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June 29, 2008

969.全国地名保存連盟

080629_077_640  全国地名保存連盟の第26回総会が、昨日神田一ツ橋の学士会館で開かれた。
 この会は、26年前に東京・旧牛込区や港区狸穴・永坂町で「強制的な町名変更反対」の運動に携わった住民たちが、核となって結成した組織。
 初代の会長は狸穴を守った経済評論家の木内信胤さん、二代目が文部省出身の村尾次郎さん、現在は評論家でエッセイストの犬養智子さんが会長として連盟を運営している。

 連盟は「地名や町名は、歴史の中から生まれ、歴史を伝える文化。それは他の文化遺産と同じように、一度失われれば二度と再び作り出すことは出来ない」と、これまで息ながく地名保存・復活の運動を続けている。

 一昨年までは、「平成の大合併」による「詐称地名」や「悪趣味地名」など歴史や地域文化を無視した「地名改悪」が焦点だったが、一段落した現在は「旧地名復活」の動きが中心となっている。

 これは連盟が結成された第一の目的、「住居表示法」の改正運動の成果でもある。
 これまでは国の命令によって強制的に変えられていた町名を、「新町名は従来の町名に準拠すること」との条文に変えることで、「旧町名(地名)復活」の道を開いたのだ。
 この改正は、連盟の会員でもあった国会議員達による「議員立法」として、1985(昭和60)年に実現した。

 「旧町名復活」の先駆的な地域は、金沢市である。既に「主計町(かずえまち)」「下石引町(しもいしびきちょう)」「飛梅町(とびうめちょう)」「木倉町(きぐらまち)」「柿の木畠町(かきのきばたけまち)」「六枚町(ろくまいまち)」「並木町(なみきまち)」「袋町(ふくろまち)」の8ッの旧町名が復活した。そして今年の秋に向けて「南町(みなみちょう)」復活の作業が進んでいる。
 この旧町名復活で注目すべきは、「町」を一律の呼び方にせず昔のまま「まち」または「ちょう」としている事だ。行政も市民の声に応えて、柔軟に対応している事が伺える。

 金沢市の動きに刺激され、長崎市でも「銀屋町(ぎんやまち)」「東古川町(ひがしふるかわまち)」が復活、長野県上田市、仙台市、東京の複数の区などでは審議会や研究会を設けて、「歴史的地名と住居表示のあり方」を検討している。

 「旧町名復活」と一口にいっても、ハードルは高い。町名変更によって、様々な法的記録を変更しなければならなくなる。たとえば住民票から登記簿、街路表示、身近な例でも印刷された封筒から名刺まで作り直すという、膨大なエネルギーと経費がかかるのだ。
 それだけに、そこに住む住民の強い賛同や会社事務所などの理解が前提となる。
 だからこそ、市町村合併時の「地名決定」は慎重に、かつ住民の理解が必要なのだ。

080629_081_640  昨日の総会ではその金沢から、北陸放送出身のメディア・プロデューサー金森千栄子さんを招いて、「町は言葉の海」と題する講演が行われた。
 金沢の市民たちが、片意地はらず日常的に地域の文化を守っている姿が具体例で紹介された。
 この地の町の風情は、旧町名が示す通りで、あちこちにある路地が「物語りの道」として今も生きているそうだ。
 兼六園だけでなく、そんな金沢を見てほしいと金森さんは語る。

 詳しい講演内容は、近々発行される「全国地名保存連盟・会報」に掲載。
 事務局: 〒162-0062 東京都新宿区市谷加賀町2-5-26
                         ℡03-3260-6501

 

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June 28, 2008

968.JUNO

018  昨年のローマ国際映画祭でのグランプリを皮切りに、映画祭・映画賞70以上を受賞。アカデミー賞では、作品・監督・主演女優・脚本の4部門にノミネイトされ脚本賞を獲った話題作がこれ。
 わずか7館での公開から、口コミで広がって全米2448館で上映、1億ドルを超える興行収入をあげたそうだ。

 監督・脚本家も話題の人。
 カナダの芸能一家に生まれたジェイソン・ライトマン。任天堂や京セラ、ホンダのCM監督から初の長編映画「サンキュー・スモーキング」を撮り、今回は2作目という若干30歳のカナダ人の監督である。
 コンビを組んだのがディアブロ・コディ。自らのストリッパー経験をブログに連載して、プロデューサーの目に留まった。頼まれて親友の体験をヒントに書いたのが「ジュノ」なのだ。生まれて初めての脚本で、アカデミー賞。彼女も30歳である。
 そしてプロデューサーのひとりが、怪優のジョン・マルコヴィッチ。

329516view005  お話は、興味本位で同級生とセックスした16歳の高校生が、「予期せぬ妊娠」という事態に。自意識過剰で周りを振り回すヤンキー娘が、やがて大人の世界と愛に目覚めていく、というヒューマンコメディーである。

 その高校生ジュノを、「ハードキャンディ」で狂気めいた女子高校生を演じて、その存在感を見せ付けたカナダの女優エレン・ペイジ。今回も、ドライではあるが、大人の世界一歩手前の傷つきやすい少女を上手く見せる。
 頼りない同級生マイケル・セラ(「オーロラの彼方」)、里親ジェニファー・ガーナー(「デアデビル」)とジェイソン・ベイトマン(「キングダム/見えない敵)、主人公を力強く支える父親と継母をJ・K・シモンズ(「スパイダーマン」)とアリソン・ジャネイ(「アメリカン・ビューティー」)という配役。

329516view002 「10代の望まない妊娠」は社会問題化されがちだが、この作品では主人公が家族のやさしさ、ほんとの恋を知るというハッピーエンドで終る。
 それはそれで良いのだが、先日のニュースでは、アメリカ・マサチューセッツ州の16才の女子高校生たちが、「出産協定」を結んで一斉に妊娠したそうだ。セックスが快楽からさらにすっ飛んで、ペット(赤ん坊)を造るための手段になってしまった。
 こんなところに「JUNO」現象が現れる。

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June 27, 2008

967.ぐるりのこと

Download_img3_2 「精巧なガラス細工を手に持ったような、繊細な仕上がり。こんな作品は、橋口亮輔君にしか創れない。」(山田洋次監督)
 今年度前半の日本映画の中では、最高の作品との声もある。とくに、映画評論家など専門家の評価が高い。

 監督の橋口亮輔は、前作「ハッシュ」('02)でカンヌ国際映画祭四つの賞、世界各地の映画祭で数々の賞を受賞した人。
 その彼が、原作・脚本・編集・をこなし、自らの実体験を反映させた作品を6年ぶりに撮った。

 やさしく、時にはユーモアを交えながら、あえてドラマチックな展開をせず、静かに夫婦の10年を紡ぐ。
328806view005  その夫婦に、木村多江(「大奥」)とリリー・フランキー(「東京タワー オカンとボクと時々オトン」の原作者)が始めての主役として出演した。
 「ふたりのドキュメンタリーを撮るつもりで臨んだ。」と監督は話すが、彼自身が苦しみを乗り越えた実体験を、ささやかな日常生活の中に描いていく。
 「この息苦しい時代の中で、希望は人と人の絆の中にある」と映画は語る。

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 描かれる時代は、バブルの弾けた1993年から9・11の2003年の10年間。主人公のフランキーを「法廷画家」に設定することで、10年の時代が裁判シーンで綴られる。
 先日死刑となった宮崎勤の「連続幼児殺害事件」、「地下鉄サリン事件」、「小学校乱入無差別殺人事件」、「幼児ひき逃げ事件」、「主婦幼稚園児殺害事件」、「高級官僚汚職事件」・・・・・。
 そんな時代の中で、2人は漂うように生きていく。

 法廷画家とは、撮影が禁止されている法廷のなかで被告人などをスケッチして、新聞やテレビの映像として掲載する仕事。短時間で被告人の表情を捉え、描きあげなければならない。

 他の出演は、その法廷画家仲間に寺田農、司法記者柄本明、被告人や証人に加瀬亮、新井浩文、片岡礼子。主人公の家族に倍賞美津子、寺島進、安藤玉恵。

Logo とは、夫婦の身の回りのこと、または自分達をとりまく環境のこと。このタイトルのイラストは、リリー・フランキーが描いた。
 上映館が少ないのが、残念だ。

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June 26, 2008

966.イースタン・プロミス

1024_768_1  タイトルの意味が判らないままに、映画を見た。そして明らかになったのは、それが東欧マフィアと西欧マフィアの人身売買契約書のことだった。

 ソ連圏崩壊によって東欧やロシア各地から、貧しい女性達が売春婦として西欧に売られていく。こうした事実は、これまでも映画で取り上げられた。
 例えば、イギリスでは7000人の売春婦の8割が、東欧・ロシア出身者だと言う。ウエイトレスや掃除夫の名目で入国し、やがて地元の売春組織に売り飛ばされる。

