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November 30, 2007

797.熊野路(2)

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 「熊野古道」は、熊野三山への参詣道。京を発った人たちは、大坂(阪)まで淀川を下り紀州路を田辺へ、中辺路を通って本宮大社というのがメインロードだった。
 高野山に寄った人は小辺路、修験者たちは山々を越える大峯奥駈道を、お伊勢参りからは伊勢路、海岸沿いは大辺路と主な道でも五つある。また先号で紹介した熊野川を上る「川の古道」もある。

071126_167_640 この熊野古道を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が、ユネスコの世界遺産リストに登録されたのは、3年前。その影響もあって、このところ古道を歩く人も増え道標など整備されてきた。071126_159_640_2 071126_168_640

 熊野三山(熊野本宮大社・新宮速玉大社・那智大社)への参詣は、1000年前頃から盛んになった。
 白河上皇の行幸がきっかけだったが、平安時代の阿弥陀信仰で熊野全体が浄土の地となり、現世・来世のご利益を願う人々が、この地を訪ねた。
 とくに京の皇族・公家たちの間では一生に一度は「熊野参り」というわけで、後白河上皇などは33回もこの苦行の道を辿って参詣している。

 「蟻の熊野詣」、いくつかの屏風絵にものこっているが最盛期には浄土を求める人々が殺到し、熊野路は埋め尽くされたという。
 小栗判官が、中辺路の途中にある湯の峰温泉つぼ湯で、難病から蘇生した話など、ここでは多くの説話や伝説が語られている。
 
 明治維新後、神仏分離令により阿弥陀信仰が衰退したせいか、熊野路周辺の神社や寺が減り、熊野詣の風習もいつしか消えた。
 3年前の世界遺産の登録が、この熊野古道を久し振りに甦らせたといえよう。

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November 29, 2007

796.晩秋・熊野路

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 奈良・大台ヶ原を源とする北山川。右は三重、奥が奈良、左は和歌山と3県が接する瀞峡(どろきょう)は瀞八丁とも呼ばれ、国の「特別名勝 天然記念物」に指定されている。

071126_087_640071126_094_640071126_096_640071126_105_640                   

新宮からウオタージエット船に乗り、世界文化遺産にも指定されている「川の熊野古道」を遡ること1時間、岸壁が迫る瀞峡に着く。奈良県十津川村と三重県熊野市を結ぶのは、ただ一本のつり橋だけだった。

071126_078_640071126_079_640071126_083_640   「夫婦岩」「亀岩」「屏風岩」「天柱岩」「大黒岩」「松茸岩」と、両岸の断崖・奇岩にはそれぞれ名前が付けられ、訪れる人を楽しませてくれる。

071126_107_640071126_086_640_2071126_076_640   瀞峡は、巨大な滝が少しづつ岩をえぐり滝壺を後退させた侵食渓谷。
 地元出身の作家佐藤春夫は「瀞八丁は、山水の姿を太古そのままに現代に伝えている」と、「とろ八丁の記」に描く。

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 「熊野川 君を忘れむ わがはての
       身をおかしましと 思う岩かな」
                  与謝野晶子

 往復2時間、奥熊野の「川の古道」を辿る旅だった。

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November 28, 2007

795.晩秋・伊勢路

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 写真は五十鈴川の紅葉。東名阪自動車道、伊勢自動車道と走って伊勢神宮を訪ねる。

071126_045_640071126_036_640071126_034_640   「伊勢に行きたし伊勢路が見たい、せめて一生一度でも」と唄にもうたわれた「お伊勢参り」。幸い2度目の参拝が出来た。
 前回は春だったが、今回は紅葉の旅。

071126_037_640071126_042_640  ここは内宮の御正宮。唯一神明造りという古式の様式の社には、天照大神が祭られる。
 茅葺の屋根には10本の鰹木がのせられ、4本の千木の先端は水平に切られている。日本の神社の総本家の印だ。

 残念ながら写真が撮れるのは拝殿の下まで。四重の柵に囲まれた社殿の中には、庶民は入れない。
 お金持ちはひとつ柵を越え、総理に閣僚はもうひとつ中、そして皇族・天皇の順で拝殿に近づけるという2000年来のしきたり。

071126_043_640  しきたりと言えば御正宮も20年に一度建て替えられる。式年遷宮と呼ばれるこの行事は伊勢神宮最大のもので、次は平成25年。隣の敷地の整備は進められ、新しい社の桧の材はもう切り出しが始まっている。膨大な経費は、参拝者からの浄財ということ。

071126_055_640  神宮の門前市おはらい町。江戸時代盛んだった「お伊勢参り」、60年周期で数百万人規模の大集団参詣があった。1705(宝永2)年などは日本中の10人に1人はお参りしたという。
 旅の路銀は「無尽講」によるくじ引きから。そうなると出かけられない人へのお土産が必須。昔は、種籾や野菜の種だったようだが、今は飛行機、新幹線の時代。だから土産は、「日持ちのしない!」話題の「赤福」というわけだ。

071126_059_640071126_050_640  おはらい町の中心、おかげ横丁にある赤福本店前。ここは今や観光スポット、写真を撮る人が列をなす。
 300年来、お伊勢さんのお陰で稼がしてもらったと、赤福本舗が「おかげ横丁」を作ったのは最近のこと。無期限営業禁止でもこの横丁で稼げると、近所のみやげもの屋さんはやっかんでいた。

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November 25, 2007

794.秋・佃島界隈

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 佃島界隈も、ようやく秋の紅葉が見られるようになった。
 そうだ、新幹線に乗って南下してみよう。「大人の休日倶楽部の旅」に。

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November 24, 2007

793.焼酎バー「黒瀬」(87)

 焼酎の話題、新聞・HPから要約で。

20071122n0009  「封切梅酒ヌーヴォー」
 鹿児島の焼酎メーカー11社でつくる薩摩本格焼酎生産者協議会では、梅酒の新酒「封切梅酒ヌーヴォー2007」の発売を開始した。
 新酒は山元酒造「五代梅酒」と白金酒造「白金梅酒」の2種類。ロゴと瓶を統一、ピンクを基調にしたデザインに仕上げた。
 梅はさつま町産の南高梅で、芋焼酎に短期間仕込み新酒らしい軽やかな風味を醸し出しているという。
 梅酒ブームが続いている関東・関西を中心に1万本を主かしている。
 価格は720ml瓶で「五代」は1100円、「白金」は1050円。アルコール度数12度と飲みやすい。(373news.com)

