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December 31, 2008

1127.2008・データ忘備録

081230_003_640081230_004_640081230_011_640    昨日築地市場に出かけ、正月用の食材を揃えた。仲卸の皆さん、先月来プロの買出しの量が激減したと嘆いていた。
 鯵5本、マグロ3作と素人と同じような仕入れ方だそうだ。レストラン、食堂と客が入らないのだそうだ。

 値段の方は、円高・燃料安・消費減ということで、昨年よりは確かに安い。
 本マグロ・中トロでキロ7000円から4000円というところか。大間産のナマ本マグロは、3万5000円の札がかかっていたが。
 このマグロ、デパートで買うと、大間産が100gで5000円になる。スペイン・モロッコ産の解凍ものは、スーパーで100g1400円だったから、やはり築地は安い。
 という事で、9時過ぎの仲卸売り場は私を含め、素人客で混雑していた。
 今年もマグロとタコを仕入れて帰った。

 さて今年のデータ纏める。

 「スイミング」 264km(-12)、12月改修のため区のプールが閉鎖されたため減。近所のスポーツジムに高い料金払って数回通った。区民プールは、65歳以上は無料。

 「旅」 宿泊を伴う旅行は17日(-7)。5月につれ合いが怪我・入院・手術したため、遠出が減った。沖縄・北海道・山梨・山形・広島・鹿児島へ。

 「映画」 156本(+18)、これは劇場公開の作品数。他に映画祭や名画鑑賞会が10本ほど。旅が少なくなった分、ひとりで有楽町や銀座を徘徊した。

 「観劇」 16回(-6)、つれ合い同伴の歌舞伎が減ったため。

 「魚がし」 93回(+7)、買出しより映画の帰りにここで昼飯。

 「ブログ」 305本(+16)、在宅日が多かったので。

 「読書」  72冊、これは例年とあまり変わらない。小杉憲治、五條瑛、横山秀夫、笹本稜平、真保祐一ら若手の作家の小説。宮崎学、上杉隆の評論等。

 「夜の在宅率」 72%(-10)、年相応に増えてきた。遠出が少なかったせいでもあるが。

 そして「通院」17日(-5)、歯医者と検診も含めてなので、健康な年だったといえよう。

 それでは、良いお年を。

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December 30, 2008

1126.12月のシネマ

033_640032_640  12月は鹿児島への旅行もあって、映画の本数は12本。これまで紹介しなかった3本を。

 「D-WARS」

 「韓国映画史上最大の全米公開、最高の制作費(35億円)を投下し、2007年度韓国観客動員NO1を獲得。ハリウッドが度肝を抜かれた史上空前のバトル・アクション」
 こう紹介されて東京国際映画祭に特別招待された作品。

 韓国映画だが、舞台はロサンゼルス。主役もジェイソン・ベア(「星の恋人たち」)、アマンダ・ブルックス(「フライトプラン」)、ロバート・フォスター(「ジャッキー・ブラウン」)とハリウッドの俳優達。

 「ロード・オブ・ザリング」で登場したような「怪物」戦士たちが、ロスを襲ってアメリカ軍と戦う、という他愛もない内容だが、韓国のVFXの技術の高度さを見せ付けた。
 ただ実行部隊は、「トランスフォーマー」や「スパイダーマン」を手がけたロスの面々。
 「D」とはドラゴンのこと。韓国に伝わる伝説を、現代アメリカに持ってきた。

 「地球が静止する日」

 こちらは間違いなくハリウッド映画。前述の「ディー・ウオーズ」と同じく、映画の内容はともかく、とことんVFXの限界に挑戦した作品。1951年、ロバート・ワイズ監督が撮った同名作品のリメイク版というのも面白い。

 「インディペンデンス・デイ」「デイ・アフター・トゥモロー」「宇宙戦争」を超える衝撃と、大宣伝しているがそれほどでもない。観客も、この手の仕掛けには慣れきってしまったようだ。

 出演は宇宙から来た使者にキアヌ・リーブス(「マトリックス」)。彼の任務に巻き込まれた科学者とその息子に、ジェニファー・コネリー(「ビューティフルマインド」)とジェインデン・スミス(「幸せの力」)と顔ぶれは揃っている。
 ジェニファーはご存知アカデミー賞女優、ジェイインデンはウイル・スミスの息子。
 スコット・デリクソンが監督したSFアクション映画である。

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 「厳重に監視された列車」

 不覚にもこれまで知らなかったチェコの巨匠、イジー・メンツエル監督の41年前の作品である。先日封切られた同監督の「英国王給仕人に乾杯!」を記念して、シャンテシネの「メンツエル映画祭」で上映された。('01年にNHK-BSで放送されたが、劇場では始めて)

 この作品は、メンツエル28歳の長編デビュー作。'67年アカデミー賞外国語映画賞を受賞したが、彼自身は翌年の「プラハの春」で弾圧を受け、映画制作が出来なくなった。

 ナチスドイツに占領された、チェコの田舎の駅が舞台。気の弱い童貞駅員が、レジスタンスの美人闘士によって性の手ほどきを受け、やがて・・・・・。というお話。
 笑いと愛の傑作として、TIME誌2005年史上ベスト100にも選ばれている。

 前の週には、1988年シャンテシネでも公開された同監督の「スイート・スイート・ビレッジ」も上映されたが、見損なった。
 年開けには「英国王給仕人に乾杯!」を見る予定。

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December 29, 2008

1125.バラク・オバマ

 ここ10年毎月1回、雑誌編集者やジャーナリストの有志が集まって勉強会を開いている。講師である元慶応大学教授の名をとって「A塾」、テーマは毎回変わるが国際政治・経済・技術と幅広い。
 2時間ほど講義を聴いた後、フリーディスカッションとなる。生徒の側にも政治ジャーナリストや大学教授がいるので、それぞれ専門の立場から興味深い議論が交わされる。

 先日開かれた「塾」は、今年最後なので忘年会を兼ねて「黒瀬」に集まった。
 テーマは、今年後半の関心事だった「アメリカ大統領選」。前半は、世界経済不況の予兆だったが、これは現実のものになってしまった。

200pxbarackobama2005portrait 次期アメリカ大統領、正式名は バクラ・フセイン・オバマ・ジュニア。
 予備選から大統領選までの経緯、彼の生い立ちや経歴は既に十分知られているので省くとして、その勝因については各人が持論を披瀝した。
 共通したのは次の2点。

 ①ブッシュが史上最低の大統領だったこと
 ②クリントン、マケインが足元にも及ばない選挙戦略の緻密さと凄さ

 とくに、予備選出馬以来、最後まで戦略にブレがなかった事は、これまでの大統領選では見られなかったケースだった。
 選挙参謀だったプラックが、最大のピンチと述べているトリニティー・ユナイテッド教会牧師のジェレマイア・ライトの発言も、この原理原則で切り抜けている。
 そして戦術は「ドブ板選挙」「迎車」「電子乞食」「電子クチコミ」「非マスコミ」。

(ドブ板、つまりグランドワークは、ボランティアによる徹底した戸別訪問。投票所に車で送り込む迎車。ネットを通じて集めた200ドル以下の小口献金は、日本円にして640億を超える。ブログとSNC、ユーチューブを活用し、金のかかるマスコミ露出の広告費を抑える戦法)
 
 戦略には、精神的なバックボーンがあった。
 「私が、私が」と叫ぶクリントン、「オレがオレが」と主張するマッケインに対し、オバマは「You」「We」と決定権を選挙民に委ねた
 あなたが「Change」の主体であり、「Yes We can」なのである。

 戦術・戦略をアメリカ人好みのスポーツに例えるなら、バスケットボールである。決してアメフットではない。うまく間を取り、相手にぶつからず、全員でゴーシュートを目指す。そしてフットワーク。
 ハワイでの少年時代からバスケットボール選手だたオバマ。選挙前イラクでロングシュートを決め、兵士たちの拍手を浴びた映像を思い起こす。
 なぜか、次々に任命されるオバマの閣僚には、元バスケットボール選手が多い。
 アメリカの新聞は、それを「バスケットキャビネット」と名付けた。

 議論は、オバマの経済政策、イラク・アフガン政策、対中・対日と進んだがここでは省略しておこう。
 ただ気がかりなのが、「国民の期待は大きいが、果たして『Change』出来るのだろうか、アメリカの現状から」という悲観論だった。
 そしてもう一つ、アメリカ国民の32%を占めるという「プロテスタント再来派(福音派)」の動向であった。 

