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November 30, 2011

2013.三銃士

1_006_640  「決戦は空へ!・・・狙われた王妃の首飾り。守るのは若きダルタニアンとフランス最強の三銃士」
 今年の東京国際映画祭で公式オープニングとして上映された作品。

 アレクサンドル・デュマ(1802~1970)が書いた古典を、、「バイオハザード・シリーズ」のポール・W・アンダーソンが、アドベンチャー超大作に仕上げた。
 ダ・ヴィンチ設計の飛行船が登場するファンタジー映画には、原作者デュマもびっくりするだろう。

51tegrjmrl__sl160_  最近では三谷幸喜のテレビ人形劇、映画でも1921年・1948年・1973年・1993年と4回も製作された名作だけに、ストーリーは誰でも知ってる。

338942_100x100_002  ところがアンダーソン監督は、愛妻ミラ・ジョヴォヴィッチの演じる悪女ミレディを、事実上主役に仕立て上げた。
 さらにイギリスのイケメン俳優オーランド・ブルームを、敵役のバッキンガム公爵として登場させ話題を呼んだ。

338942_100x100_007_2338942_100x100_001  物語の主人公であるダルタニアンには、「バーシー・ジャクソンとオリンポスの神々」('10)で初めて主役を演じたアメリカの若手ローガン・ラーマンを持ってきたが、三銃士の方は少々影が薄い。

 マシュー・マクファディン(「ロビンフッド」'10)、ルーク・エヴァンス(「タイタンの戦い]'10)、レイ・スティーヴィンソン(「ザ・ウオーカー」'10)と、イギリスの中堅俳優三人がその役。

338942_100x100_016338942view008   残る敵役、ワルの権化リシュリュー枢機卿役は、オーストリア出身のオスカー俳優のクリストフ・ヴァルツ(「イングロリアス・バスターズ」'09)。
 その手先ロシュフオール隊長は、「シャネル&ストラヴィンスキー」('09)でストラヴィンスキーを演じたデンマークのマッツ・ミケルセンと国際色豊かだ。

338942_100x100_003  そうそう、忘れてならないのはダルタニアンの恋人コンスタンス。イギリスの新人ガブリエラ・ワイルドが可憐な笑顔を見せる。
 ルイ13世がイギリスの見祐エドワード・フォックスの息子フレディ、王妃がジュリアン・テンプル監督の娘ジュノー。
 これで役者が揃った。

117pxleonardo_helicopter  映画の見所は英・仏戦艦による会戦に代わる、飛行船同士のバトル。
 ダ・ヴィンチの設計によるものとされるが、単なる絵空事ではない。
 「最後の晩餐」や「モナ・リザ」の画家として知られる彼は、イタリア・ルネサンス時代の科学者でもあった。

 左の設計図らしき物は、「ダ・ヴィンチ手稿」に書かれている飛行物体の図案。
 以前、ANAの旅客機の尾翼にデザインされていたあの図柄である。
 人力ヘリコプターやハング・グライダーの研究をしていた事実を、アンダーソン監督はフィクションとして上手く利用したのだ。

 映画「ダ・ヴィンチ・コード」などに見る彼の天才的な「創造力」は、「想像力」をたくましくする映画にぴったりと合うのかも知れない。

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November 28, 2011

2012.Uffizi Virtual Museum展

11_007_640 「日本におけるイタリア2011・秋」と「イタリア統一150周年」を記念して、九段坂のイタリア文化会館で「ウフィツイ・ヴァーチャル・ミュージアム展」が開催されている。

11_013_64011_011_640_2  この展覧会は、最新の超高精細デジタル技術によって収録されたイタリアの誇るルネッサンス絵画を、ヴァーチャルの美術館で鑑賞しようという試みである。

 会場でまず目を引くのは、実物大で再現した高品質のレプリカ10点。

Botticelli_venere01_640800pxbotticelli_primavera_640  ボッティチェッリがメディチ家のために描いた「ヴィーナスの誕生」や、森に佇む地上のヴィーナスを描いた「春(プリマヴェーラ)」。
800pxleonardo_da_vinci_052_640  ダ・ヴィンチが20代の頃に描いた「受胎告知」など、有名な作品が並ぶ。

 またこれらの作品が、200インチスクリーンで映し出され、インタラクティブに絵画の持つ意味など解説が流れる。

11_023_640  またウフィツィ美術館の所蔵絵画100点が、展示されているままに実物大で再現されるコーナーもあり、美術館での鑑賞をヴァーチャルで体験できる。

11_025_64011_024_640  ウフィツィ美術館は、イタリア・フィレンツェにあるヨーロッパ最古の美術館。
 メディチ家歴代の美術コレクション2500点余りを所蔵するルネサンス絵画の宝庫といわれ、世界遺産に指定されている。

 10年ほど前にこを訪ねたが、当時のアルバムをから私の撮った名画も紹介しておこう。(この美術館での絵画の撮影は自由)

111028_191_640_211_028_640_2   左は先に紹介した「春」、海から生まれた「美の女神ヴィーナス」が地上の楽園で春を謳歌する神話の世界。
 右は「ウルビーノのヴィーナス」、ウルビーノ公爵の若い妻がモデルとなったティツアーノの作品。

11_026_64011_027_640 左はミケランジェロの傑作と言われる「聖家族」、フィレンツェの名家同士の結婚を祝って描かれたキリスト降臨後の世界である。
 また右の「マニフィカトの聖母」も、キリスト降誕を描いたものである。

800pxpiero_della_francesca_044_640  たまたま私のカメラに収めた名画を、今回のミュージアム展で再び見ることが出来た。
 フイルム写真のため10年もたつと色褪せてきたが、高画質・高精細で再現されたデジタル絵画は、描かれた当時の色彩や質感を後世に伝えることができる。

