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April 29, 2012

2091.オレンジと太陽

24_006_640_2 イギリス最大のスキャンダルといわれる「児童強制移住」。この真実を追い、彼らの家族との再開に務めたソーシャル・ケースワーカーの物語である。

 「児童強制移住」とは、19世紀に始まり1970年まで続いたイギリスの「福祉政策」のひとつで、孤児院や貧困家庭の子供たちを、オーストラリアやカナダ、ニュージランド、ローデシアなど英連邦各国に移住させ、修道院や教会などで成人になるまで育てたことを指す。

 移住させられた子供の数は13万人を数え、オーストラリアがもっと多い。
 役人は「オーストラリアに行けば、明るい太陽の下、オレンジを腹いっぱい食べられる」と、子供たちを誘った。

 しかし子供たちを待っていたのは、過酷な労働や虐待、なかにはレイプを受けたケースもあった。
 さらにイギリス時代の名前や出生などを示す書類は廃棄され、成長した彼らが自らのアイデンティティを求めるすべはなかった。

341717_01_01_03  成長した子供のひとりに偶然出会ったのが、映画の主人公であるマーガレット・ハンフリーズ。
 「母親探し」を頼まれて調査を進めるうちに、「児童強制移住」という信じられない実態を知り、家族を犠牲にしながらも英~豪を駆け回る。

 夫と共にトラストを設立、移住させられた子供たちの家族を粘り強く探し出し、数千の家族を再開させた彼女の手記が「からのゆりかご~大英帝国の迷い子たち」。
 宗教団体からの妨害や中傷を受けながらも、ひるまず行動する彼女に、3年前にはオーストラリアの首相が、2010年2月にはイギリスの首相が過去の政策の誤りを認め謝罪した。

 手記を映画化したのは、ジム・ローチ監督。このブログでも紹介した「ルート・アイリッシュ」の社会派監督ケン・ローチの息子である。
 テレビ・ドキュメンタリーやドラマのディレクターだった彼らしく、歴史に埋もれたままだった真実を声高ではなく、静かにかつ真摯に描いて感動を呼び起こす。

20120221006fl00006viewrsz150x  ケースワーカーの主人公には、「奇跡の海」('96)でアカデミー賞にもノミネイトされたエミリー・ワトソンが、移住させられた子供たちの現在をヒューゴ・ウイーヴィングとデイビット・ウエナム(いずれも「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズに出演)が演ずる。

 映画のキーワードは「Who Am I ?」。
 この作品を見て、私は日本における「中国孤児問題」お思い起こす。

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April 27, 2012

2090.湘南に義経の故地を訪ねる

120424_005_640120424_003_640  悲劇の英雄として今もファンが多い、平安末期の武将・九郎判官源義経。
 屋島・壇ノ浦の戦いで平家を打ち滅ぼしたが、なぜか兄・頼朝の怒りに触れて、奥州で自刃した。

 今月の「ひとまくウオーキング」は、江ノ島電鉄「腰越駅」をスタートして、「義経」湘南の故地を訪ねた。

120424_011_640120424_017_640  腰越駅の裏手の山、踏切を渡って参道の階段を上る。
 「龍護山医王院満福寺」、真言宗大覚寺派の寺である。
 創建の歴史は古く、寺伝によると744(天平16)年に聖武天皇の命を受けた行基が、疫病を除くために建立したという。

120424_012_640120424_014_640  この寺を有名にしたのは、義経の「腰越状」。
 義経は頼朝の勘気を解こうと鎌倉入りを願ったが、腰越で止められてしまう。
 彼は満福寺で「嘆願書」を書き、公文所別当の大江広元に託し京・吉野へと去るのである。

120424_016_640120424_015_640_2 寺には下書きの写しや、筆を執るための水を汲んだ「硯の池」、弁慶の腰掛石、義経が手を洗った井戸など、縁のものが残っている。

 ここ腰越の満福寺は、義経悲劇のスタートとなった地と言える。

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  悲劇の終点が再び腰越となる。

 奥州平泉で自刃した義経と弁慶の首は、藤原泰衡の手で関東に送られてきたが、頼朝は首であっても鎌倉入りを認めず、「首検分」は江ノ島を臨む腰越の浜で行われた。

 その後浜に打ち棄てられた首は境川の満ち潮に乗って逆流し、現在の藤沢・白旗付近に漂着したという。
 白旗には、村人がその首を洗い清めた井戸や、葬った首塚が残っている。

120424_039_640_2120424_042_640  地名の元となった「白旗神社」。
 もともとは相模一ノ宮の分霊を祀った祠だったが、義経の怨霊に苦しめられた頼朝が、源氏の旗印を名に義経を祭神として祀る神社を再建した。

 現在の社殿は、1835(天保6)年に造営された流権現造りで、江戸の匠の技による彫刻は美しい。
 毎年夏の例大祭では、「義経守り本尊・毘沙門天」と「義経・弁慶神輿」2基が町を勇壮に渡御する。

120424_054_640120424_047_640  白旗神社の別当寺は「白王山般若院荘厳寺」、古義真言宗の寺である。
 ここも創建は古く1184(元歴元)年、覚憲が建立したと伝えられている。

