« August 2007 | Main | October 2007 »

September 30, 2007

747.チェスト!

 毎年5月に開催される「渋谷・鹿児島おはら祭り」、そのイベントを企画・実行しているNPOの総会に顔を出した。
 総会後の講演は、鹿児島を舞台に制作が続いている映画「チェスト!」のプロデューサー坂上也寸志さんのお話。
 一週間前にクランクアップして昨夜帰京したという彼は、作品の企画からロケまでの様子を熱っぽく語った。

006_2 坂上さんから貰った「シノプシス」の冒頭にはこう書かれている。

 「『負けるな! 嘘をつくな! 弱いものをいじめるな!』 これは、今から400年前から鹿児島の子供達に伝えられている教育精神です。
 当時薩摩では、戦で親が留守になるため残された子供たちの風紀がみだれないようにと、年上の者が年下の面倒を見る、つまり子供たち同士の自治活動を推進していました。この活動は郷中(ごじゅう)教育と呼ばれ、今でも鹿児島の教育の中に受け継がれています・・・・・・・・・」

 映画は、郷中教育の精神を受け継いだ学校を舞台に、毎年行われる「錦江湾横断遠泳大会」へ向けて繰り広げられる、こどもたちの友情と葛藤を描くという。
 そして郷中教育の精神を、現代の子供たちや大人達にメッセージとして伝ていきたい、と彼は企画意図を語った。

 主役の子供たちは、東京と地元鹿児島のオーディションで選んだ。東京からの数人は子役の経験者だが、他は全くの素人である。話の中心となる「6年2組」の30数名は、10日間合宿して演技と水泳の特訓を受けたそうだ。
 子供たちを取り巻く大人たちは、主人公の両親に高嶋政宏と元フジのアナウンサー大坪千夏、担任の先生が松下奈緒、他に小林隆、榎木孝明、羽田美智子の面々である。
 そして監督が「ホギラム」の雑賀俊郎。

 映画を企画した池上也寸志さんは、まだ40台前半、中学生の子供を持つ親である。兼ねてから「教育」に関心を持ち、それをテーマにした作品を作りたいと取材を進めていた。
 そのアンテナに引っかかったのが「薩摩の郷中教育」である。それは決して古臭いものではなく、現代の教育に最も必要なものだと気がついたのである。
 そして現在も毎年行われている鹿児島市立松原小学校の行事、桜島までの2キロを泳ぐ「錦江湾横断遠泳大会」を舞台のモデルとした。

 映画のロケは、地元の協力なくしては一歩も進まない。最近は各地にフイルム・コミッションの組織が生まれ、ロケ隊と地元を結ぶ役割を果たしている。
 なかでも長野の上田市や神戸・北九州はその代表格で、多くの映画・TVが撮影されている。ボランティアや経費の面で地元に負担はかかるが、知名度のアップや経済効果は計り知れない。ロケ誘致は、地元にとってもメリットはあるのだ。

 「チェスト!」は、撮影の大半を鹿児島市と桜島を挟んで向かい合う、鹿屋市の小学校で行われ、市民がこぞって協力したそうだ。そして鹿児島でもFCの組織化の芽生えがあるという。
 鹿児島には自然風景や町並みなど、映画やドラマの舞台として撮りたい景色が何処よりも多く残っていると、坂上プロデューサーは話を結んだ。

 制作:共同テレビ・ポニーキャニオン・ピーズインターナショナル
  映画「チェスト!」は、来年3月春休みに公開される予定。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 28, 2007

746.キャンディ

Candy800_04 誰もが、愚かしい青春時代を過ごした事を恥じる。だからこの作品のような、愚かしい若者を見ると胸が痛む。と同時に甘酸っぱい「時」を思い出す。

 詩人の卵と画家の卵が恋に落ちる。精神的には幼い二人に、結婚の実感は無い。そのうえジャンキーである。盗みと売春で生活費を稼ぎながら、二人は天国~地上~地獄の階段を転げ落ちていく。だからまた「美しい」のである。

 10年前オーストラリアの詩人ルーク・ディヴィスが書いた、自伝小説が原作である。カルト的な人気を集めたこの本に、プロデューサーのマーガレット・フィンが惚れこんだ。
 彼女は友人で舞台演出家のニーム・アームフィールドに監督を依頼して、映画化の作業が始まった。脚本は、そのアームフィールドと原作者ディヴィスの共同作業で進められる。
 そして8年後、映画は完成する。

 映画のテーマはこうである。
 「人生で最も魅力的で強い欲望を刺激するものは、同時に最も危険な状態を引き起こす。それが愛であり、セックスとドラッグの留まる事の出来ない快感なのだ。」
 若い二人の相談相手、自らもジャンキーである大学教師も映画の中でこう語る。
 「止められる時は止めようとしないが、止めようと思った時は止められなくなっている」

 若く美しい二人の主役は、ヒース・レジャーとアビー・コーニッシュのオーストラリアコンビ。「ブロークバック・マウンテン」で繊細なゲイを演じたレジャーは、ハリウッドでも若手のスターになった。コーニッシュもまた「プロヴァンスの贈り物」で、ニコール・キッドマン、ナオミ・ワッツに続くオーストラリア出身のハリウッドスター女優となった。

 ジャンキーの大学教師は、「シャイン」でアカデミー賞を獲ったジェフリー・ラッシュ。監督のアームフィールドとは、舞台で25年もコンビを組んでいるオーストラリアが誇る役者、と同時に国際的な名優として知られた人物である。
 またコーニッシュの両親にトニー・マーティン、ノニ・ハズルハーストとオーストラリアのトップ舞台俳優が顔を並べる。

 シドニーとその郊外を舞台に撮影された「純オーストラリア映画」は、ハリウッドとは一味違った斬新な映像を見せてくれる。 

| | Comments (0) | TrackBack (2)

September 27, 2007

745.オフサイド・ガールズ

20070725005fl00005viewrsz150x  「『男装』してスタジアムに潜り込んだ、イランの少女たちの元気いっぱい青春ストーリー」、これが映画の全てである。
 しかし「理不尽な規制に負けずに自己主張するしたたかでエネルギッシュな少女たち」は、イスラムの「特殊性」を越え、万国共有の普遍性を持つ。
 作品に溢れるユーモアで、映画が世界中に受け入れられたのは、この普遍性だ。

 ご存知のようにイスラムの戒律は、なかなか厳しい。とくにホメニイ革命後のイランは、イスラム原理主義によって規制が強まった。
 女性保護の名目で、乗り物の同乗はもちろん学校も別学。外出する時はチャドルで肌や顔を隠さないといけない。
 スポーツだって同様、スタジアムでの男の試合は観覧禁止となる。

 ところがイランにとって国民的スポーツでもあるサーッカーとなると、少女たちも黙っていられない。お目当てのスター選手はナマで観なくては面白くない。かくして少女たちと取り締まる兵士たちとのバトルが始まる。

Interview_r1_c1_3  映画を撮ったのは、イランで最も国際的な知名度をもつジャファル・パナヒ監督。1995年のカンヌ国際映画祭で、「白い風船」がカメラドール(新人賞)、2000年には「チャドルと生きる」でベネチア金獅子賞(グランプリ)、今回の「オフサイド・ガールズ」はベルリン銀熊賞(審査員特別賞)と三大映画祭を制した。
 ところがこれ等の作品は、まだイランでは上映された事がない。いずれも、戒律の厳しいイランで生きる女性達を描いているからだ。

 この作品は、監督自身の娘の体験に基づいている。サッカー場の入り口で排除された彼女が、露店の裏から変装してこっそり潜り込み、家族と合流したエピソードである。
 そこで監督は、10万人以上の観客が集まった2年前のW杯地区予選決勝戦中にロケを敢行、「オフサイド」な少女たちの奮闘振りを撮ったのだ。
 競技場を警備する軍にバレてフイルムを没収されそうになりながらも、素人の役者たちが地そのままの姿を演じた。

