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February 27, 2011

1766.東京マラソン2011

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 「東京マラソン2011」、娘も知人も今年は抽選漏れ。
 応援相手がいないので、市民マラソンランナーのスナップを撮りに出かけた。

  「市民ランナーの星」川内さんは大マスコミが紹介するので省き、"5時間台の完走"を目指している普通の皆さんの顔々を・・・・。

 著名人やタレントランナーも走ってきたが、写真の方は遠慮した。

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 例年に比べると仮装ランナーは少ない。
 およそ1時間で撮ったのが上の写真。

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 佃大橋、35キロをちょっと過ぎた地点。
 ランナーたちは楽しそうに走って(歩いて)いった。

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 靄がかかって見えにくいが、ランナーのむこうにスカイツリーが・・・。

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1765.梅の香に誘われて鎌倉を歩く

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 「紅梅の枝垂れて寺の鎮れり   青水」

 「まんさくの黄を青空に弾き出し  京路」

 「鎌倉に井あり梅あり星月夜  子規」

 今月の「ひとまく鎌倉ウオーキング」は、梅林に春をさがして尾根道を歩き、古刹を訪ねた。

110225_021_640_4110225_018_640_2 最初に訪れたのは鎌倉市街の東、逗子との市境にある「岩蔵山光蝕寺(がんぞうざんこうそくじ)」。
 この地では珍しい時宗の寺である。

 鎌倉時代は真言宗だったが、一遍上人が遊行の途次鎌倉に入った折、光蝕寺の住職が帰依して念仏道場となった。

110225_022_640  本尊は「阿弥陀三尊」で、阿弥陀は運慶、観音は快慶、勢至は湛慶の作と伝えられ、国の重要文化財に指定されている。
 また厨子は、鎌倉公方足利持氏が奉納し、勅額は後醍醐天皇御筆と伝えられている。

 今回は、本堂内の特別拝観が許されて、間近に仏像を拝観する事ができた。

110225_023_640110225_025_640  次の目的地は、白梅の名所「十二所果樹園」。
 途中鎌倉七切通しのひとつ、「朝夷奈切通し」を通った。

 1241(仁治2)年、時の執権・北条泰時が直接指揮を執って切り開いた道で、当時のことが「吾妻鏡」にも書かれている。
 東京湾六浦とを結ぶ産業道路として開削されたらしい。

110225_031_640110225_033_640  十二所果樹園は、日本最初のナショナルトラスト団体「鎌倉風致保存会」が買い取って保全している梅と栗の林。
 今年は気候に恵まれ開花が早く、盛りは過ぎていたが梅の香は心地よかった。

110225_036_640110225_040_640  逗子との境、東尾根道を一時間ほど歩いて出発地のハイランド入り口に戻る。
 「明王院(みょうおういん)」通称五大堂が、二つ目の寺院。

 鎌倉幕府政所からみて鬼門に当たるこの地に、四代将軍藤原頼経が鬼門除け勅願寺として創建した。
 不動明王や金剛夜叉など、五大明王がそれぞれの堂に祀られていたが、寛永年間の火災で消失し、不動明王だけが残されこの名となった。

 以前ブログでも書いたが、明王院はなぜか境内の撮影が禁じられており、紅梅の銘木を紹介することは出来ない。

110225_045_640110225_043_640  最後に訪ねたのが、鎌倉五山のひとつ「稲荷山浄妙寺(とうかさんじょうみょうじ)」。
 国の史跡に指定されている、臨済宗建長寺派の寺である。

 もともと密教系の寺だったが、1257(正嘉元)年ころ臨済宗の禅寺に代わった。
 開山は源実朝の師でもあった行勇律師で、寺に安置されている坐像は国の重要文化財となっている。

 また中興の開基は、足利尊氏の父・貞氏で「浄妙寺殿」の法名でこの寺に葬られている。

110225_049_640  ここは、「鎌倉」の地名の発祥の地とも言われている。
 646(大化2)年藤原鎌足が鹿島神宮に参詣する折、夢で授かった鎌槍をここに埋め堂を建てて祀った。以後この一帯は五穀豊穣が続き、帝から「鎌倉」の名が授受されたという。

 今回の「ひとまく鎌倉ウオーキング」は、ドアツードアで16,693歩。恒例の駅前居酒屋での打ち上げの折、詠まれた俳句が冒頭の2句。

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February 25, 2011

1764.太平洋の奇跡

005_640  「1944年、太平洋戦争末期、玉砕の島サイパンにアメリカ軍から"フオックス"と呼ばれ、畏れられたひとりの日本人がいた。・・・・」

 サイパンで戦った元アメリカ海兵隊員、ドン・ジョーンズが書いたノンフィクション「タッポーチョ」「OBA,THE LAST SAMURAI」が原作。
 47人の敗残兵と逃げのびる200人の民間人を率いて、16ヶ月512日のゲリラ戦を闘った大場栄大尉が主人公である。

