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January 31, 2009

1154.にほんの里百選

 すこやかで美しい里を未来へと、「にほんの里百選」が選定された。
 これは朝日新聞創刊130周年、森林文化協会創立30周年を記念して行われたもので、鹿児島県からは奄美の加計呂麻島(瀬戸内町)と、わがふるさと南さつま市の「大当石垣群の里」が選ばれた。

 この選定の狙いは、「『里』の大切さを見つめ直し、地域の自信や活力につなげるとともに、生物多様性の確保や、地球温暖化防止、自然の持続的利用に寄与しよう」というもので、人々の暮らしによって育まれた、すこやかで美しい里を、「景観」「生物多様性」「人々の営み」を基準に、4474箇所の集落や散居村から選んだ。

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 「大当石垣群」は、南さつまの中心から海岸沿いを西へ20㌔行ったところにある集落。
 丘陵地なので、周囲の山から産出する石を敷地の境界や、垣根、土留めとして野面積みしている。
 石の数は100万個とも言われ、石垣で囲まれた家並みは圧巻である。
 集落には散策路も整備されており、石畳道路(1300m)は1周歩いて30分ほどだ。

010 _640  焼酎バー「黒瀬」のルーツである「笠沙杜氏の里」は、ここからおよそ10キロ、唐の高僧鑑真和上が上陸した秋目、「鑑真記念館」までは20キロで行ける。
 南さつまの「海道八景」の旅を、ぜひお奨めする。

 朝日新聞社では、今後百選で選ばれた地の「里あるき」や「生きもの観察会」、シンポジュウムなどのイベントを行い、「にほんの里百選」を紹介していくそうだ。          
  

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January 30, 2009

1153.「両洋の眼」展

082_640  両洋、つまり西洋・東洋のことを指す。洋画や日本画、水墨画などの区別なく、また抽象画とか具象画の分類を乗り越え、「美の創造」をめざす展覧会「両洋の眼」展が、日本橋三越で開催されている。

 この美術運動ともいえる展覧会は、美術評論家で京都国立近代美術館館長だった河北倫明さんや当時の少壮画家たちが委員会を組織して、20年前から開催している。
 二科展や院展など美術団体による展覧会と違って、今第一線で活躍している画家たちの作品を、一堂に見られるのが楽しい。
 しかし、河北さんや他の委員達も他界された方が多く、この20回を区切りとして終了するらしい。
 そこで今回は、第1回以来出品された画家に呼びかけ、多くの作品を集めた美の祭典となった。

084083_2   展示されている作品の中には、これまでもこのブログで紹介した知人のものも、いくつか見かけた。

 左の「日月星花欄漫富士山」は、ブログ1028号('08.09.06)で紹介したフレスコ画家、絹谷幸二さんの作品。富士に月と日、彼がたびたび描くモチーフである。

 右上の作品は「化生の炎」。瀬戸内寂聴の「源氏物語」の装丁画で知られる日本画家、石踊達哉さんの作品である。彼は、郷里の隣の高校の後輩、展覧会には必ず顔を出す事にしている(ブログ546号)。

 他、日本画の千住博さん、平松礼二さん、寺院の襖絵などを手がけた田村能里子さんなど、多彩な作品が並ぶ。

 日本橋三越 2月1日(日)まで 入場料は500円
 

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January 29, 2009

1152.新・生活環境論

 50年来の友人と、久し振りに盃を交わした。大学の寮で1年先輩、寮長だった彼の後任も引き受けた。
 卒業後、私は彼と同じジャーナリストの道を歩んだ。その意味で、いつまでも1年後輩なのだ。

 彼、石沢清史72歳、わが国における「環境問題」のオーソリティーである。大学で環境問題を教えながら、環境省や地方自治体の審議会の委員を務め、環境行政に大きく貢献している。

 もともと彼は、大学でドイツ文学を専攻していた。学寮では我々後輩を集めては、ゲーテの恋愛論をぶつなど、ロマンチストの一面を見せていた。
 その彼が、何故環境問題の専門家になったのか。それは36年前、テレビ特集「都市と廃棄物」の取材で世界各国を歩いたのがきっかけだった。

 以来彼はガボロジストを自認している。「ガボロジー(ゴミ学)」を提唱し、ゴミの中から政治と社会と文化を捉えて来た。
 企画したテレビ番組も「ガボロジー誕生」「ゴミの山からのメッセージ」など。「ゴミから地球を考える」「地球にやさしく生きる人たち」「地球環境新時代」ほか、多数の著書もある。

081_640  久し振りの交歓の、帰り際に貰ったのがこの近著である。
 副題に「ライフスタイルの変革へのヒント」とある。環境問題を政治家や行政、専門家だけのテーマとせず、市民ひとりひとりが関わって行くべき問題として、「生活環境論」を提唱しているのだ。

 「これまでの消費生活重視のライフスタイルを根本から見直して環境への負荷の少ないライフスタイルへギア・チェンジしなくてはならない。」
 「環境問題を理解し、自らの生活の質を変え、積極的に環境保全へ参加し、行動できる力を培おう。」
 「私は、最も身近な『生活』というフィルターを通して、幅広い環境問題を考察し、具体的に実践する事を『生活環境論』として位置づける。」
 彼は第1章にこう書く。

 240ページを超える大著なので詳細は省くが、「地球環境の現状」から「循環型社会の形成」、「水と食の安全・安心」「省エネ生活術」「グリーン・コンシューマー」、そして「環境教育・学習のすすめ」まで、海外取材の体験も加え判り易く具体的に論述している。

 温暖化防止にもつながる環境対策を、世界同時不況を乗り切る景気対策にと、オバマ新政権は「グリーン・ニューディール」を唱え始めた。
 この著作は、我々側の行動の指針として役立つのではないかと思っている。

 石沢清史著「新・生活環境論」
 リサイクル文化社刊、定価2000円+税

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January 28, 2009

1151.クローンは故郷をめざす

 今週は、日本映画シリーズである。一昨日は「今」、昨日は「過去」、そして今回は「近未来」と続く。

043_640  企画・脚本の段階で、全世界から優れた作品を選び、映画化のための資金を出す「サンダンス・NHK国際映像作家賞2006」の受賞作品。
 その審査委員長を務め脚本に惚れたヴィム・ヴェンダースが、エグゼクティブ・プロデューサーとして参画した。脚本・監督の中島芫爾にとっては処女作品、ヴェンダースの映像手法が色濃く反映している。

 逆光をいかしたカット、アゼンタを抜いた色調、計算された映像が幽玄な静けさに満ちた世界を描き出す。

 昨年秋の東京国際映画祭「日本映画・ある視点」部門に、正式出品された。
 「クローン技術がもたらす生と死の矛盾を、家族愛の物語と日本的な死生観によって見つめた、美しい映像詩」と紹介されている。

 殉職した宇宙飛行士がクローンとして甦る。しかし、彼には少年時代の記憶しか残っていなかった。自分を助けようとして、川で溺れ死んだ双子の弟の・・・。
 新たに再生された飛行士のクローンが、廃墟となった故郷で見たものは・・・・。

20081126008fl00008viewrsz150x  宇宙飛行士と二人のクローン三役を演ずるのは、ミュージシャン出身の及川光博。映画初主演である。クールで気品のある存在感が、主題を支える。
 母親は石田えり(「サッドバケーション」'07)、妻が永作博美(「人のセックスを笑うな]'08)。ほか嶋田久作、品川徹。

 監督・脚本の中島莞爾は自主映画出身。本作は、満を持して撮りあげた長編処女作といえよう。
 その監督を支えたのが、86歳の美術監督木村威夫。シュールな幻想世界は、彼の腕によるところが大きい。
 撮影の浦田秀穂も、海外で映画やTVを撮ってきたカメラマン。

 シネカノン有楽町一丁目、座席数255。私を含めて観客数は16人。満席だった隣の「禅」、クローンとはもう縁のない衆生は、多分敬遠したのだろう。
 どちらも、日本人の「死生観」と深く関わった作品なのだが。

