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April 30, 2009

1233.スラムドッグ$ミリオネア

332328_02_01_02  アカデミー賞8部門(作品賞、監督賞、脚色賞など)受賞、ゴールデン・グローブ賞4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、作曲賞)受賞ほか、世界中の映画祭や批評家協会賞を総ナメした映画。
 「世界が選んだ、今年“最高”の1本!!」に、間違いはなかった。

 イスラム過激派の同時多発テロで、今年注目を集めたインド・ムンバイ。クレイジーともいえる生命力や活気に溢れながらも、深刻な貧困と犯罪、宗教問題を抱えた都市である。

 そのムンバイを舞台に「起こりうる"極端"に過酷な経験と、"極端"にロマンチックな愛の物語」を、イギリス屈指の監督ダニー・ボイル(「トレインスポッティング」'96)が撮った作品である。
332328_100x100_005  原作・脚本がいい。インドの現役外交官でもあるヴィカス・スワラップが書いた「ぼくと1ルピーの神様」を、「フルモンティ」のサイモン・ボーフォイがシナリオにした。
 それを読んだボイル監督は、未知の街ムンバイに飛び込んだのだ。

 かってボンベイとよばれたムンバイはまた、世界一の映画製作の街でもある。あの奇妙で唐突な歌と踊り、荒唐無稽なラブストーリー、乱作につぐ乱作で「ボリウッド映画」(ボンベイ+ハリウッド)は、世界の娯楽映画の雄となった。
 そのボリウッドの持つ作品としてのエネルギーが、緻密な構成の中に生かされているのだ。

332328_100x100_002  ストーリーは、既に新聞や雑誌で広く紹介されているので省略するが、スラムドッグ(負け犬・野良犬)と蔑まれる孤児時代を演ずる子役がいい。ほとんど素人だったらしいが、力強くピュア、時にはユーモアたっぷり、笑いを誘う。

332328_100x100_006  青年となった主人公は、ロンドン生まれのテレビ俳優ディーヴ・バテル。その恋人をムンバイ生まれのモデル、テレビキャスターとしても活躍するフリーダ・ビートが演ずる。
 二人とも映画初出演らしいが、彼等を起用したボイル監督の狙いは当たった。

 そしてボリウッド映画のベテラン俳優、アニル・カブール(テレビ司会者役)やイルファン・カーン(警部役)たちで脇を固めた。
 また主人公の兄役として、インドのトップダンサー、マドウル・ミッタルも出演している。

 映画はラストまで席を立たない事だ。最後の最後のエンドロールに、ボリウッドの歌と踊りが、登場する。
 ここで観客は、もう一度感動して映画館を去ることが出来る。

 先日の新聞記事。映画の中で恋人の幼年期を演じた少女が、人身売買されたという話。アカデミー賞受賞によって値が張ったという。
 この映画は、決して"極端"ではなく現実を映し出しているのだ。

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April 29, 2009

1232.花クルー・ツアー・春

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 マンションをバックに、今満開の「ハナミズキ」。別名を「ホワイトラブ」、ミズキのなかではひと回り花が大きい。

 運河沿いに「花・緑・水」をテーマにしたテラス、「晴海アイランド・トリトン・スクエア」。毎年春・夏・秋と、花クルー・ツアーが開かれる。テラスを管理している園芸家の案内で、緑と花を楽しんでいる。

 トリトンには、600種を超える花木が植えられている。ここが再開発されて8年にもなるので、結構大きくなっている。
 今回案内してもらった花と緑のいくつかを、写真で紹介しよう。

090426_008_640090426_009_640090426_010_640  まずは「スイカズラ科ヴィブルヌム属」の
仲間たち。いずれも常緑低木だが、左から「オオデマリ」「西洋カンボク」、右が「ハクサンボク」。
 写真にはないが、もうひとつ「ヴイブルヌム ティヌス」と舌を噛みそうな名前の木があった。

090426_002__640090426_004_640090426_007_640  緑といえば、今「イヌツゲ」が美しい新芽を覗かせている。その鮮やかさから「ゴールデンジェム」と呼ばれるモチノキ科のツゲが、左の最初の写真。
 次はユキノシタ科の「ヒメウツギ」。そしてつる性のバラ「モッコウ」。

090426_011_640090426_012_640090426_013_640   「アメリカハナズオウ」(マメ科)に「オーベニウツギ」「ベニバナトチノキ」。

090426_017_640090426_020_640090426_021_640  左は米粒のような花を咲かせるので「ライスフラワー」。
 真ん中が「ケマンソウ」。花の咲く様子を釣竿と鯛に見立てて「鯛釣草」の別名を持つ。
 右は、春一番に咲く「プリムラ」と「ネモフィラメンジージ」の混咲。

 最後が「キャロライナ・ジャスミン」。つる性のジャスミンで、階段などに這わすとよい。

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 「花クルー・ツアー」はおよそ1時間。ゴールデン・ウイークの一日を、ご近所で楽しんだ。 

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April 28, 2009

1231.ニセ札

332831_100x100_001  左の写真、ニセ札造りの面々。
 前列右は首謀者のひとり、小学校教頭・倍賞美津子。その隣は言いだしっぺの板倉敏之(お笑い・インパルス)。
 後列右から写真屋の木村祐一、首謀者で元軍人の段田安則、その部下で製版の名人・三浦誠己(「闇の子供達」'08)、紙漉きの村上淳(「七夜待ち」'08)。
332831_01_04_03  「ひと村挙げて」計画されたこの「ニセ札偽造」、はたしてメデタシ、メデタシとなったのか。スルリとサスペンス、エンターテインメントたっぷりのお話である。

 監督は、長編初作品の木村祐一。芸人・構成作家・料理人・俳優と日本一多芸な男、キム兄である。
 プロデューサーが、長年温めてきたお話をポイと木村に振って、この映画は誕生した。

 ベースは実話である。
 昭和26年、戦後初めての聖徳太子(千円札)の発行を逆手にとって計画・実施された、戦後最大のニセ札偽造事件「チ・五号事件」を題材にした。
 山梨県のある村で、元小学校長、元陸軍中佐、中国帰りの元海軍主計中尉など、村の名士が中心となって、「村を挙げて」ニセ札を造った。
 総勢21人、1200万円を印刷したが、関係者が多くて企みは洩れ、全員御用。首謀者3人は15年の懲役刑となった。

017  この事件には背景がある。首謀者の元軍人は、中国大陸で「ニセ札作戦」を展開した中心人物。蒋介石政権を経済的に混乱させようと、登戸の陸軍技術研究所でニセ札を印刷してばら大量に撒いたのだ。

 「お国がニセ札を造ったのだから、自分たちが造って悪いわけはない!」と首謀者は嘯くが、木村監督はそれを、「赤字国債」を増刷する「今日の状況」とオーバーラップさせる。
 そして「マネーゲーム」に翻弄される「格差社会」に「お笑いの矢」を飛ばした。

332831_100x100_007  監督の故郷でもある京都に、お話の舞台を移して製作されているが、その村の佇まいがよい。
 その中で主役の倍賞美津子が、生き生きとニセ札造りに取り組む。NHKドラマ「ちりとてちん」に出た青木崇高が、倍賞の知恵遅れの息子役で、存在感を見せる

 エンディングの主題歌は、ASKAが書き下ろした「あなたが泣くことはない」。

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April 27, 2009

1230.ある公爵夫人の生涯

018_640  イギリスの女性作家、歴史家でもあるアマンダ・フォアマンが書いた、伝記小説「ジョージアナ~デヴォンシャー公爵夫人」の映画化。
 原題は「THE DUCHESS」、つまりDUKEと対になる女性名詞「公爵夫人」である。

 18世紀後半、ロンドン社交界のファッション・リーダーであった公爵夫人のスキャンダラスな人生を、絢爛豪華な歴史絵巻と美しいイングランドの古城や田園の中に描いた。

 公爵夫人は、スペンサー家出身の令嬢である。そのスペンサー家からは、20世紀に入ってダイアナが皇太子妃として嫁いだ。そのダイアナ妃も、スキャンダラスな生涯を送り悲劇の死を遂げた。
 この作品は、ダイアナ妃とオーバーラップさせる中で、もう一人の悲劇のヒロインを語るのである。