 その技術は日本が得意とするもので、現在世界各地の美術館でデジタル化の作業が行われているという。

 「ウフィツィ・ヴァーチャル・ミュージアム展」は来月8日まで、九段坂のイタリア文化会館で開催中。入場無料。         

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November 26, 2011

2011.ウインターズ・ボーン

1_005_640  前作「DOWN TO THE BONE」('04)で、サンダンス映画祭最優秀監督賞を受賞したデブラ・ブラニックの長編2作目。
 ニューヨーク大学院で映画を学んだ彼女は、「もうひとつのアメリカ」を女性らしい肌理の細かさで描く。

 麻薬製造稼業でなんとか生活しているアメリカ中西部ミズリー州オザーク高原の貧村。
 その「村の掟」に立ち向かった、17歳の少女の物語である。

338144_100x100_001  「認知症の母親「幼い弟妹」「麻薬製造がバレて逮捕された父親、保釈金を積んだまま失踪」「ヤク中の伯父」「残酷な血族」「保釈金のカタとなった家と森を強要する担保屋と保安官」「頼りない友人」などなど。
 17歳の少女の肩に被さる重荷である。

338144_100x100_002 その少女を、「あの日、欲望の大地で」('08)でヴェネチア国際映画祭新人賞を受賞したジェニファー・ローレンスが好演する。
 そして伯父役はジョン・ホークス(「アメリカン・ギャングスター」'07)。
 ほかはアマチュア劇団の役者やロケ地の住民が出演した、低予算のインディペンデント作品である。

 受賞はしなかったが今年のアカデミー賞では、作品賞・主演女優賞・助演男優賞・脚色賞にノミネイト、サンダンス映画祭でグランプリと脚本賞の2冠に輝いた。

338144_100x100_004  感情移入を許さない陰鬱で重苦しいシーンで構成される。しかし少女の潔癖さ、逞しさが、人間の尊厳を思い起こさせる。
 それがニューヨークやハリウッドではない「もう一つのアメリカ」「真実のアメリカ」を炙り出す。

338144_100x100_003  失業率10%、貧困率15%、生活悲惨指数13%のアメリカ。99%の人々が1%に異議を申し立て、ウオール街に座り込むアメリカ。
 この映画は、それを予言した。

 「ウインターズ・ボーン」、冬の「骨」がアメリカの現実なのだ。

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November 24, 2011

2010.ステキな金縛り

1_004_640  「ワクワクする法廷ミステリー」「ドキドキするホラームービー」「大爆笑の幽霊コメディ」「ヒロインの成長物語」「まさかの感動ドラマ」。
 コメディの天才・三谷幸喜がこう「証言」しているので、面白くないはずがない。

338649_100x100_002  妻殺害の容疑をかけられた男のアリバイを、ただ一人証明できるのは落ち武者の幽霊。
 ドジな女弁護士が、金縛りに遭いながらも、真実を暴いていく・・・。

 「ラジオの時間」('97)「みんなの家」('01)「THE有頂天ホテル」('06)「ザ・マジックアワー」('08)に続く5作目。
 三谷映画でおなじみの主役級の役者が、勢ぞろいする。

338649_100x100_004 メインの3人は、弁護士・深津絵里、検事・中井貴一、証人の落ち武者・西田敏行。
 さらに深津の上司の弁護士・阿部寛、著名弁護士で亡くなった深津の父親・草彅剛、落ち武者研究者・浅野忠信、殺された妻とその妹・竹内結子という配役陣。

338649view010  ちょい役でも市村正親、小日向文世、生瀬勝久、山本亘、山本耕史、戸田恵子、佐藤浩市、深田恭子、篠原涼子、唐沢寿明・・・。
 役者たちも、みんな「金縛り」にあって出演しているようだ。

 当然評判はいい。今月の興行成績は、毎週トップ。製作したフジテレビと東宝は、笑いが止まらないだろう。

338649_100x100_009  映画・テレビ・舞台と三谷幸喜の「濫作」が続いているので、才能が枯れてしまうとの心配もあるようだが、彼の「ありふれた生活」を読めば、まだまだ大丈夫。
 忙しい彼のもとを去った彼女も、次々と映画で活躍している。今度は彼女の出演作品を見に行こう。

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November 22, 2011

2009.吉例顔見世大歌舞伎

Shinbashi201111b_640_211_003_640_3  歌舞伎の世界は11月が「顔見世」、向こう一年間の一座の顔ぶれを披露する興業で、江戸の頃からの仕来りだった。
  今月も松竹の友人に招かれ、新橋演舞場の1階で観覧する機会に恵まれた。

11_005_640_2  今回の公演は、戦後の名優といわれた七世尾上梅幸の17回忌、二世尾上松緑23回忌を追善する舞台で、それぞれ縁の役者たちが出演している。

 演目もまた、所縁の深いものが並ぶ。
 鑑賞したのは夜の部だったが、最初が「歌舞伎十八番の内・外郎売り(ういろううり)」である。

11_001_640  中国から渡来した小田原名物の丸薬透沈香「外郎」、その薬売りに身をやつした曽我五郎が、父の敵・工藤祐経に近づこうとする「曽我対面(そがのたいめん)」の一幕。

 2代目松緑の長兄が市川宗家の養子に入り、11代目団十郎として披露されたおり上演された狂言で、市川家の「歌舞伎十八番」の一つに数えられている。

 今回その曽我五郎を演じた4代目松緑は、23年前に2代目松緑の工藤祐経との共演で五郎を務めた。まだ左近を名乗っていた13歳の時である。

 見所は、外郎売の早口長ぜりふ。
 「そりゃそりゃそりゃ回ってきた。そもそも早口の始まりは、アカサタナハマヤラワ、オコソトノホモヨロヲツト・・・・菊栗菊栗三菊栗合わせて菊栗六菊栗・・・・」

11_006_640  二幕目は「京鹿子娘道成寺~道行より鐘入りまで」。
 熊野詣での僧・安珍を追った清姫が、蛇体となって道成寺の鐘に巻きつき焼き溶かしたという「道成寺縁起」。
 その後日譚としてできた能「道成寺」を、初代中村富十郎が女形の長編舞踊にした。