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December 27, 2008

1124.光都東京’08

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 皇居外苑・和田倉濠の景観照明。19日から始まっている「光都東京 LIGHTOPIA 2008」を見に行った。

081225_010_640081225_012_640  このイベントは、「地球・環境・平和」をコンセプトに、東京駅と丸の内周辺で行われている「光の祭典」。
 和田倉濠は、「環境」を表す「グリーン」の光のアクセントが加わったライトアップ。
 皇居外苑の噴水公園は、「地球」を表すブルーでファンタジックに彩った。

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 丸の内仲通りと大手町・有楽町の会場は、花と光のコミッションワーク「フラワーファンタジア」。「風と水、光の旅」 をテーマに、生花が持つ生命力そのものをモチーフとしている。
 仲通りでは、風力発電を取り入れるなど、環境に配慮して、自然と共生するイルミネーションイベントのあり方を模索している。

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 このイルミネーションは、このほか国際フォーラム会場、日比谷濠・馬場先濠でも展開している。エグゼクティブ・アドバイザーは照明デザイナーの石井幹子さん、東京タワーに続いて街をライトアップした。
 催しは明日22時まで。ただ国際フォーラムの「ハルモニア」は1月4日、丸の内イルミネーションは2月15日まで点灯する。 

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December 26, 2008

1123.日本アカデミー賞(3)

330042view003Wpa800600330418view005  〔優秀助演男優賞〕

 浅野 忠信(「母べえ」) 堺 雅人「クライマーズ・ハイ」) 堤 真一(「容疑者Xの献身」) 寺脇 康文(「相棒ー劇場版」) 山崎 努(「おくりびと」)

 助演級になると、投票も分かれるようだ。優秀作品賞の出演者が表に出るが、私はこのほかに、原田芳雄(「歩いても歩いても」「火垂るの墓」)を推した。
 堤は、主演男優賞にも選ばれており、今年の助演男優賞(「ALWAYS 続・三丁目の夕日」)に続いての受賞。

328747view002  [優秀助演女優賞〕

 樹木 希林(「歩いても歩いても」) 檀れい(「母べえ」) 松雪 泰子(「デトロイト・メタル・シティ」) 松雪 泰子(「容疑者Xの献身」) 余 貴美子(「おくりびと」)

 松雪泰子は、今年この2本しか出演していないが、それぞれ話題作となった。
 檀れいは、2年前「武士の一分」で映画デビュー。その年優秀主演女優賞、新人賞を受賞した。そういえば、松雪も「フラガール」優秀主演女優賞だった。
 樹木は、今年の最優秀主演女優賞(「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」)。

 〔新人俳優賞〕
 新人俳優賞には、最優秀賞の選考はない。毎年6~8人が選ばれる。対象は、主演・助演の大役を演じたのが初めて、という俳優。

011_640002_640   小池 徹平(「ホームレス中学生」) 松田 翔太(「イキガミ」) アヤカ・ウイルソン(「パコと魔法の絵本」) 長渕 文音(「三本木農業高校、馬術部」) 福田 沙紀(「桜の園」 吉高 由里子(「蛇にピアス」)

 長淵剛の娘文音、蜷川監督に鍛えられた吉高が、印象に残っている。
 他に綾瀬はるか(「ICHI」「ハピーフライト」)、吉武怜朗(「火垂るの墓」)、渡辺大(「ラストゲーム」)を推した。

 撮影賞、照明賞、美術賞、録音賞は、業界外の方々には馴染みが薄いので省略するが、〔優秀音楽賞〕に荻野清子(「ザ・マジックアワー」)、ガブリエル・ロベルト(「パコと魔法の絵本」)、冨田勲(「母べえ」)、久石譲(「おくりびと」「崖の上のポニョ」)が選ばれたことは、紹介しておきたい。
 また、会長特別賞に監督の故市川崑さんと故緒形拳さんが選ばれた。 

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December 25, 2008

1122.日本アカデミー賞(2)

02_character_01328359view006 〔優秀アニメーション作品賞〕

 「映画どらえもん のび太と緑の巨人伝」(監督・渡辺歩) 「崖の上のポニョ」(監督・宮崎駿) 「スカイ・クロラ」(監督・押井守) 「名探偵コナン 旋律の楽譜」(監督・山本泰一郎) 「ワンピースTHE MOVIE 冬に咲く、奇跡の桜」(監督・清水淳児)

 この中で私が見たアニメーション映画は、「崖の上のポニョ」と「スカイ・クロラ」だけ。投票したのは、もう一本の「攻殻機動隊2.0」(監督・押井守)。
 来年は、子供の気持ちになって「どらえもん」も見てみるかな。

34d5382feb4b18416d8e090aa19dd346328445view001329605view001   〔優秀外国作品賞〕

 「最高の人生の見つけ方」(アメリカ) 「ダークナイト」(アメリカ) 「ノーカントリー」(アメリカ) 「ラスト、コーション」(アメリカ、中国、台湾、香港) 「レッドクリフ Part1」(アメリカ、中国、日本、台湾、韓国)

329594view001  外国映画は、261作品から3作品の投票だから難しい。それにカンヌやヴェネチア、ベルリンなどの国際映画祭、さらにはアメリカのアカデミー賞などでグランプリを獲った作品が並ぶので、その影響も大きい。
 今回は投票した3本が、5本の優秀外国作品賞に含まれていたが。

328680view002_2330008view002329294view003  [優秀主演男優賞〕

 佐藤 浩市(「ザ・マジックアワー」) 堤 真一(「クライマーズ・ハイ」) 松山 ケンイチ(「デトロイト・メタル・シティ」) 大木 雅弘(「おくりびと」) 役所 広司(「パコと魔法の絵本」)

 主演男優賞は、ほぼ予想通り。ただ「パコ」の役所広司は意外だった。彼にしては、珍しい役柄だったが。私はもうひとり「歩いても歩いても」の阿部寛を推した。

328806view004327619view00120081006005fl00005viewrsz150x  [優秀主演女優賞〕

 木村 多江(「ぐるりのこと」) 仲間 由紀恵(「私は貝になりたい」) 吉永 小百合(「母べえ」) 吉永 小百合(「まぼろしの邪馬台国」)

 女優賞もだいたい予想通り。吉永小百合が、二つの作品から選ばれている。私は、永作博美(「その日のまえに」「人のセックスを笑うな」)も推した。

 次号で「優秀助演男優・女優賞」「新人賞」ほかを紹介する。

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December 24, 2008

1121.日本アカデミー賞

 年末になると各分野で「今年の回顧」が始まる。映画の世界でも、新聞社や専門誌によるベスト10が発表される。
 私の関係している日本アカデミー賞協会でも、今月始め優秀賞選考が行われ、先週その結果が発表された。

 「キネマ旬報」や「ブルーリボン」、「毎日映画コンクール」「日刊スポーツ映画大賞」などの選考は、少数の映画評論家や映画記者が審査委員となって順位を決めるが、日本アカデミー賞の場合は映画業界の会員全員の投票によって選ぶ。
 こうした選考方法は、しにせのアメリカ・アカデミー協会やイギリスなどと同じで、監督や俳優、美術や録音など会員であるプロの目が反映するのだ。

 今年選考の対象となった作品は、昨年の12月1日から今年の11月28日までに、有料で1週間以上上映された40分以上の作品で、記録映画や再上映作品は省かれる。
 その内訳は、日本映画198本、外国映画261本になる。

 第一次の選考は、作品賞から主演・助演賞、録音、美術など17部門に3人(作品)投票する事となっているが、これは結構難しい作業となる。
 全ての作品を見ているわけでもないし、この1年ブログで紹介したページを捲りながら選んでみた。
 例年、その総括めいたものをこのブログで書いてきたが、今回は遠慮したので結果だけを紹介する。
 いずれも「優秀賞」として、来年催される授賞式で表彰される。またこの5本(人)の中から会員による再投票で、「最優秀賞」が選ばれる。
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 014_640_3 〔優秀作品賞〕

 「おくりびと」 「母べえ」 「クライマーズ・ハイ」 「ザ・マジックアワー」 「容疑者Xの献身」

  〔優秀監督賞〕

 滝田洋二郎(「おくりびと」) 中島哲也(「パコと魔法の絵本」)
 原田眞人(「クライマーズ・ハイ」) 三谷幸喜(「ザ・マジックアワー」)
 山田洋次(「母べえ」)

