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March 31, 2009

1206.刺青奇偶

013_640  「映画」にするか、芝居などの「芸能」にするかブログのカテゴリーに迷ったが、2回目の「シネマ歌舞伎」を見た。

 シネマ歌舞伎の技術的な特徴は、ブログ1096号('08.11.25)「人情噺文七元結」で紹介したので省略するが、歌舞伎の舞台中継(録画)とは一味違う作品である。
 ロングの舞台はもちろんだが、映像のアップによって表情・所作、流れる汗の一粒一粒まで、リアルに映し出される。
 大スクリーンに映し出される歌舞伎は、舞台を超えた迫力を見せる。

 作品は長谷川伸原作の「刺青奇偶(いれずみちょうはん)」。「一本刀土俵入り」や「瞼の母」など、股旅物の戯曲・小説を数多く送り出した彼の代表作、新歌舞伎である。
 サイコロ博打の半は奇数、丁は偶数。奇偶と書いてさかさまに「ちょうはん」と読ますところが面白い。

 博打を止められない悲しい男の業と、夫婦の情愛が巧に描かれた長谷川伸ならではの人情味豊かな物語である。

20090127008fl00008viewrsz150x  収録したのは、昨年4月の歌舞伎座の舞台で、手取りの半太郎を中村勘三郎、その妻になる酌婦お仲を坂東玉三郎、賭場の大親分・鮫の政五郎を片岡仁左衛門が演ずる。
 このコンビは、10年前にも同じ演目で共演しており、歌舞伎座でも大きな話題となった。

 歌舞伎座だと、だいたい3演目で1等席が1万6000円。映画だと1演目だが2000円で見る事ができる。
 そんな御得感があるのか、築地の松竹本社内の東劇は中高年者で溢れていた。

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March 30, 2009

1205.ひとまくワインの会

028  歌舞伎座で「ひとまく」を楽しむ仲間が横浜・山手に集まり、ワインを飲む会を開いた。会員のひとりがイタリア・ワインの専門家なので、シチリア料理をいただきながら、薀蓄を聴こうという催しである。

 テスティングというよりグイグイと飲んだ酒は、ワイン5種にマルサラとグラッパ。11人で12本空けたのだから、帰りはホロ酔い以上だった。せっかくなので、それぞれ一口コメントを記しておこう。

 「プロセッコ・ヴァルドビアッデーネ」(白)
 ヴェネチアの北60キロ、"ストラーダ・デイ・コッリ"(丘陵地の道)にあるワイナリーの産。ワインの銘醸地ヴェネト州特産のプロセッコで造った発泡酒。きりりと冷やして、まず食前酒に。

 「チロ・ビアンコ」(白)
 イタリア最南端の州カラブリア。古代ギリシャの時代から"エノトリア・テルス"(ワインの大地)と呼ばれたチロ・マリーナのワイナリー産。古代土着品種グレコ・ビアンコで作った爽やかな味わい。魚料理にピッタリ。

 「ソアーヴェ・クラッシコ」(白)
 日本へ最初に輸入されたイタリアNo1のワイン。"ソアーヴェ"とは「心地よい、甘美な」という意味。その名のとおりフルーティで心地よい芳香が特徴。ブドウの品種は、ガルガーネガ、トレッピアーノ、シャルドネ。パスタや貝類、和食にも合う。

 「デュエウービ・ヴェネト」(赤)
 "デュエ"はふたつの、"ウービ"はぶどう。飲みやすく上品で、肉料理に合う。(このあたりから酔いが回って来たので、薀蓄のメモを忘れた)

 「ロッソ・ディ・モンタルチーノ」(赤)
 イタリア・ワインの顔トスカーナ州モンタルチーノ丘陵地帯のワイナリー産。フルーティーな香りとソフトな口当たりが特徴。香りはスミレやチェリー、そしてプラム。ぶどうの品種は、サンジョヴェーゼ。

 デザート・ワインの「マルサラ」は、シチリア産。ぶどう発酵後にブランデーを添加した酒精強化ワイン。
 「グラッパ」は、ぶどうの絞り滓から造ったブランデー。今回はネッビオーロ種の絞り滓を蒸留した42度の食後酒。

 さて、シチリア料理の方。会場になったのは、JR石川町駅近くの「リストランテ・グランドゥーカ」。
014023025  携帯で撮った写真を並べると、前菜は「岩手のカキソテー」。
 「アンニョロッテイ・アッラ・マレンゴ」(手打ちのマスタに挽肉、最も伝統的な村のナマパスタ)。
 「ポークのアルフォルノ」(富士高原産の豚と濃厚チーズ)。
 魚は「マスのチーマ・ディ・ラーパ・ピエモンテーゼ」。
 最後は、フォンダチョコ入りリンゴの赤ワイン煮。
 料理は弱いので、シェフには悪いが、簡略する。

002009007   ワイン会場に着く前、近くの横浜・山手を散策した。外人墓地など、静かな佇まいは気が休まる。
 神戸が俗化したのに比べ、横浜は明治の面影を残しているのがうれしかった。

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March 28, 2009

1204.パッセンジャーズ

332569_100x100_002  「レイチェルの結婚」(4月18日公開予定)で、今年のアカデミー賞主演女優賞にノミネイトされたアン・ハサウエイが主演した心理サスペンス映画。
 「プリティ・プリンセス」('01)でデビュー、その清楚な美しさが評判となった彼女も、「ブロークバック・マウンティン」('05)「プラダを着た悪魔」と演技力にも磨きがかかってきた。
 その彼女にとっては、初めてのサスペンスである。

332569_100x100_003_2332569_100x100_005_5  飛行機事故で、109名の搭乗者中5人だけが助かった。その乗客(パッセンジャー)のトラウマを癒そうと派遣されたセラピストが、ハサウエイの役である。
 そして乗客たちが、あいまいな記憶を取り戻していくうちに生まれる不安と恐怖。
 飛行機事故の真相を追えば追うほど、彼女も深みに引き込まれていく。

 監督はコロンビア出身の鬼才、ロドリゴ・ガルシア。ノーベル文学賞を受賞したラテン・アメリカ文学の巨匠、ガブリエル・ガルシア=マルケスの子息である。
 初監督作品「彼女を見ればわかること」('99)で、カンヌ国際映画祭グランプリを受賞。今回は、「美しい人]('05)に続く4作目となる。

332569_100x100_006  共演者が「オペラ座の怪人」('04)のパトリック・ウイルソン。セラピストの主人公に言い寄る、生残りの乗客のひとり。
 他に、デヴィッド・モース(「グリーン・マイル」'99)、アンドレ・ブラウアー(「ポセイドン」'07)、アカデミー助演女優賞を2度受賞したダイアン・ウイスートなどベテラン俳優が脇を固める。

 冬の氷雨ふるカナダ・バンクーバーでロケした。モノトーンに近い灰色の街が、不安と恐怖をイメージする。
 「Do not chase the truth!」
 そして衝撃の結末・・・・・。 

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March 27, 2009

1203.ダイアナの選択

20090105017fl00017viewrsz150x  ハイスクール銃乱射事件に友人と巻き込まれ、「どっちを殺す?」と過酷な選択を迫られたダイアナ。そのトラウマが、ダイアナの人生に何をもたらしたのか。
 ヒューマン・ミステリーの系列に入る作品である。

332829_01_02_02  
 もがきながらも自分探しをしている10代のダイアナは、エヴァン・レイチェル・ウッド(「アクロス・ザ・ユニバース」'07)が演ずる。
332829_01_04_02_2  そして事件のトラウマを抱えながら生の意味を問い続ける30代を、ユマ・サーマン(「キル・ビル」'04)が演ずる事で、一人の女性の二つの人生が綴られる。