 1992(平成4)年の顔見世興業で、祖父の7代目梅幸、父の菊五郎と「京鹿子三人道成寺」を踊った菊之助が、一人で女形舞踊の大曲を踊った。

 「道行」に始まり、中啓の舞、手踊り、鞠唄、花笠踊、手拭踊、鈴太鼓、鐘入りなど、衣装を変えながら寸分狂わぬ正確な振りを、一時間以上にわたって見せてくれた。

 以前ある有名な役者の「娘道成寺」を見たことがあるが、後半息切れしてキレがなかった。所作舞台に頭が届く菊之助の「海老反り」など、場内から拍手が続いた。

11_002_640  最後の演目は「梅雨小袖昔八丈・髪結新三」、2時間を超える三幕ものである。

 3代目春風亭柳橋が得意としていた人情噺「白子屋政談」を、河竹黙阿弥が脚色した純歌舞伎。
 1873(明治6)年東京中村座で初演された時、髪結新三を5代目菊五郎が演じ、以来「菊五郎家」の家の芸として上演を重ねている。

 そして5代目の後は6代目菊五郎が、さらにその愛弟子である2代目松緑が受け継ぎ、今回は7代目菊五郎が髪結新三を演じた。

111101ejs01_640  初夏の江戸の風景を背景にした、生粋の世話狂言。
 上総無宿の小悪党・新三は、男を上げようと手代(中村時蔵)を騙して恋人の娘(中村梅枝)をかどわかす。
 身代金を巡って、親分(市川左団次)や家主(坂東三津五郎)と丁々発止。
 新三の髪結弟子(尾上菊之助)も絡んでの騙しあい、黙阿弥の得意とする悪の世界が鮮やかに描き出される。

 三津五郎の父・九代目も菊五郎劇団育ちで、同じくこの演目の家主を演じていたなど、追善舞台にふさわしい顔ぶれだった。

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November 20, 2011

2008.ゴモラ

1_003_640 旧約聖書にでてくる悪徳の街「ゴモラ」。資本主義社会の行く末を、逆照射する作品である。

 描かれているのは、世界最大の犯罪企業集団「カモッラ」の赤裸々な実態。
333591_100x100_016  ナポリを中心に、建設・観光・スーパー・レストラン・映画館・銀行などを経営するカモッラの本業ともいえるビジネスは、ドラッグ・売春・武器の密売・贋ブランドの生産、そしてイタリア全土の産廃処理を一手に引き受け、ナポリの清掃業も独占する。

333591_100x100_007  事業規模は1500億ユーロ(年間)、ニューヨークのツインタワー再建に投資するなど、世界中にその触手を伸ばしている。
 その裏で、利権争いなどの抗争の犠牲者は、この30年間で1万人を超えるという。

 映画はフィクションとして撮られているが、全てが実話の積み重ねである。
 作品の原作者でもあるジャーナリストのロベルト・サヴィアーノは、カモッラに潜入して実態を暴き新聞にルポを記載してきた。
 そのためカモッラの殺し屋に追われ、現在も身を隠している。

333591_100x100_004333591_100x100_001  映画では、五つのエピソードが淡々と綴られていく。
  「チンピラの二人組」「カモッラの給料配達人」「殺しを手引きするこども」「下請けの仕立て屋」「産廃の不法処理屋」。

 そこには「ゴッドファーザー」など、過去のマフィア映画に見られた悲しみや郷愁、家族の姿はない。
 ただ女・子どもをふくめ、無造作に殺されていく「戦慄」だけだ。
 そんな社会が、「イタリア危機」の本当の姿である。

333591_100x100_008  出演者で私が知るのは、「湖のほとりで」('07)刑事役だったナポリ出身のトニ・セルヴィッロだけ。
 他は撮影現場でスカウトしたチンピラや、刑務所のアマチュア劇団・現役のカモッラ構成員たちが出演している。 

 333591_100x100_003 ドキュメンタリー・カメラマン出身のマッテオ・ガローネ監督は、イタリア・ネオリアリズムの伝統に根ざしたドライな描写と、エンターテインメント性を一切はずしたハードな映像で「戦慄の事実」を再現する。

 そこが評価されて作品は、3年間のカンヌ国際映画祭グランプリ、ヨーロッパ映画賞では監督賞・脚本賞など5冠を獲得した。

 日本での上映は3年遅れたが、ちょうど今デフォルト寸前の「イタリア経済」を前にして、黙示録「ゴモラ」が私たちの目の前に現れている。

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November 18, 2011

2007.1911

1_002_640  「辛亥革命から100周年を迎える今年、記念すべき100本目の出演映画に選んだ、ジャッキー・チェンによるビッグ・プロジェクト『1911』」と、先月の東京国際映画祭特別オープニングを飾った作品。

339814_100x100_001  彼が演じたのは、革命を主導した孫文(1866~1925)の右腕、革命軍総司令官の黄興(1874~1916)。
 孫文ほど世に知られてはいないが、絶えず第一線で戦った革命運動家である。

 湖南省の出身の彼は1901年に日本に留学、2年後には帰国して華興会を結成、学生らを率いて長沙で蜂起するが失敗、再び日本に亡命した。
 宮崎滔天の紹介で孫文と知り合い、中国同盟会を結成して清朝打倒の戦いを展開していく。
339814_100x100_005_2   映画「辛亥革命・1911」は、ここから始まる。

 湖南・広東・雲南と失敗を繰り返しながらも、軍の一部も立ち上がった「武昌蜂起」で、辛亥革命の火蓋は切られる。
 多くの犠牲者を出しながらも、黄興を司令官とした革命軍は中国南部を押さえ、孫文を臨時大総統に迎えて翌1912年に中華民国を建国する。