 〔優秀脚本賞〕

330042view001327619view004_2   内田けんじ(「アフタースクール」) 加藤正人・成島出・原田眞人(「クライマーズ・ハイ」) 小山薫堂(「おくりびと」) 三谷幸喜(「ザ・マジックアワー」) 山田洋次・平松恵美子(「母べえ」)

 だいたい予想通りで、私の投票もほぼこの作品・監督だったが、「ぐるりのこと」(監督・脚本、橋口亮輔)と「歩いても歩いても」(監督・脚本、是枝裕和)が落ちたのは、残念だった。     (続く)

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December 23, 2008

1120.東京タワー・50年

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 今朝の東京タワー、スケッチ風に撮って見た。NHKの朝のテレビで「東京タワー50年」を放送していたし、新聞も特集を組んでいた。今日が誕生日なのだ。

 東京タワーを眺めて暮らす日々が、こちらも5年を超えた。気が向いたとき、シャッターを切った写真を、50歳記念として数葉並べてみる。

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  夕方、50歳の東京タワーをもう一度写す。

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December 22, 2008

1119.気儘なひとり言

075_640 この本も、前号で紹介した著作と同じ日に届いた。ただこちらの方は自費出版で、非売品である。
 書いたのは元キャリア官僚、現役時代私のカウンターパートナーだった方である。北海道勤務経験者という共通点もあり、今も時々盃を交わしている。

 著作は、今年の4月から日々の出来事を、思いつくまま気の向くまま、パソコンにメモした記録が100回になったので出版して、知人・友人に送ったもの。

 「今年は、百年に一度あるかどうかの世界金融・経済危機、突然の後期高齢者医療保険制度問題の浮上、これまた突然の内閣総理大臣の辞任・新内閣の発足、さらには緊急経済対策を巡る混乱など予想以上に多くの出来事・話題が湧き出てきた。これも一つの時代の転換点、岐路にあたるのかと思いつつ、パソコンのキーを敲いた。」
 と「まえがき」に書く。

 官僚出身にしては、率直に社会を時評しているが、今年の「クロニクル」としてタイトルだけでも、いくつか紹介しておこう。

 ・4月「久しぶりの党首討論・本音の福田、形式論の小沢」「Jパワー株買い増し騒動」「白鳥の死の警告」
 ・5月「ある料亭のコンプライアンス」「年金制度改革論議に思う」「肥大化する内閣府」
 ・6月「米国再生の道いずこ」「試金石の日中ガス田開発」「コンビニ24時間営業の問題」
 ・7月「サミット首脳国宣言の危うさ」「全国漁船一斉休業の意義」「ばら撒きになってはならない原油高対策」
 ・8月「中国毒入り餃子事件を巡るマスコミ報道への疑惑」「不気味な西・南アジアの動き」「果たして効果あるか総合経済対策」
 ・9月「民意(?)に流された県知事の決断」「揺れ動く米国金融政策」「やってしまった麻生流初診表明」
 ・10月「日本だけの3連休と新聞休刊日」「2次補正は今国会で無理なのか」「百年に一度の暴風雨」
 ・11月「Yes We Can」「隣は何を?自らはなにを?」「基本をわすれていないか」

 最後の「基本・・・」のエッセイは、定額給付金問題。「その目的がよく分からない。消費の拡大による景気対策なのか、不景気に伴う生活支援なのか。」「基本・王道を踏まえた対応をしないと、現政権にとって命取りとなりかねない。」
 キャリアからの苦言である。 

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December 20, 2008

1118.アジア人との正しい付き合い方

074  立命館アジア太平洋大学で、比較文化論や日本語を教えている小竹祐一君から、近著が送られてきた。
 「アジア人との正しい付き合い方~異文化へのまなざし」。NHK出版から「生活人新書」として先週発売された。

 小竹君とは、シンガポールでの取材のコーディネイトをお願いして以来お付き合いしている。もう20年ほど昔の事だが、当時彼はシンガポールの大学で、日本語を教えていた。
 早稲田を卒業後、南洋大学に留学、そのまま現地に留まった彼はマレー系シンガポール人と結婚。6年前に別府に開学した、アジア太平洋大学に招聘されて日本とシンガポールを往き来している。もちろん自宅は彼の地にある。

 これまでも「シンガポールから学んだこと」や「地球歩きはおもしろい」など、比較文化論の著書を多く書いているが、今回は学生やサラリーマンに向けての入門書として、「アジア人との付き合い方」を出版した。

 奥さんがシンガポール航空に勤めているせいか、暇があるとひとりで気ままな旅に出る。旅先から貰う絵葉書は、比較文化論というわけだ。
 今回は、そうした旅先での経験、もちろん長いシンガポールでの生活体験、そして80数カ国(地域)の留学生が集まる立命館アジア太平洋大学での教育経験から、「異文化へのもなざし」をこの本にまとめた。

 詳しくは著書をぜひ読んでいただくとして、ポイントの一節だけを紹介しておこう。本の帯にも引用されている部分である。

 「(アジアの人たちに対する)偏見や間違ったステレオタイプを乗り越えるには、どうしたらいいのだろうか。」
 「相手を見る視点をできるだけ多く持つことも必要だ。例えば、はじめて会った韓国人男性のキムさんと付き合う場合、彼を『韓国人』、『男性』とだけ認識するのではなく、『お酒とサッカーが好きな人』、『コンピューターに強い人』、『大学で専攻が民俗学の人』、『ファッションに興味を持つ人』といったように、より詳しく多面的に相手を知ることで、へんな偏見やステレオタイプから自由になれる。」
 「相手が『何人(なにじん)か』ということを横において、『その人はどんな人か』という点に注目し、お互いに同じ人間同士の『個人』として付き合ってみる。異文化間コミュニケーションの土台は、あくまでも個人間コミュニケーションであることを、常に忘れないことだ。」

 また異文化をもった外国人が身近な存在になりつつあり時代に、次のように提案する。

 「目下の新たな『開国の時代』にあって、この『日本人』という単語を廃止し、『日本国に所属する国民』の意味で『日本国人』という言葉をつかうようにしたらどうだろうか。この『日本国人』には、当然いろいろな人種や民族の人が含まれ、アイヌ系日本国人もいれば、沖縄系日本国人、韓国系日本国人、中国系日本国人、フランス系日本国人、そして多数派の大和系日本国人もいることになる。」

 「アジア人との正しい付き合い方~異文化へのまなざし」(NHK出版生活人新書275)  定価700円(税別)
 

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December 19, 2008

1117.アラトリステ

331715view001 ハリウッドスター、ヴィゴ・モーテンセンのために制作されたスペイン映画。彼は、17世紀スペインの孤高の剣士を演ずる。

 モーテンセンは、その名が示すとおり北欧系の役者である。デンマーク人の父、アメリカ人の母の元に生まれ、ラテン系の血はない。ただ、幼少の頃ヴェネズエラやアルゼンチンで暮らした経験もあって、スペインとの縁がない訳ではない。
 「ロード・オヴ・ザ・リング」3部作でハリウッドに認められ、「ヒストリー・オブ・バイオレンス]('05)「イースタン・プロミス]('07)と主役の座を取った。
 今回は、セリフのすべてをスペイン語で通した。

331715view002331715view005   共演者は、皆スペインの俳優たち。
 剣士仲間の遺児役ウナクス・ウガルデは、若手トップスター。「コレラ時代の愛]('07)で主人公を演じた。
 モーテンセンの永遠の恋人は、ゴヤ賞受賞のベテラン、アルアドナ・ヒル。
 ほかにハビエル・カマラ(「トーク・ツー・ハー」'02)、エドウアルド・ノリエガ(「バンテージ・ポイント]'08)など。
 監督は「死んでしまったら私のことなんか誰にも話さない]('95)でデビューし、ゴヤ賞最優秀作品賞など8部門を独占したアグスティン・ディアス・ヤネス。私にとっては、初作品である。

331715view003  舞台はもちろんスペインのマドリッド、それに戦乱の地フランドル地方。現在のベルギーからオランダである。
 原作はスペインの人気作家アルトウル・ペレス=レベルテが書いた同名小説。歴史上の事件や人物たちの中に、架空の主人公アラトリステを登場させた。

 剣は滅法に強く、恋は一筋、義にあつい誇り高き剣士の波乱に満ちた半生を描く。
 バックに流れるもの悲しいギターの音色のせいか、「さすらいのガンマン」を思い出す。いや「用心棒」であり、ラストシーンは「カスター将軍」だった。

