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May 31, 2012

2108.初夏・新穂高

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 岐阜県側から見た「北アルプス」。
 こちらでは正式名「飛騨山脈」が通常の呼び名だ。

 写真左から南方向に「燃岳」(2455m)、奥が「乗鞍岳」(3026m)。
 続いて西に目を向けると「大木場の辻」(2232m)「錫杖岳」(2168m)。
 右の写真が日本百名山のひとつ「笠ヶ岳」(2898m)、北西にある。

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 北方には、左の写真「双六岳」(2860m)「弓折岳」(2592m)に日本百名山の「鷲羽岳」(2924m)。

200522_333_640  真ん中の写真、左にちょっと尖がった山が有名な「槍ヶ岳」(3180m)、 ズームインしてみると、左の写真。
 もちろん槍は百名山のひとつで、「大喰岳」(3101m)「中岳」(3084m)「南岳」(3033m)と3千m級の山並みが右に連なる。
 そして右端は富士山・北岳に次ぐ日本第3位の高山、3190mの「奥穂高岳」である。

200522_332_640  上の写真右、上高地からいつも眺めていた「ジャンダルム」(3163m)「西穂高岳」(2909m)「西穂高独標」(2701m)が東に見える。
 一枚に収まらなかったので、右別掲に「西穂山荘」を。

200522_372_640  東西南北360度の山並みを撮ったのは、岐阜・長野県境にある「西穂高口」。
 穂高連峰縦走の出発地として知られる、2156mにある展望台。
 麓は25℃を超える夏日だったが、ここは10℃を切っていた。

 「ミュシュラン・グリーンガイド・ジャポン」で2つ星を獲得した、大パノラマである。

200522_351_640 上高地から安房トンネルを抜け平湯から栃尾へ、富山への道R471を右折して奥飛騨に向う。
 このどん詰まりが新穂高温泉郷である。

 ここからロープウエイを乗り継いで、総距離3200m上ると西穂高口駅に到着。
 乗り換え時間もふくめ20数分、標高差1000mを上がってしまうのだから便利だ。

 飛騨地方は旧暦の端午の節句、鯉幟が優雅に泳いでいた。

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 最後の写真は、西穂高口から臨む「白山連峰」。

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May 29, 2012

2107.初夏・上高地(3)

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 針葉樹の中で唯一落葉する「カラマツ」。
 梓川の河畔には300mも続くカラマツの天然林がある。

 旅の半日を、ナショナルパーク・ネイチャーガイドの解説を聞きながら、ホテルから河童橋まで散策した。

200522_099_640200522_100_640  この季節、「ハルニレ」の原生林の中で咲き誇るのが「ニリンソウ」。上高地を代表する花である。
 キンポウゲ科のこの高山植物は、一本の茎から二輪の花茎が伸びる。

 直径2センチほどの花びらは萼(がく)、咲き始めはピンクでやがて純白になる。
 時に、緑色のニリンソウも見られるそうだ。

200522_061_640_2200522_062_640200522_065_640200522_076_640 ガイドの紹介する山野草の和名・が面白い。

 写真左から「紅花一薬草」「蝙蝠草」「反魂草」そして「接骨木」、つまり「ニワトコ」である。

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 続いて新緑と開花が同時期の「高嶺桜」と「落葉松」の新芽。
 猛毒を持った「走野老」、右端の植物名はメモしてなかった。

200522_116_640200522_149_640   河童橋からはガイドと別れて、「明神池」まで往復2時間のトレッキング。
 花崗岩が砕かれて出来た砂浜の様な道や、瓦礫の道を歩く。

200522_104_640 200522_112_640  途中で出会った日本サル。
 先週は、月の輪熊も顔を見せたそうだ。

 「ようやく五月、上高地では雪が消え、ケショウヤナギの柔らかな緑が萌え、小さな玉芽のほころびかけた落葉樹の梢ごしに、穂高の岩肌が残雪と頃合の彩りを見せはじめる。
 ウグイスのさえづりのおびただしい路傍には、ニリンソウの群落が小さな花をつけはじめる。」(北杜夫の作品から)

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May 28, 2012

2106.初夏・上高地(2)

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 「上高地帝国ホテル」、1933(昭和8)年に開業した日本初の山岳リゾートホテル。

 私が上高地を訪ねるもう一つの目的は、ここで寛ぎの時を過ごすことである。
 日々の喧騒を離れ自然と一体にになれる場所、年に1回季節を変えてこのホテルでひと時を過ごしている。

200522_247_640  ホテルの開設は、現在のR158、中の湯から大正池に向って釜隧道が開削されたのがきっかけとなった。

200522_014_640  それまで上高地へは、松本よりの島々から徳本峠を越える登山道しかなかった。
 ウオルター・ウエストンも杣人・嘉門次の案内でこの道を辿ったし、「槍ヶ岳紀行」「河童」を書いた芥川龍之介もここを歩いた。
 「日本アルプス」の名が生まれたのも、徳本峠からの雄雄しい穂高連峰の眺めからだった。