 運慶の作として伝えられる不動明王の前に、寺宝である義経の位牌がある。
 表には「白旗大明神 神儀」、裏には「清和天皇十代御末源義経公」と記されてる。

120424_056_640120424_065_640  「湘南に義経の故地を訪ねる」今回のウオーキング、最後の訪問地は「八王山摂取院常光寺」。
 鎌倉光明寺の末寺、浄土宗の寺である。

 この寺の本尊「阿弥陀如来」は、快慶の作と伝えられる。
 もともと鎌倉・扇ヶ谷の阿弥陀堂にあったもので、頼朝や北条氏が深く信仰した如来といわれる。

120424_070_640120424_072_640  寺の裏山に残る庚申塔のひとつに、「弁慶塚」と刻まれた石碑がある。
 ここはかって弁慶の御霊を祀った「八王子権現社」の跡で、義経の首と一緒に送られてきた弁慶の首塚があった。
 その首塚は、白旗神社の義経の塚と真っ直ぐに対面している。
 
120424_060_640 京で主従の契りを結んだ義経と弁慶、源平合戦はもちろん流亡の旅となった吉野~安宅関~奥州・平泉、そして湘南の地まで、二人はひとときも離れる事はなかった。
 首を切り取られた二人の胴体も、宮城・栗駒山に一緒に葬られているという。

 常光寺境内は藤沢でも珍しい森で、大きな樹木が多く残されている。
 神奈川の銘木のひとつといわれる、樹齢400年の「カヤの木」が大きく枝を広げていた。       

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April 25, 2012

2089.ジョン・カーター

24_005_640_3 ウォルト・ディズニー生誕110周年を記念して、3億5千万ドルの巨費を投じて製作したスペクタル巨編。

 莫大な宣伝費も投じたが興業収益は上がらず、このままいくと2億ドル(160億円)の映画史上最大の赤字になると、アメリカの新聞や週刊誌が伝えている。

 「なぜこの大作がコケてしまったのか」、そんな興味と子供の頃から原作にはなじんでいたので、映画館に足を運んだ。

341436_100x100_004  原作はエドガー・ライス・バローズの処女作「火星のプリンセス」。
 1912年に雑誌に掲載されたこの作品は、ヒロイン・ファンタジーの傑作、古典的SF小説のさきがけとして高く評価された。 

341436_100x100_003  作品は「火星シリーズ」として11巻も連載され、多くの映画人が映画化を試みたが、宇宙冒険活劇としてのスケールの大きさのため、なかなか実現しなかった。

 しかしこの物語に刺激を受けたジョージ・ルーカスやジェームズ・キャメロンは、「スター・ウオーズ」「アバター」という作品を生み出す。

341436_100x100_006  100年ぶり、初めて映画化された「ジョン・カーター」は、「火星のプリンス」の主人公の名前。
 瞬間移動でバルスーム(火星)に送られた元南軍の英雄・騎兵カーターが、三つ巴で争う火星の人々を救うというシンプルなストーリーである。

341436_100x100_002  主人公にティラー・キッチュ(「バトル・シップ」'12)、ヒロインのプリンセスにリン・コリンズ(「X-MEN ZERO」'09)とやや地味な役者を配し業界を驚かせたが、異形の人種にはサマンサ・モートンやウイレム・デフォーなどアカデミー賞にもノミネイトされたスターが、モーション・キャプチャーで出演している。

341436_100x100_005  ディズニーがこの作品で「賭」に出たのが、実写映画は始めてというアンドリュー・スタントンの監督起用だろう。

 スタントンは、子会社ピクサーの著名なクリエイターで、プロデューサー・脚本家・監督として次々と大ヒット作品を送り出してきた。

 監督した「ファイティング・ニモ」('03)「ウオーリー」('08)、製作総指揮の「Mr.インクレディブル」('04)「レミーのおいしいレストラン」('07)、脚本の「トイストーリー3」('09)は、いずれもアカデミー賞アニメーション作品賞などを受賞している。
 しかし、今回の作品の評価はどうだっただろうか。

341436_100x100_001   ある評論家は、「ジョン・カーター」は「グラディエーター」「タイタンの闘い」「スター・ウオーズ」「アバター」のごった煮になってしまった、という。
 ユタ州の砂漠でロケした現実離れした実写風景と、リアルなCGの組み合わせは素晴らしいが、所詮既に過去の映画で見てしまった風景に過ぎない。

 原作者エドガー・ライス・バローズは、「ターザン」の生みの親でもある。若い頃楽しんだ「ターザン映画」を、もう一度見てみたい。

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April 23, 2012

2088.第89回春陽展

120420_001_640120420_002_640 友人から、今年も作品が入選したとのメールが届いたので、六本木の国立新美術館に出かけた。
 第89回春陽展、美術館の2階と3階の40室に展示されている大絵画展である。

120420_024_640 会場の入り口に掲示されている趣意書によれば、展覧会を主宰する春陽会は、日本でも歴史ある芸術団体のひとつで、1922(大正11)年に結成されている。

 創立当時のメンバーは、岸田劉生、中川一成、梅原龍三郎、木村荘八、小杉放庵、森田恒友ら日本の近代絵画を支えてきた錚々たる画家たちで、現在は会員・会友700人を超える組織だという。

