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November 29, 2012

2203.氷雨の鎌倉、山ノ内・山崎を巡る

121126_004_640121126_006_640  北鎌倉の一帯は、室町時代の管領・山内上杉家の所領があったところ、地名にも山ノ内が残る。
 細い路地に面して、由緒ある家々が並ぶ。

 歌舞伎愛好仲間と毎月楽しむ「ひとまくウオーキング」、あいにくの氷雨だったが山ノ内から山崎に、二つの古刹と旧居を訪ねた。

121126_011_640  まずは」「西台山英月院光照院」、時宗の寺である。

 時宗といえば隣の藤沢にある遊行寺(清浄光寺)が有名だが、ここはその末寺。
 開祖一遍上人が、念仏布教のために鎌倉に入ろうとした時、執権・北条時宗の兵に阻止されてやむなく野宿した場所が、ここである。
 「念仏を称えれば誰でも往生できる」との教えが、女性や農民、最下層の人々」に浸透していくのを、幕府が恐れたからだそうだ。

121126_021_640121126_014_640  ここはまた隠れキリシタンが、江戸時代に密かに参詣していた寺でもあった。
 時宗の大らかな教えが、弾圧に苦しむ異教の民を救ったという。
 山門の欄間には、キリスト教の十字を意味する「クルス紋」が掲げられており、本堂にもキリシタン燭台2基が置かれていた。

121126_036_640121126_037_640  雨脚が強くなったので、「台峰緑地」をパスして「魯山人旧居」へ。

 書家・画家・篆刻・漆芸・陶芸、随筆家にして料理人、美術評論家として知られるアーティスト北大路魯山人は、1927(昭和2)年ここに「星岡窯」を構え居宅にした。

121126_033_640  7000坪もある広大な敷地には江戸後期の民家が移築され、訪れた文人・食客に自ら焼いた器に料理をのせてもてなした。
 戦後の一時期には離れにアトリエが設けられ、イサム・ノグチと山口淑子夫妻が新婚生活をおくっている。

121126_035_640  倣岸・不遜・虚栄など悪評も多かった奇人だが、その天衣無縫ぶりは吉田茂など多くの政・財界人や芸術家に愛され、多くの人たちがここ山崎の「其中山房」を訪ねたという。

 1954(昭和34)年、魯山人が亡くなった跡は人手に渡り、今は荒廃した空地となっている。

121126_040_640  鎌倉市のほぼ中央にある風致公園で、雨の紅葉を愛でながら一休みして、「山崎山昌清院」にむかう。

121126_048_640121126_052_640  ここは円覚寺如意庵の隠居寺として、戦国時代に創建された。
 本堂には、本尊・釈迦如来坐像のほか、十王・脱衣婆像や銅像十一面観音菩薩立像などが安置されている。

 山間にひっそりとたたずむこの寺には、観光客の姿も無く静かに時を刻んでいた。

121126_043_640  今回訪ねた二つの寺院は特別に拝観を許されたもので、地元以外ではほとんど知られていない。
 鎌倉ガイド協会の案内で、初めてこのコースを歩いた。

 今回の「ひとまくウオーキグ」、ドアtoドアで12,228歩、2時間半の行程だった。

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November 27, 2012

2202.終の信託

211_013_640  「終」とは命の終わり、「信託」とは信じるものに全てを託す事。
 託す人、託される人、そこに愛をも超える人間としての尊厳を描ききった作品。
 現役の弁護士で社会派ミステリー作家、朔立木の書いた同名小説が原作である。

342620_100x100_001  原作を大胆に脚本化して監督したのは、周防正行。
 「Shall we ダンス?」('96)日本アカデミー賞全部門を制覇し、「それでもボクはやってない」('07)では30を数える映画賞を受賞した名監督である。

 今回の「終の信託」は、144分という長尺もの。医師と患者の信頼関係、医師と検事との対決、二つの物語で構成される。
 ポスターにあるように、それが「医療か?」と「殺人か?」を物語る。
 しかし周防監督は、「この作品はラブを超えた愛の物語」だという。

342620_100x100_004  ヒロインは、不倫相手に捨てられた呼吸器内科の専門医。草刈民代が演ずる。
 その彼女に、「終の信託」を委ねるのが死期が迫った重度の喘息患者・役所広司。
 「Shall we ダンス?」以来、16年ぶりの共演である。

