« July 2008 | Main | September 2008 »

August 30, 2008

1022.8月のシネマ

 夏休み期間中の映画は、邦画の圧勝に終わったようだ。特に東宝の「崖の上のポニヨ」と「花より男子F」、東映の「クライマーズ・ハイ」、それに夏休み用の「ポケモン」や「仮面ライダー」などが加わり、劇場を賑わした。
 また海外旅行が減り、国内も近場に。暑い日は家族で映画館、それが今年の特徴のようだ。
 まだ7月のデータしかないが、邦画の興行収入は前年同月比倍増の144億円だった。一方洋画は54億円と半減している。

010011   さて8月のシネマ、映画館で見た作品は19本。うち、まだ紹介してなかった作品を、簡単にコメントしよう。

 「カンフーパンダ」
 
DreamWorksが丁寧に作った作品。北京オリンピックに因んでパンダをヒーローに仕立て上げた。声の出演がなかなか豪華、ジャック・ブラック、ジャッキー・チェン、ダスティン・ホフマン、ルーシー・リュー、イアン・マクシェーン、アンジェリーナ・ジョリー。
 まだ何処かで上映している。

 「スター・ウォーズ/クローン・ウォーズ」
 こちらは勿論ルーカスフイルム・アニメーション。シリーズ初の長編3Dアニメ映画で、登場するキャラクターの顔が、これまでの実写の俳優とそっくりなのが面白い。
 アナキン・スカイウオーカーとオビ=ワン・ケノービらジェダイの騎士対ドゥークー伯爵・アサージの戦い。先週末公開。

012013014  「ベガスの恋に勝つルール」
 ラブ・コメディの女王キャメロン・ディアスがその元気さをいっぱい見せるハリウッドらしいドタバタ映画。
 お相手は若手スタのアシュトン・カッチャーだったが、2番館だったせいかお客さんはチラホラ。

 「インクレディブル ハルク
 エドワード・ノートンとリヴ・タイラー出演。放射能を浴びたため、巨大な「ハルク」に変異する科学者と恋人の逃走劇。
 この半世紀、アメリカの子供たち、いや大人達をも楽しませたコミックの映画化。

 「闘茶」
 
これだけは日本映画。といっても原案・監督がワン・イエミン、台湾との合作である。単館上映だったのでタイミングが合わず、やっと2番館で見る事が出来た。
 香川照之と戸田恵梨花の日本側に対し、台湾はアイドルのヴィック・チョウとニン・チャン。音楽をジョン・レノンとオノ・ヨーコの愛息ショーン・レノンが担当しているのが話題に。
 まだ、どこかで上映しているか? 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 29, 2008

1021.里山

047

048049050   世界各地の「自然」を撮り続けている今森光彦さんの写真展が、東京八重洲の大丸ミュージアムで開催されている。
 これまで30年近く撮ってきた、琵琶湖湖畔の「里山」の風景とそこに生きる動物たち、そして村人たちの暮らしの映像である。

 今森さんは滋賀県の生まれ。現在も琵琶湖をのぞむ「里山」にアトリエを設け、身近な風景を撮ってきた。また、世界各地の熱帯雨林や砂漠等、ひろく辺境の地も取材している。

 今森さんの名が広く知られるようになったのは、NHKハイビジョン「里山」シリーズ撮影監督の仕事からである。
 この番組は10年前から始まったもので、琵琶湖湖畔の里山をいわば定点観測として撮り続けているもので、これまで4本のスペシャル番組が放送されている。
 またこれ等の作品は、海外でのコンクールに度々入賞するなど、外国での評価も高い。

 今森さんは、新たに伊勢神宮の杜と自然にも挑戦しており、この夏には始めての写真展も開いている。

 「里山~今森光彦写真展」は、来週月曜日まで大丸ミュージアムで。
 ハイビジョン特集「里山~いのち萌ゆる森」が、9月4日15:30~BS2で放送。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 28, 2008

1020.続・ひとまく映画会

D112170527  「草原の輝き」

 「草原が輝く時、花が美しく咲くとき、再びそれが帰らずとも、嘆くなかれ・・・・」
 劇中にも二回登場するワーズ・ワースの詩だが、タイトル「Splendor in the Grass」は、そこから持ってきた。

 死ぬほど愛し愛されながら、結ばれる事のなかった美男(ウォーレン・ベィティ)と美女(ナタリー・ウッド)の青春を描いたドラマで、巨匠エリア・カザン監督の代表作のひとつと言われている。

 この時代(60年代初頭)、ハリウッドはストイックな状況にあった。今では信じられないが、性描写には厳しい目が注がれ、クラシカルな恋物語が歓迎されていた。
 しかし、ストイックでクラシカルな恋は、むしろ若者の精神を蝕んでいく事を、映画は語る。

Mv5bmtawmte5mzq1mtbeqtjeqwpwz15bbwu  昨夜の衛星映画劇場で放送されたジョン・フォード監督の「捜索者」にも、ナタリー・ウッドが出演していたが、この時はまだ子役扱い。
 1961年23歳になって「草原の輝き」に出演、初めて青春スターになった。
 そして同じ年、「ウエスト・サイド物語」に出演して、その位置を不動のものにする。
 その後「マンハッタン」('63)「求婚専科]('64)「サンセット物語]('65)「雨のニュー・オリンズ]('66)「美人泥棒」('66)とその美貌を売り出すが、'70年代はハリウッドを離れテレビの世界。
 そして1981年、撮影中の事故で亡くなった。享年43歳。

Mv5bmti5mjewotkyn15bml5banbnxkftzty 相手役ウオーレン・ベィティのほうも、この作品が事実上の映画デビュー。父は音楽家、母は女優、3歳上の姉がシャーリー・マクレーンという芸能一家に生まれた彼だが、長い下積み生活を送っている。
 「草原の輝き」から5年後、自らプロデュースして出演した「俺たちに明日はない」('67)で個性的なスターとしての地位を確保、その後は脚本・監督としての道を歩く。
 例えばアカデミー賞監督賞を受賞した「レッズ]('81)、製作・脚本・監督・主演した作品である。
 そのほか、私が見た作品は「バグジー]('91)「めぐり逢い]('94)「ブルワース]('98)。まだ元気なようだが、姉マクレーンほど活躍はしてないようだ。

 最後に監督のエリア・カザン。
 「紳士協定]('47)「欲望という名の電車]('51)「革命児サパタ]('52)「波止場]('54)「エデンの東]('55)「群集の中の一つの顔]('57)「アメリカ アメリカ」('63)「ラスト・タイクーン」('76)と、思い出す作品全てが名作だった。
 イスタンブール生まれのギリシャ人だったが、オスマントルコを嫌ってアメリカに移住。劇団を中心に舞台で戯曲を上演していた。
 映画を撮って2年目、ユダヤ人問題を扱った「紳士協定」ではアカデミー賞作品賞・監督賞。テネシー・ウイリアムスの戯曲の映画化「欲望という名の電車」は、アカデミー賞主演女優賞・助演女優賞・助演男優賞・美術賞・装置賞の5部門で受賞している。