200522_147_640200522_213_640200522_209_640_2   上高地帝国ホテルを訪ねるには、大正池でバスを降り、田代湿原経由の森の道がいい。

 ハルニレやダケカンバの森を歩いて45分、林の向こうにホテルの赤い屋根が見える。
 スイス風のこの屋根がホテルのシンボル、4階建ての山小屋建築が特徴である。

Ph_small_06_640_4  北東側の部屋にはベランダがあり、ここからウグイスの囀りを聞きながら、穂高の雄大な眺めを満喫する事ができる。
 どのシーズンでも、最初に予約が埋まるのがこの部屋である。

200522_294_640_7  ベランダはないが、最上階の部屋も趣がある。
 天井が傾斜しており、出窓から外が眺められる。私もホテルを訪ねるたびに、部屋を代えてリゾート・ホテルの雰囲気を楽しんでいる。

200522_289_640_4200522_242_640200522_244_640 吹き抜けのロビーラウンジにある大きなマントルピースが、山小屋の雰囲気をかもし出す。

 東京は25℃を超える夏日でも、ここ上高地の夕方は10℃以下に冷え込む。
 来月までは、火を絶やす事はないという。

200522_248_640 写真を見ると、その昔は石組みのマントルピースだった。
 今も昔も、その赤々と燃える炎を眺めながら、ディナーまでのひと時をここで過ごすのが 、ゲストの楽しみのひとつだったに違いない。

 明日もきっと晴れるだろう。

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May 27, 2012

2105.初夏・上高地

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 左から西穂高岳(2909m)、間ノ岳(2907m)、天狗岩。
 ジャンダルム、ロバの耳、馬の背、奥穂高岳(3190m)、吊尾根、前穂高岳(3090m)。
 そして右の写真は明神岳(2931m)。

200522_072_640200522_261_640  毎年、季節を変えて上高地を訪ねている。
 ただ昨年は、大震災で意欲をなくし中止したので、2年ぶりになる。

 上高地は日本を代表する「自然の聖地」。
 陽に輝く山並みと梓川、新緑の息吹を見せる森、命あるものたちの久遠の営み。
 自然が築き上げた美しい風景は、私の心を癒す。日本で最も好きな場所「上高地」、人々は「神降地」「神河内」とも呼ぶ。

200522_081_640200522_086_640_2    明治の中ごろ、日本に滞在したイギリス人牧師ウオルター・ウェストン。
 槍ヶ岳や穂高連峰を踏破して、紀行文「日本アルプスの登山と探検」を書いた。
 1896年に刊行されたこの本によって、上高地の魅力は世界に知れ渡った。
 来週日曜日には、彼の功績を讃える「第66回ウエストン祭」が、レリーフ前の広場で開催される。

200522_168_640200522_174_640   上高地の入り口は「大正池」。水面に写るこの活火山「焼岳」(2455m)が1915(大正4)年に大爆発、溶岩が梓川をせき止めてできた。
 昔は、立ち枯れた池の木々が神秘的だったが、もうほとんど残ってはいない。

 松本からR156をバスで1時間、大正池から田代池を凡そ40分散策して「上高地帝国ホテル」に入った。

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May 25, 2012

2104.たつのおとしご

205_037_640 劇団員の平均年齢は70代半ばという、演劇集団「たつのおとしご会」。
 シニア劇団のパイオニアといわれる元気な彼らが、年一回開催している公演が先週あった。

008_3  公演は3日間計5回という本格的なもの。会場の日本橋劇場は、のべ1000人の観客で埋まった。

 「たつのおとしご会」は、平成の初めに作家の故・吉村昭さんが立ち上げたもので、学習院大学演劇部OBを中心に30数名が参加している。
 会の名前の由来は、吉村戯曲「たつのおとしご」からきている。

 発足当時は、定年60歳を迎えた人たちが主要メンバーだったので、今では80歳以上が主役級である。
 それだけに戯曲の選択に工夫がいる。若手が活躍する芝居では役者不足になる。
 そんな事もあってか、フランスのモリエールなどの喜劇がよく登場する。

 またメンバーの多くが、大学でフランス文学の鈴木力衛教授の薫陶を受けてきた。彼こそ、日本を代表するモリエール研究家であり戯曲の翻訳者なのだ。

 そこで今年は「鈴木力衛生誕100年記念公演」、モリエール喜劇の最高傑作「タルチュフ~もしくはペテン師」となった。

010  「タルチュフ」は、モリエールが1664年発表した作品。現在でも、フランス国立劇場「コメディ・フランセーズ」では最も上演回数が多い。
 しかし初期の頃は、戯曲の諧謔さと風刺の鋭さがフランス王室や教会を刺激し、たびたび上演禁止となっている。