2009032500000003flixmovithum000  公爵夫人を演ずるのは、キーラ・ナイトレイ。「プライドと偏見」('06)や「つぐない」('07)で、その高い演技力が評価されたイギリスのスターである。
 夫人を、跡継ぎを生むだけの道具としか扱わない公爵は、イギイスのベテラン俳優レイフ・ファインズ(「ナイロビの蜂」'05)。
 公爵夫人の友人でありながら、公爵の愛人となり、妻妾同居の生活をおくるレディをヘイリー・アトウエル(「情愛と友情]'09)。
332661_100x100_013  公爵夫人の不倫の相手、後には首相になったチャールズ・グレイをドミニク・クーパー(「マンマ・ミーア」'08)。
 公爵夫人の母親、レディ・スペンサーはシャーロット・ランプリング(「スイミング・プール」'03)と、イギリスの実力者俳優たちが顔を並べた。

332661_100x100_006332661view008   見ものは何といっても、ナイトレイや他の淑女たちの豪華な衣装である。ヒロインだけでも30着は用意したというが、担当のマイケル・オーナーはこの作品で、今年のアカデミー賞衣装賞を受けた。

 またナイトレイとアトウエルの「タワー型ヘヤスタイル」も見事だ。「エディット・ピアフ]('06)のヘアー・デザイナー、ジャン・アーチボルトが、当時のロンドン社交界のファッションを再現している。
 そしてメイクは、当然シャネル。キーラ・ナイトレイは、シャネルCMの専属俳優だから。

 さてお話の方。
 不幸な結婚生活、愛人との間に生まれた子供とは引き離される。しかしダイアナ妃と異なり、ジョージアナは生涯を全うした。死の際には、夫の愛人になってしまった友人を後妻の公爵夫人にと遺言している。

 イギリスの有名な紅茶、「アール・グレイ」は、公爵夫人の愛人であったグレイ首相の名が由来だそうだ。

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April 25, 2009

1229.丸の内フラワーウイークス

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Imgp7449_640_2Imgp7456_640_2Imgp7452_640_2  丸の内仲通りを中心に、「フラワーウィークス2009」が開催されている。
 会場を全て見ると疲れるので、話題の「丸ビル・藤のお花見ガーデン」と「新丸ビル・5人の薔薇職人」の二つだけにした。

 「藤のお花見ガーデン」は、世界一美しい藤の名所「あしかがフラワーパーク」から運んできたもの。藤棚ではなく、仕立ての藤だった。

Imgp7459_640Imgp7460_640Imgp7463_640   新丸ビルはオープン2周年を記念して、全館ローズギャラリーという演出。
 ミルバ、スイートハニー、ルミエールマーニア、サハラ、タイタニック、シュナベール、ショコラ、シオン、カリエンタなど、120種を超えるバラが、「マイ・ショップ・ローズ・ギャラリ」としてそれぞれの店に飾られた。
 3階では、5人の薔薇職人による選りすぐりのバラが並ぶ。

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 今年2回目の「フラワーウイークス」は、「ジャパンフラワーフェスティバル2009」と併催。国内外の産地から届く、優れた花と緑の競演が明後日の26日(月)まで。

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April 24, 2009

1228.ひとまく会

Kabukiza200904b_handbill   「歌舞伎座さよなら公演」、今月は昼の部が「通し狂言・伽羅先代萩」。仙台伊達藩のお家騒動をモデルにした有名な歌舞伎で評判だが、夜の部も上方歌舞伎の名作が並んで、話題を呼んでいる。

 歌舞伎座4階席で、最後の一幕を楽しむ「ひとまく会」が鑑賞した演目は「曽根崎心中」。近松門左衛門が書いた、最初の世話浄瑠璃である。
 

 人形浄瑠璃としての初演は、1703(元禄16)年の5月、大坂竹本座。ひと月前、大坂・曽根崎天神の森での「お初と徳兵衛心中事件」を、そのまま劇化したもので、今で言うドキュメンタリー・ドラマの先がけである。
 スリリングでリアルな人形浄瑠璃は大ヒット、潰れる直前の竹本座がこれで立ち直ったという。

 歌舞伎の方は16年後の江戸中村座。徳兵衛を二代目市川團十郎が演じたという記録が残っているが、その後途絶えてしまう。
 実質的な初演は、1953(昭和28)年の新橋演舞場。宇野信夫が脚色して、徳兵衛を二代目中村鴈治郎、お初を二代目扇雀(現・坂田藤十郎)と親子で演じ、いわゆる「扇雀ブーム」のきっかけとなった。

 以来扇雀(藤十郎)は、半世紀以上にわたりお初を演じているが、ちょうど千回目の公演が1995年1月16日の大阪中座、阪神大震災の前日だった。翌日も数は少なかったが客が見えたので、曽根崎心中は演じられている。
 
 昨夜の舞台は、1299回目。今日が1300回だが、お初はもちろん藤十郎、徳兵衛は息子の翫雀。
 77歳の藤十郎が20前後の娘に扮し、50歳の翫雀の恋人役を務めるのだから、歌舞伎の世界は凄い。
 場内はただただため息が聞こえた。

 1980(昭和55)年の京都南座で、「曽根崎心中」上演中に祖父である鴈治郎が倒れたため、翫雀は即座に徳兵衛の代役を務めた。以来、父のお初を相手にしての徳兵衛は、彼の持ち役となった。
 その柔らか味のある風情は、和事の立役によく似合い、上方歌舞伎らしい芸を見せてくれる。

 20数年前の大阪勤務時代、よくお初天神を訪ねた。天神横丁に馴染みの店もあり、まだ中村智太郎時代の翫雀、浩太郎の扇雀と盃を酌み交わした事もある。
 その頃、近松門左衛門の書いた浄瑠璃を、テレビドラマ・シリーズとして制作した。人形浄瑠璃の舞台からオーバーラップして、人間の役者の演技に入っていく手法が結構評判を呼んだ。
 そのシリーズ第一回目が「曽根崎心中」だった。 

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April 23, 2009

1227,春陽展

090422_001_exposure_2090422_002_exposure  友人の平田宏さんの絵が初入選したというので、六本木の国立新美術館に出かけた。
 第86回春陽展、美術館の2階の大部分と3階の一部まで50室に展示された大絵画展である。

 これまで美術団体の公募 展に出かけたのは、二科展や東光展それに日展、院展ぐらいで、春陽展は初めてだった。

090422_011_exposure_3090422_009_exposure_2    会場でもらったパンフによれば、この展覧会を主宰する春陽会は、日本でも歴史のある団体のひとつで、1922(大正11)年に結成されている。
 創立当時のメンバーは、岸田劉生、中川一成、梅原龍三郎、木村荘八、小杉放庵、森田恒友ら錚々たる画家たちで、現在も600人の会員を抱えていると言う。

090422_005_exposure_4090422_004_exposure_5  友人の絵は、ジャズの演奏風景を描いたもの。手紙によると、ナベサダグループがモデルのようだが、なにかアメリカ南部のジャズクラブの雰囲気があり、その力強いタッチは70代とは思えない若々しさが溢れていた。

 リタイアした友人・知人で、絵を描き始めた人は多い。中には海外に留学して、絵を学んでいる友人もいる。
 彼らからの案内で、個展や団体展に出かけるのも、老後の楽しみのひとつである。

 「春陽展」東京会場(国立新美術館)は27日(月)まで
 名古屋展(愛知芸術文化センター) 5月26日~31日
 大阪展(大阪市立美術館) 6月16日~21日 

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April 22, 2009

1226.「ことばの伝達力」

112_640  旧知のアナウンサーから著作が送られてきた。「『ことばの伝達力』-教室で役立つ30のヒントー」、生徒の前で話すのがちょっと苦手な先生に、「伝達力」を磨いてほしいという応援のメッセージが付く。

 著者の加藤昌男さんは、元NHKのアナウンサー。10年前から、NHK放送研修センター(日本語センター)で、「先生のためのことばセミナー」を担当してきた。
 アナウンサー歴43年、この道での大ベテランである。

