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May 31, 2009

1260.静寂・北野異人館

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 神戸北野町広場のミュージシャン像。
 先週久々に旅に出た。最初に尋ねたのは、インフルエンザの街!神戸。いつも観光客で賑わう北野は静寂そのものだった。

090527_002_640090527_034_640090527_038_640  左の写真、北野異人館のシンボル「風見鶏の館」も、旧米国領事館官舎、コロニアル様式の洋館「英国館」も、誰も訪れないと受付の女性は嘆いていた。

 大阪勤務時代、北野には何回も足を運んだので、ほとんどの異人館は見学済み。ただひとつ、阪神大震災後に公開された館が残っている。知人の薦めもあったので、ここだけ訪ねた。

090527_007_640090527_028_640090527_010_640   「プラトン装飾美術館」、大正初期に建てられたこの館は、欧州系の食品会社支社長が代々借りていた。
 しかし、阪神大震災で大きな被害を受け、その後は建物を修復・補強してオーナー自らが住んでいる。

 海外生活の長かったオーナーは、ヨーロッパを中心に趣味で収集した装飾品を、自宅で展示公開している。

090527_012_640090527_013_640   玄関横の応接間に飾られているのは、ルソー、ミレー、コロなどのバルビゾン派の絵画。またフジタ嗣冶やコクトーの作品もある。


090527_017_640090527_016_640_2090527_019_640_2    食堂から居間にかけての家具、調度品、銀の食器類は見ものだ。

 19世紀のイタリアの彫刻家エモーヌの作った家具や暖炉は、ルネッサンス様式の最高の作品と言われている。
 またクローディオンやロダンという巨匠の彫刻、古いチェンバロンやピアノ、欧州で手に入れた中国などアジアの漆器もある。

090527_027_640  プールもある南イタリア風の裏庭には、大理石の柱に支えられたテラスがあり、ここでイタリア料理も楽しめる。

 この2週間は、訪れる人もいないとの事。久し振りの来客という事で、館のバトラーが付っきりで寝室や衣装部屋、パウダールーム、パントリー、地下室やワイン倉庫まで案内してくれた。

 最後にオーナー夫人の焼いたクッキーをいただき、次の目的地淡路島に向かう。

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May 29, 2009

1259.天使と悪魔

332388view006   原作ダン・ブラウン、監督ロン・ハワード、主演トム・ハンクス、大ヒットした「ダ・ヴィンチ・コード」('06)に続く2作目が「天使と悪魔」。
 前作はヴァチカンの権威を逆撫でするような映画で、カソリック教徒には総スカンだったが、今回はかなりヨイショしている。
332388view003  しかし枢機卿のショッキングな処刑シーンが、ストーリーのポイントだけに、やはりヴァチカンは内心穏やかではないようだ。

 お話は、400年前ヴァチカンから弾圧された、ガリレオ・ガリレイたち科学者が組織した「秘密結社」の復讐劇。

332388_100x100_001_2  その秘密結社は、スイスにある「CERN」(欧州原子核研究機構)から核兵器級の「反物質」を盗み、ヴァチカンに仕掛けてローマ法王庁を乗っ取ろうと脅迫する。
 イタリア警察の依頼を受けた宗教象徴学者、前作でお馴染みのラングドン教授が、研究機構の女性物理学者と一緒に、その危機を救おうとするが・・・・・。

 出演者は、以下の国際級名優たち。

332388view004332388view002   主役の宗教象徴学教授は、もちろんアメリカのトム・ハンクス。
 協力する物理学者、イスラエル出身の女優アイェレット・ゾラー(「ミュンヘン」)。
 前教皇の侍従、イギリス出身のユアン・マクレガー(「スター・ウオーズ」シリーズ)。
 ヴァチカンのスイス衛兵隊長、スエーデン出身のステラン・スカルスガルド(「マンマ・ミーア」)。
 教授を呼んだイタリア警察の警部、イタリア出身のピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(「ナルニア国物語」)。
 ヴァチカンの長老枢機卿、ドイツ出身のアーミン・ミューラー=スタール(「ザ・バンク」)。
 秘密結社の殺し屋、デンマーク出身のニコライ・リー・コス(「ゼイ・イート・ドックス」)。

 以上の顔ぶれを眺めると、何となくストーリー展開も想像出来るだろう。
 そこでお話から離れて、バックグランドとなる世界についての「薀蓄」を少々。

 まず科学者たちの秘密結社の隠れ蓑は、「フリーメイソン」だった。ブログ701号、848号、1043号でも紹介したがモーツアルトにバッハ、ワシントン・アメリカ大統領など歴代の大統領が会員という世界最大の結社である。
 日本では元首相の鳩山一郎が有名だが、フリーメイソンの理念「友愛主義」は、民主党代表である孫の由紀夫が引き継いでいる。
 映画「ブッシュ」に登場した彼の結社は、別物。

332388view006_2  教皇の死から20日までに行われる新教皇選挙は、「コンクラーベ」と呼ばれる。システィナ礼拝堂に隔離された枢機卿たちが、投票で選ぶ。煙突の下で投票用紙を燃やし、煙の色で(決定は白、無効は黒)その結果を、サン・ピエトロ広場に集まっている信者やマスコミに知らせる。

 ガリレオ・ガリレイが秘密結社のリーダーだったかどうかは別として、地動説を主張して教会と対立したのは事実。フリーメイソンの会員だったのも事実。

 映画で登場する「反物質」。あらゆる物質と電荷が逆という実在する物だが、あれほどの破壊力を持つためには相当量が必要。現実には無理。

 教皇を警護するのは、世界最強の傭兵と言われる「スイス衛兵隊」。これは事実で、スイス人の19~30才の独身男性、身長174㎝以上が条件。中世からなぜかスイス人に限る。

 映画にも出てきたが、12月25日はキリストの誕生日ではない。聖書にも書かれているが誕生日は3月で、クリスマスは太陽を祝す古代の祭日。宗教象徴学の解釈によれば、キリスト教は太陽崇拝から始まった。 
 

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May 28, 2009

1258.鈍獣

332668_100x100_001  5年前に岸田國士戯曲賞を受賞した、宮藤官九郎の伝説の舞台「鈍獣」。
 二度と表舞台には出さないと云ってきた宮藤が、細野ひで晃のねばり強い願いで自ら映画用の脚本を書いた。

 愛すべきダメな「オトナコドモ」たちが繰り広げる、怖くて可笑しくてハートフルな物語だが、宮藤は「殺されかけている事に気づかない、精神的な鈍感さの怖さ」を書いたという。
 なにかニッポンの「今」を思い浮べる。

 物語は、25年ぶりに「国技館が引越ししたような変な田舎村」に現れた、謎の同級生と級友のヤクザホスト、腰巾着のお巡さん、そしてバーのママさんたちが絡むハートheart03ボイルド・ミステリー。

332668_100x100_001_2332668_100x100_005   主演は「何度殺しても死なない世界一超鈍い同級生」、浅野忠信。
 「落ちこぼれのヤクザホストの同級生」、北村一輝。
 「お巡りさんだが、ホストの腰巾着の同級生」、ユースケ・サンタマリア。
 「ホストの愛人ひとすじのママさん」、南野陽子。
 「ハラグロだが、ぶりっ子ホステス」、佐津川愛美。
 そして狂言回し、「雑誌編集者」は真木よう子。
 さらに演歌歌手ジェロが映画初出演と、異色豪華なキャストが並ぶ。 

 監督の細野ひで晃は、海外で生まれロスで映画を学んだクリエイター。メッセージ性の強いCMを次々と展開、数多くの広告賞を受賞している。今回の「鈍獣」が、映画初監督作品になる。

 舞台はなぜか村中が「国技館」、というのは細野監督の作品に賭ける思いのようだ。その変な空間が、現代日本の縮図になる。そしてメインとなるホストクラブは、和製ラスベガス?

332668_100x100_004  そんな思いは、キャラの衣装にも顕れる。
 「鈍い男」は毎回ヘンテコなフアッションで、ホストクラブに現れるし、ヤクザナホストはスカルやDEATH系で凄む。
 クラブのママは大和撫子の成れの果て、古着で作った和服が似合う。たった一人のホステスは、怖いグリム童話のお姫様スタイル。
 お巡さんは、「ガキデカ」征服。編集者はリクルート・ファッションとくる。

 クドカン・ワールド+細野監督のメッセージで綴る106分である。

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May 27, 2009

1257.さつま今昔(11)

Imgp0898_640Imgp0900_640         「流人焼酎」

 焼酎が、酒税法上「甲類・ホワイトリカー」(連続蒸留)と「乙類・本格焼酎」(単式蒸留)に分類される事は、これまで述べた。
 その本格焼酎もまた、主原料によって分類される。

 地域によっても特徴がある。南から辿ると沖縄県は、タイ米を原料とした「泡盛」、鹿児島県はもちろん「いも焼酎」である。そして奄美だけが「黒糖焼酎」が認められている。
 宮崎県は南部が「いも焼酎」、そして「そば焼酎」で知られる。
 熊本県は、人吉盆地を中心に「米焼酎」、いわゆる「球磨焼酎」である。
 長崎県から福岡県にかけては、「壱岐焼酎」の伝統を継ぐ「麦焼酎」。大分県も「麦焼酎」の生産ではトップを飾るが、それは戦後に入っての事。現在でも鹿児島あたりから樽買いしている。

 本州・四国・北海道は「ホワイトリカー」、つまり「甲類焼酎」が主流となる。長野の「そば・きび・ナガイモ」、高知の「栗」など話題になるが、本格焼酎は少量である。
 ところが「東京都」は、「本格焼酎」の産地である。それも「いも焼酎」である。担っているのは、伊豆七島の蔵元だった。