 そして、清朝宣統帝を退位させた袁世凱(1859~1916)に権力を譲ったところで、映画は終わる。

339814_100x100_003 ジャッキー・チェンが総監督も務めた作品だが、エンタテインメント性はない。「歴史教科書」映画である。それも中華人民共和国公認の、歴史物なのだ。

 そのせいか張作霖や蒋介石、毛沢東は登場しない。また専制化していった袁政権に対する第2、第3革命は描かなかった。
 今も「孫文の中華民国」の後継争いが、続いているからである。

339814_100x100_012  映画を理解するためには、中国近代史を少しは齧っておく必要があ る。
 「アヘン戦争」(1840)「太平天国の乱」(1851)「日清戦争」(1894)「義和団の乱」(1900)そして「辛亥革命」(1911)・・・。

 それは別として、作品には顔なじみが多く出演していた。
 黄興の妻役、リー・ビンビン(「ドラゴン・キングダム」'08)。孫文役は、「宗家の三姉妹」('97)「孫文」('06)でも彼を演じたソックリさんのウインストン・チャオ。袁世凱はスン・チュン(上海ルージュ」'98)と中国映画界の名優たち。
 またジャッキーの息子ジェイイー・チェンもちょっと顔を見せる。

339814_100x100_011  もうひとり、清朝・皇太后の役は、「ラストエンペラー」('87)で薄儀の正妻を演じたジョアン・チェン。
 彼女は、「オータム・イン・ニューヨーク」('00)を監督するなど現在アメリカで活躍している。

 メガホンを執ったのは「レッド・クリフ」の撮影監督だったチャン・リー、初監督である。

 歴史教科書映画だけに、画面スーパーによる登場人物などの説明が多い。
 それに日本語のスーパーが重なる。煩わしいのが難点だった。 

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November 16, 2011

2006.舟めぐり・まち歩き(2)

111112_156_640 「常盤橋門跡」から「新常盤橋」「鎌倉橋」へと外堀通りを歩く。中央区から千代田区に入ると、日本橋川沿いはビルで埋まる。
 ここから「神田橋」までが、佐伯時代小説のタイトルとなった「鎌倉河岸」である。

111112_102_640111112_101_640  江戸城築城の折、ここは相模国から海運で運ばれてきた材木・石材の荷揚げ場だった。
 その作業を仕切っていたのが、鎌倉の材木商たちだったので、「鎌倉河岸」と呼ばれる。

 今はもう「河岸」の跡を見つける事は出来ないが、ビルの名前に痕跡を残す。

111112_106_640  「神田橋」も、江戸城外郭御門に通ずる橋である。
 1602年(慶長7)年に架けられた橋は、柴崎口とも呼ばれ日光東照宮への御成道だった。

111112_114_640111112_110_640_2   この橋のすぐ近くにあったのが、酒問屋「豊島屋」である。
 「山なれば富士、白酒なれば豊島屋」と云われた名物・白酒は、一日だけでも数千両と太田蜀山人は「千とせの門」に書く。

 佐伯小説の主要な舞台でもあるが店の歴史は古く、1596(慶長元)年と江戸城築城前に始まる。
 現在も15代目が、神田・猿楽町で店を構えている。

111112_117_640111112_120_640  神田橋あたりから川岸は、遊歩道になる。「錦橋」を経て「一ツ橋」に。
 現在の橋は、1925(大正14)に架けられたもの。

 江戸開府前、ここには一本の丸太橋が架かっていた。だから「一ツ橋」、そしてこの先は御門。
 8代将軍吉宗の4男を祖とする御三卿・一ツ橋殿の屋敷は、この左にあった。
 一ツ橋家からは、11代家斉、15代慶喜と二人の将軍が出ている。

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 「雉子橋でけんもほろほろしかられる」
 そんな狂句も残る古い橋を過ぎて、「宝田橋」そして「俎橋」に。

111112_133_640 現在の靖国通りに架かるこの橋は、江戸の頃は2枚の板橋だった。近くに台所町もあったので「俎板橋」と呼ばれた。

111112_135_640_2111112_136_640_2   高田郁の時代小説「みをつくし料理町」のヒロイン、女料理人・澪が腕を振う小料理「つる家」は、この橋の袂にあった。
 「まち歩き」もちょうど昼時だったので、同じ橋の袂の自然薯料理の店で一服した。

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 日本橋川・橋めぐりもゴールに近づく。
 「南堀留橋」「堀留橋」と、その名の通り江戸時代は、ここで外堀(日本橋川 、当時は平川、飯田川)は留まっていた。
 この先、神田川が外堀として開削されていたからである。

111112_148_640111112_001_640    1903(明治36)年、日本橋川と神田川の間が開削され「新川橋」「あいあい橋」「三崎橋」が架かる。
 その突き当りが「小石川橋」、右折して「水道橋」「御茶ノ水橋」と続くが、今回の「まち歩き」はここまでとした。

 一級河川「日本橋川」、全長およそ4キロ。そのほとんどは首都高速道路に覆われ、日の光を浴びる事は少ない。

 江戸時代は「豊海橋」から「俎板橋」まで10橋、現在は「豊海橋」~「三崎橋」24橋が架かっている。

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November 15, 2011

2005.舟めぐり・まち歩き

111112_640  中央区・台東区・墨田区・江東区の商店街組合が主催するイベント、「舟めぐり・まち歩き」が先週末から始まっている。
 1824(文久7)年発行のガイドブック「江戸買物獨案内(ひとりあんない)」と、ガイドマップ「江戸見物四日免ぐ里(めぐり)」を手引きに企画された。

 そこでこちらは、「江戸切絵図」を片手に「日本橋川」に架かる橋をめぐる「ひとり・まち歩き」にトライした。

111112_013_640_2  スタートは「舟めぐり」の起点、両国船着場。ここから隅田川を下って日本橋川に入る。 

111112_033_640_3111112_038_640_3   最初の橋は絵図にもある「豊海橋」。
 もちろん現在の橋は昭和に入って架けられた震災復興橋で、梯子を横に倒した珍しいデザインである。