 過去の作品に比べると、政治性よりエンタテインメントの魅力に溢れた作品だが、その視点は変わらない。
 「この作品が素晴らしいのは、単純な二項対立に陥らないところだ。監督は、抑圧的なシステムこそ、支配される者と同じく支配者も傷つくことを理解している」。ある新聞の評である。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 26, 2007

744.ひとまく会

Kabukiza200709b_handbill 歌舞伎座の四階席で、最後の一幕を楽しむ「ひとまく会」。今月は「秀山十種の内 二條城の清正(にじょうじょうのきよまさ)」を楽しんだ。

 秀山とは、初代中村吉右衛門の俳号。昭和歌舞伎をを支えた名優吉右衛門(1886~1954)に因んで、9月は「秀山祭大歌舞伎」と称して二代目吉右衛門を中心に演目が組み合わされる。

 歌舞伎界では、お家の芸を集めて「十八番」とか「十種」とか呼び、財産演目とする。七代目団十郎が制定した「歌舞伎十八番」が有名だが、三代目猿之助がスーパー歌舞伎を中心に集めた「猿之助十八番」が最も新しい。
 「秀山十種」は、時代物を得手とした初代吉右衛門が選定したもので、このほかに「蔚山城の清正」「熊本城の清正」「清正誠忠禄」「松浦の太鼓」などがある。

 「二條城の清正」は、太閤秀吉亡き後一子の秀頼の後見人となった加藤清正が主人公。太閤の恩義を秀頼への忠義で報いる清正。徳川方が固める二条城に乗り込み、大御所家康との対面を無事果たした秀頼を、清正は成長した我が子を思うように頼もしく思う、という筋立て。
 「清正役者」と言われるほど、清正役を得意とした初代の芸を、二代目吉右衛門が名調子のセリフとともに甦らした。

 作品は「新歌舞伎」と呼ばれる演目で、原作は吉田弦二郎。1933(昭8)年東京劇場で初代によって初演された。
 新歌舞伎とは、「仮名手本忠臣蔵」や「先代萩」などの江戸歌舞伎や、河竹黙阿弥らによる明治期の散切狂言と異なり、狂言作者でない外部の劇作家の作品を歌舞伎化したもの言う。
 昭和期は、菊地寛、山本有三、真山青果、長谷川伸、宇野信夫らの作品が、歌舞伎として多く上演された。
 特徴として、「仮名手本」のようにある事件を完全な「フィクション」としてではなく、人物も歴史上の実名と して登場する。またセリフも現代風で素人にもわかり易い。

 「二條城の清正」に登場した歴史上の人物は清正の他、豊臣秀頼(福助)、徳川家康(左團次)、大政所(魁春)、藤堂和泉守(歌六)、本多佐渡守(段四郎)、清正妻葉末(芝雀)、伊井直孝(歌昇)、浅野幸長(芦燕)、池田輝政(友右衛門)など、大阪方・関東方の面々が顔を並べる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 25, 2007

743.釣りバカ日誌18

327997view001_2 「寅さん」亡き後、たったひとつのシリーズもの「釣りバカ」が通算20作目を迎えた。1988年の暮れに第1作がスタートしたから、もう20年になる。
 振り返ってみれば、テレビでの放送も含めると全作品を楽しんだようだ。

 海外の映画では、シリーズといってもせいぜい4~5回。映画興行の戦略として、ここまで長期間お馴染みの役者で作り続けるのは、日本独特のものと言える。
 学生時代は森繁の「社長シリーズ」、そして渥美清の「男はつらいよ」になる。しかし現在では、この「釣りバカ」1本になってしまった。

 ヒット作を出し続けるには、大変な腕力が必要だ。松竹の場合、それは山田洋次監督の力に負うところが大きい。最初の栗山富夫監督、続く本木克英監督と山田組である。「寅さんシリーズ」と平行しながら、山田は脚本を担当していた。
 ここ5連投しているのは、山田監督秘蔵っ子の朝原雄三監督である。「男はつらいよ・知床慕情」で山田の助監になって以来、彼に師事してきた。監督として一人立ちした後も、「学校」や「たそがれ清兵衛」では助監を務める。

 それだけにこのシリーズは、山田の映画に対する拘りを引き継いでいる。それは単なる「コメディー映画」ではなく、きちんと「社会」を描いている事だ。
 バブル絶頂期にスタートしたが、その浮かれた世相を批判しているし、バブル崩壊と不況、ゼネコン疑惑に環境破壊問題、時にはハマさんをアメリカの軍艦にまで乗せて日米安保を皮肉る。 まさに現代ニッポンの縮図を、20本のシリーズが描いているのだ。
 この「18」も、テーマはリゾート開発による環境破壊ときた。

327997view002_2  シリーズの楽しみは、芸達者の三国連太郎・西田敏行のスーさんハマさんの掛け合いだが、もうひとつゲストとして登場する女優たちである。
 今回は檀れい。山田監督の「武士の一分」に初出演して、日本アカデミーの主演女優賞、新人賞に輝いた新進だ。
 遡ってみると、石田ゆり子(17)、伊東美咲(16)、江角マキコ(15)、高島礼子(14)、鈴木京香(13)、宮沢りえ(12)とその年の華のある話題の女優が登場している。

M931465070217_2 「釣りバカシリーズ」が生んだもう一人の「スター」がこの人である。始めは、スーさんの社長用運転手のちょい役だったが、回を追う毎に出番も増え、今回はかなり重要な役となった。相変わらずの運転手ではあるが。
 山田監督は、長い付き合いの中で笹野高史の持つ演技力を買って「武士の一分」に起用、バイプレイヤーとしての見事な演技を引き出した。今年の日本アカデミー賞で最優秀助演賞を獲ったのは当然である。

 来年の「釣りバカ」、さてゲストは誰で、どんなテーマで、そして何処を舞台にロケを進めるか。もう企画は立っている事と思うが、楽しみにしている。  

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 24, 2007

742.ショートバス

Shortbus_wall05_1024  前号の「インランド・エンパイア」に比べると、この映画は本当に判りやすい。とくにセックスを経験した「大人」にとっては、そのテーマに違和感は無いだろう。

 Shortbus_wall02_1024 舞台はインランドと違ってNY。自己の存在意味、人とのつながり、そして本当の愛を求めてさまよう7人の物語である。
 映画では、男×女、男×男、女×女、男×女×男、女×男×女、男×男×男、そして男一人だけ、女一人のだけのセックスがあけすけに描写されていく。
 演ずるのは、若手のミュージシャン兼俳優たち。彼等自身の生身のセックスは、決して隠微なものではなく楽天的な開放感を放つ。

 監督は舞台俳優、脚本家でもあるジョン・キャメロン・ミッチェル。10年前自ら企画し主演したミュージカル「ヘドウイング・アンド・アングリー・インチ」は、2年間のロングラン、数々の賞に輝いた。また5年前にはそれを映画化、監督・脚本・主演でサンダンス映画祭の最優秀監督賞、観客賞を得た。
 ミッチェルにとっては2本目にあたるこの作品も、カンヌ国際映画祭をはじめトロント、チューリッヒ、ロンドン、アテネ、シカゴ、釜山、ハンブルグ、サンパウロなどの映画祭に正式出品され、幾つかの賞をとっている。

Shortbus_wall04_1024  しかし、性器を露出しセックスやオナニーをストレートに撮ったこの作品を「ポルノ」と拒否する人もいる。
 主役の中国系カナダ人女優ソックイン・リーは、定時番組を持つラジオ局から、「クビにする」と脅かされた。これに対して、オノ・ヨーコなどNY在住の文化人たちが、強い抗議の声を上げた。

 ミッチェル監督は「この映画はポルノだとは思っていない。この映画を観て、勃起した人はいないからだ」という。フランシス・コッポラ監督も「こんあに真摯にセックスを描いた監督を称えたい」とコメントしている。

 ラストのシーンがいい。本人自身の役として出演しているジャスティン・ボンドが、「人はいつかは死ぬのだから・・・」と「イン・ジ・エンド」を8分40秒も唄い続ける。彼は、NYダウンタウンの演劇界では伝説的なミュージシャン、世界各地でのワンマンショーは高い評価を得ている。