8_genzai0208b16   「さつま今昔」の取材で、40年ほど前に東京都八丈町を訪ねた。毎年夏に催される「八丈島流人まつり」が目的だった。
 この年のメイン行事は、名産八丈島焼酎を称えるため、丹宗神社境内に建立された「島酒之碑」の除幕式だった。
 式には、当時の鹿児島県阿久根市長の丹宗忠さんも出席していた。

 伊豆七島に焼酎づくり、それも「いも焼酎」の製造をもたらしたのは、丹宗さんの曽祖父庄右衛門である。
 彼は薩摩藩の海商のひとり、大物の「海の男」だった。長崎の五島で密貿易を営み、「唐物」を上方に運んだ折、幕府の役人に捕まった。1853(嘉永6)年、ペリーの黒船が浦賀に来航した年である。
 薩摩藩では、幕府と交渉して「問屋あずけ」(謹慎)の処分で済ませようとしたが、彼は藩に累が及ばないよう、「鳥も通わぬ八丈」への島送りを選んだ。

 庄右衛門は貧しい島人の生活を見て、サツマイモの生産と焼酎造りを考えた。彼は故郷に手紙を送り、密かにイモの苗と蒸留器など用具一式を「密輸入」したのだ。
 そして八丈だけでなく、周囲の島の人たちにも、イモの栽培と焼酎造りを指導した。
 当時、米の生産の少ない伊豆七島では、酒そのものの製造も禁止されていただけに、彼に対する島人の感謝の念は強かった。
 そして明治維新、刑が免除されて庄右衛門は15年の流人生活を終える。
 八丈島の人たちは、彼の島に対する功績を忘れないために「丹宗神社」を建立して、今も毎年祭っている。

063_640 064_640   八丈興発の「鬼ごろし」、磯崎酒造の「磯娘」、八丈島酒造の「島流し」「八重椿」、大島・谷口酒造の「御神火 芋製」などは、一部麦もブレンドしているが「流人焼酎」の伝統を継ぐ「いも焼酎」である。

 またプレミアム焼酎になった青ヶ島のいも焼酎「青酎」は、現在6人がそれぞれ手作りで造り、統一銘柄で出荷している。愛飲家によれば、この焼酎の味と香りが、古い薩摩の焼酎に最も近いという。

 庄右衛門の故郷鹿児島からも、また彼の苗字「丹宗」を名付けた焼酎が売り出されている。

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May 26, 2009

1256.さつま今昔(10)

031_640   「黒ジョカ」

 前回述べたように「ダイヤメ」には、「黒ジョカ」が似合う。「黒千代香」と洒落て書く場合もあるが、「チョカ」でないと落ち着かない。

 この薩摩焼酒器を生み出したのは、初代有山長太郎。1900(明32)年に、島津家御庭焼から独立して谷山小松原(鹿児島市)に窯を開いた。
 その後、洋画界の巨匠黒田清輝の知遇を得て「薩摩長太郎焼」を名乗り、現在は三代目が窯を守っている。

 「黒ジョカ」の型は、白薩摩焼の「亀甲型チョカ」がモデルだが、当時TV「さつま今昔」に出演した二代目長太郎さんは、「毎日窯元から眺めた桜島の姿が、父の目に焼きついていたのだろう」と語っている。

048_640052_640  手元にある同じ「苗代川焼」の二つの茶碗。左が錦手の技法で絵付けされた「白薩摩」、右は黒釉の「黒薩摩」である。

 このように薩摩焼きには、二つの大きな流れがある。もちろん現在では、同じ窯元で白も黒も作り誰でも利用できるが、江戸時代までは区分されていた。
 つまり、白薩摩は藩主や上級武士の茶器や装飾品、他大名への贈答品として作られ、黒は庶民の日用雑器として利用されたのだ。

 歴史的に見ると、白も黒もルーツは同じである。文禄・慶長の朝鮮出兵(16世紀末)から撤退の折、かの国から陶工を連れ戻った事に始まる。
 古くからあった瀬戸や備前と異なり、有田・上野・高取・高田・萩焼などと誕生の時を同じくする。  
                                                                      096         
 詳しくはブログ1174号('09.2.21)で述べたが、陶工の上陸地によって大きく三つの系統に分けられる。

 まずひとつが、「苗代川系」。東シナ海の串木野に上陸した43人の陶工達は、粘土や釉薬を求めて苗代川(日置市)に定着した。
 そして藩の保護政策もあって、江戸末期には黒薩摩から錦手など白薩摩の生産へと製品の幅を広げていった。

 左上の「金襴手大花瓶」は、薩摩を代表する苗代川系の作品だが、1867(慶応3)年のパリ万国博覧会や1873(明6)年のウイーン万国博覧会には、沈壽官窯、鮫島訓石窯、東郷壽勝窯からの作品が出品されている。
 現在も、沈壽官窯をはじめ荒木陶窯、佐太郎窯などが健在である。

 次が、鹿児島湾奥前の浜に上陸した20余名である。関ヶ原の戦いで西軍に加担して破れた島津義弘が、蟄居先の帖佐に窯を開かせた。
 義弘はリーダーの金海を瀬戸や上方に派遣し、茶陶の技術を学ばせた。いわゆる「竪野系」の誕生である。
 宇都窯、御里窯(加治木)ともっぱら茶碗・茶入・花生を焼き、博多商人で茶人の神屋宗湛などに愛用された。

034_640  義弘の子・家久が藩主になると鹿児島・冷水窯、さらに江戸後期、島津斉彬は洋式工場群・集成館事業の一環として磯窯(磯御庭窯)を築く。
 この窯は、1863(文久3)年の薩英戦争で灰燼に帰すが、明治になって田ノ浦窯、慶田窯、隈元窯、仙巌窯と竪野系の伝統を引き継ぐ。
 冒頭の「黒ジョカ」長太郎焼もこの流れである。
 右の写真「金彩龍耳香炉」(銘文薩摩・慶田)は、竪野系の作品。

040_640  最後が「龍門司系」。串木野に上陸した一部が加治木に山元窯を開いたのが始まりである。
 修験者小野元立が肥前の陶工に開かせた元立院窯で学び、龍門司窯を開く。
 刷毛目、三島手、三彩、ドンコなど多彩な技法を使って椀・皿・徳利など小型の日用品を焼いた。

 明治以降、本窯のほか小野窯、東組窯と続いたが、現在は「龍門司焼企業組合」としてその伝統を守っている。

 2月、江戸東京博物館で開催された「日仏交流150周年記念・薩摩焼」展で、「鹿児島の現代陶芸~伝統と創作~」が併設され、現在活躍している陶芸家たちの作品、60余点が展示されていた。
 苗代川系、竪野系、龍門司系の流れを汲む伝統窯、新しく各地の窯や窯業試験場で陶芸の技法を学んだ新興窯と多士多彩の作品に、意を強くした。

 しかし、日本伝統工芸展や日展などでの入選作は、有田や伊万里、萩焼等に比べると少なく、薩摩焼の作家たちの知名度はもうひとつである。
 また、日用の食器にしても、東京や大阪ではなかなか手に入らない。産業としての薩摩焼も有田や砥部、瀬戸、益子などに比べると弱い。
 パリ万博で日本を代表する焼物として、世界に評価された伝統の技。その再起を期待したい。

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May 25, 2009

1255.ブッシュ

003004 「KY」(神の預言)に始まり「KY」(靴よけ)で終わったアメリカ43代大統領ジョージ・W・ブッシュ。
 彼は、世界の「KY」(空気が読めなかった)寂しい男だった。
 巨匠オリバー・ストーンは、大統領退任記念として軽いタッチでその半生を描いた。

 映画の原題は「W」(ダブヤ)。
 テキサス訛りでこう呼ばれた男は、石油で財をなしたアメリカを代表する名門ブッシュ家の跡取りだった。
 祖父は上院議員、父親は41代大統領。しかしWの半生は、史上最悪の大統領の汚名を背負う事で終わった。

 アメリカの世論調査によれば、41代 ブッシュ大統領は58パーセントの支持率でスタート、最高は85最低は40、最後が50%弱だった。
 しかし43代W・ブッシュ大統領は、88パーセントと父親を超える支持率でスタートしたものの、あとは下り坂。最後は30%を切ってしまった。

 物語は、2002年のホワイトハウスの「悪の枢軸」会議から始まる。
 イラクが大量破壊兵器を持っていると純粋素朴に信じ切ったブッシュが、「イラク開戦」を決めるまでの政治の舞台裏を縦糸に、名門エール大学を出たものの父親に対するコンプレックスと、可愛がられる弟(後のフロリダ州知事)への嫉妬に苦しむ、アル中男の葛藤を横糸に綴られる。

 ストーン監督は、「夢を追いながら人生に迷い悩める男性像を描いたに過ぎない」というが、ブッシュのファザコンがイラク侵攻を起こし、大量の人命を失わせたという事実を、喜劇的に映し出すことでリアルな政治映画となっている。
 「JFK」「ニクソン」に続く3人目の「大統領伝記」は、その「軽さ」故にパロディを超えて悲劇的でさえある。

333347_01_02_02  W・ブッシュを演ずるのは、今年「ミルク」で宗教右派の暗殺者を演じ、アカデミー賞助演男優賞にノミネイトされたジョシュ・ブローリン。

 彼を取り巻くホワイトハウスの面々。ネオコンのチェイニー副大統領、リチャード・ドレファス(「グッバイガール」のオスカー俳優)。ライス首席補佐官、タンディ・ニュートン(「クラッシュ」'04)。パウエル国務長官、ジェフリー・ライト(「シリアナ」'05)。ラムズフェルド国防長官、スコット・グレン(「最後の初恋」'09)。

333347_01_03_02  パパ・ブッシュは、ジェームズ・クロムウエル(「クイーン」'06)。母親のアーバラ夫人には、オスカー女優(「アリスの恋」)エレン・バースティン。ローラ夫人、エリザベス・バンクス(「シー・ビスケット」'03)と演技派が並ぶ。
 「そっくりさん」というより、その演技力で現存する人物を見事に見せた。

 試写会を見たW・ブッシュの感想。「けっこう面白かった」!?!? 

