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August 31, 2011

1966.ツリー オブ ライフ

8_005_640_3  「ジェーシー・ジェームズの暗殺」('07)でヴェネチア国際映画祭で監督賞、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」('08)でアカデミー賞にノミネイトされたブラッド・ピット。
 「ミスティック・リバー」('03)「ミルク」('08)と、二度にわたってアカデミー賞主演男優賞を受賞したショーン・ペン。
 2大スターが競演したこの作品は、今年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した。

338680_100x100_001_2  脚本を書いて監督したのは、テレンス・マリック。「天国の日々」('79)でカンヌ国際映画祭監督賞、20年後久々に撮った「シン・レッド・ライン」('98)でベルリン国際映画祭金熊賞を受賞した鬼才である。

338680_100x100_005  成功した実業家(ショーン・ペン)が、人生の岐路に立って少年時代を回想するというストーリー。

 厳格だった父(ブラッド・ピット)に反発し、無垢の愛で包み込む母(ジェスカ・チャスティン)に戸惑う。
 可愛かった弟の死、神の存在への疑問。1950年代のテキサスを舞台に描かれる壮大な家族の物語は、命の根源的な意味を問う。

338680_100x100_004 ハーバードからオックスフォード大学に学んだマリック監督は、元哲学教師。
 4作目の今回も独創的な映像のモンタージュで、観客に挑戦する。
 幻想的な宇宙や天地創造を、海洋・瀑布・原生林・微生物・恐竜・火山のマグマ・漂うクラゲ・・・を、精細で鮮烈な色彩の映像で描き、「普通の家族の物語」を哲学的な世界へと異化していく。

 私をふくめ、欧米人のような宗教的素養を持たない日本の観客にとっては、理解しがたい部分も多かった。
 あるネットのアンケートによれば、9割以上が拒否反応を示していた。
 つまりこの映画は、「エデンの東」の流れを継ぐ映像による「黙示録」なのだ。

338680_100x100_002  作品のほとんどは、テキサスの「最も隠された土地」スミスヴィルで撮られた。
 主要な出演者である3人の少年、ショーン・ペンの少年時代を演じた子役とその弟たちも、テキサスにすむ素人の子供たちだった。
 テレンス監督は、子供たちが見せる何気ない日常の中に、神の存在を賭けている。

 カメラは「トゥモロウ・ワールド」('06)などアカデミー賞撮影賞に4回ノミネイトされている、メキシコ出身のエマニュエル・ルベッキ。
 音楽も「真夜中のピアニスト」('05)でベルリン国際映画祭音楽賞受賞のフランス出身アレクサンドル・デスプラと異才が参画している。 

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August 29, 2011

1965.黄色い星の子供たち

8_004_640_2  1942年7月16日、パリでフランス官憲によるユダヤ人の「LA RAFLE」(一斉検挙)が始まった。
 検挙されたのは、老若男女1万3000人。彼らは、ヴェル・ディブつまり冬季用の屋根つき競輪場に隔離された。5日間にわたって、彼らには水も食べ物も与えられなかった。
 いわゆる「ヴェル・ディブ事件」である。

339381_100x100_004  その後ユダヤ人たちは国内の収容所を経て、アウシュヴィッツに送られガス室で虐殺された。
 何とか難を逃れたのは、列車で護送される途中に親が逃がした、子供たち25人だったと記録されている。

 事件は、フランス人たちにとって長い間タブーだった。1995年、当時のシラク大統領がフランス政府の責任を認め、ようやく公にされる。

339381_100x100_007  「シンドラーのリスト」「縞模様のパジャマの少年」など、ホロコーストを題材にした名作は多い。
 しかし、ヴェル・ディブ事件の真相に迫った作品は、数少ない。70年代に製作されたドキュメンタリーも、フランスがヒットラーの「民族浄化」の共犯者だった事実は、あいまいにされている。

339381_100x100_002  このフランス映画は、女性ジャーナリストのローズ・ボッシュが3年にわたって取材・調査した事実を、彼女自身が脚本を書いて監督したものである。
 一斉検挙された子供のの中で、辛うじて生き残った当時11歳だった少年の証言が、ベースとなっている。

339381_100x100_009  作品には、ジャン・レノンが演ずるユダヤ人の医師や、メラノー・ロラン(「オーケストラ」'09)が扮する看護婦も登場するが、あくまでも主人公は黄色い星を胸に付けた子供たちだった。
 その数4051人、ボッシュ監督はアウシヴィッツから帰ってこられなかった子供たちの視点から描いていく。

339381_100x100_005_2  歴史の陰に、長い間隠されていた暴挙。ペタン元帥率いる当時のフランス・ヴィーシー政権は、何を目的に、何と引き換えに、罪のない尊い命をナチスに差し出したのか。
 映画でも、その真実はまだ十分解き明かされない。

8_007_640  昨年の秋、東京国際映画祭コンペティションに出品され、最優秀監督賞と観客賞をダブル受賞した作品がある。
 「サラの鍵」、「黄色い星の子供たち」と同じく「パリ、ユダヤ人一斉検挙」が舞台となった小説が原作である。

 この作品も、綿密なリサーチに基づいたフランス映画である。今年の暮れに、日本でも一般公開されるが、「ヴェル・ディブ事件」の真実にどこまで迫るか楽しみにしている。

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August 27, 2011

1964.写真展「昭和史のかたち」

8_001_640  東京都写真美術館で、江成常夫さんさんの写真展「昭和史のかたち」が催されている。

 江成さんは、元毎日新聞社の写真記者。退社後フリーランスの写真家として、「戦争に翻弄されながら、戦後の発展の中で忘れられていく多くの日本人」を撮り、「昭和の15年戦争」をテーマに、作品を次々と発表している。