 作品の流れも決して時系列ではない。過去と未来、現実と理想、生と死を、「フラッシュフォワード」の手法で見せていく。だから二人の女優が、交互に一人のヒロインを演じ分けることで、ストーリーに深みが出てくる。

 原作は、詩人としても有名なローラ・カジシュキーが書いた「春に葬られた光」。それをウクライナ出身の若き巨匠、ヴァディム・パールマンが監督した。
 パールマンは、アカデミー賞3部門にノミネイトされた「砂と霧の家]('03)で映画界に進出、今回は長編2作目である。

 低予算で作られたインディペンデント映画らしい映画だが、生と死をイメージした数々の花や鳥や昆虫の美しい映像など、古典的ドラマの一面を見せながら、内面的なミステリーを描く野心作となった。

 予想を裏切るラストを、どう解釈するか。映画館を出ても、重くのしかかる。
 パールマンは、「過去の積み重ねが未来を作るのではなく、未来をどう生きるかが現在を変えていくのだ」と言うが。

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March 26, 2009

1202.ヤッターマン

014_640  真ん中の赤い「メカ怪物」が「ヤッターワン」、ちょっとドジだがよう頑張る。右の少年は「ヤッターマン1号」、メカと平和を愛する正義の味方。<嵐>の櫻井翔が変身する。
 左の「ヤッターマン2号」は、彼のガールフレンド福田沙紀(「桜の園」)。

 大ブレイクしている。有楽町のピカデリーには、こどもと若い女性が殺到していたが、さすが中高年は見かけない。彼らは、隣の「おくりびと」の方だ。

 30年前、竜の子プロダクションが製作した人気テレビアニメ、「ヤッターマン・タイムボカシ」シリーズの実写映画である。テレビ放送時は、29%近い視聴率を獲った。

 こどもたちと若ものに人気があるのは、そのマンガチックなストーリーから当然だが、なぜかプロの映画批評家からの賛辞が多い。朝日新聞などは、2回もお褒めの記事を掲載していた。
 それは「さすが三池崇文!この監督なら生ぬるい映画にはならないはず・・・」という期待に応えているからだ。

 「子供向けだからなんてナメたら終り。大の大人が大真面目に作ったから、面白い映画になった」と三池監督は胸を張る。
 それが、オヤジ的な下ネタの連発である。

330690_100x100_001330690_100x100_002   悪役トリオ「ドロンボー」の女親分深田恭子が、胸の谷間を強調してお色気を出せば、子分の生越勝久もエロオヤジになる。
 清純な少女岡本杏里だって、パンチラだけでなくドキッとするようなきわどい描写に晒される。

 「この『毒』が、こどもたちをたくましくしていくのだ」とスタッフたちは信じ、評論家が拍手を贈る。

330690view006  「渋山」駅前「みつばちハッチ公」像広場での、ヤーッターマンと悪党たちの闘いからスタート。崩れた「107」のビルや「TUBOYA」の看板。「ジャンボパチンコ」店看板の「パ」が撃ち落されと・・・・。
 そして「ナルウエーの森」では、考古学者の阿部サダヲがノルエー語で会話する。(ラストタイトルにノルエー語指導とあったから、本物らしい)
 やがて場面は「オジプト」の遺跡に変わる。ヤッターマンたちは「バージン・ローダー」に乗った深田たちに、「オッパイミサイル」で襲撃されて苦闘。最終戦は「南ヘルプス」の氷壁の闘いとなる・・・・・。

 ダジャレもギッシリと詰まった、「子供向けの」大人の映画である。 

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March 25, 2009

1201.ひとまく会

Kabukiza200903_2_handbillthumb_2  歌舞伎座の4階席で、最後の演目を楽しむ「ひとまく会」。今月は「大石最後の一日」を鑑賞した。

 三月の「歌舞伎座さよなら公演」は、真山青果の代表作と言われる新歌舞伎「元禄忠臣蔵」が昼・夜上演されている。
 昭和の忠臣蔵と呼ばれた全10編の連作で、1934(昭9)年から6年がかりで初演されたもので、今回はそのうちの6編を見せる。
 このような一挙上演は、歌舞伎座にとっても22年ぶりのこと。さよなら公演らしい演目である。

 見どころのひとつは、大石内蔵助を3人のベテラン7役者が演じ分ける舞台である。
 「最後の大評定」を松本幸四郎、「南部坂雪の別れ」を市川團十郎、「仙石屋敷」をは片岡仁左衛門、そして最後のひとまく「大石最後の一日」は再び松本幸四郎となる。

 「赤穂事件」の歌舞伎化は、もうひとつ「仮名手本忠臣蔵」がある。これは、江戸時代に頻繁に上演された「忠臣蔵物」を集大成したもので、幕府に遠慮して時代設定も人物もフィクション化した。そして庶民の涙を集める「塩冶判官の切腹」や「大星由良之助ら四十七士の討ち入り」がハイライトだった。

 一方、青山青果の新歌舞伎は、徹底した取材と資料集めによって、赤穂事件の背景、「元禄」という時代の経済・社会・風俗・人々の情感まで、史実を忠実にドラマ化している。
 ただ昭和の半ばという時代状況から、尊皇イデオロギーが熱い思いで語られているのが特徴である。

 「大石最後の一日」は、10編の中で「御浜御殿綱豊卿」と並ぶ名作といわれた最終編で、初演の時はこの作品から上演されている。
 芝高輪の細川家にお預けとなった大石内蔵之助と義士16人。義士のひとりと許婚との誠の愛、初一念を貫けて満足する大石、切腹の日の一日が描かれる。
 内蔵助とおみのとの、論理的に畳み込むような迫力ある台詞劇が、この舞台を盛り上げた。
 ひとまく会世話人の解説によれば、ここに西洋演劇の影響が見られるとのことだった。

 幸四郎の他、中村歌六(細川家家老)、市川染五郎(磯貝十郎左衛門)、中村福助(許婚おみの)、東蔵、男女蔵、家橘、米吉、彌十郎、桂三。 

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March 24, 2009

1200.ダウト

012_640  「ダウト」というトランプ・ゲームがあるが、まさに「疑惑」であり「疑う」映画である。
 受賞は逃したが今年のアカデミー賞の主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞(ダブル)、脚色賞の4部門・5人がノミネイトされた話題作なのだ。

 9.11のあと、多くの人たちが社会に「疑惑」を抱く状況のなかで、劇作家ジョン・パトリック・シャリンが上演した「ダウト 疑いをめぐる寓話」の映画化である。
 ピュリッツアー賞、トニー賞を受賞したこの舞台劇を、シャリン自ら脚色して監督した。

 60年代半ば、ニューヨーク・ブロンクスにあるカトリック学校が舞台。黒人少年に対する「不適切な関係」を「DOUBT」された進歩的神父と、目撃者も証拠もない「DOUBT」に確信的な妄想を抱いた厳格なシスター校長との、スリリングな「言葉」の闘いがストーリーである。

20090116004fl00004viewrsz150x_2  その闘う二人をオスカー俳優が演ずる。シスターはメリル・ストリーブ(「ソフィーの選択」'82で受賞)、神父はフイリップ・シーモア・ホフマン(「カポーティー」'05で受賞)。
 そして今回、アカデミー賞助演女優賞にダブルノミネイトされた二人が絡む。一人は若いシスター教師エイミー・アダムス(「魔法にかけられte」'07)、もう一人が少年の母親役、トニー賞受賞の舞台女優ヴィオラ・デイヴィスである。

 スタッフにもアカデミー賞受賞者が並ぶ。
 監督自身も初めて書いた映画脚本「月の輝く夜に」で脚本賞、衣装デザインのアン・ロスは「イングリッシュ・ペイシェント」、音楽のハワード・ショアは「ロード・オブ・ザ・リング」でそれぞれアカデミー賞を受賞している。