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May 24, 2009

1254.新緑・鎌倉古刹を巡る

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 勝上嶽から眺めた建長寺。鎌倉五山の第一位、臨済宗建長寺派の大本山である。
 今月の「ひとまくウオーキング」は、鎌倉臨済禅の原点を辿った。

090523_006_640_3090523_010_640_5090523_011_640_3 大船駅に集合してバスで10分、最初に訪ねたのは「粟船山常楽禅寺」。

 縄文の時代から粟を積んだ船が出入りしていた入江、「あわふね」が転じて「おおふな(大船)」となった。その地の名刹が常楽寺である。

 寺は、妻の母の追善供養のため三代執権北条泰時が建立した御堂が始まりである。その開山が植えた銀杏の古木(右上の写真)が、今も残っている。

 それから11年後の1248(宝治2)年、五代執権時頼が宋の禅僧・蘭渓道隆を招いて、ここに臨済宗を創建した。
 そして建長寺が完成するまでは、常楽寺が根本寺として宋風禅を広めていく。
 寺号は泰時の院号からとり、墓もこの地にある。

090523_020_640090523_023_640 寺の裏にひろがる粟船山にも、清水冠者義高とその許婚だった泰時の娘の墓(伝)があった。
 娘婿でありながら北条に討たれた、悲劇の若武者の墓前には、その末裔からの花と卒塔婆が置かれていた。

090523_040_640090523_036_640_2090523_033_640_2  高野の切通を抜けて、六国見山に登り今泉へ向かう。今回のトレッキングでは、最も難所だった。

 六国見山は標高147mの山だが、その頂上からは、安房・上総・下総・武蔵・相模・伊豆の六国が一望できる
 初夏の霞で駿河の富士は見えなかったが、ここには富士講の「浅間神社」の碑があった。

090523_041_640090523_043_640090523_046_640   今泉台の住宅地を通って「散在ヶ池森林公園」で昼食。
 ここには900種以上の植物の群落があり、50種をこえる野鳥の宝庫である。
 初夏の新緑も良かったが、秋の紅葉が見事だというのが、ガイドの説明。
 今回のガイドは、80歳のシニア・ボランティア。我々より健脚である。

090523_055_640_3090523_053_640_2090523_052_640  最後の難所、鎌倉の北の尾根にある十王岩を登りきると、建長寺の裏山に辿りつく。

 ここにあるのが「半僧坊」、建長寺の鎮守大権現が祭られている。
 明治の中頃、廃仏毀釈で寂れていたこの寺に、静岡から寺男(半僧)がやってきて家内安全・稼業安全・会場安全・厄災削除の祈祷を行った。
 評判が評判をよび、最盛期には信者5万、講110を数え、その寄進によって建長寺は救われたという。
 ビジネスに長けたその寺男は、「大天狗」の再来という事で、多くのカラス天狗も半僧坊を守っている。

090523_048_640090523_071_640_2090523_068_640_3  今回の「鎌倉ウオーキング」の終着地、「巨福山建長興国禅寺」。
 1253(建長5)年、常楽寺から移った大覚禅師(蘭渓道隆)が開山した。
 北条時頼は、寺を経済的に支えるだけでなく、自らも出家して覚了房道崇と名乗る。

090523_063_640_2090523_067_640_2   伽藍は、京都から移した「総門」(巨福門)、重要文化財の「山門」、国宝の「梵鐘」、名勝史跡の「柏槇」、重要文化財の「仏殿」、重要文化財の「法堂 」の天井には小泉淳作の「雲竜図」が描かれている。
 ほかに塔頭12院と、宋の厳格な禅風を今に伝える「西来庵」(非公開)の専門道場がある。

 臨済禅の発祥の地、大船の常楽寺をスタートして6時間。二つの尾根を越えて10キロのトレッキング、これまでの「ひとまくウオーキング」では最も厳しいコースだった。
 名勝史跡、大覚禅師が作庭した「庭園」を眺めながら、疲れを癒す。薫風が心地よかった。

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May 22, 2009

1253.ひとまく会

006  今月は、日本の伝統芸術を鑑賞する機会が多かった。先日ブログで紹介したように新橋演舞場での歌舞伎、一昨日は渋谷の観世能楽堂で能「通盛」と狂言「茶壷」、仕舞「弓八幡」などを観た。

 「通盛(みちもり)」は能の代表作のひとつ、源平の闘いで一の谷で討ち死にした通盛と、鳴門の浦に入水した愛妾小宰相の局のお話。シテ(漁翁と通盛の霊)を武田尚浩、ツレ(局)を藤波重彦と観世流の重鎮が演じた。

Perform_photo0905_2Ticket_image2  昨日は恒例の「ひとまく会」、歌舞伎座の4階席で最後の一幕を楽しむ集まりである。幕前に、近くの居酒屋で一杯やるのが楽しみである。
 20数年前から歌舞伎好きが口コミで集まって開催しているもので、今回は197回目。歌舞伎座も来年壊されるので、200回を記念に最後にしようと世話人は云うが、飲み会だけは続けようというのが、常連の希望である。

 4回一幕席は、前売り券や指定席券もないので30分ほど前から右の写真の切符売り場に並ぶ。人気演目の時は、立ち見も覚悟しなければならない。また定員オーバーで締め出される時もある。その時は、居酒屋に戻って「ひとのみ会」になる。

 今月鑑賞したのは、舞踊劇「おしどり」。本題を「鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)」といい、浄瑠璃の「四十八手恋所訳(しじゅうはってこいのしょわけ)」が原曲である。

 他の舞踊劇と異なり上下2巻に分かれており、上巻は長唄、下巻は常盤津。横恋慕した男が、遺恨を晴らすためつがいの鴛鴦の雄を殺す。その雌鳥が人間の姿になって、夫を恋い慕うという展開。
 上巻で、二人の男が一人の女を挟んで「相撲談義」を「拍子舞」で見せるシーンと、下巻の夫婦鴛鴦が狂い舞う所が見どころだった。

 出演は、恋人同士と鴛鴦夫婦に市川海老蔵と尾上菊之助のコンビ、横恋慕する敵役は赤塗りの尾上松緑。往年の菊之助、新之助、辰之助の登場だった。
 菊之助は前号のブログ、映画「THE CODE~暗号」でも紹介したがやはり歌舞伎の女形の方が本物だ。

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May 21, 2009

1252.THE CODE(暗号)

332139_100x100_008 「舞台は上海。暗号解読の天才=探偵507に舞い込んできた依頼には、哀しき戦いが待ち受けていた・・・・。尾上菊之助、初挑戦となるアクション・エンタテインメント。」
 昨年秋の東京国際映画祭の「日本映画・ある視点」部門で、オープニングに上映された作品である。

 もともとはインターネットに4年前から流されているショートシネマ「探偵事務所5」で、劇場版は多分これが3作目かも知れない。宍戸錠や佐野史郎、宮迫博之、成宮寛貴など御馴染みの顔ぶれが、今回も探偵として登場する。

 企画・製作したのは林海象。「夢見るように眠りたい」('86)でデビュー以来、「罠]('96)「キャッツ・アイ]('97)など探偵映画を作り続けている監督だ。
 自らのプロダクションを「映像探偵社」と名付けているように、その想い入れたっぷりの映像が今回も楽しめる。
 もちろん原作・脚本・監督は林海象。独特のスタイリッシュさと異国情緒あふれる「昭和ワールド」である。

 お話は単純なので省くが、幾つかの見せ場がある。

332139_100x100_002332139_100x100_010   映画5作目の尾上菊之助が、いつもの和服姿とは違ってブラック・スーツに黒ぶちメガネで、不器用なラブシーンを演ずる。そのお相手は、稲盛いずみ(大河「篤姫」)が扮する上海の歌姫。

332139_100x100_013  探偵社会長の「エースの錠」と、中野学校出身の元諜報員役・松方弘樹とのガン・バトル。76歳の日活アクションスターと67歳の東映アクションスターとの対決は、少々痛々しいが往年のファンにとっては見どころ。

 川崎市が全面協力して撮影した爆弾テロ事件には、救急隊員だけでなく本物の川崎市長までその役で出演する。

332139_100x100_017  そして極め付きは、お話のベースになる「CODE(暗号)」が全て本物なのだ。「転置式暗号」「音階暗号」「書籍暗号」「RSA暗号」、それに第二次大戦でドイツが使った「エニグマ」や「サイファーディス」など本物の暗号機も登場、稲盛いずみの背中に彫られた「暗号」も専門家の監修付きなのだ。
 まさに「探偵オタク」林海象の、面目躍如たるものがあるのだ。

332139_100x100_001  上海マフィアやスナイパーなどとの派手な殺し合いのなかで、尾上だけでなく宍戸や探偵たちだけは、弾が急所を逸れるというご都合主義も、連載物だから仕方があるまい。
 インターネットを見てない人には、少々判りにくい部分もあるが、それなりに楽しめる。

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May 20, 2009

1251.GOEMON

330507view005_2  安土桃山時代に活躍した武将や姫や忍びの者、大河ドラマや講談で人口に膾炙している「有名人」を登場させた、豪華絢爛たる「戦国絵巻」なのだが、舞台が古代ローマやギリシャ、いや古代アジアか中世ヨーロッパなのか、無国籍、反歴史的な装置なのだから、「真面目な観客」は戸惑う。