 作品は、先週から開催されている「サンダンス国際映画祭」のコンペに、正式出品されている。

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January 27, 2009

1150.禅ZEN

Zen_w01_1024  久し振りに、高橋伴明監督の作品を見た。「火火」('04)以来である。早稲田全共闘出身、ピンク映画でデビューした彼は、好きな監督の一人だ。

 永平寺を創建した道元禅師の生涯を、丁寧に描いた作品である。
 鎌倉時代公家の家に生まれたが、若くして宋にわたり留学僧として天童山で修行、如浄禅師のもとでひたすら座禅を続け、ある夏の夜明け「正伝の仏法」の悟り得る。
 京に戻り禅の道を教えるが比叡山の僧兵たちに追われ、越前の山中に逃れる。やがて永平寺を建立して、曹洞宗の開祖となり54歳で入滅した。

 親鸞や日蓮と違いただただ座り続けた道元の生涯は、それほどドラマチックではない。その道元の清冽な生き方を史実通りに描いて、歴史ロマンの感動を呼び起こしたのは、原作者と監督と役者たちの「禅」に対する「希望」だったからだ。

 原作者で製作の総指揮を執ったのは、駒澤大学総長大谷哲夫。「永平の風 道元の生涯」などの著がある仏教学者である。
331973view003  そして主人公を演じたのが、歌舞伎役者中村勘太郎。シネマ歌舞伎などでスクリーンでも御馴染みだが、映画初主演である。
 禅宗の求道や作法には、歌舞伎の世界に通ずるものがあると、高橋監督が選んだ。それに対して勘太郎は、落ち着いた佇まいと安定した演技力、徹底した役づくりで応えた。

331973_100x100_013331973_100x100_004331973view012 宋の僧、来日して道元の弟子となった寂円役、テイ龍進が上手い。中・日・英語を話す元プロテニス選手である。
 道元に帰依してのちの出家する遊女は内田有紀、達磨宗を率いて道元の弟子になる懐奨に村上淳、時の執権北条時頼に藤原竜也、宋の老典座に笹野高史、多くの永平寺の禅僧たちがエキストラで出演している。

Zen_w05_1024Zen_w07_1024Zen_w08_1024   「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて すずしかりけり」

 日本の原点を見事に表現した道元のこの歌が、曹洞禅の全てだそうだ。
 「只管打坐(しかんたざ)」・・・・ただ座り、あるがままの真実の姿を見ることこそ、悟りなのだ。己を捨て煩悩を解き放ち、無になること、ただただ仏とともに座り続けよう。

 シネカノン有楽町二丁目、162の座席は私たち凡夫によって全て埋め尽くされていた。悟りを得るのは無理としても、目に見えない時代の閉塞感の中での不安が、すこしは安らいだようだ。
 大ヒット上映中である。

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January 26, 2009

1149.感染列島

041_640_2  「インドネシア、鳥インフルエンザで死者115人を超える」「鳥インフルで中国死者3人、ベトナムも」「埼玉行田市では感染流行を想定し、一斉下校訓練」「新千歳空港や下関港で水際防止訓練」「東京町田市の病院でインフルエンザ集団感染」
 ここ一週間の新聞見出しである。

 タイミングがいいというか、その町田市らしい東京近郊の市立病院を舞台に、「感染」をテーマにした映画が封切られた。

 これまでも「28日後」とか「アイ・アム・レジエント」など、ウイルス感染の恐怖を描いた外国パニック映画はあった。
 しかしこの「感染列島」は、「感染爆発(バンデミック)」そのものを描く日本映画である。
 爆発的に感染が進む事によって、実際の社会や人々にどのような影響がでるのか、そしてその事が国家システム事態をマヒさせてしまう現実を見せた。

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 お話は咳き込む一人の患者が、医師(妻夫木聡)の診断を受けた事からはじまる。容態が急変して救命救急医(佐藤浩市)の治療を受けるが死亡、その救急医もまた患者のウイルスに感染して死ぬ。
 そこにWHOからウイルス感染の専門医(檀れい)が、乗り込んでくる。
 実は妻夫木医師と檀医師は、同じ大学出身の元恋人同士だったという展開。

 数年前日本でも、鳥インフルエンザによって幾つかの養鶏場が閉鎖されちょっとパニックになった事があった。鳥インフルエンザが変容して、人間にも感染する恐れがあったのだ。
 国でも現在新型のインフルエンザによる感染を恐れ、様々な対策を採り始めた。それが冒頭の新聞記事の一部だが、この映画は「鳥インフルエンザ」ではなく出所不明の新型ウイルスによる感染だったと、見る人に恐怖を与える。タミフルでは、治癒しないのだ。

331288view003_2331288_100x100_006_3  撮影は、新潟の元市民病院を丸ごと借り切り、専門医や看護婦の指導の下おこなわれた。それだけに、騒然とする病院内の動きには、リアリティがある。
 ただ、ウイルス源を探すため南の島に出かける下りは、少々荒っぽいストーリー展開になってしまった。

 脚本を書き監督したのは、メジャー作品としてはこれが初めての瀬々敬久。京大映研出身の彼は、「ユダ]('04)「泪壺]('08)など、もっぱら単館上映の作品を撮り続けてきた。
 出演はほかに、藤竜也、国仲涼子、池脇千鶴、田中祐二(爆笑問題)、カンニング竹山、嶋田久作。

 TBSグループや朝日新聞が製作委員会を構成しているので、テレビや新聞によるキャンペインが多彩で、劇場への出足も好調だ。

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January 24, 2009

1148.戦場のレクイエム

20090106154603687_00011212x300  昨年秋の東京国際映画祭特別招待作品。
 「47名の部下を失い、一人だけ生き残った兵士が、仲間の名誉を取り戻すため、その後の人生を捧げる。"国共内戦"によって引き起こされた悲劇を描く、真実に基づいた感動秘話」と紹介された。

 邦題は「戦場のレクイエム」と感傷的だが、英語では「ASSEMBLY」、中国名が「集結號」と即物的だ。
 辞書を引くと軍隊用語で、それぞれ「集合ラッパ」を意味する。作品の主題をズバリ決めるタイトルと言える。

332106view005  17億円をかけた中国の戦争映画の大作。
 これまでの敵味方や善悪を単純に決め付けた抗日戦争映画や、国共内戦を扱ったプロパガンダ風の映画と異なり、この作品は敵を非難する事はない。
 人民解放の戦いを美化することなく、戦争の残酷さを活写し、その中で翻弄された一兵士を通して、戦争の非情さ描いている。

 「プライベート・ライアン」などハリウッドの戦争映画を超える、迫力あるアクションである。
 中国映画界の巨匠フォン・シャオンカンが、「ブラザーフッド」を手がけた韓国のMKピクチャーズのチョン・ドアンと共同制作したからである。
 撮影現場では、100人を超える韓国人スタッフが駆け回っていたという。

332106view002 作品は、中国のアカデミー賞(金鶏百花)で最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀主演男優賞、最優秀助演男優賞を受賞した。
 また台湾のアカデミー賞(金馬奨)でも、最優秀主演男優賞と脚色賞を受賞し、釜山国際映画祭ではオープニングに上映されている。

332106view004_2  その主演男優がチャン・ハンコー。「イノセント・ワールド」('04)などシャオカン監督作品の常連だった彼は、この作品で初めて主演し、数多くの賞を受賞して中国映画界のスターになった。
 またハンコーに命を救われた人民解放軍の少佐には、中国テレビ界の若手スター、ドン・チャオが扮して助演男優賞を、紅一点は新人女優のタン・ヤン。

 「女帝/エンペラー」を撮ったシャオカン監督が初めて送る、渾身の戦争映画である。

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January 23, 2009

1147.相田みつを美術館

079_640  昔の職場の仲間が、学芸部長として企画を担当しているので、時々相田みつを美術館に寄る。

 昨年末からは、特別企画展「相田みつをこころの道」が催されている。
 相田みつをが、長い時間をかけて自分を見つめ、自分との対話を重ねることで生み出した書の数々が展示されている。