 豪商の家に潜り込んで信心深い紳士に化けたペテン師タルチュフ、人のいい主人に取り入り財産と娘ばかりか、主人の妻まで盗み取ろうとするが・・・というストーリー。

 私の昔の職場の先輩が、鈴木力衛翻訳をもとに演出。
 主婦、元テレビ局政治記者、元輸入商社役員、元出版社編集長、大学名誉教授、それに数人の元役者が年齢を忘れて演じていた。

 高齢役者にはアクシデントもある。
 私の見た日は、娘の恋人役が急病でアウト。急遽俳優座の松崎賢吾が代役で出演したので、舞台に登場した役者の平均年齢はグット下がった。

 文化庁「芸術文化振興基金」の助成金を受けて上演された芝居である。

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May 23, 2012

2103.キラー・エリート

25_004_640 元傭兵の殺し屋コンビと、元SAS将校率いる秘密組織が闘うサスペンス・アクション。
 7000万$かけてヨルダン・モロッコ・パリ・ロンドン・でロケしたオーストラリア映画だが、昨年秋公開したアメリカでは不評で2500万$しか稼げなかった。

Image  1980年前後のオマーンを舞台にしたベストセラーが原作だが、その内容が事実かフィクションかで今も論争が続いている。

 作品の出来・不出来は別として、丁度そのころサウジ・アブダビ・オマーンで石油関連のドキュメンタリーを取材していた私にとって、少なからず関係があった歴史的事実がベースになっているので、見逃すわけにはいかない。

341773_01_03_03  ストーリーは、オマーンで部族の長老から請け負った殺しの仕事に失敗し捕らえられた相棒(ロバート・デ・ニーロ)を助けるため、引退した殺し屋(ジェイソン・ステイサム)がやむ得ずそのミッションを代行するというもの。
 ところが標的であるSAS隊員の背後には、元SAS将校(クライヴ・オーウエン)の秘密組織とイギリス政財界の黒幕が控えていた・・・。

 SAS(Special Air Service)は、第二次世界大戦中に創設されたイギリス陸軍の特殊部隊のこと。
 戦後は、潜入破壊工作専門の部隊として旧植民地の騒乱や北アイルランド紛争に深く関わってきた。
 アフリカや中東の紛争に登場するアメリカの「デルタ・フォース」は、このSASをモデルに結成されたという。

 作品の背景にある歴史的事実とは、1971年~76年のオマーン内戦である。スルタンのサイード家親子の争いに各部族が巻き込まれ、そこにSASが介入する。
 内戦の原因は石油利権の争奪であり、イギリス政府・石油メジャーも深く関わっていた。

341773_01_02_03_2    さて映画に登場した実力者3大スターの話に戻そう。

 メインの殺し屋ジェイソン・ステイサムは、元イギリスの飛び込みオリンピック選手。
 「トランスポーター・シリーズ」がヒットして、世界のアクションスターとなる。
 現在39歳、スタント・CGなしのスピード感溢れるキレのあるアクションを見せる。

341773_01_01_03_3  彼に対するクライヴ・オーウエンは47歳、クールなアクション。
 「クローサー」('04)でアカデミー賞にもノミネイトされたイギリスの俳優である。

 そしてジェイソンの相棒、いや師匠役のロバート・デ・ニーロは68歳、それなりの存在感のある渋いアクションだった。
 アカデミー賞にも6回ノミネイトされ、「ゴッド・ファーザー」('74)「レイジング・ブル」('80)と2回オスカーを手にしている。

 話題をもうひとつ。

 原作者のラヌルフ・ファインズは、元SAS将校。内戦時にはオマーンに駐在しており、隠された事実の証言者としては確かだ。
 退役後は南極大陸を横断するなど冒険家としても知られており、65歳でエベレスト登頂に成功して世界の注目を集めた。 

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May 21, 2012

2102.近代洋画の開拓者・高橋由一展

205_022_640205_021_640 今月3回目の上野公園。
 「ああ、思い出した、あの鮭だ。」のポスターに引かれて、東京藝術大学・大学美術館に出かけた。

205_024_640_2  日本史や美術の教科書に掲載され、切手にも採用された日本一有名な「鮭」だけに、これを知らない人はいないだろう。
 ただそのリアルな「干し塩鮭」を描いた画家の名前と業績は、あまり人口に膾炙していない。

205_026_640_2 「鮭」と同じく重要文化財に指定されている油絵「花魁」も、作者は同じである。

 高橋由一(1828~1894)、文政のころ佐野藩剣術指南の家に生まれ、藩主堀田正衛に仕える。
 剣より画に興味を持ち、はじめ狩野派に学ぶがやがて洋画の世界に入る。

205_030_640  右の写真は彼の「丁髷姿の自画像」だが、明治維新後は丁髷を落とし「由一」を名乗り、画塾を開き展覧会を催し美術雑誌を刊行するなど、日本における洋画の普及に邁進する。
 高橋由一、40代の頃である。