 「芋焼酎あつ~い躍進」
 およそ1600種の焼酎を扱う汐留の大手酒小売店の話によれば、本格焼酎の売り上げの50~60%が芋焼酎とのことで、ブームは落ち着いたが、飲む人の層が広がったそうだ。
 また日本酒造組合中央会によると、芋焼酎の出荷量は昨年度が18万1000klで10年前の2.8倍になるそうだ。まだ麦(23万9000kl)の方が多いが、麦は数年前と変わらず伸び悩んでいる。
 焼酎人気の理由は①低価格、②ロック、お湯割りなど飲み方の自由さ、③保存のしやすさの3点があり、特に芋焼酎は甘い味わいと華やかな香りで飲みやすい。これが焼酎に対する古いイメージを持たない若い世代に受けた、と専門家は分析する。
 大手ビール会社も参入、キリンでは紙パックの「本格焼酎タルチョ芋」、アサヒは「さつま司」、サントリーも「黒丸」を発売している。(朝日)

 「焼酎かすで乳酸飲料」
 経済産業省は先日、地域資源を活用した新製品研究・開発の支援事業15件を発表した。
 その中で鹿児島からは、薩摩酒造や南日本酪農、鹿児島大学など5団体が取り組む「焼酎かすと乳成分を使った新しい乳酸菌発酵飲料開発」が選ばれた。
 新しい乳酸飲料は、芋焼酎かすの有効成分と牛乳のカルシュウム成分組み合わせたもので、すでに県の補助事業として開発が進められている。
 今回新たに国の研究委託費が出ることになり、開発のスピードアップが図られる。(南日本)

    「黒瀬」 渋谷区渋谷2-14-4
           ℡5485-1313

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November 23, 2007

792.エディット・ピアフ 愛の賛歌

1006215_01 「もしもいつか、人生が貴方を奪っても 、貴方が遠くへ行っても、貴方が愛してくれさえすれば平気、だって私も死ぬのだから・・・」
 最も愛したプロボクサー、マルセル・セルダンの死にショックを受けたピアフが、せつせつたる心境を綴った「愛の賛歌」。シャンソンの中では歴史的な名曲といわれるこの唄が、タイトルであり映画の全てだった。

002  監督・脚本のオリヴィエ・ダアンも、観客の困惑を誘うように時代を交錯させた演出を採った。それはピアフがセルダンの飛行機事故死を知る、ワンカットのためである。そこにピアフの生涯の全てを象徴させたのだ。

 エディット・ピアフ、1915年パリ貧民窟街の路上で生まれる。第一次大戦に出征中の父は大道芸人、母は場末の歌い手。娼館を営む祖母に預けられ、娼婦たちに育てられる。そして街頭歌手。名門キャバレーの経営者に拾われてプロの道を・・・・・。

 貧困、虐待、裏切り、病苦、それでも恋を求め愛を極め、歌を捨てなかったピアフ。その壮絶な生き方と数奇な運命を、世界中の人々が受け入れた。
 ジャン・コクトー、マレーネ・デートリッヒを生涯の友とし、歌手シャルル・アズナブルとイヴ・モンタンを育てたピアフ。
 映画は、その生涯をノンフィクションとして描く。

20070810001fl00001viewrsz150x  ピアフを演じたのはフランスの気鋭マリオン・コティヤール。「TAXI」シリーズでヒットを飛ばし、「ロング・エンゲージメント」で娼婦、「プロヴァンスの贈りもの」でラッセル・クロウの恋人役のあの女優である。
 彼女の演技が上手い。10代半ばから47歳で死ぬまでを、ピアフになりきる。唄はもちろんピアフの録音からだが、その息遣い、間の取り方、表情が、40数年たった今、不世出なシャンソン歌手を甦らせた。

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 「愛の賛歌」をはじめ「パダン・パダン」「アコーデオン弾き」「群集」「私の回転木馬」「ミロール」「水に流して」など、ピアフの唄が劇中に流れる。
 そして恋人の一人だった若いイヴ・モンタンに捧げた代表作のひとつ「バラ色の人生」が切ない。

 「あの人が私を腕に抱いてくれる時、そっと話しかけてくれるとき、あたしの目に映るのはバラ色の人生・・・・私は感じる、胸がときめくのを、ラ、ラ、ラ・・・」

 四度の交通事故、その痛みを和らげるために打ったモルヒネ中毒、そして麻薬。ボロボロになったピアフは、1963年10月11日南仏ルヴェラで47歳の生涯を閉じる。それから数日後、生涯の友コクトーも後を追うように逝去。フランスのひとつの時代が終わった。

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November 22, 2007

791.やじきた道中・てれすこ

1024_768_b 「てれすこ」とは古典落語の外題のひとつ。奇妙な生き物を「てれすこ」と名付け、奉行から金子を貰った男。今度はその干物を「すてれんきょう」と呼んで「よくぞ騙したな」とお咎めを受ける。それでは「いか」と「するめ」は!というお話。

 こんな話で始まるこの映画、実は8年前のシモキタの飲み屋で生まれた。中村勘三郎と柄本明、監督の平山秀幸が「のんびりしていてほんわかした映画、何もなさそうで実はなにかある映画」で意気投合、そして出来上がったのがこの正統派「人情喜劇」なのだ。

 お話のベースは十返舎一九の滑稽本「東海道中膝栗毛」。ご存知弥次さ喜多さんが、江戸から京・大坂への旅を、狂言や小咄で綴ったもの。
 そのお二人を借りてきて、ロードムービーに仕上げたのが脚本の安倍照雄。人情味あふるる人物描写を得意とし、業界随一の落語通である。
 だからタイトルに始まり、旅は古典落語のエピソード集となる。

 亡き妻?の骸骨を酒で洗って金を騙し取る「野晒し」、賭場でサイコロに化けた子タヌキの恩返し「狸賽(たぬさい)」、さらに「お茶汲み」「浮世床」「淀五郎」「万金丹」と笑いのネタは欠かさない。それを芸達者の面々が演ずるのだから、面白くない筈はない。

1024_768_a 弥次さん喜多さんコンビは当然言いだしっぺの勘三郎と柄本明、それに品川宿の売れっ子花魁小泉今日子が同行する。
 そして珍道中にからむのがラサール石井、波乃久里子、麿赤児、松重豊、山本浩司、吉川晃司、ベンガル、藤山直美、国村隼、笹野高史・・・。
 冒頭「てれすこ」逸話は、浄瑠璃をひねって松福亭松之助と淡路恵子に間寛平の登場という豪華キャストである。