 相田みつをは、栃木県出身の書家で詩人。1984年に出版された「にんげんだもの」で、彼の素直で心を揺るがす詩と個性的な書体が、多くの人たちをひきつけた。
 惜しくも、1991年に67歳で永眠したが、彼の書は有楽町・東京国際フォーラム内の美術館で見る事ができる。

080_640_2  今回は同時開催として、「祈りの道~サンティアゴ巡礼の道と熊野古道」の写真展も行われている。
 この写真展は、世界遺産でもあるスペインのサンティアゴと和歌山県熊野への巡礼道が、「姉妹道」となって10周年を迎えたのを記念して開催された。

 ユニークなのは、熊野古道を歩いたのがスペインの写真家ルイス・オカニャ、サンティアゴ巡礼道は奈良出身の写真家六田知弘と、異国人の目で撮った写真が並んだ事である。
 初めて体験した祈りの道で、二人のカメラマンが何を捉えたか、今静かなブームとなっている自分探しの「巡礼」に刺激を与えてくれるだろう。

200705281838000_640200704171139000_640  サンティアゴ巡礼道は、パリなどフランスの3箇所を起点に始まる祈りの道で、もっとも長いもので1500㌔もある。
 キリスト12使徒のひとり、聖ヤコブの墓があった聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラのカテドラルが終着地である。

 上の写真は一昨年の5月、その巡礼道を歩き通した私の友人夫妻が撮ったもの。ブログ661号(07.06.16)に掲載した、カテドラルと巡礼途中の写真である。

071126_154_640_3071126_123_640_3071126_141_640 右の写真は、一昨年の秋熊野古道を歩いた時のスナップ。那智大社や本宮大社を訪ね、海の古道といわれる熊野川を遡った。
 ブログ798号(07.12.02)から、写真の一部を再掲した。

 二人のプロの写真は掲載できないので、アマチュアである友人と私の撮った「祈りの道」の写真で、その雰囲気を味わってもらえたらと・・・・。

 展覧会は3月15日(日)まで「相田みつを美術館」(地下鉄有楽町駅)。入場料は大人800円。

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January 22, 2009

1146.チェ28歳の革命

039_640  キューバのフィデル・カストロ前議長の動静が、新聞紙上で取り沙汰されている。
 昨日就任したオバマ新大統領による、対キューバ制裁緩和が注目されている。
 そして今年は「キューバ革命50周年」である。
 もしチェ・ゲバラが生きていたら、今年80歳。彼は歴史について、何を語っただろうか。

 フランスの哲学者ジャン・ポール・サルトルは「20世紀で最も完璧な人間」と彼を評する。
 ジョン・レノンは「あの頃、世界で一番カッコいい男だった」と語り、ジョニー・デップは彼を刻印したペンダントを、肌身話さず身に着ける。
 その「筋の通った生き方と死に方」を、スティーブン・ソダバークとベニチオ・デル・トロが有りのままに描いた。

331022_100x100_006  この作品の前編は「モーターサイクル・ダイアリーズ」といってよい。
 「信じられないような偶然のお陰で、僕は今分かった。僕は旅をする運命にあるのだ」と、チェは1948年のメモに書く。
 だから「チェ28歳の革命」は次の旅であり、続編「チェ39歳別れの手紙」は最後の旅の物語りとなる。

 監督ソダバーク45歳、「セックスと嘘とビデオテープ」('89)でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞、「トラフィック]('00)でアカデミー賞監督賞受賞。「オーシャンズ・シリーズ」など娯楽性の強い作品から社会派まで、さまざまなジャンルでヒットを飛ばす彼が、7年に及ぶリサーチのもと、本物の「エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ」をスクリーンに蘇えらした。

331022_100x100_005  コンビで製作携わったのはプエルトリコ出身の俳優ベニチオ・デル・トロ41歳、「トラフィック」でアカデミー賞助演男優賞を受賞した彼である。
 25キロの減量に挑み、まるで生き写しの様なチェ・ゲバラを演じて、カンヌ国際映画祭主演男優賞を獲った。

 チェにとって敵国アメリカでの映画化、二人は一切の妥協を排して「チェと共に革命を体験すること」に拘った。
 2部作として描かれる「生と死」「成功と失敗」「光と影」を、われわれはチェと共にスクリーンで体験する。

331022_100x100_007_2331022_100x100_004  カストロ役にメキシコのベテラン俳優デミアン・ビチル(「ウエルカム!ヘブン」)、ゲバラの戦友カミロにチリ出身のサンティアゴ・カブレラ(「ゴール2」)、ラウル・カストロにブラジル出身のロドリゴ・サントロ、女性地下活動家のちのゲバラ夫人はコロンビア出身のカタリーナ・サンディノ・モレロ(「コレラ時代の愛」)と、ゲバラが「旅」した中南米出身の俳優達が脇を固めた。 

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January 21, 2009

1145.初春・歌舞伎座(夜)

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 所用のため、今月の「ひとまく会」には出席できない。そこで昨夜、歌舞伎座夜の部を通しで鑑賞した。3階A席東前列、上手が少し切れるが花道が見えるので、いつもこの席を選ぶ。観劇料は5000円。
 演目は、「曽我物」「鏡獅子」の縁起物に三島歌舞伎の傑作の3作品である。

 曽我対面」(ことぶき そがのたいめん)

 曽我十郎・五郎兄弟が、かたきの工藤祐常に対面するという形式の狂言は、1655(承応4)年から始まった。そして八代将軍吉宗の享保の頃から、江戸三座では正月狂言一番目の大詰に、必ず演じられる様になったという。
 曽我物はなぜ目出度いの?「歌舞伎検定」をパスした彼女に、今度聞いておこう。

  富士の裾野の巻狩りの祝宴で、親の敵を討とうという曽我兄弟。いつかは討たれてやろうという工藤祐経との対面は、儀式性を強調した歌舞伎の代表作。
 舞台セットを含め、そこには江戸歌舞伎の約束事や様式美が、見事に凝縮している。

 役柄も「座頭」は工藤・松本幸四郎、「和事」は十郎・尾上菊五郎、そして「荒事」が五郎・中村吉右衛門。ほか「敵役」近江・市川染五郎、「立役」八幡・尾上松緑、「立女形」大磯の虎・中村芝雀、「若女形」化粧坂少将・尾上菊之助、「実事」鬼王・中村梅玉と全て網羅されている。

 現代歌舞伎界の、ベテラン・若手が勢ぞろいした豪華な顔ぶれは、見応えがある。
 「むきみ隈」で紅の筋を書いた吉右衛門が、血気盛んな正義感溢れた若者五郎を「待ってました」と演じ、観客を沸かす。江戸荒事の見事な様式である。
 幕切れは、幸四郎が鶴の見得、吉右衛門、菊五郎、魁春の富士の形取り。

 「春興獅子」(しゅんきょう かがみじし)

 九代目市川団十郎が、娘の「枕獅子」の稽古を見て創作した舞踊劇。それを六代目菊五郎がきちんと型にして、今度は孫の勘三郎が踊る。新歌舞伎十八番のひとつ。
 手踊り、袱紗さばき、二枚扇と難しい舞をたっぷり見せて、最後は勇壮な獅子の舞い。息をきらさず延々と舞う勘三郎はさすが。
 胡蝶の精を、仁左衛門の孫千之助と東蔵の孫玉太郎が可憐に舞って、会場が和む。

 「鰯戁曳網」(いわしうり こいのひきあみ)

 三島由紀夫が書いた歌舞伎六作品の中で、最も上演回数の多い新歌舞伎で、室町時代のお伽草子「猿源氏草紙」が基になってる。

 傾城蛍火に一目ぼれした鰯売り猿源氏を、仲間達が大名に仕立てて廓へ送り込む。実は蛍火元は紀の国のお姫様・・・・、いろいろあってというお話。

 1954(昭和29)年の初演は、猿源氏を十七代勘三郎、蛍火を六代目歌右衛門が演じた。それを今回は十八代目と坂東玉三郎という息のあったコンビである。
 父親たちの演じた舞台の映像がたまたま見つかり、勘三郎と玉三郎が、それを超える演目にしようと精進した作品である。
 お伽噺らしいおおらかでユーモアあふれる舞台が、場内を笑いで包む。

