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September 05, 2010

1636.日本橋クルーズ

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 常盤橋から望む外堀。左には元「金座」、現在の日銀がある。朝9時、この橋の袂に集合した。

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 「中央水の都フォーラム」が主催する日本橋クルーズ、猛暑を厭わずこの催しに参加する。

 「フォーラム」は、日本橋川や下町に多い運河の賑わいを創出して「水の都」を再生しようという市民運動。

 観光クルーズとは異なり、河畔の建築物や都市景観について法政大学院エコ研の阿部彰さんの講義を聞きながらのクルーズだった。
 参加者は30人、学生など若者が多い。こちらもメモ帳片手にカメラ構えて、船の前席に座る。

002_640003_640   私が参加したもう一つの目的は、最近愛読している佐伯泰英の「鎌倉河岸捕物控」や宇江佐真理、藤沢周平の短編の舞台を、川と運河から眺めてみようというものだった。

 コースは、江戸城外堀の常盤橋(中央区防災船着場)を起点に墨田区の北十間川までの往復、およそ2時間である。

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 常盤橋~一石橋~日本橋~江戸橋、そして豊海橋で大川(隅田川)に。

 永代橋を右手に望みながら大橋を過ぎると、清洲橋が前に見える。
 いずれも国の重要文化財、講師の阿部さんはそれを「文化在」と名付け、周囲の建造物と共に愛しむべきだと話す。

100904_036_640100904_043_640100904_051_640001_640_2    広重の「亀と欄干」の浮世絵で有名な萬年橋へと大川を右折、小名木川へ入る。

_640_2  この川は、江戸城への物資の搬入を図るため徳川家康の命で開削されたもので、行徳からの塩が第一の目的だった。
 掘削を指導した小名木四郎兵衛の名を、後世に伝える。

 また「明暦の大火」(1657年)以後は周囲の低湿地を開発して、寺社・町屋だけでなく武家屋敷も建設した。いわゆる本所・深川である。

 高橋・東西の深川橋・大富橋を超えると新扇橋の閘門に着く。ここには、パナマ運河のミニチュア版がある。

100904_052_640100904_055_640100904_058_640   この先の旧中川と大川は、水位に差がある。
 そこで小名木川の中間地点に閘門を設け、調整する仕掛けを作った。

 まず前門をくぐると扉が降りて川の水の流入を止める。その後次第に川の水が減り始め、船は降下する。およそ2m近く下がったところで、後門の扉が上がり船は進むことが出来る。
 時間は約5分、帰りはその逆で船はエレベーターのように、上がっていく。

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 運河ならではの川の十字路。
 江東区と墨田区、四つの町を四葉クローバー形の橋が繋ぐ。

 船はクローバー橋で小名木川を右折、横十間川に入る。
 さらに北十間川へ曲がると、見えてきたのが下記の写真。

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 東京スカイツリー、現在の高さは438m。知る人ぞ知る写真スポット、北十間川からの眺めである。
 「水の都」の再生を目指す「日本橋クルーズ」、今回の最終目的地がここだった。

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