205_032_640 近代洋画の父といえばパリ帰りの黒田清輝らが有名だが、留学経験も無い由一は日本的な写実をもって「和製洋画」の世界を切り開く。
 彼が、「近代洋画の開拓者」と呼ばれる由縁である。

205_036_640  由一の画風は大きくわけて、三つの分野になる。
 「鮭」や「鴨図」(左上)で知られる「静物画」と、「岩倉具視像」「日本武尊」「大久保甲東像」などの「人物画・歴史画」。

205_028_640  そしてもう一つが「風景画」である。
 当時の山形県令・三島通庸は、自分の業績である土木工事の現場を由一にスケッチさせ、画帳に残した。
 由一は毎年のように東北を旅し、山形以外でも多くの風景画を描いている。

205_027_640  由一がなぜ「鮭」を描いたのか。その理由は判然としないが、彼の得意とする写実的描写がこの絵に最もよく表現されており、社会的な評価が高かったのは事実である。

 気をよくした由一は、その後もたびたび「鮭」を描いている。
 左の「鮭」は、重要文化財となった藝大所蔵の「鮭」の翌年に描かれたもので、山形美術館に展示されている。
 その隣の「鮭図」は、板に油彩されたもので笠間日動美術館が所有している。

 江戸末期から明治にかけて、時代を先取り奔走した高橋由一。およそ130点にのぼる彼の「業績」は、見るものを圧倒する。

 「近代洋画の開拓者・高橋由一」展は6月24日まで、東京藝術大学・大学美術館で開催中。観覧料は1300円。

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May 19, 2012

2101.ブラック&ホワイト

25_003_640 あとの会合までに時間が空いたので、ふらっと入って見た映画。CIA絡みというのでスパイ・サスペンスものかと思ったら、シンプルなラブ・コメディ。
 笑い・アクション・オチ満載で、予想以上に面白かった。

341640_100x100_003 帰りにポスターを見たら、監督がマックG。
 「チャーリーズ・エンジェル」('00)で監督デビューして、大ヒットを飛ばした彼、何となく頷けた。

 二人のCIAトップエージェントが、一人の女性を巡って恋のバトルを繰り広げるお話。
 その二人が相棒で親友だというところが、ミソである。

341640_100x100_001  ヒロイン役は、「ウオーク・ザ・ライン/君に続く道」('05)でアカデミー賞主演女優賞に輝いたリース・ウインザースプーン。
 「キュティ・ブロンド」('01)が大ヒットして、ラブ・コメの女王と言われた彼女、売れ残った30代半ばの役を実年齢そのままに演じた。

 一方ホットでセクシーな二人の男は、クリス・パイン(「スター・トレック」'00)とイギリスの俳優トム・ハーディ(「裏切りのサーカス」'11)。
 二人ともこれまでは脇役が多かったが、この作品でメジャーになった。

341640_100x100_005  ヒロインの親友役で、ストレートなシモネタを連発する女性チェルシー・ハンドラーは、アメリカでは知らない人はいないという有名人。
 ベストセラー作家でトーク番組の司会者、コメディアンで女優として活躍している。

341640_100x100_004  香港とロサンゼルスが舞台だが、クールでスタイリッシュな映像が楽しめる。
 カメラは、あの「タイタニック」('97)でアカデミー賞撮影賞を受賞したセル・カーベンター。「チャーリーズ・エンジェル」以来、マックGとコンビを組んできた。

 タイトル「ブラック&ホワイト」の意味が解らなかったが、どうも「二股かけずに、白黒つけてよ!」ということらしい。あくまでもこれは邦題で、原題は別にある。

 絶妙な下品さと、愛すべきオバカさんたちの右往左往は、頭を空っぽにして見るとよい。

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May 17, 2012

2100.BestSelection2012

120510_640 先月リニューアルオ-プンした東京都美術館。ここで今「BestSellection2012」展が、開催されている。

120510_006_640_5120510_010_640_4   東京都美術館は、1926(大正15)年に上野公園に開館して以来、多くの美術団体による「公募展」会場として親しまれてきた。
 いわばここが、日本の「公募展発祥の地」である。

 そこで美術館は再開館を記念して、全国の主要な公募美術団体が「団体の顔」として選んだ3~6人、あわせて171人の「旬の作家」による合同展を企画した。

120510_029_640  ベストセレクション審査会が選定したのは、「日本美術院」(1898年創立)「日展」(1906)「光風会」(1912)「二科会」(1914)「国画会](1918)「春陽会」(1922)「独立美術協会」(1926)「東光会」(1932)など27団体。
 バラエティーに富んだ出品作品は、油彩画、水彩画、日本画、版画、彫刻など178点にのぼる。