 「木村伊兵衛写真賞」('81)「土門拳賞」('85)「毎日芸術賞」('95)「紫綬褒章」('02)など受賞、現在75歳。

8_003_640_2  今回の写真展は、今年が「太平洋戦争開始70年」「満州事変勃発80年」という節目の年にあたり、昭和の歴史を改めて顧みようとする試みとして開かれた。

 展示は江成さんの代表作に、未発表の最新作を含む112点で構成される。

 入り口に入ると、アメリカ人が「黒い涙」と呼ぶハワイ・真珠湾の「アリゾナ号から浮び上がる油の紋様」(右上の写真)の大きなカラーパネルが目に付く。
 「鬼哭の島」シリーズである。

 このパートは、ガダルカナル島「火炎樹の花」、マダン「百式重爆撃機『呑龍』の残骸」、レイテ島「洞窟でみつかった日本兵の遺骨」、サイパン島「バンザイクリフの海」、硫黄島「摺鉢山と南海岸」(ポスターの写真など、南太平洋の島々から沖縄まで、米軍・日本軍兵士に加え民間日本人の死が「記憶」として「記録」される。

8_004_640_2 次のパートが「偽満州国」と「シャオハイの満州」。

 長春の「関東軍司令部」、平房の「関東軍731部隊ボイラー室跡」、「奉天ヤマトホテル」、置き去りにされた「日本人孤児」や黒竜江省の「『満州国』時代の日本人開拓村」(左の写真)など、19点。

8_008_640_3  最後のパートは、「ヒロシマ」と「ナガサキ」。

 ヒロシマの爆心地近くの「地下室」、焼けた「戦時石鹸」(写真右)「懐中時計」「ガラス板」「ケースに入った眼鏡」「分電盤」、そして「被爆者」たちのポートレイト(写真右)。

8_007_640_2  「 ナガサキ」では、爆心地から500mの倒壊した浦上天主堂跡で、奇跡的に見つかった「被爆したマリアの木像」が強烈な印象を残す。
 眼球は吹き飛び顔面が熱線で焼けている。
 江成さんは、「怒りのヒロシマ」に対し「祈りのナガサキ」の想いで、シャッターを切ったという。

 私たち夫婦は、二人とも旧満州からの引揚者である。敗戦後は彼の地に棄てられる運命にあった日本人のひとりだったが、トルーマン米大統領の指示で、翌年帰国する事ができた。
 それだけに「偽満州国」「シャオハイの満州」のパートは、二人とも感慨深く見た。あのシャオハイ(こども)時代の記憶は、決して消える事がないからだ。

 同じ旧満州からの引揚者で作家の澤地久枝さんが、今日の14時から展覧会場下のアトリエで、江成常夫さんと対談する。どんな「昭和史のかたち」が語られるだろうか。

 「昭和史のかたち」写真展は、9月25日まで恵比寿・東京都写真美術館で。観覧料はシニア500円。
 なお同展は、来年1月「相模原市民ギャラリー」で、3月「酒田市美術館」でも開催される。   

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August 25, 2011

1963.八月花形歌舞伎

Shinbashi201108b_3  8月の歌舞伎は、歌舞伎座以来3部公演になる。ベテラン役者が夏休みをとって、若手に舞台を譲る。
 新橋演舞場に移ってからもこの仕来りが守られ、午前・午後・夜と休憩を挟んでもそれぞれ3時間弱の公演である。

9_006_640_2  また8月は、新作歌舞伎など実験的な演目が登場する機会が多い。
 今回、松竹の友人の誘いで見た第2部も、G2の作・演出による新作歌舞伎「東雲烏恋真似琴(あけがらすこいのまねごと)」 がメインだった。

 G2は、劇作家で舞台演出家・プロデューサー。演劇ユニット「G2プロデュース」を主宰し、多彩な作品を次々と舞台にかけている。
 昨年は舞台劇「おくりびと」(赤坂ACTシアターほか)やミュージカル「今の私をカバンにつめて」(青山円形劇場ほか)など、今年は11月に世田谷パブリックシアターで坂東巳之助主演の「江戸の青春」、12月にル・テアトル銀座で浅野温子や戸田恵子、マイコらの「8人の女たち」を演出する。

 今回の「東雲烏・・・・」は、主演の中村橋之助の依頼でG2が初めて書いた歌舞伎演目。以前橋之助が主演した舞台「魔界転生」('18年)「憑神」('19年)が、G2の脚本・演出だった縁である。
 5月・6月とシアターコクーンで、現代演劇の蜷川幸雄・串田和美と組んだ橋之助の、さらなるトライとも云える。

 新内の名曲「明烏」からタイトルを借りてきたのだから、郭が舞台で花魁が主要な役、それも情痴話。

9_002_640  上役(坂東弥十郎)が身請けする事になっていた花魁(中村福助)と、ことの弾みで祝言を挙げる御家人(中村橋之助)。
 ところが花魁は、間夫だった親友( 中村扇雀)に嫉妬のあげく殺されてしまう。
 花魁の死を信じない御家人、そこへ人形師(中村獅童)から花魁そっくりの人形が届く・・・・。