 加藤さんは、日本語センターでの経験から、多くの先生が「ことばを使う職業に就きながら、人前で話すことが苦手」なことに気が付く。
 もちろん、こどものコミュニケーション力を育てる役割は、先生にだけ負わせるものではないが、先生の発する「ことば」は、こどもの思考力、判断力を育てる上で大きな影響力を持つと加藤さんは考える。
 そこで、このヒント集をまとめてみた。

 内容は、「第1章 教室は『ことば力』発揮の場」から「第8章 先生こそボキャブラリーを背景に」まで、登校前の自宅での準備、事業の効果的な「設計」、「対話」のトレーニングの場としての教室、教室以外で問われる「ことば力」など、具体的な30のヒントを提供する。

 この本は「先生用」と帯にも書いてあるが、これから社会人となる大学生には、必読の書である。「敬語のルール」知り、「トカ弁」「的弁」など「若者ことば」からの脱却のヒントが示されているからである。
 また、シニア世代にとっても役立つ。孫たちとの会話の中から、コミュニケーション力を育てるのも、また大切な役割だからだ。

 「ことばの伝達力」に自信のない方は、ぜひこの本を手にとってほしい。

 「ことばの伝達力」(NHK出版刊) 定価1000円+税

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April 21, 2009

1225.レッドクリフ PartⅡ

1024a  時は西暦208年、中国は後漢・献帝の御世。
 地方の覇者・劉備(りゅうび)と孫権(そんけん)の連合軍5万が、武将・周瑜(しゅうゆ)を司令官にそして孔明(こうめい)を軍師にして、南下する後漢の丞相(総理)曹操(そうそう)の大軍80万を迎え撃つ。

 後世に「赤壁の戦い」として伝えられたこの戦闘は、周瑜の腹心・黄蓋の火攻めの計によって連合軍が大勝利、天下は魏・蜀・呉の三国に分かれた。

 この物語の映画化については、ブログ1081~1082号「レッドクリフ PartⅠ」で詳しく述べたので省略するが、主な出演者を一口コメントで紹介しよう。

332747_100x100_006332747view002332747_100x100_022   写真左から、
 闘う心・周瑜(トニー・レオン)
 忠義の心・孔明(金城武)
 野望の心・曹操(チャン・フォンイー)

332747_100x100_032332747_100x100_014332747_100x100_009  孤高の心・孫権(チャン・チェン)
 仁愛の心・小喬(リン・チーリン)
 純真の心・尚香(ヴィッキー・チャオ)
 他、中村獅童、フー・ジュン

332747_100x100_005  「赤壁の戦い」は「史実」だが、「物語」はそれをどうフィクション化したのだろうか。
 ジョン・ウー監督は「信じる心、残っているか。信じる心が、未来を変える」と映画の冒頭にメセージを送る。
 それぞれの生きる場所、戦う意味を作品の中で問うているのだ。

332747_100x100_039  「魏書」によると、曹操軍は15~6万。現地で7~8万調達したが、これはあまり戦力にならない。そのうえ疫病が大流行し、兵士多数が死亡したので、ほとんど戦わずして帰還した。

 「蜀書」によると、劉備軍1万、孫権軍3万の同盟軍は、曹操と赤壁で戦い、大いにこれを打ち破って彼らの軍船を燃やした。

332747_100x100_017_2   「呉書」によると、周瑜と魯粛が左右の督(総司令官)となってそれぞれ1万の軍を指揮。劉備と共同で軍を進め、曹公を討ち破り船に火をつけて引き揚げた。

 「魏」は後の曹操の国、「蜀」は後の劉備の国、「呉」は後の孫権の国。それぞれの国の「史書」もまた、バラエティに富んでいた。

 「三国志演義」に登場する以下のエピソードも、映画に上手く取り入れられた。しかし「史実」には、ないようだ。もちろんこの映画で重要なポイントとして描かれた小喬と尚香のプロットは、「演義」にも「史記」にもなかったジョン・ウーの世界だ。

332747_100x100_003332747_100x100_011   「草船借矢」「苦肉の計」「孔明、七星檀に風を祭る」「関羽、義によって曹操を見逃す」・・・。
 これは面白い。

 以上作品を観た人は、以下にトライを。
 7月12日、「第2回 三国志公式検定」が、東京・大阪・名古屋・札幌・福岡で開催される。
 詳しくは、http://www.3594kenntei.com/

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April 20, 2009

1224.ぶらり浜離宮

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090419_008_640090419_009_640090419_016_640   月に一度の浜離宮散歩。今月は、中央区民入園料無料のサービス期間である。

 ここに通うようになって5年、今回始めてボランティア・ガイドの世話になった。
 お陰で、幾つかの歴史的なエピソードを知る事が出来た。

090419_020_640090419_018_640090419_019_640   もともとこの地は、徳川将軍家の鷹狩り場。甲府宰相綱重が兄の四代将軍家綱から譲り受け、「浜御殿」を作ったのが始まり。その後綱重の子が六代将軍になったので、将軍家の別邸になった。

 写真は「鴨場」。ここでオトリのアヒルを訓練して、引き堀に鴨を誘導、上から網で掬い取ったのだそうだ。こうした引き堀は7箇所残っている。
 明治維新後は皇室の所有となり、名前も「浜離宮」と呼ばれ、鴨猟は宮内庁が仕切ったという。

090419_022_640090419_028_640090419_027_640  左は、オランダ人が設計した将軍謁見の馬場。
 次は、富士山から取り寄せた溶岩。
 そして清の国から送られた「トウカエデ」。300年以上の歴史を綴る大木である。

090419_017_640090419_021_640090419_035_640_2 八代将軍吉宗はここで「象」を飼い、黍を植えて黒砂糖を、江戸湾から汐を汲んで塩を作ったそうだ。
 「浜御殿」は、歴代将軍によって造園と改修行われ、十一代家斉の時代にほぼ現在の姿になった。

090419_038_640 明治時代のエピソードのひとつが、アメリカ南北戦争時の北軍総司令官だったグラント将軍の来日である。
 戦後18代大統領となった彼は、退官後の1879(明治12)年来日。離宮内にあった迎賓館「延遼館」に、2ヶ月も滞在した。
 そして中島の御茶屋で、明治天皇と会見している。この時の話題は、琉球問題だった。

090419_048_640090419_044_640090419_051_640   4月下旬の浜離宮は、サトザクラ、八重桜、フジ、ツツジ、ボタンが満開である。

090419_040_640   

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April 18, 2009

1223.ザ・バンク~堕ちた巨像

The_international_desktop_lg_3_640  1991年破綻に追い込まれたプライベートバンクBCCI。マネーロンダリングから核兵器の売買まで、1兆ドルの裏金はアラブの王侯から多国籍企業、テロ組織から集めたという。

 この映画は、そのスキャンダルをベースに、メガバンクの闇を暴いた「ポリティカル・サスペンス」である。

 リーマン・ブラザーズの破綻、メリルリンチの買収、シティバンクへの公的資金投入、そして金融サミットでは、多国籍銀行の規制が議論となった。
 現在の金融危機の元凶ともいえるそのメガバンクの実態が、フィクションとして明らかにされるのだ。

20090202012fl00012viewrsz150x 出演は、ニューヨーク検事局の検事補にナオミ・ワッツ(「21グラム」'06)、インターポールの捜査官にクライヴ・オーエン(「クローサー」'04)と、イギリス出身のハリウッド・スターが並ぶ。
 また東ドイツ秘密警察出身の頭取顧問を、ドイツの俳優アーミン・ミューラー=スタール(「イースタン・プロミス」'07)、フリーの殺し屋をブライアン・F・オーエン(「幸せのレシピ」'07)という組み合わせ。
 監督は、ドイツ出身で「パフュームある人殺しの物語」のトム・ティクヴァ。

333025_01_04_03  闇の世界の舞台は、ベルリン、リヨン、ルクセンブルク、ミラノ、ニューヨーク、イスタンブールと展開する。
 なかでもNYグッゲンハイム美術館での壮絶な銃撃戦は、メガバンクのあくなき強欲さを象徴する。