337962_100x100_010337962_100x100_001  その主人公を演じたのが゙竹野内豊、映画の語り部でもあるアメリカ側の海兵隊大尉はショーン・マッゴーワン(テレビ俳優出身)。
 作品は、日米双方の視点から描かれる。

 日本側の監督は平山秀幸(「必死剣 鳥刺し」'10)、初めての戦争映画である。
 アメリカ側はチェリン・グラック(「サイドウエイズ」'09)、日系人の血を引く彼はこれまでも日米合作映画の助監督を務めてきた。
 そしてVFXや戦闘シーンなど、アクション部門の監督が尾上克郎。
 3人の監督が、それぞれのスタッフを抱えて撮影した。

 華々しく散る主人公ではなく、生き延びる主人公に光が当たる作品である。これまでの戦争映画とは異なり押えに押えた演出は、「戦後65年」という時間が生み出したものかも知れない。
 戦争体験のない平山と若いグラック監督だけに、ストレートに戦争の狂気は描かない。

337962_100x100_009337962_100x100_008  ロケはタイのジャングル。過酷な条件のもとでの撮影だったそうだが、竹野内はもちろん日米の俳優たちは、果敢に役に徹している。

 井上真央(家族を殺された看護婦)、中嶋朋子(逃げ惑う民間人)、唐沢寿明(ヤクザ出身の兵隊)、それに山田孝之・柄本時生・岡田義徳(敗残兵たち)。
 アメリカ側はトリート・ウイリアムス(「ベガスの恋に勝つルール」'08)にダニエル・ボールドウイン(「パパラッチ」'04)のベテラン俳優が、海兵隊大佐の役。

337962_100x100_004337962_100x100_003 クライマックスは、16ヶ月のゲリラ戦を戦い抜いた大場大尉ら47人の日本軍の投降シーン。
 日米の死生観や文化の違いを描いてきたストーリーが、ここで「人間の誇り」という共通の世界に融合する。

337962_100x100_005  1944年6月15日アメリカ海兵師団サイパン上陸。同25日大本営サイパン放棄決定。7月6日サイパン守備隊師団長以下指揮官自決。翌7日未明バンザイ攻撃、守備隊玉砕。
 以後翌年の終戦から4ヵ月のちまで、大場たちはジャングルに籠もって抵抗したのだ。

 サイパン島での日本兵の死者は31,629人、民間人のそれは14,949人と記録されている。

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February 23, 2011

1763.ひとまく映画会

 歌舞伎座で、最後の一幕を楽しんできた「ひとまく会」。歌舞伎の方は休会中だが、趣味の集まりは盛んだ。
 昨日は、恒例の「古典映画鑑賞会」、一幕ならぬアメリカ映画の2本立て興行だった。

51xr62yxsql__sl160_  最初に上映されたのは「ピクニック」、1955年の作品である。
 カンザスの田舎町、労働休日で町中をあげてのイベント・ピクニック。そこに現れたのがちょいワルの風来坊。
 閉鎖的な田舎に、恋の旋風が巻き起こる。

P_38491_01_01_03  左のポスターのムキムキマンがその男。懐かしいウイリアム・ホールデンである。
 2年前の「第17捕虜収容所」で、アカデミー賞主演男優賞を受賞したホールデンは、一番油の乗り切った時代。
  このあと「慕情」('55)「戦場にかける橋」('57)「騎兵隊」('59)と続く。

 相手の女性がキム・ノヴァック、この時23歳美貌のさかり。こちらも「愛情物語」('56)「めまい」('58)「媚薬」('58)とヒット作が続く。
P_38001_01_01_03_2  アカデミー賞の受賞歴はないが、1997年ベルリン国際映画祭で生涯功労賞が与えられた。
 78歳、現在も悠々自適だそうだ。

 他、スーザン・ストラスバーグ、アーサー・オコンネル、ロザリンド・ラッセルと懐かしい顔ぶれ。
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 監督はマリリン・モンローの「バス停留所」('56)やマーロン・ブランドの「「サヨナラ」('57)、ミュージカル映画バリ・ハイの「南太平洋」('58)を撮ったジョシュア・ローガン。

 もともとブロードウエイの舞台劇の映画化。
 村の川岸で踊るホールデンとノヴァック。曲はベニー・グッドマンのスタンダード・ジャズナンバー「ムーン・グロー」、忘れられシーンである。

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 2本目はアクション映画の「ゲッタウエイ」、1972年の作品。