330507_100x100_002 330507_100x100_004  武将は十字軍の扮装だし、鉄火面が登場し、姫はロングドレスをまとう。忍びの者だって、バイキングの荒くれの服装だし、ちょんまげなど一人も出てこない。
 関ヶ原の戦いかと思ったが、それはスターウオ-ズやロード・オブ・リングの闘い。西部劇や南北戦争に登場したような大砲や回転式機関銃が飛び出す。

 格差社会に閉塞感、勇気とか逞しさをうしなった現代に対してのアンチテーゼと、監督は語るが、史実を超越したこの作品から、はたして何が生まれるのだろうか。
 登場人物とそれに扮する役者を見れば、ストーリーは自ずと見えてくる。

 「俺は自由になってみたい!」石川五右衛門・江口洋介
 「自由を謳歌しながら周りを巻き込むな!」霧隠才蔵・大沢たかお
 「それで戦いが止められるのならば」茶々・広末涼子

 「強くなれ、そうすれば何も奪われないぞ」織田信長・中村橋之助
 「もう逃げられはしないぞ、運命からは」豊臣秀吉・奥田瑛ニ
 「ただの戦争だ、天下という餌の」徳川家康・伊武雅刀
 「折角手に入れたのだ、切り札を」石田三成・要潤

 「世が荒れると、茶がたちませぬ」千利休・平幹二朗
 「その幸せのため闘うのだ」服部半蔵・寺島進
 「躍起な事になるって、何度もいっただろう」猿飛佐助・ゴリ

 製作・脚本・監督そして明智光秀の役、大スポンサーとして巨額の予算を掻き集めたのが、紀里谷和明。
 「CASSHERN」を撮った監督というより、シンガーソング・ライターの宇多田ヒカルの元ダンナといった方が判りやすいだろう。
 熊本の実家は、パチンコ業で財をなした九州1~2の大金持ち。
 5年もかけて製作したこの作品は、道楽なのかビジネスなのか。それは、観客の入り次第というもの。

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May 19, 2009

1250.五月大歌舞伎(演舞場)

113_640 今月の新橋演舞場は、中村吉右衛門がメイン。「吉さま」の連れ合いは、昼・夜の部ともだが、こちらは夜だけお供した。「鬼平」だからである。

 「鬼平犯科帳」が、歌舞伎の演目として上演されるのは珍しい。1990(平成2)年以来3本で、今回の「狐火」は2回目である。

 そもそもは池波正太郎が書いた連作時代小説で、吉右衛門の父・松本白鸚 (八世幸四郎)をモデルに、主人公である鬼平こと長谷川平蔵のイメージを作り上げた。
 だから帝劇や明治座で上演された時は、幸四郎が主演だった。
114  その後、吉右衛門が鬼平を引き継ぐが、歌舞伎で上演されたのは先述の「狐火」('90)で、他は2年前に「大川の隠居」が新橋演舞場で上演されている。

 私たちのイメージに残っているのは、何といってもフジテレビの「鬼平犯科帳」だろう。吉右衛門の鬼平が、1989年から3年間全47話放送された。
 冒頭のナレーション、中西龍さんの名調子も、体調を崩した晩年の頃は痛々しかったが、彼の語りがなかったら、このお話は始まらないのである。
 DVD26巻、全て揃えて時々懐かしく見ている。

  今回の歌舞伎「狐火」の出演者を紹介しておこう。(括弧内はテレビ出演者)
 鬼平はもちろん中村吉右衛門。密偵おまさ・芝雀(梶芽衣子)、二代目盗賊狐火・錦之助(速水亮)、弟文吉・染五郎(伊藤高)、相模の彦十・段四郎(江戸家猫八)、瀬戸川の源七・歌六(垂水悟郎)。

 もう一本は、「於染久松色読販(おそめひさまつうきなのよみうり)~お染の七役~」

Img_kitagawa006  江戸時代の人形浄瑠璃や世話物狂言の代表作「お染久松」。大坂・瓦町の質見世油屋のお染と丁稚久松の情死物語である。

 「新版歌祭文」の野崎村の方は、近松門左衛門の養子半二の作として、歌舞伎でもしばしば上演されるが、こちらは四世鶴屋南北作の世話物。
115  一人の女形が、7つの役を早変わりで演じ分けるのが見どころであるが、今回はその役を、中村福助が見事に演じた。

 七役それぞれが、姿形はもちろん性格も語り口も全く異なるのが面白い。
 まずは主役の「油屋娘お染」と「丁稚久松」。「お染の母貞昌」に「久松の姉、奥女中竹川」、「油屋主人が惚れてる芸者小糸」に「ならず者の土手のお六」、そして「久松の許婚お光」である。

 お話は別として、第一幕の「柳島妙見の場」では四役を次々演ずる。上手に引っ込むと今度は別の人物に変わって下手から登場する、それだけでなくあっという間に今度は花道からと、観客を沸かす。

 とくに大詰めでは、舞台上でのすれ違いざまに、女形のお染から立役の久松に一瞬にして変わるところなど、まさに圧巻である。
 映画やテレビでは、合成そしてCG編集でと簡単に複数役をこなせるが、歌舞伎におけるこの早代わりは、まさに芸術の域に達する。

 「お染久松」事件は、1708(宝永5)年実際に大坂(阪ではない)で起こった事で、油屋の丁稚久松が誤って主家の幼女お染を水死させ、自らも大川に飛び込んで自殺したというのが事実。

 上方の庶民は、こんな事件でもすぐ「心中物」にしてしまうのだから面白い。そしてそれが、たちまちにして人形浄瑠璃や歌舞伎になってしまうのだ。 

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May 18, 2009

1249.さつま今昔(番外編)

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090517_008_640_2090517_016_640_3090517_021_640 

 「渋谷で!
    おはら!


 12回目の「渋谷・鹿児島おはら祭」、鹿児島から上京してきた11連300人を加え53連2500人が道玄坂と文化村通りを埋め尽くした。

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 踊るのは鹿児島民謡「おはら節」に「ハンヤ節」、そして「渋谷音頭」。
 若者たちが作ったロック調の「TOKYOオハラ」も加わる。
 NPO渋谷・鹿児島文化等交流協議会が主催する。

 「さつま今昔」流に云えばこのイベントは、薩摩の人たちによる、殿様の故郷でのデモンストレーション、いや感謝の奉納なのだ。

 殿様といっても島津家ではない。鎌倉時代の1247年、三浦一族を滅ぼした宝治合戦で、多大な戦功をあげた相模国渋谷の領主光重は、執権北条時頼から北薩摩の地頭職を与えられた。
 そこで渋谷光重はその子5人を薩摩に下向させ、東郷・祁答院・鶴田・入来院・高城の地頭とした。5人はそれぞれ所領名を苗字として名乗り、「渋谷五族」と呼ばれた。以来300年、島津に滅ぼされるまで渋谷五族の支配は続く。
 つまり渋谷は、薩摩の地を治めた殿様のルーツだったのだ。

 日露戦争で、連合艦隊司令長官としてロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎は、渋谷東郷家の末裔である。
 彼を祀る「東郷神社」が、渋谷区神宮前にあるのも、その縁からである。

 「花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは オハラハー桜島」

 おはら祭の由来は、鹿児島の代表的な民謡「おはら節」からきている。
 鹿児島の名所や薩摩堅気、生活とちょっと色っぽさを唄い込んだこの民謡は、結構古いもののようだ。

 江戸の初め、日向で唄われていた安久(やっさ)節が鹿児島近郷の伊敷村原良に伝わり、「お原良(はら)節」と呼ばれるようになったという。
 「越中おわら節」や「おわら米とぎ唄」の流れ、との説もあるがテンポが違う。

 ただ現在唄われているものは、鹿児島芸者・喜代冶が唄った「おはら節」に中山晋平が惚れ込み、編曲してレコード化したものだそうだ。
 だから晋平の作曲した「東京音頭」のイントロにも、このメロディが使われている。

 「雨の降る夜は おじゃんなと言うたに 濡れておじゃれば オハラハーなお可愛い」
 「可愛がられて 寝た夜もござる 泣いて明かした オハラハー夜もござる」

 「おはら節」のなかで、もっとも好きな節である。

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May 17, 2009

1248.東京みなと祭

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090516_002_640090516_005_640090516_010_640  「総員上へ、総帆かけかた用意!」「第一解帆手、登りかた用意!」「登れ!」
 キャプテンの声が響く。
 実習生たちはラットライン(縄梯子)を伝ってマストによじ登る。
 フットロープ(支え綱)を渡ると、ヤードに硬く包み込まれたセイルを解く。

090516_011_640090516_009_640090516_014_640  第62回東京みなと祭、晴海会場の呼び物は、例年行われる「帆船」の展帆イベントである。
 今年は海王丸がやってきた。

090516_021_640090516_017_640_2  客船ターミナルでは、ボランティア・ガイドの橋本進さんが帆の展れる様子を丁寧に説明する。
 橋本さんについては、このブログ1191号('09.03.13)でも紹介したが、元東京商船大学教授。というより33年前の「アメリカ建国200年記念・オペレーションセール」に参加した、「帆船日本丸」のキャプテンとして知られている。
090516_027_640  私もテレビ取材で乗船したが、以来キャプテンとは時折盃を交わしている。
 展帆イベントのあとは、特設会場で海と船についての「記念講演会」も行われた。

090516_031_640_4  「東京みなと祭」は今日この後、晴海会場では「海王丸船内公開」や「水の消防ページェント」、臨海副都心会場では増田明美さんと一緒に「臨海ウオーキング」、船の科学館会場では「東京港周遊体験乗船会」、お台場海浜公園会場では「ドラゴンボート大会」が開かれる予定。    