 18歳未満は入場禁止だが、本当の愛を求める「大人」たちには是非薦めたい映画だ。
 タイトルのショートバスとは、肢体不自由児、精神障害児、あるいは天才児など「特別ケア」が必要な児童のための小さなスクールバスをいう。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 23, 2007

741.インランド・エンパイア

Main 長~い長~い映画だった。ラストタイトルまで180分、前半の90分はリンチのワナと謎を解くのに疲れたのか、気持ち良い半睡状態に陥った。
 後半の90分は、異常と思われるような覚醒状態になり最後はスタンディングオベーションの気持ちだった。

 監督ディヴィッド・リンチのアーチストとしての原点は、超越瞑想にある。カンヌでパルムドール賞を獲った「ワイルド・アット・ハート」(90)も同じく最優秀監督賞を獲った「マルホランド・ドライブ」(01)も、観客を半睡状況に追い込んだ。
 そしてこの「インランド・エンパイア」は、昨年のベネチア映画祭で審査員を半睡状態にして「栄誉金獅子賞」を獲得した。

 タイトルの「インランド・エンパイア」とは、カルフルニア州南部の地域名である。しかしもうひとつ、「内なる帝国」とも呼べる。それはハリウッドだ。
 映画ではこのハリウッドを含め、主役の女優の内なる世界、映画内「映画」の世界、未完成のポーランド映画の世界、そしてなぜか謎のウサギ人間の世界と5つの世界が、3時間にわたって複雑の交錯する。
Hd_rabbits  それは普通の理解の域を超えてしまう。だから観客は「理解」を放棄してスクーリンを浮遊すれば、とてつもない快感を覚えるのだ。
 「内容が判らなかったって?それが、リンチを理解したってことなんだよ」(プレミア誌)

20070614010fl00010viewrsz150x

 作品は、リンチの家の隣に引越ししてきた、主演のローラ・ダーンの発想から生まれたという。リンチと彼女は、二人で超越瞑想の世界を築いたのだ。
 だからダーンは、リンチ夫人メアリー・スウイーニーとともに、プロデューサーも兼ねている。
 リンチの「ワイルド・アット・ハーと」で女優の地位を確立した彼女は、これが3作目のコンビとなる。

 リンチは「この映画は、女の悩みだよ」と一言で答えているが、女の悩みこそ複雑怪奇なものは無い。5つの世界を、3時間で追っても描ききらないのだ。
 ダーンは映画の中で、たびたび絶叫する。「ビリー!ビリー!」と。アンジェリーナ・ジョリーに恋人ビリーを奪われたダーンを知っている観客だけが、ニヤリとする「女の悩み」のシーンだ。

 この作品は、全編SONYのDVカムで撮影されている。場内を真昼のように明るくする映像から、闇よりもっと暗い世界が交差する。音楽と現場の実音とのモンタージュも上手い。
 エンディングは躍動するダンスシーンに、ローラ・ダーンの現夫ベン・ハッパーがヴォーカルを聴かす。

 出演は、他にジェレミー・アイアンズ(「エラゴン」)、ナスターシャ・キンスキー(「テス」)、それにローラ・ハリング、ジャスティン・セローの「マルホランド・ドライブ」組。同じくこの作品の主役だったナオミ・ワッツが、ウサギ人間の声だけに出演している。
 「硫黄島からの手紙」でハリウッド初出演の裕木奈江が、ハリウッドの大通りに蹲るホームレスとして面白い役を演ずる。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 21, 2007

740.ジャンゴ

Wallpaper_ito2  マカロニ・ウエスタンのスターといえばクリント・イーストウッドとフランコ・ネロ、そしてスキヤキ・ウエスタンは伊藤英明。そのガン捌き、苦みばしった顔とクールさは、ご両人に引けをとらない。

 黒澤明監督「七人の侍」(1954)をハリウッドがリメイク!したのが、ジョン・スタージェスの「荒野の7人」(1960)。同じ黒澤の「用心棒」(1961)を今度がイタリアが拝借、セルジオ・レーネ監督が「荒野の用心棒」(1964)を作った。この作品で、クリント・イーストウッドがスターの階段を上る。その二番煎じがセルジオ・コルブッチ監督の「続・荒野の用心棒」(1966)、今度はフランコ・ネロである。
 こうして、マカロニ・ウエスタンが一世を風靡した。

 そのマカロニを40年ぶりに引き継いだのがこの作品、「スキヤキ・ウエスタン・ジャンゴ」というわけだ。ハリウッド映画のルーツである西部劇と日本映画の源流である時代劇が融合したと、異才三池崇史監督は咆哮する。

 筋立てが面白い。 脚本のNAKA雅MURAは、「平家物語」をパロデイ化した。
 冒頭から「祇園精舎の鐘のと・・・・・・」と、その英訳が流れる。そこに何故かハリウッドの異才監督クエンティン・タランティーノ(「キル・ビル」)がガンマン姿で登場し、スキヤキの鍋を突っつく。セリフは、全て英語である。

327551view001_2327551view002_2327551view007_2  ネタバレは避けるとして、登場人物だけは紹介しておこう。
 「さすらいのジャンゴ」は始めに紹介したように伊藤英明。以下は「平家物語」の主要メンバー、「平清盛」佐藤浩市、「源義経」伊勢谷友介、「弁慶」石橋貴明、「(那須の)与一」安藤政信、「平重盛」堺雅人、「静」木村佳乃と並ぶ。
 平家物語にモデルがいるかは不明だが、雑貨屋のババア実は早撃ちのガンマンに桃井かおり、風見鶏で黒ずくめのシェリフに香川照之、と豪華メンバーである。
 彼等は、大河ドラマや「日本映画」と異なり、煌びやかな衣裳姿ではない。まさにマカロニ風の汚れきった奇抜でスタイリーシュなボロを纏う。そしてセリフは、こちらも全て英語。

 「ジャンゴ」は、今年のベネチア国際映画祭に出品されたが残念ながら賞は逃した。
 ある映画評論家は、「心意気は買うが壮大なる失敗作」と評した。私もまたこの意見に同意する。
 ひとつは、日本のスターたちの英会話である。タランティーノ以外の英会話は、ハラハラしながら見てしまう。もうひとつ、「平家物語」をもってきた事だ。これだけ人口に膾炙したお話だけに、登場人物像には捨てがたい先入観がある。だから、ストーリーに素直についていけない。パロデイを心から笑えないのである。

 しかし荒野を疾走する幌馬車を追う騎馬シーン、多数の荒くれを相手にした決闘シーンなど、これまでの日本映画には見られなかった見事な映像で描かれる。色彩もタランティーノばりの荒れた原色カラー、いまだかって無い和製ウエスタンを目指した三池監督の狙いは買う。
 素直に「戦国時代劇」にしたら、黒澤明にも対抗できた映画になったかも知れない。

 マシンガンを隠した「棺桶」を引きずるシーンなど、各所にマカロニ・ウエスタンの名場面が登場して笑えるが、とどめを指すのが北島三郎が唄う「さすらいのジャンゴ」。「続・荒野の用心棒」の主題歌だけは、日本語だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 20, 2007

739.焼酎バー「黒瀬」(83)

 焼酎バー「黒瀬」から、一ヶ月ぶりの報告を。
 この間の話題は、何といっても「薩摩焼酎認証マーク」の発表。鹿児島県酒造組合連合会は、朝・毎・読・日経など全国紙7段を使って「薩摩の焼酎・薩摩の証明」をアッピールした。

 紙面では「『薩摩焼酎』はボルドー、コニャック、スコッチなどと同じく、WTO世界貿易機関のトリプス協定に基づく産地指定を受けました。」
 「私たちは、そのことを誇りに思い、原産地として『薩摩』と表示できる意味を大切に受け止め、『薩摩焼酎宣言』と『認証ブランドマーク』を制定し、『薩摩焼酎』を世界中で愛される蒸留酒に発展させていきたいと思います。」と決意を述べている。

