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October 30, 2011

1997.中央区まるごとミュージアム

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 晴海・築地・明石町・銀座・日本橋・人形町・薬研堀・・・、私の住む中央区31ヵ所で、今日は同時並行でイベントが開催されている。
 恒例の「中央区まるごとミュージアム」である。

111030_011_640111030_038_640111030_047_640   コンセプトは「日常がアートになる街、誰もがアーティストになれる街」。

 区内を走る無料のバスや船に乗って、文化イベントや文化施設を回遊しながら、中央区の魅力を体験する。

111030_007_640111030_005_640  晴海で開かれていたのは「フラワーフェスティバル」。
 晴海トリトンスクエアも創立10周年を迎え、イタリアの花祭り「インフィオラータ・花の絨毯」は、祝賀の彩りで飾られていた。

111030_050_640111030_054_640  銀座で立ち寄ったのは「銀座あおぞらDEアート」。
 都の歴史的建造物でもあるノスタルジックな泰明小学校では、100名の若いアーティストの作品展が開かれていた。

111030_060_640111030_051_640  絵画・イラスト・写真・工芸品と、数々の作品が並ぶ校庭では音楽や舞踏のパーフォーマンスも。

 また近所の画廊でも「アフタヌーン・ギャラリーズ」、「大人と子どもの美術鑑賞」をテーマに10数箇所が巡回できる。

111030_067_640111030_065_640  銀座4丁目の街路8ヵ所では、各流派の茶会が開かれていた。
 今年で10回目となる「銀座の野点」は、誰でも無料でお茶の接待を受けられると大好評。
 長い行列が続いていた。

111030_073_640111030_080_640  日本橋では「架橋百年祭」。
 重要文化財でもある「日本橋」は、1911(明治44)年に現在の石造二連アーチ橋に架け替えられた。
 江戸開府以来20代目となるこの橋は、関東大震災・東京大空襲にも耐えてきた。
 上を覆う高速道路が取り除かれる日を、地元では願っている。

111030_087_640111030_084_640  「第39回日本橋・京橋まつり」も兼ねた「百年祭」のパレードは、震災復興を祈念して「相馬野馬追い騎馬武者」や「川原鎧剣舞」「金津鹿踊」「仙台すずめ踊り」「「浦浜念仏剣舞」など、東北の伝統文化の舞が続いた。

 このほか、「日本橋美人博覧会」「薬研堀講談の会」「新富座こども歌舞伎」「日本凧の会秋季大会」「ヘブンアーティスト」「ライブコンサート」など、31の催し物が一日中続く。

111030_045_640111030_025_640  「中央区まるごとミュージアム」、今回は晴海・朝潮運河から「水上」バスに乗り、箱崎防災桟橋まで隅田川を40分遊覧、その後は「陸上」バスで銀座~日本橋を駆け巡った。

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October 28, 2011

1996.一命

005_640  市川海老蔵、時代劇映画初主演。
 私生活のスキャンダルはともかく、歌舞伎役者としての持てる力を十分発揮した。
 「型」「所作」「口跡」「大立回り」と、成田屋の家名をしっかりと守る。

339593_100x100_008  時代小説家の滝口康彦が1958年に発表した、「異聞浪人記」が原作である。
 発表4年後に、小林正樹監督が仲代達矢を主演に「切腹」と題して映画化、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。

 しかし三池崇史監督は、「一命」は「切腹」のリメイクではなく原作の再映画化だと強調する。
 武士の体面・虚飾・偽善を鋭く突いた前作に比べ、どの時代でも共有する「命の大切さ」を強く押し出した。
 主人公が最後まで「竹光」で切り合うシーンに、三池監督の想いが込められているのだ。

339593_100x100_003  ストーリーは原作に忠実である。
 困窮のなか病気の子供の命を救うため、流行の「狂言切腹」を試みざるを得なかった若い浪人(瑛太)。
 ゆすり紛いの狂言は武士の沽券に関わると、竹光での切腹を強要した井伊家の家老(役所広司)と家臣団。
339593_100x100_001  人命を軽んじる武家社会と封建体制の不条理に、憎しみと恨みを貫く義父(市川海老蔵)。
 それぞれの侍たちの人間の義と、生き様が描かれていく。

 瑛太の「切腹」シーンは、三池監督らしく残酷で押し付けがましい。
 カンヌ国際映画祭でのコンペティション上映では、ここで席を立った観客が多かったという。しかし監督は決して妥協しない。クライマックスへの大切な伏線なのだからだ。

339593view005339593_100x100_006  そのクライマックス、4~50人の井伊家家臣団に対し一人で立ち向かう海老蔵の独壇場。
 力強いセリフまわし、腰の座った殺陣、歌舞伎役者の立役としての本領を見せてくれる。