 原題は「THE INTERNATIONAL」。邦題はもうひとつ工夫してほしかった。  

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April 17, 2009

1222.鑑識・米沢守の事件簿

016_640 公開からかなり日は経つが、まだまだ快進撃中である。劇場内は、満席に近かった。

 大ヒットした「相棒ー劇場版ー絶体絶命」のスピンオフ・ムービー。この作品で脇役だった警視庁鑑識課員米沢守が主役なのだ。
 フジテレビの「湾岸シリーズ」でも、脇役が次々と主役になった作品が作られたが、テレビ朝日も「2匹目の泥鰌」を狙って成功した。

 前作の「東京ビッグシティ・マラソン」のシーンから、お話は始まる。映像の中から爆破テロの重要参考人を捜す米沢の目に、「逃げた女房」が映った。しかしその「妻」は、変死体となって鑑識課員である彼の目前に横たわるのだ。
 「これは私の事件なんです。」と、相棒の主役が交代した。

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 もちろんその主役は六角精児である。「逃げた女房」へのグチをこぼしながら、水谷豊と寺脇康文の相棒をテレビ・映画で支えてきた彼。「東京タワー オカントボクと、時々オトン]('07)で見せた、特異な演技が生きている。
332754_100x100_006332754view007   今回六角の相棒となるのが、所轄署の刑事・萩原聖人(「バッテリー」'07)。「逃げた女房」が宝塚出身の紺野まひる。同僚に片桐はいり(「かもめ食堂」'06)、そしてその上司が歌舞伎界の御曹司・市川染五郎 という顔ぶれ。
 特命係りの二人のほか、相棒シリーズの常連キャスはいつものように顔を並べる。

 「スピンオフ・ムービー」が生まれたのは、ミステリー作家ハセベバクシンオーが、相棒シリーズの米沢のセリフに着目した事からだった。
 書いた小説が20万部を突破、即映画化である。
 監督は、テレビシリーズから「相棒」を育ててきた、日活出身のベテラン長谷部安春。実はバクシンオーの父親で、今回は息子とタッグを組んだというわけ。

 キャリア警察官僚の天下り、関連財団の無駄遣い、ノンキャリ警官のセクト主義等々、警察の抱える問題もキチンと見せているのが面白い。

 場内、時々ケタタマしい笑い声が響き少々興醒め。

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April 16, 2009

1221.さつま今昔(7)

  川辺ざっつに知覧ごぜ

 「川辺ざっつ(座頭)に知覧ごぜ(瞽女) 阿多タンコに田布施こびっ(木挽) 加世田かじ(鍛冶)に永吉ちんば(賃馬)・・・・・・」 
 決して「差別語」を羅列しているのではない。前回の郷士の副業から思い出した、南さつま地方に江戸時代から伝わる、はやし言葉である。
 私が小学生の頃までは、子供の遊びの中で囃された。

 座頭とは、あの勝新太郎の「座頭市」で有名だが、一般には盲目の男性を指す。薩摩では琵琶(びわ)を奏でる盲僧を「ざっつ」と言った。川辺郷(現南九州市)には藩一の座頭寺があり、多くの盲僧がいたためこんなはやし言葉が生まれたのだろう。

 瞽女は女性の盲人、「盲御前」が語源である。越後の「はなれ瞽女おりん」で知られるように、三味線を弾き唄をうたって門付けした。
 特に知覧(南九州市)に、「ごぜ」が多かったわけではない。一説によると知覧に美人のごぜがいて、唄も上手いし芸事に優れ、近在でも評判だったからだとい。
 「薩摩の小京都」といわれる知覧、美女も多かったに違いない。

 阿多タンコとは、阿多(南さつま市)の桶職人のことであり、田布施(同)には木挽きが多かったのである。
 加世田鍛冶は前回紹介した通り、永吉(日置市)の賃馬は、城下町鹿児島まで伊作峠を越えて荷を運ぶ馬方たちである。

 もうひとつ、特殊技能の職業集団「串木野の仕明五郎どん」を紹介しておく。
 戦国時代から城の石垣や土手を築き、道路や橋の建設、原野の開拓を行う職人を、「仕明人」と呼んだ。そしてこの特殊技能を、串木野の男達が独占した。
 この仕事は、農作業の合い間に行う「出稼ぎ」ではなく、専業も多かった。薩摩藩内の水利事業は、ほとんど彼等の手によるものといってもよい。
 明治時代になると、串木野の仕明五郎どんは、熊本や佐賀、長崎まで出かけるようになり、「鹿児島さん」の愛称で呼ばれたそうだ。

 同じように明治以降、鹿児島県内はもちろん、九州、中・四国まで出かけていった特殊技能集団がいる。
 焼酎蔵元を仕切った「黒瀬杜氏」「阿多杜氏」と呼ばれた人たちである。このお話は、次回紹介する。

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April 15, 2009

1220.さつま今昔(6)

017_640   「麓と在」

 「鹿児島は、風土も人もカラリと晴れた性格で、情味も深い」と、これまでいくつかのキーワードで述べてきた。
 しかし歴史的・経済史的に分析すれば、戦国時代以降「近世封建制の見本」とも言える地域であった。
 つまり、士・農・工・商の身分制度が、こんなに厳格に守られてきた地方は、全国他には見当たらない。
 その強固な「封建制」を象徴するキーワードが、「麓と在」である。

 薩摩藩「武の国」と言われたように、侍が多かった。藩内人口の25%を占め、全国平均の5%を大きく上回っている。
 そのため他藩のように、武士を全員城下に住まわせる事は出来ない。そんなことをすれば、藩財政そのものも破産する。
 そこで生み出したのが「外城(郷)制度」である。125(その後113)の郷(行政区分)毎に、半農半士の侍(郷士)を配置して永住させた。
 実質、幕府の一国一城令に反した独特の藩体制を築いたのだ。

018  郷の中心は「麓」と呼ばれた。「御仮屋」(外城の役所)を中心に「馬場」が通り、その両脇に堂々たる門構えの屋敷が並ぶ。ここには「射馬」と呼ばれる武芸鍛錬所がある。そして郷を取り仕切る上級武士(だんな郷士)が住んでいた。
 出水や高山、知覧、加世田には、当時の武家屋敷が並ぶ「麓」の景観が今も残っている。

 百姓が住んでいた集落が「在」である。名主の下に、10グループぐらいの「門(かど)」があり、その責任者は「名頭(名頭)」または「乙名(おつな)」と呼ばれる。その「門」の下に3戸ぐらいの「名子」と呼ばれる平百姓がいる。
 そして彼らは、多くの侍を養うため作物の8割を年貢として納める。また郷士の家の普請など「月35日」の公役に服する。いわゆる「門割制度」である。(商人の集落は「野町」、漁村は「浜」「浦」)

 百姓も苦しかったが、録の少ない郷士も苦しかった。二・三男以下は禄もなく、麓を離れ在に住み、自作自耕して暮らさざるを得なかった。
 そうした侍は「かいも郷士」「ひしてべこ」(日替わり兵児)と軽蔑された。

 薩摩藩では、そうした「郷士」対策として、上手い方法を編み出した。百姓や町衆が従事できない専門職を決め、それを武士にやらせたのだ。

 主なものに大工・左官・鍛冶・染織・紙漉きがある。だから昭和の初め頃までは、この種の職業は、武士への尊敬!?をこめて「でっどん」(大工)「かっどん」(鍛冶屋)「くやどん」(紺屋)などと、殿をつけて呼ばれている。
 特に阿多・田布施(現南さつま市)の大工殿は、腕の確かさと伝統を世間から認められており、バンジョガネ(かね尺)と墨壺さえ持っておれば、格式高い武家屋敷でも、表玄関から堂々と入っていったという。腰には刀を差して。

019  わが故郷は「加世田鎌」である。
 ひところ加世田郷861戸(江戸末期)の郷士のうち、およそ30%が鍛冶職だった。諸刃の鎌をはじめ、包丁、斧、釘などを作った。
 吹上浜の砂鉄が、強靭な刃を作った。加世田鎌には、日本刀に通ずる鋭利な切れ味があり、加世田郷士たちはそれを誇りとした。
 今も加世田には数軒の鍛冶屋があり、特産品としての鎌や包丁を作っている。 