 一昨年見た時も、同じ勘三郎・玉三郎コンビ。十八代目勘三郎襲名披露公演だった。

090103_016_640  今年は、春から縁起もよく歌舞伎公演がこれで三回目。「イヤホンガイド」の受け売りも交えて、「壽・夜の部」の紹介を一席。

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January 20, 2009

1144.浅草東洋館

090117_016_640  またまた浅草である。ASAの懸賞に応募したら「東洋館」の招待券が当たった。新聞やインターネットの懸賞に応募するのは、年金生活者の楽しみだが、時々福の神が訪れる。
 というわけで、浅草演芸ホール4階、元ストリップ劇場フランス座の暖簾をくぐった。

090117_014_640090117_015_640  入場料2500円、シルバー割引もないのに場内200席は中高齢者で満席である。12時、立ち見でもよいからと何とか入れてもらった。

 東洋館中席は「爆笑いろもの演芸大行進」、芸術創造活動重点支援事業として、国からも補助金がでている。
 4時間半という長丁場に、演目は15を超える。漫談・コント・落語・パントマイム・剣劇・ガマの油売り・奇術・ものまね・紙芝居・舞踊と何でもあり。一人5分から15分の持ち時間だから、退屈している暇もない。

 詠ミー、ミッチー、キル美、矢口美香、サムライ日本、風林火山、印南明美、鯉川のぼる、スージー菊地、川口ひろし、はやのみこみ、黒田幸子一行、松鶴家千とせ。
 仲入りがあって、源氏太郎、福岡詩二、三増紋也&れ紋と初めて見る芸人のオンパレードである。
 そしてようやく、国立寄席で聞いたコントのペペ桜井が登場。トリはウクレレ漫談の牧伸二と懐かしい顔で幕が下りる。

 持ち時間5分の前座組は、学芸会レベルのお遊びだが、テレビ出演の経験がない事を売り物にする中堅どころは、結構客席を沸かした。
 落語中心の寄席と違って、芸人が客席に下りてきての交流が多い。客同士もからかい合って、場内は爆笑の連続。

 前身のフランス座時代から、こうした舞台で芸を磨き、渥美清のような一流の役者や芸人がここから巣立ったという。
 月末は、テツandトモや三遊亭円丈がトリを務める舞台もあるようだ。

090117_023_640090117_021_640  帰りには合羽橋の飯田屋に寄って、どじょう鍋に熱燗で演芸の余韻を楽しんだ。

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January 19, 2009

1143.メタボリックシンドローム

078_640 俗に言う「メタボ」である。毎日のように、マスコミが騒ぐ。そして、昨年末受けた区の「特定健康診査」の結果、私も「予備群該当」と判定された。
 お腹の囲りが85cmを超え、血圧の上が132と基準を2㎜hg超えたからである。
 もし中性脂肪や血糖値のもうjひとつが基準を超えたら、「メタボリックシンドローム」との診断が下されるのだ。

 ここ1~2年声高に騒がれるメタボリックシンドローム、いわゆる内臓脂肪症候群とは何か、この際真面目に勉強しておく事にしたい。

 まず「定義」。
 「飽食」や「体動の不足(からだを動かさない)」という人間の基本的な行動から、内蔵脂肪が蓄積し、さまざまな検査値異常をおこし、血管を傷害して、心筋梗塞や脳卒中にいたる、一連の流れをもつ病態。
 つまり食べ過ぎや運動不足によっておなかが出てくると、心筋梗塞や脳卒中、糖尿病にになりやすい。
 だから、お腹まわりを少しでも減らしてこうしたリスクを減らそうというわけだ。

 その「メカニズム」。
 内蔵細胞から悪玉の物質が出る→インスリンの働きを妨げ、血糖値が上がる→糖尿病(血液中の糖が血管壁を傷つける)
 内蔵細胞から悪玉の物質が出る→血管を収縮させる→高血圧
 内蔵細胞から悪玉の物質が出る→血液中の中性脂肪が増え、善玉コレステロールが減る→脂質異常症

 その「結果」。
 虚血性心疾患(心筋梗塞・狭心症)・脳卒中(脳出血・脳梗塞)・糖尿病の合併症(失明・人工透析)など

 その「対策」。
 ・食事~摂取エネルギーを減らす。栄養バランスをよくする。食事時間と量の配分。
 ・運動~ウオーキング、サイクリング、水泳など有酸素運動を。
 ・禁煙
 ・アルコール~禁飲みすぎ。

 そして「実行」。
 禁煙・運動は人並み以上に実行中。あとは、「食べすぎ」「飲みすぎ」に注意。
 いや簡単!しかし困難!!

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January 17, 2009

1142.きつねと私の12か月

332003view004332003view005 プロの主役はこの子役ただひとり。ベルティーユ・ノエル=プリューノー12歳、そばかすが可愛いフランスの少女。
 いやもう一匹の主役が右のテトゥ。セミプロ級の野生のきつね。
 ほか共演者はみなアマチュア。アナグマ、ハリネズミ、アーミン、熊、狼、山猫、そしてテトゥの生んだ子ぎつね3匹。

 といってもこの作品、動物ドキュメンタリーではない。きちんとした原作・脚本にもとづくフィクション映画なのだ。
 フランス・アルプスの美しい四季の中で、野生のきつねと少女が紡ぐ、心温かくて切ない出会いと別れの物語である。   
 
332003_100x100_001_2    それにしても、アマチュアの出演者達が上手い。さすがリュック・ジャケ、動物ドキュメンタリー監督第一人者ならではの冴えである。
 主役のきつねはもとより、野生の山猫や狼が迫真の「演技」を見せる。
 それを撮影監督ジェラール・シモンが、きちんと撮る。「花咲ける騎士道」('03)など、劇映画を撮ったフランスの名カメラマンの腕で。

 監督・原作・脚本・脚色のリュック・ジャケは、3年前ドキュメンタリー映画「皇帝ペンギン」を撮ってアカデミー賞を受賞した。
 そして長編2作目に、初めてフィクション映画を撮ったのだ。
 少年時代は、ジュラ山脈の森を駆け回って育ったジャケ。彼はそこで一匹のきつねと出合った。これが今回の作品のモチーフとなった。
 リオン大学院で動物生態学を修め、国立科学研究センター時代に動物ドキュメンタリーのカメラマンになった。
 そして「皇帝ペンギン」で大ヒットを飛ばすのだ。

332003view003  夕日が輝き、紅葉の山肌を金色に染める。少女ときつねの出会いである。それから12ヵ月、そよぐ風、鳥たちのさえずり、森のむせるような匂い、川のせせらぎ、雪を踏みしめる音・・・・。
 そこに、私たちは忘れたものを見つける。

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January 16, 2009

1141.新春浅草歌舞伎

090117_009_640090117_011_640  友人から、歌舞伎の招待券が届いた。浅草公会堂、はじめて足を運ぶ「小屋」である。若手役者達が、毎年正月だけここで公演する。

 このところ歌舞伎の人気が高い。興業主の松竹では、映画部門から演劇部門へ相当数のスタッフを異動させたという。
 歌舞伎座、新橋演舞場、浅草公会堂、それに国立劇場を加えると、都内4箇所で興業が行われている。さらに関西は、大阪の松竹座でも上方歌舞伎である。

 浅草は、元々歌舞伎には縁の深いところである。1841(天保12)年、堺町や葦屋町にあった中村座と市村座が火事で焼けたため、木挽町の森田屋をふくめ浅草観音裏手へ移転した。いわゆる猿若町時代である。
 まもなく新富町そして木挽町へと移るのだが、浅草は近代歌舞伎のルーツのひとつでもある。
 中村勘三郎率いる「平成中村座」が、昨年秋ここに小屋掛けしたのも、ご先祖「猿若」の伝統を伝える思いがあるからだろう。