 アマチュアからプロまで、私の友人には絵画を嗜む人が多い。
 このブログでも、たびたび友人たちの絵を紹介してきたが、初夏に入って「春陽展」「東光展」と続いた。

  今回も二人の画家の作品が、美術団体を代表して展示されているので、先々週に続いて東京都美術館に足を運んだ。

120510_007_640110901_047_640 「二科会」を代表して展示されているのは、鹿児島在住の画家・西健吉の「浜の娘」。

 詳しくはブログ1967号('11.9.2)「二科展」で紹介したので省くが、高校時代からの友人で、二科会現役リーダーとして若い後輩を育てている。

 東京で月末に開催する同窓会にゲストとして招待したので、久しぶりに彼と作品について懇談できる。

120510_008_640  もう一人が、独立美術協会を代表する絹谷幸二画伯。
 彼とは20年ほど前に、友人の紹介で盃を交わして以来の仲である。

120510_030_640  彼についても、ブロク1454号('10.1.14)「生命の軌跡」展で詳しく述べているので省くが、前東京藝術大学教授・日本芸術院会員の大家である。

 イタリア・フレスコ壁画で学んだエネルギッシュで奔放自在な画が、今回も展示されていた。
 タイトルは、「蒼に染まる想い(巡りくる時)」。

 「公募団体ベストセレクション・美術・2012」展は今月27日まで、東京都美術館[上野公園]公募展示室ロビーおよびギャラリーで。
 観覧料600円。

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May 15, 2012

2099.幸せの教室

25_002_640  ハリウッドにしては珍しい地味なストーリーだが、学歴差別・リストラ・サブプライム・ローン問題などアメリカの「いま」を鋭くついた映画である。

  「フィラデルフィア」('93)「フォレスト・ガンプ/一期一会」('94)と2年連続してアカデミー賞主演男優賞受賞したトム・ハンクスが、若い頃の実体験をもとに脚本を書き、監督・主演した。

 ハンクスの相手役、こちらもオスカー女優(「エリン・ブロコビッチ」'00)のジュリア・ロバーツ。
 2大トップスターがそれぞれの「ミリョク」を十分に発揮して、佳作だが「魅力」ある作品に仕上がっている。

 お話は、スーパー・マーケットを首になった中年男の再起への道。
 リストラの理由が高卒だからというので、主人公はバイトをしながら「コミュニティー・カレッジ」に入学する。
 そこで出会ったのが、家庭の不和もあってやる気のない大学教授。中年版・学園ロマンスの行く末は・・・。

20120209003fl00003viewrsz150x  映画は「すべてをあなたに」('96)に続く、トム・ハンクスの2本目の監督作品。
 少々の事にはめげず、ユーモアを大切に、いつも前向きに生きる彼自身のイメージを十分生かした。
 いわば「トムの、トムによる、トムのため」の映画である。
 その彼を相手に、ジュリアがチャーミングにからむところがいい。

 もうひとり、ジュリア教授の同僚・経済学の先生が面白い。日系俳優ジョージ・タケイが怪演する。
 実務経験十分のハンクス学生だから、難しい経済理論もよく解る。

 ハンクス夫人のリタ・ウイルソン(「恋するベーカリー」'09)がローン担当の銀行員に、息子がピザの配達人と、一家総出演。

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May 13, 2012

2098.水の消防ページェント

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 晴海客船ターミナルで開催中の「第64回東京みなと祭」。
 例年だと帆船「日本丸」や「海王丸」が寄港して、学生たちによる「展帆イベント」が行われるのだが、今年はない。
 そこで、東京消防庁により「水の消防ページェント」を紹介しよう。

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 カラフルな水による「一斉放水」は、一番の見所だが、1時間にわたる「消防演技」はなかなか面白かった。

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 消防少年団やカラーガーズ隊、音楽隊パレードのあとは、東京消防庁に所属する9隻の消防艇と水上スクーター、3機のヘリコプターによる「分列航進」。

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 「みやこどり」「すみだ」「ありあけ」「かちどき」「はまかぜ」「きよす」「はるみ」「しぶき」「はやて」、いつも隅田川で目にするわが町の臨海消防署の船や、日本橋と高輪消防署に属する消防艇が航進する。

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 続いては、被災船からの救助活動。
 高速消防艇の演技等々・・・。
 日ごろの訓練の成果を披露してくれた。

120513_002_640  72年前の5月、東京港が国際貿易港として開港したのを記念して開かれている「東京みなと祭」。

 昨年は東日本大震災で、消防士や警察官、海上保安庁巡視船の多くが支援に出かけたので中止したが、今年は晴天のもと「熱気球体験搭乗」や、地元「月島五神太鼓」「築地リバーサウンズオーケストラ」演奏会など、盛りたくさんのイベントがまだ続いている。     

  

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May 11, 2012

2097.ひとまく映画会

 歌舞伎座で最後の一幕を楽しんできた「ひとまく会」。歌舞伎の方は休会中だが、ウォーキングやゴルフ、俳句や狂言など、同好の集いはたびたび開催されている。
 先日は、武蔵小杉で開催された「古典映画鑑賞会」に久しぶり参加した。