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 友人の作品は「されど希望を打ち鳴らせ(Ⅱ)」と題する油彩・アクリル。
 東北出身の彼が、被災した友人や親戚へのメッセージを、絵に託したようだ

 リタイアした60代から本格的に絵を学んだ彼、70代半ばとは思えぬ力強いタッチの作品である。

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 今回の展覧会では、左から「小さな願い」(江口美幸)「夜行性の庭」(川野美華)「KAWARA(1)」(沢修一)の3点が、春陽会賞を受賞している。

 「春陽展」東京会場は、今月30日まで六本木・国立新美術館で。そのあと名古屋~大阪と巡回する。観覧料は70歳以上は無料。   

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April 21, 2012

2087.ドライヴ

24_003_640  ロンドン在住の詩人で評論家のジェイムズ・サリスがロサンゼルスを舞台に書いたクライム小説の映画化。
 監督がデンマーク出身のニコラス・ウインディング・レブンだけに、ハリウッド作品にしては一味違う。
 昨年のカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したのも、そんな作風からか。

341123_100x100_005_2  サスペンス+アクション+バオレンス+ノワール+ラブストーリー映画。クールでスタイリッシュな撮り方だが、狂気も漂う。
 残酷・絶望感・悲壮感・一匹狼・・・、北野映画の世界に通ずる。

341123_100x100_007  昼は映画のスタントマン、夜は犯罪者の「逃し屋」、二つの顔を持つ孤独の「ドライバー」が主人公。
 同じアパートに住む子持ちの人妻にひと目惚れ、ムショ帰りの旦那を助けるためマフィア相手の狂気の世界にのめりこんで行くお話。

341123_100x100_004_2  ドライバーの役は、カナダ゙出身の売れっ子ライアン・ゴズリング(「スーパー・チューズデー」'12)。「ハーフネルソン」('06)でアカデミー賞にもノミネイトされた彼が、寡黙で狂気を漂わす男を見せる。

 惚れた相手は、「17歳の肖像」('09)で同じくアカデミー賞にノミネイトされたイギリスの女優キャリー・マリガン。粗暴な夫と優しい隣人の間で揺れ動く。

341123_100x100_006_2  ひと癖もふた癖もあるマフィアの役は、怪優ロン・ベールマン(「ヘルボーイ」'00)とアルバート・ブルックス(「ブロードキャスト・ニュース」'87)。
 冷酷な殺しを、次々と見せてくれる。

 名前もないドライバーが主人公だから、もちろんカーチェイスのシーンは多い。
 「フォードマスタングGT」「クライスラー300」「シボレーノバ」など、車好きには応えられない名車が疾走する。

 静謐さとバイオレンス、計算し尽くされた映像美とシンセサイザーのサウンドが、見る人の心を揺さぶる。
 過激な暴力描写でR15+。

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April 19, 2012

2086.桜・浜離宮

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 昨年は深川界隈、一昨年は千鳥が淵の桜を紹介したので、今年は浜離宮にした。

 庭園は、今週からゴールデンウイーク過ぎまで、「花と緑の集い」という事で中央区民は入場無料、そこで観光客を避け開園と同時に散策した。 

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 左から「白雲」「開山」「駿河台均等」「一葉」。
 いわゆる園芸種サトザクラの仲間である。

 お花見の定番「ソメイヨシノ」は、明治に入って育成された桜。ヤマザクラの一種「オオシマザクラ」と「エドヒガン」を掛け合わせて、染井の植木職人たちが開発した。
 「ヨシノサクラ」として売り出されたが、奈良・吉野の山桜と混同しないよう「ソメイ」の名をかぶせた。

120417_075_640120417_077_640   江戸時代、庶民を楽しませた飛鳥山の桜は将軍・吉宗が植えさせたヤマザクラだったが、将軍家の庭園である「浜御殿」には、様々な品種改良や突然変異で生まれたサトザクラが多い。
 これから咲き始める花弁が緑色の「御衣黄」(写真左)や「ウコン」(右)も、そんな仲間だ。

120417_011_640120417_037_640   因みに「日本三大桜」として天然記念物にも指定されている「淡墨桜(岐阜)」「神代桜(山梨)」は、エドヒガンの1500年・2000年の老木。
 福島の「三春滝桜」は、樹齢1000年のベニシダレである。

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 「浜離宮恩賜庭園」の桜は、あと10日ぐらいは楽しめる。   

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April 17, 2012

2085.アーチスト

24_002_640  「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「衣裳デザイン賞」「作曲賞」5部門の受賞と、今年のアカデミー賞の話題を一手に集めた作品。
 サイレント時代のモノクロ映画から抜け出してきたような登場人物が、現代のサイレント・モノクロ映画でノスタルジックに演じる。

341445_100x100_009_2 フランス映画界のスタッフが、1930年前後のハリウッドを舞台に、主役のフランス人俳優二人以外はアメリカの俳優を配して、ハリウッドのスタジオで撮った作品である。

 ストーリーはシンプルなメロドラマ。
 サイレント時代の大スターの栄光と挫折、愛と復活の物語が、モノクロの映像でサイレントに綴られていく。
 それが、CG・3D時代の映画界に新鮮さと感動を生み出したのだ。