339593_100x100_012  海老蔵の娘そして瑛太の妻役、満島ひかり。時代劇は初めての様だが、抑えた演技が上手い。

 前作「切腹」では、仲代のほか瑛太の役に石浜朗、満島が岩下志麻、役所が三国連太郎だった。

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October 26, 2011

1995.世界遺産ヴェネツィア展

10_640_2  「水の都ヴェネツィア」、英語・フランス語では「ベニス」と呼ぶ。映画「ベニスに死す」の余韻に誘われて、江戸東京博物館の「世界遺産ヴェネツィア展」に足を運んだ。
 「アドリア海の女王」と讃えられたヴェネツィアの華やかな歴史と芸術が、絵画を中心に140点並べられていた。

10_001_640_4  ヴェネツィアの守護聖人「サン・マルコのライオン」。
 街はサン・マルコ大聖堂を中心に、118のラグーナ(潟)を結んで形成されている。

10_004_640_2  東ゲルマンのランゴバルトからの攻撃を防ぐため、巨額な資金を費やしてラグーナの泥の中に杭を打ち、その上に建物を乗せた。
 今もなお、人びとはゴンドラを利用して、ラグーナを行き交う。

 強大な海軍力と、アドリア海を中心とする地中海貿易で栄えたヴェネツィアの繁栄は、697年のビザンツ帝国からの独立に始まる。
 ナポレオンの侵攻までの1100年の間、この都市国家は総督を中心とする寡頭政治による共和国として、冨と文化をラグーナの上に積み上げた。

10_005_640  展示作品の中で最も注目を集めているのが、ポスターにも描かれている右の絵画「二人の貴婦人」。
 先週の朝日新聞「美の履歴書」でも紹介されていたが、イタリア・ルネサンス期のヴェネツィア派を代表するビットーレ・カルパッチョの板絵である。

 この絵は長く「コルティジャーナ(高級娼婦)たち」と呼ばれていた。着飾った女性の物憂げな表情から、美術批評家たちは二人を娼婦と解釈したのである。
 ところが1963年に、上の部分に繋がる絵が発見された。そこには女性たちの夫とも思える男たちの狩りの模様が描かれていたのだ。
 そして今、左側の対になる絵の存在に多くの関心が寄せられている。

10_002_640_2  左は、ジュゼッペ・ボルサートの「リアルト橋」。
 カナル・グランデ(大運河)を結ぶ橋。両岸には豪奢なパラッツオ(邸館)が並ぶ。

 現在もそのままの姿で残るヴェネツィアの建築は、ルネサンスとバロック様式が特徴だが、展示されている街の風景画と現在の写真を比べると、この街が世界文化遺産に選ばれた理由がよくわかる。

 絵画のほか、洗練されたヴェネツィアンガラスの数々、織物や扇・香水など。展覧会は、この都市国家の黄金期から爛熟期までの栄華を夢見ることが出来る。

10_007_640  「世界遺産ヴェネツィア展~魅惑の芸術ー千年の都~」展は、12月11日まで江戸東京博物館。入場料は1.400円だが、毎月第3水曜日は65歳以上は無料。

 また常設展示室では企画展として、「日光東照宮と将軍社参」が、来月23日まで開催中。
 こちらも、興味深い展示物が並んでいた。

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October 24, 2011

1994.ベニスに死す

004_640  「至高の美少年に魅せられた、老作曲家の苦悩と恍惚」、ルキーノ・ヴィスコンティ監督の代表作のひとつ「ベニスに死す」ニュープリント版である。

 40年前に公開されたこの作品は、見事な映像と音楽の融合が評価され、カンヌ国際映画祭で記念賞を受賞した。
 そして今日でも、最高の総合芸術作品として映画史上で語られている。

20977_100x100_001  原作は、「魔の山」などで知られるノーベル賞作家トーマス・マン(1875~1955)の同名小説。

 日本では三島由紀夫や辻邦生らに大きな影響を与えたドイツの文豪が、友人でもあったロマン派の大作曲家グスタフ・マーラー(1860~1911)をモデルに書き上げた。
 マンは、1911年にベニスで客死したマーラーを追い、翌年同じリド島のオテル・デ・バンに滞在して、この小説の構想を練ったという。

 映画は、夜明けのアドリア海を航行する蒸気客船のシルエットから始まる。その映像にマーラーの「アダージエット」の甘美な旋律がかぶさる。
 船には、ベニスに静養に向かう老作曲家の姿が・・・。

12  老作曲家(マーラー)を「狂い死に」させた金髪碧眼の美少年は、ヴィスコンティ 監督がスエーデンで見つけたビョルン・アンドレセン16歳、映画初出演である。

 ギリシャ彫刻を想わせるその透明感、金髪碧眼の少年は、美しすぎる悪魔とも呼ばれアイドルとなったが、この一作だけでスクリーンを去っている。

 マーラーの役はイギリスの名優ダーク・ボガード(1921~1999)。ヴィスコンティ監督の「地獄に落ちた勇者ども」('69)に出演した後、この作品で再びタッグを組んだ。