Photo02_2  地元のマフィア組織も、ロンドンなどではロシア系が多く、それぞれ縄張りを持っている。新聞を賑わせた亡命元KGBの暗殺事件なども、そうしたロシアン・マフィアが深く関わっているそうだ。

 この作品もそうした裏の社会を舞台に、そこに足を踏み入れてしまった表の社会の女の物語りである。

Photo01  オーストラリアの実力派女優ナオミ・ワッツ(「キング・コング」)が演ずるのはロシア出身の父親を持つ助産婦。子供を生んで死んだ少女に関わったばかりに、闇の世界へと入っていく。
 そこで運命的に出会ったのが、ロシアン・マフィアのボスの運転手ヴィゴ・モーテンセン。あの「ロード・オブ・リング」シリーズの、勇者アラゴンである。青く透き通った目を持つモーテーセン、アメリカの俳優だがデンマーク人の血を引く。この作品の名演技で、今年のアカデミー賞では、主演男優賞にノミネイトされた。
Photo05  もうひとり、ボスの息子役がフランスの個性派俳優ヴァンサン・カッセル(「クリムゾン・リバー」)である。

 監督は、カナダ・ホラー映画の鬼才といわれるデヴィッド・クローネンバーグ。「ザ・フライ]('86)「裸のランチ]('91)などで知られているが、前作の「ヒストリー・オブ・バイオレンス」では、アメリカ各地の映画批評家協会賞を独り占めしている。
 この作品には、モーテンセンが主役で出演しており、彼の演技に惚れて再登場となった。

Photo03  映画では、マフィアたちのタトゥーが重要な意味を持つ。
 ロシア人犯罪者たちは、その犯罪の履歴書を身体に刻む慣わしがある。それがまた、マフィアに加わるためのパスポートとなる。
 今回も、主役のモーテンセンの身体の43箇所に、タトゥーが刻まれている。背中に彫られたロシア正教会の三つの玉葱ドームは、サンクトペテルブルグの刑務所に3回服役した事を表し、ヘビやバラや十字架はその犯した犯罪と刑期、さらにはホモやサディストなどの性嗜好、そして膝に星を刻むことで、誰にも跪かないマフィアの掟を誓う。
 このタトゥーだらけの全裸の姿で、彼が敵対するチェチェン人マフィアと死闘を繰り広げるシーンが、映画のハイライトになる。

 もうひとつ、なにげないセリフの中に、ロシアンマフィアの強い家族意識を知る。
 スラブ人の名前の構造は、個人名+父称+姓となる。そして男子の場合、父称は父親の個人名のあとにヴィチをつけ、女子はヴィナをつける。つまり、イワンの息子は、イワノヴィッチになる。
 このことで、一家の先祖は辿られるし、ファミリーの構成が分かる。

 イギリスとカナダの共同制作、セリフはロシア語とロシア訛の英語だ。

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June 25, 2008

965.株主総会

 今週末の27日は、株主総会の集中日。最近は、外資系のファンドが株主提案を出して経営陣を脅かすケースも増えてきたが、大多数の総会は短時間で「シャンシャン」と終る。
 僅かな株を持っているので、数社から「定時株主総会招集のご通知」が送られてきたが、1社を除いては特段の問題はなさそうだ。

 昨日開催された「東日本旅客鉄道株式会社」の株主総会だけは、会社提案の4つの議案の他に10の議案が株主から提案された。(提案株主261名、持ち株数404)
 いずれも絶対多数で否決されたが、話題となっている外資系ファンドのそれとは質が異なり、政治的社会的な背景を持った問題なので紹介しておく。

 ・定款に「株主総会の権限を拡張して、会社の安全政策・環境政策・労務政策について決議出きる様にする」ことを加える。
 (過度な外注化による線路の保守等に安全性の問題あり。組合脱退・退社強要、不当労働行為など)
・ 労務政策の是正
 (各労働組合に対し、使用者側が中立義務を厳格に遵守すること。国鉄分割・民営化の際に生じた解雇問題の解決)
・取締役報酬の株主への個別開示
・社外取締役の選任の義務付け(取締役の2割以上)
・最高顧問、相談役、顧問の選任と報酬は株主総会の承認を
・取締役解任(会長、社長、労務人事担当取締役)
・取締役選任(社外)
・役員報酬10%減額
・剰余金の積み立て(解雇問題解決金として)
・剰余金処分(地方ローカル線合併のための積立金)

 国鉄が分割・民営化されてもう21年が経つ。「異常な労務政策」と週刊誌が書きたてた特定労組と会社経営陣との関係、それと深く関わる「1047名解雇問題」、切り離されたローカル線赤字、いわゆるJRの抱える「負の遺産」が年に一度の「株主総会」の時、こうした形で露呈される。 

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June 24, 2008

964.アウエイ・フロム・ハー

017 まだ20代の女優が、始めて監督した映画が話題を呼んでいる。サラ・ポーラ、「スウィート アフター」や「死ぬまでにしたい10のこと」に主演したカナダの個性派女優である。
 同じカナダのベストセラー作家アリス・マンローの短編「クマが山を越えてきた」を自ら脚色、師匠のアトム・エゴヤン監督(「スィートアフター」)が製作総指揮として彼女を支えた。

 日本版の副題は「君を想う」。失われていく記憶と夫婦の歴史を、丁寧に描いた美しくも切ない愛の物語である。
 ひとは、残したい記憶と忘れたい記憶を選択できるが、認知症はそれを許さない。病はひとに、忘れ去られてしまう辛さと、忘れてしまうことの悲しさ、忘れられないことの苦しさを味わせる。

20080218007fl00007viewrsz150x  認知症となって施設に入る妻を、ジュリー・クリスティーが見事に演じゴールデン・グローブ賞主演女優賞ほか数々の賞に輝いた。
 「サラの初監督作のヒロインを、他の女優には演じさせたくない」と、10年ぶりの主役である。
 「ダーリング]('65)でアカデミー賞を獲った頃の美しさと演技力は、決して衰えてない。

 夫の役は、「リトル・ランナー」にも出演したカナダのベテラン俳優ゴードン・ピンセント。
 愛する妻の人生から、自分の存在が欠落してしまうことによる孤独感・寂寥感を、無表情のなかに深く滲ませる。

 施設で主人公が愛情を捧げる患者の妻、この微妙な女性心理をリアルに演じているのは、アメリカの女優オリンピア・デュカキス。「月の輝く夜」でアカデミー賞助演女優賞を獲った。

 舞台となったカナダ・オンタリアの自然が、映画のもうひとつの主役となる。このオンタリオは、サラ・ポーリーが今も住んでいる地である。また、原作者の出身地でもある。
 氷点下40度にも近い凍てついた湖を、老夫婦がクロスカントリースキーで滑っていくトップシーンが、夫婦愛の素晴らしさと切なさ、さらには怖さを暗示する。

 サラ・ポーリー、若い彼女の鋭い洞察力と感性が、親の世代の愛と性と孤独を描き切った。 

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June 23, 2008

963.築地350年

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 かっての江戸湾を埋め立て、「築地」を築いてから今年で350年になる。地元ではそれを祝して、さまざまなイベントを開いている。

Reisai12_3003_2  今月の始めに行われた波除稲荷神社の本祭り、「つきじ獅子祭」もそうだし、先月には築地本願寺で、寺基移転350年記念「築(きず)きな祭」が開かれた。
 この日、本願寺には、門徒衆はもちろん魚河岸の人たちも参加して大いに賑わった。

 「築地」のきっかけは、「明暦の大火」で浅草にあった寺社を焼失した、本願寺の移転先の建設だった。

 1657(明暦3)年正月18日、本郷丸山の本妙寺から出火、翌々20日まで燃え続けて江戸の三分の二は焦土となった。
 焼失したもの大名屋敷500、旗本屋敷750、寺社300、橋60、町家1200、焼死者は実に107.000人にのぼった。
 江戸城もこの大火で、天主閣を始め本丸・二の丸・三の丸を焼失。将軍家綱は、危うく西の丸へ逃げて難を逃れる。
 この大火は、病死した娘3人の振袖を寺で焼き捨てたところ、火が付いたまま振袖が舞い上がって本堂に燃え移り、さらに江戸市中に飛び火したことから、「振袖火事」とも呼ばれている。

 明暦の大火がきっかけとなって、老中松平伊豆守による「防災都市造り」が始まる。城内にあった御三家の屋敷や、江戸城周辺の大名屋敷を郭外に移転した。
 また、近くの寺社も郊外に移す。そして要所要所に土手や広小路を設け、下町一帯に運河を開削した。
 上野広小路や十間川、横川はその名残である。現在の人形町付近にあった吉原が、浅草の先に移ったのも、その一環なのだ。