 殺された福助が再び人形を演じ橋之助と情を交わすという、ちょっと怪談じみた展開もあってクライマックスへ。
 G2ならではの作劇は賛否両論あるようだが、スピード感溢れる舞台転換と丁寧な人物描写は魅力。
 御家人の弟(中村勘太郎)に奉公人(中村七之助)、母親(市村萬次郎)がからんでのコミカルなシーンも。
 橋之助が生き生きと人形とのラブ・ロマンスを演じ、ラストの道行きはしっとりと見せる。

 もう一つの演目は、舞踊劇「夏 魂まつり」。

 中村芝翫と二人の息子(福助・橋之助)、二人の孫(国生・宣生)の成駒屋一門が登場。
 京の風物詩、大文字の送り火を描いた九條武子の遺作を踊る。

 現代歌舞伎を代表する立女形の芝翫が、若旦那というのも面白い。
 色気たっぷりの福助はともかく、楚々とした橋之助の芸者も珍しい。
 今年83歳、足腰も少し弱ってきた芝翫が、縁台に座って孫たちの舞を見る表情がなんとも優しい。

 新橋演舞場、はじめての1階花道横の席。義太夫狂言ではないので、イヤホン・ガイドを借りずに十分楽しめた。

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August 23, 2011

1962.水曜日のエミリア

8_003_640 第83回アカデミー賞で主演女優賞を受賞した、ナタリー・ポートマン。出演したのはサスペンス・ドラマ「ブラック・スワン」だった。
 2月27日の授賞式以後ナタリーの出演作品が、次々と日本の劇場にかかった。

339408_100x100_002  「ブラック・スワン」はもちろん、ヒューマン・ドラマ「メタルヘッド」、コメディ「抱きたい関係」、アドベンチャー「マイティー・ソー」そして「水曜日のエミリア」である。
 ただ前4作は'10~'11年の作品だが、この「水曜日のエミリア」は一昨年アメリカで公開された映画である。つまり日本では「蔵出し」、アカデミー賞を受賞したからラインアップされた作品といえる。

339408_100x100_005  日本の配給会社も、当初は輸入を躊躇したようだ。
 不倫相手の上司と略奪結婚したヒロイン、継子とは関係がうまくいかず落ち込む。二人の間に生まれた赤ん坊が、3日目に突然死したトラウマ。ニューヨーク、セントラルパークを舞台に、愛と人生に迷う彼女を等身大に描いていく・・・・。
 さて日本の観客は、馴染めるだろうかと。

339408_100x100_003  確かに、子供が苦手な女性は身につまされるお話である。「ジコチュー」それも「チョー」がつく女の話と、一刀両断した批評家もいた。
 しかし、不倫・離婚・親権争い・子連れ結婚・養育放棄等々が日常化しているアメリカ社会の現実、日本もまたそれに近づいているのは事実だ。

339408_100x100_006  原作は、女性弁護士出身で育児や結婚についてのエッセイ・小説で有名なアイアレット・ウオルトマン。
 彼女の作品をナタリーが読み、映画ではライバルの前妻を演じるリサ・クロードと共同で製作総指揮を執った。
 「ブラック・スワン」の振り付けしと婚約し妊娠を発表したナタリー、「水曜日のエミリー」の製作はそれ以前だったかもしれないが、何かを暗示する。

339408_100x100_001_2 継子役のチャーリー・ターハンが可愛い。実母と継母の間にあって、二人から愛されたい、愛したい気持ちを上手く見せる。
 不倫の相手で夫役のスコット・コーエンは、アメリカのテレビで活躍している俳優。

 「レオン」の子役から17年、演技派としてここまで成功した女優は珍しい。
 女優に限らず、かっての名子役の多くがアル中や薬物中毒、さらには犯罪を犯して銀幕から去っている。
 近く母となるナタリーの、次の作品を期待したい。

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August 21, 2011

1961.木曽路・御岳~赤沢

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「木曾のナー 中乗りさん
 木曾の御嶽さん ナンジャラホーイ
 夏でも寒い ヨイヨイヨイ
 ヨイヨイヨイノ ヨイヨイヨイ」

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 富士山・白山と並ぶ「霊峰・御嶽山」3067m。
 山麓の三岳は気温30℃、御岳の7合目は18℃。
 刻々と変化する山頂からは、冷気が流れてくる。夏でも寒いのだ。

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 スキー場は赤字のため閉鎖されたが、「御岳ロープウエイ」だけは7月から11月上旬までオープンしている。

 終点の飯森高原は標高2150m。「花の百名山」に数えられている御岳、ちょっと歩いて7合目に出ると高山植物に出会う。
 「雪割小桜」「一寸キンカ」「ミナコゴミ」「「キキョウ」「コマクサ」など・・・。

240pxontaketozando  「御岳」が「御嶽山」と呼ばれるのは、ここが神秘的な力を宿したパワースポットだからだ。
 室町の頃から修験者が登っていたが、江戸時代に入ると御嶽教など山岳信仰が盛んになり、白装束の行者たちの列が続いた。
 登山道の周囲には、「講」の信者たちの霊魂碑が並んでいた。 

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 御岳の山麓に広がる森は、日本三大美林のひとつ「木曾ヒノキ」の産地。

 昔は木材運搬に使われていた森林鉄道を、トロック電車に乗って赤沢・丸山へ。
 ここは、「伊勢神宮式年遷宮」のための「ヒノキ」が育てられている国有林である。
 一帯は42年前に、日本で最初の「自然休養林」に指定され、「森林浴発祥の地」と云われている。

110810_028_640110810_038_640 木曾のヒノキは、平安時代から銘木として知られており、秀吉や家康はここを直轄領に定めた。
 安土城や桃山城は木曾の山々から切り出されたヒノキで築かれた。