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April 14, 2009

1219.ウォッチメン

332598_100x100_010  「アイアンマン」「ハンコック」、バットマンの「ダークナイト」と、アメリカン・コミックを原作とする最近の映画は、「悩めるヒーロー」たちが主役である。
 ヒーローとは何なのか?世界を救うためにヒーローは何をしたのか。そして、人々に英雄視されたヒーローが、なぜ社会から追われるのか。
 まさにアメリカン・コミックが問い続けている問題である。

332598_100x100_011 332598_100x100_006  「ウオッチメン」は、そうした問題意識を集大成した作品と言える。

 舞台は1985年、五選!!されたニクソン大統領の時代。第二次大戦からキューバ危機、ベトナム戦争、ケネディ暗殺、ウオターゲート事件、それらをウオッチし、事件を仕掛けたり解決したヒーローたちの活動が、法的に禁止される。
 ところが、その元「ウオッチメン」が次々と暗殺される・・・・・。

 原作はアラン・ムーアとデイブ・ギボンズが、1986年に発表した同名のグラフィック・ノベル。アメリカン・コミックの伝説的な傑作といわれ、著名な監督たちが何度も映画化を試みたが、その世界観を生かしきれず10年経った。
 それを「スリーハンドレッド」のザック・スナイダー監督が、歴史に隠された真実を暴くヒーロー・ミステリーとしてついに完成させた。

332598_100x100_002  出演したウオッチメンの面々。
 マリン・アッカーマン(「ライラにお手上げ」'08)、ビリー・クラダップ(「グッド・シェパード」'06)、マッシュー・グード(「敬愛なるベートーベン」'06)、ジャッキー・R・ヘイリー(「オール・ザ・キングスメン」'06)、ジェフリー・ディーン・モーガン(「PS、アイラブユー]'07)、パトリック・ウイルソン(「パッセンジャーズ]'08)
 スーパー・スターは出演していないが、それぞれクセのあう役者達。スエーデン出身の女優アッカーマンのエロチックなコスチュームは、日本コミック「ヤッターマン」の深田恭子を超える。

 163分という超大作である。スナイダー監督はそれでも満足せず、アメリカでは190分のディレクターズ・カット版が上映された。
 リアルな暴力シーンのせいか、15歳以下は入場禁止というコミック映画である。前号の「釣りキチ三平」とは、同じコミックでありながら対称的である。
 そこに今、アメリカ社会を包み込んでいる閉塞感と漠然とした不安を見る。もうアメリカは、悪をくじき正義を執行するヒーローの国ではないと・・・・。

 古代ローマの風刺作家ユェリナスは「見張り番(ウオッチメン)を見張るのは誰か?」と警句を発していたが。

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April 13, 2009

1218.釣りキチ三平

                                                     332068_100x100_001    '73年から10年間、「週間少年マガジン」(講談社)の看板作品として連載されたコミックの映画化。雑誌の創刊50周年を記念して製作された。

 隣の映画館「相棒シリーズ」は混雑していたが、こちらはチラホラ。しかし作品そのものは、丁寧な作りで爽やかな感動をもたらす。
 今年のアカデミー賞でオスカーを受賞した、滝田洋二郎監督の「おくりびと」に続く作品と言えばうなづけるだろう。

332068_01_03_03  渓流つりの天才少年三平を主人公に、幻の巨大魚との闘いを中心にした、祖父や姉弟の家族の絆の物語。自然豊かな秋田の山奥を舞台に、都会と山村の問題もさりげなく語られる。

332068_100x100_008  注目すべきは、その美しい自然の実写とVFXの見事な融合である。幻の巨大魚イワナをはじめ、鳥やトンボが、生き生きと川面ではねる。三平もまた、それと一体になって飛び跳ねる。
 そのVFXは、「ALWAYS 三丁目の夕日」で見事な「昭和」を生み出した、VFX界の雄「白組」である。その映像は、何も違和感がない。

332068_100x100_006  主人公は、こちらも「三丁目の夕日」の須賀健太。日本の天才子役も田舎の元気な少年を楽しく演じて見せた。
 その相手、祖父役はベテラン渡瀬恒彦。味のある役を飄々と演ずる。
 都会派が三平の姉役、香椎由宇。「252生存者あり」('08)に続いての出演。
 この一家にからむのが、アメリカのバスプロ名人塚本高史。「イエスタデイズ」で初めて主演した若手俳優である。

332068_100x100_028_2  伝説のコミックと言われる「釣りキチ三平」の原作者矢口高雄は、秋田県・成瀬の出身。昨年6月の内陸地震の震源地、栗駒山系から流れる成瀬川が、物語の舞台。ロケもこの一帯で行われたようだが、少年が相手にした「イワナ」は、村の魚に指定されている。

 先日朝日新聞「天声人語」に、開高健と西園寺公一の「巨大魚との闘い」の話が掲載されていた。この1mを超える巨大魚は「イトウ」だが、こちらも「イワナ」と同じくサケ科の魚。
 普通30~80㎝のイワナの仲間にも、レイクトラウオと呼ばれる1.5mを超す魚もいるそうだから、「釣り吉三平」が格闘した幻の巨大魚もまんざら嘘ではあるまい。

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April 11, 2009

1217.フロスト×ニクソン

6  1974年ニクソン大統領辞任。アメリカ史上初めて任期途中で辞めた、唯一の大統領という不名誉を背負った。そして3年間、彼は沈黙を守る。

 1977年3月、ニクソンがテレビ・インタビュー番組に登場する。軽量級のテレビ司会者を利用して、政界への再登場を試みたのである。
 軽量級といわれた相手は、イギリス出身の元コメディアンのフロスト。軽いノリでのセレブ相手のトーク・ショーで受けてはいるが、アメリカの三大ネットワークからはお呼びがない。
332592_100x100_001  しかしインタビューで、「ウオターゲート事件」の首謀者ニクソンから、「アメリカ国民への謝罪」を引き出せば、男が上がる。アメリカ進出という野心が適うのだ。
 だから借金までして制作費はもちろん、ニクソンへの謝礼6000万円をかき集めたのだ。

 25年後、フロストを追ったドキュメンタリーが放送された。ハイライトは、あの5回にわたったニクソン・インタビューである。
 その作品を見たピーター・モーガンが、1992年舞台劇「フロスト×ニクソン」を書いてロンドンで上演する。さらにその舞台を見たロン・ハワード監督が、映画化したのだ。もちろん脚色は、モーガンその人である。

 舞台もそうだが、映画もニクソンとフロストのスリリングな「心理挌闘劇」となった。「言葉を武器」にしたボクシングに例えられる。

 1回戦、フロストが軽いジョブを飛ばすが、ニクソンにいなされる。
 2~4回、ニクソンの一歩的な勝ち。まさに彼の独演会。
 「私は君にとって最も手ごわい敵だ。スポットライトは私を照らすが、君は荒野をさまよう」と、ニクソンはフロストを挑発する。
 そして5回戦、最後のゴングが鳴った。

332592_100x100_006332592_100x100_002   舞台でも映画でも、ニクソン役はアニューヨークの舞台出身フランク・ランジェラ(「グッドナイト&グッドライク」'05)。またフロストも、イギリスの舞台俳優マイケル・シーン。「クイーン」('06)でブレア首相を演じたあの役者が、舞台・映画とフロストになりきった。

 それにしてもランジェラは上手い。モノ真似でないニクソンの心の中を表現した。ラストのクローズ・アップの顔、これだけの表現は誰も出来ないだろう。アカデミー賞にノミネイトされたのは当然である。
 一方マイケル、まだ現存しているフロストを演ずるのだから難しい。軽薄で虚栄心の塊のような役、それをフロスト自身が付きっ切りで支えたと言う。

 特にドラマチックな色恋が描かれるわけではない。見せ場たっぷりのアクションシーンがあるわけでもない。
 しかし、これだけスクリーンに引き込まれた作品は、久し振りである。
 さすがロン・ハワード、「ビューティフル・マインド」('01)で2つのオスカーを獲得した監督だけはある。