 本願寺の移転は、門徒衆だった佃の漁師達が請け負った。そして一年かけて築地を完成させた。そのエピソードについては、ブログ951号に書いた。

012014  「つきじ350年」を記念して、「築地食のまちづくり協議会」は、先週長さ38メートルもある「千社額」を場外の波除通りに掲げた。
 江戸時代から続く日本の食文化を、内外にアピールしようという試みである。021_3

 馴染みの店の名前が並ぶ中央に、「築地本願寺」の「千社額」が掲げられているのも面白い。魚河岸の人たちにとって、本願寺さんはこの地の先輩なのだ。
 「関東大震災」で魚河岸が日本橋から築地に移転したのは、「明暦の大火」から266年後になる。
 そして今、「築地市場」の移転問題が揺れに揺れている。

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June 21, 2008

962.ナルニア国物語

Narnia2_intl_poster2 ディズニー・ピクチャーズが贈る世紀のファンタジー・プロジェクト、「ナルニア国物語」の第二作は「カスピアン王子の角笛」。7章と続く物語の第2章である。

 2年前の3月、ブログ290号で第1章「ライオンと魔女」を紹介したが、その時のプロローグを再録する。

 「イギリスはファンタジーの宝庫といわれる。北欧神話とアーサー王伝説などの英雄神話育った国民性をバックボーンに、数々の名作がある。
 『不思議な国のアリス』から『ピーターパン』、映画『ロード・オブ・キング』の原作、トールキンの『指輪物語』、J・K・ローリングの『ハリー・ポッター』などの大作がある。」
 「これらの大作トハリウッドの技術が結びついて、ここ4~5年に壮大なスケールを持った『ファンタジー映画』が次々と誕生した。
 それにはもうひとつ、ニュージーランドの雄大な大自然が加わる。そしてここには、ハリウッドを凌ぐSFX界きってのワークショップ集団が存在する。」

 第2作のイントロも、全く上記の通り何も付け加える事はない。監督も視覚効果のスーパーバイザーも、アンドリュー・アダムソンとディーン・ライトとハリウッド映画界では、その道のトップのコンビである。

111207  前回はあまり触れなかった、原作についてコメントしておこう。

 ファンタジー作家として世界的に有名な、北アイルランド出身のクライヴ・ステプルス・ルイス(1898~1963)の同名の書が映画の原作。既に日本でも岩波書店から、7巻の絵本などが出版されており、多くの子供たちに愛読されている。
 この地上の何処にもない想像上の国「ナルニア」。偉大なる創造主ライオンのアスランが造った不思議な生き物たちが暮らす自由な国が、人間達の侵略をうけて滅びる2555年の歴史が、7つの物語りとして綴られる。
 すでに2010年の封切を目指して、第3章「朝びらき丸、東の海へ」の撮影も進んでいるが、このあと「銀の椅子」「馬と少年」「魔術師のおい」「最後の戦い」と続く。

 原作者ルイスは、「指輪物語」のトールキンの友人。2人の作品は宗教的・神学的な展開で共通しており、クリスチャンの支持を受けている。これと対照的なファンタジーがブルマンの「ライラの冒険」といわれ、映画作品もカソリック界から批難されている。
 だからイギリスの親たちは、まず「ナルニア」から子供たちに与えるのだ。

 前回と同じ主人公は4人の兄弟姉妹。前回は彼等ソバカスっ子が、あまり可愛くないと具体的に紹介しなかったが、それぞれ年齢も重ね色気も出てきたので並べておこう。

 ナルニア王4人兄弟。
 長男、ウイリアム・モースリー(20)、イギリスのテレビ俳優で第1章のオーディションで選ばれて大役を。
 長女、アナ・ポップルウエル(19)、オックスフォード大学に通う女子大生。「真珠の耳飾の少女」など子役のキャリアを持つ。
 次男、スキャンダー・ケインズ(16)、チャールズ・ダーウインの末裔、作家ケインズの息子。舞台・テレビで活躍中。
 次女、ジョージー・ヘンリー(12)、ヨークシャの地元劇団で活動。第1章のオーディションで2000人の応募者の中から選ばれた。

Narnia2_wp_800  そして今回初登場は、人間に侵略され滅亡の瀬戸際にあるナルニアの運命を握る「人間の王子カスピアン」。
 その役を、イギリスの舞台俳優としてキャリアを持つベン・バーンズ(26)が、ハリウッド期待の新星として担う。彼はまた、次回作への出演も決まった。

 なお、JALPAKが、来月から「ナルニア国物語」のロケ地、ニュージランドのコロマンデル半島を廻るツアーを企画している。

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June 20, 2008

961.ランジェ公爵夫人

Ph02_intro 「この映画では、主人公も、主人公を写すカメラも、そして観客もが、身動きもままならないままに、愛の深淵へと運ばれてゆく。」(リベラシオン紙)

 19世紀フランスの文豪オノレ・ド・バルザックの名作を、20世紀フランスの巨匠ジャック・リヴェット監督が、21世紀に描きあげた「愛の深淵」の作品である。

 話は社交界の華・公爵夫人と、ナポレオン軍の英雄が電撃的に出会い、恋の駆け引きが繰り広げられる、というもの。誘惑し突き放す女のしたたかさと、翻弄される堅物将軍の苦悩は、男の観客にとって少々辛い。

Ph01_intro バルザックは、「ゴリオ爺さん」「暗黒事件」など90本を超える短・長編で構成される「人間喜劇」で有名。社会全体を俯瞰しながら、人間の精神の内部を精緻に描く。まさに作品そのものが、フランス社会史といっていいだろう。
 彼の作品はまた、19世紀初頭のパリで繰り広げられた貴族社会の虚偽と欺瞞をえぐったものが多いが、彼自身パリ社交界において数々の公爵・侯爵・伯爵夫人たちと浮名をながし、最後は大貴族の未亡人の「ヒモ」となって、浪費による借財を清算してもらっている。

 監督のリヴェットは今年80歳。ゴダール、トリュフォーらとヌーヴェル・ヴァーグを引率したひとりである。「カイエ・デュ・シネマ」の編集長から、’50年代には批評家から映画監督に転身、短・長編の実験的な作品を創ってきた。
 ’91年、「美しき諍い女」でカンヌ国際映画祭グランプリを獲り、その後「ジャンヌ・ダルク2部作」「恋ごころ」「Mの物語」など3年に1本のペースで、映画を撮り続けている。
 50年前の映画青年だった私にとっては、忘れられない映画人である。

Panel01_top 出演は、公爵夫人にフランスの人気女優ジャンヌ・バリバール(「恋ごころ」)、将軍に名優ジェラール・ドバルデューの息子ギヨーム(「天使の肌」)。
 脇をフランスを代表するベテラン、ミシュル・ピコリとビュル・オジェが風格ある演技で固める。

 上映している「岩波ホール」は、今日でおしまいだが、これから神戸・三重・福岡・静岡・札幌での公開が予定されている。

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June 19, 2008

960.ラスベガスをぶっつぶせ

013 マサチューセッツ工科大学に通う「天才的数学能力」を持つ学生達が、指導教授のもとでチームを組み、ラスベガスのカジノを荒らしたという、「ホントの話」の映画化。

 原作者のベン・メズリックは、作家というよりテレビ番組などのリサーチャーとして食っている人で、MITの学生からこの話を聞いてノンフィクションとして書いた。

 映画を製作したのは、「アメリカン・ビューティー」でオスカーを受賞したケヴィン・スペイシー。
329929view008  自らも「元天才」の教授として出演し、学生達を束ねる。

 カジノ荒らしは「ブラックジャック」という賭博。
 トランプを用いたカードゲームで、プレイヤーとディーラー(カジノ側の胴元)の間で手持ちカードの数字で勝負する。
 絵札はすべて10とカウント、エースは11とカウントあとは数字のままで、「21」に近い方が勝つ。

329929view006_2  「荒らし」の手法は、「カード・カウンティング」という方法。既にオープンされたカードを記憶して、次に出てくるカードの確率を素早く計算して賭けるというもの。
 こう描けば誰でも出来そうだが、次々と配られるカードを即座に暗記して、一瞬にして確率計算する事はよほどの「天才」でなければ無理である。それをチームのコンビネーションでやってのけるのである。

 カジノ側も、こうした「賭場荒らし」の対策は立てる。監視カメラはもとより、荒らしのプロの変装を見破るために、コンピューターに「人顔認識プログラム」入れて監視する。後は、怖い用心棒が「ちょっ可愛がる」事で、カジノから遠ざける手法だ。