 すぐ右手には「船番所」があり、「御船蔵」「御船手屋敷」などが並んでいた。

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 ここから日本橋までは、「湊橋」「江戸橋」があり、途中に将門伝説に因む「鎧の渡」があった。

 佃島沖に停泊した上方からの樽廻船などの千石船、その船から瀬取舟などに積み替えられた「下り酒」や、京・大坂からの品々が両岸に荷揚げされた。
 その名残か、今でもこの一帯には酒問屋が多い。

111112_048_640111112_040_640  明治に入り「茅場橋」「鎧橋」と二つの橋が増えたが、亀島川の水門を過ぎると、川は「首都高環状線」に覆われてしまう。
 日本橋川は、ここまでの500mだけしか空を眺めることはできない。

111112_065_640_2111112_068_640_2    「舟めぐり」の終点は「日本橋船着場」。架橋100年を記念して、今年オープンした。

 ブログ1997号(11.10)で詳しく紹介したので省くが、ここは江戸時代の五街道の起点。
 建築家・妻木頼黄がデザインしたブロンズ彫刻の上部だけが、青空に冴えていた。

111112_072_640111112_070_640  日本橋の中央にあった古い「日本国道路元標」と電車の架線支柱は、橋詰広場に移設。
 反対側には、江戸時代からの魚河岸の名残が、記念碑として残されている。

111112_076_640111112_082_640  「日本橋」の次は明治になって架けられた「西河岸橋」。そして「一石橋」となる。

 「一石橋」は、開府以前の1600年ころからあった橋。
 橋の両脇に呉服屋の後藤(5斗)さんと金座の後藤(5斗)さんの屋敷があったので、合わせて一石なのだそうだ。
 袂には1857(安政4)年に建立された「一石橋迷子しらせ石標」がある。
 現在の橋は平成に入って改築された、スチール製の桁橋。

111112_084_640  日本橋川は、ここで右折して「外堀」に入る。左手「呉服橋」から先は、完全に埋め立てられて外堀通りとなる。

111112_091_640_2  最初の橋が「常盤橋」。江戸城外堀の正面入り口「常盤橋御門」に架かる橋で、1877(明治10)年に架け替えられた「旧橋」は国の史跡となっている。

111112_092_640_2   愛読している佐伯泰英の時代小説「鎌倉河岸捕物控」は、この一帯が舞台。その一部を紹介しておこう。

 「江戸城の御堀に架かる常盤橋は城東方の外郭正門で、浅草口橋とも称された。常盤橋の西には親藩譜代の大名屋敷が連なり、橋を渡った東側は町家が雲集して、江戸の賑わいを示していた。

111112_083_640_2  常盤橋際から丑寅の方角に本町一丁目と本両替町が延びて、二つの通りの間に御長屋門に黒板塀をめぐらした建物がある。
 代々後藤家が世襲して長官を務める金座である。」(一の巻/23P)

 家康の命で「金銀改役」となった後藤家の「金座」は、1869(明治2)年造幣局の設置で廃止、その跡は現在の日本銀行になっている。

 次回はこの「鎌倉河岸捕物控」も参考にして、日本橋川終点まで川筋を辿ることにしよう。    

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November 13, 2011

2004.ミッション:8ミニッツ

1_001_640  プロデューサーのマーク・ゴードン(「2012」'09)と脚本家のベン・リプリーのアイデアにのったジェイク・ギレンホールが、イギリスのダンカン・ジョーンズをハリウッドに招いて撮った作品。

 ジョーンズは、長編デビュー作「月に囚われた男」('09)でイギリス・アカデミー賞新人賞を受賞した元CM演出家。ロック歌手デビッド・ボウイの息子としても知られている。

340423_100x100_004 もちろん主役は、「ブロークバック・マウンテン」('05)でアカデミー賞にもノミネイトされたギレンホール。
 アフガン戦線で撃墜させられたヘリ・パイロットの大尉役である。

 その彼が、シカゴ行きの列車に乗せられて,繰り返し繰り返し8分だけのミッションを命じられる。
 今乗車している列車を爆発させた、テロ犯人を捜す使命である。

340423_100x100_001  「人間の脳の神経回路は死後も活動しており、死ぬ直前の8分間を記憶している」という説に基づき、テロ犠牲者の脳に入り込み真犯人を捜すというSFサスペンスのプロットは、よく練り上げられている。
 また同じシーンから始まる8分間が、少しずつ変化していき、先は読めない。

340423_100x100_003  「観客はラブストーリーとアクションを楽しみながら、ラストを待って欲しい」と、ダンカン・ジョーンズ監督は話す。
 そのラブストーリーの相手は「M:Ⅰ:Ⅲ」('06)のヒロイン、ミッシェル・モナハン。
 「SOURCE CODE」(原題)で現実とそっくりなコピー世界へ主人公を送り込む女性大尉が、「マイレージ、マイライフ」('09)でアカデミー賞にノミネイトされたヴェラ・ファーミガである。

 「警告:このラスト、映画通ほどダマされる。」
 ポスターに書かれたキャッチコピーは上手い。このコピーに騙されて、劇場に足を運んだ人は多いはず。
 ただ、ラストの「パラレル・ワールド」をどう解釈するかで、そのダマされ加減が決まる。

 「パワーと痛快さで『インセプション』を凌駕した。」とは「ヘラルド・サン」の評。

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November 11, 2011

2003.サラリーマンNEO

1_640  「疲れにキク」「悩みにキク」「働くすべての人々に、な~んかキク」
 あなたのそばに「サラリーマンNEO」・・・これが5年前からはじまったテレビ番組のコンセプト。
 「サラリーマン」「会社」をテーマに、シュールな笑いの新感覚バラエティは、遅い放送時間ながら固定ファンをかかえている。

