢の女王が自らランドクルーザーのハンドルを執って走り抜ける。日本では想像も出来ない光景だった。

 ダイアナ元皇太子妃は、スペンサー伯爵の「妹」ではなく「姉」。日本語字幕の誤り。

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June 09, 2007

656.パリへ~洋画家たち百年の夢

Photo_90002_5  黒田清輝の「湖畔」、重要文化財として東京国立博物館蔵。
 和田英作の「冨士(河口湖)」、鹿児島県資料センター黎明館蔵。

 全国から集められた100点余りの「洋画」が、東京藝術大学美術館に展示されていた。大学創立120年を記念して、藝大とその前身東京美術学校の卒業生と教員たちの名作である。
0001_4  特に気鋭の画家として明治時代パリに留学した黒田清輝、後輩の和田英作や浅井忠、さらに藤島武二や安井曽太郎らは「西洋画」の伝統に日本の感性を融合させ、「洋画」という日本独特のジャンルを完成させた。そこに共通していたのが「パリ」だったのである。

 大正から昭和にかけては、梅原龍三郎や佐伯祐三、藤田嗣冶、小磯良平、岡本太郎らがいる。

 作品は、藝大をはじめ主として画家の出身地の美術館等に保管されているものが展示されており、久し振りに名作を一堂に会して鑑賞することが出来た。

 郷土出身の黒田清輝、和田英作、藤島武二のいくつかの作品が、鹿児島からも運ばれてきていたのがうれしい。

 東京での展示は今日までだが、23日~8月5日は新潟県立美術館、8月17日~9月30日は熱海のMOA美術館で開催される。

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June 08, 2007

655.パイレーツ・オブ・カリビアン~ワールド・エンド

Sample16  面白い映画だった。ウイークデイの朝9時、それでも劇場は8割の入り。仕事をサボッて見に来たサラリーマン、授業をサボッた高校生、もちろん中高年者も。

 シリーズ3部作の完結編だけに、初めて見た人はそれぞれのキャラクターの関係がわからず、迷った事と思う。第一作の「呪われた海賊たち」は、封切直前テレビで放送された。第二作の「デッドマンズ・チェスト」は、DVDを買って欲しいと、配給会社もマルチ展開で観客に呼びかける。

 娯楽作品で、帆船による海戦が見ものだし、主人公たちの騙しあいと剣による活劇が売り物だが、ハリウッド屈指のプロデューサー・ジェリー・ブラッカイマーは社会派だけに、それだけでは終わらせない。
 人間の自然への憧れを「海原」に、自由への夢を「海賊」に託す。

 「伏線」だらけのシリーズだった。フアンにとっては、その謎を解くのが楽しみなのだが、判りにくくしたのもそのせいだ。
 特に第二作は、完結編のためのワナ・誘い・仕掛けをちりばめた。この作品を見て「そうだったのか!」と納得したシーンが続出する。
 完結編でも映画冒頭ののシーン、絞首台に登り死を前にして海賊の唄をうたう子供の顔、これも最後に明かされる伏線となる。製作者たちにとって、これが醍醐味なのだ。

Potc3_jack_800x600Potc3_eliz_800x600Potc3_will_800x600  主演の3人はじめ、多くの出演者たちは三作を通す。
 左から自由を愛する孤高の海賊、ジョニー・ディップ。ティム・バートンと組んだ「チャーリーとチョコレート工場」で印象に残るアメリカ俳優。
 真ん中のキーラ・ナイトレイは、総督の娘から海賊連合のクイーンになる美女。「プライドと偏見」でファンになったイギリス女優。
 最後は幽霊船の船長になるオ-ランド・ブルームは、「ロード・オブ・リング」の弓の名人で始めて知ったイギリス俳優。
 この主役3人が、お互いに剣を交えたり、騙しあったりそして恋して物語を展開する。
 他の常連が、「シャイン」のオスカー俳優、オーストラリアのジェフリー・ラッシュに「マイアミ・バイス」のアフリカ系イギリス女優のナオミ・ハリス。それに今回は、シンガポールの海賊首領役で「男たちの挽歌」、香港のチョウ・ユンファが加わった。