329929view009329929view002  怖い用心棒が面白い。あの「マトリックス」に出演したローレンス・フイッシュバーン(左写真右)である。
 天才学生はハリウッド初出演のイギリステレビ俳優ジム・スタージェス、それに「スーパーマン・リターンズ」のケイト・ボスワース(右写真)が色を添える。

 昔、ラスベガスで「ブラック・ジャック」を経験した事があるが、カード・カウンティングは違法ではない筈だ。メモを片手に勝負している人は結構いた。だからカジノ側としては、暴力でもってしか、カジノ荒らしのプロを追い出せない。これこそ違法なのだろうが。
 カードを記憶して確率計算する手法は、映画を見ただけでは良く判らない。ま凡人の我々にとっては、そんな事はどうでもよいのだが。   

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June 18, 2008

959.蔵直ワイン

080617_006_640080617_010_640080617_011_640   週に一度、映画の帰りに必ず寄る店が、有楽町にある。
 「ヴィノス山崎・蔵直」、創業95年の老舗の酒屋である。酒屋といっても有楽町店は、ワインの専門店。国産を除いた世界各地のワインが、300種ほど並んでいる。

080617_013_640 この店のワインは、海外の蔵元に直接出かけて買い付け、現地からリーファーコンテナ(定温管理コンテナ)で輸入したもの。商社や問屋を通さずに、蔵元直送が売り物、流通経費を省くことでコストダウンしている。

 我が家では、週末だけカミさんに付き合ってワインを飲む。そこで毎週買って帰ることにしている。
 といっても、ワインについての知識は殆ど持ち合わせてはいない。焼酎バーを手伝っているくらいだから、焼酎については味や香りにうるさいし口上も述べられるが、ワインはせいぜい値段で判断する程度の素人なのだ。

080617_009_640080617_008_640  この店が気に入っているのは、「テスティングバー」を併設している事だ。軽くランチを食べながら、週変わりでワインの味見が出来る。
 例えば今週の場合は、「エルミタージュ・ディーオニエール」(11.000円)から「マチュー・コッセル・シッド」(5000円)「ヴィレ・クレッセ2006」(2380円)「ポール・エラルド・ブラン・ド・ノワール」(3980円)など12種類が並んでいた。これ等を1グラス1.000円から200円でテスティングするのだ。

 フランス語やカタカナに弱いので、メモ帳片手にて味わっていると、店のソムリエが色々教えてくれる。こちらはだいたい1000円~2000円のテーブルワインで良いのだが、結構美味しいワインも手に入る。
 今日は、南フランス・ラングドック地方の蔵元のワイン「ドメーヌ・ド・クリスチンメルロー」と「ドメーヌ・ド・グヤベルジュラック・ルージュ」の2本を抱えて帰った。

「蔵直」は、有楽町ほか静岡に本店、自由が丘、渋谷、広尾にも店舗を持つ。

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June 17, 2008

958.マンデラの名もなき看守

011 1993年ノーベル平和賞を受賞した南アフリカ開放の闘士・ネルソン・マンデラ。
 この映画は、彼の輝かしい闘いの功績を描いたものではない。彼が表舞台に立って南アフリカを変革していく以前の「囚われの27年」、ある看守との魂の交流が主題である。

 看守として、過酷な刑務所の島ロベンに赴任した人種差別主義者の主人公が、最悪のテロリストとして収容されているマンデラを担当する。やがて

看守は、マンデアの知性と人間愛に引かれ、彼の目指す平等社会に憧れていく。しかし、現実は・・・。

 ネルソン・マンデラ、1918年生まれ、今年生誕90年を迎える。この映画もそれを記念して製作された。
 南アフリカのある部族長の息子に生まれた彼は、大学で法学を学び弁護士になる。学生時代から黒人を差別する「アパルトヘイト」に反対して、ANC(アフリカ民族会議)に参加56年には国家反逆罪で逮捕される。
 5年後釈放されたあと、反アパルトヘイト闘争のリーダーとなって運動を指導、60年「シャビールの大虐殺」以後は、非暴力の抵抗を見限り武力闘争に転換する。
 63年再び国家反逆罪にて逮捕、終身刑を受けて27年間獄中生活を送る。
 90年国際世論に押され、当時の南ア大統領クラークが彼を保釈。93年ノーベル平和賞。94年南ア共和国初の黒人大統領に就任。
 1999年引退後は、ユネスコ親善大使。

 映画は、「名もなき看守」グレゴリーの手記を基に製作された。ふらんす、ドイツ、ベルギー、イタリア、南アフリカの合作である。
 そして監督は、「ペレ」「愛の風景」とカンヌ国際映画祭パルムドールに2度輝いた、デンマークのビレ・アウグスト。

20080402004fl00004viewrsz150x_2  主人公の看守を演ずるのは、アカデミー賞を受賞した「恋におちたシェイクスピア」のジョセフ・ファインズ。イギリスの舞台俳優である。
 そしてマンデラに、今日本でもヒットしているアメリカのテレビドラマ「24時」で、大統領を演ずるデニス・ヘイスパートが、名演技を見せる。
 マンデラに傾倒していく夫にフアンと反発を抱く妻は、ダイアン・クルーカー(「ナショナル・トレジャー」)。当時の南アフリカに住む、普通の白人たちの差別意識を表現する。

 原題は「GOODBYE BAFANA」。Bafanaとは、主人公の子供の頃遊び仲間だった黒人少年の名。マンデラとオーバーラップするこの名に、作品の狙いが込められている。
 「生まれつき他者を憎むものなどいない。人は憎しみを学ぶのだ。」
 このマンデラの言葉が、今も全世界を覆う「憎しみの連鎖」へのアンチ・テーゼなのだ。

 横浜で開かれた「アフリカ開発会議」を応援する映画でもある。

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June 16, 2008

957.築地魚河岸三代目

015 NHKの連続テレビ小説「瞳」は舞台がご近所、見慣れた景色がいつも登場する。映画「築地魚河岸三代目」のほうも、舞台が重なる。いつも出かける場内・場外はもちろん、我が家も背景に度々写るというので、封切早々劇場に出かけた。

 「男はつらいよ」「釣りバカ日誌」に続いて、松竹お得意のシリーズものの第1作である。
 それだけに、宣伝には力が入っていた。3ヵ月前頃から松竹直営館では、予告編はもちろん上映と上映の間にも、「魚河岸」キャンペインを打っていた。我が家が写っているのに気が付いたのも、そんな事情からだ。

 話は「日本の台所」、東京都中央卸市場・築地市場を舞台に、持ち前の明るさと好奇心で「食のプロ」たちを相手に成長していく「脱サラ」の主人公を描くもの。

329667view004  その主人公が大沢たかお、祖父がこの築地で仲卸業を営んでいたそうで、大張り切りで奮闘している。
 これまでのシリーズ、「寅さん」渥美清、「ハマちゃん」西田敏行、「スーさん」三国連太郎、彼等ほど個性的ではないのでこの先どうなるか心配だが、設定が「明るくハンサム、積極的な若者」なので大沢はピッタリの配役だろう。

329667view001  今回は一作目なので、人間関係の紹介も兼ねた総出演の趣があるが、恋人・田中麗奈、その父親仲卸「魚辰」の二代目・伊東四朗、目利きは市場屈指、「魚辰」を仕切る仲卸人・伊原剛志、彼のカミさんになる小料理屋の女将・森口瑤子、伊東の将棋敵で寿司屋の大将・柄本明が、シリーズ常連になるようだ。

 築地の仲卸組合や市場が、製作をバックアップしているので現場でのロケがスムースに進んである。メインの卸売「魚辰」の店とその周囲はスタジオセットだが、本物と見分けがつかない程良く出来ている。撮影中は、毎日築地から魚介類を運んだそうだ。現地ロケ部分とのつなぎに、違和感はない。
 松竹本社も、築地魚河岸とはご近所同士だから、スタッフも日常的に出入りしていたのだろう。

 そのスタッフ、監督の松原信吾は木下恵介の助監督からスタート、「なんとなくクリスタル」で監督デビュー、現在はテレビドラマなどの演出を手がけているベテラン。撮影の長沼六男は、「たそがれ清兵衛」から「武士の一分」「母べえ」と山田洋次監督といつもコンビを組んでいる松竹大船撮影所出身の名カメラマンである。
 また脚本は、「ミッドナイトイーグル」で監督を務めた成島出と「やじきた道中てれすこ」を書いた安倍照雄。
 松竹がこの作品にいかに賭けてるか、その顔ぶれから意気込みを感じる。