110810_026_640  江戸時代に入ると尾張徳川藩の領地となり、築城や城下町建設財として搬出、藩の財政を潤した。
 乱伐によって山が荒廃したため、尾張藩は「木一本、首ひとつ」という厳しい御触れを出し、山役人を置いて管理する。

110810_046_640 右の写真は「床堰」。上流で切り出したヒノキを、ここでいったん堰き止め、一定の量が揃うと一斉に堰を切って下流に流した。
 ヒノキはこうして、木曽川で筏を組み江戸・京大坂へと運ばれたのである。

110810_036_640110810_048_640  森の中で見つけた「アスナロ」(左の写真)と「ネヅコ(左)・ヒノキ(右)」の切り株。
 ヒノキ科の中では2番手、「明日はヒノキになって高い値で買ってもらおう」というわけ。
 「ネズコ」もまた、肌の色が濃い(ねずみ色)ので、値が下がる。
 ほか「サワラ(ヒノキ科)」「コウヤマキ」を加えて、「木曾五木」という。

 「木曽路の旅」、夜は木曾駒高原に泊った。夕方のマジックアワー、ホテルから臨む「御岳」は、何か怒っているかの如く燃えていた。

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August 20, 2011

1960.木曽路・妻籠~奈良井

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                        (木曽路・寝覚の床)

110810_109_640    「木曽路はすべて山の中である。
 山を越え、嶺々を越え、
 又あるときは川の淵に沿って細く連なる石畳、
 行き交う人影も少なく、川の音、木立の中より聞こえてくる風の音、時よりどこからともなく聞こえてくる鳥たちの声。
 幣地木曾である。」

110810_223_640110810_231_640   島崎藤村の「夜明け前」に誘われて、中山道宿場町を歩く。
 馬籠宿から妻籠、上松、福島、奈良井など木曽路には11の宿がある。

110810_208_640  伊那谷から清内路峠を越えて入った「妻籠」は、その中でも特に歴史の佇まいを残す宿として知られている。

110810_213_640  明治に入って鉄道が開通し国道が新たに建設されると、ここはただの通過点となり衰退していった。
 1965年、妻籠の有志たちが始めたのは「町並み保存運動」。
 家や土地を「売らない・貸さない・壊さない」と住民憲章をつくり、ここで生活しながら江戸時代の町並みを守っている。

110810_238_640110810_245_640 左は島崎藤村の兄も庄屋を務めた「本陣」、参勤交代で中山道を通った大名たちの宿。
 次の写真が国の重要文化財に指定されている「脇本陣奥谷」、ここでは明治天皇が休憩したという。

 この脇本陣は、藤村の初恋の人「おふゆさん」の嫁ぎ先でもあり、現在は歴史資料館も併設され昔の面影を伝えている。

110810_125_640110810_116_640_2110810_126_640_2110810_128_640   
 妻籠宿と並んで国の「伝統的建造物群保存地区」に指定されているのは、「奈良井宿」。

 宿場の通りは凡そ1キロ、かって「奈良井千軒」といわれ、中山道十一宿のなかでは最も賑わいを見せた宿場だった。

 妻籠から遅れて3年、近世の民家として高い評価をうけてきた「中村屋」の移設問題が、きっかけとなって町並みの保存が始まった。

110810_147_640110810_148_640  その中村屋に、今多くの観光客の目が注がれている。
 今年の春から始まった朝のテレビドラマ「おひさま」のロケが奈良井宿でもあり、中村屋が渡辺えり子の演ずる「飴屋」として登場したからだ。

 木曽路の北の入り口、奈良井宿の隣村・木祖村が木曽川の源流。
 ここから227キロ、川は岐阜・愛知・三重の県境を流れて、伊勢湾に注ぐ。

110810_085_640  

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August 18, 2011

1959.デビルクエスト

8_002_640 ミュージックビデオやCM作品で数々の国際賞を受賞しているカメラマン出身のドミニク・セナが、オスカー俳優(「リービング・ラスベガス」'95)のニコラス・ケイジとタッグを組んで製作したアクション・アドベンチャー。
 巧みな自動車窃盗犯を主人公にした「60セカンズ」('00)以来、10年ぶりの作品である。

339634_100x100_001 魔女と疑われた女を「魔女裁判」にかけるため、山奥の修道院に護送する十字軍の元騎士たち。勇敢な彼らを待ち受ける驚愕の運命は・・・というストーリー。

  タイトルの「悪魔探索」が示すように、超常現象が登場するファンタジー映画だが、中世ヨーロッパ史には興味を持つので足を運んだ。

339634_100x100_003_2  幾つかの歴史上の出来事が、物語のベースになっている。
 年代は14世紀。冒頭に登場するのは、十字軍対オスマン帝国の幾つかの戦い。
 映画にもよく登場する、聖地奪還のための十字軍遠征というより、バルカン支配を巡ってのヨーロッパ連合軍とオスマンである。

 主人公たちは、たびたびの戦いで戦歴を高め伝説の騎士と呼ばれる。しかしキリストの名のもと、老人や女子供まで虐殺する戦いに嫌気がさし戦列を離れるという筋立て。

339634_100x100_007  たどり着いた村々では、ペストが大流行。歴史上では、1347年~1350年という記録がある。
 その原因が魔女の存在だと、枢機卿たちは決め付ける。