342620_100x100_006  もうひとり、準主役ともいえるのが検事役の大沢たかお。
 映画の後半45分間、ヒロインと検事との息詰まる対決は、この作品の山場となる。
 昨今の検察の不祥事を象徴するような「大沢」検事の狡猾さは、背筋を寒くする。

 もう一人の悪役、同僚医師でヒロインを弄ぶのが浅野忠信というのだから、周防監督は人が悪い。

342620_100x100_002  「正解」のない暗く重い作品である。モノトーンのシンプルな映像は、ラストのタイトルバックではじめてカラフルになる。
 息詰まる展開と衝撃のラストシーンのあとだけに、観客はそこではじめてため息をつく。
 それが周防監督の狙いだったのかも知れない。

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November 25, 2012

2201.誓願の森

121119_023_640_3  霧島連山栗野岳の中腹標高750m、カシワやコナラの林の中に、「誓願の森」の碑がひっそりと立つ。
 その向かいにあった「栗野原農場」の看板は、もうほとんど読めない。

121119_002_640_2  今回の帰郷のもう一つの目的が、この地での墓参だった。
 8月にこの世を去った開拓農民にして求道者、薬師寺翁に別れを告げるためである。

121119_044_640  薬師寺忠澄、享年92歳。東大農学部に学ぶが、学徒で陸軍航空隊に。
 戦後北海道で酪農を修業、様々な障害を乗り越え1952(昭和27)年栗野岳中腹に入植。
 その年彼は32歳、妻新子25歳、根釧原野で生まれた二人の子供を抱えての入山だった。

 「農学を学んだ者として、農業を通じて社会に奉仕する事が使命。日本の農業から取り残された高原開拓、それを酪農で成し遂げよう」
 それが彼の「誓願」だった。

121119_015_640121119_021_640   水を山から引き、ランプだけの苦しい生活が12年も続く。
 その間夫妻は、馬一頭と人力だけで、ササやカヤの原野3haを開墾、乳牛を飼った。
 その牛から乳を搾り、麓まで函を担いで下りてきたのは、入植6年目だった。 

121119_009_640121119_004_640_2    薬師寺さんは「求道」の人だった。
 「人の念いは必ず達せられる。もし達せられないことがあれば、それはその人の念いが足りないからだ」
 それを「初一念」という。
 座禅を組み仏像を彫りながら、彼は私によく語ってくれた。

 彼の人望を慕って、多くの若者たちが山に登ってきた。国内だけでなく海外からも、人生に悩む人たちが訪れた。
 彼は、彼らを無条件で受け入れた。

121119_640   私が、薬師寺夫妻に始めて会ったのは1963年の秋だった。彼の高原開拓にかける「念」を、ラジオのドキュメンタリー・ドラマで紹介しようと企画したのだ。
 山道を10キロ登って夫妻の山小屋に泊り込み、ランプのもとで聞き書きを続けた。
 
 それから半世紀、鹿児島を離れてからも帰省するたびに栗野の山に登った。薪ストーブを囲み日本の農業の将来や若者への期待を夜を徹して語り合う。
 20回を超える訪問は、3年前が最後となった。翌年妻・新子さん逝去、そして今年彼は身罷った。(写真は10年前のお元気な夫妻と筆者)

121119_011_640  薬師寺忠澄、彼の生涯を綴るには、枚数が幾らあっても足りない。
 エピソードをふたつだけ記そう。

 地元の人たち懇請で、町長を一期だけ引き受けた。条件は、夜の宴席を全て断る事だった。「牛飼いの朝は早い」が口癖だった。

121119_020_640_2  10数年前、跡継ぎもいないので酪農を辞めた。牧場の半分を県に提供し、そこは鹿児島県立美術館「霧島アートの森」となった。
 残りの牧草地には、夫妻で毎年木を植えた。それはこの地を、再び森に還すためだった。それは自然を愛する妻・新子さんの願いだったという。 

121119_018_640_2   「わたしは名もない一高原開拓者
 若き日の念(おもい)に憑かれ
 果てしなくさまよう

 苦しみの日々、喜びの時々
 いずこからともなく聞こゆ
 『それでもなお』と

 移りゆく四季の流に
 小鳥のごとはたまた嵐のように
 わが生命(いのち)
 奏でよ画け
 四次の芸術を」

 この詩は、薬師寺さんが栗野高原に入植した時に詠った「念」。
 彼の半生を綴ったドキュメンタリー・ドラマ(連続12回)の冒頭は、必ずこの言葉から始まった。

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November 23, 2012

2200.マルヤガーデンズ

121116_012_640  2年前、鹿児島市の中心市街・天文館にオープンした「マルヤガーデンズ」。
 地上9階・地下1階の10層のフロアにはファッション、コスメ、雑貨、フード、アウトドア、書籍、カフェ&レストランなど、およそ90の店舗が並んでいる。