 今年の放送「Season6」は、先月末に総集編が放送されて完了。次は来年という予定。

 ところがこの「異色コント番組」が、なんと映画化されたのである。
 「よもやの映画化」と少々自虐的にPRしているが、「サラリーマンNEO/劇場版(笑)」も異色な作品として話題をよんでいる。
 今年の東京国際映画祭でも、特別招待作品として上映された。

340199view008_2340199_100x100_006  テレビ番組では10分程度のオムニバスのコント形式だったが、映画の方は長編ストーリーで展開する。
 新商品の開発に賭けるサラリーマンたちの情熱を、ペーソスとユーモアでたっぷりと見せる。

340199_100x100_001  主役は新入社員の小池徹平と、トラキチ課長の生瀬勝久の二人。
 小池は初登場だが、生瀬以下ダメ社員の沢村一樹などテレビ「サラリーマンNEO」のレギュラーが顔を揃える。

 また郷ひろみの歌う主題歌「笑顔にカンパイ!」も、テレビ「Season6」のオープニングテーマ曲。

340199_100x100_003340199_100x100_005  監督は、NHKで歌謡曲番組の演出を担当していた吉田照幸。
 「若いディレクターたちの新感覚で、新番組の企画を」と、8年前にプロジェクト参加した彼が、「サラリーマンNEO」を企画開発 してレギュラー化した。

340199_100x100_009  テレビ番組の方は、'07-'08と2年連続してエミー賞にもノミネイトされたが、視聴率は4~5%。
 夜10時55分からの30分番組だから、それなりの評価は受けていたといえよう。
 その低視聴率!と低予算を逆手に、コント化して展開するのも吉田ならではの手法だ。
 
 「映画化すること自体をネタにして映画を作る。それは無謀だったのか、果敢な挑戦だったのか」とある映画ファンの評。

 昔の職場の仲間たちが製作した映画だからとヨイショするわけではないが、場内で久しぶりに声をあげて笑ったのは事実。
 PRついでに、テレビ「サラリーマンNEO」の全番組は、DVDーBOXで14本が発売されている。    

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November 09, 2011

2002.瀬戸内アートの旅(3)

111028_239_640  ルネサンスの画家エル・グレコ(1541~1614)の「受胎告知」(大原美術館蔵)。この作品が日本にあるのは「奇跡」だという。
 1922年、画家・児島虎次郎がパリの画廊で見つけ、パトロンの大原孫三郎の資金で購入した。

 ギリシャ人を意味するエル・グレコの絵画は、国内に「十字架のキリスト」(国立西洋美術館)と「受胎告知」しかない。

111028_137_640111028_110_640  直島からフェリー~車で倉敷に。「瀬戸内アート」の旅はここが終点。
 蔵の街「倉敷美観地区」にある大原美術館を、たっぷり3時間楽しんだ。

 大原美術館は、1930年日本では始めて設立された私立美術館。
 児島孫次郎がその審美眼で蒐集した西洋美術コレクションを、後世に残すために造られた。
 もちろん創設資金は、倉敷紡績などを経営する実業家大原孫三郎持った。

111028_240_640111028_241_640 ルノワール「泉による女」(左)ゴーギャン「かぐわしき大地」(左)モディリアーニ「ジャンヌ・エビュテルヌの肖像」モネ「睡蓮」などなど。
 児島は4年間のベルギー留学中やその後のヨーロッパ旅行で、フランスなどの画家たちの作品を中心に蒐集した。

111028_244_640_2 今回の旅で度々紹介した「睡蓮」だが、大原美術館の作品は、彼が直接モネのアトリエを訪ねて譲ってもらったものである。

 美術館の庭にある睡蓮の池では、モネの遺族から送られたフランスの「睡蓮の種」が毎年花を咲かせる。

111028_119_640_3111028_121_640_2  倉敷紡績の旧工場を保存した「アイビースクエア」に、美術館分館として「児島虎次郎記念館」がある。

 ここには児島の作品と、彼がヨーロッパ旅行中にカイロなどで手に入れた古代エジプトやオリエントの考古美術品 が展示されている。

111028_243_640_3 倉敷近郊で生まれた児島は、大原家の奨学生として東京美術学校で絵画を学んだ。
 のち大原家の当主となった1才年上の孫三郎とは、兄弟のような親交を結ぶ。

 左の作品は彼がベルギー留学中(1908~1912)に描いた「和服を着たベルギーの少女」。
 1929年に48才の若さで逝去した児島の業績を惜しんだ孫三郎は、翌年に大原美術館を創設するのである。

 彼の作品の中で「このベルギーの少女」だけは、本館の正面に飾られている。

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 日本画家たちの作品が展示されている「分館」。
 浜田庄司やバーナード・リーチ、棟方志功や河井寛次郎らの作品が並ぶ「工芸・東洋館」。
 これらの鑑賞を終えたのち、国の重要文化財「大原邸」など倉敷美観地区を散策する。

111028_139_640111028_140_640_2  そして新幹線の時刻まで、喫茶店「エル・グレコ」で一服。
 3日間の「瀬戸内アートの旅」の余韻を楽しんだ。      

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November 07, 2011

2001.瀬戸内アートの旅(2)

111028_062_640111028_068_640111028_046_640111028_083_640

 「瀬戸内アートの旅」2日目は、「ベネッセアートサイト直島」。

 こどもやシニアを対象とした教育・生活事業で知られるベネッセと、建築家安藤忠雄さんらアーチストとのコラボレーションから生まれた、アートの島である。

111028_033_640111028_073_640   高松港からフェリーで40分、直島・宮浦港でまず迎えられるのは草間弥生の「赤かぼちゃ」。
 もうここからアートの旅がはじまる。

 島のあちこちには、内外のアーティストによる作品が、無造作に置かれてある。

111028_233_640_2 最初に訪ねたのが「地中美術館」。
 安藤忠雄の設計により、美術館は地中にありながら自然光を取り込み、作品の表情は刻一刻と変化していく。