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May 16, 2009

1247.デュプリシティ

002_640 「デュプリシティ」(duplicity)とは、不誠実、二重性、二枚舌と訳す。さてこの映画には、どれが相応しいか。
 邦題では「スパイは、スパイに嘘をつく」との副題がついているが、これは蛇足。

 初めて監督した「フィクサー」('07)で、アカデミー賞7部門にノミネイトされたトニー・ギルロイの2作目。もちろん脚本も彼だ。

333162_100x100_006  そして演ずるのは、アメリカ出身のオスカー女優ジュリア・ロバーツと、イギリス出身のベテラン男優クライヴ・オーエンのお二人。
333162_100x100_004  かたやアメリカCIAの元女スパイ、一方がイギリスMI6の元諜報員という役。
 産業スパイとなったその二人が騙し騙されながらも、「からだ」は忘れられないというお話が展開していく。

 この二人に絡むのが、イギリスのベテラン俳優トム・ウイルキンソン(「フィクサー」でアカデミー賞ノミネイト)と、アメリカのベテラン俳優ポール・ジャマッティ(「シンデレラマン」'05で同じくノミネイト)のお二人。日用品メーカーのCEOとしてお互い駆け引きする役である。

 トニー・ギルロイといえば、著名なピューリッツアー賞作家、脚本家・監督としても知られるフランク・D・ギルロイの息子。父親の血を継いだのか、若い頃から映画の脚本を書き、「ボーン・アイディンティー」など「ジェイソン・ボーン・シリーズ」で一躍有名になり、「フィクサー」からは、自ら監督を務めている。
 そして近日公開される「消されたヘッドライン」でも脚本を担当するなど、政治犯罪や情報機関の内幕を抉る作品を得意としている。

 今回の作品は、これまでの「クライム・サスペンス」というより「クライム・コメディー」「クライム・エンターテインメント」の部類に入る作品だ。

333162_100x100_001_2  ベテラン役者に真面目な顔でウソをつかせ、ちょっぴり事実を見せながら、さらなるウソで観客を翻弄する。
 二重三重の裏切りとダマシのテクニック。最後に笑った!のは誰でしょう、というコメディーなのだ。

 ジュリア様御歳42歳、クライブ君45歳。二人の若々しい肉体とお色気が羨ましくなる映画である。 

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May 15, 2009

1246.東京道産酒の会

041  北海道で生まれた人、北海道で青春を送った人、北海道での仕事に情熱を燃やした人、北海道にエールを贈る人たちの集まりが「東京道産酒の会」。月に1回、地元の酒と北海道の食材を肴に会話を楽しんでいる。

047  202回・昨夜のゲストスピーカーは、桐蔭横浜大学教授の黒澤清一さん。「世界同時不況と日本」がテーマ。
 黒澤さんは、日銀出身のエコノミスト。外資系金融機関の役員を務めるなど現場経験も多く、若い学生たちには評判の教授である。

 「日本という国は、アメリカをはじめヨーロッパ諸国さらには中国などから甘く見られている。外資での経験からも、欧米のハゲタカたちは、日本との商売は旨味が多いと嘯く。軍事の面でも、例えば駐留米軍の経費は同じ敗戦国だったドイツに比べ、7倍も負担している」

 「政治の側面でも、彼らはプラグマチストである。友好の握手はするが、足では蹴りあっている。友好国であっても仮想敵国として、情報戦争は怠らない。その点、日本は単純だ。友好国は100%信じ切ってお任せ、非友好国は見向きもしない。そうした日本の体質が、今回の世界同時不況で、もろに露呈した」

 「100年に1度の経済危機と言われるが、大航海時代以来の国際経済システム、つまり資本主義のモデルが、500年たって終焉したと見るべきである。だから白紙の中から新しいモデルを築き上げなければならない。実はそのヒントが、日本の江戸時代にある」

 「アメリカのケネディ大統領が、政治家の鑑として尊敬した一人が米沢藩八代藩主上杉鷹山である。ケネディは演説の中で、鷹山の『伝国の辞』を度々引用した。例えば『人民は国家に属したる人民にして我私すべきものには之無く候』は、見事民主国家の在り様を示している」

 「鷹山は、不況の時藩主の生活費を七分の一に削減しながら、有為の人材を登用、一人も首にせず、新産業振興と教育の充実などの藩政改革によって、藩財政を立て直した。他にも、岡山藩の熊沢蕃山や松代藩の恩田杢など、財政改革を成し遂げた『巨人』たちの足跡がある」

 「『少欲知足』の共同体的な新しい経済システムの確立は、日本が自信を持ってその先陣を切らなければならないし、その機会が今やってきたのだ」

note note052  今月の音楽は、「端午の節句」に因んで!?「タンゴ」のメドレー。
 アルゼンチンタンゴを代表するロドリゲス作曲「ラ・クンパルシータ」、クラッシクの作曲家アルベニスの「タンゴ」、そしてデンマークのガーデ作曲「ジェラシー」とコンチネンタル・タンゴの2曲。
 演奏は、いつものように東京室内交響楽団のピアニスト中山育美さん。

039 bottle 道産酒:「特撰黒松千歳鶴」「純米吟風」「北海二七八」
 肴:烏賊塩辛、帆立貝オクラ和え、ルイベ、銀鱈柚庵焼き、新じゃが甘辛煮、ししゃも天麩羅、鮭あら汁ほか。

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May 14, 2009

1245.労苦・銀杯

003_640005_640  「平和祈念事業特別基金」から「特別慰労品」の銀杯が届いた。裏には麗々しく「内閣総理大臣」と記されている。
 昨年末、同じ旧満州からの引揚体験を持つ知人から、「書類を出すと何か貰えるぞ」と云われ、モノは試しと申請書を書いた結果である。

 「平和祈念事業特別基金」なるものの存在を知ったのも、今回が初めてだった。気になったので少し調べてみたが、21年前に政府が200億円出資して設立された認可法人だった。それが行政改革によって、独立行政法人に変わった。

 基金の目的は「労苦継承事業」と書かれている。
 「軍歴が短いため恩給を受けられない方々」「戦後シベリアに強制的に抑留された方々」「戦争により外地から引揚げられてこられた方々」などの労苦について、国民に理解を深める事を目的とした事業を行うのだそうだ。
 そのためここ20年に渉って、資料を収集したり、調査研究・記録作成を行ったようだ。
 そして東京・新宿に「平和祈念展示資料館」を設けた。
 そう云えば、地下鉄の広告で見た事があるが、九段の資料館の類とあまり関心も持たなかったのが事実である。

 その「特別基金」が、来年9月いっぱいで解散するという。戦後60年以上もたったのでもう「労苦を継承」する必要もないし、継承する人もいなくなったかららしい。
 そこで残った「基金200億円」を使って、「特別記念事業」を行う事にした。といっても、特別何か後世に残る事業を行うのではない。関係者に「旅行券」や「時計」「楯」「銀杯」を送るだけだ。
 それが、今回届いた「銀杯」の意味である。

_640  引揚者かどうか、2ヶ月も審査に時間がかかった。親はとっくに亡くなっているので、「引揚げ証明書」や博多での「上陸証明書」などは持っていない。親の除籍簿とか、外地から故郷へ出した手紙が残っていたので添付した。
 話によると、これまで30万件の申請を受付けて、27万件が認可されたそうだ。一割が証拠書類不足で却下されている。
 右の書類が、その認定書。

 さらに2ヶ月以上たって、「銀杯」が届いた。強制抑留者の方々は10万円相当の旅行券も選べたが、引揚者はこれだけ。
 せっかくの慰労品だが、これで酒を飲むわけにもいかないし、ヤフーのオークションに出すわけにもいかない。
 じっと眺めながら、60数年前の「労苦」を思い出すことにしよう。

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May 13, 2009

1244.チェイサー

Wallpaper1024_768_01  「チェイサー」(The Chaser)とは追撃者のこと。
 汚職で警察を首になった元刑事、今では風俗店を経営している。ところが派遣した女の子が、次々と失踪する。
 携帯電話を手がかりに、ようやく掴まえた男は殺人鬼だった。
 「女たちは俺が殺した。そして、最後の女はまだ生きている」
 証拠不十分で釈放された男を、元刑事が追撃する・・・・。

 2003年9月から翌年7月にかけて韓国で起こった連続猟奇殺人事件が映画のベースになった。
333017_01_02_02  連続殺人容疑で取調べた男、柳永哲(33歳)は警察のスキをついて逃亡。2回もあった犯人逮捕のチャンスも、警察の不手際で逃し、やっと掴まえても証拠不十分で釈放。
 その間21人が殺され、埋められた。
 結局その犯人は、雇っていた女を殺された出張マッサージ店の店主が、「追撃」して掴まえた。

 「韓流」とは全く趣を異にする、ハードな作品である。重く激しく気迫がこもる。トップからエンディングまでの緊迫感あるダイナミックな展開は、脚本がしっかりしているからだろう。
 その本を書いて監督したのは、新鋭ナ・ホンジ。長編映画デビュー作品おなった。

 作品は、昨年韓国でNO.1の大ヒット。未成年入場禁止だったが、口コミだけで500万人の観客を動員している。
 そして韓国アカデミー賞や映画大賞など、ほとんどの部門で受賞し、カンヌ国際映画祭に特別招待されている。
 この映画を観たレオナルド・ディカプリオは、リメイク権を獲得。ワーナー・ブラザーズによるハリウッド版も、近く製作されるという。

Wallpaper1024_768_04Wallpaper1024_768_04_2   追う男も追われる男も、この作品で大スターになった。
 元刑事役のキム・ユンクは、「ヨコヅナ・マドンナ」('06)で主役の少年の父親役の役者。アル中で暴力振るう脇役だった。
 殺人鬼のハ・ジョンウは、「絶対の愛」('06)などで優男を演じていた。
 しかしこの作品で、二人は完璧な演技を見せ観客を釘付けさたのだ。