121116_019_640_2  一見、何処にでもあるショッピングセンターのようだがそのコンセプトはユニーク。
 「テナントとコミュニティとお客さんとまちをつなげるデパート」として注目を集め、先月14日にはNHKのテレビ「さきどり」でも紹介された。

121116_026_640_3   実はこの「マルヤガーデンズ」、親族が経営している商業施設で私も企画の段階から応援してきた縁がある。
 先日久しぶりに鹿児島に帰省したので、はじめて各フロアをゆっくりと歩き社長とも懇談した。

121116_020_640  ユニークなコンセプト、それは「ガーデン」と呼ばれる各階に設けられたオープンスペースである。
 そこでは、「コミュニティー」が生き生きと活動している。  
 
 デパートに入ってまず目に付くのが、ガーデンで開催される「コミュニティープログラム」のお知らせである。
 地域のNPOやサークルが企画したイベント、アーティストたちの作品展、トークショー、地産地消型の料理教室、障害者たちが育てた野菜の販売などさまざまな催しが、各フロアで開かれているのだ。

121116_024_640121116_027_640  私が訪ねた日には、1階のガーデンで「JIA鹿児島会建築展」、地階では「奄美のフード」、4階では「丸尾焼の器」などなど。
 週末・日曜日は「リアル熱議×しごとびと」「ガーデンアカデミー」 など予告されていた。

121116_033_640_2121116_054_640   マルヤガーデンズのコンセプトを象徴しているのが、7階の屋外にある「ソラニワ」。
 日本ではほぼ全滅したアイラトビカズラなど60種以上の植物が植えられている。

121116_036_640_2  ここは観賞用の庭園ではなく「育てるランドスケープ」。
 都会の屋上という過酷な環境の中で、人々が多様な植物を育てていく実用実験の場である。
 また昨年からは「天文館ミツバチプロジェクト」も始まり、都市養蜂によって採られたハチミツは、近隣のお菓子屋さんの商品となって市民に提供されている。

121116_053_640 「マルヤガーデンズ」は、1892(明治25)年に創業した呉服店「丸屋」がルーツ。
 戦後デパートとなり、のち三越と提携して「鹿児島三越」となった。しかし4年前に三越は撤退する。

 売却、更地化など、ここを所有する丸屋本社では激論が続いた。その時5代目の社長に就任したばかりの玉川恵は決断した。
 「『まち』にとってなくてはならないデパート、長い間育ててもらった天文館地区に恩返ししたい」と。

121116_014_640  その彼女の「志」に協力したのが、東京で「D&DEPARTMENTプロジェクト」を主宰しているナガオカケンメイさんやコミュニティデザイナーで京都造形芸術大学教授の山崎亮さんたち。
 「デパートを、市民が自由に活動できる場にしよう」とのガーデンズのコンセプトが生まれ、NPOやサークル団体との連携となっていった。

 「マルヤガーデンズ」がオープンしてまだ3年、民間企業が自らの業態を通して「まち」に寄与し、「まち」がその企業を支えるという新しい試みが、これから大きく育っていく事を楽しみにしている。

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November 21, 2012

2199.のぼうの城

211_011_640  戦国時代、関東の覇者・北条を攻めた秀吉が、唯一陥せなかった城があった。
 武州忍城(おしじょう)、城代・成田長親がわずか500の手兵で守ったこの城は、2万の軍を率いた石田三成を翻弄したのである。

338319_100x100_012  この史実をスペクタル・エンタテインメントとして書いたのが、サラリーマンの和田竜。
 その本が、脚本家の登竜門といわれる城戸賞を受賞('03)、9年後ようやく映画化が実現した。

 詳細は省くが、映画化の道程を綴ったプロデューサーのブログが面白い。
 膨大な製作費を集めるために、脚本を元に小説化を試みる。それが当たって和田は直木賞の候補('08)となり本屋大賞も第2位。
 歴史小説ファンだけでなく若者・女性の支持を得て、小説は130万部を超える大ベストセラーとなった。