 今油の乗り切った役者中村勘三郎、映画の主演は何と46年ぶりだそうだ。前作は「アッチャンのベビーギャング」という子役時代。準主役や脇役で度々スクーリンに登場していたので 以外だった。
 「コクーン歌舞伎」で演出家の串田和美、襲名披露では渡辺えり、江戸時代の芝居小屋を再現した「平成中村座」、ニューヨーク・リンカーンセンターでの「夏祭浪花鏡」「法界坊」と、攻めの歌舞伎にトライしている勘三郎。その彼が、映画の世界ではクラッシクな日本の喜劇に挑戦したのが新鮮だ。

 「てれすこ」の旅は、江戸から小田原・箱根・三島に大井川で終わっている。京・大坂まではまだまだ遠い。次の「やじきた道中」は、いつ見せてくれるのだろうか。

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November 21, 2007

790.ひとまく会

 「月も朧に白魚の、篝(かがり)も霞む春の空、つめてえ風もほろ酔いに、心持よくうかうかと、浮かれ烏のたヾ一羽、塒(ねぐら)へけえる川端で、棹の雫か濡れ手で泡、思いがけなく手に入る百両・・・・・・
 ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落とし、豆沢山に一文の、銭と違って金包み、こいつぁ春から延喜(えんぎ)がいゝわえ。」

Kabukiza200711b_handbill 歌舞伎座の四階席で、最後の一幕を楽しむ「ひとまく会」。「吉例顔見世大歌舞伎」の今月は上の名セリフを聞くために、夜9時近くまで居酒屋で時間を潰した。

 「三人吉三巴白波(さんにんきちさともえのしらなみ)」大川端申塚の場、河竹黙阿弥の代表作と言われる「生世話物」が最後のひとまくだった。

 お嬢吉三(片岡孝太郎)、お坊吉三(市川染五郎)、和尚吉三(尾上松緑)と、同じ名前の盗賊三人が初めて見合い、義兄弟の盃を交わす場である。
 その冒頭、大川端の庚申塚の前。夜鷹を大川に突き落とし百両奪ったお嬢吉三の名セリフが「月に朧・・・」とくるのだ。

 その百両をさらに奪おうとするお坊吉三の名セリフは、以下となる。
 「駕籠にゆられてとろとろと、一杯機嫌の初夢に、金と聞いては見逃せね、心は同じ盗人根性、去年の暮れから間が悪く、五十とまとまる仕事もなく、遊びの金にも困っていたが、なるほど世間はむずかしい・・・・・」

 切りあう二人に割って入るのが、これも盗賊和尚吉三。昨夜の幕はここで終わるが、この出し物は、このあと七幕十三場の思いもよらぬ因果話に発展していくのである。
 
 同性愛、兄妹相姦と幕末の退廃的な世界が舞台となって、奪い奪われる百両をめぐって因果の糸がもつれ、ほぐされていく・・・。黙阿弥作品の中では、人物の相関が複雑で、本編の方はあまり評判が良くなかったが、冒頭の一幕だけは名セリフもあってか、独立して度々上演されている。

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November 20, 2007

789.タロットカード殺人事件

326906view003 生粋のニューヨークっ子のウディ・アレンが、またまたロンドンを舞台にミステリー映画を作った。
 前作「マッチポイント」に比べて、サスペンスよりウイットに富んだペーソス溢れた語り口、これこそ正統ウディ映画である。
 尊敬するアガサ・クリスティにオマージュを捧げ、ミス・マープル同様「素人コンビの俄か探偵」が、連続殺人事件に取り組む。

326906view002_2 そのコンビが、しがない手品師のアレンと女子大生スカーレット・ヨハンソン。「マッチポイント」に引き続きお目当ての女優を引っ張ってきた。
 そして彼女が恋してしまった容疑者の富豪、これまた「X-メン」でハリウッドの人気スターになったヒュー・ジャックマンなのだ。
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 一部に熱烈なフアンを持つウディ・アレンは、もう70代。学生時代からTVや舞台の台本を書き、1977年の「アニーホール」でアカデミー監督・脚本賞を獲った。
 その時彼は、ロサンゼルスでの授賞式には出席せず、マンハッタンのクラブで得意のクラリネットを演奏していたという。

 「さよならさよならハリウッド」「僕のニューヨークライフ」「メリンダとメリンダ」とハリウッドを皮肉りながら作品を撮り続け、ニューヨーク派の名匠といわれたアレン。その彼がなぜロンドンに惚れ込んだのか。この作品のもうひとつの謎解きである。

 スカーレット・ヨハンソン、前作ほど性的魅力を表に出してはいないが、やはりデンマーク系の美人、アレンが惚れこむのもうなづける。
 ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」の演技は絶賛を浴び、その後「真珠の耳飾りの少女」「プレステージ」「ブラックダリア」と大作に出演した。
 スリルとサスペンス、そしてユーモア溢れたミステリー作品にも似合う女優である。

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November 19, 2007

788.インベージョン

Wallpaper4_800 原題は「THE INVASION」、侵害、侵入とでも訳せばよいのか。全ての人間から感情が失われていく、その恐怖を描くSF映画である。それも政治的なメッセージを込めた映画なのだ。

 原作は1955年に出版されたジャック・フイニィの「盗まれた街」。SF小説の古典とも言われる作品である。
 最初に映画化されたのは出版の翌年、マッカーシーの「赤狩り旋風」が吹き荒れていた時である。
 そのリメイク版が1978年。ベトナム戦争・ウオターゲート事件という政治状況の中だった。
 そして今回は三度目。環境汚染、得体の知れない病原菌等々、社会的政治的な不安を抱える時代だ。

 「この作品は、今の世の中で起こったとしても納得できる説得力をもったSFスリラー作品」と、製作者のジョエル・シルバーは語る。
 シルバーは、昨日紹介した「ブレイブワン」もそうだが、「リーサルウエポン」「マトリックス」「ダイハード」など、映画史上最も多くのヒット作品を世に出しているプロデューサーでもある。

 彼は、「es」や「ヒトラー最後の12日間」を撮ったドイツの監督オリバー・ヒルシュビーゲルとカメラのライナー・クラウスマンのコンビをハリウッドに招き、徹底したリアリズム作品に仕上げた。