 インタビューが行われた年の4年後、私たちはテレビ・ドキュメンタリー「マネー」の取材で、ニクソンにインタビューを申し込んだことがある。現在の経済危機の遠因でもあるあの「ニクソン・ショック」を問い正すのが狙いだった。
 しかしそれは、体よく断られる。代わりに彼の部下だったコナリー財務長官へのインタビューで終わった。
 今回この映画を見て、ニクソンへのインタビュー料が6000万円だった事を知る。
 あの時断られて良かったと、今胸をなでおろす。 

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April 10, 2009

1216.東京道産酒の会

090409_010 札幌は快晴、気温15度、久し振りにコートなしの一日だった・・・・。こんなニュースから始まった201回目の「東京道産酒の会」。
 昨夜も 、北海道を愛する仲間が集まり、北海道の食材であつらえた肴と道産酒で、春の宵を楽しんだ。

 今回のゲスト・スピーカーは、JR北海道相談役の阪本眞一さん。お話は「北の新幹線」。

090409_005090409_007  「新青森と札幌を結ぶ北海道新幹線、4年前に新函館までの工事が着工したが、6年後の完成をめざして工事は順調に進んでいる。
 とくに青函トンネルは海峡線として完成しており、三線軌条化すればすぐ走れる」

 「路線は新青森ー奥津軽ー木古内ー新函館ー新八雲ー長万部ー倶知安ー新小樽ー札幌の予定だが、新函館ー札幌間はまだ未着工。今年中に決めてほしいのだが、問題は財源。1兆円以上かかる。そこで長万部ー札幌の部分着工だけでもと、要請している」

Img_3942  「全線開通すれば、東京ー札幌間が3時間57分で結ばれる。これは最高速度を360㌔/hと想定した場合だが、現在山陽新幹線が最高300㌔を出しているので、夢ではない。
 また札幌・函館・青森は通勤圏になる。ここが同じ経済圏になる意味は大きい。(新函館ー札幌40分、新函館ー青森30分)
 北海道経済連合会は開通すれば、3兆円の経済効果とはじいているが、夢物語ではない。」

 「技術的な研究も進めている。ひとつは『トレイン・オン・トレイン』。狭軌道を走る貨物列車を、広軌の新幹線列車に組み込むシステムである。これで、青函トンネル内のダイヤ編成が楽になる。もうひとつが、『フリーゲージ・トレイン』。広軌からそのまま狭軌へスムースに入る仕組みだ。これによって、旭川や帯広・釧路に乗り換えなしで行ける」

 「北海道新幹線の開通を前提とした、札幌市の街づくりも始まった。駅周辺の整備が進み、駅前から大通公園までは地下街で結ばれる。すすきのまで、雪の日も大丈夫だ。
 新幹線は北海道を元気にする!」

090409_012  音楽はいつものように中山育美さんのピアノで、メンデルスゾーンの「春の歌」、ドビッシー「チルドレン・コーナー」、ショパン「作品25の1番」とクラッシックを。

 肴は、「烏賊の酒盗和え」「水蛸の洗い」「帆立貝焼き霜」「ハタハタ一干し焼き」「馬鈴薯饅頭、鰊旨煮」「稚鮎と竹の子の天麩羅」「筍御飯」「蟹の味噌汁」。
 酒は、「黒松千歳鶴」「純米吟風」「北海二七八」。

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April 09, 2009

1215.リリィ、はちみつ色の秘密

332552_100x100_001_2  不幸な過去を背負った14歳の多感な少女。亡き母の面影を求めて辿りついたアメリカ南部の養蜂場。ここでひと夏を過ごした少女は、人々の優しさと強さ、本当の愛を知る。

 白人女性作家スー・モンク・キッドが、少女時代の体験と当時出逢った黒人女性たちをモデルに書いた、ベストセラーの同名小説が原作。
 それを、注目の女性監督ジーナ・プリンス=バイスウッドが映画化した。彼女は、オバマ大統領と同じく黒人と白人の間に生まれ、さらに養父母に育てられた人である。
 そしてアフリカ系のスーパー・スター、ウイル・スミスと妻で女優のジェイダ・ビンケットが製作に加わる。

 監督自身「望んだ人全てが、出演してくれた」というラインアップも見事だ。

332552_100x100_002  まず、主役は、天才子役ダコダ・ファニング(「シャーロットの贈りもの]'07)。14歳と同じ年の白人少女を演ずる。

 少女が放浪のはてに辿りついた養蜂場、ここの黒人女性経営者がクイーン・ラティファ。「シカゴ」('02)で、アカデミー賞にノミネイトされた女優・作家・ラップミュジシャンというマルチ・アーチストである。
332552_100x100_011  その妹が、ポップス界の天才歌姫アリシア・キーズ(グラミー賞11部門受賞)。
 三女はソフィー・オコネギー。彼女もまた「ホテル・ルワンダ]('04)でアカデミー賞にノミネイトされている。
 そして、少女と幼少から一緒に育った召使、ただひとり信頼できる友がジェニファー・アドソン。ゴスペル歌手出身の彼女は、「ドリーム・ガールズ」('06)でオスカーをとっている。

 ダコダを中心に、アフリカ系の錚々たるアーチストが共演している事には意味がある。
 この作品は、一人の少女の成長物語だけではない。
 1964年代のアメリカ南部、公民権法が施行され差別が形の上では撤廃されたものの、白人と一緒の黒人はリンチされ白人そのものも差別される現実。その時代状況が鮮烈に描かれるのだ。

 あれから45年、オバマの時代。だからこそバイスウッド監督やスミス夫妻は、こうした作品を製作したかったのだろう。 

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April 08, 2009

1214.桜・桜・夜桜

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090405_059_640090405_062_640090405_060_640  佃・石川島公園の夜桜。
 今朝のNHKテレビでも紹介されていたが、ここは隠れた桜の名所。

 江戸時代は、無宿人の寄場。流人を送り出す湊でもあった。
 江戸末期からは、最も古い洋式造船所。そして平成に入ると、大川端リバーシティーとなった。
 だから古木の桜から若木まで、その折々に植えられた桜が、歴史を語る。

 隅田川を往く花見船のネオンが眩しい。月も満月に近い。
 来週中頃までは、こんな夜桜を楽しめる。

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  地下鉄・有楽町線「月島駅」下車。徒歩5分。

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April 07, 2009

1213.桜・桜・飛鳥山

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090405_009_640090405_018_640090405_023_640   東京・桜の名所のひとつ、飛鳥山。京浜東北線王子駅前に広がる、なだらかな丘の公園である。

 徳川八代将軍吉宗が、「享保の改革」の一貫として、ここにサトザクラやヤマザクラなど1270本を植えた。江戸っ子たちに太平の世を楽しんで貰おうというわけである。
090405_640  そのため上野などと違って、この行楽地だけは酒宴や歌舞音曲が許されていた。また山すそには、大岡越前守が許可した水茶屋も並んでいた。

090405_016_640090405_013_640  丘の上にはその由来を書いた「飛鳥碑」がある。
 当時の儒学者が知恵をしぼって、吉宗の治世を称えようと、左の写真のような異字体・古字を連ねたため、江戸っ子にはチンプンカンプンだったらしい。

 「飛鳥山 何と読んだか 拝むなり」
 「この花を 折るなだろうと 石碑みる」

 今に伝わる川柳である。

090405_028_640090405_039_640090405_034_640  飛鳥山の帰りは、都電荒川線に乗って巣鴨の「とげぬき地蔵」へ。
 神田明神から転々してこの地にやってきた地蔵さんは、「高齢者」に人気。

090405_033_640090405_042_640   
090405_029_640_3  通称「おばあさんの原宿」と呼ばれる参道は、元気な「おばあちゃん」であふれていた。
 ここで、今流行の衣装を買い揃えるのだそうだ。

 ピンクの桜の花でスタートしたお散歩は、真っ赤なパンツで終る。

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April 06, 2009

1212.桜・桜・隅田川

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090404_010_640090404_004_640090404_006_640  インターネットで紹介される東京の「お花見スポット」は、上野公園や千鳥ヶ淵公園などおよそ40ヶ所。
 最近は六本木など、新しい名所も掲載される。

 隅田川は、上流の隅田公園(向島)と河口の浜離宮(築地)だけだが、ご近所の佃や明石町、月島などにも隠れたスポットが多い。
 日曜日の午前、河畔をブラッと歩いた時のスナップ。