 さてこの1ヵ月、どれだけの観客を動員できるか見ものである。

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June 14, 2008

956.天満敦子ヴァイオリン・コンサート

016  「望郷のバラード」などテレビでもお馴染み、天満敦子さんのナマ演奏を久し振りに聞いた。デビュー以来満30年になると言う。

 故江藤俊哉、海野義雄、故レオニード・コーガン、ヘルマン・クレッバースらに師事した彼女は、芸大在学中に「日本音楽コンクール」第1位、ロン・ティボー国際コンクール特別銀賞を受賞するなど、若い頃から注目を浴びたヴァイオリニストである。

 今回は「命の電話」のチャリティーコンサートだったが、「サラバンド」(バッハ)、「タイスの瞑想曲」(マスネ)、「G線上のアリア」(バッハ)などの、クラッシック名曲を無伴奏で聞かせてくれた。
 また「スワニー河」(フォスター)、「ロンドンデリーの歌」(アイルランド民謡)、「グリーンスリーヴス」(イギリス民謡)、「鳥の歌」(カタロニア民謡)、「アメイジング・グレイス」(黒人霊歌)などポピュラーな民謡も弾く。
 圧巻は「無伴奏パルティータ第2番より シャコンヌ」(バッハ)である。演奏時間15分、譜面も見ず見事に弾きこなす。

 最後は当然ながら「望郷のバラード」。ルーマニアの作曲家・ポルムベスクが、オーストリア・ハンガリー帝国の圧制に抵抗して投獄された獄中で作曲したものと言われている。
 15年前、文化使節として訪れたルマニアで巡りあったこの曲を、彼女は日本で紹介した。その哀愁をおびた美しい旋律は、クラッシックファンを超えて大ヒット。天満敦子の名を知らしめた。
 その後NHKの「わが心の旅・漂白のバラーダ」やドキュメンタリー・ドラマ「望郷」でも紹介されるなど、天満敦子の人間的な魅力が、脚光を浴びた。

 今回のコンサートで使用されたヴァイオリンは、アントニオ・ストラディヴァリウスの晩年の名作、弓は伝説の巨匠ウージエーヌ・イザイの遺愛の名弓と解説に書かれていた。

 天満敦子の今後の出演
 ・7月3日 東京芸術劇場 「ルツエルン交響楽団」との共演
 ・7月27日 日大カサルスホール 「ヴァイオリン・リサイタル」

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June 13, 2008

955.東京道産酒の会(195)

 月に1回、北海道を慈しむ仲間が集まり、地元の酒と料理と会話を楽しむ「東京道産酒の会」。かっての北海道勤務時代を想い出す人、北海道で青春を送った人、北海道にエールを贈る人たちの集まりである。
 195回めの昨夜も、ジャズのナマ演奏を聴きながら、楽しい時間を過ごした。

001 今回のゲストスピーカーは、北海道酒造組合専務理事の西田孝雄さん。「道民に道産酒を」のお話。

 「北海道で醸造される日本酒で、道内消費は20%しかない。多くの人が、東北や北陸、関西のブランド酒を飲んでいる。また酒造メーカーも、あまりその事を問題にしてなかった。
 そこで、道産酒の売り上げ増進はまず北海道内からと、シェア・アップの運動をスタートさせた。
 そのひとつが、ファンクラブ創りだ。これは野球の日ハムの例をモデルにして『すすきの道産酒の会』や『さっぽろ道産酒の会』を立ち上げた。
 もう一つは、『統一ブランド』創りだ。
005006 洞爺湖サミットの開催をきっかけに、厳しい製造基準を作り北海道産の原料だけを使った日本酒を選んだ。そして11メーカー18アイテムを『サミット記念統一ブランド』に選定、先月20日に3万本の限定販売を開始した。
 ブランド名は一般公募により「彩花洞爺」に決定、キャラクターグッズも作って、道産酒のPRに努めている。」

 昨夜は、ゲストミュージシャンも招いた。フィンランド出身の若手バイオリニストのヤンネ・タテノさん。父親は日本人のピアニスト、母親がオペラ歌手と音楽一家である。
 中山育美さんのピアノで「月」を一曲演奏、クラリネット後藤雅広、ギター阿部寛さんが加わって「アラウンド・ザ・ワールド」「小さな花」「サマータイム」のジャズナンバーで会を盛り上げた。

011  ところが恒例の「利き酒会」で出場したヤンネ君、本醸造・吟醸・純米の種別を全て当てて優勝するというハプニング。優勝者が纏う「関白殿下」装束で、一曲披露してくれた。
 そして彼の発声による、通訳付きの「一本〆」で今月の道産酒の会はお開きとなった。

 今回の酒の肴は、「鰊昆布巻き」「帆立貝焼き霜・烏賊のお造り」「サーモン照焼き」「馬鈴薯饅頭」「鮭のあら汁」他。
 酒はもちろん、「彩花洞爺」大吟醸冷酒の数々。

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June 12, 2008

954.光州5・18

012 「MAY18」、韓国民の誰もが知っているこの日を、真っ向から取り上げた映画が製作された。観客動員数740万、歴代韓国映画興行収入8位を果たした。

 「事件」から28年の歳月が過ぎた。ようやくそれは「歴史」になったのか。2000人以上の犠牲者を出し、長い間タブーとされてきた「光州事件」。戒厳軍2万人と市民軍5000人の9日間の戦いの記録である。

 韓国の映画界は長い間、過去の悲劇や政治の誤りを隠しごまかしてきた。しかし、真実を語ることで未来に繋げようとする若い世代が現れ、「シルミド」や「ブラザーフッド」が誕生した。
 光州事件が素材となった作品は、これまでも「つぼみ」「ペパーミント・キャンディー」があったが、なぜこうした悲惨な事件が起こり、どれだけの犠牲が出て、その中で何が失われてしまったかを、真正面から取り上げた商業映画は始めてである。

 総製作費12億円、韓国映画としては巨額である。光州市内の工業団地の空き地に、3億6千万かけて全羅南道・道庁とクムナム路のセットを造った。1980年当時の建物を再現したのである。
 戒厳軍の装甲車、ジープ、街を走るトラックやバス、タクシーまでも当時のものを揃えた。そして多くの光州市民によるエキストラ出演で、悲劇の9日間を描いた。

20080324002fl00002viewrsz150x  キャストも韓国映画界の演技派を揃えた。悲劇の主人公になった兄弟にキム・サンギョン(「殺人の追憶」)とイ・ジュンギ(「王の男」)。兄の恋人にイ・ヨウオン(「サプライズ」)、その父親で空挺特戦団の予備役将官、事件後市民軍の指揮を執った男にアン・ソンギ(「シルミド」)が扮する。
 なかでもアン・ソンギの存在感が強い。「墨攻」「デュエリスト」などアジアの俳優として知られている彼は、軍人として負け戦と分かりながらも市民の側に付く男の苦衷を演じきった。

 光州事件は、当時の報道統制、さらに戒厳軍の指揮者でクーデターによって権力を握ったチョン・ドファンが、長い間大統領を務めていたため、真相は闇に隠されていた。
 今になっても、本当の犠牲者の数が不明というだけに、日本ではあまり知られていない。
 1979年10月、パク・チョンヒ大統領が側近に暗殺されたのがきっかけとなり、韓国に戒厳令が敷かれた。クーデターによって全権を握った軍は、民主化運動を弾圧する。そして、学生を中心とした反政府運動が、全国に拡がる。
 翌1980年5月17日、民主化運動のシンボルでもあったキム・デファンが戒厳軍に連行される。
 18日、地元出身の政治家の逮捕を知った光州の学生デモと機動隊が衝突する。「光州事件」の勃発である。
 19日、韓国最先鋭の第3・第7・第11空挺特戦団に陸軍2師団2万人の戒厳軍が、「華麗なる休暇作戦」の名の下に光州に出動、デモを実力をもって鎮圧する。
 20日、軍の暴行に怒った高校生や主婦、工員たちもデモに参加、軍が発砲して流血の惨事となる。
 21日、反政府デモは20万人の規模となる。一部の市民が武器庫を襲い武装、戒厳軍と正面からぶつかる市街戦になる。この日、市有力者による収拾委員会と政府との話し合いにより、軍は光州を撤退する。
 22日~26日、市民軍によるつかの間に自治。
 27日未明、戒厳軍再び光州に突入。2時間にわたる銃撃戦の末、市内全域を制圧。多くの犠牲者が出た。
  この日の午後、市内を車で街宣放送して駆け抜けた女性がいた。
 「私たちは、光州を死守します。私たちを忘れないで下さい。私たちは、最後まで戦うつもりです。」
 いまや伝説となったこの「街宣」が、映画のラストに流れる。