 事実ヨーロッパにおける「魔女狩り」は、この頃から16世紀にかけて続く。
 あのジャンヌ・ダルクが魔女として、火炙りによって処刑されたのは、1431年の事である。

 ファンタジー映画ではあるがドミニク・セナ監督は、アメリカに浸透しつつあるキリスト教原理主義の危うさ、魔女狩りを想起させるティー・パーティーを意識して作っている。
 いったい「悪魔」とは何なのかと。

339634_100x100_009339634_100x100_005   出演はニコラス・ケイジのほか、その相棒の騎士役に「ヘルボーイ・シリーズ」でスターとなったロン・パールマンが登場する。
 敵役でもある枢機卿には、ドラキュラ役でひと時代を築き上げた(1958~)クリストファー・リーと懐かしい顔。魔女と疑われた女は、BBCで活躍するイギリスの若手女優クレア・フォイ。

 原題は「Season of the Witch」、「魔女の季節」とでも訳したらよいか。

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August 16, 2011

1958.木洩れ日の家で

8_001_640  グディニャ・ポーランド、サンフランシスコ、トリエステ、ベルジャーンシク、マルメ、ウイスコンシン、リーズ、ジンバブエと知名度は低いが、多くの国際映画祭で主演女優賞・観客賞・優秀作品賞などを受賞した4年前の作品。
 岩波ホールで3ヵ月近く上映して、静かなブームを呼んだ。

 91歳、ポーランドが誇る名女優ダヌタ・シャフラルスカと名犬フィラデルフィアが主演した、ある女性の晩年の日々綴った映画である。

 ワルシャ郊外の森の中、木洩れ日がテラスの窓に輝く古い屋敷の中で、老いても誇り高く生きていく老女が愛犬と語り合うのは、若き頃の甘美な思い出と幼い頃の可愛かった息子の話。
 愛する夫との間に生まれたその息子は今や幻滅を覚える太っちょの「オジサン」となり、父親似の可愛げない孫娘からは「バーサン」と呼ばれる・・・・。
 そこには深い孤独と寂寥感が漂う。

 いつも双眼鏡で盗み見している隣は、「ガキ」どもの音楽教室。煩い「ガキ」どもが金網を破って侵入してくる。それでも、孫娘よりはましだ。

338798_01_02_03 脚本・監督は、ポーランド気鋭の女性監督ドロタ・ケンジェジャフスカ(「僕がいない場所」'05)。
 夫のアルトウル・ラインハルトがそのシナリオを、詩的なモノクローム映像で撮っていく。
 その映像が、私たちの目には色彩を纏う。

338798_01_03_03  ダヌタ・シャフラルスカのひとり舞台といっていい。それに愛犬フィラが最高の演技を見せる。
 彼女はもう95歳になる。84年前に初舞台を踏んだ彼女は、今も現役としてワルシャの劇場に出演しているという。

 映画は、岩波ホールが終わって銀座のシネパトスへ移ってきた。岩波ではシニアが1500円、それがここでは1000円でOK。こうしていつも再上映を待っている。

 80人ほどの観客、ほぼ全員が「バーサン」と呼ばれる年代。「ジーサン」は私を含めたった3人だった。

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August 14, 2011

1857.国立寄席

110812_640  毎年お盆の頃に集まる「ひとまく会・暑気払い」、歌舞伎座が休館中のため昨年からは国立演芸場で寄席を楽しみ、近くのホテル・ラウンジでの暑気払いとなる。

110812_002_640  寄席の演目、目指す「トリ」は桂歌丸の「怪談噺」。昨年の「宗悦殺し」に続いて、三遊亭園朝作「真景累ヶ淵」の第2話「深見新五郎」である。

 歌丸は1994(平成6)年から5年間、園朝のこの古典を国立演芸場で夏の公演としてで語ってきた。
 そして昨年からは新たに「宗悦殺し」を第1話として、「語り直して真景累ヶ淵」シリーズをスタートさせた。

110812_010_640  「真景累ヶ淵」は、「牡丹灯篭」と並ぶ三遊亭園朝(写真)怪談噺の代表作。
 江戸の始め(1612年頃 )、下総国羽生村(現在の常総市)で累(るい)という女が夫に殺され、鬼怒川の淵に沈められたのが発端である。
 その後、夫の後妻が次々と不審死し、最後の後妻に生まれた菊という娘にも、累の亡霊が執り付き村中が大騒ぎとなったという実話である。

200pxshunsenkasane  「怪談噺」はその後段から始まる。菊という名の妻を娶った酒乱の貧乏旗本が、借金を取り立てにきた按摩・宗悦を切り殺したのが第1話。
 今回の第2話は、旗本の息子・深見新五郎が宗悦の遺児に横恋慕し誤って殺してしまうという因縁ばなし。
 明日から始まる「中席公演」の後半は、その姉・豊志賀が新五郎の弟・新吉に入れあげた挙句に自害、亡霊となる「豊志賀の死」と続く。

 「豊志賀の死」は、歌舞伎でもたびたび上演される演目。2年前の納涼大歌舞伎(ブログ1325号で紹介)、映画でも4年前の「怪談」(ブログ684号)で豊志賀(黒木瞳)・新吉(尾上菊之助)が登場した。

110812_012_640  さて、「国立寄席」に戻ろう。
 今回の中席は、「桂歌丸噺家生活60周年記念公演」ということで、桂小南冶、桂歌春、三遊亭小遊三、三遊亭好楽ら、弟子や落語芸術協会の面々が出演している。