Asakusa200901b_handbill  さて演目は「一本刀土俵入り」と「京鹿子娘道成寺」の二つ。勘三郎の二人の息子、勘太郎・七之助を中心に市川亀治郎、尾上松也、中村亀鶴、市川男女蔵が登場する。

 「一本刀土俵入り」

 新歌舞伎の代表的な作品。長谷川伸作、1931(昭和6)年初演。
 行き倒れの取的駒形茂兵衛が、取手の宿で酌婦のお蔦に助けられる。大力士出世を誓ったものの、結局は渡世人に。10年後、ヤクザに追われたいお蔦一家を助ける、という粗筋。
 映画や新派でも上演された大衆演劇だが、歌舞伎では昨年中村吉右衛門主役で見たことがある。(ブログ924号・'08.5.6)

 さて今回は若手の勘太郎、吉右衛門に比べて華奢な体、腹をすかした取的とはいえ力士には違いない。そのところがちょっと弱かったが、渡世人姿になった途端見違える。さすが勘三郎の息子、かっこよくセリフも決まる。「中村屋!!」の掛け声も。
 お相手のお蔦は市川亀治郎、その亭主に尾上松也。

 「京鹿子娘道成寺」

 こちらも舞踊劇の名作、1753(宝暦3)年、江戸中村座で初演された。
 熊野詣の僧安珍を追った清姫が、蛇体となって道成寺の鐘に巻きつき焼き溶かしたという、道成寺縁起を舞踊化したもの。
 中村座に縁のある七之助が、7回衣装を変えて舞を見せる。50分という長丁場を、ほとんど一人で踊るその力量は、若さの賜物。可愛い女方に、場内の若い女性たちはうっとりしていた。
 所化役は、市川亀治郎に尾上松也。二人の洒脱な踊りもある。

 一等席でも9000円と、歌舞伎座の半値に近い入場料。初心者から通の方まで楽しめる「新春浅草歌舞伎」だった。

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January 15, 2009

1140.そして、私たちは愛に帰る

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 ドイツ・ハンブルグ大学で教授を勤める息子と、男手一つで育てたトルコ移民の父親。彼は余生を、同じトルコ出身の娼婦と過ごす。
 娼婦がその稼ぎを送る娘は、イスタンブールの大学生。過激派の活動家として国を追われドイツに逃れる。
 その学生を支える事で生きがいを見つけたドイツの女子学生と、厳格な母親。しかし母もまた若き頃、ヒッピーの体験を持つ。

 ドイツとトルコ、2000キロを越えてすれ違う3組の親子の「愛と死」の物語である。
 その背景には、’60年代低賃金労働者としてトルコから移民を引き入れた、ドイツの政治と差別がある。

Eoh25Eoh22  出演者に馴染みがない。だからきちんと書き留めておこう。

 監督の分身である息子は、バーキ・ダヴェラク。作家でもあり、ドイツとトルコで活躍している中堅俳優。
 その父親は、トルコの名優トウンジェル・クルティズ。
Main_200150  
 過激派の女子学生は、ヌルギュル・イエシルチャイ。トルコのスター女優。
 その母親、ハンブルグの娼婦はドイツで活躍するトルコ人女優ヌルセル・キヨセ。

 トルコを逃れた女子学生を助けるドイツの学生、パトリシア・ジオクロースカ。ポーランドで活躍する舞台女優。
 その母親がハンナ・シグラ。カンヌ国際映画祭など、数多くの主演女優賞を受賞しているドイツの名優。私が知っていた唯一の出演者だった。

 そして監督は、ハンブルグ生まれのトルコ移民2世のファティ・アキイである。
 彼は、ベルリン国際映画祭でグランプリを受賞した「愛より強く」('04)で、「愛」について語った。
 今回カンヌで最優秀脚本賞・全キリスト協会賞を受賞した「そして、私たちは愛に帰る」で「死」について語る。
 三部作にあたる次作では、「悪」について語るのだそうだ。
 トルコとドイツという二つの文化を背負うアキイが、どんなストーリーを見せてくれるのだろうか。

Sub4  延々5分以上も続くラストカットである。息子がトルコ・トラブソンの浜辺で、仲違いした父親の帰りを待つ。

 「現代のグローバルな政治の中に置かれた人々の関係と、その間に生じる緊張を、生き生きと、緊密に編み上げた円舞曲だ」(ワシントン・ポスト紙)

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January 14, 2009

1139.ウォーリー

038_640  「700年間、たったひとりで地球に取り残されたゴミ処理ロボットのウォーリー。そんな彼には、いつしか"感情"が芽生えて・・・。」と紹介され、東京国際映画祭のクロージングに上映された。
 一般公開は12月5日から始まったが、現在ランキングトップを維持している。

 ピクサー・アニメーション・スタジオが得意とする3D・CGアニメ。「モンスターズ・インク」「ファイティング・ニモ」のアンドリュー・スタントンが監督した。
 これまでの作品に比べてストーリーは単純で、子供達には受け入れやすい。ただ大人たちには、少々感動も薄れてきたかもしれない。
 しかし、アメリカ「TIME」誌は、2008年映画ランキング1位に選んだ。

329124view001329124view005  確かにキャラクターの造形は、ますます冴えてきた。ロボットであるウォーリーとイブの表情・仕草は、人間のそれを越えて微笑ましく美しい。
 ピクサーの持つCG技術が、極限に達した感もある。

 ピクサーというアニメーション制作会社は、もともとルーカス・フイルムの1部門としてスタートした。それを、アップル出身のスティーブ・ジョブスが買収して1986年に独立した。
 その後若干の経緯はあったが、2006年にウォルト・ディズニー映画に買収されて完全子会社になった。
 現在では、ジョブスが親会社の役員も兼ね、制作・ピクサー、配給とメディア展開はディズニーという分業体制を確立している。

 「トイ・ストーリー2」('99)がゴールデン・グローブ賞最優秀作品賞を受賞した他、「ファイティング・ニモ]('03)「Mr.インクレディブル」('04)「レミーのおいしいレストラン」('07)がアカデミー賞長編アニメーション賞、多くの短編アニメがアカデミー賞を受賞している。

 ところで、タイトルとなった主人公のロボット名「ウォーリー」は、「Waste(ゴミ)」「Allocation(配置)」「Load(積載)」「Lifter(運搬機)」「Earth-Class(地球型)」の頭文字を綴ったもの。
 今流行の、地球環境問題を考えてもらおうという狙い。

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January 13, 2009

1138.鎌倉七福神めぐり(2)

 七福神は仏教の「七難即滅、七福即生」の経文が起源。仏の教えを守れば、天才や火災、水害・旱魃・盗難など七難は消滅し、長寿・裕福・清廉・威光などの七福が得られるというのだ。
 成立は室町時代。仏教や道教、神道の神仏七体をひとつにまとめた、神仏混交の信仰である。
090111_640_2  江戸時代に入って現在の七神仏となり、また七福神を順番に参詣する風習が、庶民の間で広がった。

 鎌倉の七福神は国宝級のものも多く、国宝館など別の場所に安置されているケースもある。
 また本堂内は撮影禁止のため、ここでは実物の紹介はできない。右のパンフレットで、メージしてほしい。

090111_023_640090111_025_640 さて4番目は、中国道教の老僧「寿老人」。安全・健康・長寿の神である。

 祀られているのは日蓮宗の寺「妙隆寺」。室町幕府六代将軍足利義教と対立した、日親上人が修行した寺として知られている。
 上人は「鍋冠り日親」という異名を持つ荒行僧で、たびたびの拷問にも屈せず82歳の天寿を全うしたことから、この寺には寿老人が祀られている。

090111_026_640090111_029_640  小町大路から大町に出ると、本覚寺に着く。前日が「十日戎」の大祭、その後片付けで境内は雑然としていた。
 しかし普段閉まっている夷堂がまだご開帳で、恵比寿さんに会うことが出来た。