20977_01_01_03  懐かしい顔も見える。美少年の母親役シルヴァーナ・マンガーノ(1930~1989)である。
 16歳でミス・ローマに選ばれた彼女は「にがい米」('48)で本格デビュー。「ベニスに死す」ほか「家族の肖像」('74)など、ヴィスコンティ作品には度々登場している。
 この映画のときが41歳、その美貌は決して衰えてはいなかった。

20977_100x100_003_3  ヴィスコンティ作品は、1963年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「山猫」が有名だが、地元のヴェネチア国際映画祭では「熊座の淡き星影」('65)など4回も金獅子賞を獲っている。
 「ボッカチオ」('62)「イノセント」('75)など、これまで見た作品の多くは彼の退廃的な世界観が芸術に昇華していくものだった。

 「ベニスに死す」はその代表的な作品だけに、どうしても大スクリーンで見たかった。フイルムの傷は目立ったが、DVD再生では味わえない総合芸術を堪能する事ができた。 

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October 22, 2011

1993.横須賀再訪

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  秋空に浮かぶシルエットは、戦艦「三笠」。
 横須賀の三笠公園に保存されている記念艦である。

 友人に誘われて、初夏に続いて再び横須賀を散策した。今回は時間もあったので、「三笠」に乗艦して艦内を見学する。

111017_022_640111017_010_640   「三笠」は、日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った、日本の連合艦隊旗艦。
 1902(明治35)年、イギリスのビッカーズ造船所で建造された。
 日本海軍の「66艦隊計画」により、乏しい予算の中最後に作られた戦艦である。

111017_024_640111017_029_640  乗組員860人、排水量15,140トン、全長122m、幅23m、速力18ノット。30㌢主砲4門ほか計34門の大砲、4基の魚雷発射管を装備していた。

 日露戦争では、旗艦として東郷平八郎司令長官が乗船し、6隻の戦艦と8隻の装甲巡洋艦などを率いた。

111017_069_640111017_017_640   日露戦争、なかでもバルチック艦隊を撃破し圧倒的な勝利を収めた日本海海戦。
  司馬遼太郎の原作によるスペシャルドラマ「坂の上の雲・最終章」が12月に放送されるので内容は省くが、その後の「三笠」について幾つかのエピソードを紹介しておく。

Mikasa_640  まず終戦直後の1905(明治38)年、弾薬庫の爆発事故により佐世保港で沈没、300名を超える犠牲者を出す。
 引き上げられた後も座礁など繰り返し、補助戦艦として前線を離れた。
 そして1923(大正12)年、ワシントン軍縮条約による艦艇削減により引退、「三笠」は記念艦として横須賀に保存された。

260pxbattleship_mikasa_in_1950s_640  太平洋戦争敗戦後、連合国所有となった「三笠」に対し、ソ連は極東軍事委員会でスクラップ化を強硬に主張、アメリカは妥協策として砲塔・艦橋・マスト・煙突など上部構造物を撤去して横須賀市に返還した。

 ところが、横須賀市から管理を委託された企業が、撤去された上甲板で水族館やダンスホール「キャバレー・トーゴー」を経営し、「三笠」は遊興の場となってしまう。

111017_026_640  1955(昭和30)年「ジャパンタイムス」に、荒廃した「三笠」の惨状を訴える記事が掲載される。建造されたイギリスの造船所の町に住む、ゼントルマンからのものだった。

 続いてジャーナリストの伊藤正徳が、「三笠の偉大と悲惨」を「文芸春秋」に発表。またアメリカ太平洋艦隊司令長官だったニミッツ元帥も、同誌に「三笠の現状を憂う」と投稿 し、「回顧録」の原稿料を「三笠復元基金」として寄付した。

111017_001_640111017_014_640   1961(昭和36)年、戦艦「三笠」は国民の寄付と国費で復元され昔の姿を取り戻した。

 集められた寄付は、1億6000万円。その中には、ニミッツ元帥の呼びかけに応じたアメリカ海軍関係者からの2.400万円が含まれている。

 現在「三笠」は、防衛庁所管の国有財産。「寄付金」で設立された在団法人「三笠保存会」が管理しており、アメリカ海軍から返還された隣接地は三笠公園として整備されている。

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 今回も、同行した友人たちを案内して食事は「海軍カレー」。
 その後、横須賀湾をクルージング、日・米の艦船を海上から見学した。       

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October 20, 2011

1992.さすらいの女神〈ディーバ〉たち

003_640_2   ショーン・ペンやクリント・イーストウッドと肩を並べる俳優兼監督、フランスのマチュー・アマルリックの4本目の長編作品。

 「潜水服は蝶の夢を見る」('07)でセザール賞主演男優賞を受賞した彼が、この作品ではカンヌ国際映画祭の最優秀監督賞・国際批評家連盟賞に輝いた。

340315_100x100_005 もちろんアマルリックは、脚本を書き主役として出演している。
 そして彼を取り巻く「女神たち」が、俳優ではなくプロのニュー・バーレスクダンサーというのが話題となった。

