1285.出羽・史跡散策
今最もホットな観光スポット。兼継の「愛のかぶと」を見るために、多くの観光客が訪れている。
米沢は、関ヶ原の合戦で西軍に味方して破れた上杉景勝が移封された土地。
関白秀吉の五大老となって、会津若松120万石の城主となった景勝。兼継もまた家老の身ながら、米沢30万石を与えられた。
しかし家康に敗れた景勝は、ここに移されで謹慎、30万石に減封された。そのため兼継も、6万石となる。
大阪夏の陣では徳川方についた景勝と兼継、その武勇が広く謳われて上杉家は安泰し、明治維新までこの地を治めた。

米沢城の本丸跡には上杉神社がある。戦国の名将上杉謙信(写真左)と江戸時代の名君十代鷹山(右)を祀る。
鷹山についてはブログ1246号でも紹介したが、彼の「国家と人民」のあり方を論じた「伝国の辞」は、アメリカのケネディ元大統領が度々引用したように、当時としては考えられない「民主国家論」だった。

減封された米沢にあって、「人こそ組織の財産なり」と家臣をリストラせず、財政改革を進めた直江兼継。
不況のなかで、藩主の生活費を7分の1に削減して有為の人材を登用、新田開発や産業振興によって藩政を改革した上杉鷹山。
二人は、米沢の人々の誇りである。
明治になって二の丸跡に建てられた上杉伯爵邸は、今市民に開放されている。
羽前・寒河江にある慈恩寺は、出羽一の名刹。弥勒堂を中心に三ヵ院、四十八坊からなる大寺院だった。
寺伝によれば746(天平18)年、インド僧バラモンによって建立されたという。
寒河江が摂関家藤原氏の荘園となって以来、慈恩寺は勅願寺として栄えた。江戸時代になると、寺領は18ヵ村に拡がり幕府より2800石の後朱印を与えられている。

国重要文化財の本堂に祀られている本尊は、阿弥陀如来(重要文化財)。
隣の薬師堂には、重要文化財の薬師三尊(薬師如来日光菩薩、月光菩薩)と十二神将が安置されている。
平安後期に彫像された仏像群は、躍動的な彫刻と評判を呼び、海外での展覧会にも出品された。
また慈恩寺の祭礼、5月5日の「一切経会」で奉奏される「舞楽」は、国の重要無形文化財に指定されており、難波の四天王寺の楽人林越前がこの地に伝えた。
林家は一子相伝でこの「舞楽」を継承、現当主は79代にあたる。
出羽の山村で、「燕歩」「安摩」「陵王」「太平楽」など、雅な舞楽が演じられる事はあまり知られてはいない。
江戸時代、代々名主を務めた堀米四郎兵衛。豪農であると同時に、最上川舟運を仕切った紅花商人でもある。
エジプトからシルクロードを経て伝わった紅花栽培は、この村山地方に根付き「最上紅花」として珍重された。
最上川から庄内へ、そして京に届けられた紅花の「紅」は、貴族のあでやかな衣裳や口紅として重宝される。同じ重量の米の100倍もした紅花は、江戸享保以降全盛期を迎えた。


堀米家の敷地は、3000坪。長屋門・座敷蔵・後朱印蔵を構え、江戸末期には167名の農兵を組織し、百姓一揆など地域の治安に備えた。
今も残る「武者蔵」は、その時の武具を備蓄した「兵器蔵」である。
戊辰戦争によって農兵団は解散させられたが、堀米家が紅花で稼いだの財の巨大さを想像させる。
堀米家の邸宅・敷地と古文書類は、28年前に10代目当主より河北町に寄贈され、現在は「紅花資料館」となっている。










Comments
民主党の鳩山代表の発言:
「定住外国人の参政権位、当然、付与されるべき」
「日本列島は日本人だけの所有物ではない」
http://www40.atwiki.jp/sankou54/
7月12日は東京都議会選挙です
都民でなくても、都民の知り合いに伝えて投票を!
Youtubeで検索→ 「都議選 直接関係なくても必見」
Posted by: suzuki | June 29, 2009 at 07:05 PM