 選び抜かれた言葉の応酬。およそ15分間に渉る完成された会話劇が見ものだ。人間性の闇、疑惑の心がニューヨーク・ブロンクスの殺風景な映像の中で描かれる。
 そしてラストシーン。その「DOUBT」の解釈は、全て観客個々に委ねられる。

 60年代、ケネディ暗殺後のアメリカ。カトリック神父による数々の「少年性的虐待」事件、キング牧師や解放の神学を唱える神父たちの動き。
 そうした時代背景とカソリックの「告解」(confession)の重さを、知識として持った上で見ないと、作品の「疑惑」は解けない。

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March 22, 2009

1199.東京マラソン2009

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 今年から東京マラソンは、暖かい3月に。しかし生憎の天候、銀座は遠慮してご近所での応援となった。
 昨年は娘も参加したが、今回は抽選漏れ。7倍の競争率だったがランナー仲間2人が何とか走ることが出来た。

090322_013_640090322_015_640090322_018_640   佃大橋を走るのは、左から1位に入賞したケニアのサリム・キプサング(タイム2:10:27)、2位の前田和浩(九電工)、6位の佐藤智之(旭化成)。

090322_032_640_2090322_048_640_2090322_039_640_3   左の写真、男性グループの後に付いているのが、女子の部優勝の那須川瑞江(アルゼ・2:25:38)。次は、2位の佐伯由香里(アルゼ)、いずれも小出監督の教え子。右は、5位のシタイエ・ゲメチェ(エチオピア)。

 今年はテレビ中継をフジが担当。喋るのもゲストランナーもタレントがズラリ。そちらは省略するが、常連の東国原宮崎県知事は、3時間42分51分と大健闘。ノルディックの元選手、荻原兄弟や元ヤクルトの古田敦也が4時間前半と、スポーツ選手の意地を見せていた。

 スナップ写真は、例年と同じく仮装ランナーを中心に。応援は、地元・佃中学の皆さん。

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March 21, 2009

1198.越後・小千谷のひな祭り

110109_640  アーバンドックららぽーと豊洲にある「平木浮世絵美術館」。
 こじんまりとした会場では、今「越後・小千谷のひな祭り展」が開催されている。

 小千谷は新潟県の中越、魚沼地方にある信濃川沿いの盆地。三国街道と善光寺街道が交差するこの地は、京・大阪・江戸の主要都市を結ぶ要地として栄えた。

 江戸の後期には、ここがは「小千谷縮」の集産地としても知られ、江戸から多くの商人たちが買い付けに訪れた。
 この商人たちが、お土産として持参したのが「浮世絵」。歌舞伎役者や相撲取り、江戸の街並みなどが色鮮やかに描かれている。
 土産を貰った地元の人達は、大判の「絵紙」を横に3枚、縦に5段張り合わせて掛け軸にして保存した。
 そしてひな祭りになると、雛壇のある部屋の壁面を隙間なく絵紙で覆い、来客をもてなすと同時に絵の美しさを自慢した。

 5年前の中越大地震、浮世絵の掛け軸や雛人形を保管してあった蔵が、大きな被害を受けた。
 そこで平木浮世絵財団と小千谷市絵紙保存会では、絵紙に囲まれたひな祭りを再現して、多くの人たちにこの風習を伝えることにした。
 なお雪国小千谷でのひな祭りは、ひと月遅れの来月である。展覧会の方は、今月29日(日)まで。

 地下鉄有楽町線「豊洲」下車 平木浮世絵美術館 大人500円
 

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March 20, 2009

1197.丸の内 Tuli Fair

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090319_013090319_012090319_006  日本一のチューリップの産地・新潟から、東京・丸の内に10万本の花が届いた。

 昨日から22日の日曜日まで、丸の内界隈の9つのビルや通りで、「Tokyo Marunouti Tulip Fair」が開催されている。

 昨夕、丸ビルや仲通りを歩いたが、赤に白い縁取りの「アスペン」や黄色の「ゴールデンオックスフォード」、ピンクの「アンジェリケ」など、珍しいチューリップの花を楽しむ事が出来た。
 写真は、携帯カメラで撮ったもの。夕暮れ時でピントも甘いが、数葉掲載しよう。

 帰りに「ザ・ペニンシュラ・ホテル」の24階のBARに。19時まではハッピーアワー、改築・復元が進むビル街を、一杯700円の「ドライマティーニ」を飲みながら眺める。

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March 19, 2009

1196.さつま今昔(2)

013     「議をいうな」

 「議をいうな」の本来の意味は、薩摩藩の郷中教育のなかで用いられてきた生活訓練、子供達への厳しい掟のひとつだった。

 郷中教育とは、16世紀に薩摩藩の外城制度が確立した後、地域において行われた教育のシステムである。
 藩士を二才(にせ、15歳~20代半ば)と稚児(6・7歳~14歳)に分け、集団で先輩が後輩を指導する。
 「山坂達者」で心身を鍛え、示現流剣術を習得した。「日新公いろは歌」の暗記も大切な教育のひとつで、その精神は維新後の鹿児島の教育にも継承された。

009  日新公(じっしんこう)は、薩摩中興の祖といわれた伊作家第10代の領主島津忠良の出家名。長男貴久を助け薩摩・大隈・日向の三州を統一した。
 貴久はその後、島津15代の当主となり16代義久、17代義弘と続く、戦国大名島津氏の基礎を固めた。義弘は、あの関ヶ原の戦いで敗れた西軍に加わり、徳川の陣を敵中突破して薩摩に帰国した領主である。

010_640  「日新公いろは歌」は、忠良が出家して加世田(現南さつま市)の別府城で隠居生活を送っている時に詠んだ47首の歌である。
 荒みきった戦国の世の人々に、こころの拠り処となる実践道徳の道を示したものだった。

 「いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし」
 (昔の聖人の教えや学問を口に唱えるだけで、これを実行しなければ何の役にもたたない)
 この題1首から始まる「いろは歌」は、薩摩藩教育の金科玉条となった。

 「はかなくも明日の命をたのむかな 今日も今日もと学びをばせて」
 「敵となる人こそはわが師匠ぞと おもいかえして身をもたしなめ」
 「ひとり身をあわれとおもえものごとに 民にはゆるすこころあるべし」

 そして「議をいうな」は、
 「私を捨てて君にしむかわねば うらみも起こり述懐もあり」
 からきたキーワードである。
 「述懐」つまり「ぐち」や「言い訳」は言わないこと、不言実行の教えを意味し、親に対する子の心構え、学校や社会に出て、学問や技術を習う際の師に対する心構えである。

011_640  「いろは歌」が生まれたわが故郷・加世田では、毎年「日新公いろは歌カルタ取り大会」や「いろは歌ふれあい散策フェスタ」が、菩提寺でもあった竹田神社(日新寺)を中心に開催されている。
012_640  日新公の墓所もある「いにしえの道」には、「いろは歌」の歌碑や貴重な文化遺産が並んでいる。

 そして東京・渋谷で出版業を営む先輩は、子供むけの解説付き「いろは歌集」を出版して、毎年全国の小・中学校に無償で送っている。
 「議をいうな」の実践例といえよう。

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March 18, 2009

1195.さつま今昔

008_640  むかし、むかし・・・と言っても「明治100年!」の年だったが、鹿児島の風土・人物・伝統・歴史を再発見しようと、テレビ番組を制作した事がある。
 「チェスト!いけ~鹿児島再発見」から「薩摩隼人~鹿児島の男性像」まで、キーワードをタイトルにして43回のシリーズを組んだ。

 先日、同郷の友人達と酒を酌み交わした際この事が話題となった。つまり「平成の御世」から再考すると、どんなエピソードが生まれるか、というのである。
 そこで当時の台本をひっくり返し、徒然に「想い」を綴ることにした。(不定期連載)