 最後の作品「ラスト・タイクーン」を撮ってから22年目の1998年、89歳のカザンにアカデミー賞協会は功労名誉賞を与えた。しかし、授賞式の会場は、ブーイングによる異常な雰囲気に包まれた。
 1950年代の「赤狩り」の時代、元共産党員だったカザンが、議会に仲間達を売った事実を、アメリカの映画人たちは忘れていなかったのだ。
 その年に製作した「革命児サパタ」は、自らの転向を証明するための「反共映画」だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 27, 2008

1019.ひとまく映画会

 ひとまく歌舞伎仲間の中のシネマファンが、3ヶ月に1回開く「映画鑑賞会」。懐かしの名画を、解説付2本立てで見る。
 8回目の昨日は、ヘミングウエイのベストセラー小説を映画化した「脱出」(1944年公開)と、青春映画の代表作「草原の輝き」(1961年公開)を見た。
 「草原の輝き」は大学時代に見た作品だが、「脱出」は始めてである。

31zmx9jzmal

 「脱出」

 原題はヘミングウエイの原作通りの「To Have and Have Not」。このままでは判りにくいのでストーリーのまま、邦題は「脱出」とした。
 職人監督ハワード・ホークスがハンフリー・ボガートを主人公にローレン・バコールを相手役に抜擢した作品。著名な作家ウイリアム・フォークナーが、脚本に参加したことで有名になった。

 ナチスの時代、カリブ海西端のフランス領の島が舞台。ヴィシー政権に抵抗するレジスタンスの闘いに、はからずも巻き込まれてしまったアメリカ人の船乗りの話である。

 ハワード・ホークスといえば、ジョン・フォード監督の弟子を自認するてだれの監督。生涯で47本の映画を撮っている。
 ケーリー・グラントやゲーリー・クーパー、ジョン・ウエンなど「男の中の男」を育てた監督として知られているが、ハンフリー・ボガートもその一人で、男の魅力を引き出すのが上手い。
 「ヨーク軍曹」('41)でアカデミー賞監督賞を受賞、このほか「ならず者」('43)「三つ数えろ]('46)「赤い河]('48)「モンキー・ビジネス]('52)「人生模様」('52)「紳士は金髪がお好き」('55)「ピラミッド]('55)「リオ・ブラボー]('59)「ハタリ]('62)「エル・ドラド]('66)など私の記憶にある作品でも10本を超える。
 1970年に公開された「リオ・ロボ」が最後の作品だが、これは見ていない。そして1977年、81歳で亡くなった。

D112411321_2 ハンフリー・ボガートといえば恋愛映画の古典的名作「カサブランカ」('42)が有名。イングリット・バーグマンと共演したこの作品は、翌年のアカデミー賞で作品賞・監督賞・脚色賞を受賞している。
 ボガート自身がアカデミー賞主演男優賞を獲ったのは、1951年の「アフリカの女王」。52歳と少々薹が立っていたが、うれしそうだったという。

 ギャングや前科者など、20年間大部屋俳優として多くの映画に出演していたボガートが、スターの座を確保したのは1941年の「マルタの鷹」。その後「カサブランカ」や「北大西洋]('43)「サハラ戦車隊」('43)「渡洋爆撃隊」('44)と第二次大戦の戦争映画に次々と出演して、「脱出」となる。
 この時ボガートは45歳、19歳のローレン・バコールを相手に渋い男の味を見せる。そして、彼女を4人目の妻に迎える。1957年58歳で亡くなるまで、彼女を守った。
 記憶に残る彼の作品、以上の他に「ケイン号の叛乱]('54)「裸足の伯爵夫人」('54)、脱獄囚を演じた「俺たちは天使じゃない」('55)「必至の逃亡者]('55)。そして最後の作品は、ボクシング業界の裏面を暴露した「殴られる男」('56)である。

 ボガート未亡人のローレン・バコールは、まだ現役の映画女優である。現在83歳、最近では「マンダレイ]('05)「記憶の棘]('04)でも元気な姿を見せた。
 「脱出」はデビュー作で、流れ者の女を見事に演じた。この作品を見ても、彼女がまだ19歳だったとは信じられない。ボガートと互角に、恋のテクニックを交わした。
 「百万長者と結婚する方法」('53)「オリエント急行殺人事件」('74)が記憶に残る。
                              (続)                             

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 26, 2008

1018.闇の子供たち

Yami1024 「血と骨」の梁石日が、タイのアンダーグランドの世界を暴いた問題作の映画化。
 「幼児売買春」「人身売買」「殺人による臓器移植」と、いつも犠牲となる東南アジアの子供たちの現実を鋭く抉り、ドキュメンタリーを超えた重い重いドキュメンタリードラマ である。
 そこには、「子供の悲劇」というような甘ったるいセンチメンタリズムはなく、日本映画には珍しい硬質なサスペンスがある。

 脚本を書き、監督したのは阪本順治。「どついたるねん」('89)でデビュー、ブルーリボン最優秀作品賞、芸術選奨新人賞を受賞した監督である。
 その後も金大中拉致事件を扱った「KT」('02)や「亡国のイージス]('05)「魂萌え」('07)など、話題作を発表しているが、今回の作品ほど衝撃的なものはない。

329992view001329992view010329992view002  話は「理想と現実」の間でもがく3人の日本人を中心に展開する。
 一人は、一見「正義感風」の特派員記者(江口洋介)。
 もう一人が、「ジコチュー」的なNGOの活動家(宮崎あおい)。
 そして「ノーテンキ」なアマチュアカメラマン(妻夫木聡)。

329992view004  しかし本当の主役は、タイの子供たちである。現地でのオーディションで選ばれた子役たちだが、ペドファイル(幼児性愛者)たちに弄ばれたり、エイズに侵されゴミ袋に詰め込まれて捨てられるなど、虐げられる子供を見事に演じていた。

 また売春宿の用心棒で人買い役のプラパトン・スワンパート、子供の人権を守るタイのNGOの女性リーダー役プライマー・ラチャッタなど、タイ側の役者に存在感がある。

 撮影の半分はタイでのロケだが、街頭での撮影は危険スレスレだったようで、タイ在住の日本人ジャーナリストや現地のジャーナリストたちの協力でなんとか凌いだという。
 そうした現実がまた、映像のひとつひとつにサスペンスを呼び起こしている。

 映画は、何もタイの「恥部」を暴いているのではない。子供を弄ぶ観光客は欧米人だけでなく日本人も多いし、生きている子供の心臓を買う客も、移植手術で我が子を救いたい日本人夫婦(佐藤浩市・鈴木砂羽)なのだ。

 阪本監督が、原作にはなかった主人公の「最後」を見せたのも、そんな問題意識からだろう。唐突ではあったが。
 最後に流れるサザン桑田佳祐の主題歌「現代東京奇譚」を、どう読むか。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 24, 2008

1017.焼酎バー「黒瀬」(100)

 前号で「焼酎ブームが収まってきた」との報告を掲載したが、それだけではなく「お酒」全体の消費も、減ってきている。

 国税庁のデータで比較して見ると、一人当たりの酒の消費量は、'96年(酒造年度)の99.6ℓが10年後の'06年は86.1ℓと13.5ℓも減少している。
 財布のヒモがきつくなった事や健康志向、特に若者の消費が減ってきているようだ。「黒瀬」にとっては、少々困った事なのだが。

 酒類別に見ると、日本酒が12.5から6.7ℓ、ビールが70から32ℓと半減している。それを埋めてきたのが、本格焼酎と発泡酒だった。そして、焼酎も'07年度に伸びが止まった。