341445_100x100_003  といっても、撮影は現代の最高技術を駆使する。
 カラーで撮影された映像は、デジタル技術でモノクロにコンバートされる。
 その事で、独特の「グレー」が生まれる。

 そのグレーと白・黒によって、人生の輝きと失意を表現する「モノクロ」のテクニック。それに加えて、表情とアクションで全てを語る「サイレント」のテクニック。
 計算されつくした演出である。

341445_100x100_007 監督はCMディレクター出身のミシェル・アザナヴィシウス。
 往年の大スター、ダグラス・フェアバンクスやルドルフ・バレンティノ、グレタ・ガルボらが出演しているサイレント映画を、徹底的にリサーチして脚本を練った。
 監督は、いくつかのシーンで彼らへのオマージュを捧げる。

341445_100x100_002341445_100x100_004  二人の主役、サイレント時代の大スターにフランスのコメディ俳優で作家・監督でもあるジャン・デュジャルダン、彼に見出されトーキー時代に輝く新進女優にベレニス・ベジョが扮する。

 二人は、アザナヴィシウス監督のヒット作品「OSS177私を愛したカフォオーレ」('06)にも出演した仲間。そしてベジョは監督夫人でもある。

341445_100x100_008 さらに脇を固めるのが、執事兼運転手役のジェームズ・クロムウエル(「ブッシュ」'08)や映画プロデューサー役のジョン・グッドマン(「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」'11)など、ハリウッドのベテラン俳優たちである。

 そしてもう一人、いやもう一匹ジャックラッセルテリアのアーギが準主役級で登場、名演技を見せる。
 彼(彼女?)はこの演技で、栄えある第1回“金の首輪”賞・最優秀俳優犬賞を受賞した。

 フィナーレを飾る主役二人の華麗なタップダンス、ジーン・ケリーを彷彿させる2分間のダンスは、4ヶ月の特訓によって生まれたという。

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April 15, 2012

2084.ヘルプ

24_001_640  ドリームワークスが丁寧に製作した佳作。
 シリアスな人種差別問題を扱いながら、決して声高でなく軽やかにユーモラスに描く。ハリウッドの懐の深さを感じさせる作品である。。

340956_100x100_002  全米の中でも特に黒人差別が色濃かった、ミシシッピー州ジャクソン出身のキャスリン・スケットが書いた処女小説「THE HELP」が原作。
  9.11でショックを受け5年かけて書いたが、どこの出版社も見向きしなかった。

 同郷の友人で映画監督のテイト・テイラーが、原稿を読んで感動し映画化を企画、ペンギン・ブックスにかけ合って出版したら大当たり、NYタイムズの書籍ランキング103週連続ランクインのベストセラーとなった。

  340956_100x100_001  映画の方も大当たりである。観客の口コミで広がり、アメリカでは3週連続No1の大ヒットとなった。

 ゴールデングローブ賞5部門(作品賞など)、アカデミー賞に3人がノミネイトされ、ひとりが両方の助演女優賞を受賞している。

340956_100x100_003_2 「黒人差別」が当たり前だった、1960年代前半のミシシッピーが舞台。
 「ヘルプ」と呼ばれる上流白人家庭の黒人メイドたちと、その差別の実態を取材する大学新卒の女性との交流の物語である。

 きっかけは、「差別トイレ」。
 家族用のトイレを使って解雇された「ヘルプ」を、ハリウッドで最も面白い女優といわれるオクタヴィア・スペンサー演じてオスカーを手にした。
 最初に真実を語り始めた「ヘルプ」が、アカデミー賞主演女優賞にノミネイトされたヴィオラ・ディビス(「ダウト~あるカトリック学校」'07でもノミナイト)。
 上流白人家庭出身ながら、差別問題に取り組む若い女性を、エマ・ストーン(「ラブ・アゲン」'11)が演ずる。

340956_100x100_004  バリバリの差別主義者で社交界のボス、「ヘルプ」をクビにした主婦役ブライス・ダラス・ハワード(「ヒアアフター」'10)の憎憎しい演技が上手い。
 そしてもう一人、美人だが鈍感な白人貧困層出身の主婦ジェシカ・チャスティン(「ツリー・オブ・ライフ」'11でアカデミー賞ノミネイト)が面白い。

340956_100x100_005_2 子守は一切「ヘルプ」に任しておきながら、「子供を守るため」に「ヘルプ専用」のトイレ設置を義務付けようと州政府に働きかけるセレブ・ママたち。
 「子供を守る」というスローガンが、いま日本のどこかでも聞こえるだけに、この「差別意識」が空恐ろしい。

 ミシシッピー出身の白人(原作・監督・脚本・製作)たちが、まだ差別意識が強く残るミシシッピーでオールロケで製作したのは偉い。

 日本の配給会社が付けた副題、「心がつなぐストーリー」は蛇足。 

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April 13, 2012

2083.「幻のモダニスト堀野正雄」写真展

204_640204_008_640_3  ポスターの写真は「風」(1936年)、飛行機に乗ろうとする女性のスナップ。
 左下は、右の写真のカット。「女学生の行進、ガスマスク行進、東京」のタイトルが付いた昭和10年代に撮った写真である。