340315_100x100_002  その奇才ぶりでフランスTV界から追われたプロデューサー(マチュー・アマルリック)が、アメリカからバーレスク・ダンサー を引き連れて帰国、凱旋興業を打った。
 といっても実質ドサ巡り。パリからはお呼びがかからず、港町を転々とする。

 妻に逃げられ子供からも信用されない孤独なフランス男、彼が豊満すぎる肉体に包まれた時、新しい光が見えてくる。
 ・・・・・ほろ苦くも心暖まるロード・ムービーなのだ。

340315_100x100_012340315_100x100_007  太め・巨乳・腹ポコン、ド派手なメイク、キラキラした宝石、ランジェリーやコルセットをつけた年増ダンサーたち。
 そんな彼女たちがバーレスクの舞台に上がると、なぜか輝きを発する。
 それが母性愛に満ち溢れた「女神〈デイーバ〉たち」の姿である。

340315_100x100_004  「バーレスクとは、ミュージック・ホールやキャバレーでのショーの総称。
 それにストリップショーやコントを加え、新しい大人のためのエンタテインメント「ニュー・バーレスク」が誕生した。
 この新しいショーは、とくに女性観客の支持を集め、ユーモアや皮肉を交えたメーセージ性が評判を呼んだ。

340315_100x100_008 作品のベースとなったのは、「青い麦」「シェリ」で知られるフランスの人気女流作家シドニー=ガブリエル・コレットの手記。
 まだ売れなかった頃、踊り子として生活を支えた彼女は「ミュージック・ホールの内幕」を書いて文壇にデビューしている。

 アマルリックは 彼女の手記から着想を得て、舞台上では大胆に肌を晒す女神たちが抱える孤独と、女神たちの優しく大らかな包容力に救われる男を、愛情深く描いていくのである。

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October 18, 2011

1991.4デイズ

002_640  10年前に撮ったブラック・コメディ「戦争のはじめかた」は数年遅れ、今回の「4デイズ」はラストシーンをカットする事で、ようやくアメリカで上映された。

 オーストラリア出身の社会派監督・グレゴリー・ジョーダンの映画は、アメリカ政府やCIA・FBI、それに保守派政治家たちを不愉快にさせる。
 それは、隠された真実に迫っているからに他ならない。

338975_100x100_006  今回の作品は「核」がキーワード。
 フクシマの影響もあって、日本での公開もかなり遅らされた。

 テロリストがアメリカの主要都市に仕掛けた「核爆弾」、予告された爆発時間まで残り4デイズ。
 徹底した尋問で容疑者から自白を取ろうとするが・・・。
 最後まで目を離せない、緊迫感あふれる作品である。

338975_100x100_007  主要人物は3人。

 CIAに雇われている尋問スペシャリスト、というより拷問請負人にサミエル・L・ジャクソン。
 容疑者の扱いを巡って、彼と対立するFBI女性捜査官にキャリー=アン・モス(「マトリック」スシリーズ)。

338975_100x100_005 イスラムに改宗した、元アメリカ陸軍特殊部隊隊員をマイケル・シーン(「フロスト×ニクソン」'07)。
 彼はイラク戦争に従軍した核兵器専門家。アメリカの中東政策を批判して、テロリストとなった。

338975_100x100_002  映画の大半は、米陸軍情報部の秘密尋問室での3人のやりとり。

 目を背けたくなるような拷問シーンに、「正義とは、人権とは、そして人間の理性とは」を監督は問う。
 それはイラク・アフガンでのアメリカの「テロ戦争」を、またイスラム過激派の「テロ」そのものを痛烈に批判し、挑発する。

 映画にエンターテイメント性はなく、ストレートなテーマだけが観客に投げかけられので、見終わった後も「不快感」が残る。
 グレゴール・ジョーダンの狙いは、そこにあったのだ。

 キューバ危機を扱った「13デイズ」('00)、核密売がテーマだった「9デイズ」('02)、他の館では「スリーデイズ」「5デイズ」が公開されている。

 この日時を区切って緊張感を保つ作品が流行っているが、この映画の原題は「Unthinkable」。
 最後のワンシーンが、想像もできないカットとなる。

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October 16, 2011

1990.秋涼・本栖湖

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  秋の一日、「本栖湖」を散策した。
 富士五湖のひとつ、山中湖・河口湖に次ぐ大きさで、周囲13キロ、水深138m、面積は4.7K㎡ある。
 コバルトブルーの湖面は、透明度が高く17メートルは見えるという。

111010_099_640_2111010_101_640_2  秋の本栖湖は、水位が2mも高くなっていた。
 台風12・15号による豪雨で富士山の伏流水の圧力が高まり、湖面の水位を高めたのだ。
 そのため観光船の桟橋は水没し、当面休業に陥っていた。