 酒類ごとの消費傾向を地域比較するのも面白い。(沖縄だけ、データが見つからなかった)

006_640 まず「本格焼酎」(以前乙類と分類されていた単式蒸留によるもの、括弧内は一人当りの消費量・ℓ)
 ベスト5は 鹿児島(28)、宮崎(23.5)、熊本(11.9)、大分(11.2)、福岡(9.7)とやはり九州勢だ。
 ただ原料を見ると、鹿児島=芋・黒糖、宮崎=芋・そば、熊本=米、大分・福岡=麦とそれぞれ特徴がある。
 あとに続くのが長崎(9.1)、島根(8.5)、佐賀(8.4)、山口(7.3)、広島(7.0)と10傑は九州・中国となる。日本酒どころの広島が、10位というのも面白い。
 因みに東京は4.9ℓ、北海道は1.4ℓ、全国平均が5.1ℓ。

 一方「甲類焼酎」、現在は「ホワイトリカー」とも呼ばれているが、こちらは北国である。
 ベスト3は青森(11.2)、北海道(10.3)、秋田(9.6)。日本酒どころの秋田も顔を見せる。
 あとは群馬(8.8)、岩手(8.6)、山形(8.2)。

004  「日本酒」、分類では「清酒」を見てみよう。
 新潟(17)、秋田(12.2)、福島(10.5)、富山(10.5)、石川(10.4)と有名な銘柄がある県が並ぶ。
 酒どころ、伏見・灘・西条の日本酒は全国区だから、地域の消費量にはあまり影響はないようだ。京都(7.3)、兵庫(6.2)、広島(6.6)、全国平均(6.7)とそう変わらない。

 そこで「最も酒飲みの多い地域」を見てみよう。
 意外な事にトップは東京(113.3)、なかでもビールが50ℓ。居酒屋タクシーなど接待の影響か!!??。
 あとは新潟(104.1)、高知(102.5)が両横綱。続いて大阪(102.1)とあるが、こちらは発泡酒が俄然多い。まさに大阪の面目躍如たるもの。

 消費量の少ない県を並べると、奈良(68.5)、滋賀(69.6)、岐阜(70.9)、千葉(71.7)、埼玉(72.8)となる。これ等の県民が、健康意識に目覚めているのではなく、県内に飲み屋が少ない?からだろう。サラリーマンたちは、勤務地である大阪・京都・名古屋・東京で大いに飲んでいるのだ。

Imgp09112_640  直近のデータによると、成人一人当りの平均酒量は86.1ℓ。
 日本人、日本に住む外国人、そして海外から来日したビジネスマン、観光客も含めこの1年間に飲んだ酒の量である。
 多いと見るか、以外に少ないと見るか。

世界各国の消費量を比較すると('03年・アルコール換算)
 トップ3は、ルクセンブルク(12.6)、ハンガリー(11.4)、チェコ(11.0)。
 ドイツ11位、フランス12位、ロシア15位、アメリカ26位、日本(6.5)は29位である。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 23, 2008

1016.焼酎バー「黒瀬」(99)

Photo 1ヶ月ぶりに「焼酎」の話題を。

 今朝の全国紙の片隅に、「焼酎の出荷量が10年ぶりに減少した」との記事が掲載された。
 日本酒造組合中央会が、07年度のデータをまとめた結果で、過去最高だった前期を1.7%下回る52万1869klだったそうだ。(07酒造年度は07.7~08.6)
 焼酎は健康志向や、新しい飲み方の普及で6年前ごろから出荷量は急増、前年度は9年前の1.6倍にも達していた。
 久々の減少は、原料高騰に伴う値上げや若者の酒離れらしい。ただ統計には、「甲類焼酎」も含まれているので、本格焼酎なかでも芋焼酎の動向は不明である。
 そこで近所にある共同通信の資料センターで、故郷の「南日本新聞」の関連記事を探した。
 以下その概要である。

Imgp08962_640  鹿児島県酒造組合が昨日発表した県産本格焼酎の出荷量は、前年度2.5%減の15万2100kl。9年ぶりの減少。とくに全体の76%以上を占める芋焼酎が3.5%も減っている。
 組合では、昨年秋1.8ℓ当り100円程度値上げされた事が原因の一つと指摘。また、猛暑によるビールや発泡酒の需要増も影響しているという。
 同じく黒糖焼酎も4%弱減っているが、麦焼酎の方は3.5%増だそうだ。
 焼酎ブームが一段落し、東京や大阪などの卸業者が焼酎銘柄を選別している事もあり、まだ消費の少ない北海道や東北地方に「薩摩焼酎」を売り込むことも課題。

 次回少々まとめるつもりだが、じゃがいもや糖蜜等を原料とし、連続式蒸留による「甲類焼酎」の消費が多いのは、青森・北海道・秋田がベスト3である。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 22, 2008

1015.たみおのしあわせ

009  しあわせになりたいカップル、オダギリジョーと麻生久美子。ふたりの「お見合い」から「結婚式」途中までの右往左往を、JAZZ PUNK BAND「勝手にしやがれ」のオリジナルサウンドをバックに、軽く流す。

 一緒に右往左往するのは、子離れできない男ヤモメの原田芳雄と「変な人たち」、大竹しのぶに小林薫、忌野清志郎、冨士真奈美、石田えりほか。

 ちょっと哲学っぽくて上質、ちょっと深淵でユーモラスな、大人の映画を撮ったのは岩松了。
 岸田国士演劇賞や紀伊国屋演劇賞、読売文学賞も受賞した劇作家で演出家、俳優もこなす岩松の15年ぶりの映画である。

329455view005329455view007  「結婚は人生最大のエンターテインメント」かも知れないが、世の哲人たちはそれぞれ警句を書き残す。
 幸せってなに? 結婚ってなに? 愛ってなに? と。 

 「結婚しても、しなくても、どのみち君は後悔することになる」(ソクラテス)
 「結婚とは、誰もが犯さなければならない過ちである」(ジョージ・ジュセル)
 「正しい結婚の基礎は、相互の誤解にある」(ワイルド)
 「世には幸せも不幸もない。ただ考え方でどうにでもなるのだ」(シェークスピア)
 「人生はすべて次の二つから成り立っている。したいけど出来ない。出来るけどしたくない」(ゲーテ)
 「人生は道路のようなものだ。一番の近道は一番悪い道だ」(ベーコン)
 「幸福とは、それ自体長い忍耐である」(カミュ)
 「人の一生は曲がり角だらけだ」(山本周五郎)
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 岩松監督は、以上の警句を映像で示してくれる。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 21, 2008

1014.敵こそ、我が友

007_2 アニメーション映画が続いたので、久々にドキュメンタリー作品を観に行った。「敵こそ、我が友」、ヒットラーに心酔し、アンデス山脈に「第四帝国」を夢見た、元ナチス親衛隊将校の軌跡を追ったものである。

 監督は、スコットランド出身のケヴィン・マクドナルド。ミュンヘン・オリンピック襲撃事件の長編ドキュメンタリーで、アカデミー賞を受賞し、監督した劇映画「ラストキング・オブ・スコットランド」でも主演男優賞を獲っている。