 幻のモダニストと呼ばれる写真家・堀野正雄(1907~1998)の写真展が、東京都写真美術館で開催されている。

 堀野は日本の近代写真史を語る上では、欠かす事の出来ない写真家でありながら、これまではその活動軌跡はあまり知られていなかった。

204_009_640  戦前に軍の嘱託とし、朝鮮・旧満州・中国などで生活や風俗の報道写真を撮ってきたが、敗戦で全てのネガを現地で焼却して引き揚げ、 以後写真界から姿を消したためである。

 今回の写真展では、彼の昭和初期の写真集や「主婦の友」や「婦人画報」に発表した報道写真、遺族が保管してきた未公開のオリジナル・プリントなど200点が展示されている。

204_003_640 右の写真は「ポーズ(崔承喜)」(1931年)、堀野の初期の頃の作品である。
 東京高等工業(現在の東工大)で学んだ彼は、学生の頃から築地小劇場を中心とした舞台写真やポートレイトを撮ってきた。

204_005_640 左の「横山大観」(1933年)もそのひとつで、会場には長谷川伸や松方幸次郎、舞台姿の夏川静江や石井獏・石井栄子の若い頃の写真が並ぶ。

 彼がプロのカメラマンとして社会の注目を浴びたのが、写真集「カメラ・眼×鉄・構成」(1932年刊)である。

Tky201203160323  「優秀船に関する研究」「鉄橋に関する研究」などと題された作品は、関東大震災の復興期にあって勃興する機械文明を、客船や鉄橋・ガスタンクなどメカニックな構造物の持つ美しさで表現している。

 また雑誌に発表した「大東京の性格」(1931年・中央公論)、「首都貫流~隅田川アルバム」(1931年・犯罪科学)は、ドキュメンタリー写真の先駆といえる。

204_001_640  近代日本の新興写真の旗手、日本写真史に重要な地位を占める堀野の全貌を明らかにする初めての写真展であると同時に、今注目されるモダニズムの感覚を十二分に堪能できる展覧会だった。

 「幻のモダニスト・写真家堀野正雄の世界」展は、5月6日まで東京都写真美術館で。観覧料は700円。 

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April 11, 2012

2082.ルート・アイリッシュ

24_640 世界で最も危険な道路「ルート・アイリッシュ」。イラクのバクダッド空港から中心部のグリーンゾーンを結ぶ12キロの道は、'03米軍イラク侵攻以降テロ攻撃の第一目標とされた。

Img_pn01  この道路で親友を殺されたイギリスの若者が、死の謎に迫る物語である。

 主人公も親友も、元イギリス兵士のコントラクターである。
 つまり民間の軍事請負会社と契約した傭兵なのだ。

 貧しく学歴のない若者たちは高給に釣られて、死と隣り合わせの危険な仕事に就く。その数はイラクでのべ16万人といわれる。

Img_intro04  イギリスの社会派映画監督の巨匠ケン・ローチが、コンビを組む脚本家のポール・ラヴァーティと綿密なリサーチを行って脚本を書いた。
 5年前アメリカの民間軍事会社のコントラクターたちが、バクダッドで市民17名を射殺した事件がきっかけだったという。

 ケン・ローチは今年75歳になる。労働者の家庭に生まれ、兵役後にオクスフォード大学で学ぶ。
 BBCでテレビドラマのディレクターを経験した後、映画界に入る。

 彼の監督作品は、一貫して労働者階級や移民たちの日常をリアルに描いてきた。
 「レイニング・ストーンズ」('93)「大地と自由」('95)など製作した作品は、毎回カンヌ国際映画祭パルム・ドームにノミネイト、「麦の穂をゆらす風」('06)で受賞している。

20120126005fl00005viewrsz150x 「ルート・アイリッシュ」は、彼にとっては珍しい戦争映画である。
 出演者は、敵役のジョフ・ベル(「戦火の馬」'11)以外みな無名の俳優たちである。
 彼らをベテランのスタッフが支え、リアルな戦闘シーンや骨太なストーリーを展開した。

 「イラク戦争」を描いた映画は、アカデミー賞を受賞した「ハートロッカー」('08)をはじめ「告発のとき」('07)「グリーン・ゾーン」('10)など、話題作が多い。
 しかしケン・ローチは、それがアメリカ側の視点から描かれている事に、不満を抱いていた。

 彼は、イラク戦争の「民営化」という「軍事ビジネス」の闇を炙り出すことで、「イラクの民衆に大きな傷痕を残した」戦争の残虐さを明らかにしてく。

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April 09, 2012

2081.スーパー・チューズデー

341570_100x100_004  「スーパー・チューズデー」とは、4年に一度のアメリカ大統領「党候補」選びで、多くの洲が予備選や党員集会を開く日のこと。
 2月~3月の火曜日に開催されるので、こ呼ばれる。
 そしてこの日の結果が、候補決定の大きな鍵となる。

 今年は、3月6日がスーパー・チューズデーだったが、オバマ大統領の対立候補を選ぶ共和党の予備選は、まだ決着していない。

341570_100x100_002  映画の原作は「Farragut North」。
 2004年の民主党予備選挙で、元ヴァーモント州知事のハワード・ディーンの選挙スタッフだった、ボー・ウイリモンが書いた戯曲である。