 この時代をおさらいすると、スペイン、ナポリ王国、ミラノ公国、オランダ、ポルトガル、フィリッピン、アメリカ大陸を併せ持ち、「太陽の沈まぬ国」といわれたスペイン帝国に始まる。
 しかし「エリザベス・ゴールデンエイジ」に描かれたように、スペイン無敵艦隊はイングランドに破れ、帝国は衰退の道を歩み始める。
 ヨーロッパ大陸では、カトリック諸侯とプロテスタント諸侯による30年戦争が続き、スペイン領のオランダでも、プロテスタントによる独立戦争が起こる。
 剣士たちは、休む暇もなく戦場に駆り出され命を失っていく・・・・・。

 17世紀の歴史と芸術の研究者でもあるヤネス監督は、哀歓をこめて「黄昏のスペイン」を描いたのだ。

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December 18, 2008

1116.初冬・かごしま(2)

081214_005_640081214_036_640081214_037_640 母の故郷、萬世を訪ねるのも久し振りである。

 合併して南さつまと呼ばれるこの地は、万之瀬川河口に開けた廻船問屋などの商人の町だった。米や菜種油、鰹節などの海産物を、長崎や大阪に船で運んだ。
 あの小泉元総理がその末裔であることは、地元以外はあまり知られていない。

 商人たちが信仰したのは、浄土真宗。江戸時代、「真宗禁制」の薩摩藩の目を逃れて山野に隠れて念仏を唱えた。
 歴史に残る「かくれ念佛」である。

081214_024_640081214_027_640081214_031_640 母の菩提寺・顕証寺は、禁制の解かれた明治の初め商人たちの手によって建てられた。住職には、京都から新進気鋭の青年僧を招いた。

 そして3年前、2000の門徒衆による3億5000万円の寄付金だけで、寺の全てが解体され再建築された。100年を超えた始めての大事業である。
 ここには、かくれ念仏の強い絆が、まだ残っていた。

 薩摩藩による「真宗禁制」の背景は、まだ歴史的に解明されてはいない。
 1587(天正15)年、豊臣秀吉が薩摩を攻めた時、一向宗徒(真宗門徒)が手引きしたためとか、島津家継承騒動で敗れた島津義虎・伊集院幸侃一派が、一向宗信者だった等の説がある。
 それはともかく、「弥陀如来の前では、万民全てが平等」という親鸞の教えが、商人農民だけでなく、領民の4割を占める在郷下級武士の中にまで浸透していく事を、支配者達が恐れた事は間違いない。

 以後藩の門徒にたいする弾圧は、徳川によるキリシタン弾圧以上に厳しいものだったという。
 門徒たちは、洞窟のなかに本尊を隠し、また小船で海上に出て念仏を唱えた。霧島地方に今も残る秘教「カヤカベ」は、山岳信仰に姿を変えて守り続けた念仏信仰である。
 西本願寺鹿児島別院には、拷問の道具など当時の弾圧の凄まじさを伝えるものが、残されている。

081214_023_640081214_021_640  顕証寺のすぐ近くにある「報公義会館」。洋風建築による3階建の建物は、このほど国の「登録有形文化財」に指定された。

 明治の末期、この地の青年たちの活動の場として、商業で財をなした有志たちの寄付金によって建てられた。
 今で言う公民館なのだが、毎夜若衆たちはここに集い心身の鍛錬に努めた。私が焼酎の味を覚えたのも、この報公義会館だった。

081214_019_640081214_014_640  帰途、3年間学んだ中学校を訪ねる。10年前、還暦を記念して同級生たちで植えた樹が、幹を伸ばしていた。

 この旅もまた、先日の広島に続く「センチメンタル・ジャーニー」となった。   

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December 17, 2008

1115.初冬・かごしま

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 法事のため2年ぶりに帰省する。変りやすい冬の天気だったが、雲が切れ桜島の勇姿を眺む事も出来た。
 この日曜日で完結した大河ドラマ「篤姫」で、彼女が別れを告げた光景である。

081214_055_640081214_049_640 鹿児島市街から車で20分、武岡の台地にある長島美術館を訪ねる。観光事業で財をなした長島公佑氏が、長年にわたって収集した美術コレクションを展示している。

 マルク・シャガールの「緑のバイオリン弾き」、ピカソの「顔」、ルノワールの「林檎売り」ほか、ドガ、ルオー、ユトリロ、ローランサン、モディリアーニ、ミロなど絵画、ロダン、ムーア、ジャコメティの彫刻など、海外の著名芸術家を始めとする1000点を超える作品が並ぶ。

081214_640                                                 081214_062_640081214_065_640   ただ私が今回長島美術館を訪ねた第一の目的は、薩摩焼の逸品を見るためだった。
 ここには幕末から明治初期にかけて、ヨーロッパに輸出された白薩摩の里帰り品が、数多く展示されている。
 その中に、私の一族の先祖の作品があると聞いたからだ。

 白薩摩は、藩主島津家の調度品や大名への贈答品、海外への輸出品として焼かれた。白色の素地に色絵具で華麗に絵付けした、「錦手」や「金襴手」と呼ばれるものがその代表である。

 展示されている陶器は、モダンでカラフルなものが多い。ヨーロッパの顧客が、本国のデザイナーのアイデアを生かして、薩摩で焼かしたものだそうだ。色使い、造形をふくめ、日本の他の窯元では見られない逸品である。
 ロンドンやパリ万博出品の大型の壺をふくめ、彼等が愛でた陶器が再び薩摩に帰ってきている。

 先祖のそれは、竪野系といわれる白薩摩の窯のひとつで、上の写真左の「陽刻菊花文香炉」は江戸末期の作品である。また隣の「錦手花鳥図砂金袋形花瓶」は、明治になってから焼かれたものだ。
 すでに窯は途絶えているが、作品だけはこうして残っていた。

081214_045_640081214_044_640081214_041_640  長島美術館コレクションのもう一つの特徴は、郷土出身の大画家の作品を集めている事だ。

 081214_063_640 玄関には、黒田清輝、藤島武二、和田英作、有島生馬、東郷清児、海老原喜之助の胸像が並び、展示室には黒田の「婦人背面エテュード」や和田の「バラ」などが飾られている。
 無骨な薩摩人と見られがちな我が先人たちの中から、多くの芸術家たちが生まれたことを、ここで確認した。

 この日、長島美術館では企画展として「2008イタリア・ボローニア国際絵本原画展」も開かれていた。 世界各国を巡回してきたこの展示は、九州ではここだけ。1月11日まで展示された後、ソウルにむかう。
 

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December 16, 2008

1114.252・生存者あり

800x600_d_2800x600_a_2  「252」とはハイパーレスキューが使用する通信コード、その意味は「生存者あり」。

 史上最大の巨大台風が首都圏を直撃、銀座にこぶし大の雹が降り、お台場、汐留を高潮が襲うという、リアル・シミュレーション映画。日本テレビが企画製作した。
 舞台は新橋駅、主役はもちろん東京消防庁ハイパーレスキュー隊。

20081006006fl00006viewrsz150x 新橋駅の崩壊で、旧新橋駅地下構内に閉じ込められ、通信手段を無くした人々。
 仲間を見殺しにした元レスキュー隊員(伊藤英明)と耳の聞こえない彼の娘(大森絢音)、医師になる自信を失った研修医(山田孝之)、一発再起を賭ける中小企業の社長(木村祐一)、弟を事故で無くした韓国人銀座ホステス(MINJI)の5人。

 新橋の地上には、巨大台風の猛威をついて命懸けの救助を続けるハイパーレスキュー。レスキュウー隊長(内野聖陽)は閉じ込められた元隊員の兄、それに副隊長(山本太郎)、本部長(杉本哲太)たち。
 最後にその両者を繋いだのが「252・生存者あり」だった。

800x600_b 映画の監修と隊員に扮する役者たちを訓練したのは、東京消防庁第八消防方面本部のハイパーレスキューだった。
 彼らは、新潟中越地震であの少年を救った人たち。この時交わされた「252」の通信コードが、この作品制作のきっかけでもあった。
 だから本物のレスキュー隊員や消防署員たちが、エキストラとして協力している。

800x600_e 「クライマーズ・ハイ」のVFXスーパーバイザー小田一生のCGやデジタル合成が、新橋駅周辺と地下鉄駅構内をそっくり再現したオーップンセットにうまく融合している。
 原作・脚本を書いた小森陽一も、消防庁はもちろん気象庁などをよく取材して、絵空事に終わらせてはいない。
 監督水田伸生が真正面から撮っているから、感動を呼ぶ。