 元ナチス親衛隊将校とはクラウス・バルビーのこと。ヒムラーやヘス、ゲーリングというヒットラーの大物側近ではなく、1935年22歳でSSに入隊した「小物」である。

 ただ彼は、1987年にフランスでの裁判で終身刑を宣告されるまでの50数年間に、残虐と欺瞞に満ちた3つの人生を生きた。その人生が、現代社会における「国家と個人」を理解するための鍵を、我々に提供する。

 第一の人生は「ゲシュタポ」。占領下のフランスで、レジスタンス活動家やユダヤ人を迫害して「リヨンの虐殺者」 と呼ばれる。
 第二の人生は、「エージェント」。戦後ヨーロパでアメリカ陸軍情報部(CIC=CIA)に雇われて、スパイ活動に従事。
 第三の人生は「黒幕」。南米ボリビアに亡命、軍事政権の顧問として活動、チェ・ゲバラ暗殺にも関与。

 映画は、戦前戦後の貴重なアーカイブ映像とバルビーに関わった、また彼のために犠牲になった人たちの証言、バルビー本人の肉声で構成される。
 そこには、バチカン右翼やCIA、ボリビア大統領やチェ・ゲバラとの驚くべき接点や交錯、戦後社会の裏面史が見られる。

 もうひとつ、このドキュメンタリーは、「国家に翻弄される個人」を見せ付ける。国家に操られる個人、国家に利用される個人、そして国家に捨てられる個人。
 それは何もクラウス・バルビーだけではない。アメリカの例だけとっても、CIAに育てられてやがて捨てられるアルカイダやタリバン、CIAの様々な援助を受けてイランと戦ったイラクのフセイン。敵の敵は味方として利用された例は、枚挙に遑が無い。

 終身刑の判決を受けた直後の、バルビーの繰言。
 「偽善だ。全ての人が私を必要とした。なのに、なぜ私だけが裁かれるのか。」

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 20, 2008

1013.崖の上のポニョ

Ponyo_banner  日比谷スカラ座、水曜日と日曜日だけは朝9時10分から始まる。それでも場内はほぼ満席。ここ4週間、興行成績は1位を続ける。さすが宮崎駿監督である。
 この作品も、ベネチア国際映画祭コンペ部門に選ばれている。

 「カンフーパンダ」では、父親と男の子連れが多かった。昨日の「スカイ・クロラ」はオタク風の若者、そして「崖の上のポニョ」は、母親と女の子連れが圧倒的に多い。

 「どんな時代であれ、5歳の少年から見た世界は美しく、生きるに値する」。
 「神経症と不安な時代!」に贈る宮崎駿のメッセージである。
 描く手法は異なっても、「スカイ・クロラ」の押井守と世界観は共通している。

02_character_01  少年と少女、愛と責任、海と生命を「ポーニョ ポーニョ ポニョ さかなの子 青い海からやってきた」と描く。「人間になりたい」と願う魚の子、「ポニョ」との母と子の交流の物語りである。

02_character_03  これまでの宮崎作品、「もののけ姫」や「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」に比べて、優しいアニメーションである。
 冒頭の海の生物たちのシーン、「月」「古代魚」そして「巨大な波」。CGによる表現を廃し、全てを手書きで描いた。
 作画監督・近藤勝也(「魔女の宅急便」)、美術監督・吉田昇(「もののけ姫」)、色彩設計・保田道世、映像演出・奥井敦と宮崎組が腕を振う。

00_about_03  少年とポニョの声は、子役の土井洋輝と奈良柚莉愛。大人たちが、山口智子、長島一茂、天海裕希、所ジョージほか。吉行和子と奈良岡朋子の、おばあちゃんの存在が大きい。

 久石譲の音楽、主題歌「崖の上のポニョを歌うのは話題のユニット、「おやじエンタテイメント・藤岡藤巻」と大橋望み。55歳と8歳の三人組みだ。

 昨日紹介した押井守と同じく、岩波書店から「折り返し点1997~2008」が出版されている。円熟期を迎えた宮崎駿監督の、12年間思想の軌跡が綴られている。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

August 19, 2008

1012.スカイ・クロラ

006 来週27日から始まるヴェネチア国際映画祭「コンペ部門」、その出品作品に選ばれた21本の内の1本。

 思春期から永遠に年をとらない子供「キルドレ」の物語である。
 彼等は戦争請負会社の雇われパイロットとして、「ショーとしての戦争」に従事、大人たちが平和を実感するために闘い命をなくす。
 彼等はまた、戦争以外では死ぬ事も出来ないのだ。

 原作は森博嗣の「スカイ・クロラ」シリーズ。国立大学の建築学准教授の傍らミステリー作家としても超売っの子の彼、その作品に新しい世界観を見出したのが押井守。「攻殻機動隊」に「イノセンス」と、話題のアニメーション映画で世界が注目する監督である。

 押井は現代日本を、荒涼とした精神的焦土と見る。飢餓も革命も戦争もなく、若者達は無気力に生きている。だから「キルドレ」が登場する。

 アニメーションで描かれるのは、昔わが故郷にあったような特攻基地とアメリカ西部のハイウエイにカフェ、それに古き時代のヨーロッパ風の街角と高級娼館と多国籍。
 話す言葉も日本語に英語。読まれる新聞が「読売」と「Daily YOMIURI」。

328359view006328359view002  「ゲームとしての戦争」、その空中戦はリアルな3Dで描かれる。押井監督が拘りにこだわった映像である。
 一方の基地の様子やカフェ、娼館で過ごすキルドレたちの日常生活は、2Dの世界だ。カット数も少なく、淡い色調となる。

 ストーリーは新任パイロット(声・加瀬亮)と基地の女性司令官(声・菊地凛子)の「愛の物語」として展開する。もちろん司令官も思春期で止まったキルドレだが、娘の母親であり恋人を失っている。
 そして命を失ったパイロットたちの後任には、なぜか同じDNAを持つキルドレがやってくる・・・・・。そして何かを暗示する幾つかのカットとシーン。
 このアニメが、森博嗣の5巻シリーズの「第1巻」の映画化である事を物語っているのだ。

 映画公開と同時に、岩波書店から「アニメはいかに夢を見るか」、幻冬社からは「凡人として生きるということ」「他力本願」と、押井守の三作の著書が出版された。
 まだ立ち読みでページを捲っただけだが、彼の若者達へのメッセージが行間に溢れている。

 「あなたと一緒では辛すぎる。でも、あなたなしでは生きられない」。
 フランソワ・トリュフォーの「隣の女」のセリフを思い浮かべながら、伊藤ちひろが脚本を書いた。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 18, 2008

1011.ダークナイト

329605view005 アメリカ人気コミックの映画化だが、主人公「バットマン」の名前がタイトルから外されたのは、初めての事だ。そこに監督で原案・脚本を書いたクリストファー・ノーランの強い想いがある。

 9.11、イラク戦争、サブプライムと、いまアメリカが陥った時代状況がこの作品に反映されているようだ。
 「ここまで救いのないハリウッド娯楽大作がかってあっただろうか・・・・。」とある映画評論家も感嘆と当惑の入り交じった声を漏らしている。

 「バットマン」は、1939年にコミック誌に登場したキャラクター。日本で言う「必殺仕置き人」みたいな存在だが、スケールは大きい。
 1943年~、1989年~、2005年~と、これまで3回シリーズ映画化されており、この作品は「バットマンビギンズ」に続く2作目である。