338319_100x100_005  構想の段階から、ダブル監督に決めたのも面白い。
 「ゼロの焦点」('09)の犬童一心と「隠し砦の三悪人」('08)の樋口真嗣という、異色のコンビである。

 作品の持ち味である戦国合戦のスペクタルと、愛すべきキャラクターたちの濃密な人間ドラマを描くためだった。

338319_100x100_001  主人公である「のぼう(でくのぼう)」、領民に親しみを込めてそう呼ばれた城代・長親の役も、小説執筆前から野村萬斎と決めてあった。
 そのキャラクターと演技力なしでは映画化は無理だったと、プロデューサーは述懐している。

338319_100x100_006  そして実在の武将たちのキャスティングが、次々と決まっていった。

 まず忍城軍500人。
 のぼうの片腕・丹波(佐藤浩市)、豪傑・和泉(山口智充)、知将・靱負(成宮寛貴)、のぼうの彼女・甲斐姫(榮倉奈々)などなど。

338319_100x100_007 攻める三成(豊臣)軍2万人。
 総大将。三成(上地雄輔)、天下人・秀吉(市村正親)、名将・吉継(山田孝之)、武将・正家(平岳大)等々。

338319view013  ハイライトはふたつ。
 圧倒的な兵に囲まれた目前で、「田楽踊り」を舞う城代。
 萬斎自ら振付けて演出したこのシーンは、狂言師ならではの見事な身のこなしだった。
 そして史実とおりの「水攻め」、北海道・苫小牧の原野に作ったオープンセットは、見るものを驚かす。

338319view002 忍従よりは自由を求め「ちゃぶ台返し」をした城代を描いたのは、「潔い人間たちの姿はとても清々しい」からだと、作者は語る。
 このことが、鑑賞後の爽快感と清涼感へと繋がる。

 サラリーマンを辞めて次々と時代小説を書く和田竜の、次の映画化作品を期待する。

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November 19, 2012

2198.第44回日展

121112_003_640_2121112_001_640_2     美術の秋、六本木の国立新美術館。
 いまここでは、日本画・洋画・彫刻・工芸美術・書という5つの部門から、日本の美を紹介する日本最大級の総合美術展「日展」が開催されている。

 今回は、絵画部門で友人の作品が入選し招待状が届いたので、2年ぶりに鑑賞した。

121112_014_640 左の絵が「秋口の頃」と題する友人・木原容子さんの作品。
 これまでもこのブログで度々紹介してきたが、東光会会員でもある彼女は「ひまわり」をモチーフにした絵を描き続け、これまで日展に3回連続入選してきた。

121112_015_640  昨年は何の音沙汰もなかったので心配していたが、今年は4回目の入選を果たした。

 彼女からの手紙によると「昨年の夏に眼を患い絵筆を置きました。ようやく眼も見えるようになり、この夏は体調も良いので描いてみました。『枯れひまわり』はこれが最後の作品となるでしょう」。

 これまでも度々闘病生活をおくって来た画家、来春の「東光展 」を楽しみにしている。

121112_020_640121112_028_640   今年の日展・洋画部門の応募総数は2,158点、そのうち635点が入選して会場に展示されている。
 日本画や彫刻など他の部門に比べ、応募者が多いのでかなり狭き門となっている。

 その中から総理大臣賞に選ばれたのが左の絵「白い函館」。
 日展評議員でもある樋口洋さんの作品である。

121112_027_640_2121112_009_640_3 また会場では日展理事長の中山忠彦さんの絵が注目を集めていた。

 芸術院会員で洋画家の中山さんは、結婚以来夫人をモデルに絵を描き続けている。
 着用する衣服によって表情を変える女性の内面に、興味があるからだそうだ。
 今回は、19世紀のコスチュームを着た夫人を描いた「繍衣華粧」である。

 第44回日展(日本美術展覧会)は来月9日まで、六本木・国立新美術館で。入場料は1,200円。

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November 17, 2012

2197.希望の国

211_009_640  「冷たい熱帯魚」('10)「恋の罪」('11)「ヒミズ」('11)と、過激ともいえる表現で「性と暴力」のタブーを暴いてきた園子温監督が、ストイックな演出で誠実・丁寧に描いたのが「希望の国」。