111010_041_640_2111010_046_640_2  台風の影響は他の湖にもおよび、山中湖などは湖岸の土産物屋も浸水したと、地元紙は伝えていた。

 また7年ぶりに幻の湖「赤池」が現れたのもニュース。もうひとつの小池を加え、現在は「富士七湖」なのだそうだ。

120px1_640  「本栖湖」は、古代「剗の海(せのうみ)」と呼ばれていた。
 平安時代の貞観年間(864~866)、富士山のたび重なる大噴火による溶岩流でせき止められ、「精進湖」「西湖」に分かれた。

 そのためか、三つの湖は地下水脈を共有しているらしい。いつも水位が同じだとういうのが、その証明だ。

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  貞観大噴火による溶岩原が、1000年の歳月によって「青木ヶ原樹海」になった。
 本栖湖の湖岸はその西端にあり、モミ・ツガ・ブナ・アカマツなどが溶岩の上に生い茂る。

111010_640_3295pxlake_motosu03_640  湖面に映る富士山は、対岸の身延側がビューポイントだ。
 旧5000円紙幣の裏面は、その写真をもとに描かれている。
 逆さ富士・ダイヤモンド富士・赤富士など、季節ごとにカメラマンが押し寄せる。

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 今回の旅の宿は、都・中央区の保養所。
 自宅近くから毎日往復するシャトルバスに乗った。中央高速を経て、およそ2時間半で着く。

 不景気のせいか、会社や地方公共団体が経営する保養所の閉鎖が続く。
 幸い中央区では、運営を一流ホテルに委託して区民サービスに努めている。
 宿泊料も割安だが、サービスやレストランの食事も文句はない。

 テニスコートや温泉利用の日帰りも可能だし、空室さえあれば区民以外誰でも利用できる。
 私が泊った日も、静岡のお年寄りたちが大勢訪れていた。
 
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 秋涼のひととき、デジカメ片手に森を歩き、本栖湖を眺めながらリフレッシュした。

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October 14, 2011

1989.女と銃と荒野の麺屋

001_640 久しぶりに、腹を抱えた「活動大写真」に出会った。中国、いや世界的な巨匠チャン・イーモウが2年前に撮った映画である。

Untitled_640  もともとは、「ノーカントリー」('07)でアカデミー賞4冠に輝いたジョエル&イーサン・コーエンが、27年前に手がけた「ブラッド・シンプル」。
 ハードボイルドタッチのスリラーとして評判になった作品の舞台を、テキサスから中国辺境の原野に移してリメイクした。

 若いころに作品を見たチャン・イーモーが、20数年暖めてきた企画だけに、オープニングから次々と刺激的な光景がスクリーンに現れる。

G05  嫉妬・猜疑心・復讐・強欲・嘘・罪悪感・・・・、滑稽なまでに愚かで欲深い人間を、一丁の拳銃が振り回す「寓話」である。

 万里の長城の西の果て、荒野に建つ旅籠兼うどん(麺)屋が狂言の舞台。

340398_01_01_03  強欲な麺屋の亭主(ニー・ターホン)は妻(ヤン・ニー)を甚振るが、彼女は使用人(シャオ・シェエン)と浮気中。

G01  彼女が拳銃を手に入れたと聞き、亭主は地回りの警官(スン・ホンレイ)に二人の殺害を依頼。ところがこの警官、ワルの見本だった。

 もう一人の使用人(チェン・イエ)と恋人の女中(マオ・マオ)も、欲に絡んで・・・と話は展開していく。

G17_3 赤い大地に紺碧の空、京劇を思わせるカラフルな衣装。どこかで見た光景は、北京オリンピックの開会式。そうチャン・イーモウが演出した「色彩」だった。

340398_01_02_03  彼の作品を始めて見たのが、「紅いコーリャン」('87)だった。ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したこのデビュー作も、「色彩」に拘った作品だった。
 そして「秋菊物語」('92)「初恋のきた道」('99)と続く。

 ワイヤーアクションの武侠映画「HERO」('02)「LOVERS」('04)、高倉健主演の「単騎、千里を走る」('06)「王妃の紋章」('06)と、このブログでも紹介してきた。

G11 「女と銃と荒野の麺屋」には、チェン・カイコーのもとでのカメラマン時代に始まり、数々の監督作品に見せてきた「色彩」と「演出」と「アクション」が、ブラックユーモアとして登場する。
 それが「腹を抱える活動写真」となった由縁である。

 東京でも「単館」上映。これから全国各地で展開されるそうだ。

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October 12, 2011

1988.セカンドバージン

_640  NHKで放送された「不倫ドラマ」。そのスキャンダラスな「純愛物語」が、4~50代のキャリアウーマンたちの支持を受け、「セカンドバージン」は流行語に加えられた。