 これから映画を見る人にひとこと。5分も続くラストクレジットも我慢して、席を立たないことだ。
 キーラ・ナイトレイが、ぞくぞくするような「美しくセクシーなふともも」を見せるブルームとのラブシーンが、重要な伏線だったことが最後の数カットで判る。そしてトップシーンも。
 これが最終編だというが、最後のシーンはまた「次回作」を期待させる「伏線」にもなっている。
 ジェリー・ブラッカイマーは、やはりハリウッド屈指のヒットメーカーである。

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June 07, 2007

654.全国地名保存連盟

 全国地名保存連盟の第25回総会が、昨日神田の学士会館で開かれた。
この会は25年前、東京・旧牛込区や港区狸穴・永坂町で「強制的な町名変更反対」の運動に携わった住民達が、核となって結成した組織。

 連盟は「地名や町名は、歴史の中から生まれ、歴史を伝える文化。それは他の文化遺産と同じように、一度うしなわれれば二度と再びつくり出すことは出来ない」と、これまで息ながく地名保存・復活の運動を続けている。

 昨年までは、「平成の大合併」による「地名改悪」が焦点だったが、一段落した現在は「旧地名復活」の動きが中心となってきた。

 総会では「地名と地域力」と題する特別講演が行われた。
 講師の竹内 誠さんは、江戸東京博物館館長。日本近世史がご専門だが、江戸・東京を中心とする都市生活・文化史や地名等についての著作を多く出している。

 竹内さんは「幕末・維新後、日本を訪れた外国人の滞在・探訪記」を引用しながら、「彼等は、江戸・東京が『自然と共生しているまち』『人に優しいまち』『共助・安心のまち』『ゆずりあいの町』『子供の声が聞こえる町』と暖かく評価している」。しかし「そうした町の良さが、地名とともに消えていってしまった」と具体的な例を挙げて話す。
 そして、現在携わっている「東京都中央区町名検討委員会」の議論のなかから、「単なる地名保存ではなく、地域力、そこに住む人々の住みやすいまちづくりの力が、結果的に地名を守る」と強調された。

 詳しくは近々発行される「全国地名保存連盟・会報」に掲載。

 http://geocities.jp/chimeihz/

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June 06, 2007

653.九州路・長崎散策

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 九州路、旅の最終駅は長崎。ハタ(凧)揚げで有名な風頭公園近くの、老舗旅館に宿をとる。
 運悪く修学旅行の子供たちと一緒になり、落ち着いて休めなかったが長崎の夜景は美しかった。

07_640_6807_640_6907_640_70  長崎は、これまでも度々訪ねた街。「解夏」「長崎ぶらぶら節」や「7月24日通りのクリスマス」など多くの映画の舞台となった馴染みの町でもある。

07_640_7107_640_7207_640_73  「平和公園の祈念像」、「長崎の鐘」、「爆心地に残る浦上天主堂の残骸」、「二十六聖人殉教地」、「眼鏡橋」、「出島」、「オランダ坂」、「大浦天主堂」、「グラバー園」と散策。

07_640_7407_640_7507_640_76  最後はグラバー邸でガーデンを眺めながら一休み。
 鎖国の時代、西洋への唯一の窓口だった長崎の時代と人に思いを馳せる。

 長崎でしか手に入らない中村吉右衛門が書いた、「長崎スケッチ集」を土産に買って、九州路の旅を終えた。
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June 05, 2007

652.九州路・水郷柳川

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07_640_6107_640_6207_640_63 大分自動車道、九州自動車道と九州を横断して福岡・柳川に着く。
 有明海に面し筑後川の河口に広がるこの地は、立花藩12萬石の城下町 。
 城を囲んで町は至るところ、掘割が巡らされている。