20070823n0001_3 認証マークに決定したのは、左のデザイン。鹿児島に伝わる伝統的な酒器「黒千代香」(くろじょか)と「猪口」(ちょこ)がシンプルでモダンにデザインされている。
 上部の取ってと丸い点は「日の出」を表し、日章旗発祥の地薩摩いふさわしい印。また色は「栗皮色」。薩摩焼酎の原料となる鹿児島県産サツマイモを育てる大地を表している。
 全国から2585点もの作品が寄せられ、審査の結果地元出身のデザイナー冨永功太郎さんのデザインが最優秀賞を受賞した。

 焼酎バー「黒瀬」には、もちろん「黒千代香」と「猪口」が常備されている。認証マーク付きの「薩摩焼酎」もこれから次々と入荷する予定。高品質で信頼ある焼酎で、秋の宵を楽しんでもらいたい。

 「黒瀬」 東京都渋谷区渋谷2-14-4
             ℡ 5485-1313
 http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

| | Comments (0) | TrackBack (2)

September 19, 2007

738.東京湾クルージング

070917_115

07_64007_640_207_640_3   東京湾のクルージングを楽しんだ。午前10時、東京・竹芝桟橋を出航して、千葉港、横浜・大桟橋そして竹芝に戻る6時間の船旅である。

070917_2  乗船したのは、東海汽船の「さるびあ丸」5000㌧。主として伊豆諸島航路を運航し、夏は東京港で納涼船としても活躍している。
 今回のクルージングの料金は、ひとり2000円、それに生ビールなどの飲み物のサービス券が付く、というお徳用だ。

07_640_407_640_5  実はこの航海、「Discover'07首都圏『21世紀の船出プロジェクト』」の テストとして実施されたもの。
 首都圏の知事が集まった折、神奈川の松沢知事の提唱に、東京・埼玉・千葉の知事が賛同してスタートした。
 船内では、横浜から乗船した松沢知事が、このプロジェクトの狙いや今後についてインタビューに応えていたが、つまるところもっと東京湾を広く利用して楽しもうと言う事らしい。

07_640_607_640_707_640_807_640_9   

       先日経済紙で読んだが、東京国際コンテナターミナルや横浜本牧のコンテナヤードの貨物量が減っているらしい。気のせいか、さるびあ丸と行き交う貨物船も平日にしては少なかった。つまり、東京湾の利用が以前ほどではなくなった、と言う事になる。 だから東京湾の海上交通の活性化と新たな観光開発を考えようという発想だ。

070917_068_3

                                                                                       07_640_1007_640_1107_640_12                             東京湾を、こんなに長時間楽しんだのは始めてである。船内のデッキでは、ジャズダンスやDJなどのステージイベントが続いていたが、こちらはもっぱら「海」だけを眺めていた。

 竹芝を出航してから帰港まで、船尾を絶えずカモメが追っていた。客が与えるエサが狙いらしい。
07_640_19  油や塩気の多いチップスでは、鳥たちもメタボリックにと、わが身を省みずに心配したクルージングだった。

070917_079
(「風の塔」 東京湾アクアラインの換気施設。直径100㍍の人工島)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 18, 2007

737.メディアトレーニングのすべて

 不祥事を起こした北海道のお菓子屋さんと肉屋さん、弁解の記者会見を重ねるたびに創業者の尊大ぶりと傲慢さが映像で強調され、消費者のブーイングを増大させたようだ。
 その中の一人とは、以前お話しする機会もあっただけに、逆に同情してしまった。

 それに比べ、この頃見慣れてしまった不祥事大企業の「お侘び記者会見」は、社長以下3~4人の関係者が深々と頭をたれ、スマートに事を済ませている。いささかパターン化しているのではと思っていたところ、わが友人から面白い本が贈られてきた。「マスコミ対応はもう怖くない!メディアトレーニングのすべて」である。

070917_2

 「メディアトレーニング」という言葉は、この本で始めて知った。簡単に言えば「マスコミへの対応力を高めるトレーニング」だそうだ。記者会見や個別インタビューを効果的に、失敗なくおこなうための話し方とテクニックの習得、訓練をいう。
 この考えは、もともとアメリカで始まったもので、筆者自身も30年前米系会社の日本支社で、広報宣伝マネージャーに採用された直後、有無を言わせずトレーニングされたという。
 この本は以降、メディアトレーニングの日本で数少ない専門家になった筆者が、これまでの経験とノウハウを具体的且つ判りやすく書いた「学習書」である。

 本の内容を紹介してしまうと、「判ってしまった」気になって売れなくなるので省くが、筆者の山口明雄君がテレビディレクター出身だった事が、この本のハウツーを充実させる。つまり彼は、取材する側と取材される側の両方を経験しているという事だ。
 だから、新聞、週刊誌、テレビなどメディアの性格の違いによる対応のノウハウ、記者会見、インタビュー、ブリーフィングなど対応形式の違いなどを丁寧に教えてくれる。

 と言う事で、本書は企業の広報担当はもちろんトップにとっても必読の教科書と言えよう。そしてまたサラリーマン諸兄姉にとっても、さまざまなビジネスの局面でこの本は大きな力となるに違いない。

 本書の著者プロフィールでは紹介されていないが、彼が書いた小説は大手出版社の文学新人賞を受賞しているし、彼が書いた脚本が彼自身のプロデュースによって東映で映画化された事もある。
 メディア界の才人が、広報のプロとしてこの本を書いた事に当初意外性を持った。しかし、やはり彼だからこそ日本で始めての「メディアトレーニング」の本を上梓できたのだろう。

 「メディアトレーニングのすべて」(パレード刊、発売・星雲社) 定価3333円

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 17, 2007

736.トプカピ宮殿の至宝展

070917070917_001  左の文物は「金のゆりかご」。今回の至宝展に特別出品されたもので、トプカピの宮殿から初めて持ち出された。
 木製のゆりかごだが、全面が金の板で覆われ、ダヤモンドやルビー、エメラルドなど2000個の宝石が埋め込まれている。
 オスマン帝国では、王子が誕生すると、君主スルタン、スルタンの生母、大宰相から三つのゆりかごが送られる。これは18世紀のもの。

 右は「預言者ムハマンドの聖遺物入れ」。水晶、金、ルビー、エメラルド、七宝で作られており、筒のなかにはムハマンドの遺髪が納められている。

 15世紀から20世紀にかけてアジア・ヨーロッパ・アフリカを席巻したオスマン帝国は、イスラムの国。モンゴル高原の北を故郷とするトルコ人たちは、南下して小アジアのキリスト教諸候国を攻略、15世紀半ばにはビザンチン帝国のコンスタンチノーブルを占拠、16世紀には地中海の制海権を掌握して一大帝国を築いた。
 スルタンが政務をとったトプカピ宮殿は、政治の中心であると同時に、スルタンの家族達の生活の場でもあった。そしてここには、侵略と交易で得た莫大な財力を投じた至宝が集められた。
 第一次世界大戦でドイツ側について敗れたオスマン帝国は、トルコ共和国となり、トプカピはその歴史を伝える博物館として財宝とともに残されている。

070917_003070917_002  トプカピ宮殿に残されている至宝の展示は、これまで何回も催されてきた。
 今回は、トルコ・イスタンブールの歴史、世界中の美女が集まったという優雅なハレムの世界に焦点を絞り130点余りを展示している。

 また左の陶磁器のように、中国の景徳鎮窯でつくられた15世紀初頭の「扁壺形水筒」をイスタンブールで加工したものなど、スルタンの愛した父祖の地「東洋の美」が10数点並べられている。
 好日感情を持つトルコの人々の由来も、案外こんなところから生まれているのかも知れない。

Imgp3457_640  「トプカピ宮殿の至宝展」は、東京・上野の都美術館で24日まで。来月からは、京都文化博物館、さらに名古屋市立博物館でも開催される。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 16, 2007

735.トランシルヴァニア

Logo トランシルヴァニアとは「森の彼方の国」のこと。ルーマニアの中部、カルパティアム山脈に囲まれたこの盆地は、古くからの東西貿易の交差路でもあった。
 その森の彼方を、お腹の子の父親を探して流浪するロマの女と、心の傷を癒してくれる男が辿るロードムービーである。