 映画はドラマでは描かれなかった衝撃名事実を、灼熱のマレーシアを舞台に、深く切ない三角関係の結末を綴っていく。

340197_100x100_001  主要な3人の出演者は、ドラマと同じ。

 出版社のキャリア編集長、20年ぶりに「セカンドバージン」を失ったヒロインは鈴木京香。

 ヒロインの17歳年下の恋人。若きエリート官僚からネット証券会社の専務、金融事件で実刑を受けたあと中国マフィアの走り使いになってしまった男、長谷川博巳。
 離婚を拒む彼の妻は、深田恭子。

340197_100x100_003  監督・脚本ももちろんドラマと同じ。
 テレビドラマ「火の鳥」('09)でイタリア賞、文化庁芸術祭大賞を受賞した黒崎博がメガホンを執り、大石静の脚本で撮った。

 鈴木京香がドラマ以上にどこまで「見せる」か、「スキャンダラスな話題」が先行したせいか関心が拡散してしまった作品ともいえる。

 またドラマを見た人と、見ていない人とで評価も分れた。そこが、ドラマの人気に乗った映画作りの難しさでもある。

340197_100x100_002   ヒロインが出張先のマレーシアで、5年前に姿を消した恋人を目撃するというのが話しの始まり。
 それも中国マフィアに銃撃され、瀕死の重傷を負うという設定。

Posternocatch_640  フラッシュバック的に、そもそもの発端となった「不倫ドラマ」が挿入されるが、散発的なせいかキャリア女性の純愛と情念が伝わらない。
 それが、クライマックスの「大人の恋」の狂おしさ、切なさを生かせなかった原因のようだ。

 その昔、この映画を製作した「プロダクション」と深く関わってきただけに、そこが残念である。

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October 10, 2011

1987.秋・浜離宮

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111007_009_640111007_007_640 四季ごとに訪ねる浜離宮恩賜庭園。
 「秋桜」を愛でる秋の散歩は、所要に紛れて例年より遅くなった。

 それでも庭園の秋を代表する「キバナコスモス」や「オオハルシャギク」が、最後の花を残していた。

111007_015_640111007_017_640  庭園の借景となった汐留の高層ビルとの組み合わせが、花の色を鮮やかにする。

 ブログ1774号(11.3.14)では「菜の花」、1801号(11.5.6)では「藤の花」を、高層ビルを背景に撮った。
 今回は「コスモス」や「ノウゼンカズラ」「キンモクセイ」である。

111007_030_640111007_037_640  江戸時代、将軍家の別邸だった「浜御殿」は、明治に入ると皇室の「浜離宮」となる。

 その後、関東大震災や戦災で、往時の建造物や樹木は損傷し、東京都に払い下げになる。

 それから65年、塩入の池を中心に「中島の御茶屋」や「松の御茶屋」も復元、「特別名勝」「特別史跡」として観光スポットとなった。

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 復元された「庚申堂鴨場」。1778(安永7)年に作られた鴨猟のための仕掛け。
 囮のアヒルと餌で鴨を引堀に誘き寄せ、網で掬い取る。
 戦前まで続いた皇室行事だった。

111007_025_640111007_040_640  午前中は白い花、午後は赤い花が咲く「スイフヨウ」。
 「オミナエシ」「ミヤギノハギ」「ヒガンバナ」・・・と、秋の草花が浜離宮を飾る。

    

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October 08, 2011

1986.ミケランジェロの暗号

9_012_640 400年前にヴァチカンから盗まれた「ミケランジェロの絵」。独伊枢軸同盟のためにムッソリーニに贈ろうと、その在り処を捜すナチス・ドイツ。
 その絵を巡って、ユダヤ人画商一家とSSとの駆け引きが、ウイーンを舞台にミステリックに展開する。

 原作・脚本は、「ヨーロッパ ヨーロッパ」('90)でアカデミー賞脚本賞にノミネイトされた事もあるポール・ヘンゲ。
 彼は、ウイーン生まれのユダヤ人放送作家として有名だが、この作品も彼の少年時代の実体験をもとに書いたものだ。

20110610012fl00012viewrsz150x  といっても「実話」ではない。「ミケランジェロの絵」そのものを巡って、ヒットラー・ナチスが動いた事実はない。
 ただヒットラーの命令で、ユダヤ人が所有する多くの名画が強奪されたという、歴史上の事実は存在する。
 ヘンゲは、それを「ミケランジェロ」に象徴させてフィクション化したのだ。

340072_01_02_03  出演者には、ドイツ・オーストリアの名優たちが顔を並べる。
 
 主役のユダヤ人画商の息子に、「素粒子」('06)でベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀男優賞)受賞のモーリッツ・ブライブトロイ。
 彼の親友だが、その後ナチスのSS大尉となった男に「アイガー北壁」('08)のゲオルク・フリードリヒ。
 強制収容所で亡くなる画商の父親は、「ピアニスト」('01)のウド・ザエルが扮する。