 夜のソウルを訪ねると気が付くのだが、住宅街のあちこちで赤いネオンの「十字架」を見かける。
 この惨劇が起こった場所からは、その「赤い十字架」が必ず見える。
 この連続猟奇殺人事件がなぜ起こったのか。ナ・ホンジ監督は、犯人の過去やトラウマを廃しながらクールに描き出す。
 観客は、ひとりひとり「なぜか」を解釈しながら、このクライム・サスペンスに浸る。 

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May 12, 2009

1243.さつま今昔(9)

027_640    ダイヤメ(晩酌)

 TV「さつま今昔」の監修・解説を引き受けていただいた川越政則さん(元南日本新聞社社長・1998年没)の、最後の大著が「焼酎文化図譜」(1987年・鹿児島民芸館刊)である。
 彼は薩摩の「ダイヤメ」の文化をこう記す。

 「食をつくった残り火でもよい。
 好みに水割りにした焼酎を黒ジョカに入れて、
 火の余熱でゆっくり温める。
 囲炉裏の横座にあぐらをして、
 それをじっと待っていると、
 一日の疲れと空腹がヒタヒタと
 生きがいのようなものに変わってくる。
 はじめの一杯の一滴・二滴を
 囲炉裏の隅にそそいで神を祭ってから、
 飲む前に必ず『いただきもす』と
 今日を生きた自分にも挨拶をする。」

 1800ページを超えるこの大著は「焼酎を通した雄大な日本文化論」と、「さつま今昔」で「17章・焼酎」を担当した民俗学の芳即正さんは評する。

 川越さんは「焼酎を日本民族が創造した貴重な文化財」とした上で、

 「焼酎は辺境のエネルギーであった。このアウトサイダーの存在が、明治維新の時のように、いま市民権を獲得しつつある」と、今日の「焼酎ブーム」を予言した。

 そして「こういうことは、歴史の転換期とか文明の行きづまりに出てくる現象でもある。消費文化、虚飾文化に押し流されまいとする人達が、素朴な焼酎という生命の水を飲みはじめたともいえる。清酒だけが『日本酒』ではなかった」と喝破する。

 醸造酒である「日本酒」に比べ、「焼酎」の歴史はそう古くはない。とくに「いも焼酎」になると、原料の「カライモ」(鹿児島県外ではサツマイモと呼ぶ)が渡来したのが1705(宝永2)年だから、300年ちょっとの歴史である。
 ただ粟や稗など雑穀で作った蒸留酒「焼酎」は、戦国時代以前から飲まれていたようだ。

065_640  1958(昭33)年、熊本県境に近い大口市の郡山八幡神社の社殿の屋根裏から、落書きが見つかった。

 「・・・・薩王は・・・一度も焼酎ヲふさふさ何もめいわくな事候」
と、当時社殿造りを発注した殿がけちんぼで、焼酎をご馳走してくれなかった不満を、宮大工が書いたものだ。
 年号が「永禄二年」と記されているから450年前、信長に秀吉が仕えた頃の時代である。これが、日本で書き現れた最も古い「焼酎」の文字である。

 世界的にもワインやビール、それに「濁り酒」(日本酒)などの醸造酒は、紀元前から造られていた。しかし、永久に腐らない蒸留酒の誕生は、7~800年前と言われている。

 日本への伝来は、14世紀末シャムの「ラオ・カウ」が琉球に伝わり、「泡盛」となった説。朝鮮半島から壱岐に伝わった「高麗酒」ルート。シルクロードを経て中国から伝わった「コウリャン酒」説などがあるが、定かではない。
 当の薩摩でも戦国時代、殿様や家老など上級武士は、「濁り酒」を飲んでいたと記されている。しかし、江戸時代になると圧倒的に「焼酎」になった。

 江戸後期、25代島津重豪の頃(1783年)の記録によれば、鹿児島城下3町に焼酎屋344店、諸郷に864店あったとされる。これは主として侍や商人用の販売所で、農民達は自家製造である。
001_640_2  また「薩州物産録」(1792年)には「阿久根焼酎名品なり。大阪、江戸に出す。」とある。まさに「輸出品」でもあったのだ。

 そして「篤姫」の養父、28代藩主斉彬は、産業振興のためシラス台地を開墾して「カライモ」の増産を図った。そして藩営蔵元で「いも焼酎」の生産に取り組んだのである。

 現在鹿児島県には、110を超える「蔵元」があり、15万2100klの焼酎を出荷している('07酒造年度)。
 この量は、全国の本格焼酎出荷の27%のシェアを占め、全国一位の「焼酎王国」を誇る。

20070823n0001  昨年秋、WTOの国際協定により、鹿児島産の「カライモ」を原料に、鹿児島の蔵で仕込んだ焼酎は、「薩摩焼酎」のブランド表示が出来るようになった。コニャック、ボルドーなどと並ぶ国際意匠である。

 「乙類焼酎」から「本格焼酎」へ、そして「薩摩焼酎」。地下の斉彬公もきっと喜んでいるに違いない。 

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May 11, 2009

1242.さつま今昔(8)

 ここひと月、鹿児島の話題が途切れていた。
 おなじみ焼酎の話題で「さつま今昔」を再開しよう。 

        「黒瀬杜氏」

003010   九州の西南、南さつま市の中心街から国道226号(南さつま海道)を西へ15キロ、赤生木を左折して5キロ行くと、リアス式海岸の高台に赤いアーチの門が見える。黒瀬の焼酎造り伝承展示館「杜氏の里笠沙」である。

 ここは古くからの蔵元ではなく、自治体と黒瀬杜氏たちが1993(平5)年に作った3セク、焼酎製造の技術を公開しながら黒瀬杜氏の歴史や味を伝えるところである。

Imgp0895_640  ここに評判の焼酎「一どん」(いっどん)がある。伝統の黄麹仕込みと昭和の白麹仕込みをブレンドしたこの焼酎は、まるみを帯びた味とコクが人気を集める。
 生産量が少なく限定販売のため、往復はがき申し込みの抽選でしか手には入らない。

 「一どん」という一風変わった銘柄は、阿多杜氏の出身ではあるが、初代黒瀬杜氏のひとり片平一(はじめ)さんの愛称から付いた名前である。
 明治の半ば、彼は黒瀬巳之助、常吉の三人と一緒に泡盛の蔵元に出稼ぎに行き、ここで「黒麹」による仕込みの手法を密かに習得した。
 これが「黒瀬杜氏」のルーツとなる。

 1899(明32)年、明治政府は日清・日露戦争の戦費確保のひとつとして、酒税に狙いをつけた。そこで自家用酒の製造を禁止して免許制をとったのである。
 鹿児島では味噌や醤油同様に焼酎は、アネサンやウッカタ(主婦)が家で作っていた。主婦達は、原料の芋を植え、腕を振るって自慢の焼酎を仕込んだ。

 その年の地元新聞によれば、「自家用酒の製造者は、其の数十萬人余」と伝えている。そして「本県の如き古来の因習に依て、農民には非常に痛苦を与える」と記す。つまり、金を払って買わないと、焼酎が飲めなくなったからだ。

 自家用酒の製造禁止直後、ビジネスとして蔵の免許を取った数は3500を超えた。しかし小規模醸造所は淘汰され、明治末には半数に減っている。
 こうした中で大手蔵元の競争が始まる。品質の向上である。そこで焼酎づくりのプロとして、「黒瀬杜氏」や「阿多杜氏」の秘伝の腕が求められた。

 黒瀬は南九州の「すんくじら」(隅っこ)にある狭隘な山村である。水田や畑は少なく秋の収穫後は、出稼ぎに出るしかない。ちょうど芋焼酎の仕込みの時期である。
 この事が、優れた杜氏をを生む背景となった。そして雑菌の混じりやすかった「黄麹」に代って、南アジア主流の「黒麹」による製法を身につけた、片平さん等の活躍の場が広がるのである。
 彼らは、親類縁者を蔵人として引き連れ蔵元に参上する。その蔵人の中から腕をみがいた「杜氏」が誕生する。そして鹿児島県内はもとより、九州一円、中・四国へと出かけた。

 出稼ぎ杜氏が増えた大正後期、南さつまでは近隣の杜氏たちが集まり「加世田杜氏組合」が結成され、昭和に入るとそれが分かれて「黒瀬杜氏組合」「阿多杜氏組合」となる。
 組合では、県の工業試験場の技師で「白麹」を開発した河内源一郎等を招いて研修会を開くなど、杜氏の技術向上につとめ「黒瀬杜氏」(「阿多杜氏」)の名をさらに高める。
 そして1960年代、そのピーク時には黒瀬杜氏370人、阿多杜氏120人を数えた。

 しかしその後、酒造の機械化、蔵の大規模化、なかでも「自動麹製造機」の導入によって「杜氏」の役割は減った。杜氏の後継者の多くが高度経済成長の波に乗って、他産業に転じていく。
 今では阿多杜氏はほとんど姿を消し、黒瀬杜氏30数名が名を残すのみになっている。

022023   平成に入って「焼酎ブーム」が起こる。さらに6~7年前からは第二次、つまり芋焼酎を中心とした本格焼酎のブームとなる。それは甕仕込み、木桶蒸留など昔ながらの製法を売り物にした。再び「杜氏」の腕が、脚光を浴びるのである。

 4年前にNHKテレビで紹介され、最近では英字新聞で海外にも紹介された黒瀬杜氏・吉行正巳さんもその一人である。
_640_2   杜氏歴55年、宮崎で修行し、熊本で「球磨焼酎」を手がけ、奄美で「黒糖焼酎」、鹿児島で「伊佐美」「佐藤」「前田利衛門」を、そして3年前に銘酒「八千代・伝」を、垂水の地で復刻した。
 鹿児島大学の焼酎講座で教えるなど、日本の焼酎杜氏を代表する吉行さんは、わが焼酎バー「黒瀬」の宿里店主の伯父でもある。