111028_236_640  7年前にアートの島の中核施設として建てられ、アメリカの造形作家ウオルター・デ・マリアと光のアーチストとして知られるジェームズ・タレルの作品が並ぶ。

 現存している二人に加え、注目を集めているのがクロード・モネの作品である。

111028_237_640_2  地中の空間で、自然光のみでモネの絵画5点を鑑賞する事ができる。
 パリのオランジュリー美術館にある大装飾画と同じ最晩年の「睡蓮」シリーズである。
 部屋のサイズ、デザイン、素材はモネの絵画と空間を一体にするため、安藤が綿密な計算のもと選んだ。

111028_082_640111028_086_640_2 地中美術館から歩いて10分、昨年オープンしたのが「李禹煥美術館」である。
 日本で活躍している国際的アーチスト・リーウファンが、安藤忠雄とのコレボによって創った個人美術館なのだ。

 谷間という特異な自然の地形を生かし、コンクリート壁がリーウファンの「余白の芸術」を生み出す。
 ここでは、周囲の丘や谷そのものも作品のひとつに取り込まれている。

111028_053_640111028_048_640   地域に溶け込んだアートもある。
 13年前から始まった「家プロジェクト」は、アーチストたちが本村地区の廃屋や空間そのものを作品化した。

 ここでは、それぞれの建物、ひいてはそこで営まれていた生活や日本の伝統、美意識がアーチストたちを刺激して作品を形作る。

111028_056_640_2111028_055_640_2   極楽寺の隣にある「南寺」(上左)は、ジェームズ・タレルの「闇と光」がテーマ。
 廃業した歯科医院は、大竹伸朗の作品「はいしゃ」(上右)に変身。
 杉本博司の「護王神社」(右)は、クリスタルの階段が目を引く。
 ほか「石橋」(千住博)「角屋」(宮島達男)「碁会所」(須田悦弘)。

111028_040_640_2111028_066_640  「ベネッセアートサイト直島」は、来年20周年を迎える。
 直島では今月から来年の7月まで、「生成」(ものごとが生じ、また変化していく)をテーマに、多彩なイベントが展開されるという。

111028_064_640  瀬戸内という穏やかな風景の中で、真に「よく生きる」とは何かを考える場として、自然や美術・建築との共生が試みられている。
 アートの島は、日本のみならず世界に向けて、強力なメッセージを発しているのである。       

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November 05, 2011

2000.瀬戸内アートの旅(1)

111028_165_640  大塚国際美術館の「システィーナ・ホール」。ヴァチィカンにあるシスティーナ礼拝堂の壁画を、陶板による複製品で礼拝堂ごと再現したものである。

111028_168_640 111028_170_640  1481年にミケランジェロは、「最後の審判」の物語を、礼拝堂の天上から正面・左右にプラスターで一気に描き上げたという。
 ここはイタリア旅行で、必ず訪れる観光名所となった。

 さて今回でブログは、2000号。
 とくにそれを意識したわけでもないが、秋晴れのなか瀬戸内のアートを巡る旅に出かけた。

111028_205_640111028_158_640_2  神戸から明石海峡大橋~大鳴門橋を経て、最初に訪ねたのが「大塚国際美術館」だった。
 13年前に大塚グループが、創立75周年を記念して設立した日本最大級の美術館である。

111028_230_640_2    ここには門外不出の「ゲルニカ」(スペイン・レイナ・ソフィア国立美術館)をはじめ、世界25ヵ国・190の美術館や教会が所蔵する絵画の、複製陶板画が展示されている。

 作品は古代壁画から現代までの西洋絵画、美術専門家によって選定された1.000点余り。特殊技術によって複製された絵画は、まるでオリジナル作品を見るようだった。

111028_199_640111028_191_640   作品の多くが、その昔フランスのルーブル美術館やオルセー美術館、イタリアのウフィツィ美術館、アメリカのメトロポリタン美術館などでで鑑賞したもの。

 またプラド美術展やボストン美術展など国内の展覧会で見た懐かしいものだったが、改めて系統的に見ると西洋絵画の変遷がよく理解できる。

111028_183_640111028_179_640 例えばイエスがローマ軍に捕らえられる前夜、12使徒と共に摂った「最後の晩餐」。
 「私を裏切ろうとしている者がいる」とのイエスの予告で、使徒たちがどんな目線でユダを視たか。

 5世紀末に描かれたヌオーヴォ聖堂の壁画(左・ラヴェンナ/イタリア)とスクロヴェーニ礼拝堂(右・バドヴァ/イタリア)、後者はジョットが描いた13世紀初頭の「最後の晩餐」。両者を比べると面白い。

111028_194_640111028_193_640  さらに最も有名な「最後の晩餐」(16世紀)、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたサンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエ修道院(ミラノ/イタリア)の壁画。
 この作品は修復前(左)修復後(右)と二つが並べられる。

111028_227_640 この国際美術館は、ユニークな展示方法をとっている。

 ひとつは古代遺跡や教会などの壁画を、環境空間ごとそのまま立体的に再現し、臨場感を味わえる展示。
 冒頭の「システィーナ・ホール」をはじめ、「聖マルタン聖堂」や左の「祭壇衝立復元」である。

111028_208_640  この祭壇の6枚の絵は、「悔悛するマグダラのマリア」(右)など、怪奇的・神秘的な宗教画家として知られるエル・グレコの作品だが、現在はスペインとルーマニアの美術館がそれぞれ一部を所蔵し、別々に展示されている。
 ここでは、当時の祭壇そのものも復元して、絵を元の組み合わせに戻した。

111028_188_640_3111028_186_640_3   モネの「大睡蓮」は、オランジュリー美術館(パリ/フランス)の雰囲気をそのまま持ち込んだ。
 パリでは屋内だが、あえて自然の中で見てもらおうと外に持ち出したと、ガイドの学芸員は説明してくれた。