 予備選の裏側を、スキャンダラス且つスリリングに描いたこの戯曲を読んだアメリカの人気俳優ヨージ・クルーニーは、自ら脚色して映画化する。
 タイトルは「The Ides of March」。古代ローマ歴3月15日、カエサルが暗殺された日を意味する。
 まさに政敵を倒す「スーパー・チューズデー」(邦題)である。

341570_100x100_001  映画の主人公は、民主党進歩派候補(ジョージ・クルーニー)事務所の戦略担当の若きコンサルタント(ライアン・ゴズリング)。

341570_100x100_008  彼に絡むのが、上司であるベテラン選挙参謀(フリップ・シーモア)やスタッフのインターン女子学生(エバン・レイチェル・ウッド)、敵陣営の選挙参謀(ポール・ジァマッティ)、勝敗の鍵を握る大物政治家(ジェフリー・ライト)、スクープを追う女性記者(マリサ・トメイ)の面々。

 彼らによって描かれるのは、理想の欠片もない選挙参謀たちの実態や権謀術数の駆け引き、勝つためには手段の選ばぬモラルなき世界である。

341570_100x100_007_2 「コンフェッション」('02)「グッドナイト&グッドラック」('05)「かけひきは、恋のはじまり」('08)と続いて、クルーニーにとっては4本目の監督作品となる。
 そしてこの作品が、彼の政治信条を最もストレートに表したものといえる。
 だから、政治サスペンスをリアルに描きながらも、優れたエンタ-ティンメントに仕上がっている。

 映画は、あくまでもフィクションだとうたう。
 しかし'04年のジョン・ケリーに敗れたディーン陣営のごたごた、ブッシュ対ケリーの大統領選、'08年のオバマ対ヒラリーの民主党予備選、さらにはクリントン大統領のインターン女子学生との性的スキャンダルなど、「事実」がフィクションンとして盛り込まれているのが興味深い。

 これから秋まで、アメリカでは「勝者なき闘い」が続く。

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April 07, 2012

2080.築地・佃、文明開化の跡を巡る

120406_640 昨年の大震災で延期した「ひとまく・散策&グルメの会」のイベント、好天に恵まれた昨日開催する事が出来た。

 この企画は、「ひとまく会」世話人から指名を受け、私が準備した「築地・佃、文明開化の跡を巡る。グルメはスペイン料理フルコース」。
 中央区商店街連合会が発行している「街歩きマップ」をガイドブックに、のべ5時間の散策&グルメを楽しんだ。

110101_047_640110331_052_640  スタートは「築地本願寺」。
 明暦の大火で焼失した京都西本願寺の別院が、日本橋の横山町から移って来たのが1679(延宝7)年。
 門徒衆の佃の漁師たちが、江戸湾の土砂で築いた「築地」の上に建つ。
 
 現在の古代インド様式の建物は、関東大震災後に建てられたもの。境内には琳派の画家・酒井抱一の墓や、赤穂浪士・間新六の供養塔がある。

110101_040_640110331_038_640  本願寺裏の築地川を埋め立てた公園を抜けると、明石町に入る。

 「聖路加国際病院」があるこの地は、赤穂藩浅野家の上屋敷跡。
 明治の初め「外国人居留地」になり、ここから「文明開化」が始まった。

110331_025_640110331_031_640_2  最初の「アメリカ公使館」もここに設けられ、来日した宣教師たちは教会や学校をつくった。
 「明治学院」「青山学院」「立教女学院」「暁星学園」など、周辺には発祥の地を記す記念碑が多い。

110331_027_640_2  道を隔てて、豊前中津藩奥平家の中屋敷跡。
 中津藩医・前野良沢は杉田玄白と刑死人の腑分けを行い、この屋敷で「解体新書」を書いた。
 また福沢諭吉は、1858(安政5)年にここで蘭学塾を開いた。それが「慶応義塾大学」へと発展する。

110331_048_640110331_049_640  聖路加タワー近く、「タイムドーム明石」で常設の郷土資料を見学。
 これから訪ねる佃・石川島の歴史を予習する。

 満開の桜の下を抜けて佃大橋へ、橋を歩いて隅田川を佃に。

110331_005_640110331_006_640_2  「佃島」は、もともと江戸湊の河口にあった中洲。
 徳川家康の関東下向に従って江戸にやってきた、摂津国佃村33人の漁師が築いた。

 島の名物が、村の名をとった「佃煮」。
 漁師たちは、白魚など江戸前の魚を獲って将軍家に献上した。その残りを醤油で煮詰めたのが「佃煮」である。
 現在も3軒の店が、名物を作っている。

0808011_041_640110331_008_640_3  佃の「住吉神社」は、摂津国から分社した漁業の神様。3年に一度の本祭りは、江戸の頃から続いている。
 今年の夏は、昨年の大震災で中止した本祭りが再開される。
 新しく造られた「八角神輿」、担ぎ手の一人として今から楽しみにしている。

120405_043_640110331_015_640   佃島の隣が「石川島」。
  火付け盗賊改め方・鬼の平蔵が設けた、人足寄場として知られる。
 江戸末期には水戸藩の洋式造船所となり、日本最初の軍艦「旭日丸」が建造された。