 3・11から数年後の20XX年、日本のある町と架空の設定で物語は始まるが、それは紛れも無く「フクシマ」の現実を描いた作品である。

342797_100x100_003  原発の隣町で酪農を経営する親子2代家族と、近所の若い恋人たちが主役。
 彼らに突然訪れたのは不安・悲しみ・痛みと苦しみ、そして別れだった。それは「見えない戦争」とも言うべき、不条理の世界である。

 園はこれまでとは異なり、想像力で物語を綴るのではなくセリフもシーンも現地で取材した事実の通りに書いた。その事実が、人間の想像力をはるかに超えるものだったからである。

342797_100x100_005  撮影もこれまでとは違い、カメラは手持ちではなく三脚に据えた。編集によるカットのモンタージュを極力廃し、ワンシーン・ワンカットをきちんと撮る。
 それはフクシマの今の風景を、しっかりと「記録」して「風化」させないためだった。

342797_100x100_010342797_100x100_008  その風景の中に、出演者たちがしっかりと足を下ろしていた。

 酪農を営む父親、夏八木勲の存在感ある演技。怒りを面には表さず、苦悩を胸の中に秘める。
 認知症を病む妻・大谷直子の可愛い演技が、原発に翻弄される庶民の悲しみを体現する。

342797_100x100_007  「ヒズミ」や「冷たい熱帯魚」に出演した村上淳と神楽坂恵が若夫婦を、清水優と梶原ひかりが若い恋人たちを演じた。

 日・英・台湾の共同制作映画である。
 そのテーマの重さの故か、日本での製作資金の調達が思うようにいかず、海外に資金を求めたからだ。
 「原発」に挑むことは、今もなお「日本最大のタブー」なのかも知れない。

342797_100x100_001 映画はこれまでの園作品同様、海外で高い評価を得ている。今年のトロント国際映画祭でも最優秀アジア映画賞を受賞した。

 ただ国内での評価は割れている。
 福島に住んでいる人、はるか遠くに住む人、原発に反対する人、原発を推進する人、日本に希望を持てない人、輝く未来を夢見る人、それぞれが「希望の国」に感動し反発する。

342797_100x100_013  それでも園湖温は、「撮りたいものを撮り、撮るべきものを撮る」。
 マーラーの交響曲第10番「アダージョ」が、フクシマの風景に溶け込む。
 「不安定な中から沸き立つ光を、その音楽に求めた」と、監督は語る。

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November 15, 2012

2196.「中国王朝の至宝」展

210_025_640  今年は、日本と中国が国交を正常化して40周年にあたる。多くの記念イベントが企画されていたが、尖閣問題でそのほとんどが中止となった。

210_018_640  幸いこの「中国王朝の至宝」展だけは、上野の東京国立博物館で開催されている。
 子供時代を北京で過ごし、国交回復後は何回か彼の地を旅したものにとって、今回の展覧会は見過ごせない。

 これまで度々開催された中国の文物展に比べ、今回の企画はその切り口が面白い。
 4000年昔の「夏」の時代から1000年前の「宋」の時代まで、同時代に並び立った複数の王朝、王朝を代表する二つの都市を「対比」「対決」させ、それぞれを代表する文物文化を際立たせる。

210_032_640  まずは「1.王朝の曙」、BC20世紀に誕生した「夏・殷」対「蜀」。
 中原の青銅器中心の文化の中で、四川盆地では左の「人物像」のような金を珍重した独自の文化圏「蜀」が存在していた。
 三国時代の王朝・蜀(221~263)の知識しかなかっただけに、同名ではあるが超古代の国家の文物を始めて目にする。

 次は「2.群雄の輝き」、春秋・戦国時代(BC770~403)の「斉・魯」対「楚」。
 中原の文化を引継いだ「斉・魯」に対し、長江流域の「楚」には、神秘的な土着文化が存在していた。

210_034_640  「3.初めての統一王朝」は、強大な権力で初の帝国を築いた始皇帝の「秦」(?~BC206)の破天荒な魅力と、洗練された「漢」(BC202~AC220)の様式美が対比される。
 若い頃取材した西安郊外の兵馬俑発掘現場、今回も「跪射俑」など5点が並ぶ。

210_031_640 「4.南北の拮抗」 は、清新な北方文化「北朝」と爛熟の伝統文化「南朝」の構図。
 220年に漢が滅んだ後、三国時代~西晋~東晋・五胡十六国と、およそ360年にわたる分裂の時代が続く。
 北は北方民族の侵攻によって外来文化が、南は漢民族がその伝統を守る。