111028_213_640_2111028_219_640_2   先月末から国立西洋美術館で開催中の「ゴヤ~光と影」展は、40年ぶりに来日した「着衣のマハ」が目玉。
 ここでは「裸のマハ」と並んで展示されている。

 また東郷美術館で有名なゴッホの「ひまわり」、ブリジストン美術館のセザンヌなど印象派の作品群。

111028_210_640  ルノワール、マネ、ドガ、ゴーギャン、ルソーなど、日本ではよく知られている近代絵画は、一つのフロアーに「系統展示」としてまとめられていた。

 「瀬戸内アートの旅」の初日は、およそ3時間。大塚国際美術館の学芸員によるギャラリートークを聞きながら、アートの世界に浸った。 

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November 03, 2011

1999.「ウイーン工房1903-1932」展

10_015_640  朝日新聞アスパラクラブのプレゼントに応募して招待された「ウイーン工房展」。
 パナソニック電工汐留ミュージアムに出かけた。

10_016_640_2   ヨーロッパにおける世紀末芸術の拠点の一つだったウイーンで、20世紀初頭に誕生したのがウイーン工房。
 建築・家具・照明・テキスタイル・インテリア・ファッション・アクセサリー・食器など、生活全体のスタイルを一つの美意識に高めた、総合芸術をかかげるデザイナーと職人たちの革命的企業集団である。

 会場に展示された300点あまりの作品は、初期のストイックなデザインから第一次大戦以降の華麗でコケティッシュなアール・デコ調のものと並ぶ。

10_018_640_2  とくに「モダニズムの装飾的精神」を掲げる職人たちは、日本の美術工芸のシンプルでミニマルな美意識、ユニークな自然観に共鳴した工芸品や服飾を作る。

 工房は工芸家のヨーゼフ・ホフマンとコロマン・モーザーの二人が、資産家のフリッツ・ヴェンドルファーをスポンサーとして設立した。
 当初は郵便貯金局やサナトリュウムなどの建築・内装からはじまり、やがてレストランのインテリアだけでなく食器や食事のメニュー、プログラムまで統一したデザインまで手がける。

 その後の財政的な危機はモード部門を設立して乗り越えるが、1929年の世界恐慌により経営は悪化、1932年破産した。

 ウイーン工房と日本との関係で言えば、工房で働いていた日本人デザイナーと結婚したフェリーチェ=ウエノ・リックス存在である。
 夫と共に来日したリックスは、京都市立芸術大学で教える傍らプリント地デザインや壁紙、七宝の飾りプレート・飾箱などの作品を次々と生み出した。
 今回、およそ80点の彼女の作品が展示されているが、そのモダン・デザインの中に日本とヨーロッパの融合を見ることが出来る。

 「ウイーン工房1903ー1932」展は、12月20日までパナソニック電工・汐留ミュージアムで。
入館料700円。

178_64010_020_640  「芸術の秋」にふさわしく、先月来アート付いている。
 ブログでは紹介できなかったが、友人二人の絵画を見に六本木・新国立美術館の「独立展」に。
 友人が大学の理事をしている芸大美術館では「彫刻の時間」を。

 そして「瀬戸内アートの旅」に出かける。
 次回のブログが「2000号」を迎えるので、旅の報告を掲載する予定。   

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November 01, 2011

1998.猿の惑星・創世記

006_6409184_100x100_009_2  未知の惑星に不時着した宇宙飛行士、その惑星は高度な知能を持つ類人猿が人間たちを支配していた。
 閉じ込められた檻から逃れた宇宙飛行士が見たのは、砂に半分埋まった自由の女神。
 惑星は、300年後の地球だった。

9184_100x100_005  チャールトン・ヘストンが主演した「猿の惑星」('68)は、映画史上に残るSF大作と言われている。ラストの衝撃的なシーンは、今も語り草になっている。
 その後4本の後編が作られ、10年前にはリメイク版も公開された。

 さて今回は「創世記」(RISE)とあるように、なぜ人類猿(APES)が高度な知能を持つようになったか、その謎を解くお話である。

339967_100x100_001  アルツハイマー病の新薬開発、その「実験用猿」から生まれたシーザーが主人公。その子猿を育てた若い科学者と獣医夫婦が、人間側の主人公。
 母猿の特殊な遺伝子を受け継いだ猿は、やがて想像を超える存在となっていく・・・・。

339967_100x100_005 監督は新進のルパート・ワイアット、日本では初登場である。
 科学者が「127時間」('10)でアカデミー賞にもノミネイトされたジェームズ・フランコ、獣医がインド出身の女優フリーダ・ピント(「スラムドッグ$ミリオアネ」'08)。
 アルツハイマー病の父親が、敵役俳優で有名なジョン・リスゴーという組み合わせ。

339967_100x100_004  そしてシーザーは?
 それは、パーフォーマンス・キャプチャー演技の一人者アンディ・サーキスが演じたCGキャラクターなのだ。
 サーキスは、これまでも「キング・コング」('05)のキング・コング、「ロード・オブ・ザ・リングシリーズ」のゴラムになっている。

339967_100x100_003  名作「猿の惑星」時代は、「着ぐるみ」や「特殊メーキャップ」による猿たちだった。しかし今回は、「アバター」のCGキャラクター担当で有名なWETAデジタル社が、「エモーション・キャプチャー」技術によって生み出した。

 この技術は、俳優の演技をCG化してキャラクターを創造、本物の俳優に絡ませて映像化する手法で、動物の微妙な感情の表現まで映し出すことが出来る。
 つまり、VFX映像と実写との間の障壁がなくなるのだ。

 この最新技術によって生み出された主人公シーザー、観客はやがて彼に同化して人間の持つ傲慢さや偏見・差別に怒りを覚える。
 「猿の惑星・創世記」は、SFを超えた人類破滅への預言書となった。

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