 母親役として懐かしい顔を見せたのが、マルト・ケラーである。
 彼女は、「マラソンマン」('76)でダスティ・ホフマン、「悲愁」('79)でウイリアム・ホールデン、「黒い瞳」('87)でマルチェロ・マストロヤンニの相手役を務めた、スイス出身の国際女優である。
 昨年も、クリント・イーストウッド監督の「ヒヤーアフター」に出演している。

 原題は「MEIN BESTER FEIND」、英訳すると「MY BEST ENEMY」。この含蓄あるタイトルが、「ミケランジェロの暗号」になってしまった。
 決して「暗号」が、登場するわけではない。

 アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「ヒトラーの贋札」('09)のスタッフが贈るオーストリア映画である。

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October 06, 2011

1985.トップインタビュー

003_640  母校(鹿児島・加世田高校)の同窓会誌の依頼を受け、東京在住の同窓生・上釜健宏さんにインタビューした。
 およそ30分のインタビューだったが、その一部を紹介する。

_640 上釜さんは、「電子部品・電子材料」の世界トップメーカーTDKの社長。私の18年後輩だが、5年前に48歳の若さで7代目の社長に就任。
 世界30を超える国と地域、130の工場や研究所で働く8万人の社員を率い、8,000億を売り上げている。

 TDK㈱は、1935年に世界初の磁性材料「フェライト」の事業化を目的に創業された会社で、現在では情報家電・高速大容量ネットワーク・カーエレクトロニクスなど、最先端のエレクトロニクス技術を提供している。

ー上釜さんが、いわゆる「理系」の仕事を選んだのは。

 「高校時代から数学や物理、化学が好きだった。古典などはからっきし駄目。そこで同じ九州にある長崎大学工学部を選んだ。
 TDKに就職したのは偶然といっていい。1年留年したので、家電のトップメーカーは無理だと思っていた。たまたま主任教授の手元にあった求人票が、TDK。留年中アルバイト先のスーパーで、よく売れていたのがTDKのカセットテープ。私も専攻が電気磁気学、そんな縁だった。」

ーTDKの初任地が甲府の磁気ヘッド工場、その後は香港に赴任して中国での工場を立ち上げる。そのまま18年も滞在したとの事だが、海外から見た日本の「ものづくり」のパワーは。

 「中国での工場の機械・設備の開発・設計は難しかった。日本から専門の技術者を呼んで駐在させ、現地の実態を知った上で日本の工場で開発させた。
 中国での顧客も、日系と欧米系のメーカーとでは対応が違う。日系は、品質管理など特に厳しい。それに答えられる電子部品は、日本の「ものづくり技術」がベースだった。」

002_640 ー数少ない日本人技術者で工場を切り回す。ご苦労多かったのでは

 「設計から原価計算、生産計画から品質管理、そして営業販売、苦情処理まで、ひとつのプロジェクトをひとりでマネジメントするエンジニアを置いた。そうしたプロジェクトは、販売先メーカー、供給部品ごとに次々と生まれていく。
 そのエンジニアをまた束ねるマネージャーが必要となる。そんな経験から、工場の運営、ヒト・モノ・カネのマネジメントを学んだ。」

ー大震災そして節電、経営トップとしてどう乗り切ったのか。

 「TDKは、国内では秋田を中心に東北地方に多くの工場を持つ。幸い北茨城工場以外は直接的な被害を受けなかった。
 困ったのは計画停電と節電。一度電気がストップすると、生産の再開に長い時間と多くの労力を要する。そこで自家発電機のない工場には、急遽発電設備や付属機器を海外からも取り寄せて設置した。
 被災した工場も一ヶ月で再開できたので、25%の節電を実行しながら操業している。」

001_640ー大震災後の経済状況や電力事情、中国など海外勢はこの時とばかり日本を狙っている。また急激な円高にヨーロッパ情勢。さて、TDKをどうマネジメントしていくのか。

 「TDKのDNAを思い起こし、強くしていこうと社員に呼びかけている。
 TDKは磁性材料〈フェライト〉の事業化から始まった会社だ。それを一から見直し、新製品を生み出していこうと思っている。
 例えばスマートフォンやタブレット、一台にチップ・コンデンサだったら500、インダクタは50個も埋め込まれた電子部品の塊。こうした電子部品は、薄膜工法など独創的な積層技術が必要。 
 私たちはこうした技術を駆使し、中国などの他国・他社の追従はゆるさない付加価値の高い電子部品や、電子材料で世界の産業に貢献していきたい。」  

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October 04, 2011

1984.探偵はBARにいる

9_011_640   「降りしきる雪が、今夜も欲望の街を美しく飾るーアジア最北の大歓楽街札幌・ススキノ」
 このフレーズだけで痺れてしまい!?劇場に足を運ぶ。
 30代の5年間、私も夜な夜なススキノを徘徊した。