 先週有楽町の映画館を覗いたところ、背広姿の若い客が入り口に行列していた。聞くと非番の消防署員たちだった。
 諦めて隣の映画館で見たのが「特命係長只野仁」、テレビ朝日で大ヒットしたコミック漫画ドラマの劇場版。アクション、お色気、そしてカタルシスがパワーアップとの触れ込みだったが、こちらは箸にも棒にもならない作品だった。

 改めて「252」に足を運んだが、今回もまた若い消防署員で劇場は埋まる。企画した日本テレビも意気が上がるだろう。
 お台場を襲う高潮が、フジテレビの円球を吹き飛ばした気持ちもわかる。我が家のマンションも高潮で消え失せたようだが。

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December 15, 2008

1113.ヤング@ハート

_640_2 ドキュメンタリーが、劇映画以上にドラマチックに展開した作品。登場したおじいちゃん、おばあちゃんたちは、ハリウッドのどんな役者の演技も超える演技を見せてくれた。
 笑って涙した感動作品。生きる事の素晴らしさ、あの世へ旅発つ事の愉快さ、人生の素晴らしさを伝えてくれる映画だった。

 アメリカ・マサチューセッツ州の小さな町ノーサンプトン。26年前、ここに誕生したコーラス隊「ヤング@ハート」(やんちゃな年金生活たち)は、世界中を飛び回るプロのコーラス隊である。

 コーラス隊の平均年齢は80歳。92歳のお茶目な花形スターから6度のガン治療に耐えた83歳の超人、歌詞を忘れても決して落ち込まない86歳のおじいちゃんから76歳の音痴まで、20人を超えるメンバーは多士多彩である。

 歌う曲も賛美歌や唱歌ではない。ロックからポップスまで、コールドプレイの「フイックス・ユー」からソニック・ユース、ラモーンズ、ボプ・ディラン、トーキング・ヘッズ等の難しい曲をを歌いこなす。

20080818011fl00011viewrsz150x  映画は、年に1度の地元でのコンサートにむけて、新曲を練習しプロの世界にまで練り上げていく様子を、7週間にわたって記録し続けたものである。
 そしてこの間、二人の仲間は他界し、コンサート終了後も最高齢の歌姫を亡くす。
 「私が死んでも、7色の虹に腰をかけて貴方たちをいつも見ているわ。だから、今まで通りに皆で歌い続けて」との言葉を、フイルムに残して。

 監督はスティーブン・ウオーカー。イギリスのBBCなどで数多くのドキュメンタリー制作してきたディレクターである。
 ヤング@ハートのユーロッパツアーを聴いて、際物ではないプロのコーラスの存在を知った。
 その彼やカメラマンのエドワード・マリックたちを、おじいちゃんやおばあちゃんは、まるで孫を相手にするようにやさしく応対する。
 ドキュメンタリーがドラマを超えていく所以なのだ。

 人生の先輩を、決して手を許さず生徒としてしごく54歳のコーラス指導者も偉い。

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December 13, 2008

1112.ダイアリー・オブ・ザ・デッド

056_640  「映画界に多大なる影響を与える巨匠ジョージ・A・ロメロ監督最新作。ただならぬ状況下でも頑なにカメラを回し続け、『真実』のみを伝えようと戦い続ける学生グループを描いた、究極のサバイバルムービー」(TIFFパンフレット)
 この映画も、今秋の東京国際映画祭に特別招待された作品である。

 「ゾンビ映画」、死体が生き返り次々と人間を襲う、古典的なホラー映画。ドラキュラの様に生き血を吸い、相手をゾンビに変えていく。宗教的な背景もあってか、ヨーロッパやアメリカでは古くから映画の素材となってきた。

 「ゾンビ映画」は個人としては、あまり好きな分野でないので、これまでは敬遠してきた。
 ただ、ロメロ監督がタランティーノ監督など、一連の「グラインドハウスもの」に大きな影響を与えてきた事は知ってきた。
 また今回の作品は、現代の情報化社会を鋭く批判した映画だそうだ。
 という事で、今回ロメロ監督作品を始めて見ることにした。

 ロメロ監督は、1940年生まれ。メロン大学卒業後、ピッツバーグをベースにしてインディペンデント映画を作り続けている。
 1968年に「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド/ゾンビの誕生」を制作、モダン・ゾンビ映画というジャンルを確立した。その後「ゾンビ]('78)「死霊のえじき」('85)を発表。ソノシニカルな批評性を持つ作品は、ロメロの「ゾンビ三部作」と呼ばれている。
 3年前久し振りに「ランド・オブ・ザ・デッド」を発表、そして今回の作品である。

20081113001ec00001viewrsz150x  「ダイアリー・オブ・ザ・デッド」は、ゾンビ映画という古典的なジャンルに、「デジタル・ムービーカメラ」「ユーチューブ」「ブログ」「ケイタイ・テレビ電話」など、極めて現代を象徴する素材をぶちこむ事で、優れた文明批評となっている。

 誰もが情報を発信できる時代。事実なのか作られた情報なのか、個人からの発信だけでなく、大マスコミからの情報ですら「本物かどうか」を見極める事が困難になった。
 「カメラに捕らえられないなら、何も起こっていないのと同じだ」と、ロメロは作中の人物に語らせる。
 「ゾンビが生きた人間を喰い付くし、全てがゾンビになったら世界は終焉する。今、情報化社会は、その道を歩いているのだ」と警鐘を鳴らす。

 主人公である学生グループは、ほとんどカナダ出身の若手俳優達。ゾンビの特殊メイクは、「ランド・オブ・ザ・デッド」('05)「サイレント・ヒル]('06)「ソウ3]('06)など「死体メイク」の専門会社?カナダのガスライト・スタジオが手がけている。監修したのは特殊メイクのトップランナー、グレッグ・ニコテロ。こんな世界を始めて知った。

 ウイークデイの午前中、築地市場での買い出しの帰りに寄った「銀座シネパトス」。第一回目の上映だったせいか、観客は私ひとり!。こんな事は、50年を越える映画鑑賞では始めてである。本当に「怖い体験」だった。

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December 12, 2008

1111.トロピック・サンダー

Ben_wall_thumb800 ハリウッドのショウビジネスの裏側を、ブラックユーモアで捻りに捻ってあぶりだした。本年最高のコメディ映画と評判だ。

 冒頭、何処かで見たような映画のシーンが次々に現れる。「ランボー」「プラトーン」「プライベイト・ライアン」「フォレスト・ガンピ」「M:Ⅰ:Ⅲ」・・・・。そして「地獄の黙示録」、ベトナムのジャングル上を飛ぶヘリコプター群のシーン。
 ここからお話は始まる。

330880view007  史上最大の戦争映画を作ろうと「超大物スター」を集めたが、監督の思うようには動かず、予算はオーバー。そこで黄金のトライアングルの密林の中に役者をを置き去りにして、迫力あるシーンを撮ろうとしたが、ここは最悪の麻薬危険地帯だった・・・・・。
 地雷で監督が吹っ飛んだあと、麻薬密造ギャング相手に「史上最低の作戦」が始まったのだ。

330880view001  「三大スター」が競演する。
 「落ち目のアクションスター」は「ナイトミュージアム」のベン・ステイラー。監督・製作・脚本・原案と一人5役である。
 プロデューサーとしても活躍しているジャック・ブラックが、「シモネタが得意なコメディアン」の役。現在も上映中の、「僕らのミライへ逆回転」でも主役の彼である。
 歌手としても活躍しているロバート・ダウニー・Jrが、「アカデミー賞5回受賞のやり過ぎ演技派俳優」の役。「アイアアンマン」で一躍スターになった彼である。

 もともとこの作品のアイディアは、ベン・ステイラーが20年!も前から温めてきた。
 まだ端役時代、ベトナム戦争映画製作のため「偽の軍事訓練キャンプ」で鍛えられた仲間の自慢話が発端である。
 「ちょっと軍事訓練した程度で『オレは戦場を体験した』なんて顔をするのが疑問でね。こんな連中をジャングルに放り込んだらどうまるか」と。

330880view006330880view005  コメディ映画だが、戦場のアクションシーンは徹底したリアリズムで描いている。そのシーンを撮ったのは、2度もアカデミー賞撮影賞を受賞したジョン・トール。「シン・レッド・ライン」の戦争シーンのキャリアを生かしている。
 役者たちも、映画自体を笑いながら、「ビッグスター」である自分達を笑い飛ばす。
 このパラドックスが、さらに笑いを呼ぶのだ。
 出演役者名、アルパ・チーノ、カーク・ラザラス、クダ・スピードマン、ケヴィン・サンダスキー・・・・・・。何処かで聞いたような名前だが、こんな役者はハリウッドにはいない。

 ベン・スティラーも求めに応じて、超豪華ハリウッドスターたちが、次々とカメオ出演しているらしい。私は、トム・クルーズしか気がつかなかったが。

 映画業界をとことんからかう映画に、トップスターたちが脇役にも出演した。トップ故のストレス発散か、またはハリウッド業界人の懐の深さか?