Wallpaper1_800_2 主役は、オーストラリア出身のニコール・キッドマンとイギリス出身のダニエル・クレイグのコンビである。
 キッドマンは、「コールドマウンテン」「記憶の棘」に主演、「めぐりあう時間たち」ではアカデミー賞を獲った国際的女優であるし、クレイグは、「ミュンヘン」や「レイヤー・ケーキ」そして現在007・ポンド役の売れっ子役者だ。

 最も信じるべき相手さえ信じてはいけない状況の中、母親(キッドマン)はどう子供を守り、男(クレイグ)はどこまで愛する人を守れるのか。作品は、もはやSFの世界を超えた現実を観客に問う。

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November 18, 2007

787.ブレイブワン

328167view011 映画が終わっても、しばし席を立てなかった。衝撃的な作品である。タイトル通りに、主人公の行為を「Brave」と許せるのか、観客に迫った。

 結婚直前の恋人を惨殺され、自らも重傷を負った女性パーソナリティーが「必殺仕置き人」になり復讐を遂げる物語である。
 その悲劇は、彼女がFM放送で語りかける「世界一安全な街」ニュヨークで起こった。そのトラウマから逃れるように、彼女は一線を越える。そして・・・。
 これから観る方のために、話はここまでとしよう。

328167view001 主役はジョディ・フォスター、私が好きな女優のひとりである。美貌で卓越した演技力に惚れる。
 初めての出会いは1975年、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」だった。この時彼女は13歳、少女娼婦役で圧倒的な存在感を見せた。以後、彼女の作品はほぼ全部観ている。

 思い出すままに並べると「ホテル・ニューハンプシャー」「アンナと王様」「パニックルーム」「フライトプラン」「インサイドマン」「イノセント・ボーイズ」「ロング・エンゲイジメント」、もちろんアカデミー主演女優賞の「告発の行方」(1988)「羊たちの沈黙」(1990)も。
 
 その彼女も、明日の誕生日で45歳になる。二人の息子をもつシングルマザーでもある。父親が蒸発しステージママに育てられた彼女は、2歳でCM出演、3歳からは子役としてテレビに出演した。
 そしてエール大学で学んだ才能を生かして、監督やプロデューサーもこなす(「リトルマン・テイト」「ホーム・フォー・ザ・ホリディ」) 。
 この「ブレイブワン」でも彼女は製作総指揮を執り、監督に社会派の鬼才ニール・ジョーダンを口説き落とした。

 偶然にも今、薬丸缶の小説を読んでいる。江戸川乱歩賞を獲った「天使のナイフ」と「闇の底」の2冊。これも映画と同じく犯罪被害者が加害者となっていく「心の闇」が主題だ。犯罪をきっちりと裁けない「法」とは何か、頭を抱えてしまう。

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November 16, 2007

786.東京道産酒の会(19)

 月に一度、北海道を慈しむ仲間が集まり、地元の酒と料理と会話を楽しむ「東京道産酒の会」。190回の昨夜もジャズのナマ演奏を聴きながら、楽しい時間を過ごした。

 今回は今年最後の集まりとあって、世話人代表から24年前会が発足した頃の話が紹介された。当時40代だった私が最年少の会員だった。と言う事は、会員のほとんどが70代以上となる。会の存続のためには、若い会員を増やそうという呼びかけ。

 乾杯は、ボジョレヌボー解禁日なので道産酒とワインの2本立て。ボルドー・コーレド社のルビー色のワイン。フレッシュなすみれの香りだった。

P251is04355  ジャズ演奏はピアノの中山育美さんを中心にギター阿部寛さん、ベース小林真人さん、クラリネットはいつもの後藤さんが他のステージのため、昔ブルーコースで活躍していた大ベテランの清水万紀夫さんが駆けつけてくれた。またヴォーカルとコルネットはアメリカ帰りの下間哲さんと、今年最後にふさわしい豪華メンバーである。
 ナマバンドの伴奏で「Silent Night」を会員皆で合唱した後は、「白い渚のブルース」「ハロー通り」、ジャズにアレンジした「枯葉」と懐かしい曲の演奏が続いた。

 今月のスピーカーは酒巻尚生さん、元北部方面総監を歴任された会員である。10年振りに訪ねた中国の様子から。

 社会の変化の激しさを、肌で感じた。一言で言えば、共産主義イデオロギーの締め付けがかなり緩んできた。改革開放の掛け声で「個人個人を大切にする」という方針が浸透したためか、経済の自由化が進み権力も人民に遠慮している向きがある。
 一方社会的な矛盾が目立つようになった。貧富の差が歴然とし、街も表は近代化しているが、一歩裏にまわると貧しさが目につく。水不足は深刻で、北京郊外まで砂漠化が進んできている。

 軍も大きく変わった。人民解放軍の中もタガが緩んできた。党の政治委員の力が落ちたのか、軍のリーダーは対等の立場にある。一人っ子政策のせいか、兵士がひ弱い。自殺者の続出などで、現場の指揮官は頭を抱えていた。
 金持ちや党有力者の子弟は、大学か留学に。兵士になるのは貧乏人の子供。これではハイテク兵器は使いこなせない。
 党のタガが緩むことで「軍の暴走」が心配だ。

 日中関係は現在見かけ上雪解けムード。しかし、これまでの経緯を考えると、何時またコロリと変わってしまうかが気がかりである。

 (昨夜の献立)
 牡蠣時雨煮、馬鈴薯紅葉和え、鰊茄子、蟹薄皮巻、海月昆布雲丹和え、鯛帆立貝刺身、金目南蛮焼、おでん風炊合せ、高菜ご飯お結び、しじみ汁。

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November 15, 2007

785.オリオン座からの招待状

Photo  前号に続いて今回も日本映画の紹介。浅田次郎原作「オリオン座からの招待状」(短編小説集「鉄道員」所収)の映画化である。
 30数ページの短編から2時間の作品を作ったのだから、監督と脚本家によるオリジナルといっても良いが、映画「鉄道員(ぽっぽや)」とジャンルを同じくする浅田ワールドが十分描かれている。

 昭和30年代、京都西陣の場末にひっそりと佇む映画館、そこを舞台に時代に翻弄されながらも映画の灯を守り続けた、男女の純愛物語である。
328377view003_2328377view005  亡き夫(宇崎竜童)の遺志を受け継ぎ、映画館を守り続けた主人公(宮沢りえー中原ひとみ)、その彼女を支え続けた弟子(加瀬亮ー原田芳雄)。そして映画館を遊び場にしていた貧しい子供たちの現在(樋口可南子・田口トモロヲ)が、物語を膨らませる。