329605view017 主人公を演ずるクリスチャン・ベールや、彼をサポートするマイケル・ケイン、モーガン・フリーマン、それに市警察のゲイリー・オ-ルドマン等は前作に引き続いて出演しているが、今回は初めてヒース・レジャーが「ジョーカー」役で登場した。
329605view001 
 ジョーカーは、これまでのシリーズでもバットマンの宿敵として登場してきたが、今回は映画史上に残る悪役、究極の犯罪者として描かれる。
 つまり、今回の作品ではジョーカーこそが主人公といってもいいのだ。
 そのジョーカー、演ずるヒース・レジャーが上手い。彼は撮影終了直後急死したが、それを予感させるような鬼気迫る演技を見せる。
 「救いがない」と批評家が書いたのもうなづける。

329605_150x150_006  「暗黒の騎士」バットマンは、スーパーマンのような超人ではない。正義のヒーローでもない。
 自ら身体を鍛え、サポーターが開発する道具を身につけ戦う。その闇の中での戦いは、「市民」からの支持を得る事も少ない

 素面の極悪人に仮面でしか戦えない「アメリカ」の現実を、ノーラン監督は観客に問いかける。
 だからアメリカで大ヒットしたのだろう。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 17, 2008

1010.深川八幡夏祭り

080817_085_640

 13日から始まった富岡八幡宮の例大祭は、今日の神輿連合渡興でハイライトを迎えた。山王祭、神田祭と並んで「江戸三大祭」に数えられる「深川夏祭り」は、日本一の「水掛祭り」としても有名だ。

080817_002_640080817_009_640080817_013_640080817_015_640_2     

                    

 朝7時30分に神社を出発した神輿連合は、下町8キロを巡行して正午に永代橋を渡る。
 江戸消防保存会の木遣り唄を先頭に、手古舞いの「男衆」。男髷に白い小袖、片肌脱ぎにたっつけ袴、独特の男衆のかたち、かっては辰巳芸者がこの役を担った。
 このあとを氏子54町内の大神輿が続く。最後の神輿がこの橋を渡るのは、3時間後になる。

080817_018_640080817_032_640080817_023_640 今年は、はるばる奥州・平泉からも神輿が参加した。
 13年前、平泉900年を祝う祭りに深川の神輿が参加した。以来平泉でも「水掛け神輿」が名物となった。
 今回初めての招待に、若者達が大挙やってきたのだ。

080817_039_640080817_041_640_2080817_051_640  観衆の掛け声に応えて、担ぎ手が一斉に神輿を持ち上げる。その度に、鉄骨の永代橋が揺れる。
 この総揚げが、深川神輿の特徴だ。
 1807(文化4)年には、木造の永代橋が崩れ落ち、1500余名が亡くなったとの記録もある。

080817_086_640080817_081_640080817_094_640080817_075_640         

      クライマックスは、富岡八幡宮前での「宮水」による御祓い。ズブ濡れになった神輿や氏子たち、そして観客も、これで3年間の無事息災が約束されるのだ。

080817_096_640

 佃・住吉神社に始まって深川八幡の例大祭。これで3年に1度の下町の「夏祭り」は終る。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 15, 2008

1009.コレラの時代の愛

Top_01  コレラの蔓延と内戦の混乱の中にあった、19世紀末の南米コロンビア。引き裂かれた恋人を、ただ一途に愛し求めた男の、熱病のような妄執の物語である。

 600人を超える女性と官能的な愛を交えながらも、51年9ヶ月と4日、ひとりの女性への純愛は決して失わなかった男が、最後にたどり着いたところは。
 映画は、この壮大な愛の限界に挑戦する。

 原作は、1982年にノーベル文学賞を受賞したコロンビア出身のガブリエル・ガルシア=マルケスの同名小説。魔術的リアリズムの旗手として、大江健三郎や中上健次らに大きな影響を与えた作家である。
 現在80歳、メキシコ在住のマルケスが著した「百年の孤独」と「コレラの時代の愛」は、「世界傑作文学100選」にも選ばれている。

02  「コレラ」のような強烈な愛を持ち続けた男を、「ノーカントリー」でアカデミー賞助演男優賞を受賞したハビエル・バルデムが演ずる。スペイン出身の彼は、今注目を集めている「怪優」。39歳の彼が、30代から70代を見事に見せる。
                                                      03_205_2  

 彼に愛されたヒロインは、ジョヴァンナ・メッツオショル。「心の中の獣]('05)でヴェネチア国際映画祭で女優賞を受賞した、イタリアの名優である。
 20代の可憐な女性から、人妻、母親、そして70を越した白髪の女性までを演ずる。
 なかでも処女時代の瑞々しいバスト、最後は70代のヌードと、50年の歳月を「肌」で象徴的に見せたのはさすが。

 ヒロインの夫、コレラの専門医はアメリカ出身のベンジャミン・ブラット。ほか、主人公に求愛した多くの女性たち。

 監督は「ハリー・ポッタートと炎のゴブレット」('05)のマイク・ニューウエル、イギリス出身66歳。脚本は「戦場のピアニスト」でアカデミー賞を受賞した、南アフリカ出身ノロナルド・ハーウッド。音楽は、「シティー・オブ・ゴッド」や「ロード・オブ・ウオー」を担当したアントニオ・ピント。
 アメリカ映画ではあるが、キャストもスタッフも国際色豊かである。

 淡白な日本人の観客にとっては、ラテン系の人々の性に対する貪欲さ、さらには愛の執念の激しさ、またそれを凝視する映像には、少々ついていけない部分もあるかも知れない。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 14, 2008

1008.納涼大歌舞伎

Kabukiza200808_handbillthumb_1  何時もなら、4階席で最後の一幕を観る「ひとまく会」。8月だけは、第二部を楽しんだ後ビアホールで暑気払いをする。
 演目の方は、「つばくろは帰る」と「大江山酒呑童子」の二つ。今回は、3階A席で鑑賞、観劇料は3,500円だった。

 「つばくろは帰る」
 「愛染かつら」や「鶴八鶴次郎」の作者として知られる川口松太郎の作品。京を舞台に母子の再開と、大工の棟梁と子供との心温まる交流を描いた人情劇。1971(昭和46)年、明治座初演の時は、棟梁を二代目松緑が演じた。
 歌舞伎座でこの作品を観るのは初めてだが、今回棟梁の役は坂東三津五郎、祇園芸者を中村福助、その子小吉という組み合わせ。吉弥の息子小吉はまだ小学生だが、これがなかなかの名演技、場内の涙を誘った。
 歌舞伎というより、「新派」というべき作品だった。

 「大江山酒呑童子」
 「能・大江山」で有名な源頼光一行の鬼退治を、萩原雪夫が長唄の新作舞踊劇にした演目。
 頼光やその部下四天王より、鬼神酒呑童子が主人公で、1963(昭和38)年17代勘三郎により初演された。今回は、息子である当代の勘三郎が酒呑童子を演ずる。
 可愛らしい童子が、酒をのんで舞い踊るうちに酔いつぶれ、鬼神の本性を顕にしていくところが見所。
 頼光一行(扇雀、橋之助、弥十郎、勘太郎、新悟、巳之助)に討たれた酒呑童子が、大の字に倒れた舞台がセリ立っていくのが面白いが、これは現代演劇の串田和美に美術を頼んだから。