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December 11, 2008

1110.かけひきは、恋のはじまり

Dl_800600 「グッドナイト&グッドラック」など、社会派映画の監督としても活躍するハリウッドのトップスター、ジョージ・クルーニーの監督・主演作品。
 前作は、テレビ報道の現場に鋭いメスをいれて、アカデミー賞を受賞した。

 今回の作品は、全く趣を変えたクラシカルなラブコメディーである。ビリー・ワイルダー等、30年代から40年代の巨匠たちに捧げる「オマージュ」。軽やかで、小気味よい作品に仕上がっている。

 邦題は、映画の内容をストレートに表現しているので少々興ざめだが、原題は「LEATHERHEADS」。 アメリカン・フットボールの選手達が被っているヘッドギアの事で、現在の金属製とは違い昔は皮製品だったのだ。

331290view001  という事で、お話は1920年代のアメリカを舞台に、プロのアメフット創生期を描いたもの。
 アメフットをこよなく愛する中年選手(ジョージ・クルーニー)と、アメフット界のスキャンダルをスクープしようとする敏腕女性記者(レニー・ゼルウイガー)との駆け引き、それにスキャンダルの当事者・若手アメフットスター選手(ジョン・クラシンスキー)が絡む。

 脚本を書いたのは、ダンカン・ブラントリーとリック・ライター。二人ともスポーツ記者界の大御所、アメフットの歴史を調べていたら「事実は小説より奇なり」だった。
 そして書き上げたのが「レザーヘッド」、それも15年昔の事だったが、その本をジョージ・クルーニが温めていたというわけ。

 アメフットといえば、プロ野球と並ぶアメリカの「国民的スポーツ」。昔は純粋にゲーム好きだった荒くれ男たちが楽しんでいたが、現在は「巨大産業化」してスキャンダラスな事件も多い。
 1920年代のアメフットは、カレッジ・フットボールとして学生たちの「花形スポーツ」。「プロ・フットボール」は「まともな仕事じゃない」と思われていた。
 だからキャンパスのグランドはきちんと整備され、観客席も立派だった。一方プロのそれは牧場に縄を張ったレベル、スポンサーもなかなか付かなかった。
 そこに学生出身のアイドル的スター選手が現れ、プロチームに移籍・・・・・・と話が展開していく。

331290view002_2  迫力もありユーモアもあるアメフットシーンとは対称的に、クルーニーとゼルウイガーの洒落た会話での「かけひき」が粋だ。
 実年齢もクルーニーは47歳、ゼルウイガーが39才、軽妙で深みのある「大人の恋」のかけひきなのだ。
 クラーク・ゲーブル主演の「或る夜の出来事」('34)を思い出させる、二人の寝台車でのやりとりが面白い。

 バックに流れる音楽は、アメリカを代表するシンガーソング・ライター、ランディー・ニューマン。「トイ・ストリート」などピクサー作品の音楽を担当し、アカデミー賞も受賞している。
 劇中、バーでのピアニスト役でちょこっとカメオ出演している。 

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December 10, 2008

1109.葫蘆島(2)

029_640030_640028_640   テレビでは、公開された当時の資料や関係者の証言から、終戦の翌年アメリカの「対中政策」が変わったという。

 トルーマン大統領は、「旧満州在留日本人全員の早期日本帰還」を命じ、対ソ交渉の結果コロ島一箇所だけが選ばれた。
 そして1946年5月7日、旧満州からの第1陣の引き揚げが始まった。

 終戦後、台湾や中国本土(国民党政府支配下)、朝鮮からの引き揚げはすぐに始まっていた。しかしなぜか旧満州だけは、残置されていた。

 こんな極秘文書が残されている。終戦の前日8月14日、大東亜(外務)大臣から在外公館あてに送られた「緊急秘密電信」である。
 それは翌日発表される「ポツダム宣言受諾」後の、公館のアクションについての指示だった。
 そして満州国内公館にだけは、「居留民は、出来うる限り定着の方針を執る」との訓令が付け加えられていた。

 その背景には、関東軍首脳部のソ連に対する楽観的な見方と、ポツダム宣言の対象は日本軍の武装解除と本国復員だけで、民間人は関係ないという考え方があった。
 また在留邦人の間でも、引き揚げか定着かで意見が分裂していた。難民化した開拓団員や官吏、国策会社員たちは引き揚げを、満州事変以前からの居留民、とくに商工業者は定着を希望したのである。

 GHQおよび日本政府も、「旧帝国」の方針を引き継いだ。
 「日本国内の食料不足」「戦災による住宅不足」「輸送船お絶対的な不足」そして日本政府の、国際社会に対する楽観的な見方である。

 しかし情勢は変わる。
 旧満州を占領したソ連は、工業用資材など日系資産の搬出と労働力としての関東軍捕虜を確保した後この地を去る。その後に、中国共産党支配下の八路軍が入ってくる。
 八路軍は、在留邦人の中から医師や看護婦、エンジニアなど高い技術を持った専門職を徴用した。
 国民党側の中央軍もまた、同様な試みを行ったが旧満州の実権は共産側に握られ、劣勢となっていく。
 アメリカは、この事に恐れを抱いた。国共内戦の後方支援要員として在留邦人が巻き込まれることで、東アジアがますます不安定になってしまうと。
 当時の日本政府は、GHQにまかせっきりだったのである。

025_640026_640031_640   無蓋車から降ろされた私たちは、アメリカ軍の手を借りて引揚船に乗り、故国を目指した。
 ある者は舞鶴に、ある者は佐世保に、私たちは博多に。
 福岡にあった亡父の親戚の家で数日養生し、私は母の実家のある鹿児島に向かった。 暑い夏の日だった。

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December 09, 2008

1108.葫蘆(コロ)島

005_640009_640020_640  中国遼寧省・コロ島。62年前、この島から100万を超える日本人が祖国への引揚げを果たした。
 近年、台湾やアメリカの当時の資料が公開され、この引揚げをめぐり大国が激しい駆け引きを繰り広げていた事がわかった・・・・・・・・。

 昨夜のテレビ・NHKスペシャル「葫蘆島~旧満州・引き揚げはこうして決定した」は、元満蒙開拓団の看護婦のコロ島再訪を軸に、発掘された資料をもとに引き揚げの経緯の検証を行った。

023_640021_640_2   テレビでも紹介されたように、コロ島からの引揚者は105万とされている。
 詳しく記録を辿れば、1945年8月終戦時の満州在留邦人の数は155万人。うち開拓団員27万人、直前に関東軍に動員されたもの16万人だった。
 そして翌年、翌々年までに無事日本に引き揚げたものは127万人と厚生省の記録にはある。だから大半の人たちは、コロ島経由だったのだ。
 しかしその2年間で、死亡・行方不明になったものは24万5000人、未だに帰還していないものは1万3600人と推定されている。

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 62年ぶりにテレビで見たコロ島の全景。私もまた「処分」された父の遺骨を胸に、ここから祖国に帰ってきた。
 終戦から1年間、旧新京で売り食いの生活を送ってきた私たちは、7月の末無蓋車に乗せられて長春の駅を発った。
 

018_640007_640  荷物はひとりリュックひとつに制限され、貴金属は取上げられた。
 途中で何回も暴徒に襲われ、豪雨の中コーリャン畑を逃げ回った。
 渤海湾の港、遼寧省のコロ島(フールータオ)に辿りついたのは、およそ2週間後だった。

004_640003_640001_640   途中で多くの人が死んだ。私も栄養失調と疲労で黄疸症状になり、駅から港まではタンカで運ばれた。
 そして旧日本軍の駆逐艦に乗船、博多に上陸したのは8月20日だった。
 港では頭からDDTをかけられた。そこで貰ったカボチャ入りのおむすびの味だけは、今も忘れられない。