 「荒野のガンマン」('61)で監督デビュー、「昼下がりの決闘」('62)「ワイルドパンチ」('69)「わらの犬」('71)「戦争のはらわた」('75)など、男臭い作品を撮り続けたサム・ペキンバーの作品。
 そのバイオレンス描写やスローモーション映像を思い出す。

 ムショ帰りのスティーブ・マックイーン、仮釈放の世話になったボスとの約束で銀行強盗。
 ボスに裏切られて、カミさんのアリ・マッグローと逃避行。ロードムービーの走りである。
 一連のギャング映画と違って、無事メキシコに逃れるというので売れた作品。

 「荒野の7人」('60)「大脱走」('63)「砲艦サンバブロ」('66)「ネバタ・スミス」('66)と売れっ子のマックイーン。
 「ある愛の詩」('70)でアカデミー賞にもノミネイトされたマッグローとは、このあと5年間ホントの夫婦になった。

 「ひとまく映画会」は、映画評論の圓尾さんのナビゲイト付き。ブログのネタも増える。

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February 21, 2011

1762.REDレッド

002_640_2 CIAのエージェント(スパイ)だって、れっきとした国家公務員である。当然定年後は年金が出る。

 その年金を貰いながら、時々役所のOLと電話交際しながら引退生活を楽しんでいた元腕利きのエージェントが、CIAの後輩「暗殺部隊」に急襲された。

 怒った彼が、元上司や昔の仲間とチームを組んだ。コードネーム<RED>、「Retired」(引退した)「Extremely」(超)「Dangerous」(危険人物)である。
 彼等は、アメリカを揺るがす巨大な陰謀に立ち向かう。

338115_100x100_007_2338115_100x100_004_2  チームの面々を紹介しよう。

 ブルース・ウイルス、元CIA超極秘任務専門スパイ。規則正しい引退生活を楽しんでいたのに。
 モーガン・フリーマン、彼の元上司。余命いくばくもなく、老人介護施設で女性介護士のお尻を追っかけて暮らしていたが。
 ジョン・マルコヴィッチ、現役時代から猜疑心のかたまり。それが今日まで命を助けてきた。久し振りに武器と爆薬を手にしたが。
 ヘレン・ミレン、美貌を武器に敵方のスパイを次々に暗殺してきた元MI6のプロ。久々に現役復帰と、ガンを手にして。

338115_100x100_003  もうひとり、ブルースと電話交際していたためチームメイトになってしまったのが、メアリー=ルイーズ・パーカー。

 「若造は引っ込んでな!」と、高齢者を応援する映画である。
 派手な銃撃戦、リムジン・チェイス、スーパーウエポン、圧巻の爆破シーンと、アクションもたっぷり見せるが、時々「老人たちの静寂!」も描いてニヤリとさせる。

338115_100x100_002_2   名優たちの怪演も見ものである。
 ウイルス、マルコヴィッチは別として、オスカー俳優が並んだ。
 ヘレン・ミレン(「クイーン」'08)、モーガン・フリーマン(「ドライビングMissデイジー」'89「ミリオンダラー・ベイビー」'04)。
 さらに悪徳企業のボス役リチャード・ドレイファス(「グッバイ・ガール」'77)、CIA文書係アーネスト・ボーグナイン(「マーティー」'55)と懐かしいオスカー俳優たちも顔を見せた。

 ウオーレン・エリスとカリー・ハムナーの人気グラフィック・ノベルが原作。ドイツ出身のロベルト・シュヴェンケ(「フライトプラン」'05)が監督した。

 エリザベス女王がマシンガンを持ち、マンデラ大統領が一緒に闘う映画である。 

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February 19, 2011

1761.マイセン磁器の300年

016_640  左のポスターの写真は、「神話図壺《ゼフィロスとアモール》《ブシュケあるいは音楽のアレゴリー》」。
 ヨーロッパの王侯貴族が愛した、「マイセン」を代表する磁器の一対である。

 イングランドの「ウエッジウッド」、デンマークの「ロイヤル・コペンハーゲン」、それ以上に日本人が好む西洋磁器が「マイセン」。
 その300年にわたる「壮大なる創造と進化」展が、六本木・東京ミッドタウン・サントリー美術館で開催されている。

 マイセンは、中部ドイツ・エルベ川中流域にある旧い街。西洋磁器の歴史を開いた「マイセン」は、300年前ここに誕生した。

019  当時この一帯を治めたザクセン選帝候兼ポーランド王アウグスト強王(1670~1733)は、異常ともいえる東洋磁器の収集家。部下の兵士と交換してまで、オランダ東インド会社が持ち込んだ磁器を集めていた。