 いわゆる夜の部(第3部)は、話題の「野田版・愛陀姫」。オペラの名作「アイーダ」を、野田秀樹が歌舞伎に翻案した。
 歌舞伎座を出ると、この一幕を観ようと長蛇の列が歌舞伎座前を埋めていた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 13, 2008

1007.ゲゲゲの鬼太郎

 お化けに幽霊そして妖怪は、暑い夏の主役。怖い話が納涼にはピッタリと、一龍斎貞水は講談・四谷怪談」で全国公演中。
 栃木の広重美術館では「おばけ・妖怪展」、群馬歴史博物館は「描かれた妖怪たち」展、都内の全生庵でも三遊亭円朝の「幽霊コレクション」が展示されている。

Poster  映画の方はこの作品、実写2作目の「ゲゲゲの鬼太郎~千年呪い歌」。こちらは少しも怖くない。楽しく笑いながら、水木しげるの「鬼太郎ワールド」に浸れる。

 「鬼太郎」が生まれたのは、40年前。太平洋戦争に一兵卒として出征、ラバウルで右手を失った水木さん。復員後は紙芝居画家から貸本画家に、そして講談社児童漫画賞受賞後はコミック連載を手がけ、妖怪漫画の第一人者となった。

 水木さんの描く「妖怪たち」には、彼の戦争体験と世界観が色濃く現れている。
 「妖怪と人間の共生」をテーマに、闇の世界に生きてきた妖怪たちの孤独と哀しみ、人間の愚かさと驕りを描いてきた。

 主人公の鬼太郎、人類誕生前から高度な文化とともに栄えてきた先住民族「幽霊族」のただひとりの末裔。「目玉おやじ」と「猫娘」とゲゲゲの森に住みながら、「髪の毛針」や「リモコン下駄」を武器に万物を愛する正義感で、数々の怪事件を解決する。

 1967年に連載が開始された「鬼太郎シリーズ」は、翌年からテレビアニメとなり、10年間隔で新シリーズが生まれている。そして昨年に続いて、実写映画2作目が誕生した。

 出演する妖怪たちは以下の通り。
 まず「鬼太郎」(ウエンツ瑛士)側。「猫娘」(田中麗奈)、「ねずみ男」(大泉洋)、「子なき爺」(間寛平)、「砂かけ婆」(室井滋)、「目玉おやじ」(声・田の中勇)。
 敵対する側は「大妖怪・ぬらりひょうたん」(緒方拳)、「蛇骨婆」(佐野史郎)、「異国の妖怪・夜叉」(ソ・ジンナ) 人間に恋した「濡れ女」(寺島しのぶ)。
 人間側はその相手・海人(萩原聖人)、巻き込まれた高校生(北乃きい)。
 
 監督は前作と同じ「釣りバカ日誌シリーズ」の本木克英、VFXも前作に続いて長谷川靖が担当している。

 水木さんは鳥取県境港出身。生まれ故郷には、妖怪百数十体のブロンズ像が並ぶ「水木ロード」と「博物館」がある。またJR境港線の16の駅は、全て妖怪の名が付けられている。
 先週末には、ここで「ゲゲゲの夏祭り」が開かれ、多くの水木ファンが詰め掛けた。
 今月末には、京都で「世界妖怪会議」。東京・お台場では「ゲゲゲの鬼太郎祭」。

| | Comments (0) | TrackBack (2)

August 12, 2008

1006.あの日の指輪を待つきみへ

Img_518067_12207527_0  数年前、アイルランドのラジオが伝えたニュース。
 「ベルファストの丘で指輪が見つかった。それは50年昔その丘で墜落死したアメリカ空軍兵士の結婚指輪である」と。

 このニュースを聞いた脚本家のピーター・ウッドワードは、想像力を膨らませて二つの国を結ぶラブ・ストーリーを書き上げた。
 その脚本に惚れこんだのが、俳優としても有名なリチャード・アッテンボロー卿。そしてヒロインンに、その昔共演した事もある親友のシャーリー・マクレーンを持ってきた。
 4年前のスマトラ沖大地震で娘と孫を亡くしたアッテンボローは、その喪失感を壮大な愛の旅に描く事で乗り越えようとした。

 アッテンポローは、「ガンジー」で8部門のアカデミー賞を取った、イギリス映画界の重鎮ともいえる監督。イギリスではナイトの爵位、フランスではレジオン・ド・ヌール勲章、日本でも高松宮記念文化賞を受賞している。

 シャリー・マクレーンも、ハリウッドのトップの座を占める大女優。「愛と追憶の日々」でアカデミー主演女優賞に輝いた他、ゴールデン・グローブ賞10回、ヴェネチア国際映画祭2回、ベルリン映画祭2回受賞。1955年映画デビュー以来、数々の作品で活躍している。以前紹介した日本映画「西の魔女が死んだ」主演の、サチ・パーカーの母親でもある。
 若き日のヒロインはミーシャ・バートン(「ノッティングヒルの恋人」)が演じているが、50年後を演じたマクレーンには敵わない。

 ヒロインを密かに愛しながら、亡き親友の未亡人でもある彼女を見守り続ける男は、ベテランのクリストファー・ブラマー(「ナショナル・トレジャー」)。
 「マイ・レフトフット」でアカデミー賞を受賞したアイルランドの女優ブレンダ・フリッカーや「父の祈り」でアカデミー賞にノミネイトされたイギリスの俳優ピート・ポスルスウエイトなど芸達者が顔を並べる。

 北アイルランドとカナダで、それぞれ「40年代」と「90年代」のシーンをロケしているが、この二つの地を「質感の異なる映像」で撮り分けているロジャー・ブラントの腕はさすがだ。

 原題は「CLOSING THE RING」。このクールなタイトルを、邦題は「あの日の指輪を待つきみへ」と情緒的に変えた。これをどう評価するか?

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 11, 2008

1005.東京湾大華火祭

080810_083_640_3

080810_004_640_3080810_009_640_3080810_013_640_3080810_014_640_3   

 

   

  1万2000発の「光の芸術」。東京湾大華火祭も今年で21回となった。ベランダからこのページェントを楽しむのも、今回で4回目である。
 夜7時、晴海埠頭沖の海上から打ちあがる、華やかな光のカーテン「グランドオープニング」。
 続いて笑顔やひまわりの「花火で描く夏休みの思い出」。
 伝統的な江戸の花火は「東京湾、銘華の競い」。

080810_056_640_4080810_087_640_2080810_098_640_2080810_123_640_2   

 

   陸上からは「きらめきのファンタジー」。
 そして5色の五輪が次々と夜空を染める。
 クライマックスは「しだれ柳」や「尺5寸玉」。
 「グランドフィナーレ」、海上2箇所そして陸上からの連打。
 8時20分、夜空に響く音と光で幕は閉じた。

Imgp1023_640_207_640_2080810_022_640_2    左は一昨年の「華火祭」、続いて昨年のシーン、そして今回。
 ベイエリアに次々と高層マンションが建ち、東京湾を遮る。
  昨年は二分の一、今年は三分の一、多分来年は、ビルとビルの合い間から洩れる「華火」しか見ることは出来ないだろう。
 このマンションも、多くの人たちの目を奪ってきたのだから、それも仕方あるまい。