 仲入り後の歌丸師を囲んでの座談が面白かった。
 弟子たちの捻った祝辞に、師は「これからも長生きして、皆さんの墓参りをしましょう」と切り返す。

 「ひざがわり」(トリ直前の色物)は、昨年と同じ桧山うめ吉の端唄や都都逸、三味線に踊り。
 なかなかの美形は、まさに歌丸師匠好み。

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August 12, 2011

1956.伊那谷・天竜舟下り

110810_640_2   「天竜下れば飛沫がかかる 持たせやりたや檜笠」

 猛暑の都心を避けて、伊那谷を歩いた。
 初めてトライしたのは「天竜舟下り」、最上川や長瀞のそれと比べ迫力があると友人が勧めてくれた。
 愛読している佐伯泰英の「交代寄合伊那衆異聞」にも、天竜暴れ水の凄さがたびたび紹介されているからだ。

110810_180_640_2   北岳(3190m)赤石岳(3180m)と連なる南アルプス(赤石山脈)、駒ヶ岳(2956m)恵那山(2191m)の中央アルプス(木曾山脈)。
 二つの山脈に挟まれた伊那の谷を南北に奔流し、遠州灘へ注ぐのが天竜川である。

 諏訪湖に水源を発し、重畳たる信濃の高峰から流れ出る水を集めて太平洋へ。その距離は213キロ。
 舟下りは、その中でも渓谷美が見事な下伊那の弁天港~時又港間の7キロ、飛び散る水飛沫を浴びながらの35分間である。

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 予想していた程のスリルはなかったが、奇岩や巨岩のそそり立つ 「鵞流(がりゅう)峡」や「黒瀬ヶ淵」を楽しんだ。

110810_310_640110810_182_640_2   船頭の真後ろに座ったため、飛沫を避ける「ビニール」の上げ下げ役。写真を撮る機会は少なかったが、何とか数枚のスナップはカメラに収めた。

110810_189_640110810_179_640  途中、飯田市の「アルプスぼうけん倶楽部」のラフティングに出会った。現代版天竜舟下りである。

 終点に着いた舟は、クレーンで引き上げられトラックで出発港まで回送される。
 艪を漕いでの「舟上り」は、この急流では船頭さんに負担がかかる。和舟ならではの知恵である。
 江戸の頃は、どんな工夫をしたのだろうか。

 天竜川では、天竜峡温泉を出港する凡そ10キロの「天竜ライン下り」もある。こちらは大人料金2,900円、「舟下り」は2,300円。

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August 10, 2011

1955.海洋天堂

8_640 「平凡にして偉大なるすべての父と母へー」がキャッチコピー。近年特に増えてきた「余命もの」「難病もの」作品に辟易していたが、こう書かれると見ないわけにはいかない。
 鑑賞後、それが号泣ではなく、密やかに心を震わす作品だった事に満足した。

339378_100x100_001  「HIRO」('04)など世界的なアクション・スターとして有名なジエット・リーが、「ノーアクション」「ノーヒロー」「ノーギャラ」で挑み、新しい境地を開いた映画である。

 中国CCTVの教育番組ディレクター出身で、「北京ヴァイオリン」('03)などを手がけた女性脚本家シェ・シャオルーの初監督作品。
 彼女の脚本を読んだジエット・リーが感動して、出演を熱望したのだ。

339378_100x100_003  末期ガンで余命わずかと診断された父親。男手ひとつで育て上げた息子は自閉症。父親は何を考え、何を息子に残そうとしたか。
 父と子の絆がテーマである。

 監督のシャオルーは、北京電影学院の学生時代からボランティアで自閉症施設に通っていた。ディレクター時代も、彼らが置かれた状況を様々な形で支え続けてきたという。
 そこで見たのは、高齢化した親の元から自立せざるを得ない、自閉症の青年たちの姿だった。
 作品はその現実を、声高ではなく社会に認知を求める。

339378_100x100_006  ポスターにもあるように、映画は親子の入水自殺という絶望的なシーンからはじまる。
 泳ぎの得意な息子だったので未遂に終わるが、それが「海洋天堂」のキーポイントになる。

339378_100x100_002  親子をめぐる周囲の人たちの、暖かい眼差しもいい。
 とくにサーカス団のピエロの女性と心を通わすエピソードは、ユーモアを交えながら描かれるが胸を打つ。

 その自閉症の青年という難役をウエン・ジャンが演じ、上海国際映画祭で主演男優賞を受賞した。
 ピエロの女性は、台湾の女優グイ・ルンメイ(「遠い道のり」'07)。

339378_100x100_004  ロケはチンタオを中心に行ったが、カメラは台湾在住のクリストファー・ドイル。「花様年華」('01)や「HERO」などアジアを中心に活躍し、ヴェネチア国際映画祭でも撮影賞を受賞しているオーストラリア出身の名カメラマンである。
 さらに音楽は日本の久石譲と、中国・台湾・香港・シンガーポール・日本のキャスト・スタッフが参加している。

 ジエット・リーの抑えに抑えた演技が、息子への愛を繊細に表現する。

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August 08, 2011

1954.大鹿村騒動記

012_320  俳優・原田芳雄が長年暖めていた企画に監督・阪本順治がノリ、役者仲間たちがワッと集まり毎晩酒を飲みながら撮った喜劇作品。
 元気なオジさんを演じた原田は、これを最後に逝った。享年71歳、私と同じ年齢である。

339117_01_08_03  タイトルとなった「大鹿村」は、長野県の南アルプス山麓にある実在の村。
 江戸時代から300年以上も続く「村歌舞伎」で知られ、これまでもここを舞台に映画やテレビドラマが作られている。