Mv5bmja4nje1mzm5mf5bml5banbnxkftztc  最初に上映されたのは「第17捕虜収容所」、「7年目の浮気」('55)や「アパートの鍵貸します」('60)などで知られる巨匠ビリー・ワイルダー監督(1906~2002)が、1953年に撮ったアメリカ映画である。

Mv5bmta2mdc2mdiwmzfeqtjeqwpwz15bb_2  ブロードウェイでヒットした舞台劇をもとに撮った異色の戦争ドラマで、ワイルダー監督の数多い作品の中でも傑作の一つに数えられている。

 舞台は第二次世界大戦中のドイツ。スイス国境に近い第17捕虜収容所の第4キャンプは、米空軍の軍曹だけが収容されている。

 その中でドイツ兵に上手く取り入るなど、要領よく生きているのがウイリアム・ホールデン扮する主人公。
 脱走した仲間が途中で殺された事件がきっかけとなり、彼にドツ軍スパイの嫌疑がかけられが・・・。

Mv5bmja2nda3mzm1nv5bml5banbnxkftzty 「大脱走」など、捕虜収容所を舞台にした映画は多いが、閉ざされた空間でのサスペンスと人間ドラマ、前半はコミカルだが後半になるとシリアスに展開するストーリーは流石である。

 この作品では、ビリー・ワイルダー監督とウイリアム・ホールデン、捕虜仲間役のロバート・ストラウスがアカデミー賞にノミネイトされ、ホールデンが主演男優賞を受賞している。

Mv5bmtiynjg5nzm3mv5bml5banbnxkftzty  出演はほかにドン・ティラー、ピータ・グレイヴス(「スパイ大作戦」シリーズのリーダー)など。
 「帰らざる河」('54)の監督として有名なオットー・プレミンジャーが、捕虜収容所長として出演しているのが面白い。
 彼はワイルダーと同じオーストリアの出身で、共にナチスに追われ活動の舞台をアメリカに移した「戦友」である。

 ビリー・ワイルダー監督、アカデミー賞には20回ノミネイト。「アパートの鍵貸します」など3本の作品で、監督賞・脚本賞など5つのオスカーを受賞している。

33_461066  2本目は懐かしい「寅さんシリーズ」。49作品のなかの32番目、これもシリーズでは傑作といわれた「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」(1983年)である。
 もちろん渥美清のフーテンの寅に監督は山田洋次、脚本も朝間義隆と二人で書いた。

 今回のマドンナは、出戻り娘役の竹下景子。彼女はこれを最初に、「知床慕情」('87)「心の旅路」('89)と3回マドンナになる。

 舞台は、さくら(倍賞千恵子)の夫(前田吟)の故郷・備中高梁。
 ひょんなことから、この町の高台にあるお寺さんの住職(松村達雄)と知り合い、寅さんはアルバイトの坊主になる。
 この寺に住むのは、跡取りになるのを拒む息子(中井貴一)と、出戻りの娘(竹下景子)。

100318_045_3   寅さんが娘に慕情を募らせ娘もまた・・・・といつものパターンだが、今回は「フラれる」のではなく、自ら身を引くという流れ。
 柴又駅での寅さんとマドンナの別れのシーン、これは泣かせる。見守る妹さくらの表情がいい。

100318_035100318_037    そう云えば一昨年、「ひとまく会」の「下町散策&グルメの会」は、柴又界隈だった。
 矢切の渡しを渡って「寅さん記念館」、帝釈天題経寺から参道のだんご屋、グルメは幹事役の友人が経営する川千屋での川魚料理。

 「ひとまく映画界」、いまではベテラン俳優となった若い出演者や鬼籍に入った名優たち、30年前の懐かしい柴又の風景を見ながら、涙して笑い転げた。

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May 09, 2012

2096.孤島の王

25_001_640  「人は誰でも、王になれるー」と、たった一日だけバストイ島の王になった少年の、短い人生の物語である。

 バストイ島は、ノルウェーの首都オスロの南75キロに浮かぶ島。
 1896年、政府は非行少年を収容する目的で島を買収、11歳から18歳までの150人を収容する矯正施設を作った。
 今で言う少年院である。

 島では通常の教育のほか、社会復帰後のための職業訓練として農作業などの労働実習も行った。
 刑務所とは異なる更生を第一目的とした取り組みは、周辺の国から高く評価され、モデル矯正施設として見学者も多かったという。

341759_01_03_03_3   ただ外界から隔離された島の実態は異なる。
 規則違反者に対する懲罰は過酷を極め、監督官による暴行や見せしめの重労働は日常茶飯事で、時には性的陵辱が行われていた。
 島を脱出しようとした者は徹底的に追及され、厳罰をもって処された。