 当時、一緒に各地を歩いて撮影を引き受け、資料写真を整理してくれたのは、今は亡き写真家の島津忠敬さん。昨年NHKの大河ドラマで全国区になった「篤姫」の一族、今和泉島津家の末裔である。
 いくつかのモノクロ写真も手元にあるので、一部掲載しよう。

 なおこのテレビシリーズは、のちに本にまとめられたが、もう手に入れる事は出来ないだろう。

  「チェストいけ!~鹿児島再発見」

 番組のプロローグである。このキーワードが、薩摩人の気質を一言で言い表している。
 「チェスト!」は英語でも日本語でも、ましてや「カゴッマ弁」でもない。使命に向かって突撃する時の気迫・掛け声なのだ。

006_640  昨年の春には、同名の映画も公開されたが、これは鹿児島・松原小で行われている伝統行事「桜島遠泳」をモデルに、今も残る薩摩の教育のあり方を描いたものである。

 映画を企画したプロデューサーは、鹿児島出身者ではない。中学生の子供を持つ親として予てから「教育」に関心を持ち、それをテーマにした作品を制作したいと取材を進めていた。
 そのアンテナに引っかかったのが「薩摩の郷中教育」である。それは決して古臭いものではなく、現代の教育から失われつつあるものを残していると直感したという。
 オーデションで選ばれた鹿児島の子供たちと、高嶋政宏や松下奈緒、榎本孝明らが演じた「チェスト!」は、鹿児島だけでなく全国的にもヒットした。

 鹿児島は周囲を海に囲まれ、西は中国大陸、東はアメリカ大陸!、南は沖縄を経て東南アジアへと拡がる風土は、独立独歩の気概を生む。
 隼人・熊襲と呼ばれた時代から、中央権力に抵抗して反骨心を蓄えてきた。

 歴史的な評価は別として、薩摩人は中央権力と四度の戦をしたといわれる。「隼人の乱」に始まり、関ヶ原での徳川との対決、そして「明治維新」「西南の役」である。1勝3敗の戦歴だが、日本でこんな地域は他にない。

 「チェスト!」に象徴される薩摩人の気質が、戦いで優れた人材を失いながらも、これまで数々の武人や文人、政治家や財界人、学者、芸術家を生んできたのだ。

 「チェスト!」に連なるものとして、「議をいうな」「泣こよかひっとべ」という言葉がある。それぞれテレビのタイトルとして各論を展開したが、次回以降のキーワードとする。

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March 17, 2009

1194.カフーを待ちわびて

04_1024x768  沖縄の離島を舞台にすると、癒しの作品が生まれる。この映画も伊是名島が原作のモチーフとなった島だが、ロケは渡名喜島や名護で行われたようだ。
 真青な空、エメラルドの海、珊瑚礁に打ち寄せる波、白い砂浜、エイサーの太鼓のリズム、映画で語られる沖縄言葉は「ゆるり」とした空気を醸し出す。

 第1回日本ラブストーリー大賞を受賞した原田マハの同名小説を、「ハブと拳骨」('06)の中井庸友監督が映画化した。
 脚本を書いたのが、泣かせるテレビドラマ「東京タワー」の大島里美。ラスト15分はオリジナルである。

 子供の頃はいじめられっ子、母親は駆け落ちして島から出て行った。その島で「カフー」という犬と暮らす不器用な青年が主人公である。
 青年が、内地のお宮で書いた「お嫁においで」の絵馬。それを読んだ謎の女性が、突然島にやってくる、「お嫁になりたい」と。

 「カフー」とは沖縄の古語、「果報」「良い知らせ」「幸せ」を意味する。
 そのカフーを待ちわびる青年に、女性は「カフーアラシミソーリ」(幸せで、ありますように)とささやく。現代のお伽噺がこうして綴られる。

330922_01_03_03  主人公の青年が、恋愛映画初主演の玉山鉄二。大河ドラマ「天地人」で、上杉景虎を演じて人気上昇中の彼である。
 謎の女性は、マイコ。アメリカ生まれの彼女は「山のあなた 徳市の恋」に続く2作目のヒロイン役である。神秘的な透明感のある存在である。

20080623003fl00003viewrsz150x  会話は前編、「沖縄語」かあの「ちゅらさん」で有名になった「沖縄標準語」である。だから「おばあ」役の瀬名波孝子や尚玄など、沖縄出身俳優の演技が光る。
 そしてもう一匹、「カフー」と呼ばれる黒い犬が活躍する。

 エイベックス・グループが核となってチームを組んだが、上映館に恵まれず公開2週間で打ち切られるケースも多い。
 佳作だけに残念である。

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March 16, 2009

1193.春・浜離宮

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090310_010_640090310_013_640090310_014_640  春の陽気に誘われて、散歩に出かける。
 築地の浜離宮恩賜庭園のお花畑は、今菜の花が満開。
 30万本の花で、庭園は菜の香りに満ちていた。

  菜の花や 月は東に 日は西に
  菜の花や 皆出払ひし 矢走船
  菜の花や 昼ひとしきり 海の音
                蕪村

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090310_024_640090310_025_640 梅の花は散り際だが、代わって桃の花が満開だった。
 桜は今月末からソメイヨシノが、来月中旬になるとサトザクラの季節になる。
 4月1日からは、ライトアップされるそうだ。

 「春のうららの隅田川・・・♪♪♪」と、帰りは河畔を散歩する。
 空は、春の雲である。

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March 14, 2009

1192.ジェネラル・ルージュの凱旋

Wp1_1_2  外科医出身の作家・海堂尊のベストセラー3作目の映画化。昨年公開されてヒットした医療ミステリー「チーム・バチスタの栄光」の続編である。
 前回は、心臓外科の現場が舞台だったが、今回は救命医療センターをめぐってミステリーは展開する。

332616view010  ジェネラル・ルージュ(血まみれの将軍)の異名を持つ大学病院の救命医療センター長(堺雅人)に、「殺人と収賄」の疑惑が持ち上がる。
332616_100x100_001  そして前回同様凸凹コンビの登場である。凹は病院の窓際医師・グチ外来の精神科女医(竹内結子)、凸は厚生労働省のキレモノ官僚(阿部寛)。院長(国村隼)の内命を受けて、調査に入る。

332616_100x100_009  そこには、医師間(山本太郎、高嶋政伸、平泉成ほか)の確執、病院経営と医療、そして産科・小児科の医師不足、ベッド不足、救急患者のたらいまわし・・・・と、現代医療の抱える様々な問題が露呈してくる。

 骨太な作品である。救急医療体制の危機をスリリングにかつストレートに描く。今油の乗り切った中村義洋監督(「アヒルと鴨のコインロッカー」「チーム・バチスタの栄光」)は、奇を衒うことなく真正面から撮っているので、清清しい心地がする。

 実質的な主役である堺雅人が、上手い。独断専行、自己中心的な医師の存在があって、初めて人命が救われる事を、如実に見せる。

 クライマックスとなったショッピング・センター大火による院内ロビーの野戦病院化は、岐阜大学付属病院で500人のエキストラを交えてロケした。この中には、多くの現役医師も交じって実戦さながらの展開となったという。

 JR西日本の列車脱線事故で知られるようになった「トリアージ」(救急医療の優先順位の色別化)、病院の倫理委員会、そして救急医療体制の現実など、 埼玉医大の高度救命救急センターの全面協力によって、医学的な裏付けもきっちりとなされている。