 全編を流れる、哀調をおびた旋律と躍動のリズムはジプシー(ロマ)音楽。監督・脚本のトニー・ガトリフが自ら作曲した。

 ガトリフ は、アルジェリア出身。フランス人の父親とアンダルシア出身のロマの母親の間に生まれた。第1作目の「ガッジョ・ディーロ」以来、流浪の民ロマを永遠のテーマにして作品を作り続けている。
 音楽と愛に満ちたロマの生き方を描いたロードムービー「愛より強い旅」は、2004年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞している。

 ジプシー(ロマ)音楽は、スペイン・フラメンコのルーツの源であり、ハンガリー、ルーマニア、マケドニア、北インドなどの民族音楽の源ともなった。
 ビゼーの「カルメン」、リストの「ハンガリー狂詩曲」、シューマンの「流浪の民」、サラサーテの「ツゴイネルワイゼン」などジプシー音楽の旋律とリズムで組み立てられている。

 ジプシーは、ここ6世紀にわたて差別と迫害を受けた民族である。ナチス・ドイツの時代には劣等民族とみなされユダヤ民族同様、ホロコーストの対象とされ殺されたり断種を受けた。さらに近年になっても、コソボ紛争でセルビア・アルバニア両勢力から襲撃を受け難民化し、国連の保護を受けている。

 ジプシーという言葉は「エジプトからきた民」の意味で、ヨーロッパでは差別的表現とされている。彼等は自らをロマ、つまり古代ローマの民と表現しているが、定説は北インドを起源とする移動民族だそうだ。フランスでは「ジタン」「ボヘミアン」とも呼ばれている。
 近世に入って、ヨーロパや北アフリカに定住する人たちも増えてきたが、いまだに旅芸人や楽師、タロット占いなどで日銭を稼ぎ流浪している家族も多い。

4de4004

 トランシルヴァニアの村人に取り囲まれたロマの女は、主役のアーシア・アルジェント。イタリアの巨匠アルジェント監督と女優のダリア・ニコロディの間に生まれた。「王妃マルゴ」や「マリー・アントワネット」などに出演した外、自らも前衛映画を監督する才人である。
 古楽器や装飾品を買い集める旅の男、破滅的な危うさと繊細な優しさを持つ中年男の役はトルコ出身のピロル・ユーネル。ベルリン金熊賞を受賞した「愛より強く」に出演して存在感を高めた。
 そしてもう一人、ロマの女を愛する「女」の役に、クルド人の父とロシア人の母を持ちシャネルやゴルチェのモデルとして活躍しているアミラ・カサールが出演している。

 昨年のカンヌ国際映画祭でクロージングを飾ったこの作品は、異郷の地をさ迷い続けるロマ、監督自身の流浪の旅でもあった。 

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 14, 2007

734.消えた年金記録

07_640 まさか私の「年金記録」まで。実は「消えていた」のです。それは全く「人為的なミス」によるものです。悪意は無かったと思いますが。
 これは、その経緯の一編です。 

 カミさんが65歳の誕生日を迎えたので、「老齢年金の請求」に出かけた。添付資料が何かとややこしいので、私も同行する事にした。
 そして、せっかく社会保険事務所に行ったので、ついでに私自身の「厚生年金記録」もアウトプットしてもらった。
 「来年には、加入者全員に記録を通知する」と安倍総理は公約したが、この「政局」ではそれも危ういので。

 午前中の早い時間だったので20分ぐらい待っただけで、窓口に呼ばれた。所用が終わり帰る頃には、30人ほどが列をなしていた。相変わらずの混雑振りである。

 家に戻ってゆっくりと資料を眺めていた。転職の回数も少ないし、仕事が途切れた事もない。そのため加入年月を気にはしてなかったが、念のために退職した年月から初めて就職した年月を引き算してみたら、数字が合わない。

 ふと5年前、社会保険労務士に年金受給予定額を試算してもらった事を思い出した。非常勤勤務になって年金を受給した場合と、常勤で逆に保険料を払い続けた場合の損得を考えたのである。
 その後年金を貰うようになったが、受給額は試算よりは少い。国は、毎年支給額を減額しているのでそれも仕方がないと納得したのだった。

 もう一度、アウトプットされた「年金記録」をチェックした。一箇所途切れている年がある。(転勤の多かった職場なので、異動のたびに担当の保険事務所が変わる)
 ちょうど一年、「引き算」の狂いと一致した。

 翌日再び社会保険事務所に出向き、記録の精査を要求した。そして40年数年前の「手書きの記録」を、パソコンのディスプレイに引き出した。
 結論から言えば、手書きの記録を磁気テープに転記する際のミスだった。37年を38年と読み間違えて打ち込んでいたのだ。

07_640_2 平謝りの担当者を前にして、「年金時効特例給付支払い」の書類を書く。社会保険庁のミスなので、当然時効はない。12ヶ月の加入歴の差なので、金額は僅かだろうが遡って差額が支給される。
 「こんなミスはめったにない」というが、人間のやることに「完全」はない。私自身を含め、「給付制定」に関わった人全ての目をすり抜けていたのだ。

 手書きの用紙による記録から、磁気テープへの転記は昭和40年頃から始まり52年までかかったそうだ。さらに56年からコンピューターが導入され、再度転記される。そして、平成から全て現行のコンピューターのシステムで運用されている。
 この間少なくとも2回人の手にかかる。その際の「いいかげんさ」が多くの問題を生じさせている。政権党の浮沈にまで影響を与えているのだ。

 年金に関する様々なニュースを、テレビや新聞で見てきた。そんなに複雑な勤務をしてきたわけではないので、他人事と思っていたが、「まさか」のミスに遭遇したのだ。

 既に年金生活をおくっている諸兄、こうなったら全て疑ってかかったほうが良い。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 13, 2007

733.医療システム(3)

 安倍総理が慶応病院に検査入院した、とのニュースが流れた。慶応や東大、国立の大病院はともかく、小規模だが予防医療を機軸とした「都市型先端医療」センターも、最近各地に見られるようになった。政財界のトップたちが愛用するクリニックだ。

 関西在住の先輩が、毎月一回検査で訪れるYクリニックもそのひとつである。難しい持病を抱える彼は、別のクリニックで主治医の診断を受けた後ここで定期検査を受ける。

070912_030070912 このクリニックは「最高の安心と最新の医療」をかかげ、がん、脳卒中、心臓疾患の三大疾患を主に早期発見・早期治療に努めている。
 そのためPET-CTをはじめ、マルチスライスCT、MRIなど最新鋭の画像診断機器を導入して、早期発見の体制を作り上げた。
 そして疾患を早期発見した場合は、内視鏡手術や低侵襲手術といった「きずの小さな手術」によって体の負担を少なくしようと試みる。
 もともとこのクリニックのオーナーは、ある大手警備会社。警備システムを医療に応用し、地域の中核病院や訪問看護センター、さらには患者とも電子カルテのデータを共有するといったシステムを築いている。

 問題は高度な医療サービスには、それなりの経費が掛かるということだ。いわゆる「人間ドック」を行う「あんちエイジング診療科」の費用でも、25項目の検査・診察で15万円かかる。一般の人間ドックに比べおよそ倍である。
 またこのクリニックには、ある健康クラブが同居しており、会員達に日常の健康管理から定期健診までの特別なサービスを行っている。もちろん高額な入会金と年会費は、必要となる。 
 最上階にはカリスマシェフによるフレンチ・レストランがあり、ホテル並の宿泊施設が備わっている。

 以前に、赤坂の「脳ドック」からパンフレットが送られてきた。ここも会員制である。年会費は忘れたが入会金は確か150万だった。そのころまだ珍しいPET-CTが売り物で、K大学病院のOBたちが会の中心だった。

 この様に、日本でも「命永らえるには、まず資産」というアメリカ的な医療体制が増え始めた。医療が高度化するにつれ、その傾向は強くなるだろう。
 PET診療も、保険がきくようになってはきたが、マイケル・ムーアの嘆く「シッコ」にはならないよう、日本の医療システムの将来には強い関心を持っておこう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 12, 2007