 映画館が舞台だから、昭和30年代の懐かしい作品が登場する。「二十四の瞳」「君の名は」「幕末太陽伝」「丹下左膳」・・・・、なかでも阪妻の「無法松の一生」が物語りの主題とオーバーラップする。
 この映画は、戦前の1943年に製作された「無法松」ものの最初の作品。阪妻の松五郎が園井恵子の演ずる未亡人良子に愛を告白するシーンが、検閲によってカットされた曰くつきのものである。
 「オリオン座からの招待状」でも、監督はセリフによる愛の告白を押さえ、ただじっと手を握り合うことで純愛の切なさを描いている。

 その監督が三枝健起。もともとテレビ報道番組のディレクターだたが、その後テレビドラマを担当、「追う男」「青春牡丹灯篭」など斬新な演出で評判を呼び、芸術選奨や海外のコンクールで数多くの賞を獲っている。
 映画監督としては10年前に、「羅生門」をリメイクした「MISTY」でデビュー、現在も映画・テレビで活躍している。

328377view008_2  この作品のもうひとつの見所は、昭和の再現である。西陣の古い街並、懐かしい映画館、ディティールひとつひとつにも拘った花谷秀文のセットである。一部は横浜に現存する旧映画館で撮影したらしいが、「三丁目の夕日」と並ぶ出来栄えだった。

 そしてメインテーマを、今ヨーロッパやアメリカで活躍しているジャズ・アーチストの上原ひとみが担当した。これも三枝監督の拘りだろう。

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November 14, 2007

784.象の背中

Zo_0800x0600_2  このところ外国映画の紹介が続いた。久し振りの邦画である。

 「象の背中」、このタイトルはこんな逸話からきている。
 「象は自らの死期を悟ると、群れから離れてジャングルに消えるという。死に場所を探す旅に出るのだ。」

 映画ではそんな象を、「余命半年」と宣告された男に擬える。しかし人間は、象のような死に方は出来ない。世の中には未練もあるし、「背中」を見つめる家族もいる。
 しかし死に直面した時、人間ひとりひとりの生き方が問われる。

Main_01_2 肺ガンで「余命半年」といわれた主人公を役所広司が、彼を支える妻を歌手の今井美樹が演ずる。そして二人の子供たち(塩谷瞬・南沢奈緒)、会社の同僚(益岡徹)、高校時代の友(高橋克実)、初恋の人(手塚理美)、そして愛人(井川遥)たち・・・・。
 誰もが避ける事の出来ない「死」を扱っているだけに、主人公の「背中」を見送る人たちは、すべて善人となってしまう。それがこの作品にもう一歩近づけられなかった理由のようだ。

 この一年の間に、二人の身内を主人公と同じ病気で失った。いずれも「余命半年」だった。
 高齢だったひとりは、映画と同じように「延命治療」を断り、ホスピスでの最後を選んだ。
 映画の主人公と同世代のひとりは、放射線・抗がん剤と可能な限りの治療を試みた。そしてほぼ同じ時期にあの世へ旅だった。
 映画を見ながら、二人の生き方と死に方に思いが往くと、違和感を感じてしまったのだ。

Story_photo_05_s  もちろん感動した部分も多い。とくに絶縁していた実兄(岸部一徳)と久し振りに会ったシーンである。家族や同僚に対しては悟りきった様に見せながらも、実兄の前では人間の弱さを曝け出す。
 自分の人生を全うしようと「延命治療」を断った主人公、しかし迷い悩み死を恐れる人間としての煩悩を見せる。

 原作は、秋元康の話題となった長編小説である。コミックや絵本にもなったし、テレビでは、「余命半年」と宣言された様々な人間模様を連続ドラマで放送した。また韓国でも、同じ原作による映画の企画が進んでいるという。

 考えてみると、ガンで最後を迎えるのは脳や心臓疾患、または事故などの突然死より人間らしい「尊厳死」を選択する事が出来る。ただ、そこに自分の生き方全てを露呈させてしまう怖さもある。
 あと何年で、群れから離れた象になってしまうのかどうか、何となく「背中」がこそばゆい。

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November 13, 2007

783.国立寄席

071112_022_640 半年振りに国立演芸場に出かける。11月中席(なかせき)は11日に始まって来週火曜日まで。65歳以上はシルバー料金の1100円、13時から16時までたっぷりと楽しめる。
 ウイークデーの昼間だから、客はオールシルバーといってよい。東京見物で立ち寄ったという中年夫妻も見かけたが。

 今回の寄席はバラエティーに富んでいた。漫談(青木チャンス)、漫才(ビッグボーイズ)、講談(神田松鯉)、民謡(黒田幸子一行)、大神楽(扇家喜楽)が落語(春風亭笑好、春風亭昇乃進、柳亭楽輔、春風亭小柳枝)の間に入る。
 関西の場合は漫才がメインで、落語の方がその間に一席か二席入る事が多い。最近は、今NHKの朝のドラマでも取り上げられているように、上方落語も主役になりつつあるようだ。

 寄席での民謡は初めて聞いた。二代目だそうだが黒田幸子はなかなか上手い。客席に下りてきてお客さんの出身地を聞く。そしてその地の代表的な民謡を、唄い上げた。「大漁唄いこみ」「磯節」「長崎ぶらぶら節」「大島あんこ節」「秩父音頭」等々・・・。

 太神楽も上手かった。喜楽師匠はもう長老の部類だろう。「傘回し」を中心に最後は「卵落とし」の名人芸を見せた。
 太神楽とは、江戸時代に伊勢神宮や熱田神宮の神官が獅子舞を伴い氏子を回って御祓いしたのが始まり。「傘回し」はその演目のひとつで、寄席での「曲芸」とのすみわけはわからない。

 真打は春風亭小柳枝師匠による落語「井戸の茶碗」。正直者の屑屋と真面目で堅物の浪人、それに細川家の侍がからむ人情話。大ベテランらしくさらりと噺を進める。
 この小柳枝は元々サラリーマンで、落語界では超真面目人間で通っている。笑好、鶏昇を名乗って30年前に真打昇進、九代目小柳枝を継ぐ。
 一方先代は、知る人ぞ知る「奇人変人」の落語家でめちゃくちゃな人生を送ったのちの扇昇師匠、廃業後は坊主になってしまった。
 この名跡にも因縁がある。もともと小柳枝は「柳枝」になる前の名(出世名)、ある事件が起こってから「柳枝」の名跡は封印されている。