 「ジェネッル・ルージュ」の本当の意味は、ラストに明らかにされる。

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March 13, 2009

1191.東京道産酒の会

 1984(昭和59)年4月6日にスタートした東京道産酒の会が、200回を迎えた。夏と正月を休んで年8回の例会だから、四半世紀も続いたことになる。
 もともと札幌で転勤族の有志が集まり、地元の酒と肴を楽しんだ会が始まりで、帰京後北海道を懐かしんで、集いを持った。
 東京の会は、そうした転勤族だけでなく北海道出身者や、彼の地に強い郷愁を持つ人たちが、会員の推薦で加わった。

090312200_007_640  昨夜の集いは、200回を記念したいくつかのイベントで盛り上がった。

 会の代表世話人から、25年前の思い出話そして乾杯。北海道知事からのメッセージのあとは「鏡開き」と続く。
 この樽酒を、昨夜は出席者みんなで飲み干すのである。

 200回の記念講演は、元東京商船大学教授で医学博士の橋本進さんにお願いした。
 橋本さんは、運輸省航海訓練所の練習船の船長も経験し、33年前のアメリカ建国200年記念・オペレーションセールには、「帆船日本丸」のキャプテンとしてニューヨーク往復2万海里を航海した。

090312200_015_640  「日本が海外貿易のため外国航路に運航している船、いわゆる日本商船隊は現在およそ2200隻。総トン数では8800万に上る。この数字は前年の1割増、それだけ輸出入が増えているのだが、残念ながら日本に籍を置く船は、わずか95隻しかない」
 「最もピークだった昭和55年は、日本船籍が1176隻と全体の47%を占めていたのだから大変な減少である」
 「当然船員の数も、外航に限ればピーク時の5万7000人が2650人と激減している。つまり、日本の貿易は外国船籍の船と外国人船員に依存しているのが現状だ」

 「こうした現状から、日本では商船教育を重視しない傾向が出ている。とくに『帆船実習』を時代遅れと指摘する声が多い。新しい帆船日本丸を建造する時も、時の大蔵大臣は『ロマンにかける金は無い』と予算の増額には消極的だった」
 「しかし、世界各国とくに海洋立国をモットーとしている国は帆船教育に力を入れている。それは船の運航という技術教育だけでなく、人間と大自然の共存、人間として生きていくために必要な生活習慣と国際人としてのマナーを教えるためである。」
 「帆船のマストを登り、手にマメを作り、汗を流して、仲間が一体となって船を動かす。こうした集団生活の中から、船員としてだけでなく社会に役立つ人間が育っていく。」

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 東京道産酒の会では、恒例のイベントとして毎回「利き酒会」を行っている。
 昨夜は、これまで優勝を経験した会員20名によるチャンピオン大会を実施。
 ところがさすがベテラんの皆さん、6回戦で3人まで絞られたが後は勝ちを許さず、9回戦に縺れ込んでゲームセット。世話人協議の末、3会員ともチャンピオンに決定した。

 音楽はいつものように、中山育美さんのピアノを中心に、ギター阿部寛、トランペット下間哲のみなさんで「ハーバーライト」「オーバー・ザ・ウエイブス」「スター・ダスト」「浜辺の歌」。

 「北の誉れ」の樽酒の肴は、「数の子松前漬け」「鯛とホタテのお造り」「氷下魚の若狭焼き」「烏賊と馬鈴薯、南瓜の煮物」「独活と蕗の蕾の天麩羅」「ほっけのつみれ汁」と、北海道の食材が満載。 

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March 12, 2009

1190.オーストラリア

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 壮大で美しいオーストラリアの大自然、ロングに引いたカメラが大河ロマンの叙事詩を紡ぐ。
 砂漠、森林、渓谷、岩山と、オーストラリアそのものが、人の心を変えていく不思議なオ-ラを発する。

331364_100x100_007_2   イギリスの貴族・レディが、夫を捜してオーストラリアにやってくる・・・。話はここからスタートする。しかし、夫はもうこの世にはいない。そしてレディは1500頭の牛を引き連れ、過酷な土地を9000キロ、ダーウインまでの大陸横断の旅に出る。カーボウイとアボリジニの子供と共に。

 オーストラリアの映画人が、総力を上げて製作した作品である。
 監督・原案・脚色・製作のバズ・ラーマンは、もともとオーストラリアのオペラ演出家。「ダンシング・ヒーロー」('92)で映画デビューした後、「ロミオ&ジュリエット]('92)「ムーラン・ルージュ」('01)などの話題作を監督している。
 共同制作で美術・衣装を担当しているのはパートナーのキャサリン・マーティン。「ムーラン・ルージュ」では、アカデミー美術賞・衣装賞の二つを受賞している。

331364_100x100_001331364_100x100_008   そして主役の二人、ヒロインのレディはラーマン監督の秘蔵子ニコール・キッドマン。「めぐりあう時間たち」のオスカー女優、いまハリウッドで最も輝いているオーストラリア女優である。
 相手のカーボウイはヒュー・ジャックマン。「Xーメン」シリーズの彼も、もちろんオーストラリア出身。

 敵役となるデヴィッド・ウエンハム(「ムーラン・ルージュ」)、ブライアン・ブラウン(「愛は霧の彼方に」)もオーストラリアの名優達。
331364_100x100_014  アボリジニの呪師デヴィッド・ガルビリル。その孫役はオーディションで選ばれたアボリジニの少年、ブランドン・ウオルターズ。彼の自然のままの演技が、主役二人を浮かび上がらせる。

 大味なアドベンチャー・ロマンスとの評もあるが、そのクラシカルなテーマと映像の独創的な美が、見るものを捉える。
 ただ1940年代が作品の時代だから、「日本」はダーウインを攻撃した敵役となる。

Australia_jap  先月末、有楽町のマリオンで開催された「オーストラリア・ジャパンプレミアム」は、大勢の映画フアンが押しかけ黒山の人だかりだった。
 ニコール・キッドマン、ヒュー・ジャックマン、それに監督のバズ・ラーマンが来日して、会場に顔を見せたそうだ。
 こちらは同じマリオンの「チェンジリング」を見に行ったのだが。

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March 11, 2009

1189.ヘブンズ・ドア

011_640  今月3本目の日本映画である。
 といっても、冒頭からタイトルは英語、出演者はローマ字である。海外への配給を狙った作品かな、と思ったがそうでもなさそうだ。
 実は、国際的なコラボレーションによって製作された日本映画なのだ。

51laycyepl__sl160_  原案となったのは、1997年ドイツで製作され大ヒットした映画「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」。トーマス・ヤン監督がボブ・ディランの名曲「天国の扉」のイメージを映画化した。
 末期病棟の二人の男性患者が、死を目前にして海を見たいと最後の旅に出る。盗んだ車が、実はギャングのボスのベンツ。車の中からは大金が・・・・、というストーリー。

 リメイク・日本版は、「デトロイト・メタル・シティ」を書いた大森美香が主役を男と少女に代えて脚色する。
 そして「『のこり3日の命』と宣告された男と少女が、人生の最後に<最高のエンディング>をめざして疾走する青春ロード・ムービー!」(公式ブログ)となった。

 監督したのはアメリカのマイケル・アリス。日本に滞在してアニメ「鉄コン筋クリート」を作り、海外!でもその才能が認められた映像作家である。

 音楽もまた海外である。イギリス・テクノ界の重鎮プラッド。そしてラストの主題歌は、ボブ・ディランの「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」をアンジェラ・アキが日本語詞にして歌い上げた。

331731_01_02_02  もちろん出演者は、全員日本人の俳優である。
 好き勝手に生きてきた風来坊の男に、「真夜中の弥次さん喜多さん」('05)の長瀬智也。病院暮らしで外の世界を知らない少女に、「犬と私の10の約束]('08)の福田麻由子。
 ほか、三浦友和、田中泯、長塚圭史、大倉孝二、土屋アンナ・・・。