 収集だけでは飽き足らなかった王は自らの国で白磁を作ろうと、ベルリンから逃げてきた錬金術師ヨハン・ベッドガーを幽閉して、これまでヨーロッパでは謎とされていた磁器の製法を解明させた。
 2年後の1710年、ベッドガーは白磁瓶や白磁のテーポットの製作に成功、アウグスト王はここに王立磁器製作所を設立した。
 初代所長には、アウグスト王自らが就任している。

022_3  300年展に展示されている左の壺は「インド文様花卉文」。
 マイセン創成期に造られたもので、日本の有田「柿右衛門」や中国・景徳鎮の影響を色濃く見せている。
 こうした磁器は「シノワズリ」とも呼ばれ、テーポットやカップ、ソーサーとして今日に伝えられている。

018_2  右の皿は「玉葱文様」。通称ブルー・オニオンと呼ばれているもので、日本や中国の磁器に多く見られるコバルトブルーの釉が特徴である。
 日本の場合、デザインは「ザクロ」だがマイセンでは「タマネギ」に変わった。
 絵付師ヨハン・ヘロルトが完成させた手法である。

021  食器や壺だけでなくマイセン磁器の特徴は、動物や人形などの彫刻である。
 完成途中で逝去したため中止となったが、アウグストはアオサギやオオヤマネコなど巨大な動物彫刻を焼かせ、白磁による宮廷動物園まで造ろうとした。

 左の人形は有名な「猿の楽団」。18世紀なかばマイセンに招かれたデザイナー・ヨハン・ケンドラーの作品である。

020  マイセン磁器はその後モダニズムの時代を迎え、アール・ヌーヴォーやアール・デコの作品群を生み出す。
 そして現代も、ヨーロッパ陶磁界のリーダーとして、「壮大なる創造と進化」を続けている。

 「マイセン磁器の300年」展は、1710年の創成期の食器から今世紀の作品まで、各時代を代表する150点が並べられその歴史を伝えてくれる。

 マイセンの名器を見ながら、昔学んだドイツ中世・近代史を思い浮かべた。

 マイセン磁器を生んだアウグスト王は「選帝候」と呼ばれたが、この役割は如何。また彼は「マイセン辺境伯」の出とも言われるが、その意味は。
 東フランクは神聖ローマ帝国となり、やがてドイツ王国へ。その盛衰は。
 ドイツ・バロック文化の中心となったザクセン王国、ベルリン中心のプロセインとの攻防の歴史。

 イギリスの名君、ヴィクトリア女王が愛した夫君アルバートは、このザクセンの貴族だったはず。
 近代でもザクセンの首都ドレスデンは、第2次世界大戦により東京大空襲同様悲惨なの空襲を受け壊滅。
 ソ連に占拠されたマイセンから、名品が消えていった事実・・・・などなど。

 今回の展覧会は、日独交流150周年記念・国立マイセン磁器美術館所蔵展である。
 会場:六本木・東京ミッドタウン・サントリー美術館、3月6日まで。入館料:1300円。

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February 17, 2011

1760.ウォール・ストリート

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 「Greed is Good」の名セリフを残した「ウォール街」('87)、それから22年ギャンブラー・ダグラスがムショから出てきた。

 その作品でオスカー俳優となったマイケル・ダグラス、2度のアカデミー監督賞(「プラトーン」'86「7月4日に生まれて」'89)に輝く巨匠オリバー・ストーンが再びタッグを組んだ。

336306_100x100_002  前作では、若いディーラー(チャーリー・シーン)を徹底的に痛めつけたカリスマ投資家、インサイダー取引で8年の懲役刑を受けた。
 物語は、彼の出所から始まる。

336306_100x100_004_2   今回の主役は、シャイア・ラブーフ(「トランスフォーマー・シリーズ」'07~'09)が扮する若い投資家とその恋人キャリー・マリガン(「17歳の肖像」'09)。
 恋人はカリスマ投資家の娘、家族を見捨てたとカリスマ投資家の父親を避ける。

336306_100x100_005  師匠をマネー・ゲームで破産させ自殺に追い込んだ、投資銀行経営者(ジョシュ・ブローリン)に対するリベンジというのがストーリー。
 そうしたスリリングなマーケットの闘いが背景にあるが、むしろ金融界を舞台にしたファミリー・ドラマといっていい。

 卓越した頭脳と法スレスレの手法で復活を目論むカリスマ経営者、そのウイークポイントが娘。
 若い投資家も、サブプライムローン破綻の渦中にある不動産屋の母親(スーザン・サランドン)との関係に悩む。

336306_100x100_001  「ソーシャルネットワーク」とは異なり、実在の人物が登場するわけではないが、リーマン・ショックという「恐慌」で焙りだされた投資家や投機家、銀行首脳の顔が思い出される作品でもある。