 「いざなぎ」と「いざなみ」の間に生まれたのが、夷三郎。諸般の事情!で日向の高千穂から海に流されたという。
 その夷が攝津の国武庫の浦に流れ着き、祭神恵比寿となったのが西宮神社。だから戎講の大本はこの神社、毎年1月10日の「十日戎」はここからテレビで中継される。

 以上の経緯からも分かるように、恵比寿は七福神の中でただ一人日本出身の神様なのだ。
 商売繁盛、家運隆盛、五穀豊穣の福神である。

090111_032_640090111_034_640 本覚寺から鎌倉の市街を横断、およそ1時間近く歩いた由比ガ浜の先に、御霊神社がある。
 平安末期、鎌倉・湘南地方の領主、鎌倉党の頭領・権五郎景政が祭神である。
 毎年その命日である9月18日には、伎楽や舞楽・田楽などに使われる特異な面つけた十人衆が、街の中を練り歩く。
 この十面のなかに「福禄寿」があるのだ。

 福禄寿は南極星の化身といわれ、背は低いが頭が長く、鶴を伴っている。福・緑・寿の三徳を備え、長寿・家禄永遠を司る福の神。

090111_036_640090111_042_640  鎌倉七福神めぐりのゴールは、御霊神社の隣にある長谷寺。
 736(天平八)年開創の古刹。本尊である十一面観世音菩薩は、9.18mもある本邦最大級の木彫仏である。

 その長谷観音を祀る観音堂の隣に、大黒堂がある。
 本尊の大黒天は室町期の作で、神奈川県では最古の尊像とされ、宝物館に安置されている。
 だから堂内にあるのは、そのレプリカ「出世開運大黒天」である。

 米俵の上に足を懸け、大きな袋を担いで小鼓を持つ愛らしい神。もともとインドでは破壊の神、中国では武神だった大黒天も、渡来するとすっかり日本に馴染む。出世・開運・財富招来の福の神となった。

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 長谷寺の小高い丘から眺める鎌倉の街と相模湾、その向こうには三浦半島も見える。
 江ノ島の弁財天もふくめ、八つの社寺を回る巡拝は、20数年前から始まり年毎に盛んになってきた。
 今回のシニア・ボランティアガイドによるツアーだけでも、100人を超えた。

 腰にぶら下げた「万歩計」は、自宅から数えて19、651歩。直線にすれば7キロ強の距離だが、広い寺社の境内をウロウロしたので結構歩いたことになる。
 帰途、鎌倉駅前での打ち上げで飲んだビールで、カロリー減は帳消しとなったが。 

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January 12, 2009

1137.鎌倉七福神めぐり

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 御節料理で体重がオーバー、そこで毎年「七福神めぐり」にトライ、エネルギーを発散させている。
 一昨年は「日本橋七福神」、昨年は「深川七福神」、今年は「鎌倉」だ。とくに今回は、「ひとまく会」の仲間達とのウオーキングを兼ねている。

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 9時20分北鎌倉駅集合。快晴、気温2度。
 各地の「歩こう会」の中高年で、駅前はごった返す。鎌倉ウオーキングは、今ブームだそうだ。
 私たちは、NPO法人鎌倉ガイド協会シニア・ボランティアスタッフの案内で歩きはじめる。参加費500円、拝観料計550円。

090111_007_640090111_012_640 最初は駅から5分の「浄智寺」、ここは福運をもたらす「布袋尊」が祀られている。
 布袋尊は七福神の中で唯一の実在人物だそうで、中国唐の時代の禅僧契此(かいし)。杖をもち大きな袋を背負って各地を放浪、布袋和尚と呼ばれるようになったという。

 祀られている浄智寺、もう蝋梅が満開だった。
 鎌倉五山のひとつ、臨済宗円覚寺派の寺で、北条宗政の未亡人が創建した。
 映画「武士の一分」のロケも行われた広い境内は、国の史跡に指定されている。

090111_013_640090111_019_640 北鎌倉から建長寺を経て、およそ30分のウオーキング。鶴岡八幡宮に着く。晴天に恵まれ大変な人出である。
 本殿を下った源氏池のほとりにある社に、「弁財天」は祭られている。

 弁財天は女神。インドでは水の神・農業の神、日本では音楽や舞踏など芸事の神だが、「財」の文字通り鎌倉時代からは、財宝をもたらす福の神として崇められた。

 祀られている「旗上弁財天社」は、源頼朝が平氏追討の旗上げをした時、妻政子が戦勝祈願したところである。

090111_022_640  萩寺として有名な「宝戒寺」。鶴岡八幡宮から5分、小町大路の入り口にある。
 北条得宗の屋敷跡に建てられたこの寺には、「毘沙門天」が祭られている。

 毘沙門天は別名「多聞天」。インド須弥山を守護する四天王のひとつで、正義の味方「善神」である。
 今放送中の大河ドラマ「天地人」、その上杉謙信の旗印は「毘」。災害から財産を守ってくれる福神だそうだ。

 ここまで三つの寺社を回った。続きは次号で。   

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January 10, 2009

1136.K-20

036_640  現代版では、怪人二十面相もジエット戦闘機並に「K-20」と呼ばれる。私たちが少年の頃、心躍らせて読んだ「少年探偵団・怪人二十面相」が久し振りに映画化されたのである。

 このお話、本人ですら本当の顔が判らなくなってしまった変装の名人・怪人二十面相と、少年探偵団率いる明智小五郎の知恵比べが本筋。
 江戸川乱歩が1936(昭11)年に、「少年ルパン」ものを狙って「少年倶楽部」に連載したのが始まりである。

 この連載は戦争を挟んで戦後も続き、最終版は1962(昭37)年の「超人ニコラ」だそうだ。
 ポプラ社全26巻にまとめられているが、1億人の子供達が読んだ大ベストセラーといえる。

 不思議な事に映画化は少ない。1954(昭29)年に上映された3部作のみのようだ。(テレビでは何回か放送されている。)
 だから久し振りの作品なのだが、今回は江戸川乱歩ではなく北村聡の「怪人二十面相・伝」が原作となっているのが面白い。

 北村は、綾辻行人らと同じく「怪人二十面相"学"」の一方の旗頭。
 戦前と戦後の二十面相は別人、明智小五郎も少年探偵団の小林団長が2代目を継いだのだ、という説を唱えてこの本を書いた。

 今回の映画は、舞台を1946年の架空都市「帝都」とする。日本は第二次世界大戦を逃れたため、厳しい華族制度や陸軍省・憲兵体制が存続しているという状況。
 これは、脚本・監督の佐藤嗣摩子が、自由なイマジネーションで物語を展開できるよう、原作者が了解した設定だそうだ。

330914view004330914view003 という事からかこの作品の主人公は、怪人二十面相や明智小五郎というより、金城武の演ずるサーカス団のエースになる。もちろん仲村トオルの明智も重要な役だし、???が演ずる怪人二十面相も主要な配役である。そして、いつも登場するヒロインは松たか子華族令嬢なのだ。
 この3人が、血湧き肉躍るアクションを見せてくれる。

 「帝都」を作り出したのは、「ALWAYS~」のVFX白組。山崎貴監督も脚本を含めVFXに協力している。
 主題歌が、イギリスのロックバンド「オアシス」。イギリス出身の佐藤監督ならではの組み合わせ。

 江戸川乱歩の出身地三重県名張市には、「怪人二十面相」が住民登録されているが、彼の性別、生年月日、住所は不詳のままとなっている。

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January 09, 2009

1135.ノン子36歳(家事手伝い)

Nonko_tirasi  「ダメダメの女性が不器用に生きる、というのは最近の単館系邦画によくあるストーリー」とある新聞が書いていたが、まさにその通りの作品。

331974view005  四捨五入すればアラフォー世代、しかしバリキャリではない。三十路半ば、バツイチ、出戻り、オシャレもセックスもいつしたか分からない、やる気なしのオンナ主人公(坂井真紀)。
 その前に現れた、情けないけどひたすら一途の年シタ君(熊切和嘉)。
 笑顔を忘れたオンナの心と体が、少しづつ開いていく・・・というお話。

331974view009  37歳の坂井真紀が、体当たりで演技する。「赤い文化住宅の初子」でやる気のない教師、「ビルと動物園」では日常に疲れ切ったOL。
 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」では、オーデションを受けてリンチで殺される女を演ずる。

 この作品、賛否両論で真っ二つに割れているようだ。「つまらない」「不可解」「何も心に響かない」との悪評に対し、「三十代も捨てたもんじゃない」と極端に分かれる。
 観客一人一人と36歳の主人公との「距離」によるものだろうが、監督の熊切和嘉は最初からそれを読んでた様子。

 埼玉県寄居町と秩父市で全編撮影した。
 東京から1時間足らずの所にあるのに、「ダサイタマ」そのもの、なぜか昭和の雰囲気を残す風景である。

 劇伴はアイリッシュ音楽、主題歌はPoPoyanがデュエットで。
 

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January 08, 2009

1134.英国王給仕人に乾杯!