 今回のお話は、この美しき山村で「芸能の原点」を守ってきた人たちの、ホロ苦くもオカシミあふれる群像喜劇である。

 原田演ずるジビエ食堂のオヤジは村歌舞伎の花形役者。年一度の公演を目前に控えた日、18年前に無二の仲間(岸部一徳)と駆け落ちしたカミさん(大楠道代)が舞い戻ってきた。それも認知症になって・・・・。

339117_01_01_03  ここから始まるドタバタに加わるのが、石橋蓮司・佐藤浩市・小倉一郎・でんでん・加藤虎ノ助・小野武彦、そして瑛太に松たか子。
 村歌舞伎保存会長は長老の三国連太郎、原田の食堂のバイトが冨浦智嗣という面々。

 俳優が村人に代わって歌舞伎俳優を演ずる。そして村人のほとんどがエキストラとなって参加する。
 この「現実」と「虚構」の中に、シベリア抑留体験やリニア新幹線問題、はては性同一性障害まで絡むのだから、映画は単なる喜劇だけには終わらない。

339117_01_04_03  村歌舞伎の演目は「六千両後日文章重忠館の段」。
 源平の時代を舞台に、武将・梶原景清や畠山重忠が登場する歌舞伎は幾つかあるが、この演目だけはここでしか見られないという。
 その舞台のクライマックスが作品の見所となる。

339117_01_02_03  「歩いても歩いても」('08)「黄金花」('09)「テレビ・火の魚」('09)「奇跡」('11)など、最近は老け役で活躍していた原田芳雄。
 最後は、不器用だが骨太の男を若々しく演じて見せてくれた。そして役者魂は燃え尽きた。

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August 06, 2011

1853.夏・夢の島(2)

110802_020_640  夢の島にある「都立・第五福竜丸展示館」。
 今夏の企画展は、「ビキニ事件新聞切抜帖~第五福竜丸の被災と人びとのくらし」。

110802_039_640110802_017_640_2   船体をぐるりと囲んで、当時の新聞の切抜きや雑誌、写真が並ぶ。
 参観者は私ひとりだけ。

 「23名が原子病」「鹿児島に放射能雨」「北海道大学構内も放射能汚染」「仙台でも放射能」との見出し。

  水産物に対しては、風評も含め被害は甚大だった。築地市場に出荷されたマグロは、場内の片隅に穴を掘って埋められた。
 全国の魚屋から魚が消えた。「フクシマ」の牛肉のように。

110802_016_640110802_018_640110802_011_640_2  記録によると、856隻の漁船から水揚げされたマグロなど、水産物は計486.75トンが破棄されたという。
 水産業界は、政府に補償を求め風評被害の防止に躍起となった。

 1954年の「ビキニ事件」で、第五福竜丸をはじめとする多くの漁船員が、水爆実験の「死の灰」を浴びた事がきっかけとなって、原水爆禁止を求める市民運動が起こる。

110802_029_640_2110802_034_640   東京・杉並の主婦たちから始まった「原水爆禁止を求める署名」は、1年間で3000万人を超す。
 こうした声を受けて翌年8月6日には、第1回原水爆禁止世界大会が広島市で開かれ、日本原水協が結成された。

 原水禁運動は、その後の私の人生にも大きな影響を与えた。
 大学のゼミの恩師が、原爆孤児を精神的・財政的に支える取り組みを続けており、助手としてその運動を手伝った。

120pxchildrens_peace_monument_2008_51xyz38hb3l__aa75_   毎年、原水禁世界大会の裏方を務め、映画「千羽鶴」(木村荘十二監督・'59)や「24時間の情事」(アラン・レネ監督・'60)の製作に直接関わる。
 その後、テレビ・ジャーナリズムの世界に入るきっかけとなったのが、こうした経験だった。

110802_047_640110802_048_640  夢の島マリーナを臨む展示館の前に、錆付いた船のエンジンが展示されている。
 15年前に熊野灘の海中から引き上げた第五福竜丸のエンジンである。
 スクラップ業者からエンジンだけを引き取って装備した船は、なぜか数年で遭難してしまったのだ。

 「ヒロシマ」「ナガサキ」「ビキニ」「フクシマ」・・・。日本人と核、「被爆」と「被曝」。
 今日は、広島に原爆が投下された日。暑い夏の一日、夢の島の小道に咲く花を、カメラに収めた。

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August 05, 2011

1952.夏・夢の島

110802_002_640_2 毎年この頃に東京・夢の島を散策する。自宅からメトロで3駅、新木場の先の森の木陰にひっそりと建っている、「第五福竜丸展示館」を訪ねるのが第一の目的である。

110802_006_640_3110802_021_640_3   第五福竜丸140.86t・250馬力、前兆28.56m、幅5.9m、乗組員は23人。
 
  焼津船籍のこのマグロ漁船は、1954(昭和29)年マーシャル群島ビキニ環礁で行われた核実験による死の灰を、乗組員全員が浴びた。
 久保山無線長が亡くなり、生き残った乗組員たちも放射能障害で苦しむ。

180pxcastle_bravo_blast_640  キャッスル作戦「ブラボー」と呼ばれたこの核実験は、水素爆弾だった。ヒロシマ・ナガサキの原子爆弾についで、日本人は三度核に侵された。

  危険区域外で操業していた多くの漁船が、影響を受けた。日本の海上保安庁の抗議に対し、アメリカはその理由を答えてはいない。
 その上、アメリカは福竜丸の廃棄を要求してきた。