 '80年半ば、TVドキュメンタリー「マネー」の取材でニューヨーク・ウォール街を駆け回った経験がある。
 しかし21世紀のマネー・ゲームは、想像以上に大変貌している。

336306view006  取引は秒コンマ以下のコンピューターの世界、扱う金額は実体経済の数百倍という額、裏付けもない債権が飛び交うモラルなき市場、人間の欲は限界に達している。

 カリスマ投資家は若者を相手に、こう講演する。
 「君たちはニンジャ(NINJA)だ。No Incom,No Job,No Asset。」
 「ではどうすればよいか?答は三つの単語、Buy My Book」

 「Greed is Good」、映画は今の時代の人間の「本質」を暴く。 

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February 15, 2011

1759.「江戸城を撮った男」展

001_640  140年前に江戸城を撮った男がいた。その名は横山松三郎、日本人プロカメラマンの魁である。
 その横山の写真展が、江戸東京博物館で開催されている。

Ueno_hikoma  日本の歴史上、最初の写真家は伊豆・下田出身の下岡蓮杖(1823年生)と長崎出身の上野彦馬(1838年生)だと聞いていた。(写真右)
 しかしここに、もう一人の人物がいた。この展覧会で初めて知った横山である。

006_640_3    横山は、上野と同じ1838(天保9)年に千島列島・択捉島で生まれる。
 函館で写真術に興味を持ち、幕末に江戸に上って下岡に弟子入り、その後上野池之端に写真館を開いた。
 維新後には明治政府の依頼を受け、荒廃した旧江戸城や危機に瀕した古器旧物など、歴史に残る数多くの写真を撮影している。

 彼の写真の特徴は、人物のポートレイトだけでなく日本の自然や文化財を意識的に撮っていることだ。
 1869(明治2)年には、重い撮影機材を担いで日光の山々に登り、中禅寺湖や竜頭ノ瀧、華厳の瀧などを記録している。
 またこの展覧会にも並べられているが、撮影風景そのものをも記録しているのが面白い。

005_640  上記ポスターにもある1871(明治4)年に撮った「旧江戸城写真帳」は、「本丸北詰門」「二の丸二重櫓」「西の丸吹上門」「和田倉門」など50点を超える写真帳で、国の重要文化財として保存されている。
 旧江戸城は、これ等の写真を基に、その後皇居として整備されていく。(右の写真は「本丸上梅林門」の撮影ネガ)

004_640_3   横山はその後、陸軍士官学校の教授となって軍事的にも必須の写真術を若い士官たちに教える。
 また、函館時代にロシア人から油絵の技法を学んだ横山は、写真と油絵を融合した新しい手法を開発して、多くの肖像画(写真)を残している。(左が「写真油絵」コラージュ)

 企画展「140年前の江戸城を撮った男・横山松三郎」は、3月6日まで江戸東京博物館・常設展示室で開催中。観覧料65歳以上は300円。

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February 13, 2011

1758.白夜行

337910_02_01_03_2  これまでの人生がいつも「暗い夜」だった二人が、せめて「白夜」を望んだとしたら・・・・。
 人の心のヤミに切り込むサスペンス作家・東野圭吾の代表作、200万部を売り上げた「白夜行」が、ようやく日本で映画化された。

 昭和の50年代半ば、ある地方都市で起こったひとつの殺人事件。決して交わる事のない被害者の息子と容疑者の娘。二人が辿る光と闇をベテラン刑事の目で描いた作品である。

 監督は「60歳のラブレター」('09)の深川栄洋。文庫本で850ページを超える大作を、149分にまとめた。
 5年前にTBSでドラマ化された時よりは、かなり原作に忠実。しかし省略せざるを得ないエピソードも多く、ストーリーに飛躍が見られる。
 ただ映像の力は、二人の主人公の「切なさ」を原作以上に盛り上げる。

337910_100x100_005337910_100x100_004  被害者の息子役の高良健吾(「ソラニン」'10)が、その「切なさ」を上手く出している。
 また容疑者の娘役、堀北真希(「大奥」'10)はまだ22歳の若さだが、「大人の女」の凄みも見せる。

 子供時代を演じた今井悠貴と福本史織、二人の子役の存在も作品を「切なく」する。
 ラストのシーン、無邪気に遊ぶ二人の映像を再び見せる事で、監督は「白夜」の意味を問い続ける。