 来月の国立寄席・中席は、林家木久扇・二代目木久蔵親子ダブル襲名披露公演。先月から各寄席を回って国立はフィナーレとなる。わが林家彦いち師匠も、きくお改め木久蔵の兄弟子として出演するのでキップを予約しておいた。

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November 12, 2007

782.MOA美術館

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 中学時代のクラス会が熱海で開かれた。折角機会、早めに出かけて桃山のMOA美術館を訪ねた。今回で3回目である。

071112_009_640071112_006_640  美術館を創設したのは、岡田茂吉。「美術品は決して独占すべきものではなく、一人でも多くの人に見せ、楽しませ・・・・・文化の発展に大いに寄与する」と、1952年箱根強羅に開館、続いて57年熱海にも美術館を開いた。
 現在の本格的な美術館になったのは、1982年。創立者の生誕100周年を記念して建築され、茂吉・岡田・協会の頭文字をとってMOAと命名した。

 岡田は若い頃美術家を目指したが、目を悪くしたため断念、戦前は商人として財をなした。戦後彼は自然力による地球環境の保全、人間生命の安全の確保を目指した宗教家となり、世界救世教を起こした。自然農法と岡田式浄化療法で有名になった、あの新興宗教である。
 だから美術館にもそうした宗教観が、色濃く現れている。

071112071112_018  MOAを有名にしたのは、尾形光琳筆の国宝「紅白梅図屏風」のコレクションである。
 前回ここを訪ねたのが梅の季節2月。熱海梅園を経て桃山に登った。美術館が2月にだけ公開する国宝を鑑賞できた。
 この時は、梅の背景が金箔ではなく別な顔料で描かれていた事が、新しい分析技術によって解明され、マスコミを賑わしていた。

071112_014_640071112_017_640071112_016_640  美術館の茶苑には、光琳・乾山兄弟が芸術活動を行ったという屋敷が復元されている。琳派といわれる絵師たちが、ここに集まったのだろう。
 庭には、屏風に描かれた紅白の梅が植えられていた。

071112_019_2  MOA美術館は、日本の私設美術館では最大規模のものと云われている。
 「紅白梅図屏風」と並んで、野々村仁清作・国宝「色絵藤花分茶壷」 、又兵衛絵巻・重文「浄瑠璃物語」など、国宝3点、重要文化財65点を含む3500点のコレクションを持つ。

 岡田茂吉は、戦後日本の美術品の海外流失を防ぐため、私財を投じて絵画・書跡・工芸品を買い集めた。この運動には川端康成を始めとする、多くの文化人が協力した。

071112_020071112_021  美術館では、現在特別展 「サーカス~解き放たれたイメージ~」が開かれている。
 これは西洋の印象派の作家からルオー、ピカソ、シャガール、マティスなどが描いた軽業師や道化師たちの絵、安井曽太郎、東郷青児、海老原喜之助らがフランス留学中に描いた画など、90点が紹介されている。
 画家達は、サーカス芸人に自分の姿を重ね、人間の内面性を作品に表現している。

「サーカス」展は、12月5日まで。入場料はシニア1200円。

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November 10, 2007

781.ヴィーナス

Venus_top 前日の「フランス映画」とは違って、こちらはシニカルだがユーモア溢れた「イギリス映画」である。
 テーマもまた成熟した男女の官能の世界ではなく、老人の「老い」と「性」である。

 脚本を書いたハニフ・クレイシは53歳だが、谷崎潤一郎の「癇癪老人日記」を読んで主人公の情熱に魅了された。死期を前にした老人でも、まだ異性に情熱を抱く事が出来る、と。
Intro_i1  彼は始めからイギリスを代表する名優ピーター・オトゥールを頭に描きながら本を書いた。映画史上最も美男の一人であったあの「アラビアのローレンス」である。
 「老境の孤独と悲哀」「人生の諦観と性への執着」、圧倒的な表現力を、監督ロジャー・ミッシェルは彼から引き出した。
 ミッシェルもまたクレイシと同じ世代。「ノッティングヒルの恋人」や「Jの悲劇」の監督として今最も油の乗っている男である。
 彼は大先輩オトゥールに尊敬の念をこめて、ロマンチックでおかしく、愛に満ちた人間賛歌を描いた。そして生きている事の哀歓と無常、切なさをリアルに綴ることで、大人のヒューマン・ドラマとしたのだ。

20071025001ec00001viewrsz150x 若い頃そのイケメンで浮名を流した老人、オトゥールが最後の情熱を傾けた「乙女」の役は、イギリスの舞台やTVで活躍しているジョディ・ウイッカー。奔放で不躾な田舎娘が、ナショナル・ギャラリーに飾られている「鏡のビーナス」に変身していくところが見ものだ。
 ゴムのように弾む真っ白い太もも、まろやかなうなじ、オトゥールがいとおしく愛撫する事で美しいビーナスになっていく。
 往年の名女優ヴァネッサ・レッドグローヴ(「ジュリア」でアカデミー賞)が、老人の前妻として出演している。若き美男俳優であった前夫の往年の映画をテレビで見ながら、今もため息をつくのが面白い。
 そしてもう一人俳優仲間だった老人を、レスリー・フィリップス(「トウームレイダー」)が演ずる。83歳の現役、125本の作品に出た彼は、ビーナスの大叔父という立場で若い娘に翻弄される役だ。

 俳優仲間が次々と亡くなり死亡記事を読むシーンがあるが、新聞の写真は若き頃の本人そのもの。オトゥールの死亡記事もまたしかりで、このユーモアが肩の力を抜いてくれる。

 もし生きていたとして、10年後の我が身を思い浮かべながら映画を見た。しかし、あれだけの情熱と執念を持ち続ける自信は、全くない。

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November 09, 2007

780.待つ女

 7年の刑を受けた獄中の夫とその妻、そして夫の面倒を見る看守。夫を抱けない妻は官能の記憶を、看守の肉体で補う。肉体は結ばれても、愛は夫から奪えない事を知った看守。いわゆる三角関係の物語である。
 それだけの話を、カメラは繊細にして緻密、情感をもって映し出す。お互いの眼差し、仕草、息遣い、喘ぎ、沈黙、笑み・・・・フランス映画が得意とする映像世界によって、人間の孤独と葛藤がスクーリンを覆う。

 監督・脚本のジャン=パスカル・アトウの初監督作品。名匠アンドレ・テシネの助監を務めた後、ドキュメンタリーのディレクターとして10数本を制作、徹底した取材と丹念な仕上げによって、心と体のありようを表現した。