 「5.世界帝国の出現」は、絢爛の国際都市「長安」と聖なる宗教都市「洛陽」の対比。
 世界帝国とは「唐」(618~907)、領土の拡大だけでなく積極的な交易によって精神世界も広がる。
 1万人もの外国人が暮らしていた長安と龍門石窟で知られる洛陽を比べながら、中国史における唐文化の意義を探る。

210_030_640  「6.近世の胎動」は、北方文化を伝える「遼」と漢文化の「宋」の対比。
 唐の滅亡後、騎馬民族が北に「契丹=遼」(916~1125)を、漢民族は南に下って「宋」(960~1279)を建国する。
 唐文化も巧みに取り入れ、遼と漢の伝統文化を深化させた宋、中国の近世はここから始まったという。

210_029_640  今回展示された文物は168点、その6割が一級文物(国宝)。

 特別出品された「阿育王塔」(左の写真はその部分)は、南京市の古寺地下から4年前に出土したもの。
 高さ1.19mの北宋時代の仏塔は、金メッキされた:銀板に克明に表現された仏像が描かれていた。
 中国では、これを「塔王」(仏塔の王様)と呼ぶ。

 日中国交正常化40周年・特別展「中国王朝の至宝」は、12月24日まで東京国立博物館・平成館で。観覧料は1,500円。

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November 13, 2012

2195.ウォリスとエドワード

211_002_640  スーパースター・マドンナが、「ワンダーラスト」('08)につぐ2作目として製作・脚本・監督した映画が「W./E.」(原題)。
 ウォリス・シンプソン夫人とイギリス国王エドワード、人妻ウオリーとロシアからの亡命者エフゲニ、二組の「不倫の恋」を交錯して描いた作品である。

250pxmadonna_en_chelsea  邦題では「ウォリスとエドワード~英国王冠をかけた恋」と、前者の「20世紀最大のスキャンダル」に宣伝の重点を置いている。
 しかし、マドンナがこの作品に込めた気持ちは、あくまでも二人の「W」と二人の「E」だったに違いない。

 男性遍歴でたびたびメディアに叩かれた彼女が、「恋すること」それが不倫やゴシップ扱いにされても、スキャンダルではなく「尊い真実の愛」だとこの作品の中で訴えているのだ。

343405_100x100_008  アカデミー賞を受賞した「英国王のスピーチ」('11)の劇中にも登場したように、国王エドワード8世と離婚歴のある人妻ウォリス「恋」は、弟のヨーク公(のちのジョージ6世)のみならずイギリス王室や政府にとって、悩みの種だった。

 当然彼らは、「王妃を狙うアメリカのわがまま女」との非難をメディアに流す。
 お洒落で遊び好き、気さくで国民に人気の高いエドワードではなく、ターゲットはウォリスひとりに集中する。
 マドンナは、今も悪評を残すウォリスの側からこの恋を見つめ直いている。

343405_100x100_009 オーバーラップされて描かれるもうひとつの「不倫」、そこには現代の愛の不毛が描かれる。
 そしてヒロイン・ウオリーが救われたのが、亡命ロシア人だったというところに、マドンナの意思を見る。

343405_100x100_001  出演はウォリスに、イギリスの俳優アンドレア・ライズブロー(「ヴィーナス」'06)。
 エドワードに、同じイギリスのジェームズ・ダージー(「ブラッド」'06)。

 現代のW&Eは、オーストラリアの女優アビー・コーニッシュとグアテマラのオスカー・アイザック。「エンジェル・ウオーズ」('11)で共演したコンビである。

343405_100x100_005_2  今年でもう54歳になるマドンナ、シンガーソングライター、ダンサー、レコーディング・プロデューサー、映画プロデューサー、ファッション・デザイナー、実業家、慈善事業家・・・・、そして女優・脚本家・作家。
 この作品でも、主題歌「マスターピース」を書き下ろし、部屋の装飾から家具・衣装と彼女はその才能を100パーセント発揮した。

 「無垢な情熱と匠の技が織りなす革命的な映像美」(インディペンデント)との評もうなずける。 

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November 11, 2012

2194.出雲~聖地の至宝

210_035_640  今年は東京国立博物館140周年の年。上野ではユルキャラ「トウハク君」と「ユリノキちゃん」が迎えてくれる。

 140周年を記念して幾つかの特別展が開催されているが、そのひとつ古事記1300年・出雲大社大遷宮記念「出雲~聖地の至宝~」は、出展文物は38作品と小規模ながら、ひとつひとつの内容が凄い。