337910_100x100_003  刑事役は船越英一郎、押えた演技でベテラン刑事の味をだす。ほか戸田恵子(主人公の少年の母親)、田中哲司(その愛人)。

 昭和の50年代を表現するための「銀残しフイルム撮影」、ファッション・衣裳・髪形など時代考証も丁寧だった。

 作品は、今年のベルリン国際映画祭に正式出品される。
 海外での評価は、どうだろうか。

 今年の2作目の邦画(劇映画)。近くのシネコンに自転車で駆けつけて見た。
  

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February 11, 2011

1757.ふるさとの焼酎

053_640  年があけて故郷の友人たちから、次々と「焼酎」が届いた。このところ、我がブログから焼酎の話題が消えていたので、さっそくPRしておこう。

055_640  銘柄としては最も新しいのが「紫師魂(むらさきしこん、初めて味わった焼酎である。
 「鹿児島県産金峰紫芋仕込み」とある。蔵元は、日置蒸溜蔵。

 「創業明治16年、百有余年の業と焼酎一筋に歩んできた匠の魂と、芋つくりにかける農家さんの魂を一緒に仕込んだ本格焼酎です」と裏のラベルに書かれている。

 原料米は、南さつま産のコシヒカリ。原料芋も南さつま産の紫芋(パープルスイートロード)。仕込み水は、日吉熊野神社の「権現さぁの井戸」から湧き出る天然地下水。
 南さつまは我がふるさと。米と芋を作ったのは在京の友人の弟。
 オンザロックで、故郷の風景を思い出しながら飲んでいる。

056_640  こちらは、総かめつぼ「八千代伝」黒こうじ仕込み。7年前、30年ぶりに復刻した猿ヶ城渓谷蒸留所の銘酒。

 「しんしんとした山の気に満ちた猿ヶ城渓谷。深山の青い嵐がざわざわと青葉を揺らして、谷から峰へと渡ってゆく。目を閉じると、心は解き放たれて、おおぞらへ浮遊するような感覚に溺れる。まるで天空のゆりかごに身を委ねたような心地よさに、あらためて大自然の偉大さを知る」と裏のラベルにある。

058_640  杜氏は「現代の名工」、鹿児島を代表する吉行(よけ)正巳さん。
 このブログでも度々紹介した、焼酎バー「黒瀬」の店主の伯父。
 お湯割で味と香を楽しんでいる。

057_640  もう一本は「伊佐美」、いわゆる幻の焼酎の元祖である。
 熊本県境伊佐市の甲斐商店が、この銘柄一品だけを造り続ける。

 この地に生まれた文豪・海音寺潮五郎は、この焼酎だけを飲みながらライフワークである長編史伝「西郷隆盛」を書き続けた。

 原料はコガネセンガン。古くから頑なに黒麹を使い、手造り甕仕込みに拘った焼酎である。
 一夜水で割って、黒ジョカで燗して飲む。まさに古酒、甘露甘露である。

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February 09, 2011

1756.YOYOCHU

012_640  昨年来、ドキュメンタリー映画の公開が増えてきた。それも劇映画上映館での公開である。

 昨年から続いている「ハーブ&ドローシー」はじめ、今年に入ってからも「フード・インク」「180°SOUTH」「わが心の歌舞伎座」「ドキュメンタリーAKB48」と並び、「平成ジレンマ」「ゴンゾー」「ありあまるごちそう」が待機中である。

338305_100x100_001  その中の1本、私が選んだのが「YOYOCHU」だった。それは同年代、対極ではあるが同じ映像の世界に生きたひとりの男を追った作品だからである。

 "ヨヨチュウ"こと代々木忠、AVの巨匠、アダルト・ビデオ業界のカリスマと呼ばれる。
 若い頃は北九州で「極道の親分」、ムショにも入ったが抗争に巻き込まれ東京に逃れてきた。
338305_100x100_002  ひょんな事から制作プロダクションに拾われ、日活ロマンポルノ映画の下請けを引き受ける。全くの素人監督だった。
 そして40年、536本の作品を作り700万本を超えるビデオを売り上げた。
 72歳となった今も、月1本のAVを撮り続けている。

 映画は、そのヨヨチュウの助監督を務めた石岡正人が3年前に企画したものである。
 石岡は、ヨヨチュウ本人はもちろん妻や娘、友人でもある落語家の笑福亭鶴瓶や精神科医の和田秀樹、漫画家の槇村さとる、元AV女優の栗原早記・柏木みな・南智子、またヨヨチュウが世に送り出した"本番女優"の愛染恭子らの証言インタビューを交えて彼の知られざる波乱の人生を追った。

338305_100x100_004  ロマン・ポルノからAVへ、さらにはフィクションからノン・フィクションへと、SEXを通じて「人間ドキュメンタリー」を撮ってきた40年の歩みは性産業の裏面史でもあり、女性自身がタブーや差別から抜け出していく性の解放の歩みと重なる。