 もともとこの地は、湿地帯。堀を造って湿地を干し城と町を築く。掘割は、有明海の干満の遊水池として、また農業用水としても利用されてきた。

 北原白秋の生誕地としても知られる「水郷柳川」、ここで「どんこ舟」に乗って30分川下りを楽しんだ。

 「色にして老木の柳うちしだる 我が柳河の水の豊けさ」 白秋

07_640_6407_640_65 柳川の名所、国指定名勝「御花・松涛園」。立花家四代鑑虎が1697(元禄10)年に構えた別邸。園内には280本の松が植えられ、秋には野鴨が群がるという。
 明治に入ると洋館も建てられ、現在は料亭とホテルとなっている。

 訪ねた日、庭園では水上舞台づくりが行われていた。翌日「福岡県西方沖地震復興」を記念して、観世榮夫、梅若六郎、宝生閑、山本東次郎らによる「薪能」が行われるのだ。

 庭園を眺めながら名物「うなぎ蒸篭」の昼食。美味。

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June 04, 2007

651.九州路・湯布院

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Asagiri 由布岳(1584m)の麓、由布盆地広がる郷「湯布院」。盆地のあちこちに温泉が沸き、その湧出量は別府についで 全国2位といわれる。

 「昭和の大合併」で湯平村と由布町が一緒になって「湯」布院町に、「平成の大合併」で隣のニヶ町と合わさって「由」布市となる。

07_640_5607_640_57 歓楽温泉街は別府にまかせて、ここは保養温泉地を選んだ。テレビドラマなどにも登場した「亀の井別荘」を始め、「玉の湯」「田之倉」「草庵秋桜」など静かな佇まいの旅館が点在する。
 こうした旅館の後継者たちが中心となって行われた「町おこし運動」も、たびたび話題になった。ゴルフ場建設反対運動を契機に「明日の由布院を考える会」が生まれ、「最も住み良い町こそ、優れた観光地である」とのスローガンのもと、住民と行政の「協働システム」 が動いている。

4  7月の「ゆふいん音楽祭」、8月の「湯布院映画祭」も有名だが、10月の「牛喰い絶叫大会」はユニークだ。およそ1000人が牛一頭を喰い尽くし、思いの丈を「絶叫」してその迫力を競う。
 都会の人たちの出資で「牛一頭」を所有してもらい、牧場で育てるという農業振興策が発展したものだ。

07_640_5807_640_5907_640_60   湯布院は今、観光スポットとして大人気だそうだ。朝早かったのでまだ人影は少なかったが、お昼ごろは町中に人が溢れる。
 気にかかるのは、路地裏にまで新築されたみやげ物屋の数々。かっての甲斐清里、軽井沢の小規模版を思わす個性のない町通りだった。
 「最も住み良い町」が失われていくのではと、危惧する。

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June 02, 2007

650.九州路・別府地獄

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07_640_5207_640_5307_640_54   日本一いや世界でも有数の温泉地・別府。夕方の到着だったので、駆け足で「地獄探訪」。
 八つの地獄のうち最大の「海地獄」、1200年程前の鶴見岳の爆発によって大きな池が出来た。池といっても98度の熱湯、ラジウム硫酸鉄が溶けているためコバルトブルー、まさに海の色である。

 「海地獄 美し春の潮より」 高野素十

07_640_55Jh65j6  「血の池地獄」、赤い熱泥の池である。地下の高温・高圧で化学反応を起こした酸化鉄・酸化マグネシウムが熱泥となって噴出する。

 「自ら早紅葉したる 池畔かな」 高浜虚子

 40年ほど昔、「別府毎日マラソン」のテレビ中継を担当した。仕事が終わった翌日八つの地獄をゆっくり回り、蒸気の熱でゆであげた温泉たまごを味わった。その頃に比べると、「地獄」も近代化?された。韓国・中国・台湾の言葉が飛び交い、まるで外国に旅しているような錯覚を起こす。
 「鬼石坊主地獄」「山地獄」「かまど地獄」「鬼山地獄」「白池地獄」「龍巻地獄」、全て歩くと大人2000円。

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