 さて、テレビ番組である。
 100万人のコロ島からの引揚者で、現存している人は30万をきったという。私たちが、体験を証言出来る最も若い世代なのだから、仕方ないだろう。
 その立場から昨夜の「スペシャル」を評すれば、消化不良である。もっと突っ込むべき事実、特に日本政府側、いや日本帝国の政策や思惑に触れるべきであった。
 それについては、次回に述べる。(写真は、テレビからの再撮)   

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December 08, 2008

1107.未来を写した子どもたち

053_640 第77回アカデミー賞で「最優秀ドキュメンタリー賞」を受賞した作品だそうだ。また各地の国際映画祭などで、24を越える最優秀ドクメンタリー賞や観客賞も受賞している。
 不覚にも、こんなに素晴らしいドキュメンラリー映画があった事を、私は予告編を見るまで知らなかった。
 制作されてから4年、ようやく日本でも公開された。配給元のアット・エンタテインメントの労を多としたい。

 インド・カルカッタの売春窟に生まれ育った子どもたちが、一人の女性カメラマンがはじめた「ワークショップ」でカメラと出会い、写真を撮る事で夢と希望をいだくドキュメントである。
 そのカメラマン は、イギリス・ケンブリッジ大学院出身のザナ・ブリスキ。宗教学を学んだ後ニューヨークに渡りフォト・ジャーナリズムを習得、1998年からインド・カルカッタに住み着いて売春婦の日常を撮り続けている。

About_movie_intro_photo_3About_movie_intro_photo_2About_movie_intro_photo_1   彼女がここで目にしたのは、売春窟に住む子どもたちの悲惨な運命である。女性はいつかは売春婦に、男性は犯罪者や麻薬中毒患者になっていく現実である。

 ザナは、ニューヨークでHBOやPBSのドキュメンタリー映画の編集マン、ロス・カウフマンを誘って子どもたちに写真を教え、その過程をドキュメンタリー映画として記録していく事で、子どもたちの未来に、光を与えようとしたのだ。

About_movie_intro_photo_4Kwc_photo_3  ザナとカウフマンは、子どもたちから全幅の信頼を得ている。いや子どもたちの親である売春婦たちからも、信じられている。
 だからカメラは、何の拘りもなく子どもたちの素直な日々や、売春窟に住む人たちの生活を撮り続ける。
 時には一緒に悩み、泣き笑ってカメラは回り続ける。
 この作品が、優れたドキュメンタリーになったのは、この「信頼」かもしれない。

055 子どもたちの撮った写真は、2002年にザナたちの仲間の支援でニューヨークで公開され、写真界の注目を集める。
 その写真が、子どもたちの素晴らしい才能を見せるだけでなく、もっと大切なものを伝えているからである。
 そして2003年にはアムネスティ・インターナショナルのカレンダーに採用され、さらに地元でも展覧会と、世界中のマスコミの話題となっていく。
 そしてその中で子どもたちは・・・・・・・。

 「未来を写した子どもたち」が上映されているシネスイッチ銀座のロビーでは、子どもたちの撮った写真42点が展示されている。
 また写真のポストカードも、朝日新聞出版から販売(定価1000円)されている。
 映画をふくめ収益の一部は、ザナとカウフマンが設立した基金「KIDS WITH CAMERAS」に寄付されるとのことだ。

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December 06, 2008

1106.ノムラ資産管理フェア

081205_005_640081205_024_640  有楽町での映画の後、ぶつかったのがこのイベント。東京国際フォーラムの前を通ると人だかり、入場無料とある。

 第11回「ノムラ資産管理フェア」、個人投資家のための日本最大級のマネーイベントだそうだ。
 アメリカ発の金融危機で騒がしい毎日、僅かだが株と投資信託も持っているので、ちょっと覗いてみた。

081205_007_640081205_014_640  ウイークデーの昼下がりというのに、会場は人で埋まっていた。株の急落、先行きが見通せないせいか、今年は例年にない参加者と案内の女性の説明。
 81の上場企業がブースを構え、8つの投信運用会社と5つの保険会社がセミーナーを開く。

 また別の会場では元金融大臣の竹中平蔵氏や元大蔵省財務官の榊原英資氏の講演がある。

 「長生きに備える資産運用」「サブプライム問題とアメリカ経済」「今後の株式市場展望」「国際分散当市の魅力」「銘柄選びのポイント」「混乱が続く世界市場」「新興国好利回り債投資の魅力」「為替の行方と外債投資」「知って得する株主優待」・・・・・・など、世界経済をマクロに見る解説から具体的な株式取得の勧めまで、となかなか多彩である。

081205_016_640081205_020_640  世界最大の証券会社というより、アメリカでは「銀行」として位置づけられたゴードマン・サックスのミニ・セミナー会場に足を止めた。
 テーマは「アメリカ経済・金融市場の動向」。
 アメリカ発の金融危機なのに、なぜアメリカより日本の株の方が下落したのか、その原因と背景をやさしく解説してくれる。
 聴衆のほとんどが、中・高齢者だから丁寧な説明はうなづける。

 昔、「マネー」をテーマにしたテレビ番組制作で、ニューヨークやシカゴ、ヒューストンを取材した。そんな事で少々金融の知識は持っているが、久し振りに「おさらい」をした気持ちである。
 その頃に比べ現在は、「金融工学」とか「ヘッジファンド」という「魔物」がうごめいている様だが、マネーの仕組みの基本は変わらない。
 そんな事を思い浮かべながら、1時間ほどで会場をあとにした。

 「ノムラ資産管理セミナー」は、今日18時まで、有楽町の東京国際フォーラムで開催されている。

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December 05, 2008

1105.ブラインドネス

052_640  この秋、東京国際映画祭で特別招待された作品。カナダのトロント国際映画祭でも特別上映されたし、カンヌ国際映画祭でもオープニング作品に選ばれた。

 玄人向けの映画である。
 心理パニックサスペンス映画である。
 「シティ・オブ・ゴッド」('02)や「ナイロビの蜂」(05)など、人間の持つ愚かさや暴力性、残酷さを暴く作品を撮ってきたブラジルの鬼才、フェルナンド・メイレレスが監督した。 

 原作はポルトガルの国民的作家で、1998年にノーベル文学賞を受賞したジョゼ・サラマーゴの小説「白い闇」(NHK出版)。
 閉鎖された空間に放り込まれ、「白い闇」の世界にうごめく人間達が本性をあらわして行くストーリーで、サラマーゴは読者に「人の心の闇」を突きつける。

 登場人物には名前も経歴もないという前代未聞の原作だが、カナダ出身の脚本家、監督・俳優としても活躍しているドン・マッケラーが、それぞれ個性的な存在に書き分けた。

 カナダ・ブラジル・日本の合作映画である。
 日本からは、制作プロダクション・ビー・ヴァイン・ピクチャーズの酒井園子がプロデューサーとして参画している。ニューヨーク生まれメキシコ育ちの彼女にとってこの作品は、キーラ・ナイトレイの「シルク」に次ぐ2作目となる。

330417view004  合作だけに、出演者も多国籍である。

 主演の医師夫妻はアメリカの演技派俳優の二人、ジュリアン・ムーア(「めぐりあう時間たち」)とマーク・ラフアロ(「ゾディアック」)。
 最初に「白い闇」に侵された日本人ビジネスマン夫妻は、実力派の伊勢谷友介(「ハチミツとクローバー」)と木村佳乃(「蝉しぐれ」)。

330417view006  ブラジルの若手女優アリス・ブラガ(「シティ・オブ・ゴッド」)にアメリカの黒人名優ダニー・グローヴァー(「リーサル・ウエポン」)、そして悪役としてメキシコのガエル・ガルシア・ベルナル(「バベル」)も登場する。
 また脚本を書いたドン・マッケラーも、チンピラ役だが主役級の一人として登場する。

330417view001  屋外シーンは主にブラジルのサンパウロで撮ったが、ジュリアン・ムーアたちが極限下のサバイバルを見せる隔離された「閉鎖空間」は、カナダ・トロントの本物の刑務所で撮影した。

 「白い闇」のヴィジュアル表現、「音」の生かし方など、スタッフ・キャストは視覚障害センターで自ら「闇」を体験するなどの訓練を経て、リアルな表現に努めた。

 「我々は盲目になったのではない。常に盲目だった。」という、政治性の強いメッセージが伝わる。 

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December 04, 2008

1104.初冬・佃

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 初冬の佃界隈を散歩する。小春日和、空気は澄み切っている。
 カメラ付き携帯電話・FOMA・P9051iを持参、スナップショットを撮ってみた。