080810_081_640_2

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 09, 2008

1004.天安門、恋人たち

2008080900000011jijpspothum000 元「体操王子」リ・ニンが空中を舞い、点火。北京オリンピック開会式は、予定時間を大きく超えて今日の未明無事完了。

 「赤いコーリャン」のチャン・イーモー監督が総合演出するというので、昨夜は8時30分からテレビの前に座る。2008人の打楽器演奏から「巻物の開帳」、竹簡の漢字に京劇と太極拳 、光・音・映像・音楽で綴る中国の歴史は、もうひとつだった。

 チャン・イーモーを中国映画第2世代とすれば、今日見た「天安門、恋人たち」の監督ロウ・イエは、第6世代の旗手と言える。昨夜のオリンピック中継が少々消化不良だったので、敢えてこの作品を選んだ。

070627_059  原題は「頤和園(イワエン)」。左の写真の通り、広大な人造湖を持つ公園の名である。英題「Summer Palace」が示すように、清代末期の西太后の夏の離宮跡だ。大学街にも近く、若い男女のランデブーの場所でもある。
 ロ・ウエイはここを舞台に、現在も中国では絶対的なタブーである「天安門事件」を描いた。それも制圧された学生達の視点からである。

070627_134_2   タイトルを「天安門、恋人たち」としたのは日本の配給会社だが、私達にはこの方が解り易い。激動の現代史を、北京大学生だった恋人同士の切ない愛で綴っているからである。
 そしてこの作品は中国当局の許可を得ず、二年前のカンヌ国際映画祭コンペテイション部門に正式出品されたのだ。

I_003  恋人役のハオ・レイ(「白銀帝国」)とグオ・シャドン(「故郷の香り」)の体当たりの演技は、大きな物議を譲した。
 天安門事件はもちろん、裸を大胆に露にした過激なセックスシーンは中国映画にとっては、始めだった。

 「セックスと政治が燃えたぎる!圧倒的!」とニューヨーク・タイムスが評せば、サンフランシスコ・クロニクルは「オリンピックの開催を控え、全世界が中国にに注目する今こそ、まさに見られるべき作品。」と書いた。
 そして中国政府は、この作品の国内での上映を禁止しただけでなく、ロウ・イエ監督の中国での表現活動を5年間禁止するのだ。
 まさに、「平和」そのものだった深夜の「オリンピック開会式」の演出とは、見事な対比を見せる作品なのだ。

T_001_2  自ら学生として天安門事件に参加したロウ・イエ。彼が5年前に製作して、「TOKYO FIL Mex」など多くの賞を獲った「ふたりの人魚」もまた、中国国内での上映は禁止されている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 08, 2008

1003.白い馬/赤い風船

031032  権利問題がクリアできず、日本では見る機会が限られていたアルベール・ラモリス監督の2作品が、今公開されている。

 左の「白い馬」は、少年と野生の白馬との神々しいまでの絆を描いた40分のモノクロ短編。11953年のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した。
 右の「赤い風船」は、子供を愛した風船の物語。36分のカラー版で、1956年のカンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞とアカデミー脚本賞に輝いた。
 そして2作品は、昨年のカンヌで監督週間に出品された。同じ作品の二度の正式出品自体、映画祭史上初めての事だった。

 アルベール・モリス。1922年パリで生まれた彼は、シンプルなストーリーとわずかなセリフによる「シネマ・ポエム」を得意とする映画作家である。
 初めての長編作品は’60年の「素晴らしい風船旅行」。自ら「ゆれ」のない映像が撮影できるヘリビジョンを開発した。また、自らの理想世界を実現するため、眼下に写った構想区道路や現代的な建物を、特殊技術で消し去った。
 長編2作目もヘリショットを中心に撮影した「フィフィ大空を行く」('65)だった。
 そして70年、ドキュメンタリー「恋人たちの風」をテヘラン上空で撮影中、ヘリが電線に触れ湖に墜落、命を落とした。

 「私の映画は、常に夢を実現化させているのだ」とモリスは書き残す。
 白い馬に乗って、大海の彼方に消えていく少年。風船に捉って空の彼方に飛び去っていく少年。
 ジャン・コクトーは「妖精の出てこない妖精の話」と評し、キャメロン・クロウは「バニラ・スカイ]('01)のラストワンカットに赤い風船を登場させた。

 昨年オルセー美術館は、開館20周年を記念して映画制作に協力するプロジェクトを発足させたが、世界的な名匠ホウ・シャオシェンが「赤い風船」にオマージュを捧げた「レッド・バルーン」が第一弾として誕生している。
 この作品も、昨年のカンヌ国際映画祭に出品されており、今回のラモリス作品の日本公開を記念して、同じ映画館で最終回に上映されている。

 二つの作品の数少ない出演者、少年と少女の役に監督の二人の子供、パスカル・ラモリスとサビーヌ・ラモリスが扮しているのも微笑ましい。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 07, 2008

1002.ドラゴン・キングダム

330551view004   北京オリンピックを前に、ハリウッドが中国を舞台にした映画を次々と公開している。
 アニメ「カンフーパンダ」しかり、「ハムナプトラ3」は、万里の長城や兵馬俑が舞台だ。

330551view003_2330551view006_2   この「ドラゴン・キングダム」もまた舞台は中国、それに「映画ファン」の夢を実現させた。ジャッキー・チェンとジェット・リー、香港・中国アクション界の2大スターの「初共演」である。
 
 ジャッキーは今年54歳、香港のスタントマン出身である。'76の「スネーキーモンキー/蛇拳」、'78の「ドランクモンキー/酔拳」でカンフー・スターになった。80年代にはハリウッドにも進出、「ラッシュ・アワー」シリーズの大ヒットなど今や国際スターである。
 一方のジェットは45歳、8歳からカンフーを学び11歳で全中国武術大会で初優勝、その後5年間中国カンフーを制覇してきた。17歳で武術家を引退後「少林寺」('82)で映画デビュー、その後は中国のカンフー映画のみならず、「リーサル・ウエポン4」「ブラック・ダイアモンド」「ダニー・ザ・ドッグ」など、ハリウッド・フランス映画界でも活躍している。

 作品は、アメリカのカンフーオタク、ジョン・フスコが書いた。少年時代からの憧れだった蛇拳や酔拳をふんだんに取り込み、「孫悟空」や「八仙」「白髪魔女」など中国伝説のキャラクターを登場させている。
 お話はそんなに面白くはないが、ともかくジャッキーとジェットがあらゆるカンフー技を使って戦うのだからファンにはたまらないだろう。
 中国では初日の興行収入が「4000年の歴史上!」No.1だったという。

 映画は、ゴビ砂漠や仙居の滝、世界遺産・武義の山脈などオール中国ロケ。ボストンの街角まで中国内のオープンスタジオに作ったそうだ。
 そしてスタッフも、この手の作品を得意とする面々。
 監督のロブ・ミンコフは、「スチュアート・リトル」や「ライオン・キング」を手がけたし、アクション監督は、ジャッキー・チェンをスターにしたユエン・ウーピン。京劇をモチーフにワイヤーアクションを生み出した彼である。
 撮影監督は、「グリーン・ディスティニー」でオスカーを獲ったピーター・ポウ。「男達の晩歌」など撮った香港の名カメラマンである。