 明治になると民間に払い下げられ、「石川島重工」となる。
 そして現在、ここは「大川端リバーシティ」と呼ばれる高層マンション群、4000世帯1万人が住む街となった。

120406_008_640110331_003_640 夕暮れ、風も冷たくなったのでグルメの会場「スペインクラブ」へ。
 月島にある倉庫の一階を改造したレストランは、200席もある都内有数のスペイン料理店として知られる。

 オリーブ、イベリコ豚、スペイン風オムレツ、サーモンのフリットそしてシェフ特製のパエリアを肴に、スペイン産の赤ワインを楽しんだ。

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 「築地・佃、文明開化の跡を巡る」。
 昨日の「散策&グルメの会」は、参加者22名。満開の桜のもと、歩いた距離は、およそ5キロだった。

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April 05, 2012

2079.マンク・破戒僧

T0012726p94x94 18世紀の「暗黒文学」の傑作「マンク(修道士)」。
 禁欲生活から情欲の世界に身を落とした破戒僧の姿を描いたゴシック小説だが、その残虐性やエロティシズム、カトリックに対する背徳の描写が批判され、長い間禁書とされた。

41kd1m6ptel__sl160__2 作者は、イギリスの下院議員も務めた詩人・小説家マシュー・G・ルイス。
 といっても執筆したのは、まだカレッジの学生だった19歳の時。
 出版をめぐって、ヨーロッパ文学界では賛否両論の渦がまいたが、サドやホフマンなど異貌の作家たちは作品を高く評価した。

341889_100x100_006  映画化は始めてである。
 「ハリー、見知らぬ友人」('00)でカンヌ国際映画祭パルム・ドールにもノミネイトされた、ドイツ出身のドミニク・モルが脚本を書いて監督した。

341889_100x100_002_2  主役である破戒僧を演じたのは、フランスの俳優ヴァンサン・カッセル。
 「ジャック・メスリーヌ」('08)で東京国際映画祭主演男優賞を受賞、一昨年には「ブラック・スワン」にも出演した売れっ子である。

341889_100x100_004 物語は、スペイン・マドリッド郊外にある修道院の門前に棄てられた男の赤子から始まる。
 修道士に育てられた子供は、やがて清貧なマンクとして信者たちの尊敬を集めるようになる。

341889_100x100_005  しかし修道士に化けた黒魔術の女に誘惑され、戒律を破る。悪魔に身を委ねた破戒僧は、実の妹を犯し母親を殺す・・・・。

 明るい太陽に照らされた「真昼」の光景と、暗く陰鬱な「夜」の世界の対比で、精神と肉体の乖離とい古典的な問いかけをスリリングに描く。

341889_100x100_003  しかし、原作を読んだ時受けた様な、強烈なメーセージ性は薄い。
 映画では、自分の出生の秘密を捜し求め、汚れなき乙女(実は妹)に恋焦がれる「男」としてのモンクの悲哀が主題となる。

 黒魔術の女にベルギーの女優デボラ・フランソワ(「譜めくりの女」'06)。妹役は、フランスの新進女優ジョセフィーヌ・ジャビ。

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April 03, 2012

2078.マリリン・7日間の恋

341417_100x100_005_3  1956年のロンドン・ヒースロー空港、タラップを降りてきたのは「世界のセックス・シンボル」マリリン・モンローと大作家アーサー・ミラーの新婚夫妻。
 多くの報道陣が見守る中、イギリス演劇界の大御所ローレンス・オリヴィエと妻で大女優のヴィヴィアン・リーが二人を迎える。

2_012_640_2   マリリンがプロデュースしてオリヴィエが監督、二人が共演する「王子と踊り子」の撮影のための来英だった。

 しかし、パインウッドのスタジオでの撮影は難行する。
 オリヴィエの伝統主義的な演出と、マリリンの「メソッド・アクティブ」にもとづく演技がかみ合わないのだ。

 消耗する二人、なかでもマリリンは精神不安定になり薬に頼る。さらに、仕事が出来ないとミラーは帰国してしまう。

2_011_640  この撮影現場でサード助監督だったコロン・クラークが、自分だけの胸に秘めていた実話を綴った回顧録が原作である。

 一週間の撮影期間中、マリリンが何を求め何に苦しんだのか、そして安らぎを求めた23歳の映画青年との、秘められた恋が語られていく。

341417_100x100_002_2  マリリンに扮したミシェル・ウイリアムズの演技が光る。
 今回もオスカーは逃したが、「ブロークバック・マウンテン」('05)など3回アカデミー賞にノミネイトされた演技派女優である。
 「まさに神業!これまでで最高のマリリン・モンローだ」(NYポスト紙)と多くの新聞が賞賛した。

341417_100x100_011341417_100x100_012  共演陣も、イギリスの演技派が顔を並べる。

 ローレンス・オリヴィエ役は、「オリヴィエの再来」と言われるケネス・プラナー(「ヘンリー五世」'89など4回アカデミー賞ノミネイト)が演ずる。

 さらに往年の名女優シビル・ソーンダイクをオスカー女優のジュディ・デンチ、ヴィヴィアン・リーはジュリア・オーモンド。
 「ハリー・ポッターシリーズ」のエマ・ワトソンは、撮影所の衣裳係。