 1915年5月20日午前、収容されていた少年たちがついに決起する。
 彼らは、院長や監督官たちを追放し島を占拠、リーダーが「孤島の王」となった。
 しかし午後には、ノルウエー軍の兵士150人がバストイ島に上陸、少年たちを銃撃するなど完全に鎮圧する。

341759_01_02_03 この事件は、完全に闇の中に葬られた。
 モデル矯正施設の欺瞞性が、暴露される事を恐れたからである。
 前の年には第一次世界大戦が勃発しており、ノルウェー国民の目がそこに向けられていたためか、今日までほとんど知られる事はなかった。

 映画は、かってこの暴動に参加した一人の老人を知ったマリウス・ホルスト監督の手で製作された。
 彼は、島に送られた少年たちの友情と自由への渇望を、瑞々しい心理描写で描く。
 それが、「孤島サバイバル」と「監獄脱出サスペンス」のドラマを生み、大きな衝撃を呼び起こした。

20120301002fl00002viewrsz150x_2  出演は矯正院院長に扮したステラン・スカルスガルドほかは、オーディションで集められた無名の俳優たち。
 スエーデン出身の名優スカルスガルドは、春に公開された「ドラゴン・タトゥーの女」に続いて今回も敵役である。

 雪と氷に閉ざされた孤島の風景が美しい。 

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May 07, 2012

2095.初夏・浜離宮

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 昨年の初夏は「つつじ」の紹介。「皇居東御苑」「根津神社」「六義園」を散策した。

 今年は毎月一回歩く「浜離宮」の花暦。

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 「フジ」「ボタン」「ツツジ」「ドウダン」「コデマリ」「シャクヤク」「ハクウンボク」「カントウタンポポ」「ヤマボウシ」「ムラサキケマン」「クロマツ」・・・、いま一斉に花開く。

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 「御鷹狩場」(江戸初期)~「甲府浜屋敷」「海手屋敷」(甲府藩下屋敷)~「浜御殿」(6代将軍家宣以降)~「海軍伝習屯所」(江戸末期)~「外国人接待所・延遼館」(明治初期)~「浜離宮」(明治・大正・昭和)~「旧浜離宮庭園」(戦後)~「浜離宮恩賜庭園」(現在)。
 およそ400年の歴史を数えるこの地、初夏の新緑と花々は変わらない。

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May 05, 2012

2094.わが母の記

25_640 昨年秋のモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリ受賞、釜山、シカゴ、ハワイ、インドなどの国際映画祭で感動と賞賛を浴びた「わが母の記」が、満を持してこのゴールデン・ウイークに公開された。
 久しぶりに見る本物の「邦画作品」である。

340543_100x100_006  原作は、昭和の文豪・井上靖の自伝的な短編三部作「花の下」「月の光」「雪の面」を一本にまとめた同名小説。
 年老いた母と向き合う日々を丁寧に綴った、井上靖60代の代表作品といえる。

 幼少の頃自分を捨てた母への拘り、そのトラウマがエネルギーとなって次々と名作が生まれる小説家の世界、それが「昭和を生きた日本の家族の物語」として昇華していく。

340543_100x100_001  3人の主役の名演技が、作品を重厚にした。

 先ごろ紫綬褒章を受賞した役所広司は、大作家としての貫禄と亭主関白ぶりを見せながらも、母や娘との距離に戸惑いオロオロする。

 私より若い樹木希林が、呆けていく母親の凄さと無償の愛のいとおしさを自然体で見せ、老いの極致を表現した。

340543_100x100_003  父親や祖母をクールな目で見つめる三女役の宮崎あおいは、可憐な中学生から職業カメラマンに成長する10年を、しっかりと演じた。

340543_100x100_010  ほか、役所の姉妹を南果歩とキムラ緑子、宮崎の二人の姉をミムラと菊池亜希子などベテランと若手が脇を固める。

 初めて映画に出演した役所の妻役は、赤間真理子。舞台で活躍している彼女は無名塾出身だけに、同塾出身の役所と息が合う。

 脚本・監督の原田眞人は、「クライマーズ・ハイ」('08)など社会派作品で知られるが、原作者・井上の高校後輩だけに力がこもる。
 また撮影監督の芦澤明子は、映画界では数少ないカメラマン。光の捉え方が優しい。

340543_100x100_004  撮影は、井上が実際に家族と過ごした東京・世田谷の自宅や、伊豆・湯ヶ島の実家、軽井沢の別荘などで行われた。
 数々の名作が生まれた実際の書斎での執筆シーンは、さすがその雰囲気を捉えている。

 井上靖(1907~1991)、毎日新聞記者から芥川賞受賞(「闘牛」'50)を機に作家として独立。1976年には、文化勲章を受章している。
 彼の作品で映画化されたものは「氷壁」など32本、テレビは生誕100周年記念の大河ドラマ「風林火山」など11本にのぼる。