330551view001_3出演は、ジャッキーとジエットのほかに、アメリカのマイケル・アンガラーノ(「シービスケット」)、リュウ・イーフエイ(中国出身の女優・歌手)、コリン・チョウ(「マトリックス」台湾出身)、リー・ビンビン(「シルバーホーク」中国出身)。

 明日夜の北京オリンピック開会式、少林寺拳法をはじめ中国武術・カンフーは、必ず登場するだろう。
 ちなみに、ジャッキー・チェンは、北京オリンピック親善大使。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 06, 2008

1001.マジックアワー

 映画のタイトルにもなった「マジックアワー」。1日中輝いた太陽が地平に沈む瞬間、その「黄昏時」をマジックアワーと呼ぶ。
 この時撮った映像が最も美しいと、映画カメラマンたちの間で語られる言葉だ。

 「人生の黄昏」を迎えた頃から綴り始めた「ブログ」が、1000号を超えた。「ヒト・モノ・カネ」の柵を少しずつ解き放しながら、日々「マジックアワー」を楽しめるのは幸せだ。
 「自由に働き、自在に遊ぶ」をモットーに、無理せず「ブログ」を発信する。
 
 ここ1週間の「マジックアワー」、黄昏時に撮った写真を数葉掲載する。

031_640

07_64007_640_2029_640_2023_640_2   

025_640                                                

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 04, 2008

1000.佃の祭り・ファイナル

0808044_015_640_2
                               (写真は宮神輿・八角神輿)

 佃の祭り最終日。この日も朝早くからトン、トン、トン、トン、トト、ト、トンと「佃ばやし」街中を流れる。町内巡行の始まりだ。

0808011_023_640_20808011_025_640_20808011_028_640_2  佃の隣、私の住む月島だけでも八つの町内会がある。壱の部から弐の部、参、四、それぞれが東西に分かれる。
 しかし祭りの時だけは、東西が一緒になって連を組む。だから私の半纏は、背中に「壱」と付く。

0808043_014_6400808043_026_6400808011_030_640  「壱の部」の大神輿を担げるのは、若衆中心の「一の睦」と町内連合の「壱」の半纏を付けた者だけ。
 他の祭りと違って、よそ者は絶対入れないというのが、佃の祭りの掟なのだ。この伝統が、ヤクザや暴力的なグループの乱入を防いできた。

0808011_037_6400808011_034_640  神輿は三連の行列。
 大人が担ぐ大神輿に続いて、中学生や小学高学年の中神輿、それに子供たちの小神輿。
 だからこの3日間、月島では12基の神輿が、水を浴びながら駆け巡っている。

0808043_010_6400808043_012_640  「佃の祭り」は、盆と正月が一緒に来たようなもの。町を遠く離れ全国各地で働いている若者たちも、祭りの日には、必ず帰ってくる。
 三年に一度の家族全員集合。そして同窓会。
 街中に若者が溢れる4日間だった。

 「佃の祭り」フィナーレは、「宮神輿」の宮入。住吉神社に御祭神の御霊が帰還することだ。
 朝9時、一泊した「御旅所」を出社した宮神輿は、各町内を巡行して佃に向かう。神輿はリレーの如く、各町内の担ぎ手にバトンタッチされていく。

0808044_011_6400808044_040_640  住吉神社の宮神輿は、「八角神輿」として有名だ。1838(天保9)年、芝大門の萬屋利兵衛によって造られたこの神輿は、天皇の高御座を擬したものといわれる。

0808044_060_6400808044_065_640  16時、「八角神輿」が月島「弐の部」から我々「壱の部」に渡された。
 肩の赤い痣にもめげず、八角神輿を担ぐ。
 そして17時30分、「新佃」へと宮神輿を引き継いだ。

0808044_074_640

 「祭り」は終わった。雷鳴、稲妻、都心は豪雨。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 03, 2008

999.佃の祭り(3)

0808032_030_640

 「佃の祭り(住吉神社例大祭)」の3日目、今日のハイライトは「海上祭・船渡御」。
 現在は隅田川だが、江戸時代このあたりは「江戸湾」。向こうは上方や伊豆から産物が届いた「江戸湊」、現在の中央区湊である。
 この「海上」を、住吉神社の御祭神が「八角神輿」に乗り移って「渡御」する。

0808032_020_6400808032_010_6400808032_013_640  今年は、テレビドラマ「瞳」のロケも同時に行われているため、観光客も多い。

 46年前までは、神輿が直接海中に入って渡御していたが、川が汚れてきたので台船に乗せて、氏子の住む月島・勝鬨・豊海・晴海を回る。

0808032_043_640_20808032_050_640_2  住吉大神は「底筒之男命」「中筒之男命」「表筒之男命」の兄弟3柱に「息長足姫命(神功皇后)」と「東照御親命(徳川家康)」。

 神々は、今夜は勝鬨にある「御旅所」に一泊して、海上安全・渡航安全を祈る。

0808032_051_640

0808032_056_640_2  今日は日曜日。町内に住む商店や魚河岸の人たちはもちろん、サラリーマンたちも背広を半纏に着替え、「町内神輿」を担ぐ。朝9時30分から夕方6時まで、路地路地を隈なく巡行するのだ。
 さー、こちらも祭り装束に着替えて、出かけよう。

0808032_061_640_2

| | Comments (0) | TrackBack (1)

August 02, 2008

998.佃の祭り(2)

0808011_063_640

0808011_052_6400808011_060_6400808011_058_6400808011_059_640

                      

                 
                                    佃の祭り(住吉神社例大祭)、二日目のハイライトは「獅子頭の宮出し」。無形民俗文化財にも指定されている行事である。
 佃住吉講の若衆が、雌雄一対の獅子頭を奪い合う勇壮なイベント。獅子の鼻に手が触れると無病息災の福を招く。

 もともと獅子頭は、宮神輿である「八角神輿」の巡行路を祓い清めるためのもので、このあと町内神輿21基の先頭に立って、佃から月島の西仲通りを勝鬨まで往復した。
 宮神輿は明日、隅田川を船で下って勝鬨にある「御旅所」まで渡御する。

0808011_067_640

0808011_055_640

| | Comments (0) | TrackBack (0)

August 01, 2008

997.佃の祭り

080801_013_640080801_017_640080801_024_640  1日午前10時、佃の祭りが始まった。
 佃住吉講や住吉神社連合睦会の若者達が、六ヶ所に建てられた10数メートルの柱に、大幟を揚げる。

080801_032_640080801_034_640080801_012_640    佃島の入り口には、白色の「黒木鳥居」が設けられ、島全体が境内となる。
 ここはもう「神域」なのだ。

080801_036_640080801_038_640   路上では、明日から始まる神輿渡御の準備も始まる。
 月島各部、晴海、勝鬨の7組の町内神輿による連合渡御の先導は、必ず佃の獅子頭が務める。
 佃は今日から「津久田」になった。

 11時「住吉神社例大祭式」、14時45分「大神輿清祓い」。

080801_041_640 

  17時、ト、トン、トンと街中に祭囃子が流れる。江戸三大囃子のひとつ「佃ばやし」である。
080801_001_640_2080801_006_640_2 080801_009_640  そして18時30分、佃住吉講、神社総代会、奉賛会、連合睦会、「祭り」を仕切る男たちが、境内に集まっての「手打ち式」。
 
 月島では、彼等を送る太鼓の音が鳴り響いた。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« July 2008 | Main | September 2008 »