732.医療システム(2)

07_64007_640_2  大先輩がT大学病院に入院し手術という事で、見舞いに出かけた。映画「シッコ」と私自身の「診療体験」もあって、「医療」についての「野次馬的関心」から外来病棟を覗いてみた。

 この病院は、午前中で外来の受付を終える。そして本日は、3682人の患者だった。1日平均は3000人というから、今日はかなり混雑したようだ。午後2時ごろだったが、まだ数百人が待っていた。
 ここは私が治療に通っている病院と同じく、「特定機能病院」ということで他の病院の紹介状と事前予約が原則となっている。しかし、朝早く来院して診察を申し込む人も多く、彼等はかなり待たされることになる。また、診察は翌日以降というケースも出てくる。

 国も地方自治体も、医療のシステムについて「大病院集中」の問題を重視してはいる。「かかりつけ医」を持ち、軽症はここで治す。難しいケースや重傷は大病院へ、そのため「紹介状」のシステムで情報の共有を図ろうというわけだ。だから紹介状なしの場合、大病院は5000円強の上乗せ経費を請求している。
 しかし、カゼをひいたと大病院にやってくる患者はまだ存在する。

 T大学病院は、1650床の入院室を持つ。そして年間40万人近くが入院する。だから、ベッドの回転を早くしなければならない。
 難しい治療を要する大先輩は、他の病院に断られここに入院し一昨日手術した。高度な技術を要する手術は無事終わったが、明日の退院を要請された。
 まだ痛みもあり熱も高いが、ベッドの空きをを待っている200人を越える待機患者のため止むを得ないという。
 これもまたひとつの問題だろう。病院は、決して患者に優しくはないのだ。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 11, 2007

731.医療システム

 マイケル・ムアー監督の「シッコ」に触発され、日本の「医療制度」について考えてみた。

 知人の評論家が、「アメリカ政府の『年次改革要望書』は、日本に『医療』の市場開放を迫っている。外資系医療保険の進出はその前兆に過ぎない」と「文芸春秋」に書いていた。その「文春」の10月号の特集は「最高の医療」である。

 「シッコ」にもあったが、アメリカの「国民皆保険制度」の反対論者の意見は、その制度が医師の選択の自由をを奪うと言う事だった。そして大衆が病院に押しかけるため、治療にゆとりがなくなり、医療の低下が進むと。もちろん金持ちにとっては、増税につながる。

 確かに、日本の現実も大病院や著名医師の元には患者が押しかけ、大混雑している。2時間待って、問診は5分と揶揄される。
 一方、地方から医者が消え産婦人科や小児科医師は「絶滅危惧種」(ブログ563号・07.02.09)化している。今年の4月からの医療費負担増、いわゆる「医療保険制度の改革」は、それを促進しているという。
 現状分析や問題提起は、専門家に任せる事として私自身の経験をケーススタディとして紹介する。

 4年前に山の手から下町に引っ越してきた時、最初のアクションが「かかりつけの医師」探しだった。近所の床屋に出かけ整髪されながらの世間話で、界隈の病院や医師の評判を聞いた。そして、候補を絞った。内科・小児科のKクリニックで、往診もOKである。その上歩いて3分と近い。
 試しに、区の健康診断を此処で受け様子を見る。日を改めて検診結果を聞きに行った後、「かかりつけ」をお願いし診察券を作ってもらった。前住所でのお医者さんや、身内の医者たちと比べて決して引けをとらない、と判断したからだ。
 その後、公的検診やインフルエンザの予防注射なども含めて、年に3~4回お世話になっている。

 先月末体調を崩し、現在医者通いである。この一連の流れをメモしておく。

  • 10時「Kクリニック」で初診。待つことなく、10分ほどの問診と聴診、そして血圧を測る。専門医による診断が必要だと言う事で、ネットワークを組んでいるS総合病院の紹介状を渡される。(支払った診療費・1570円)
  • 帰宅後S病院の予約を取る。この病院は、今年4月から原則として「事前予約制」となった。
  • 翌日12時の予約10分前、S病院の受付で手続き、そのまま診察室で待機。予約時間ぴったりに医師に呼ばれる。問診、器具を使っての検診、時間は25分ほど。CTの撮影が必要との事で、2時間後の予約を医師が取った。時間があるので帰宅。病院なら家までは隅田川を渡って自転車で5分足らず。14時30分再度病院へ、5分待ってCTスキャン。会計窓口の自動支払いコーナーで、カード処理。(全経費・4760円)
  • 病院で貰った薬の院外処方箋を持って、自宅近くのF薬局へ。ここには、過去処方された全ての薬のデータがある。薬剤師から若干のアドバイスを受けて帰宅。(薬品代・530円)
  • 専門医の指示で3日後、血液検査。予約した時間ぴったりに採血。20分後には帰宅。(検査料・980円)
  • 翌日、かかりつけのクリニックに出かけ、これまでの経緯報告。今年の健康診断の結果や、これまでの病歴については、紹介状とともに専門医に知らせてあると言う。今後の注意を受け血圧測定。(再診料・370円)

 この後は、今週末に「MRI」の検査、そして来週末専門医の判断を受ける。これ等一連の検査・治療は初診時に全て予約済み。

 これまでの経緯を見ると、医療保険制度を含め日本の医療システムのメリットを十分に受けていると言えよう。医療費も2万5000円(自己負担7680円)、この額は、今のところ今月分の国民健康保険料以下である。

 病院で時間をつぶすこともない。かかりつけ医との連携もよい。予約から診断・検査・そして会計と、システム化され待たすこともない。
 以前ここで内視鏡による手術を受けたが、そのカルテも今回専門医に届いていた。いわゆる電子カルテによる共有化だ。
 ただ、古くからの患者とくに高齢者にとっては、それが面倒らしく文句が出るという。

 さて、今後どう展開するか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 10, 2007

730.シッコ

327926view002  「ボウリング・フォー・コロンバイン」でアカデミー賞、「華氏911」でカンヌ映画祭パルムドールを受賞したマイケル・ムーアの3作目は、テロより怖い「医療問題」だ。
 それは人の生死が、一握りの人たちの手中にあるからだ。

 二つの超大国の乳幼児死亡率が、他の先進国より最も低くまた寿命も短いという厳然たる事実がある。二つの国では、金持ちだけが最高の医療を受けられるが、貧乏人は死を待つだけである。
 それは、経済や社会体制の違いから生じるものではない。なぜなら、その二つの超大国が中国とアメリカだからだ。

 ドキュメンタリスト・ムーアは、正直にそれを問う、そしてやさしく、なぜアメリカには国の「健康保険制度」が無いのだろうかと。
 理由は簡単だ。アメリカは、「民間で出来る事は民間で」という市場主義の国だからだ。

 10年ほど前のクリントン政権時代、ヒラリー夫人は国民皆保険制度の確立を試みたが、社会主義者、アカ呼ばわりの攻撃で挫折した。医師会はもちろん、製薬会社、民間医療保険会社が猛烈に反対して、ロビー活動を行った。共和党の有力議員には多額の献金がバラ撒かれた。もちろんブッシュには最大金額が。

 アメリカでは現在4500万の人が、医療保険には未加入だという。こちらも悲惨だが、ムーアが追っかけるのは、ちゃんと民間の医療保険会社に加入している「悲惨な」人たちなのだ。敢えて具体的には紹介しないが、あきれて物が言えないというより「その悲惨さ」に爆笑してしまうのだ。

20070608011fl00011viewrsz150x

 ハイライトは、9.11の犠牲者救命に当たり後遺症を負ったボランティアたちを連れての「病院」探しである。保険治療を断られた彼等がたどり着いたのは、アメリカでただ一箇所、無料で最高の医療を受けられるキューバ・グアンタモ基地だった。
 しかしもちろん、上陸は阻まれる。そして彼等を救ったのは、「敵国」キューバの医療システムという皮肉だった。
 国民所得は中国よりも低いキューバ、しかし乳幼児死亡率は中国はもちろんアメリカよりも低い。平均寿命も77歳と先進国並だ。予防医療を徹底させた医療大国なのだ。