Gallery_1_2Gallery_13_2  60年代共産体制下のチェコ。その頃プラハの監獄からひとりの老人が出所した。その元ホテル給仕人が語る人生は・・・・。愛と笑いの20世紀のチェコ現代史が綴られていく。

  大宣伝をしなくても、傑作は口コミで伝わる。「笑いに沸いて、劇場は熱気と拍手!」なのだ。
 暮れに出かけた知人は、満員御礼で入れなかった。こちらは、ウイークデイの朝一番を狙う。

 先月の「12月のシネマ」でも触れたように、チェコの巨匠イージー・メンチェルの久々の長編映画である。

 私とほぼ同じ年代のメンチェルは、チェコ・ヌーヴェル・ヴァーグの旗手として活躍、長編作品として初めて監督した「厳重に監視された列車」は1967年のアカデミー賞外国語映画作品賞を受賞、28歳の若さで一躍国際的なスポットを浴びた。
 しかし「プラハの春」で自由化の先頭に立ったため、ソ連軍の弾圧を受けて作家活動は政府の厳重な監視下に置かれる。

 雪解け後、'90年のベルリン国際映画祭で完全復帰を遂げる。上映禁止となっていた「つながれたヒバリ」が、最高賞である金熊賞を受賞したのだ。
そして現在彼は、プラハのみならずブルガリアやハンガリー、フランスでの舞台演出で活躍、映画の世界では俳優として出演している。

 「英国王給仕人に乾杯!」の原作は、チェコの国民的人気作家ボフミル・フラバルの最高傑作と言われる作品である。
 先述した「厳重に監視された列車」も「つながれたヒバリ」も彼の原作で、ソ連支配下密かに書かれた本を、盟友として尊敬するメンツエルが映画化した。
 ナチス・ドイツが舞台となっているが、それはまさにソ連占領下の小国の現在を描いている。

Gallery_2Gallery_8   若き頃の主人公を演じたイヴァン・バルネフ、老いた時代のオルドジフ・カイゼル、恋人のユリア・イエンチェほか、顔なじみではないがチェコやドイツを代表する役者達だそうだ。

 ドリーブやワグナーの名曲、当時のジャズの原盤から流れる音楽が耳に焼きつく。 

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January 07, 2009

1133.ミラーズ

331823view003  父親はフランスの巨匠アレクサンドル・アルカディ監督(「熱砂に抱かれて」)、母親は映画評論家のマリー・ジョー・ジュアン。弱冠30歳の新進気鋭アレクサンドル・アジャ監督のミステリー映画である。
 「ハイテンション]('03)で注目を集めハリウッドに進出、作った映画「ヒルズ・ハブ・アイズ]('06)は私たちに途方もない恐怖を与えた。

 今回の作品もハリウッド版。幾つかの映画祭で話題となった韓国製スリラー「鏡の中]('03)をベースに、舞台をニューヨークに移してある家族の「絆」の復活をテーマにした。

 鏡(ミラー)は日常的な道具であるが、なぜか神秘的な存在にもなる。
 日本でも古代から、鏡はその妖気のゆえに神の持ち物(三種の神器)であったし、今も多くの神社のご神体となっている。

 この鏡を狂言回し、いやミステリーの道具にフィーチャーしたのがこの作品である。
 大火災で廃墟となったニューヨーク6番街のデパートの中。焼け爛れた店内に残る巨大な鏡に写るのは、奇怪なメッセージだった・・・・。

331823view001331823view002 主人公は同僚を誤殺して休職中のNY刑事。酒とクスリに溺れ妻とは別居中。その彼が、廃墟の警備員のアルバイトに雇われ恐怖の世界に追い込まれる。

 その刑事役が、キーファー・サザーランド。人気TVシリーズ「24」で、かっこよい対テロ捜査官で大ブレイクしている彼が、今回は冴えない刑事となる。
 その妻役で、恐怖の運命に追い込まれるのがポーラ・バットン。「デジャブ」('07)で、デンゼル・ワシントンの妻役となったあの演技派女優である。

 スタッフは、これまでアジャ監督のパートナーとなってきた面々である。アジャと共同脚本のグレゴリー・ルヴァスール、撮影監督マキシム・アレクサンドルは、フランス以来の仲。編集を担当したバクスターは、父親のアルカディ監督の編集マンでもあった。

 映画のラスト、廃墟の中から辛うじて逃れてきた主人公が見たニューヨーク、あらゆる左右がひっくり返った「鏡の世界」。非日常は、日常の彼方にそっくりそのまま存在するのか。

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January 06, 2009

1132.ワールド・オブ・ライズ

Bol_wall03 正月映画の中では、数少ないハリウッドらしい娯楽映画。難しい事は考えずに、サスペンスとアクションに浸ることができる。

 といっても決して絵空事ではない。ジャーナリストが取材で知った様々な事実を、フィクションとして書き上げた「BODY OF LIES」が原作である。日本では「ワールド・オブ・ライズ」とストレートなタイトルとなったが、中東におけるCIAエージェントの「騙しあい」のお話である。

 原作者のデイビッド・イグネイシアスは、ハーバードとケンブリッジを卒業した秀才。「ウオール・ストリート・ジャーナル」のワシントン駐在記者として、10年間中東・外交問題を担当。その後「ワシントン・ポスト」で外信部長とコラムニスト、「ヘラルド・トリビューン」では編集長と国際政治・中東問題の専門ジャーナリストとして知られる人物である。

 彼の「フィクション」に飛びついたのが、映画屋そのもの、手だれのリドリー・スコットだった。イギリスBBCでテレビドラマの演出からスタート、3000本に上るコマーシャルを作って1977年「デュエリスト」で映画デビュー、これがカンヌで新人監督賞となる。
 その後は「エイリアン・シリーズ」のSFものから、日本を舞台にした「ブラック・レイン」や「ハンニバル」、「グラディエイター」でアカデミー賞はじめ、あらゆる賞を獲って巨匠となった。
 その後はご存知「ブラックホーク・ダウン]('01)「プロバンスの贈りもの]('06)「アメリカン・ギャングスター」('07)と、幅広い作品を撮っている。大英勲章ナイトの爵位をもつ大御所でもある。

331775view003331775view004331775view005   出演者にも大物二人を揃えた。
 CIA現地工作員にレオナルド・ディカプリオ、ワシントンの安全地帯から命令を下す上司がラッセル・クロウである。

 ディカプリオは「タイタニック]('97)でスターの座を射止めた俳優だが、その後「ギャング・オブ・ニューヨーク」「デイパーテッド」「ブラック・ダイヤモンド」などアクション・スターとしても腕をあげてきた。ただアカデミー賞に3回ノミネイトされたが、受賞はまだ。
 一方のクロウの方は、オーストラリアで活躍した後「グラディエータ]('00)でアカデミー賞主演男優賞受賞。「インサイダー」('99)「ビューティフル・マインド]('01)「アメリカン・ギャングスター]('07)と続く。