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 主役の妻を演ずるのは、イタリア系美人女優ヴァレリー・ドンゼッリ。夫と愛人の間にあって大胆なセックスシーンをポーカーフェイスで見せる。
 夫は、名実ともにフランスを代表する俳優ブリュノ・トデスキー。思い出の中にしか妻の肉体を見出せない苛立ちを、セクシーな眼差しで演ずる。
 そして看守役、演技派として知られるシリル・トロレイが、求めても得られない愛に戸惑う。

 原題は「7ANS」。この7年が、手の届かなくなった官能の世界を象徴する。

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November 08, 2007

779.グッド・シェパード

327032view004 「私は善き羊飼いである。善き羊飼いは羊のためには命を捨てる」(新訳聖書)
 「the Good Shepherd」とは善き羊飼い=キリストを指す。そしてアメリカCIAの創設者たちもまた、自らをこう呼ぶ。合衆国大統領と国民のために命を捨てる、と。

 この作品は、第2次大戦でOSSを、戦後はCIA創設したエール大学出身のエリートたちの物語である。そしてCIA最大の汚点、キューバ侵攻に失敗した「ビッグス湾事件」という歴史的事実を踏まえ、フィクション ではあるが、それを通して歴史の裏側に踏み込む。

327032view010 作品の企画は、俳優のロバート・デ・ニーロが長く暖めてきた。そしてようやく構想がまとまり、ジョン・フランケンハイマーに監督を依頼したが、彼の急逝で結局自らメガホンを執ることになった。もちろん出演もするがニーロにとっては、2本目の監督作品となった。

 そのニーロの下に集まったスタッフが凄い。プロデューサーはニーロだが、製作総指揮を引き受けたフランシス・フォード・コッポラ(「ゴッドファーザー」)を筆頭に、脚本エリック・ロス(「フォレスト・ガンプ」)、撮影ロバート・リチャードソン(「アビエイター」)、美術ジャニーン・オップウエル(「シー・ビスケット」)、編集タリク・アンフォー(「アメリカン・ビュティー」)、衣裳アン・ロス(「イングリッシュ・ペイシェント」)と、いずれもその分野でアカデミー賞を受賞したかノミネイトされたハリウッドの凄腕たちなのだ。
 今年2月のベルリン国際映画祭では、このアンサンブルに「芸術貢献賞」を与えたほどだ。

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 もちろん俳優陣もトップクラスを並べる。
 エール大学のエリート、第二次大戦中はOSSで諜報任務、のちCIAの創設に参加、「冷戦下」の対ソ諜報活動の責任者として「キューバ侵攻」をももくろんだエージェントをマット・デイモンが演ずる。「ジェイソン・ボーン・シリーズ」ではCIAに追われる元殺し屋で派手な戦いぶりを見せるデイモンだが、この作品では正反対の寡黙なスパイを静かに演ずる。
 はからずも「出来ちゃった婚」をしてしまった彼の妻が、アンジュリーナ・ジョーリー。実生活と同じ子持ちの女として、秘密だらけの夫との生活に感情をすり減らす。
 主人公の初恋の人タミー・ブランチャード(「キャンパス・クレージー」)、大学の先輩でCIA初代長官がリー・ベイス(「上海の伯爵夫人」)、同じく先輩で二代目の長官ウイリアム・ハート(「蜘蛛女のキス」)、大学の恩師で実は英国諜報員マイケル・ガンボン(「ハリー・ポッター・シリーズ」)等、米・英・独・ロの役者たちが芸達者なところを見せる。

 この作品の背景を知るためには、フリー・メイソンと並ぶアメリカのもう一つの秘密結社「スカル&ボーンズ」についての知識が必要となる。
 翻訳すれば「頭蓋骨と骨」、先住民ジェロニモの骨を盗掘して組織のシンボルにしたというエール大学出身者だけの秘密結社である。
 CIAの歴代長官をはじめ、現代アメリカの政財官を牛耳るエリートたち、現ブッシュ大統領、ノーベル平和賞を受賞した元民主党大統領候補ケリーなど錚々たる顔ぶれが並ぶ。
 彼等はそれぞれの個人的秘密を告白して共有することで、強い絆を持つ。
 「グッド・シェパード=善き羊飼い」とは、彼等が自らをキリストに擬えて呼ぶ隠語でもあるのだ。

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November 07, 2007

778.焼酎バー「黒瀬」(86)

 焼酎の話題を、直近の新聞やホームページから要約で。

 「『白金の露』が1位・全国酒類コンクール」
 
全国最大規模といわれる「'07秋季全国酒類コンクール」の審査の結果、本格焼酎・芋の部門では、白金酒造(鹿児島県姶良町)の「白金乃露」が1位を獲得。黒糖部門でも大島酒造(鹿児島県奄美市)の「浜千鳥乃詩」(原酒)が1位と、鹿児島勢がトップを占めた。
 このコンクールは、酒鑑定官出身者や醸造・発酵研究者、ジャーナリストで構成する国際酒類振興会が「良い酒を国内外にPRしよう」と、行っているもの。今年で25回となるが、今回は一般の酒愛好家や蔵元も投票に参加した。
 本格焼酎部門では56品目を審査、原料芋の香りや味が生かされていると「白金乃露」が、黒糖の品質や熟成度が高いと「浜千鳥乃詩」がそれぞれ選ばれた。
 芋焼酎の2位は「黒甘露」(高崎酒造)と「千鶴・白」(神酒造)が同順、4位に「紅石蔵」(白金酒造)と上位陣も鹿児島県産が選ばれている。(373news.com)

20071031n0004  「共通ブランド『薩摩ロック』」
 
鹿児島県内の焼酎メーカー11社でつくる芋焼酎生産者協議会は、オンザロック専用の芋焼酎を各蔵元で開発、先月から共通ブランド「薩摩ロック」として販売している。
 この焼酎は、これまでの銘柄の発酵方法やアルコール度数を改良して、ロックの飲み方が普及している関東や関西向けに販売しているもの。「薩摩ロック」のロゴと容器は統一したが、仕込みや製造方法は各蔵のオリジナルとなっている。
 またアルコール度数は25~37度と高めで、「さつま無双」などは、ろ過の仕方を変える湖とで、氷で割ると香りが立つ。
 協議会は3年前から「薩摩ヌーヴォー」を企画しているが、今回はウイスキーにも負けない「ロック」を目玉にした。
 価格は、720mlで1238円~2238円(税抜き) (南日本)