 20110712006fl00006viewrsz150x 北大哲学科を中退しススキノでその日暮らしをしていた東直己が、「探偵はBARにいる」で作家デビューしたのは1992年、東36歳の時である。

 この街の裏も表も知り尽くした作家の分身、探偵の〈俺〉が活躍するシリーズは11編を数える。
 その2作目「バーにかかってきた電話」が、原作である。
 ススキノの地上げに絡んで発生した「殺し」、依頼者に頼まれてその真相を追う探偵ものである。

 映画化は初めてである。TV「相棒」のディレクター橋本一が、札幌を根拠に活躍する大泉洋を主役に配して撮った。
 コンビとなるのが、アルバイト運転手役の松田龍平。北大農学部のしがない助手という位置づけ。

339915_02_01_03_2  ジャズの流れるバーをベースに、アメリカの古き良き時代の「探偵物語」を借りてきた「ハードボイルド」なのだが、洒落た探偵というより日本的な泥臭い〈俺〉というのが面白い。
 その「B級映画」らしいところが受けているのか、興行成績はいい。

339915_01_07_03339915_01_06_03  ヒロインであるクラブのママに小雪、そのパトロンに西田敏行と売れっ子を並べる。

 関西のワルボス・石橋蓮司ははまり役だが、新興ヤクザの殺し屋・高嶋政伸の怪演に笑ってしまう。
 「ノーカントリー」のパクリそのものなのだ。

 血飛沫が飛び跳ねるので「PG12」指定なのだが、コミカルを意識過ぎて、サスペンスの楽しさは消えた。

 雪の小樽でデイトしたか定かではないが、小雪似のクラブのママを思い出しながら126分を過ごす。その小樽や石狩の雪原のロケが、郷愁を呼ぶ。

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October 02, 2011

1983.ひとまく映画会

 歌舞伎座で最後の一幕を楽しんできた「ひとまく会」。歌舞伎の方は休会中だが、ウオーキングやゴルフ、俳句や狂言など、同好の集いはいろいろ催されている。
 先日は、築地で開催された「古典映画鑑賞会」に、久しぶりに参加した。

33_302811 最初に上映されたのは「ヘッドライト」。「地下室のメロディ」('63)や「シシリアン」('69)で有名な、トルコ出身のアンリ・ヴェルヌイユ監督(1920~2002)が、1955年に撮ったフランス映画である。

 生活に疲れた中年の長距離トラック運転手と、ドライブインで働く若いメイドとの、運命的な出会いと悲劇的な結末が描かれる。

Image_2   高校時代に場末の映画館で始めて見たが、その後も名画劇場で1回、テレビで1~2回見た記憶がある。

 「現金に手を出すな」('54)など、渋いギャングのボスの印象が強いジャン・ギャバンが、妻や娘からも見放された孤独な初老の男を演じていたことが、強く印象に残っている。

 ギャバンは、その「現金に手を出すな」など、3回もヴェネチュア国際映画祭主演男優賞を受賞、ベルリン国際映画祭では2回の男優賞の記録を残している。

 相手役のフランソワーズ・アルヌール(1931~)は、アルジェリア出身の女優。「フレンチ・カンカン」('54)が本格エビュー。

 「枯葉」を作曲したジョセフ・コズマ(1905~1969)の、メランコリックな主題歌も忘れられない。

 原題「とるに足りない人びと」を「ヘッドライト」に変えた、当時の日本の配給会社のネーミング力を評価する。

51teeu2xfcl__sl160__2  2本目の「めぐり逢い」は、アメリカの古典的メロドラマ秀作。

 地中海からニューヨークへ向かう豪華客船で知り合ったプレイボーイの画家と美人歌手が、それぞれの婚約者や恋人との関係を清算して、半年後エンパイヤステートビルの展望台で再開しようと約束する物語。
 結末は「涙、涙」である。

 原作・脚本・監督は、「我が道を往く」('44)など2本の作品でアカデミー賞を受賞したレオ・マッケリー(1898~1969)。
 1939年に発表した「邂逅」を、自らリメイクした珍しい作品である。

 主役はケーリー・グラント(1904~1986)とデボラ・カー(1921~2007)と、誰でも知っているイギリス出身のスター。
 ケーリーは2回、デボラは6回、それぞれアカデミー賞男優・女優賞にノミネイトされているが、強敵な作品が並んだため運悪く受賞出来なかった。
 アカデミー賞協会は、それぞれ晩年に名誉賞を与えてその労に酬いた。

 私が最後に見たのは、ケイリー・グラントが「シャレード」('63)、デボラ・カーが「007/カジノロワイヤル」('67)だったと覚えている。

 なお、「めぐり逢い」は1994年にウオーレン・ベイティとアネット・ベニングで、3回目のリメイクがなされた。

 フランスとアメリカの二つのラブロマンス映画、それぞれのお国柄が出ていて面白かった。

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