20081017007fl00007viewrsz150x  「自分はなぜ生まれたのか」「自分はなぜ死ななければならないのか」
 この重いテーマを、精一杯「生ききる」二人に託して描く。

 14歳の福田麻由子が抜群の演技を見せる。 

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March 10, 2009

1188.旭山動物園物語

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 今や北海道ツアーの目玉ともなった旭川市の「旭山動物園」。珍しい動物が飼われている訳ではないが、上野動物園を抜いて日本一の入場者数を誇る。
 ここでは世界でも珍しい、動物の生態をそのまま見せる「行動展示」が話題だ。
 しかし数年前までは、市財政のお荷物として廃園寸前まで追い込まれた。その動物園の再生に奮闘した、園長と飼育係と動物たちの物語である。

 監督はマキノ雅彦、「寝ずの番」「次郎長三国志」に続く三作目。TVドキュメンタリーで旭山動物園の苦闘を知り、TVドラマで園長を演じたマキノは、2年前から映画化を構想し、日本各地の動物園で動物たちの生態記録に取り組んだ。
 また園長や副園長、飼育係りに度々会って話を聞く。彼らの語る十数年の苦労とエピソードが、フィクションとなってスクリーンに甦るのである。

 テーマは、はっきりしている。
  野生の動物は種を保持するために、弱肉強食が本能である。変異種は、群れから追われる。
 人間だけは、弱い者、異形の者でも個性として活かす叡智をもっている。いや、そうでなくてはならない。

330766_100x100_001  園長をモデルにした役は、西田敏行。「もっと2枚目だったらなー」と園長にからかわれたが、ピッタリの役である。
 現副園長は当時の新米飼育係として登場、中村靖日(「しゃべれどもしゃべれども」'07)が演ずる。
330766_100x100_003  飼育係には、動物以上に強力な個性を持った役者さんたちが、ズラリと並ぶ。長門裕之、六平直政、塩見三省、岸部一徳、柄本明とマキノ組の面々だ。
 そして紅一点は前田愛(「ブルゴギ」'07)。
 ほかに市役所の上司、笹野高史。市長、萬田久子。

330766_100x100_005_3330766_100x100_008_2   「空へ向かって飛ぶペンギン」「雪合戦する象」「観客めがけてダイブするガラス越しの白熊」「お腹すかしたメスにバナナを手渡すカップルのオスチンパンジー」・・・・・。根気よく粘った映像である。
 「芸」をするプロの動物は決して使わなかったロケは、まさにマキノの拘りだった。

 「あらしのよるに」で出版文化賞を受賞した人気絵本作家あべ浩士も、12年前まで25年間ここで飼育係を勤めた。彼をモデルにした役は、柄本明が粉して動物紙芝居を見せる。
 作品の中にも登場する、あべ浩士のペンギンが微笑ましい。

 モデルの園長も今月が定年。映画では一足早く、西田が動物たちの砲吼に送られて園を去っていった。

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March 09, 2009

1187.少年メリケンサック

51afltm6axl__sl160_  脚本家・俳優・舞台演出家「クドカン」こと、宮藤官九郎の映画監督2作目は、パンク・グループ「少年メリケンサック」の世界。
 自らもパンク・バンド「グループ魂」のギタリスト?として活躍しているクドカンだから、お手のものかもしれないが、ともかく面白い。
 興業成績も、現在上位をキープしている。

 凶悪なオヤジ・パンク・バンドを引き連れて、全国ツアーに出かけた気楽な音楽プロダクションの契約OLが、映画の主人公である。
 ダメオヤジ4人組対ダメOLの物語ともいえる。

20081103002fl00002viewrsz150x  その主人公が宮崎あおい。大河ドラマ「篤姫」収録中のスタジオを抜け出してロケに。篤姫とは全く正反対の弾けた人物を演ずるのだから、精神衛生上もストレス解消に役立っただろう。

330915_01_03_02  一方人間性も崩壊したようなパンクオヤジたちは、以下の四人である。

 まず凶暴で酒浸りのベース奏者が佐藤浩市(「誰も守ってくれない]'09)。  その男と絶縁状態の弟で、牛飼いのオッチャンはギター担当の木村祐一(「252生存者あり」'08)。
 兄弟の死闘に巻き込まれて、半身不随・言語障害になったボーカリストは、田口トモロヲ(「クライマーズハイ]'08)。中卒で元ヤンキー、モヒカン刈りドラマーは三宅弘成(「フラガール」'06)。

 田口はパンクバンド「ぱちかぶり」出身、三宅は現在も「グループ魂」でドラムを叩いているからぴったりだが、佐藤と木村はこの映画のために必死に練習したとか。
 オッサンパンクのライブシーンは、結構サマになっている。

 ほかユースケ・サンタマリアやピエール龍、勝地涼など。久し振りに中村敦夫も顔を見せた。
 そしてメインテーマ「ニューヨーク・マラソン」を「銀杏BOYZ」の峯田和伸がライブ・パーフォーマンスで見せる。

 パンクを知らなくても、パンクの面白さを堪能できる映画。しかも切なくて愛しい。中年以上の男達にとっては、元気出る事間違いなし。
 久し振りのクドカンワールドである。

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March 07, 2009

1186.「1929年大恐慌」の謎

 「オイルマネー」に関わってきたジャーナリストや研究者、石油開発会社・銀行・商社マンたちが、月一度集まって激論を交わしてきた。
 会場は、帝国ホテルの一室にあった、中東の大銀行の東京事務所。酒を交わしながらの情報交換会、20数年も続いたが出席者が高年齢化したため2年前に解散した。

106_640  その会を主宰してきたオイルエコノミストが、当時(1989年)出版した『大恐慌の謎の経済学ーカジノ社会が崩壊する日』(ダイヤモンド社)が、20年ぶりに改訂・改題されて書店に並んだ。
 先日「黒瀬」に当時のメンバーが顔を揃え、久し振りに激論を闘わした。

 本の著者は、前東京国際大学教授の関岡正弘さん。東大工学部と経済学部を卒業、石油開発会社に身を置きながら、石油産業・国際石油情勢・メジャーとOPECについての分析・評論を続けてきた。
 研究会をスタートした頃から、経済学に研究領域を広げ、マネー・金融を中心に新しい経済学の確立に取り組んできた。

 『「1929年大恐慌」の謎』の再刊をコーディネイトしたのは、ノンフィクション作家・評論家の関岡英之さん、著者の長男である。
 彼は「まえがきに代えて」と、冒頭に再刊の意義を述べる。

 「『百年に一度』あるいは『大恐慌以来』などという枕詞で形容される、アメリカ発の世界経済危機が現在進行中である。書店の店頭には、すでにおびただしい関連書が並んでいる。・・・・・(しかし)今回の経済危機の背景を理論的、経済学的に解明しようとしている書物は以外に少ない。」

 「本書の著者は、・・・・・・・・『現在の経済学は大恐慌の原因を解明するための有効な理論を持っていない』とため息をつく。そして無謀にも独自の視点で大恐慌の発生メカニズムを解明せんと勇猛果敢に踏み込んでいく。」

 著者もまた再刊の「あとがき」で次のように述べる。この部分については、先日の久々の会合でも議論になったテーマである。

 「本書で私が提起したのは『大恐慌の前には大投機が発生していた。ならば大恐慌は大投機の崩壊現象ではないか』という極めてシンプルなロジックですが、そもそも投機とは何かということを解明する必要があります。投機はM→X→M´と表現できます。Mはマネー、Xはマネー以外のものです。投機はXすなわちなんらかの媒体を介してMの増殖、つまりM<M´を期待する行為です。」