 作品には「時代」のエピソードも、垣間見られる。
 1973年の「日活ロマンポルノ裁判」、わいせつ罪で日活社員と代々木忠、幇助罪として映倫の委員が起訴される。
 直接タッチした作品ではないが、プロダクションの社長や若い監督を庇って表に立った。
 彼はこの裁判を「表現の自由」への挑戦と受け止め、大島渚や今村昌平、新藤兼人らを被告側の証人として呼び、7年後全員無罪の判決を勝ち取る。

 「AV」という男性向けの欲望産業の一翼を担いながらも、上野千鶴子(東大教授)や藤本由香里(評論家)などフェミニストたちからも高い評価を受けているヨヨチュウ。
 彼自身の人間の性をも抉り出し、壮絶なドキュメンタリー映画である。

 ローマ国際映画祭コンペ正式出品作。
 タイトルは彼の同郷の後輩リリー・フランキー、ナレーションは「プロジェクトX」の田口トモロヲ。

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February 07, 2011

1755.日本アカデミー賞

_640_2 20数年関わってきた日本アカデミー賞協会を、昨年末で退会した。会員の義務でもある優秀作品等の選考も、今回が最後となった。

 優秀賞に選ばれた5件(人)の作品や監督・俳優たち、美術・録音などのスタッフ部門から、最優秀賞が会員の投票で選ばれる。
 私の最後の投票、主な部門は以下の通り。(掲載は50音順、選んだのは○印)

 [優秀作品賞]
 ①「悪人」、2「おとうと」、3「告白」、4「孤高のメス」、5「十三人の刺客」

001_640  [優秀アニメーション作品賞]
 1「カラフル」、②「借りぐらしのアリエッティ」、3「映画ドラエモンのび太の人魚大海戦」、4「名探偵コナン 天空の難破船<ロスト・シップ>」、5「ワンピースフイルム ストロングワールド」

 [優秀監督賞]
 1、中島哲也「告白」 2、成島出「孤高のメス」 3、三池崇史「十三人の刺客」 4、山田洋次「おとうと」 ⑤、李相日「悪人」

016_640  [優秀主演男優賞]
 1、笑福亭鶴瓶「おとうと」 2、堤真一「孤高のメス」 ③、妻夫木聡「悪人」 4、豊川悦司「必死剣鳥刺し」 5、役所広司「十三人の刺客」

 [優秀主演女優賞]
 ①、寺島しのぶ「キャタピラー」 2、深津絵里「悪人」 3、松たか子「告白」 4、薬師丸ひろ子「今度は愛妻家」 5、吉永小百合「おとうと」

 [優秀助演男優賞]
 1、石橋蓮司「今度は愛妻家」 ②、柄本明「悪人」 3、岡田将生「悪人」 4、岡田将生「告白」 5、吉川晃司「必死剣鳥刺し」

 [優秀助演女優賞]
 1、蒼井優「おとうと」 ②、樹木希林「悪人」 3、木村佳乃「告白」 4、夏川結衣「孤高のメス」 5、満島ひかり「悪人」

 [優秀外国映画賞]
 1「アバター」、2「インセプション」、3「インビクタス負けざる者たち」、4「トイ・ストーリー3」、⑤「ハート・ロッカー」

 なお「新人俳優賞」は、昨年暮れの第1回目の選考で以下の6人が決定している。
 三浦翔平「THE LAST MESSAGE海猿」、三浦貴大「LAILWAYS」、永山絢斗「ソフトボーイ」、仲里依紗「時をかける少女」、大野百花「きな子~見習い警察犬の物語~」、芦田愛菜「ゴーストもういちど抱きしめたい」

 第34回日本アカデミー賞最優秀賞は、今月18日に新高輪国際館パミールで開催される授賞式で発表される。

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February 05, 2011

1754.「江~姫たちの戦国」展

Photo 「伯父に信長、義兄に秀吉、そして義父は家康・・・。戦国のスーパーセレブ・江(ごう)」
 チラシに書かれたこの惹句が、特別展の主人公・三代将軍家光の母、崇源院(江)の全てを語る。

002_640 右は「徳川秀忠室[浅井氏]画像(伝)」、近世に入って書かれたお江の肖像画。
 会場にはもうひとつ、「浅井家女性像(伝崇源院像)」があるだけだ。

 重要文化財となっているお江の両親、浅井長政像・浅井長政夫人(市)像などに比べ、彼女の遺物は少ない。
 スーパーセレブではあったが、秀吉の側室となった姉の淀君(茶々)ほど、ポピュラーな女性ではなかったからだろう。