 映画を見た後、母を亡くした人は墓参りに出かけ、遠く離れて暮らす母には電話をかける。そんな気持になった作品である。 

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May 03, 2012

2093.裏切りのサーカス

24_007_640 日本の配給会社が付けた「裏切りのサーカス」というタイトルに、異論が多い。
 原題は原作と同じ「TINKER TAILOR SOLDIER SPY」。「鋳掛け屋」「仕立て屋」「兵隊」とは、イギリス秘密情報部MI6諜報部門〈サーカス〉最高幹部たちのコードネームである。

341569_100x100_005 ミステリー映画ではあるが、ストーリーはそんなに複雑ではない。
 3人の幹部にもう一人、「プアマン(貧乏人)」を加えた4人の中にソ連の二重スパイ〈もぐら〉が潜んでいる。
 その裏切り者を、主人公である引退した老エージェント(スパイ)・スマイリーが探り出していくというお話。

341569_100x100_004  しかしストーリーの展開は単純ではない。いたるところに伏線が張られ、登場人物の相関関係が複雑である。
 原作を読んだ人や、イギリスの観客は馴染みがあるので、その謎解きに興奮するが、日本の観客には少々無理な部分もある。
 劇場では、相関図や背景を説明したパンフを入場者に配っていた。

341569_100x100_008  イギリス秘密情報部MI6を舞台にしたスパイ小説は、イアン・フレミングの「007」が有名だが、この映画の原作者ジョン・ル・カレも多くの作品を書いている。
 冴えない初老のスパイ、ジョージ・スマイリーを主人公にした「スマイリー3部作」は、70年代の東西冷戦下の情報戦が描かれる。

 フレミングやカレに共通するのは、二人ともMI6の幹部級のエージェントだった事である。
 だから作品には、実在の事件をモデルにしてフィクションを膨らませていったものが多い。

 例えばソ連KGBが、MI6に潜り込ませた〈モグラ〉キム・フィルビー事件。
 MI6の長官候補でもあった彼は、オクスフォードの学生時代からの二重スパイで、1963年ソ連の亡命、晩年にはレーニン勲章を受けている。

341569_100x100_002  今回の作品に話を戻そう。
 スパイ映画ではあるが、派手なアクションやガンファイト、カーチェイスなどはない。映像はあくまでクールでリアリティに溢れている。
 なかでも主役のスマイリーを演じたゲイリー・オールドマンの存在感が大きい。

 オールドマンは、イギリスの怪優とも評される悪役のベテラン。今回はプロフェショナルでクールな元スパイを淡々とした演技で見せ、今年のアカデミー賞主演男優賞にノミネイトされた。

341569_01_03_03 「もぐら」の疑いで追求を受けるMI6の現役幹部・仕立て屋に、「英国王のスピーチ」('10)のオスカー俳優コリン・ファース。
 同じく鋳掛け屋トビー・ジョーンズ(「ブッシュ」'08)、兵隊アラン・ハインズ(「ジョン・カーター」'12)、貧乏人デヴィッド・デンシック(「72時間」'08)とベテランが顔を並べる。

 監督は「ぼくのエリ」('10)で国際的な注目を浴びたトーマス・アルフレッドソン。スエーデン出身の異色の監督を抜擢した。

 ジョン・ル・カレ原作の映画化は、これで7作目。
 「寒い国から帰ったスパイ」('65)「ナイロビの蜂」('05)が印象に残っている。 

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May 01, 2012

2092.第78回東光展

205_001_640205_640_2  ゴールデンウイークの一日、上野公園に出かける。改装なった東京都美術館で、「東光展」が開催されているからだ。

 このブログでも毎年紹介しているが、この絵画展には高校の先輩と大学の後輩の作品が並ぶ。
 お二人とも東光会会員、女流画家である。

205_010_640  左の絵が先輩の阿久根律子さんの「蓮(夏の終わり)」。
 ここ2回は日本アルプスの風景画だったが、今回は「蓮」に戻った。

205_012_640  40代になってから油絵を描き始めた阿久根さんのライフワークが「蓮」。
 昨年秋には銀座で個展を開き、100号の大作から小品まで、およそ20点の「蓮の絵」を並べた。
 70代とは思えぬ力強い筆捌き、主婦画家としての腕が光る。

205_004_640205_005_640  後輩の木原容子さんの作品は「夏の終わり」。
 大学で美術を学び、高校で教えていた彼女は大病を患って退職、長い間筆を折っていたが8年間から再び描き始めた。

 以来、彼女の画材は「枯れたひまわり」。体調が回復するにつれ、明るいトーンになっていくのがうれしい。
 遠く広島で暮らす彼女のため、会場の様子を写真に撮って送っている。

205_018_640205_002_640  「光は東方より、輝かしい夜明け」を合言葉に、1932(昭和7)年に結成された美術団体も、今年で78回の公募展となる。
 文部科学大臣賞には、佐藤龍人さんの「画室」(右の写真)が選ばれた。

 「東光展」は今月10日(木)まで、上野公園内・東京都美術館で。 

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