799.晩秋・紀州路
那智勝浦を出発して30分、「ここは串本 むかいは大島 仲を取り持つ巡航船・・・」と、唄に歌われた串本の「橋杭岩」。
対岸の紀伊大島へ橋を架けようと、弘法大師が天邪鬼と賭けをして一夜にして造った橋桁、という伝説の岩柱である。
橋の方は右の写真かすかに見えるように、およそ1200年経った8年前にようやく架けられたというわけだ。
本州最南端、潮岬はさらに右に連なる。

串本から紀州路を1時間ほど走ると白浜に着く。日本最古の温泉として有名なこの一帯は、リアス式の断崖が続く。
千畳敷、三段壁。風と浪が千古の歴史を刻んで岩を削った。


三段壁の奥深くにある大洞窟。
第50代桓武天皇の頃というから今から1220年程昔、この洞窟を隠れ家にした海賊「多賀丸」が、沖を通る船を襲っていたという。
また源平の時代になると、ここは熊野水軍の「船隠しの洞窟」となった。源平最後の合戦の折には、2000人の熊野水軍の兵士たちを乗せた200余の軍船が、ここから壇ノ浦に向かったと地元の記録は伝えている。
現在、三段壁の上から洞窟の下までエレベーターで降りて、往時を偲ぶ事ができる。




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