 お江が今年の「ヒロイン」になる(たぶん)のは、NHKの大河ドラマの主人公に選ばれたからだ。
 過去に彼女の生涯を綴った時代小説はないので、脚本家の田淵久美子が原作も書いた。あまり知られてはいない人物だけに、フィクションとしてイメージを自由に膨らます事が出来るかもしれない。

003_640_2 お 江に関する遺品は少なくても、浅井家・織田家・豊臣家・徳川家など安土・桃山、江戸時代の歴史の主人公たちが縁戚・親戚だから歴史資料は多い。
 だから200点を超える展示物は、それなりに見応えがある。

 また日本人の多くが知っている「歴史」だけに、興味は尽きない。
 観覧客が、あちこちの遺品の前で仲間達に薀蓄を語っていたのが、面白かった。

 展示物のハイライトは、東京・祐天寺にある「崇源院宮殿」。二代将軍徳川秀忠とお江の間に生まれた三男の忠長が、母親の供養のために造ったものと、最近になって判明したそうだ。

 忠長は駿河・甲斐・信濃など55万石の大名だったが、将軍家光より両親に可愛がられたため、父秀忠の死後はご乱行を理由に切腹させられた。
 乳母春日局に育てられた家光と、お江に育てられた忠長。女たちの権力争いが、悲劇の人物を生んだのである。

 特別展「江(ごう)~姫たちの戦国~」は、江戸東京博物館で20日(日)まで。観覧料は1300円。

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February 03, 2011

1753.モンガに散る

011_640  この詠嘆調のタイトイルがいい。モンガ(萬華)とは、台湾・台北にある歌舞伎町、古くからの繁華街の名である。

 久し振りの台湾映画、昨年最高の観客を動員した「台湾極道映画」だが、哀しい青春物語と言ってもいい。
 昨年の東京国際映画祭「アジアの風」では、オープニングに上映されたし、今年のアカデミー賞外国語映画賞の台湾代表にも選定された。

337941_100x100_002  前半は、ヤンキー高校生5人の友情物語。喧嘩で退屈な日常を紛らわしている彼等が、義兄弟の契りを結んで極道の世界に入っていく。

 後半は黒(極道)世界の派閥争いやシマを巡る抗争。大陸マフィアの進出によって、友情で結ばれていた筈の5人が殺し合う悲劇の道を歩む。

337941_100x100_006337941_100x100_005  出演しているのは、今台湾のテレビ界で活躍している溌剌とした若手俳優たち。
 イーサン・ルアン、マーク・チャオ、リディアン・ヴォーンなど初めて見た顔だが、演技は確かだ。

337941_100x100_008_3  ベテランも数人見かけたが、「海角七号」('08)のマー・ルーロンがモンガを仕切る親分として、貫禄を見せる。
 そして女優は、主人公の小学校の同級生で娼婦役のクー・ジャーヤン。
 ニウ・チェンザー監督の秘蔵っ子である。

337941_100x100_007_2  チェンザー監督ももともとは俳優。その後トレンディ・ドラマの演出でヒットを飛ばし、華流ドラマの総師と言われる人。
 映画の監督は「ビバ!監督人生!」('07)に続く、2作目である。

 娘が台湾の大学に留学していた事もあって、仕事を含めると台北には5回ほど出かけている。
 初めてモンガを訪ねたのは、映画の時代より4~5年あと。「戒厳令」も解除され街も落ち着いていたが、雰囲気は全くこの作品と変わらなかった。
 新宿と浅草を一緒にしたようなところで、古い寺院と歓楽街が同居していた。

 映画でもそのニュアンスが出ているが、台湾の若者達が日本への強い憧憬の念を持ってた頃である。
 映画のラスト、血しぶきが桜となって落花する。まさに「モンガに散る」のだ。
 台湾には桜はない。  

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February 01, 2011

1752.東京スカイツリー(2)

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 2月1日のスカイツリー。「年賀状」で元日の光景をお伝えしたところ、多くのメールを頂いた。そこで一ヵ月後の光景をブログに。

110201_006_640110201_008_640_2 現在の作業は、テレビアンテナが付くゲイン塔を引揚げる作業。
 先端に制震装置を乗せた塔が、リストアップされる。
  
110109_044_640_2  公式発表では、3日前現在で高さは569m。
 ということは、もう570mを超えているだろう。元日がおよそ540mだったので、1カ月30mのペース。
 残り60m強、3月末には予定の高さに。

 日本海側の大雪とは対照的に、晴天続きの東京。東京スカイツリーも、青空の中に浮ぶ。
 ただ夕方になると、なぜか西の空に雲がでる。
 先週の「夕景」の数ショットを合わせて掲載、「二重富士」のカットも。

121_640125_640099_640128_640   

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