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May 09, 2009

1241.レイン・フォール/雨の牙

Rainfall_800x600_2  アメリカのハード・ボイル小説を基に、オーストラリア出身の監督が、日英の俳優を使って、東京を舞台に撮った映画。

 原作を書いたのは元CIA工作員、日本でも弁護士経験を持つバリー・アイスラー。日系の殺し屋ジョイ・レインを主人公にした「雨の・・・」シリーズは、6作目。いずれもアメリカではベストセラーになっている。
 「雨の牙」は、その第1作目で主人公の過去が紹介される。

 ストーリーは、日本の高級官僚の暗殺を請け負った日系アメリカ人の殺し屋が、政権汚職やヤクザ・CIAも絡む利権陰謀に巻き込まれる、というもの。

330891_100x100_002330891_100x100_008   その殺し屋が椎名桔平(「余命」'09)。得意の英語とアクションでクールな役を演ずる。
 殺された官僚の娘が長谷川京子(「七夜待」'08)。椎名との淡い恋いが色を添える。
330891_100x100_010  CIA東京支局長は、イギリスのベテラン俳優ゲイリー・オールドマン(「ダーク・ナイト」'08)。なかなかの凄腕。
 他に、よれよれの刑事・柄本明、CIAの日本人工作員清水美沙。オーストラリアの脚本家ダーク・ハンターも英字紙特派員として登場する。

  問題の監督、話題作「トウキョウソナタ」の脚本を書いたオーストラリアの新鋭マックス・マニックス。監督だけでなく脚本も書いたが、これが少々荒っぽい。ご都合主義というか、安易なシチューションがしばしば出てくるのは残念だ。日本滞在11年の知日派なのだが。

 カメラのジャック・D・ワーレハムもオーストラリア人。「MI:2」でも見せたダイナミックな映像が売り物で、今回も光と闇のコントラストを多用した。

 音楽は川井憲次(「スカイクロラ」'08)。メイン・テーマは、アメリカのシンガー・ソングライターのジョン・レジェンドの「ディス・タイム」。

 都内35箇所でロケしたそうで、見慣れた光景が度々登場する。原作を読んでみたい気にさせる。

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May 08, 2009

1240.鴨川ホルモー

Wp03_1024  「ホルモー」とは京都に伝わる陰陽道の神事。千年の歴史を持ち、今では京の東西南北にある四つの大学(京都・京都産業・立命館・龍谷)に伝承されている。
 オニと呼ばれる「式神」を「オニ語」で操って、鴨川の河原で戦わせるので「鴨川ホルモー」と呼ばれる。

 と、あり得ないフィクションの世界を、万城目学が書いた「青春ファンタジー」が原作である。
 その本が大ベストセラー、そしておよそ20のプロダクションが競った結果(あり得ない)、松竹が映画化権を獲得したのだそうだ!?

332566_100x100_007  そこで松竹としては数少ない専属監督、「釣りバカ」や「ゲゲゲの鬼太郎」で笑いとFSXを得意とする本木克英に「オニの闘い」の采配をまかしたのだ。
 彼は実在の4大学と四条河原町町会の全面協力を得て、オール京都ロケ。さらには撮影した映像の中で、2000匹の「キモ可愛いオニ」たちを暴れさせたのだ。

332566_100x100_004  お話は、古の都・京都、京大青竜会という正体不明の怪しいサークルに入ってしまった二浪の「イカ京」(いかにも京大生)を中心に、謎の祭り「ホルモー」に翻弄される学生達を、最高にバカバカしくエネルギッシュに描いていくもの、と他愛はない。
 しかしとことん「阿呆」に拘ったことで、口のうるさい映画評論家たちをうならせた。

332566_01_02_03  その京大生、モテない二浪が山田孝之(「クローズZERO」'09)。理系のヤボッたいメガネ女子、栗山千明(「ハゲタカ」'09)。日本オタクの帰国子女、濱田岳(「フイッシュストーリー」'09)。美鼻のネーチャン、芦名星(「シルク」'06)。オーラ全開のイケメン、石田卓也(「60歳のラブレター」'09)。
 ほか斉藤祥太・慶太兄弟、佐藤めぐみ、和田正人など若手の面々。

 京都ならではの独特の雰囲気、流行の陰陽道と実在の大学を上手くいかしたストーリーが当たって、第1回の沖縄国際映画祭「ゴールデンシーサー賞」(グランプリ)を受賞した映画である。

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May 07, 2009

1239.アンティーク~西洋骨董洋菓子店

A011582220090220115534_2 この作品で映画初出演した韓国テレビ界のイケメンスター、チェ・ジフンが先月末麻薬管理法違反の疑いで、ソウル地方警察庁から書類送検された。
 既に日本国内では、彼が主役のこの作品は公開中であり、関係者はいつ上映を取りやめるか苦慮しているという。

 そんな事で、野次馬としては見逃すわけにはいかない。ゴールデンウイークだったが、「シネカノン有楽町」にかけつけた次第だ。

 場内は、ジフン・ファンさしき若い女性でいっぱい。しかし、メイキングDVD「チェ・ジフンinアンティーク」や「オフィシャル写真集」は、販売中止となっていた。
 ファンにとっては、「くさなぎ」くん以上にショックなのだ。

 原作は日本の人気漫画、よしながふみの「西洋骨董洋菓子店」。フジテレビでアニメやドラマとして放送されヒットした。
 この漫画の大フアンだったのが、韓国のミン・ギュドン監督。昨年、大韓民国文化勲章「若い芸術家賞」を受賞した、新進気鋭のクリエイターである。
 さっそく人気のイケメン俳優を使って、映画化したのである。

332424_01_03_03 332424_01_02_02  お話は・・・。「甘いものが苦手」の主人公が、なぜか洒落たケーキ屋さんを開業する。
 雇ったのは「魔性のゲイ」の天才パティシエ。そこに弟子入りしたのが元ボクサー。そして不器用なウエイター兼オーナーのボディ・ガードとして幼馴染が押しかける。
 極上のスイーツとイケメンの男達、ケーキ屋「アンティーク」は女性たちの人気の的。しかし近所では、幼児誘拐事件が多発。それは、オーナーにとっても「トラウマ」だった・・・・。

 オーナーが麻薬容疑のチュ・ジクン。魔性のゲイ・パティシエは、同じテレビドラマの若手スター、キム・ジェウク。若手ボクサー崩れはユ・アイン(「俺たちの明日」'07)。ボディ・ガードは、グッチやヴァレンチノのモデル、チェ・ホジ。フランスのカリスマ・パティシエでジェウクの恋人役が、「我が至上の愛」('09)で売り出し中のフランス若手俳優アンディー・ジレという組み合わせである。

332424_01_04_03  ミュージカル風のコメディーではあるが、「人生いろいろあらーな」と、辛い事、悲しい事もある日々を生きていく若者達を、暖かく見守っていく作品となっている。
 主役のジクンにとっても、これからが辛い毎日だろうが、めげずに頑張ってほしいものだ。
 彼の次回作でもある「キッチン」、日本での公開はどうなるのだろうか。

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May 06, 2009

1238.バーン・アフターリーディング

001_640  タイトルをどう読むか、邦題を考える配給会社も困っただろう。直訳すれば「読んだら燃やせ!」なのだが、これでは製作・脚本・編集・監督した奇才コーエン兄弟の「味」が出ない。
 そこで原題のまま?

 「クライム・コメディー」であり「ブラック・コメディー」で「ドタバタ喜劇」、しかしホントは「悲劇」。ひねりにひねったコーエン兄弟の「迷作」なのだ。
 だから肩肘張らずに気楽に観ないと、彼らの罠に落っこちる。
 アメリカの「今」を、軽く皮肉った映画だから。

 それにしても豪華キャストである。アカデミー賞オスカー受賞者やノミネイトされた名優・快優をズラリと並べた。
 その彼等が、これまで演じた事のないキャラクターになる。コーエン兄弟は、それをポイントに脚本を書いた。ストーリーは、顔ぶれを揃えると自ずと生まれてくるのだ。

331863_150x150_005  まずはジョージ・クルーニー。「シリアナ」('05)のオスカー俳優は、色ボケの財務省連邦保安官。
 フランシス・マクドーマンドは「ファーゴ」('96)のオスカー女優。彼女は整形マニアで出会い系サイトでのセックス愛用者。
 「プレイス・イン・ザ・ハート」('84)でノミネイトされたジョン・マルコヴィッチは、アル中の元CIA分析官。
331863_100x100_010  「フィクサー」('07)でのオスカー女優ティルダ・スウイントンは、アル中の妻で目下不倫中。
331863_100x100_001  5人目が「ベンジャミン・バトン」('09)でノミネイトされたあのプラッド・ピット。彼の役は、なんとノーテンキの筋肉バカ。
 もうひとり、その上司がリチャード・ジェンキンズ。彼だって「扉をたたく人」('08)で、アカデミー賞にノミネイトされているのだ。

 お話は・・・。
 アル中で首になったCIAのマルコビッチが、小遣い稼ぎに書き始めた暴露本。その資料を、離婚訴訟の材料にとCD-ROMにコピーしたのが不倫妻のスウイントン。
 受け取った弁護士が、それをスポーツジムに置き忘れ。拾ったのがジムのインストラクターのピット。そしてジムの経理のマクド-マンドと組んで、CIAを強請ろうというわけ。

331863_100x100_003_2  シモネタ話もいっぱいある。スウィントンは不倫相手のクルーニーと喘ぎっぱなしだし、出会い系サイトで知り合ったマクドーマンもクルーニーとヤリッぱなしだが、そのシーンに全然色気がないのがミソ。
 ここでは、二人のベテラン女優の演技が光る! そしてドタバタの果ては?

