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May 18, 2011

1807.五月大歌舞伎

Shinbashi201105b  友人から新橋演舞場の招待券を貰ったので、今月も歌舞伎鑑賞の機会を得た。
 「五月大歌舞伎」夜の部は、純歌舞伎・世話物の代表作のひとつ「籠釣瓶花街酔醒」と、舞踊「あやめ浴衣」の2演目。

 「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」は、純歌舞伎といっても明治時代に入ってからの作品。
 河竹黙阿弥の弟子、三世河竹新七が初代市川左團次のために書き下ろし、1888(明治21)年、東京千歳座で初演された(千歳座は現在の明治座)。

 痘痕面の上州の絹商人が、吉原の花魁に惚れぬいて身請けしようとするが、間夫らの策略で花魁から愛想づかしされ、ついに妖刀村正で切り殺してしまうという「縁切り物」。
 原作となったのは講談「吉原百人斬り」、実際にあった事件で「籠釣瓶」とはその妖刀の名である。

 室町時代の刀工・村正が鍛えた刀が、徳川家康の祖父の不慮の死に関わったため、江戸時代は村正の銘はタブー。
 歌舞伎自体もその影響があって、明治にようやく登場した次第という。

 左團次が主役を演じた頃は、全八幕一六場という大作だったが、その後は後半三幕だけの「籠釣瓶」として代々上演されてきた。

 大正から昭和にかけて、この演目で頭角を現したのが六代目中村歌右衛門(1917~2001)。花魁・八ッ橋を演じて不世出の女形と哀惜された。

 田舎の絹商人・佐野次郎左衛門の役は、初代中村吉右衛門やその弟・十七代中村勘三郎が当たり役。
11_2   1979(昭和54)年この役を二代目吉右衛門が、歌右衛門の八ッ橋を相手に初演して評判をとる。
 以後、吉右衛門の持役として現在まで続いている。

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  新橋演舞場での今回の舞台も、もちろん次郎左衛門役は吉右衛門。5年ぶり11回目の出演だそうだ。
 そして相手役の八ッ橋は、若い頃六代目の指導を受けた歌右衛門家の女形・福助が演じた。

 今回の話題は、明治の初演以来上演が途絶えていた前半の舞台を復活させた事である。
 そのため六幕2時間30分という大作となったが、「なぜ次郎左衛門が『痘痕面』になってしまったのか」「商人である彼の手元になぜ『籠釣瓶』があったのか」、親の因果と妖刀村正についての歴史が明らかにされる。
 ただその部分は、説明的でドラマチックではない。だからこれまでカットされてきたのだろう。

 しかし何といっても見どころは、次郎左衛門が八ッ橋に魂を奪われた「仲之町の見染め」の花魁道中と、後半の「愛想づかし」の場面である。

 「花魁、そりゃァちとそでなかろうぜ・・・・。夜毎に変わる枕の数、浮川竹の勤めの身では、きのうにまさるきょうの花。心変わりがしたかは知らねど・・・・・・・身請けの事を取り決め様と・・・・・菊見がてらに廓の露、濡れてみたさに来てみれば、案に相違の愛想づかし・・・・」と吉右衛門のうらめしさ。

11_002  出演は、他に梅玉、魁春、秀太郎、芝雀、東蔵、歌昇、段四郎、錦之助、歌六、高麗蔵、弥十郎、松江など「播磨屋」「成駒屋」「萬屋」「加賀屋」一門が中心。

 舞踊「あやめ浴衣」は、初夏の水郷「潮来」や「堀切」「綾瀬」の様子を、長唄囃子にのって中村芝雀、中村錦之助、中村歌昇が華麗に舞う15分。
 その昔、浴衣のPRのための舞踊だったそうだ。

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