250pxdaigo_fukuryu_maru_640_3  日本政府は、船を文部省に買い取らせることで、船主への見舞い金とした。
 福竜丸は「はやぶさ丸」と名を変え、東京水産大学の実習船となる。
 それも13年後には廃船となり、払い下げを受けたスクラップ業者がエンジンだけを外して、夢の島に打ち捨てた。

110802_010_640_5   2年後この事を知った市民たちが声を上げ、保存運動が始まる。
 そのきっかけとなったのは、一本のテレビ番組だった。

  放送記念日特集・ドキュメンタリー「廃船」、1969年3月22日放送。
 私の番組制作の師、故・工藤敏樹の渾身の作品である。

110802_025_640_3110802_008_640_4    「東京・夢の島。
 人間に使い古され、見捨てられ、腐り果てたものが息絶える墓場。カモメはその中に餌を求めて群がっていた。
 そして、その夢の島の中にその船はあった。」

 中西龍アナウンサーのナレーションで始るこの番組は大きな反響を呼び、福竜丸保存は具体化していく。

  市民たちの募金で買い上げた船体は東京都に寄付され、7年後の1976(昭和51)年「都立・第五福竜丸展示館」として、夢の島にオープンした。
 原水爆による惨禍が、ふたたび起こらないようにという願いをこめて。(続く)                             

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August 03, 2011

1951.コクリコ坂から

011_320  1980年、少女雑誌「なかよし」に連載されたが売れなかった漫画が原作。高校生の純愛と出生の秘密を描いた作品だが、「70年全共闘」を引きずった原作者は、少女マンガに馴染めなかった。

 そんな作品を、宮崎駿は大切に抱え込んでいた。そして学園闘争がもはやノスタルジーの世界に溶け込んでしまった今、敢えて映画化に踏み切った。

 宮崎駿から脚本(共同脚本・丹羽圭子)をふられたのは、息子の吾郎。「ゲド戦記」以来5年ぶりの監督である。
 前作に比べ肩の力を抜いた監督は、ファンタジックな要素を排して軽やかな青春物語として描いた。

 夏休みを狙って公開したこの夏の「ジブリ作品」だが、子供や若者向けというより団塊の世代以上が郷愁を覚える作品となった。
 あるアニメファンは「父や母は理解できるかも知れないが、20代の私にはサッパリ」と語る。まさに世代を選ぶ映画になってしまった様だ。

013_320_2 舞台は東京オリンピック前年の横浜。コクリコ(ひなげしの花)が咲く丘の上の洋館には、毎朝「信号旗」が掲げられる。
 「U・W」旗、安全な航海を祈るのメッセージである。
 朝鮮戦争で船乗りの父を亡くした、高校2年生の少女の祈りである。

 タグボートで高校に通う1年先輩の少年が、それをいつも見ていた。そして二人の純愛が生まれる・・・・・。

 長澤まさみと岡田准一がこの二人の声。少年の祖母・竹下景子、少年の父・大森南朋、高校の理事長・香川照之と声の出演も、豪華版である。
 しかし物語は、さらっと何の衒いもなく進んでいく。

 ブログ1942号でも紹介したが、今年の夏休みは洋画の「ハリー・ポッター」と邦画の「コクリコ坂から」がライバルだという。
 国内のスクリーンの四分の一を占拠している「ハリー・ポッター」に対し、「コクリコ」は半分以下だが息長く上映していくとジブリのプロデューサーは話す。

 「大震災」に「フクシマ」、殺伐とした社会状況の中で「刺々しく時代や社会を批判しない優しい眼差し」を私たちに届けてくれる映画。
 宮崎駿・吾郎からの、夏休みのプレゼントである。

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August 01, 2011

1950.ラスト・ターゲット

010_320 イギリスのハードボイルド作家マーティン・ブースの「暗闇の蝶」が原作。
 派手なアクションはないが、全編ヒリヒリするようなサスペンス映画となった。

 スエーデンの湖畔に隠れ住んでいた孤高の暗殺者、ミスター・バタフライ。殺し屋に追われてイタリアの城塞の街へ逃げ込む。
 引退を決意した彼が引き受けた最後のミッション、そしてその「ラスト・ターゲット」は。

Gallery008691_4  ダンディでスタイリッシュな暗殺者を演ずるのは、ジョージ・クルーニー。これまでの「おやじギャグ」を捨てた、まったく新しい人物像を見せる。
 寡黙なキャラクター高倉健か「ゴルゴ13」。

Gallery008691_1  逃げ延びるためには同棲していた女も射殺してきたクルーニー。
 彼が最後に惚れたカステル・デル・モンテの娼婦は、イタリアの女優ヴィオランテ・プラシド(「恋するショコラ」'07)が扮する。
 アラフォーの彼女がオールヌードで見せた濡れ場には、場内からため息。

 他、組織のボスはオランダの俳優ヨハン・レイゼン(「シスター・スマイル」'09)、女性スナイパーもオランダの女優テクラ・ルーテン(「ヒットマンズ・レクイエム」'08)。

Pn_photo06  舞台となったアブルッツオの自然、デル・モンテの街並み、繊細な色彩表現、1カット1カットのフレームが決まっている。
 オランダ出身で世界的に著名な写真家、アントン・コルベインならではの腕だ。
 初めての監督作品「コントロール」('07)で、カンヌ国際映画祭でカメラドール特別賞を受賞。今回もコンビを組むマーティン・ルーエを撮影監督にした。

 原題は「THE AMERICAN」。イタリアの城塞の街に住む、たった一人のアメリカ人に意味がある。邦題「ラスト・ターゲット」は、あまりにも説明的だ。 

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