  「黒瀬」のホームページ 
  http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

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November 06, 2007

777.晴海インフィオラータ

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 晴海トリトンで毎年開催される「インフィオラータ」、日本語に訳すと「花の絨毯」。

 13世紀頃からイタリアでは、「キリスト聖体の祝日」行列の時歩道に花を撒く習慣があった。また17世紀になるとサンピエトロ寺院の中で、モザイク風の花のデコレーションが飾られた。
 ローマ郊外の町ジェンツアーノでも、神父たちが街の中心通りに花のカーペットを敷き詰めてきたが、近年になると著名な画家やフアッション・デザイナー、スタイリスト達が参加し、世界中に紹介されるようになった。

 イタリアの街並みをモデルに7年前につくられた「晴海トリトン」は、運河沿いに「花・緑・水」をテーマにしたテラスがある。そこで地域のコミュニケーションを図る催しとして、住民達のボランティアが、「インフィオーラ」を始めた。

071106_032_640071106_031_640  「花の絨毯」は毎年テーマを決めて作られる。昨年は「四季のハーモニー」、今年は「昭和絵巻」。
 左の絨毯は「昭和の名車」、銀座を走るバスや三輪自動車。右は「昭和のスポーツ」、東京タワーを背景に野球選手や相撲の土俵入りが描かれている。

071106_018_640071106_021_640  イタリアの絨毯は、主にカーネーションの花びらで彩られるが、こちらはバラの花。およそ12万本のバラを、晴海に住む子供たちが中心となって茎からはずして、色毎に揃えた。
 花の絨毯は21枚。本場ジュリアーノ市から来日したアート・ディレクター、アントワーヌ・チェザローニさんの指導の下、住民達が描き上げた。

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 今年の「晴海インフィオラータ」は今夜の23時まで。最終日なので、花の絨毯の上を自由に歩く事ができる。

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November 05, 2007

776.秋・越後路

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 越後の国・清津峡、黒部峡谷(富山)、大杉峡谷(三重)と共に日本三大峡谷に数えられている。ここはまた新潟一の紅葉の名所である。
 新幹線越後湯沢駅から車で30分、十二峠を越えると峡谷に着く。

071101_177_640071101_176_640071101_182_640  群馬・長野・新潟の県境が重なる山々を源に、清津川が岩を削って流れる。
 垂直に割れた六角柱の岩々、「柱状節理」と呼ばれるもので、その昔火山のマグマが冷却する際、収縮して規則的な割れ目を造った。
 この岸壁は、国の名勝天然記念物に指定されている。

071101_175_640071101_178_640071101_179_640 岩の割れ目からモミジ、センリョウ、ウルシ、ナナカマドが顔をだして峡谷を彩る。
 今週いっぱいが、紅葉の最も映える時だという。

 以前は峡谷沿いに遊歩道があった。しかし脆い岩の崩落で死者を出し、歩道は鎖された。現在は岩山にトンネルを刳り抜き、4か所の見晴所から雄大で荘厳な渓谷美を楽しむ事が出来る。
 今回周遊した四つの渓谷の中で、ここだけ大人一人500円の入場料がかかる。トンネルの工事費と維持のための費用を賄うためだ。

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 信濃から越後へ。彼の地は今が秋の真っ盛りである。

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November 04, 2007

775.秋・信濃路(2)

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 高瀬渓谷と並ぶ、もうひとつの紅葉の名勝は松川渓谷。071101_032_640071101_040_640071101_050_640071101_067_640

         長野から小布施を経て車で1時間、群馬県境の白根山(2106m)を源に、松川が渓谷をつくる。七味大滝、雷滝、八滝と続いて高井ダムに達する。
 渓谷に沿って、昔ながらの情緒を伝える温泉宿が点在する。奥山田、七味、五色、松川、山田、蕨、子安の「信州高山温泉郷」である。
 なかでも山田温泉は歴史が古く、明治から大正にかけて多くの文人墨客がここを訪れている。

 「鳳凰が 山をおほへるおくしなの 山田の渓の 秋に逢ふかな」
 与謝野晶子の歌碑を、渓谷の遊歩道に見た。

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 松川渓谷を散策したあとは、志賀高原~奥志賀公園栄線を通って「秋山郷」に向かう。
 ここは、日本最後の秘境と呼ばれる平家落人の里である。長野・新潟の県境沿いの深い谷あいに12の集落があり、総称して秋山郷と呼ばれる。
 江戸時代、「北越雪譜」で有名な文人鈴木牧之によって、マタギの里の生活が初めて世に知らされた。
 冬になると7mを越える豪雪に埋まり、交通は途絶する。天明の飢饉(1783年)、天保の飢饉(1836年)では、村人全てが餓死して消滅した集落もあるなど悲惨な歴史も持ち、幾つかの小説の舞台にもなっている。
 いまでも先人の知恵と技を受け継いだ独特の文化が残っており、昨今ここを訪ねる人も増えてきた。

 まもなく閉鎖される秋山林道を小型バスで走り、信濃川沿いの新潟県津南町に抜ける。 

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November 03, 2007

774.秋・信濃路

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 紅葉の美しさで知られる信濃の名勝地「高瀬渓谷」。大町からバスで渓谷の紅葉を楽しみながら40分、七倉口に着く。ここでタクシーに乗り換えて15分、高瀬ダムに。終点は富山県境の東京電力新高瀬川発電所。

071101_106_640071101_125_640071101_104_640野口五郎岳(2924m)、
三ッ岳(2845m)、
烏帽子岳(2628m)、
南沢岳(2625m)、不動岳(2595m)に囲まれた高瀬ダム湖は、北アルプスの雪解け水に洗われた石灰岩で白緑色 。不動岳から落ちる濁の滝もその名の通り、白濁している。
 そして湖岸の奥に高瀬川の源流となる槍ヶ岳(3180m)が、かすかに見えた。

071101_121_640071101_088_640071101_085_640_2  ダムは自然の石を積み上げたロックフィル。湯俣川、千丈沢、天丈沢、五郎岳、不動岳から流れる沢を堰きとめ、水を保つ。高さ176m,長さ362mの堰堤が壮観だ。 

 高瀬渓谷にはこのほか、下流に七倉・大町と2つのダムがあり、5つの発電所から134万kwの電流が、東京に送られる。
 渓谷はやがて安曇平を経て犀川に、さらに千曲川となり信濃川と名を変える。

 高瀬ダムへの道は明日4日まで。来年の雪解けまでここは完全に閉鎖される。

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