 ただ残念なのは、医療費が無料か少額と紹介されるカナダ、イギリス、フランスなどの「医療費増大と国家財政逼迫」の問題についての取材が甘いことだ。それを理由に、ニッポンの「医療改革」が、日毎にアメリカ市場主義の道を歩いているだけに、もう一歩の突っ込みが欲しかった。

 「シッコ」(sicko)を、CONCISE辞書で引いてみたが記載はない。形容詞sick(病気の)から転じた俗語・ビョーキらしい。ムーアは、「アメリカの医療制度は、ビョーキという他ない」というのだ。
 深刻な命の問題を扱っている映画だが、陰惨ではない。まさに笑い転げて「シッコ」をもらしそうになる。それがまた「怒り」を生む。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 09, 2007

729.帆船エスメラルダ出航

070905_081

07_64007_640_207_640_3  今日の14時、チリの帆船エスメラルダが晴海埠頭を離れた。
 岸壁で見送ったのは、在日チリ人と海上自衛隊の音楽隊のみ。駆けつけた少数の帆船フアンたちは、ポートビルのデッキから眺めるだけだった。

 今回のエスメラルダの寄航は、親善訪問。これで14回目の来日だという。
 どうしたわけか、マスコミも取り上げないし帆船の一般公開もなかった。晴海埠頭を管理する都港湾局に問い合わせたら、防衛省に聞けという。防衛省の友人に調べてもらったら、上述の情報だった。マスコミにもお知らせしたのだがと。

07_640_407_640_507_640_607_640_7          14時、ブルーピーター(出帆旗)がスルスルとマストに上がる。
 自衛隊音楽隊が演奏する「碇をあげて」に送られて、エスメラルダはゆっくりと岸壁を離れる。
 ホイッスルとスペイン語の号令。水兵たちが身軽にマストを登り、ヤードに展開する。フットロープをしっかりと踏ん張って直立。帆船独特の別れの儀式、「登檣礼(とうしょうれい)」である。

 この登檣礼のはっきりとした起源は明らかでない。すでに16世紀のイギリス海軍の記録にある。出征や遠洋航海、皇族らの送迎の際敬意を表す礼式だった。軍艦の甲板に並んで、見送りの人たちに別れを告げる「登舷礼(とうげんれい)」は、帆船時代の名残りという。

07_640_807_640_907_640_10   今回のエスメラルダの親善訪問に対する日本側のホストシップは、護衛艦「さわゆき」。
 まず「さわゆき」が登舷礼をして先導する。その後を、帆船が続く。
 昨日寄航した日本の帆船「海王丸」が、それを見送る。

070905_096

 たまたま気付いた「帆船エスメラルド」の親善訪問。ペルーのフジモリ元大統領がチリに軟禁されているからかと、穿った見方をする訳ではないが、何か寂しい別れだった。

 チリ産赤ワインを飲みながら、このブログを書く。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 07, 2007

728.長江哀歌(エレジー)

Vsl02 「シネマトグラフィーの美しさ、物語のクオリティ、感動的な登場人物・・・とても心を動かされました。これは私たちにとって特別な映画です。」
 ベネチア国際映画祭で審査委員長を務めたカトリーヌ・ドヌーヴは、この作品を金獅子賞グランプリに選んだ時、こうコメントした。

 三峡ダム巨大プロジェクトにより、2000年の歴史を河の底に沈められようとしている長江の古都泰節を舞台に、二人の主人公の哀歌を淡々としかも丁寧に描いた映画である。

Sub2miniSub5mini  主人公の一人は、朴訥ながらやさしく、力強く人生を生きようとする山西省の炭鉱夫(ハン・サンミン)。16年前に娘とともに行方をくらませた妻をさがして、三峡にやってきた。
 もう一人は同じく山西省から、2年間も音信不通の夫を探しにきた看護婦。自分のため、夫のため精一杯の嘘をついて、新たな人生を歩み出そうとする。

 このふたりの三峡での日常が、「たばこ」「酒」「茶」「アメ」の四つの言葉で、オムニバス風に描かれる。それは変わり行く時代の記憶と、それでも決して失われない人の記憶として綴られる。

 監督のジャ・ジャンクー(賈樟柯)は、37歳。山西省の田舎村に生まれ省の芸大を卒業後、北京電影学院で映画を学んだ。
 その卒業制作として16㍉で撮った「一瞬の夢」が、98年のベルリンで最優秀新人監督賞を受賞、プサン・バンクーバー・ナントの三大陸国際映画祭ではそれぞれグランプリに輝き、世界の注目を集めた。
 その後も彼の監督作品は、カンヌやベネチアで正式上映され、今回の7作目で若くして世界的な名匠の地位を確立した。
 主役のハン・サンミン(韓三明)もチャオ・タオ(趙濤)も山西省在住の役者。ジャンクーの映画には必ず顔を出している。サンミンは、その存在感に見られるように、本職は今回の役と同じ炭鉱夫である。

 もうひとり注目されるスタッフが撮影のユー・リクウアイ(余力為)41歳。ジャンクーのパートナーとして彼の作品の殆どに参加している。
 香港出身の彼はベルギーで映画を学び、ウオン・カーウアイの「花様年華」の撮影監督を手がけるなど、アジヤで広く活躍している。
 今回は、小型のHDカムによるデジタル撮影によって、長江の光と霧の美しさ、繊細な人々の表情を見事に映し出した。(ブログの愛読者で、制作プロダクションのディレクターの若い友人から、カメラは「カム」でなく「V」だと指摘された。老人は、もうその区別がつかない)

 中国語の原題は「三峡好人」、英語題は「STILL LIFE」いずれも哲学的な意味を持つタイトルだが、邦題の「長江哀歌」は、製作に協力した「オフィス北野」らしいネイミングである。

  直近のニュースだが、今年のベネチア国際映画祭のグランプリは、アン・リー監督の「ラスト・コーション」が選ばれた。「長江哀歌」に続き2年連続して、中国映画である。ただし、アン・リーは台湾出身。台湾の「旗」を会場に掲げるかで揉めたそうだが、審査委員長は大陸出身のチャン・イーモウ。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

September 06, 2007

727.帆船エスメラルダ

070905_021 台風接近のせいか、時々シャワーのような豪雨が窓を叩きつける。何となくレインボウブリッジの方を眺めていたら、晴海埠頭のビルの間に、帆船のマストが見えた。
 日本丸や海王丸とはマストの型が違う。双眼鏡で覗いて見たら、マストのてっぺんに国旗が翻る。白と赤、左辺の青に★印はチリ。とすれば、あれは「帆船エスメラルダ」。

070905_004

07_64007_640_2  夕食後、雨が止んだのを見計らって晴海埠頭へ自転車で駆けつける。
 マストとヤード、ロープが電飾で闇に浮ぶ。その灯りで「ESMERALDA」の字が読めた。
 海上自衛官がガードしており、今度の寄航は公開せず、との事。これ以上近づく事は出来ない。見に来たのも私一人のようだ。

070905

 「帆船エスメラルダ」との再会は、31年ぶりである。始めて会ったのはカリブ海、ジャマイカの沖だった。こちらは帆船日本丸の船上、はるか沖をアメリカ・ロードアイランド州ニューポートへ向けて航海していた。
 アメリカ建国200年を記念した「オペレーション・セイル’76」に参加するためである。

 左の写真はその時のエスメラルダだが、この後出版した「帆船写真集&航海記」に、私はこう書いている。

 「・・・・・チリの超美船『エスメラルダ』は大帆走会には参加したものの、ニューポートでは沖にひとりぼっちで停泊したまま、他の帆船が一般公開で賑わっている時でも、まわりをコースしガードに警戒されていた。その後ニューヨークでも一般公開されずに、サンディアゴに帰っていった。
 水兵の間に『エスメラルダ強奪ー亡命』の企図があるらしい、との未確認情報が入りアメリカ沿岸警備隊が警護したという。
 逆にニューポートやニューヨークでは、『エスメラルダCIA!帰れ』の左翼デモが毎日繰り返されていた。
 いずれにしても、旧アジェンデ政権への同情者が多いといわれる同船の乗組員にとってはあと味の悪い、気の毒な航海だった。」