 「そこで次にマネーとは何かということ・・・・、私は世界史を学び直してみて、マネー事態も人間の価値観が仮託された媒体なのではないかと考えました。媒体とされたのは長らく貴金属でしたが、、今から約300年前にロンドンで信用創造という画期的なシステムが形成されてから・・・・、マネーは貴金属の有限性、物理的制約から解放され、銀行預金という帳簿上の数字に過ぎない抽象的な媒体に仮託され、信用創造というシステムによって自己増殖するようになったのです。」

 20年前に書かれたこの著書の最終章は「大恐慌の再来はあるかー恐慌は投機に始まり、破滅に終わる」。

 「投機に参加していない一般のひとたちにとって、最大の問題は、大恐慌そのものではなく、大恐慌がほぼ必然的に大不況につながるという点にある。・・・・・大不況の災厄は、誰も逃れることができない。そればかりか、1929年の歴史的教訓によれば、大不況は、マネーや資産をもたない大衆に最も大きな災厄をもたらすのである。」
 と結ぶ。

  関岡正弘著『「1929年大恐慌」の謎』(PHP研究所刊)
                  定価:本体1800円

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March 06, 2009

1185.ディファイアンス

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 「チェンジリング」と同じくこの作品も、実話の映画化である。
 第二次大戦下の東ヨーロッパで、シンドラーに並ぶ1200人のユダヤ人の生命を救った「ビエルスキ3兄弟」の、タイトルが示す「抵抗(ディファイアンス)」の物語である。

 戦後アメリカに渡った長兄と次兄(三男はソ連軍に入隊して戦死)は、この事実を語ろうとせず、ひっそりと歴史の闇に消えつつあったが、一人の大学教授が生存者を追って、1993年に「抵抗」と題して出版した。
 その本を読んだ、「ラスト・サムライ]('03)「ブラッド・ダイヤモンド」('06)のエドワード・ズウイック監督が脚本を書いた。そして自ら製作も担当して映画化したのだ。

 舞台はベラルーシの極寒の森の中。ナチスの虐殺を逃れ、ポーランドから隣国の森に逃げ込んだユダヤ人たち。両親と妻子全てを処刑された3兄弟は、幼い末弟を連れて森に潜む。
 「俺たちは追われる獣ではない。可能な限り人間らしく自由に生き、人間らしく死にたい」と抵抗運動を組織化し、ナチスはもちろんその支配下にあった地元警察に立ち向かう。
 終戦までの3年間、彼らは3兄弟の指揮のもと飢えと寒さの中、森を転々としながら病院や学校まで持つコミュニティーを築き上げた。
 現在、3兄弟によって救われた人々の子孫は、全世界に数万人に上るという。

332706_100x100_001  抵抗組織のリーダーで、元商人の長男は、ダニエル・クレイグ(007新シリーズのポンド役)が演じ、強さと弱さ、優しさも備えた人物像を見せる。
 兄の優柔不断さに不満を持ち、いつも対立する次男は、リーヴ・シュレイバー(「コレラ時代の愛」'07)。
 間に挟まりながらも、二人を支える三男は、ジェイミー・ベル(「ジャンパー」'08)。
 森の中で長男に恋し、生涯の伴侶となった女性はアレクサ・ダヴァロス(「ミスト」'07)。

332706_100x100_005  現在独裁体制下にあるベルラーシでのロケは適わず、隣国のリトアニアでほとんどの撮影を行った。ここビリニュスも、ナチによるユダヤ人大量虐殺のあった地で、生残りの子孫達がエキストラなどロケに協力したという。

 「レッド・ヴァイオリン」でアカデミー賞作曲賞を受賞した、ジョシュア・ベルのヴァイオリンが3兄弟を静かに讃える。

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March 05, 2009

1184.フェイクシティ

009_640  「フェイクシティ~ある男のルール~」という長いタイトルは、日本の配給会社が付けたもの。説明的過ぎる題だが、原題は「STREET KINGS」とあっさりしている。

 「フェイクシティ(いつわりの都市)」とはロサンゼルスのこと。「チェンジリング」が1920年代のロス市警の腐敗を描いていたが、こちらは現代のロス市警の腐敗である。
 こうした権力の腐敗に、孤立無援で立ち向かう作品をクライム・アクションというが、まさにその通り。
 アル中でわけ在りの刑事、孤独でクールでハード。そして「悪」は最も近いところにあったという、御馴染みのパターンである。

 というのも、原作・脚本がロサンゼルスに住むベストセラー作家ジェームズ・エルロイだからかもしれない。「L.A.コンフィデンシャル」や「ブラック・ダリア」など手がけ、犯罪小説・警察腐敗ものの第一人者といわれていう。
 そして監督も、今回が2作目となるデヴィッド・エアー。警察内部の権力機構の腐敗を、一貫として描いてきた脚本家なのだ。

 こうした警察内部の腐敗を描く作品だが、ロス市警OBたちが協力しているのが面白い。またロサンゼルス市内のロケに、当局が協力しているのがアメリカ的だ。

332001_100x100_010  今回のアル中でクールでハードな刑事は、キアヌ・リーブス。妻を寝取られ死なせてしまったトラウマ持ちである。しかしこれまでのわけあり刑事同様、ガンさばきは滅法上手い。
332001_100x100_008  その彼を指揮する上司の本部長が、「ラストキング・オブ・スコットランド]('06)でオスカーを獲ったフォレスト・ウイテカーとくる。
 さらに二人に絡むのが、ロス市警内部調査警部のヒュー・ローリー。監督・作家・作曲家としても知られる、イギリスの演技派俳優である。
332001_100x100_002  女優陣は、殺された元相棒の妻に、ナオミ・ハリス(「パイレーツ・オブ・カビリアン」シリーズ)と恋人役のマーサ・ヒガレタ(メキシコを代表する女優)の二人。

 本が書かれたのは、'98年の「ロドニー・キング事件」の直後。あのロス黒人暴動の発端となった、ロス市警のスキャンダル事件である。それを10年後のロサンゼルスに持ってきた。
 まだまだ腐敗の芽は、残っているのだろうか。 

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March 04, 2009

1183.チェンジリング

007_640  ハリウッドのトップスター、アンジェリーナ・ジョリーが「強いシングルマザー」を演じて、今年のアカデミー賞主演女優賞にノミネイトされた作品。
 惜しくも賞は逃したが、実生活でも母親である彼女、文字通り役を演じきった。

 彼女をこの役に引き出したのが、アカデミー賞監督クリント・イーストウッド。「許されざる者」('92)「ミリオンダラー・ベイビー」('04)で作品賞・監督賞受賞、「ミスティック・リバー」('03)「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」('06)がノミネイトと、次々と話題作を生んでいる。

332551_100x100_002  突然息子が失踪、発見され警察がつれてきた子供は別人だった・・・・。1928年アメリカ・ロサンゼルスであった実話である。
 脚本家J・マイケル・ストランジスキーが焼却処分直前の「クリスティン・コリンズ事件・市議会聴聞会記録」を手に入れた。
 彼は、「自分の息子に何が起こったのか」と、どんな妨害にもめげず死ぬまで息子を捜し続けた母親の強さに感動し、同じ頃生じた「連続少年誘拐殺人事件」と絡めて脚本にした。
 事件の背景には、当時の堕落した警察権力と市政、それと闘った市民の運動もあった。

 この脚本を読んで映画化を考えたのは、「ビューティフル・マインド」('01)でアカデミー賞作品・監督賞を受賞したロン・ハワード監督。イーストウッドに持ちかけて自らは製作を担当したのだ。

332551_100x100_009  イーストウッドがジョリーと組んだのは初めてだが、彼女を支援する牧師役に、「ザ・シークレッド・サービス」で共演した友人のジョン・マルコヴィッチを持ってきた。
 ほか製作・撮影などのスタッフは、「ミスティック・リバー」以降のイーストウッド・チームが加わり、息の合うところを見せている。
 プロダクション・デザイナーも常連の日系人、ジェームズ・J・ムラカミが担当している。