 「光州事件」の1年前の春、私は光州に滞在していた。釜山~鎮海~麗水~順天~光州と、「薩摩焼」のルーツを訪ねる取材の旅だった。この後、南原から小白山脈を越えて大邸に出た。
 この取材に、コーディネーター兼通訳として同行していたのがチョン・ミヒ、全南大学(光州)の女子学生である。帰国後も、インタビューの翻訳などで連絡をとっていたが、翌年の5月以降消息は不明となった。
 数年後別な取材で韓国を訪れた折、KBSを通じて調査を依頼したが「父親が光州市の副市長だった事。事件後の一家の手がかりはない。」との事だった。
 事件に巻き込まれて殺されたのか、その後の粛清の犠牲となったのか、今は調べる伝はない。

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June 11, 2008

953.ザ・マジックアワー

014 「ラヂオの時間]('97)「みんなの家]('01)に続いて「THE有頂天ホテル」で61億稼いだ三谷幸喜監督の4作目は「ザ・マジックアワー」。
328680view003_2  われらが市村萬次郎も出演している(写真左の人物)というので、封切早々の日劇に出かけた。
 朝9時25分の回というのに、1000人近い座席は7分の入り、さすが三谷エンターティメントの世界である。

 舞台は、どこかマルセイユを想わせる港町・守加護(シュカゴ)。
 知らないうちに伝説の殺し屋になってしまった売れない俳優・佐藤浩市。
328680view002 映画の撮影と思い込んでいるうちに、本物のギャングと渡り合う羽目に。誤解が誤解を呼び、最後は????・・・・・・。
 まさにオリジナル・ノンストップコメディなのだ。

 キャストは佐藤を筆頭に、その場しのぎのクラブの支配人・妻夫木聡、ゴッドファーザーもどきギャングのボス・西田敏行、妻夫木と西田を手玉に取る魔性の女・深津絵里。それに綾瀬はるか、小日向文世、寺島進、戸田惠子、香川照之、市村萬次郎が脇を固める。
 萬次郎は、三谷演出の舞台「決闘!高田の馬場」が監督との始めての出会い。「こんなに面白いキャラを歌舞伎の世界に留めておくのは勿体無い。」とコメディの世界に引っ張り出されたのだ。

 他にも、劇中劇やワンカットのシーンに大物が顔を並べる。中井貴一、鈴木京香、天海佑希、唐沢寿明、さらには生前最後の出演の市川崑 が監督役そのものに。ワンカットは歌舞伎の市川亀治郎と、三谷ならではの贅沢な配役である。

Magichour001_1024Magichour014_1024Magichour007_1024 見ものは、日本最大の東宝スタジオに造った「守加護パラダイス通り」のセット。
 エンディングロールで、その建設風景がコマ送りで映し出されるが、三谷の頭の中にイメージされた架空の街を、「有頂天」以来のコンビ、美術の橋田陽平が生み出したのだ。橋田曰く「マルセイユ日本版だ」と。

07_64007_640_2Imgp1218_640  タイトルになった「マジックアワー」とは、映画の専門用語。夕暮れのほんの一瞬のことで、太陽が地平線の向こうに落ちてから、光が完全になくなるまでのわずかな時間にカメラを回すと、幻想的な映像が撮れるという。
 上の写真は、私がマジックアアーに撮ったウオーターフロント。
 「誰の人生にも、輝く瞬間“マジックアワー”がある。」作品の主題である。   

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June 10, 2008

952.龍馬を超えた男 小松帯刀

Photo 大河ドラマ「篤姫」で、瑛太が演ずる尚五郎こと小松帯刀。このブログ948号でも紹介したように、すっかり全国区になった。いや、これまでは鹿児島の人たちにも殆ど知られていなかった人物である。
 しかし彼は、知る人ぞ知る「龍馬を超えた男」だった。その小松帯刀を、大河ドラマの時代考証を担当している原口泉が丁寧に蘇らせた。原口は、既に22年前「幻の宰相 小松帯刀」を監修している気鋭の歴史学者である。

 彼の父、亡原口虎雄鹿児島大学教授も歴史学者である。40数年前、夜毎焼酎を酌み交わしながら教えを請うた、私の師匠であり飲み友達だった。
 一緒に地方史学会なるものを立ち上げて、埋もれた人物の発掘にも努めた。この作業の中で小松帯刀を知り、テレビ番組で紹介したが、それ以上の展開はなかった。それだけに、今回の大河ドラマ、そしてご子息によるこの本を手にすると感慨深いものがある。

 原口は前書きでこう書く。
 「従来、多くのドラマを秘めた幕末維新期を彩る主役としては、坂本龍馬、西郷隆盛、大久保利通、木戸孝充(桂小五郎)、高杉晋作らが取り上げられてきました。これらそうそうたる幕末の英雄たちに比べて、小松帯刀の名は、まったくと言っていいほど知られていません。・・・・・・・・・篤姫が、終りゆく徳川の時代の象徴であるとしたら、小松帯刀は、それに対置される新しい国作りの象徴、真の立役者といえます。」

001_2  さらに、2人とも11代薩摩藩主・島津斉彬によって、歴史の表舞台に登場したと紹介する。
 篤姫は藩主の養女となり将軍に嫁ぎ、帯刀は藩主の命により小松家を継いだことから、藩の敏腕家老として日本の国体そのものを変革する役目を担う。肝付家の三男坊に過ぎなかった彼が、である。

 原口は、同じ年に生まれた「花の天保6年組」の不思議な縁を語る。
 篤姫と帯刀の誕生が同じ年だった事は、ドラマで紹介済みだが、これから登場し帯刀のサポートで、維新の魁となっていく坂本龍馬も同年の生まれである。
 さらに新撰組副長土方歳三、会津藩主で京都守護職の松平容保、和宮の許婚だった有栖川親王。
 維新後それぞれの分野で活躍する松方正義、三島通庸、五代友厚など薩摩出身者も同様なのだ。

 もうひとつ、帯刀に見る幅広い人脈である。
 家老クラスの上級武士の家に生まれながらも、下級武士の西郷や大久保と若い頃から隔たりなく付き合っていた事は、ドラマでご存知の通りだが、藩を超えて土佐の坂本龍馬や桂小五郎、品川弥二郎など長州藩士、さらには将軍後見職だった徳川家喜とも誼を通じていたのである。
 その人脈があってこそ、「薩長同盟」さらには「大政奉還」を成功させるのだ。

003  京・伏見の寺田屋で、新撰組と伏見奉行の配下に襲われた竜馬を助けたのも、小松帯刀である。その後帯刀は龍馬と新妻お龍を、薩摩藩船に乗せて鹿児島に連れていき、自らの別邸に匿う。
 さらには新婚の2人に、霧島温泉への療養の旅までプレゼントする。司馬遼太郎は「龍馬が行く」の一説に、この旅を日本初の「新婚旅行」と書く。
 奇しくも再来年の大河ドラマは、主人公が坂本龍馬と決まった。司馬の「竜馬が行く」以来42年ぶりの登場である。
 その大河に、小松帯刀が登場するかどうかは、脚本家の腕にかかっている。

原口泉著「龍馬を超えた男 小松帯刀」(グラフ社)
                     本体1300円

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June 08, 2008

951.つきじ獅子祭

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080607_046_640_2080607_035_640_2080607_032_640_2  「弁財天お歯黒獅子」、木彫りの獅子頭は高さ2.15m幅2.5m、重さ600㌔。
 魚がしのおかみさんと娘さんたちが担いで、築地の街を巡行した。
 この雌獅子、決して男が担いではならない。興奮!して暴れるらしい。

080607_042_640080607_045_640080607_041_640  5日から始まった築地・波除稲荷神社夏越し大祭「つきじ獅子祭」は、今年が3年に1度の本祭りである。
 祭りのハイライトは、何といっても女性だけが担ぐこの獅子頭の巡行なのだ。

080607_050_640080607_051_640080607_053_640   築地中央卸売り市場の入り口にある波除稲荷神社は、築地で働く人たちの守り神である。商売繁盛、厄除け・・・、市場の帰りにはここで一礼するのが習わしとなっている。

 350年昔、明暦の大火で焼けた本願寺をここに再建するため、佃の漁師たちが「築地」に取り掛かる。困難を極めた埋め立ての作業中、沖から流れてきたお稲荷さんのご神体をこの地に祀ったところ、堤防を崩す波がピタリと止んだという。
 江戸中期の頃から、奉納された獅子頭が神輿の代わりとなって市中を練り歩いていたが、関東大震災で消失。木場の海底から見つかった樹齢3000年の黒檜の大木で、4年前にお歯黒獅子頭が復元された。
 対になる「厄除け天井大獅子頭」(写真左)は、江戸末期に消失。こちらは16年前に復元されている。

 「つきじ獅子祭」は、本日町内神輿・山車の社参。10日の大祭日まで続く。

080607_039   

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June 07, 2008

950.焼酎バー「黒瀬」(94)