 昨年のアカデミー賞で、作品・監督・脚色・助演男優賞の4冠に輝いた「ノーカントリー」。その次回作に、こんな「トンデモナイ作品」を製作するのだから、コーエン兄弟はやはり「奇才」という他ない。
 エンドタイトルにのって流れる主題歌は、「CIA野郎」。兄弟の作品に対する「総括」である。

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May 05, 2009

1237.グラン・トリノ

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 タイトルの「グラン・トリノ」とは、1970年型のフォード車のこと。このヴィンテージ・カーが、主人公の人生の集約であり時代の象徴となる。

332286_100x100_002  クリント・イーストウッドが演ずる主人公は、朝鮮戦争帰還兵。その後半世紀にわたって、フォード自動車工場で組立工として働いてきた老・労働者である。
 トヨタ自動車のセールスマンである息子とはソリが合わず、孫娘のヘソ出しピアスには反吐が出る。
 イエロー移民や黒人には忌避感と偏見を持ち、差別主義そのもの。頑固で偏屈、老妻を亡くしたあとは老犬とビールを飲みながら暮らす。

332286_100x100_005  工場が無くなったのか、フォードで働く労働者たちが街を離れ、ヴェトナム戦争で故国を追われた山岳民族モンや、不法入国のメキシカンの棲家になってしまった隣近所。
 彼は、ただひとり玄関に星条旗を掲げ、狭い芝生の庭を手入れする。日課は「グラン・トリノ」を磨き上げる事だ。
 そんな彼が、隣家のモン族姉弟と関わりを持ってしまう。
 
 監督クリント・イーストウッドの、集大成ともいえる作品である。「マカロニウエスタン」からスタートし「ダーティー・ハリー」「許されざる者」、「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」、そして「硫黄島2部作」。
 俳優として監督として、彼が提起してきた様ざまなテーマが、この作品には集約されている。
 70代後半という実年齢通りの主人公の存在は、アメリカそのものである。正義、良心、懺悔、後悔、しかし希望もあるのだ。

 「俺は迷っていた、人生の締めくくり方を・・・・」
 「(モンの)少年は知らなかった、人生の始め方を・・・・」
 「そして、二人は出会った」

332286_100x100_015  モン族出身の役者、姉役のアニー・ハーと弟役のビー・ヴァン が上手い。映画初出演らしい。
 (ベトナム・タイ・カンボジアの山岳地帯に住むモン族は、ベトナム戦争時米軍に協力したため国を追われ、アメリカに移住した。作品の背景のひとつである。)

 悲劇ではあるが、ユーモアもある爽やかな作品に仕上がっている。
 今年の春の叙勲、クリント・イーストウッドに「旭日中綬章」が与えられた。 

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May 03, 2009

1236.恵比寿ガーデンプレイス

090429_006090429_001  久し振りに恵比寿のガーデンプレイスに出かけた。
 ここはもともと「サッポロビール」の工場跡地。1887年、日本麦酒醸造会社としてスタート、ここで造られた「エビスビール」は、一世を風靡した。

 1994年、周囲の環境を考慮して工場は移転、ホテルやデパート、オフィスビルにマンションなどが配置されたガーデンプレイスとなった。

090429_640 訪ねた目的は、ガーデンの一角にある東京都写真美術館で催されている「やなぎみわ{マイ・グランドマザーズ}」を観るため。

 やなぎ みわ は、京都市立芸術大学院出身の現代美術作家。神戸芸術工科大学メディア表現学科准教授の傍ら、写真や映像を中心に様ざまな作品を発表してきた。
 とくに「寓話で語り継がれてきた女性像や、現代社会における個々人の問題意識に焦点を当てる作品」(パンフから)を発表、海外でも高い評価を得ている。

090429_009_3 090429_008_2  今回の展覧会は、2000年から発表し続けている「マイ・グランドマザーズ」シリーズの集大成。
 女性が自らの半世紀後の姿を演ずる写真作品で、26点の写真と1点の映像が展示されている。

 若い女性が描く50年後の自分の姿、それが背景の物語を伴って強烈な画像となって焼き付けられる。
 作家とモデルがいわば格闘して撮ったというべき写真集である。

090429_010_2  来月からの第53回ヴェネチア・ヴィエンナーレ日本館では、やなぎ みわの個展が予定されており、国内でも来月20日から大阪の国立国際美術館で「婆々娘々!」展が開催される。
 東京都写真美術館での展示は、10日(日)まで。
    観覧料 一般800円

 濃密な写真展を鑑賞したので、帰りは札幌麦酒資料館に寄って一息。
 500円で4種類のビールを味わって帰る。

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May 02, 2009

1235.東光展

090427_015_640090427_013_640  毎年連休には上野の東京都美術館に出かけ、「東光展」を見る。
 高校の先輩と大学時代の後輩が東光会の会員で、招待状が届く。
 後輩は広島在住で卒業以来会った事はないが、作品が何よりの「元気なたより」である。

 「光は東方より、輝かしい夜明け」を合言葉に、1932(昭和7)年結成された美術団体も今年で公募展は75回を数える。
 二科会と異なり、東光会は「洋画家」だけの集まりである。

090427_009_640090427_011_640  まず先輩の阿久根律子さんの作品「蓮華」。これまでは、赤や黄の原色をカンバスに叩きつける様なエネルギッシュな作品が多かったが、最近は静物を出品するようになった。
 昨年は「蓮」、今年は「蓮華」である。お年のせいかなと、云ったら「いろいろトライしなければ」とのお答え。
 主婦時代の趣味としてスタートした彼女、今では国際コンクールにも選ばれる「プロの画家」として活躍している。

090427_006_640090427_008_640_2  後輩の木原容子さんの作品は「ひまわり」。大学で美術を学び、高校で教えてきた。
 10年ほど前に大病を患い、生死の境をさまよった。その頃に比べ、明るいトーンの作品が増えてきた。
 「今年は、なかなか思

 東光展は7日(木)まで、上野・東京都美術館。その後、大阪、岡山、鹿児島、島根、広島、熊本、長崎、佐賀、北九州を巡回する。

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May 01, 2009

1234.MILK~ミルク

_640  今年のアカデミー賞にノミネイト(作品賞など8部門)されるまで、この伝記映画の主人公であるハーヴィー・ミルクについては、迂闊にも知らなかった。
 「タイム誌」が選んだ、20世紀の100人の英雄のひとりだった。

332593_100x100_001  「私はハーヴィー・ミルク、あなたをリクルートしたい!」
 大衆を前に、火を吐くように演説するミルク。ゲイであることをカムアウトした彼は、ゲイやレズ、有色人種や老人そして障害者たち、マイノリティの権利を守るために闘う。

 「希望がなければ人生は生きる価値はない。だから希望を与えなくては」と、サンフランシスコの市政執行委員(議員)に立候補して当選。ミルクは、アメリカでは初めての公職についたゲイとして知られる。
 しかし1972年、彼は同じ市政執行委員で宗教右翼に殺される。

 映画は、ニューヨークから若い恋人とサンフランシスコにやってきたミルクが、ゲイやヒッピーたちとともに、マイノリティを擁護する活動に取り組み、政敵の凶弾に倒れてしまうまでの8年間を、やさしい視点で描いている。

 1984年にアカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したロバート・エプスタインの「ハーヴェイ・ミルク」は、その軽すぎる死への怒りを訴える作品だった。
 今回は、ミルクの愛すべき人生、アメリカの未来への希望が描かれる。そこには、オバマ大統領へのマイノリティーたちの期待が重なる。
 合衆国は、「大衆」と「マイノリティー」が「合衆」した国なのだ、と。

332593_100x100_005  オスカー俳優(「ミスティック・リバー」'03)ショーン・ペンが、ミルクになりきる。若いゲイと恋におちるミルク、思いやりとやさしさ、ユーモアあふれたミルク、そして死を予感しながら希望を語るミルク・・・・。
 今回もペンはこの作品で、アカデミー賞主演男優賞に輝いた。

 共演は、ミルクの最初の恋人ジェームズ・フランコ(「スパイダーマン」'02)。次の若い恋人ディエゴ・ルナ(「ターミナル」'04)。ゲイの友人で活動家エミール・ハーシュ(「インッウ・ザ・ワイルド」'07)。
332593_100x100_007_2   ミルクと当時のサンフランシスコ市長を射殺した政敵は、懲役5年という軽い刑だったが、出所後自殺している。
 その役をジョシュ・プローサン(「ノー・カントリー」'07)が演じているが、多くの実在の人物が、そのまま本人の役で出演している。

 映画を監督したガス・バン・サントは、ポーランド系アメリカ人。故郷を舞台にした「エレファント」('03)で、カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞したインディペンデント系の監督だが、今回は久し振りのハリウッド映画だった。
 そしてBBCなどでドキュメンタリーを制作したダスティン・ランス・ブラックと組んだ。彼はこの作品で、アカデミー賞脚本賞を受賞した。

332593_150x150_003_2  ミルクがサンフランシスコで闘ったのは、「プロポジション6」と言う差別条令である。この条令は、ゲイやその支持者を教職から解雇するというもので、アメリカ各州で採択された。しかし、カルフォルニアではマイノリティーたちの運動、当時のレーガン大頭領の支持もあって住民投票では「NO!」を勝ち取った。

 それから10年、カルフォルニアで住民投票にかけられた「プロポジション8」(ゲイやレズの結婚を法的には認めない、というもの)は、ブラッド・ビットたちセレブたちの反対にもかかわらず昨年成立している。
 ミルクたちの闘いは、まだ続いているのである。   

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