 生傷耐えない現地工作員と、冷酷・困難な命令を出すマイ・ホームパパの上司との組み合わせが面白い。上司は工作員の動きを、映像でフォローし携帯で追いかける。
 それにしても、CIAの電子監視システムは凄い。「イーグル・アイ」でも登場したが、無人機による映像監視とあらゆる電波の盗聴。隠しカメラや壁に仕込んだ盗聴器など前時代のお話なのだ。
 一方アルカイダの方はというと、携帯電話は使わずクチコミで、洞穴に姿を隠して、指令書は手渡しと、前近代的連絡方法で対抗しているのだそうだ。

 騙し騙されあう「ウソの世界」が世界を救う、とスコットは描く。

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January 04, 2009

1131.壽・初春大歌舞伎

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090103_013_640090103_018_640_2090103_016_640  歌舞伎を楽しむ「ひとまく会」、新年は初日の最初の幕を鑑賞するのが慣し。

 ここ数年は歌舞伎座、4階の幕見席二幕をセットで売り出す。
 今年の演目は「三番叟」と「俊寛」、二幕で入場料は1100円。10時前に出かけたが大行列で、文字通りの立見だった。
 
 初春式三番叟(いわうはる しきさんばそう)」

 初春一幕目は、必ずめでたい舞踏劇が上演される。昨年は「猩猩」、一昨年は「松竹梅」だった。今年の「三番叟」は、能「翁」の儀式舞踊化である。

 露払いを務める若い千歳、天下泰平を祈って翁が舞う。翁が去ると三番叟(三番目に登場する狂言役者の意)が登場、五穀豊穣を祈って「揉みの段」「鈴の段」と舞い納める。

 人間国宝・中村富十郎が翁、尾上松緑と菊之助の千歳、梅玉の三番叟が初春を寿ぐ。
 後見を中村錦之助、中村松江が勤める華麗な舞台。

 「平家女護島・俊寛(しゅんかん)」

 近松門左衛門作「平家女護島」は、1819(享保4)年人形浄瑠璃として初演。同じ年に歌舞伎化されたが、能「俊寛」からの二段目「鬼界ヶ島」は好評で、繰り返し上演されるようになった。

 薩摩の先の絶海の孤島に流された三人の公家と僧。鹿ケ谷での、平家討伐の陰謀が露見しての流罪である。
 ようやく赦免船がやってきた。しかし京の愛妻を殺された俊寛は、代わりに流人の新妻を船に乗せて送り出す。
 凡夫心を断ち切って、独り島に残る覚悟を決めたものの、去っていく船を見送るうちに煩悩を堪えきれず叫び続ける。
 人間の喜怒哀楽を、幕切れに凝縮させた作劇が見どころ。

 三人の流人、俊寛僧都に松本幸四郎、丹波少将に市川染五郎、平判官に中村歌六。染五郎の新妻、海女千鳥は中村芝雀。

 一昨年の初春は同じ「俊寛」を、中村吉右衛門が感動的な舞台を見せた。
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 さてこの歌舞伎座、来年の4月興行ををもって休館し、建て替えられる。
 そのため今月から「さよなら公演」と銘打たれている。
 2日には、歌舞伎俳優が舞台に勢ぞろいし、「古式顔寄せ手打式」も披露された。 

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January 03, 2009

1130.放鷹・浜離宮

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090101_113_640090101_115_640090101_118_640  諏訪流放鷹術のハイライトは、汐留電通ビル屋上からのハヤブサの急降下。
 あまりのスピードで、カメラは追えないが浜離宮庭園の芝生の上の振り鳩を、見事に掴んだ。

 正月開園行事「放鷹」の見物も、恒例となった。
 江戸時代、将軍家の鷹狩場であった浜離宮。明治になっても宮内省の鴨場として、鷹狩りは行われてきた。
 そして戦後途絶えていた鷹狩りは、平成に入って民間の有志によって甦った。ただし正月の2日間だけである。

090101_098_640 090101_141_640  信州諏訪大社の神事に源を持つ「諏訪流」は、将軍家お抱えの鷹匠集団。
 中央アジアから伝わったこの勇壮な野外スポーツは、公家や武将に好まれた。なかでも徳川家康は愛好家で、たびたび鷹狩りの宴を開いている。
 この伝統が、浜離宮に引き継がれてきたのだ。

090101_131_640090101_123_640_2  しかし、鷹匠の衣装はモダンである。昭和の初期に正装となったこのスタイル、鳥撃帽子に絆取り、中は鮫小紋の野絆天を角帯でしめる。下は股引・脚絆に刺し子入りの地下足袋をはく。

 鷹は絶えず鷹匠の拳に据える。鋭い鷹の爪を防ぐため、エガケと呼ばれる鹿革手袋をはめ、移動のときは鷹の足革を繋ぐ。

090101_143_640090101_132_640_3  鷹狩りに適したタカは大鷹やハヤブサだが、最近はその数も少なくなり、南米から輸入された鷹の仲間を飼いならして調教する事も多いそうだ。

 拳に止まらせた「据え」から、別の鷹匠の拳に飛び移らせる「振り替え」、樹上の鷹を拳に呼び返す「渡り」、細紐につけた鳩を振って鷹を呼び寄せる「振り鳩」、諏訪流が伝える放鷹術の古技を、多くの観衆の前で披露して見せた。

 この催し、最終回は本日の14時。浜離宮庭園芝生広場で。  
 

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January 02, 2009

1129.初詣

090101_022_640090101_020_640090101_019_640   毎年恒例となった界隈の初詣、いつものようにまず「江戸最大の八幡さま」富岡八幡宮へ。
 1627(寛永4)年創建のこの神社の祭神は、応神天皇ほか八柱。さらに境内には、17のお社があるから、ここだけで八百万の神々にお参りできる。
 七渡神社、粟島神社、大鳥神社、鹿島神社、恵比寿社、大黒社、金毘羅社、富士浅間社・・・・と、書き留めるのもやっとだった。

090101_027_640090101_026_640_2  すぐ隣にあるのが「深川のお不動さん」、成田山新勝寺の別院である。ご本尊はもちろん不動明王。
 1703(元禄1)年、6代将軍綱吉の母桂昌院が成田まで出かけるのが億劫になり、寺の方が出張ってきたのが始まり。
 神仏混交時代は、深川の八幡さんとお不動さんはツインだった。
 元朝護摩修行で賑わう。

090101_034_640090101_036_640090101_037_640  永代橋で隅田川を渡って築地の本願寺へ。真宗本願寺派はご先祖のお寺。ここでは、ゆっくり座って念仏を唱える。
 振袖火事で浅草から移って来て350年、昨年は色々な記念行事が催された。
 ご本尊はもちろん阿弥陀如来、正面右には宗祖親鸞聖人の御影が安置されている。
 建物は関東大震災で焼失した後、古代インド仏教様式の石造り、本堂内は桃山様式の木造である。

090101_039_640090101_043_640   門跡通りを抜けて、築地市場隣にある波除神社に。4代将軍家綱が手がけた、江戸最後の埋め立てを助けたのが、波間に浮んだ稲荷大神のご神体。
 築島の土砂を洗い流す波を、ピタリと抑えたので「波除」の尊称を。現在は食稲魂命(うがのみたまのみこと)をご祭神に、衣食住・殖産産業・商業の守り神となっている。
 昨年は、奉納されている獅子を担いだ「つきじ獅子祭」で賑わった。

090101_046_640_2  ゴールは例年通り、佃の住吉神社。6年前から私たちも氏子、昨年の住吉大祭は神輿をを担いで威勢を上げた。この楽しみは3年後を待つしかない。
 ご祭神は伊邪那岐命の御子、底・中・表筒之男命(住吉三神)。それに佃の漁師を守った徳川家康。

 途中、聖路加の教会と明石町カソリック教会を、外からだったがお参りしたので、これで神・仏全てに新年の挨拶を終えた。ただ、イスラムの方が残っているが。

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January 01, 2009

1128.恭賀新年

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 2009年・元日、午前6時50分初日の出。ただし我が家からは、南西方向しか見えない。初日が都心のビルに反射している光景をデジカメで。

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