Imgp09112  最近の新聞やホームページから、焼酎の話題を要約で。

 「焼酎飲み方、中国でPR」

 鹿児島の焼酎蔵元が、中国で焼酎の飲み方を紹介しながら販促に努めている。
 大口酒造は、4月の開かれた上海での食品イベントに参加、セミナーでお湯割の飲み方や焼酎の文化を紹介した後、試飲をしてもらった。
 またさつま無双では、天津伊勢丹デノイベントに出展、女性を中心にロックやサワー割りを紹介するなど、焼酎講座を開催して評判となった。
 ここ数年薩摩焼酎の中国への輸出は増えているが、主として現地在留の日本人が対象だった。そこで、まず中国人消費者にも焼酎をテスティングしてもらう事で、愛好者を増やしたいというのが、今回の試みである。(南日本)

 「ANA、国際線で本格芋焼酎を提供」

 ANAは、今月1日の搭乗便より、国際線ファーストクラス・ビジネスクラスで本格芋焼酎の提供を開始した。
 提供される銘柄はファーストクラスが、焼酎フアン以外のも知名度の高いプレミアム焼酎「村尾」、ビジネスクラスでは「川越」。
 またファーストクラスでは、焼酎の肴として「鹿児島名産さつまあげ」も提供される。(全日空HP)

焼酎バー「黒瀬」 渋谷区渋谷2-14-4
              ℡ 5485-1313
 HP http://keida.cocolog-nifty.com/kurose/

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June 06, 2008

949.テレビドラマの世界(2)

008009   「ちりとてちん」

大阪天満宮界隈を舞台に3月まで放送された朝の連続テレビ小説「ちりとてちん」は、久し振りのBKらしいドラマだったと言われている。視聴率は17%台だったが、専門家の評価は高い。
・落語好きのプロデューサーと同じく落語好きの脚本家の息がぴったり。上方落語界のいろいろなエピソードを丹念に取材して、見事に組み立てた。米朝や染丸、三枝の顔を思い浮かべる。
・貫地谷しおりや渡瀬恒彦、和久井映見の演技も上手かったし、人物がよく描けていた。
・声援が続くので、近々番外編も放送されるらしい。

・「BK」。大阪の人たちは、NHK大阪放送局をこう呼ぶ。馬(B)場町の角(K)にあったからではなく、無線局符号がJOBKだったからだ。因みに東京はAK,名古屋はCKである。

・昔からBKは、優れたテレビドラマを放送してきた。松竹新喜劇など関西の大衆芸能の伝統、秋田実や茂木草介、長沖一、香住春吾、現在も活躍している藤本義一など優れた放送作家。それに岡本愛彦や和田勉など、東京の大組織をきらって大阪にやってきた新進気鋭のディレクターたちが、コンビを組んで東京に負けるなと名作を作ってきた。(「石の庭」「平和屋さん」「日本の日蝕」「自由への証言」など)

・役者も揃っていた。ラジオ時代からの名コンビ、アチャコに浪花千栄子、横山エンタツ、森光子、曾我廼家十吾、ミヤコ蝶々など。

・ドラマのBKの名を確固たるものにしたのが、1966(昭和41)年の連続ドラマ「横堀川」。茂木草介が脚本を担当し、明治から戦後にかけての大阪庶民の歩みを描いた。
・田中澄江脚本、林ふみ子主演の「うず潮」は、朝ドラの基本路線を決めたNHK史上画期的な作品だったと、今も言い伝えられている。さらに「あねいもうと」「おはようさん」「わたしは海」「虹を織る」と続く。

010 ・私がBKの制作責任者だった頃は、「女は度胸」と「ええににょぼ」。前者が45.4%、後者は44.5%と今では考えられない高視聴率を獲った。
・「女は度胸」の方は、「おしん」の橋田寿賀子さんが脚本だから当って当然。橋田さんは、熱海の自宅からお赤飯炊いて、よく陣中見舞いに駆けつけてくれた。泉ピン子と藤山直美、藤岡琢也に桜井幸子とうメンバー。藤岡さんは亡くなられたが、放送が終わった後も付き合った。
・「ええにょぼ」は新人戸田菜穂に柴田恭平、坂東英二と和田アキ子の関西コンビ。舞台となった丹後の伊根から、真鯛の差し入れがあったのを覚えている。

・映画の場合もそうだが、ドラマの制作はまさに集団作業である。「篤姫」を例にとると、制作を統括するひとりのプロデューサーの下に、演出のディレクターが4人、デスク、制作主任とあってアシスタントディレクターが14人、美術、音響、技術、撮影、それに衣裳やメイクなど総勢70人という大所帯だ。
・上の写真は、大阪時代の「女は度胸」の打ち上げの記念写真だが、こんなに多くの人間が、ひとつの目標に向かって10ヵ月から1年半も走り続けるわけである。

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June 05, 2008

948.テレビドラマの世界

007 先日開かれた関西地区の高校同窓会に出席した。今年は15回を迎えるので、何か記念講演をと招かれた。
 大阪は10数年前勤務したところ、懐かしい街なので日帰りの旅に出かけた。

 講演テーマは、主催者の要請で「テレビドラマ」のお話。久し振りに郷里が舞台となった大河ドラマ「篤姫」や、BKドラマを中心に体験を交えて紹介した。

 「大河ドラマ『篤姫』」

・鹿児島が「篤姫」で燃えている。「飛ぶが如く」以来18年ぶりの大河ドラマだからだ。東京渋谷の「おはら祭り」でも、「平成の篤姫コンテスト」を開きマスコミを賑わせた。
・「篤姫」は、鹿児島だけでなく全国的にも評判が高い。初回の視聴率が20%だったが、その後アップが続き毎回24%を超えている。先週は24.4%、2位の関西テレビ、キムタクで話題の「CHANGE」を1%上回ってる。
・昨年の「風林火山」の平均視聴率は18.7%、ここ4~5年の「大河」はほぼ同様の数字。「篤姫」は久々のヒット作。

・原作は、「女性の生き様」を書き続けている宮尾登美子の「天璋院篤姫」」。25年前に「日本経済新聞」に連載した。篤姫は将軍家定に輿入れした時の名だが、天璋院は未亡人となり落飾した時の号である。
・その書名の様に、宮尾さんの作品は篤姫が江戸に向かうところから始まり、将軍家定亡き後の大奥、テレビではこれから登場する14代将軍家茂の御台所となった皇女和宮との、「嫁姑」としての相克と和解など、宮尾さんらしいタッチで描かれている。

・テレビドラマの場合は、原作にない幼少期・少女時代の篤姫が、脚本家の田淵久美子の手で丁寧に書かれる。
・原作本のあるドラマの場合、一度原作から離れて再構成する事が大事で、プロデューサーと脚本家の共同作業が番組の完成度を左右する。
・今回の場合それが上手く成功し、作品のヒットに繋がった。あり得たか、なかったかは別として、篤姫と肝付尚五郎が同年生まれという史実からヒントを得、2人を幼馴染にすることでドラマをふくまらした。厳しい人生を送らざるを得ない後半に対して、女らしく可愛く生きた幼年・少女期の篤姫は、視聴者の印象に最後まで残るだろう。

・ドラマが始まるまでは、殆どの人(鹿児島県人をふくめ)が知らなかった篤姫。さらに尚五郎の小松帯刀ともなると、出身地の僅かの人と歴史家ぐらいしか知られていない。それが今回は、尚五郎が一躍スターになった。
・「薩摩藩御城下絵図」によれば、肝付家と小松家は500mぐらいの距離にある。だから藩主斉彬の側近小松清猷と尚五郎が、若い頃から師弟の関係にあった事は考えられる。しかし、篤姫の実家今和泉島津家の屋敷は、かなり離れている。また彼女は今和泉家の別邸、現在の祇園の洲で過ごしたと記録に残されているので、ドラマのような接点は想像しにくい。
・だが、今回の大河は、2人のエピソードに西郷や大久保との交友がフィクションとして描かれることで、ドラマチックな展開を見せる。これは、後半に向けての、重要な伏線でもある。

・話は逸れるが、肝付家は平安時代の大伴氏ゆかりの伴氏に連なる、九州南端肝付半島を支配した豪族である。鎌倉時代に薩摩の守護となった惟宗家(荘園の名をとって島津と名乗る)よりは、古い。鹿屋の隣、高山を根拠地としていたが、1574(天正2)年島津一門との戦いに敗れ、領地を鎌倉から付いてきた家臣の二階堂に譲り渡し、宮之城に移る。(元代議士の二階堂進はこの末裔)
・私事になるが、私の家は宮之城肝付家の分家に当る。だから尚五郎には人一倍の親近感を持って、テレビを見ている。