090404_019_640090404_022_640090405_001_640   

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April 05, 2009

1211.桜・桜・鎌倉

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090404_062_640090404_066_640090404_069_640_2  ’70年代、鎌倉市と逗子市にまたがって開発されたニュータウン・ハイランド。
 メイン通りに沿って、当時植えられた1000本の桜はちょうど満開だった。

 ひとまく会の仲間たちとの鎌倉ウオーキング、今回は桜がテーマ。

090404_032_640_2090404_033_640090404_038_640  朝9時半、鎌倉駅をスタートしてまず訪ねたのが妙本寺。鎌倉時代、北条家に滅ぼされた比企一族の遺児が、日蓮に帰依して創建した寺である。
 境内には、殺された比企一族の800人の供養塔、比企の娘で源頼家正室だった若狭局などが祀られている。

090404_042_640090404_045_640090404_046_640  安国論寺は名越松葉ヶ谷にある日蓮宗の名刹。
 日蓮はここで庵を結び、゛立正安国論"を書き北条執権に建白した。
 そのため、度々の法難に遭っている。
 写真の桜は「市原虎の尾」。日蓮の桜の杖が根付いたものと言われ、天然記念物に指定されている。

090404_053_640090404_054_640   寺を出た後は奥山に入り、「名越切通」(ブログ1094号で紹介済み)を通って「浄明寺緑地」で休憩・昼食。
 冒頭の「鎌倉逗子ハイランド」は、この緑地の隣。西武不動産が開発した街は65万㎡、1600戸の大住宅地で、今や桜の名所として訪れる人も多い。

090404_079_640090404_077_640090404_076_640  ハイランドから巡礼古道を下ると、浄妙寺に着く。
 ここは鎌倉五山のひとつ、臨済宗建長寺派の寺である。
 足利尊氏の祖(頼朝の重臣)が建立した寺で、南北朝時代は七堂伽藍を備える大寺だった。
 境内は、国の指定史跡。苔の中に「ヒトリシズカ」を見つけた。

090404_027_640090404_080_640090404_081_640  ウオーキングの終点は、鶴岡八幡宮。
 午後の3時に到着。源氏池も参道も、満開の桜でヒト、ヒト、ヒトの波だった。

090404_084_640      

 今回の鎌倉"桜"ウオーキングは、1万8070歩、およそ10キロの行程だったが、山坂も多く結構きつかった。しかしどこでも、満開の桜が疲れを吹き飛ばしてくれた。

 「さくら花 さくと見しまに ちりにけり
     夢かうつつか 春の山風」 (源 実朝)

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April 04, 2009

1210.ワルキューレ

015_640 ナチス総統ヒットラーを暗殺、親衛隊のクーデターをでっち上げ、それを予備軍が鎮圧、一気に権力を掌握し、連合軍との和平に持ち込む。ドイツを救う道はそれしかない。
 これが改竄した「ワルキューレ作戦」 だった。

332656_100x100_010   ドイツ敗戦9ヶ月前、実際に計画・実行された「作戦」は結局失敗に終わったが、それを忠実に描いたのがこの映画である。
 計画実行した首謀者は、ドイツ名門貴族出身クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐。

332656_100x100_001  戦後、数少ない反ナチ・レジスタンス運動の英雄として顕彰されているが、その大佐をハリウッドの大スター、トム・クルーズが演ずる。
 北アフリカ戦線で左目と右手首を失った主人公、アイパッチを付けた軍服姿のクルーズは、なかなか格好いい。

 主要な場面に、ワグナーの名曲「ワルキューレ騎行」が流れる。タイトルにもなったワルキューレとは、北欧神話に登場する死の女神。
 コッポラの「地獄の黙示録」にも使われたが、こちらが本家である。

 製作・監督したのは、ブライアン・シンガー。インディペンデンツ出身の彼は、「Xメン」シリーズや「スーパーマン・リターン」などでハリウッドの大監督となった。
 脚本のクリストファー・マッカリーもシンガーとはたびたびコンビを組み、多くの賞を獲っている。今回は、製作も担当している。

 クルーズの共演者は、たびたびヒットラー暗殺計画を立てた少将にケネス・ブラナー(「魔笛」'06)、首謀者のひとり予備軍副司令官をビル・ナイ(「ラブ・アクチュアリー」'03)、元陸軍総参謀長で作戦の黒幕にテレンス・スタンプ(「ウオンテッド」'08)、優柔不断な予備軍司令官にトム・ウイルキンソン(「フィクサー」'07)とベテラン俳優が並ぶ。

 英語をしゃべる「ドイツ軍人」に、違和感を抱く人もあろうが、アメリカ映画だから仕方があるまい。
 ただ、現代史の1エポックを正確に追ったせいか、個々の人間が描ききれなかったのは残念である。

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April 03, 2009

1209.さつま今昔(5)

016   「薩摩おごじょ」

002  「女の道は一本道。さだめに背き、引き返すは恥」
 この言葉を胸にしまって、江戸に嫁いでいった篤姫。13代将軍家定の御台所として、14代将軍家持の母として、さらには15代慶喜の相談役として、老中や重役を叱咤激励して徳川家を守った天璋院篤姫は、「薩摩おごじょ(女性)」の鏡となった。

 久し振りに高視聴率をあげた大河ドラマ「篤姫」。歴史に埋もれていた女性の復権を描いたこのドラマは、多くの女性たちの支持を得る。
 とくに鹿児島では、篤姫は郷土の「おごじょ」の誇りとして、若い女性たちの共感を集めた。これまで鹿児島の女性たちに向けられていた偏見が、一掃されたとも言える。

 薩摩は、長い間「男尊女卑」の地としての悪評を背負ってきた。洗濯桶や物干し竿の区別、出入り口の区別や風呂の順番が、面白可笑しく語られてきた。
 男子横暴の噂は、都会に住む薩摩出身の若者たちのひけ目にもなった。恋人の両親を説得するのに、いらぬエネルギーを使ったのである。

 江戸時代から明治・大正、戦前まで濃厚だった「男女差別」は、特定地域のものではなく「日本」そのものだったはずだ。それが何故、薩摩だけが特別視されたのだろうか。
 それは、「チェストいけ」「議をいうな」「泣こよかひ飛っべ」で書いてきた薩摩人気質のある部分だけが強調され、誤解を生んだようだ。

069_640  明治の中頃、新潟から鹿児島・宮之城の教師として来鹿した本冨(ほんぶ)安四郎の書「薩摩見聞録」に、「薩摩の婦人」の項がある。

 「他境(他県)の婦人にくらぶれば、愛きょうよりはリン(凛)としたる気性見え、姿勢正しく血色よし、都門(都会)におけるがごとき蒼顔柳腰の美人すくなく、強健にして労力にたえ、みずから薩摩婦人たる一種の風あり、しかしその身体の健康はすべての男子に越えたり、けだし彼女らは、その男子のごとく、乱暴、不規則の生活をなさず、また一方には、他国の婦人のごとく閑居無職的の生活をなさず、よく戸外に出でて作業をなし、常に相当の労働に服すればなり」
 と書く。

 また東京で発行された当時の雑誌「日本人」は、
 「薩州の女子、その容ぼうをみれば、明眸(めいぼう)、皓歯(こうし)、瀟洒(しょうしゃ)たる相を有する者、あるいは、豊満、艶美(えんび)、温厚の風を持する者多し、気候いく分温なるをもって、その色やや暗黒なるがごとしといえども、要するに薩州の女子は、かの男子の相ぼうと相反するもののごとし」
 と、剛健な男にくらべて、女がやさしく美しいことを強調している。

 消費者としてだけの女性、夫に飼われている妻、そういうものは鹿児島にはいなかったのだ。
 ドラマ「篤姫」にも描かれたように、農村も漁村も、侍の家の女性も、それぞれ働き、生活の支えとなった。だから彼女らは、潜在的な安定感をもって生きていた。楽天的で明るいのは、当然である。

 「男尊女卑」という誤解は、薩摩男子の女性に対する外剛内柔型の愛情の持ち方に一因があったのかも知れない。
 女たちも、外の「敵」に対応しなければならなかった夫に対しては、あくまで「主人」としての尊厳を確立しようとした。
 しかし家庭内の事、子供の育て方、家庭の切り盛りになると、妻に一切の権限があり、男が口出しする事は、いやしいこととされたのである。