Uid000067_2012092818595388c9f643  まずは「古代の出雲大社推定復元模型」。

 スマートフォンにアプリをダウンロードすれば、高さ48mの「AR高層神殿」を博物館本館前で見ることができる。
 これはいわゆるヴァーチャル映像で、明後日まで開催されている「神話博しまね」で開発した評判の公式アプリである。

210_041_640  左の写真は、12年前出雲大社の境内から出土した「宇豆柱(うずばしら)」、太い杉の丸太を3本束ねて1本の柱にしたもので、鎌倉時代の神殿を支えた柱の一つと推定されている。

 大社宮司の千家家(せんげけ)に秘蔵されている「金輪御造営指図」によれば、大木3本を金輪で束ねてひとつにしたものが田の字状に9本配置され、その上に本殿が造られている。

210_039_640 高さ16丈といえば約48m、当時の奈良の大仏殿より高い日本一の建物物だったといえる。
 会場にはその10分の1の復元模型と、発掘された「宇豆柱」(国の重要文化財)そのものが展示されている。

210_040_640_2  もうひとつの目玉は島根県下の二つの遺跡から出土した、大量の「青銅器」の展示。

 まず出雲市荒神谷遺跡から、谷間の斜面に4列に整然と並べられた358本の銅剣が発掘された。この数は、日本全国の出土量をはるかに超えている。
 また、その奥からは銅鐸6個と銅矛16本が見つかっており、これまでの古代史の常識を覆す大発見といわれている。
 いずれも弥生時代、BC2~BC1世紀の青銅器で、国宝に指定された。

 荒神谷から雲南市に入った山間にある加茂岩倉では、工事中に偶然39個の銅鐸が見つかっている。
 時代は荒神谷の青銅器と同じで、これほどの大量の青銅器がなぜ埋納されたのか、その謎はまだ解けない。こちらも国宝に指定。

 会場には、その中から銅剣42本・銅矛16本・銅鐸21個が大きさや紋様別に展示されており、古代出雲王朝の勢力の凄さを彷彿させる。

210_038_640_2  今週の14日は旧暦の10月1日、「神無月」の始まりである。この月には神々が大社に集まるので、出雲だけは「神有月」とよぶ。
 東京国立博物館では、「八百万の神、上野に降臨」とポスターでうたい、来館を呼びかけている。

 特別展「出雲~聖地の至宝」は、今月25日まで。観覧料は800円。 
 

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November 09, 2012

2193.顔見世大歌舞伎

120918_008_640_2   友人からチケットをもらったので、新橋演舞場(昼の部)に出かけた。今月は「吉例・顔見世大歌舞伎」である。

 江戸のころから11月の歌舞伎は、「芝居国の正月」とも称され「顔見世興行」でたいへん賑わった。
 これからの1年、江戸三座(中村座・市村座・森田座)が専属契約した役者を勢ぞろいで紹介するイベント、「顔見世」の興行を打ったからである。
 特に人気役者、つまり高額で契約した「千両役者」をどれだけ並べられるか、プロデューサー(座元)の腕の見せ所だったのだ。

Shinbashi201211b_640  さて新橋演舞場、今年の「顔見世」は音羽屋を中心に加賀屋・松嶋屋・高島屋・成駒屋・萬屋そして山城屋など、錚々たる千両役者を並べた。

 昼の部の演目は、「双蝶々曲輪日記」と「人情噺文七元結」のふたつ。

 「双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)」

120918_007_640  大坂で相撲取りが侍を切って殺したという事件があり、これをもとに竹田出雲・三好松洛・並木千柳の人気戯作者が共同執筆した全九段の義太夫狂言。
 1749(寛延2)年7月大坂竹本座で初演されたが、翌月には歌舞伎化されて京都で上演された。

 物語は、近松の「寿の門松」に登場する与五郎・吾妻の恋物語を軸にして、相撲取りの濡髪長五郎と放駒長吉の達引(争い)、そしてお尋ね者となった長五郎の逃亡劇が描かれていく。
 題名由来は、長五郎・長吉をもじって「二人合わせて蝶々」と洒落た。