・尚五郎を演じている役者は瑛太、父親は栗野の出身。というように、今回のドラマの出演者には鹿児島出身者が多い。プロデューサーが意識して配役したわけではないだろうが、尚五郎の父肝付兼善~榎木孝明(菱刈)、小松家当主清猷~沢村一樹(鹿児島)、島津久光~山口祐一郎(鹿児島)、大奥の実力者滝山~稲盛いずみ(鹿児島)、それに鹿児島弁を指導している西田聖四郎(甲南高校)と中村栄子(指宿高校)。中村は既に今和泉家の女中として登場しており、西田も近々幕府老中板倉として出演する。

・スタッフにも鹿児島関係者は多い。監修の原口泉は鹿児島大学教授で近世史の第一人者。薩摩や琉球を舞台にしたドラマには欠かせない専門家である。彼の助言があって始めて、史実から離れたフィクションも生まれる。つまり、ウソはいけないが「あったかも知れない」と想像を膨らませる事は、ドラマには必要だ。そうでないと、単なる歴史教科書になってしまい、人間性は描けない。
・音楽を担当している吉俣良も鹿児島出身だし、ディレクターやカメラマンにも鹿児島出身者がいるという。さぞスタジオでは、鹿児島弁が飛び交っているかも。

・ここでエピソードを一つ。
 郷里の焼酎蔵元「吹上酒造」から、「小松帯刀」という銘柄の焼酎が販売されている。篤姫ブームに乗ってか、このところ売れ行きがよい。テレビにあやかって最近作られた焼酎との誤解があるが、決してそうではない。この銘柄の焼酎は、既に20年ほど前から売り出されていた。
 吹上酒造のオーナーは灘の大関酒造である。20数年前に買収している。その時「小松帯刀」の銘柄が誕生した。実は、大関酒造の創業者は小松帯刀と京都祇園の芸者の間に生まれた子供だったのだ。

004  小松は薩摩藩家老時代、京都に駐在して薩長同盟や王政復古のため奔走していた。伏見の寺田屋で襲撃された坂本龍馬を匿い、鹿児島に逃がしたのも彼である。龍馬とお瀧のこの逃避行が、新婚旅行第1号として流布されているが、鹿児島滞在の2人に小松は屋敷も提供している。

 小松の本妻は、テレビでともさかりえが演じているお近。日置吉利にある小松家の墓地には、若くして亡くなった帯刀と並んでお近の墓があるが、同じ墓地内に京都の芸者お琴の墓もある。お近の計らいによって京都から移されたのだそうだ

 昨年秋、大関酒造の現社長が、初めてこの墓地を訪れたと、地元の新聞が伝えていた。

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June 04, 2008

947.チャーリー・ウイルソンズウオー

329642view005 酒と女が大好きで、楽しく幸せに日々を生きることがモットーのテキサス州選出下院議員・チャーリー・ウイルソン。
 そのノー天気な議員が、テキサスで6番目にお金持ちのセレブ・マダムに誘惑されて「アフガン」を救う羽目に陥るお話。
 米・ソ冷戦期の微妙な国際情勢の中で、議員は一人でどう戦ったか?「たったひとりで世界を変えた本当にウソみたいな話。」

 原作となったのはTVジャーナリスト、ジョージ・クライルの同名のノン・フィクション。80年代後半のアフガン戦争の調査報道から9:11まで、中東・アフガン・パキスタンに広範な人脈と情報を持つ彼は、CBSテレビ「60分ミニッツ」のメンバーのひとり。
 タリバンと手を組みソ連軍をアフガンから追い出した、CIA史上最大の隠密作戦の裏側を500ペジにわたってリポートした。
 惜しくも2年前ガンで逝去したが、この「チャーリー・ウイルソンズ・ウオー」は現在10版を数える。

329642view001  主演はオスカー受賞俳優の3人。
 ノー天気な議員をトム・ハンクス、「フィラデルフィア」('93)「フォレスト・ガンプ]('94)と2年連続でアカデミー賞主演男優賞。
 セレブなマダムはジュリア・ロバーツ、「エリン・ブロコビッチ]('00)主演女優賞。
 らしくないCIAエージェントにフイリップ・シーモア・ホフマン、「カポーティー」('05)主演男優賞。
 そして監督もまた「卒業」('67)でアカデミー賞監督賞受賞のマイク・ニコルズ。彼はアカデミー賞をはじめ、グラミー賞、エミー賞、トニー賞と映画・TV・舞台の主要な賞を全て受賞している巨匠なのだ。

 ユーモアたっぷりの「お笑い」映画だが、ソ連軍撤退と同時に破壊された病院・学校・住居、それに地雷もほったらかして引き上げたアメリカの無責任さを、静かに問う作品でもある。
 CIAが、ソ連のヘリや爆撃機を打ち落とすため、タリバンに渡したスティガー・ミサイルなどの兵器が、今度はアメリカ相手に使われるという皮肉。
 チャーリーは、それを深く!?反省しているのだが。

 ハンクスとロバーツの色気たっぷりの会話が面白い。「もう1回ベッドへ?」「私はもう2回イッタの!」

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June 03, 2008

946.明石町界隈(4)

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080518_045_640080518_046_640 カトリック築地教会、外国人居留地時代から続く「現役」の施設である。もちろん東京では最も古い教会といえる。

 1871(明治4)年、パリ外国宣教会のマラン神父は鉄砲洲に商家をかりて稲荷橋教会を建てた。
 さらに3年後、政府から築地居留地35・36番を借りうけ、ここにゴシック様式赤レンガ造りの聖堂と司祭館を建て稲荷橋から移った。

 教会は関東大震災で消失したが、1927(昭和2)年木造2階建てギリシャ建築パルテノン型の現聖堂が誕生したのである。

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080518_024_640_3080518_023_640080518_014_640 外国人居留地時代からの「現役」としては、ドクター・トイスラーが開いた現・聖路加国際病院も挙げられる。
 彼は1900(明治33)年に、アメリカ聖公会宣教医師として来日、この地に診療所を設けた。

 1900年といえば、幕府が欧米各国と結んだ不平等条約が改正され「治外法権」が撤廃された翌年である。この年をもって、築地の外国人居留地は廃止された。トイスラーの病院は、居留地最後の施設だったわけだ。
 いま病院の敷地に残るトイスラー記念館は、昭和の始めに宣教師館として建てられたものだが、往時を偲ばせる洋風建築物である。

His_10_2His_06_2  聖路加病院も、最初の建物は関東大震災で消失。1933(昭和8)年、財団法人聖路加メディカルセンターとして再建。今日の姿になったのは、1922(平成4)年のことである。
 
 戦時中、聖路加病院は国際病院として世界的に知られており、東京大空襲の際にも米軍機の爆撃対象からはづされた。
 そのお陰で、明石町一帯と月島・佃島は戦火を免れている。

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 病院通いが続いた5月末、聖路加国際病院の屋上庭園は、バラの花が満開だった。
 連れ合いも無事退院、リハビリに励んでいる。       

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June 02, 2008

945.明石町界隈(3)

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080518_032_640080518_035_640  隅田川を背に建つ水たき料亭「治作」。江戸末期に設けられた「築地運上所跡」である。
 上方や伊豆諸島からの荷が届いた江戸湊(現中央区湊)の下流に、幕府の運上所が設置されたのは1867(慶応3)年のこと。海外から輸入される物品を管理するためである。
 つまりここは、東京税関の発祥の地である。
 
 また、1869(明治2)年には運上所内に「傳信機役所」が設けられた。ここと横浜裁判所との間32㌔に電信線が架設され、通信業務が始まった。
 これは、わが国における公衆電気通信の始まりとされる。

080518_040_640 明石町界隈には、こうした「文明開化」の旧跡が多い。
 聖路加国際病院向かいにある明石小学校には、「ガス街灯柱」が残されている。
 横浜に続いて1874(明治7)年に、京橋~金杉橋の間に85基のガス灯が灯った。
 このガス街灯柱はコリント様式で、上部左右の腕金や下部の帯状の繰形はなかなかしゃれた造りになっている。

080518_049_640_2  ここから隅田川沿いに向かうと、佃大橋の袂に「佃島渡船場跡」の碑がある。
 1645(正保2)年、佃の漁師が不定期の渡しを始めたのが起こり。明治に入ると、渡し賃ひとり5厘の手漕ぎによる定期航路!になった。石川島造船所に通う労働者で賑わったらしい。
 1926(大正15)年には東京市が渡船の市営化を決め、汽船曳き舟2艘で交互運転を開始した。もちろん料金は無料である。
 1955(昭和30)年には、1日70往復と夜間も含め運航されたが、1964(昭和38)年8月の佃大橋完成によって300年の歴史の幕を閉じる。

 築地・明石町と対岸の月島・勝鬨を結ぶ他の二つの渡しは、1940(昭和15)年の勝鬨橋完成で消えている。
 
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