341417_100x100_010  そしてこの作品の語り部、マリリンが「初恋の人」となったサード助監督は、エディ・レッドメイン(「ブーリン家の姉妹」'08)である。

 マリリン・モンローは、私たちの世代にとって憧れのスターだった。
 「イブの総て」('51)にはじまり、「ノックは無用」('52)「ナイヤガラ」('53)「紳士は金髪がお好き」('53)「ショウほど素敵な商売はない」(54)「七年目の浮気」('55)「バスストップ」(56)、「王子と踊り子」('57)はもちろん、「お熱いのがお好き」('59)「荒馬と女」('61)と、彼女が主演した作品はほとんど見ている。

Image  なかでも最も好きな映画が、ロバート・ミッチャムと共演した「帰らざる河」('54)である。

 10年前に、この作品をロケしたカナディアン・ロッキーを訪ねた。
 コロンビアの氷河から流れてくるボー河のほとりに立つと、激流を下る筏の上のマリリンが幻影として目の前に浮かんだ。

 彼女が不慮の死を遂げた年、私は大学を卒業した。
 「世紀のスター」マリリン・モンロー、わが青春である。 

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April 01, 2012

2077.「初つばめ」・深川散策(2)

090_640  藤沢周平の短編集「初つばめ」の付録、「江戸下町の散歩マップ」に沿って、さらに足を運ぼう。
100904_122_640_2  大川の左岸「萬年橋」からのスタートである。

 「萬年橋」は、小名木川に架かる最初の橋。
 1590(天正18)年、関東平野の米や野菜、行徳の塩などを運ぶために、中川まで幕府の手で開削された。
 工事を指揮したのが小名木四郎兵衛、運河の名は彼の功績を残すために付けられた。

084_640075_640   橋の袂には、松尾芭蕉の「庵跡」が記念館として残されており、大川に向っては芭蕉翁が鎮座している。
 「古池や 蛙とびこむ 水の音」は、ここで詠まれた。
 1689(元禄2)年、芭蕉はこの庵から「奥の細道」へと旅立った。

078_640_2  小名木川を渡って清澄に向う。
 道に沿って「北の湖部屋」や「大獄部屋」「錣山部屋」「尾車部屋」など、相撲部屋が散見する。

110611_001_640  そして、下総国関宿藩久世大和守の広大な下屋敷跡に着く。
 以前は豪商・紀伊国屋文左衛門の屋敷、明治維新後は三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎が買収して庭園にした。
 回遊式林泉庭園は、現在都の名勝「清澄庭園」となった。

026_640033_640  清澄庭園と道をはさんで「霊巌寺」がある。
 ここには、「寛政の改革」で知られる老中・松平定信の墓がある。
 
 将軍吉宗の孫として生まれたが、田沼意次に疎まれて陸奥・白河藩松平家を継いだ。
 この地域が、「清澄白河」と呼ばれる由縁である。

024_640_2041_640   隣には「深川江戸資料館」がある。
 江戸時代末期の佐賀町の町屋が、実物大で再現されている。
 表店から裏長屋、白壁の土蔵、船宿など町人の暮らしをここで体験。

110407_062_640 020_640  その佐賀町の前を流れるのが「仙台堀」。
 大川沿いにあった仙台藩・伊達家の蔵屋敷に、物資を運び入れたことに由来している。

 「おのぶの娘がさらわれたという橋」(「夜の道」)は相生橋。
 仙台堀に流れ込む亀堀に架かっていた橋だが、今はもう堀も埋め立てられ公園になった。

014_640_2009_640 海辺橋を渡って、清澄通りを門前仲町へ。
 永代橋通りとの交差点あたりに、昔は「一の鳥居」があった。永代寺・富岡八幡宮への入り口で、この左右が門前町である。

 藤沢周平短編集のタイトルとなった「初つばめ」の舞台、松村町の長屋も一の鳥居の近くにある。
 付近をぶらぶら歩いていたら、「深川東京モダン館」にぶつかった。「旧東京市深川食堂」、国の有形文化財建造物である。

110407_029_640080330_047_640  門前仲町周辺には運河が多い。今も残るのが大島川・大横川・古石場川・平久川、桜の季節にはここで和船の川遊びが楽しめる。

 江戸のころ、参詣客は大川を渡って、永代寺の門前に直接舟を付けたという。

008_640005_640  参詣客のもうひとつの目的は、茶屋や小料理屋での遊びでもあった。

 石島橋の「火ノ見櫓の東にひろがる町が、俗に櫓下と呼ぶ吉原を模した遊所」( 「時雨みち」)。
 「江戸辰巳芸者」の発祥の地でもある。
 震災と戦災で深川は壊滅したが、遊所の面影はスナックや居酒屋として残っている。

20120101_002_640  「チャンネル銀河」の人気番組、「松平定知の藤沢周平をよむ2」に登場する深川の町。
 散策マップに沿って、「江戸東京博物館」から「富岡八幡宮」まで歩いた。

 何度も訪れている界隈だが、庶民の哀歓を描いた短編を読みながらの散策は、また新しい深川を発見する。

 藤沢周平著「初つばめ」(実業の日本社文庫) 定価(本体619円+税)

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