 鹿児島女性の涼しい目、薄青く澄んだ瞳、これこそ彼女等の純粋性を語るものである。
 「薩摩のおごじょ」たちこそ、本当に愛されてきた女性たちであり、いまだ枯れることのない、野生の生命力を持った女性なのである。

 「おけさ働け でねんの春は 殿じょ持たせる よかにせを」

 嫁にやるのではない。「殿じょ」を持たせるのである。こういう微妙なところに、薩摩人の女に対する気持ちがあらわれている。
 30数年前、テレビに出演した故川越政則さん((元南日本新聞社長)は、こう結んだ。 

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April 02, 2009

1208.さつま今昔(4)

   「大きな提灯 小さな提灯」

06_640  「チェストいけ!」「議をいうな」「泣こよか ひっ飛べ」が、薩摩人気質のプラスの面をイメージするキーワードとすれば、こちらはマイナスの部分である。
 また前者は、江戸時代から語られてきた言葉だが、「大きな提灯 小さな提灯」は戦後の造語である。

 「キーワード」は、当時まだ健在だった児童文学者の椋鳩十さんと、テレビ番組企画の打ち合わせの中から生まれた。
 「鹿児島県人と長野県人を比較すると面白いですよ」、全く対称的だと言うのである。

 椋さんは長野県出身、1930(昭5)年法政大学卒業後来鹿、種子島の小学校の代用教員となる。その後、旧制加治木高女の教師の傍ら毎日新聞や朝日新聞に「サンカ小説」を連載して、作家としての地位を築いた。
 戦後は、動物文学、児童文学に傾斜、文部大臣奨励賞(「片耳の大シカ」)やサンケイ出版文化賞を受賞した。
 20年間勤めた鹿児島県立図書館長時代には、「母と子の20分間読書運動」を推進。1987(昭62)年、82歳で鹿児島に骨を埋めた。

 椋さんは話す。
 「信州人には、個人主義というか自立した人が多いのですよ。悪く言えば協調性に欠けているとも言えるのですが、ひとりひとりが自分の生き方を決めていく。つまり、一人一人が小さいながらも提灯をもって、自分の足元を照らして歩く」
 「一方薩摩人は、よくを徒党を組みますね。薩摩の芋づるというか、誰か偉い人に頼って生きていく傾向が強い。南州翁を英雄視視して、私学校生がくっついていったのが典型的な例でしょう。西郷さんという大きな提灯に足元を照らしてもらって、みなぞろぞろ歩く。現代でも、そんな事がありませんか?」と手厳しい。

 「母と子の20分間読書運動」で鹿児島県内の農村を歩いた時、何処の家の本棚にも雑誌「家の光」が並んでいるのを見た。長野では「岩波文庫」、それも家ごとに異なった本だった。
 信州と薩摩、二つの「村」の生活を体験した椋さんの述懐である。

 「同郷会」や「同窓会」と言いながら、酒だけを飲んで往時を懐かしむ。それだけでは「大きな提灯」のままだ。一人一人が、郷里のために何が出来るかを考えろ。
 わが同郷会名誉会長、川野重任さん(東大名誉教授、文化功労賞受賞者)の苦言は耳が痛い。
 彼も我々にとっては「大きな提灯」なのだが。

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April 01, 2009

1207.さつま今昔(3)

  「泣こよか ひっ飛べ!」

 「ぐずぐずと泣き言を並べる前に、実行せよ」と、前回の「議をいうな」に連なる薩摩の気質を現すキーワードである。
 この言葉の背景にあるのが、「示現流の精神」ともいえる。

 幕末、新撰組の組員が最も恐れていたのが、薩摩浪士の剣法「示現流」だったと伝えられる。近藤勇は、土方や沖田らに「薩摩の初太刀は必ず外せ」と教えた。
 示現流は「一の太刀を疑わず、二の太刀は負け」という兵法で、最初の一撃に全てを賭け、体当たりで突撃するやり方だからである。

 従って「受け太刀」がなく、現在の剣道のように相手を設けて稽古をすることはない。
 また「ただ一撃の真髄」だから、「(相手の剣を止める)刀の鍔は不要」となる。
 もし、相手が初太刀を受けたら、そのまま「刀を切り折って骨まで切る」のだ。
 まさに体力と精神力で、敵を圧倒する剣法だった。

015  示現流を編み出したのは、薩摩藩の藩医・東郷藤兵衛重位。彼は薩摩待捨流の免許皆伝だったが、1588(天正16)年京都の萬松山天寧寺の住職善吉和尚のもとで、自顕流の奥義を学んだ。そして帰国後は、多くの門弟を育て示現流兵法を確立した。
 天正16年といえば、豊臣秀吉が「刀狩り」の令を発した年。その前年には、島津義久が秀吉による「九征征伐」の軍門に下っている。

 示現流の名称は、義久の孫島津家久が僧文之に命じて名付けたもので、出自は法華経の「示現神通力」である。
 既に、薩摩藩剣道指南役を命ぜられていた東郷重位は、「自顕」を「示現」に改め、武士道と剣術を一体とした薩摩唯一の兵法を生み出した。
 これは、正式には「御流儀示現流兵法」として、現在も伝えられている。

 示現流の特徴は、「右手に剣を振り上げ、これに左手を加える蜻蛉」と、打ち下ろした時の型「置蜻蛉」にある。
 普通の剣術は、正面に刀を構える中正の姿勢をとる。これは攻撃にも防御にも便利な構えだが、「攻撃」だけを考えた示現流は自然に振り上げた、子供でもやりやすい型を取っている。

 幕末から維新にかけて活躍した薩摩志士の多くは、「薬丸示現流」の使い手だったという。
 この流派は、東郷重位の高弟だった薬丸兼陳が編み出したもので、薬丸家家伝の野太刀の術と自顕流を組み合わせたものである。
 御流儀示現流が薩摩藩上級武士のものとすれば、薬丸示現流は下級武士や外城の郷士たちが学んだものである。

 東郷示現流の稽古は立ち木打ちだが、薬丸流は束ねた丸太を横にして、ツバキかビワ、カシの棒で、右左と交互に打つ。「朝に三千、夕べに八千」と打ち続け、三年たって始めて次の稽古に進むとも言われた。
 この「横木(立木)打ち」で、進退や駆け引き、腰の具合や腕力、気力を鍛え上げるのだ。

 今東京でも、この「薬丸野太刀自顕流」の稽古が行われており、毎年5月の「渋谷・鹿児島おはら祭」の折、明治神宮外苑で披露される。

014  示現流の達人として有名なのは、幕末の志士中村半次郎である。彼には、軒を離れた雨だれが地上に落ちるまで、三べんの抜き打ちが出来るという伝説もある。

 新撰組に「人切り半次郎」と恐れられた彼は、西郷隆盛の片腕として維新後は桐野利秋を名乗る。
 まさに薩摩人の典型的な人物で、作家の海音寺潮五郎は「日本快男子中の快男子である」と書いている。

_640  「征韓論」で敗れた西郷が野に下る時には、陸軍中将の職を投げ打って西郷とともに鹿児島に帰っている。そして城山の露と消えた。

 その「中村半次郎」の生き様を映画にしようと、俳優の榎木孝明が奔走している。製作資金が6億かかるので、篤志家を求めている。
 大河ドラマ「篤姫」で、小松帯刀の実父・肝付兼善を演じた彼は、鹿児島・菱刈の出身。子供のころから示現流に親しみ、学生時代は総合武術で身体を鍛えた。
 この混沌とした現代こそ、薩摩隼人の中村半次郎が求められているという。

001_640003_640002_640    無骨な薩摩人の典型とも思える中村半次郎・桐野利秋。南州墓地では西郷隆盛の墓の隣に座す。
 何百という西南の役の戦死者の中で、ただ彼の墓石だけは、薩摩にない赤みがかった花崗岩で出来ている。京で彼を愛した女性が、届けたものだという。

 「泣こよかひっ飛べ」だけでなく、情にも熱かった中村半次郎の一面を語るエピソードである。

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