800pxesmeralda_2   帆船エスメラルダ。4本マスト・バーケンチン・1952年建造・全長371フィート・3500総㌧・チリ海軍練習船。
 旧名「ホアン・オーストリア」。はじめスペインの海軍練習船として建造されたが、1954年チリ海軍が買い取り「エスメラルダ」(エメラルド)と改名された。
070905_024  スペインの「ホアン・セバスチャン・エルカノ」とは姉妹船。また、フィギュア・ヘッドは、コンドルがチリの紋章を爪でしかりとつかんでいる。
 いま、世界でもっとも愛されている優美な帆船。

 エスメラルダは、9日(日)14時、晴海埠頭を出航する予定。 

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 05, 2007

726.第92回二科展

070905_033

07_64007_640_2 今年から「二科展」は、六本木「国立新美術館」で開かれる。
 友人の西画伯から案内状を頂いたので、オープン初日に出かけた。
 会場が広くなったのと、会場案内が外部スタッフになったためか、戸惑う。特に西君の作品が指定のブースにない。スタッフに聞いてラチがあかず、事務局まで出かけた。
 何のことはない。初日のイベント「ギャラリートーク」に選ばれて、別の会場に展示されていたのだ。

070905_019

 今年の彼の作品は「海岸通り」。これまでの「浜の娘」や「浜の人々」とモチーフは変わらない。ただ娘が背中を見せている、珍しい構図である。

07_640_307_640_4  ギャラリートークで彼はその事について、娘の眼差しの向こうに想いを馳せたと語る。
 「浜の人々」「浜の娘」を越えた向こうに 、彼はこれから何を見つけるのか楽しみだ。

07_640_507_640_607_640_7  「二科展」は絵画が中心だが、写真・ポスター・彫刻部門も力作が揃っている。
 これまで都美術館と上野の森美術館のに2会場に別れていた写真が、一同に並べられ迫力があった。
 91回上野で続いてきた「二科展」、六本木の地で新たな一歩を踏み出したが、来年はどんな作品を見せてくれるだろうか。

07_640_8 余談だが、国の美術館や博物館が独立行政法人になり、それぞれ「集客」に工夫をこらすようになった。そのひとつが、有名レストランの館内誘致である。
 ここ国立新美術館には、フランス・リヨンにある三ツ星レストランのブラッスリー「ポール・ボキューズ ミュゼ」がオープンした。
 ランチが1800円と2600円の2種類。少々お高いがさすが味はよい。11時開店時、既に行列ができていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

September 04, 2007

725.ラッシュアワー3

 ハチャメチャな映画である。今日みたいなクソ暑い日には、お勧めの映画でもある。

1291_2  主役はお馴染みジャッキー・チェンとクリス・タッカーのお騒がせ刑事コンビ。
 ちょっとおさらいすると、チェンは今年53歳。子供の頃から京劇役者修行、スタントマンを経てカンフー・コメディアンとしてアジアのスーパースターになった。香港をベースにハリウッドでも大活躍、「ラッシュアワー2」では、6740万8000$を稼いだ。
 一方のタッカーは、35歳。若い頃から、スタンドアップ・コメディアンとして活躍。ハイテンションな声とマシンガン・トークが売り物。「ランナウエイ」の大ヒットでスターとなった。

328153view009_2  今回は二人に加えて、異色なスターたちが顔を揃えた。

 クールな悪役は、真田広之47歳。「ラストサムライ」でハリウッド、「PROMISE」で中国作品と、国際的なアクションスターとして活躍。今回も見事な剣さばきで、ジャッキー・チェンと渡り合った。
 もう一人の日本人役者も、殺し屋の工藤夕貴。こちらも手裏剣の名手として、二人の刑事を追い込む。
 加えて謎の美女、タッカーが戯れそこねたダンサーがノミエ・ルノワール。アフリカ系フランス人のモデル出身。
 チェンのマドンナは、チャン・チンチュー。ポスト・チャン・ツィイーといわれる中国の若手女優。
 「マイノリティー・リポート」に出演したスエーデンを代表する役者、マックス・フォン・シドーも重要な役。「戦場のピアニスト」でアカデミー監督となったロマン・ポランスキーが、なんとパリの警視というチョイ役で顔を見せる。
 そして彼等を動かしたのがプレット・ラトナー監督37歳。タッカーの「ランナウエイ」で初監督、「ラッシュアワー・シリーズ」でメガヒットを飛ばして、いまやハリウッドの中堅監督となった。

 1作目はロサンゼルスが舞台、2作目は香港とラスベガス、今回はパリ。英語、フランス語、広東語に日本語、さらにはタッカーの××語も飛び交わって話はテンポよく展開する。
 米語スラングに強い方なら、人一倍笑い転げる映画だ。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

September 03, 2007

724.超高層マンションと地震

07_640  防災の日の一日、NHK「おはよう日本」7時のトップは、「超高層マンションと地震」がテーマだった。

 取材対象は中央区。増える超高層マンションで、震災の際の避難場所に窮しているとの問題提起だった。
 そこで少なくとも3日間は、それぞれのマンションで対応する事を区の方針とした。

 それではマンション側の対策はどうなっているのか。私の住むマンションがモデルとなって取材を受け、課題が洗い出された。

07_640_207_640_307_640_4  4年前に建設された建物だから、耐震設計、火災などの対応、自家発電などハードの面では、最新の防災対策はなされている。

 しかし問題はソフトである。例えば、エレベータが停止している中、高層階で負傷した人を下まで下ろすには、10人以上の人手が必要な事がわかった。
 ところが、ウイークデーの日中はもちろん夜9時になっても60%の住人は不在 。若いサラリーマンの住人が多いマンションだから致し方ない。管理組合としては、住民の在宅状況のアンケート調査を行って対策を考える事にしているが、我々高齢者!が頑張る他はない。

07_640_507_640_6 3日間ここに留まるとして、水や食料の問題がある。マンションの地下に備蓄倉庫があり、3日分保管されてはいるが、これをどうやって高層階まで運ぶか、これも課題である。
 もともと災害時の対応としては、全員1階まで非常階段を下りて、避難する予定だったからである。
 中央区では、これから建設されるマンションに対して、途中階に備蓄倉庫を設ける事を義務付けるそうだが、既存の建物は何らかの工夫が必要だ。
 管理組合では、中央区と一緒に新たな「防災マニアル」を作成中で、これが近隣の超高層マンションの対策にも利用される様だ。

 ともかく最小限の自衛は、個々の責任で考えるしかない。以前から、水や食料その他幾つかの防災用品は、用意している。昨日はさらに簡易トイレを購入した。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

September 01, 2007

723.初秋・志賀高原(3)

070830_099

 高原の天候は変わりやすい。霧と小雨をついて東館山に上る。

07_64007_640_207_640_3  前号でも紹介したように、ここは長野オリンピック大回転のスタート地点。冬には3mの積雪で覆われるところだが、春から秋にかけては高山植物園として、多くの観光客で賑わうという。
 山頂は、様々な秋の草花で彩られていた。気温は15度を下回り寒い。霧の中の草花のスナップを並べる。

07_640_407_640_507_640_607_640_7

07_640_807_640_907_640_1007_640_1107_640_1207_640_1307_640_1407_640_15           植物については、全くの素人。1つずつ説明は出来ないので、初秋の志賀高原で見られる草花を、アトランダムに紹介しておく。

 イワギキョウ・ヤナギラン・カライトソウ・ツリガネニンジン・イワショウブ・ノアザミ・ヒメシャジン・イブキボウフウ・サワギキョウ・シシウド・チョウジキク・ウメバチソウ・シラネセンキョウ・アキノキリンソウ・マツムシソウ・ソバナ・・・・。
 写真の草花は、以上のいずれかである。         

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« August 2007 | Main | October 2007 »