 ブログにアップするので、サイズは640×480で撮ってみた。画質はスーパーファイン。
 写したショットは、microSDカードに保存。帰宅後、microSDカードをアダプターに入れてパソコンのフォルダにコピーする。

 今回は、特に画像の編集や修正をせずにブログに掲載してみた。ほとんど広角だが、都鳥のアップだけは約3倍にズームしてみた。ホワイトバランスはオートのままだが、色合いはどうだろうか。
 以下、スナップ写真を並べる。

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December 03, 2008

1103.私は貝になりたい(2)

051_640  前号の作品コメントに、「私は貝になりたい」の盗作問題に触れた。その事について数人の方からメールをいただいた。そこで私の記憶している範囲で、この問題を紹介しておく。

 1958年、TBSで「私は貝になりたい」が放送された年、B・C戦犯として巣鴨刑務所に服役していた加藤哲太郎さんが釈放された。禁固30年の刑が免除されたのだ。
 そして「私は貝になりたい」との遺書は、「あれから7年~学徒戦犯の獄中からの手紙」にペンネームで寄稿した「狂える戦犯死刑囚」からの引用とし、原作権を求めた。

 ドラマのストーリー自体は橋本忍さんの創作で、フィクションである。橋本さんは遺書も、当時の週刊誌に掲載されたものを生かしたと加藤さんの申し出を断った。
 ただ翌年、東宝で映画化されるに際し、東宝・加藤・橋本三者は、クレジットに原作者名を入れることで妥協した。

 しかしTBS(当時はラジオ東京テレビ)は、クレジットを改めずにドラマを再放送し、著作権法違反の裁判となったのである。
結果は加藤さんの勝訴。以降、前号で述べたように「題名」「遺書」「原作」に「加藤哲太郎」の名がクレジットされている。
 また今回の作品では「狂える戦犯死刑囚」の題名も記された。

 加藤さんのB・C級戦犯としての経緯は、ドラマや今回の映画とは全く異なる。
 昭和初期の作家・評論家でアナーキストだった加藤一夫の子息として生まれ、1940年慶応大学を卒業。翌年召集され中国大陸へ、その後語学力が生かされて新潟の捕虜収容所の所長となる。終戦時は陸軍中尉。
 収容所時代、脱走捕虜の刺殺事件があり、この責任者として戦犯に問われ逃亡生活に。3年後の1948年東京で逮捕、スガモプリズンに拘束。同年横浜軍事法廷で絞首刑の判決。
 父の友人片山哲やトルストイの親族等が助命に奔走。ついに哲太郎の妹が、マッカーサー元帥に直訴。その結果再審となり禁固30年に減刑された。「私は貝になりたい」の遺書など、戦犯死刑囚の心情をドキュメント風に書いて獄中から投稿したのは、出所5年前だった。(加藤さんの手記を基に、彼の生涯をドラマ化したのが日本テレビ版『私は貝になりたい』)

 「盗作」問題は、ドラマが話題を呼んだだけに他でも生じている。これはある意味で、文筆家が背負わざるを得ない「業」のようなものである。
 山崎豊子のケースもそうだが、作者たちは多くのノンフィクションを調べ、聞き取りや、取材によって新たな世界を創作する。ある部分が、自分の体験とそっくりという事はしばしば生ずる。
 あとは、その作品が芸術として昇華されているかどうか、である。

 最後に、もう一通のメールに触発されたので、図書館で調べた数字を記しておく。

 A級戦犯、つまり「平和に対する罪」に問われた人は約200名。刑死7名。
 B・C級戦犯、「ジュネーブ協定違反」「人道に対する罪」は5600人。うち刑死1068人。その半数以上が下士官・兵であった。そして朝鮮出身21人、台湾出身者は20人である。
 当時、A級戦犯についての動向は、新聞・ラジオ等で知らされていたが、B・C級についてはほとんど国民には知らされていなかった。とくに、海外における軍事法廷について、その実態が明らかにされるのは、講和条約発効後かなりの時間がたてからである。 

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December 02, 2008

1102.私は貝になりたい

Capture_watasihakaini61Capture_watasihakaini81  50年前、私をテレビの世界へ誘ったドラマ「私は貝になりたい」。NHKからTBSに移った演出家岡本愛彦が、橋本忍の脚本をフランキー堺主人公で制作した。

 B・C級戦犯を扱い、戦争がもたらす不条理、庶民の悲劇と悲しみをテーマしたこのドラマは、その年の芸術祭文部大臣賞を受賞、テレビ史上に輝く不朽の名作として語り継がれている。

_640 今上映されている同名の映画は、そのリメイク版というより、90歳の脚本家橋本忍が新たに書き下ろした新作といってよい。

 「(この映画)『私は貝になりたい』は、50年かかって、やっと世評と実態の乖離を埋める、改定決定版になった。職人仕事とは、そんなものかも知れない。」
 一度書いたシナリオには、一切手を入れない事で有名な橋本。50年前に度々コンビを組んだ黒沢明に、C級シナリオと評されても書き直さず、翌年には 自ら監督として映画化した 作品だった。

 新しいシナリオには、夫婦と家族の愛の物語りが書き込まれた。また日本の原風景ともいうべき美しい自然が、四季にわたって描かれる。それは「私は貝になりたい」という言葉を際たたせるための風景であった。

20081006005fl00005viewrsz150x  フランキー堺が演じた主役を中井正広、櫻むつ子の妻役を仲間由紀恵、より厚く描かれる司令官は佐分利信から石坂浩二に。
 他、笑福亭鶴瓶、草彅剛、上川隆也、柴本幸、平田満、西村雅彦、武田鉄矢・・・。

 主演の中井がいい。久し振りの映画出演だが、明るく屈託がなく、妻子と平穏に暮らす庶民の味を軽妙に演じている。それだけに、彼の運命の非情さが際立つ。

 監督はテレビマンの福沢克雄。TBSドラマを背負う福沢は、これまでも「華麗なる一族」「さとうきび畑の歌」「砂の器」などでヒットを飛ばしてきた。その彼が、ここ数年橋本と語りながら暖めてきた企画なのだ。

 不朽の名作だけに、映画は橋本忍監督の1959年作から2回目。初回はドラマに続くフランキー堺と新珠三千代夫婦、司令官が藤田進だった。
 テレビでも、TBSが1994年に所ジョージと田中美佐子夫婦、司令官津川雅彦で放送、所ジョージの演技が高く評価された。

 また日本テレビが昨年、終戦記念日ドラマとして同名の作品を放送したが、こちらは原作者といわれる加藤哲太郎が主人公で、中村獅童が演じた。
 その背景には、加藤哲太郎と橋本忍との間に、盗作問題が起こり訴訟となった経緯がある。しかしここでは省略する。
 両関係者の話し合いによって、クレジットは「遺書・原作・題名:加藤哲太郎『狂える戦犯死刑囚』、脚本:橋本忍」と記す事になっている。

 「どうしても生まれ代わらなければならないのなら・・・・・いっそ深い海の底の貝にでも・・・・・そうだ、貝がいい。貝ならば海の深い底の岩にへばりついて何の心配もありません。兵隊にとられることもない。戦争もない・・・・・・。どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい・・・・」 

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December 01, 2008

1101.ダイヤモンドヴェール

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 午後6時30分、東京タワーのライトアップが変わった。
 「ダイヤモンドヴェール・スペシャルレインボウ」、東京タワー開業50周年を記念して今夜からの変身である。

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 30分後、再び変身。今度は「ホワイトダイヤモンド」である。照明デザイナーの石井幹子さんが、276個のライトを組み合わせてデザインした。
 貴婦人のような純白の輝き、今後は週末や記念日に東京タワーは、ダイヤモンドヴェールにつつまれる。
 明日行以降6日まで20時~22時、15日~25日もホワイトダイヤモンド。

081201_050_640081201_048_640081201_036_640  晴海で建設中の高層ビルも、東京タワーに対抗してか、今夜からクリスマスのイルミネーション。
 お月様も負けじと、三日月を披露してくれた。

 撮影データ:
 デジタル一眼レフ、レンズはTokina28~210mm、ISO400、2M、F6.7、シャッタースピード1.5、640画素にダウンサイズ。 

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