 アンジェリーナ・ジョリーが見せる、1920年代のワーキング・クラスのファッションも見ものだ。
Changeling_5_1280  ローウエストのドレスの上に、大きな毛皮をあしらったコート、大きな釣鐘型の帽子を目深にかぶり、手編みの長手袋をはめる・・・・・。
 モノトーンに近い映像の中、ジョリーの真っ赤な口紅が、母親の強さを象徴している。

 

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March 03, 2009

1182,土門拳の昭和

102_640_2  激動の昭和を記録し、日本写真史上に巨大な足跡を残した土門拳。その生誕100年を記念した写真展が、日本橋三越で開催されている。

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 昭和10年代に報道写真家として出発した彼は、当時の世相を鋭く写しだすと同時に、仏像や文楽などの「静」をも捉えた。

103_640  戦後はリアリズム写真を唱導し、「ヒロシマ」「筑豊のこどもたち」「風貌」「江東の子供たち」などを発表した。
 50歳の時脳出血で倒れたが、回復後は彼のライフワークともいえる「古寺巡礼」を撮りつづけ、5巻にわたる大写真集にまとめた。
 その後再び脳血栓で倒れるが車椅子で現場に復帰、10年間も全国各地を撮りつづけた。

105_640  今回の展示は、「戦前・戦中の仕事」「戦後日本の歩みとともに」「風貌」「日本の美」の四つにわけて精選された250点の写真を展示、土門拳の全てを綴っている。

 一度は何処かで見た事のある懐かしい写真も多く、訪れた人達は写真を指差しながら昭和を語っていた。
 なお、全作品7万点余りは、彼の生まれ故郷・山形の酒田市にある土門拳記念館に保存されている。

 生誕100年記念写真展「土門拳の昭和」は、8日日曜日まで。入場料は900円。 

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March 01, 2009

1181.ブレトン・ウッズの黄昏(16)

         IMFの理想

036  『半枢軸国の貨幣制度案の意義とわが国の地位』と題した一冊の本が、終戦の年の8月に刊行されている。著者は大内兵衛、おそらく「戦後のIMF体制」について総括的に書かれた本としては、世界でも最初のものに違いない。

 戦時中、治安維持法で大学を追われていた大内兵衛は、日銀調査局の顧問を勤めていた。当時の日銀総裁・渋沢敬三が招いたのである。彼は、銀行家であると同時に典型的な文化人で、ひそかに恩師でもあった大内博士を顧問として迎え入れたのである。

 大内は調査局で「第一次大戦後のドイツ・インフレーションの研究」を、スタッフと共に進めていた。渋沢総裁もすでに敗戦を予測しており、戦後生ずるであろう超インフレの対策を考えていたからである。

 スタッフといっても、呉文二(後の立正大学教授)、赤松正章(同じく大垣共立銀行頭取)、吉野俊彦の三人で、「閉鎖されていた図書室で、もっぱらドイツ・インフレーションに関する基礎文献を、先生の指導で読む」(吉野)毎日だった。
  しかし、こうした研究が基となって、終戦後の10月17日のNHK放送「渋沢蔵相に与う。インフレーションに対決するため蛮勇をふるえ」の、あの有名な大内談話が生まれるのである。

 大内兵衛が、日銀調査局のスタッフと取り組んだもう一つの研究、それが「ブレトン・ウッズ協定」の分析だった。
 「やがて日本もこの新しい国際通貨体制に加盟しなければならない」と彼は考え、「ベルリン情報」をはじめ日銀調査局が集めた全ての資料を駆使して、論文を書き上げた。

 大内は、マルクス経済学派の学者だけあって、冷静に「反枢軸国の通貨会議」を受け止めている。
 彼は、「金本位制復活による国際自由主義の再提唱は、ドル帝国主義の思想である」と批評するドイツのフンク蔵相や、「米英の意図は、戦局の苛烈さと困難から自国民の目をそらし、反枢軸国をして米英の勝利を幻想せしめんとする謀略」と決め付ける当時の石渡蔵相を、青白きインテリのヒステリックな発言と批判した。

 そして「この会議の世界経済的な意味を政治問題化せず、協定の持つ理想にも目をむけるべきだ」と、スタッフたちに忠告した。
 彼の言う理想とは、世界各国の相互協調であり、人民の経済的自由の拡充、それによる世界経済の発達である。

 彼は、「貨幣は金でなければならぬ」という信念をもっていた。論文は「金本位をすて、インフレーションの道を選んだ国ほど、経済力を失っていった」と、第一次大戦後を分析し、第二次大戦は「インフレーション競争曲最後の段階」と述べる。

 なかでも「円ブロック」と「マルクブロック」は、ポンド・ドルブロックに比べインフレ率が高く、その点が戦争の緒戦に勝ってもやがて失敗していく経済的理由だと指摘する。そして「これらの点に関する認識について、事実の上に謙虚でありたい」と結ぶ。

 さらに彼は、協定の意義を5つの視点から考えた。
 第一は政治的意義である。米・英両国がそれぞれの案を公表し、お互いに批判しながら一つにまとめ、ソビエトまで引き込んでいくプロセスである。
 彼は「米英の示した政治的見識と度胸と技術は、敵ながら相当の手腕」「それはまさに、勝利者としての意気込み」と評した。

 経済的意義については、マルクス経済学者らしい分析を行っている。
 協定は「国家資本主義への飛躍」であり、「新しい金為替本位制の誕生」をもたらし、「金融帝国主義の新段階」を生み、「完全雇用の理想」を掲げていると、4つの意義を認めた。

 分析はここで中断した。彼は二度目の戦災に会い、自宅に置いてあったいっさいの資料やメモを焼失してしまったのである。
 そして終戦を迎える。彼はいそいで「国際基金案と日本」の稿をおこし、論文を印刷にまわした。

 「このころ、先生は毎日調査局の一室にこもっていました。インフレの進行による財政の破滅を心配していたのです」と、吉野俊彦さんは当時を振り返る。彼もまた、大内兵衛と共同研究をすすめながら「行内資料」を書き上げていた。

 アメリカやイギリスの議会で、「ブレトン・ウッズ協定」をめぐる論議が戦わされていたその時、枢軸国日本でも密かにその検討が行われていたのである。
 しかしそれは、日本銀行の密室の中の、二人だけの孤独な作業だった。

 1952(昭和27)年8月13日、日本はそれぞれ2億5000万ドルを出資してIMFと世界銀行に加盟し、国際経済への仲間入りを果たした。翌14日には、西ドイツも加盟する。
 1981(昭和56)年現在、日本は24億8850万SDRの割当額を持ち、アメリカ・イギリス・西ドイツ・フランスとともに任用理事国となっている。 (完)         

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 IMFの加盟国は、現在185カ国。3520億ドルの出資割当額を持つ。今回の金融危機に対処するため、5000億ドルに増やしたいとストロスカーンIMF専務理事は各国に呼びかけた。
 日本は先日の7カ国蔵相・総裁会議で、1000億ドルの融資を表明した。この結果日本のクオーター(出資割当額)は、全体の31%を占めることになる。

 しかし「ブレトン・ウッズ体制」そのものは、1971年の「ニクソン・ショック」によって大きく変容した。
 アメリカが、25年にわたって巨額のドルを世界中にばら撒いたため、金の保有額を超えドル暴落の危機が迫った。そこでニクソン大統領は、ドルと金との交換停止を宣言したからである。
 さらに一人歩きしたドルは、37年後世界中を金融危機に陥れた。まさに「ブレトン・ウッズ」体制は、完全に終焉したのである。

 「ニクソン・ショック」とその後の「通貨戦争」については、またいつか稿を改めて掲載する。

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