121107_006_640_2  ただ歌舞伎では通称「引窓」と呼ばれるように、義理の母・義理の兄弟という義理のしがらみを描いた八段目「引窓」だけが独立して演じられる事が多い。
 ところが今回は、物語の発端となる遊郭の場「井筒屋」と、長五郎が侍を殺す「難波裏」と合わせて三幕で構成された。
 この「井筒屋」の幕が東京で上演されるのは、戦後初めてだという。

 出演は、長五郎に市川左團次、長吉に中村翫雀、「引窓」の幕の主役・十次兵衛に中村梅玉、ほか中村時蔵・中村扇雀・坂東竹三郎などなど。

 Shinbashi201211b_5 十次兵衛役は、片岡仁左衛門が演じているはずだったが、体調を崩し2日目から梅玉に代った。
 ほとんど稽古するまもなく、主要な役を見事にこなしているのは流石。
 今月中に仁左衛門が復帰できるか、気がかりである。

 「人情噺文七元結(にんじょうばなしぶんしちもっとい)」

120918_005_640_4  三遊亭円朝口演の人情噺をもとに、榎戸賢治が脚色した世話物。1902(明治35)年、歌舞伎座で五代目菊五郎によって初演された。
 江戸っ子の典型のような長兵衛が主人公。職人気質で博打好き酒好きで貧乏しているが、義侠心に富んだ人物である。

 娘を奉公に出して借りた大事な金を、掛取り金を無くして身投げしようとする手代・文七にやってしまうという語の展開。
 大事な金を渡して文七を救おうと、迷いに迷う長兵衛の苦衷。江戸っ子の侠気と人情が評判の純歌舞伎である。

 その長兵衛は五代目以後は音羽屋お家の芸となっているが、今回は当代尾上菊五郎が演じた。
 手代・文七を息子の菊之助、鳶頭を尾上松緑、丁稚を松緑の息子・藤間大河と音羽屋一門が、娘の奉公先の女将を中村魁春、女房を中村時蔵、文七の主人を中村東蔵が達者な芸を見せた。

 元結(もっとい)とは、髻を結ぶ細い紙縒りの緒のこと。信濃国飯田の晒し紙で作った元結を、考案者の桜井文七の名からとって「文七元結」と呼んだ。
 この芝居では、やがて長兵衛の娘を嫁にし暖簾分けした分七が、元結屋を開くという結末になる。

 来月は、国立劇場で「鬼一法眼三略巻」を見る予定。

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November 07, 2012

2192.危険なメソッド

211_001_640  「プライドと偏見」('05)でアカデミー賞にもノミネイトされたイギリスの女優キーラ・ナイトレイ、彼女の狂気に迫る体当たり演技で話題となった映画「危険なメソッド」。

 偉大な心理学者ユングと精神分析学の権威フロイト、その二人の運命を変えたのがキーラが演じたロシアの精神科医ザビーナだった。

343154_100x100_004  史実に基づいたストーリーが展開される。

 幼児期の性的虐待のトラウマで、統合失調症になってスイスの精神病院に入院したザビーナ。彼女を担当した医師が若きユングだった。

 彼は、フロイトの提唱した斬新的なメソッド「談話療法」によって、彼女のトラウマの原因を突き止める。
 やがて二人は、医師と患者の一線を越え愛人関係を持ってしまう。
 すでにユングには、資産家の妻と二人の娘がおり、ザビーナとの関係は「危険なメソッド」だった。

343154_100x100_001 ユングにとって彼女の存在は、師であるフロイトとの関係をも微妙にする。
 ユダヤ系オーストリア人のフロイト、ゲルマン系スイス人のユング、擬似親子ともいえる二人の師弟関係は、ユダヤ系ロシア人のザビーナとのトライアングルによって崩壊していく。

343154_100x100_002  「危険な関係」('88)でアカデミー賞脚色賞を受賞したイギリスのクリストファー・ハンプトンの舞台劇を、本人自らが映画の脚本に書き換えた。
 それをバイオレンスの鬼才といわれるカナダの監督、デヴィッド・クローネンバーグが映画化した。
 「クラッシュ」('96)「スパイダー」('02)「ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス」('05)など、カンヌ国際映画祭常連の彼である。

343154_100x100_005  ユングの役は、今売れっ子のドイツ系アイルランド人の俳優マイケル・ファスベンダー(「SHAME」'11でヴェネチア国際映画祭男優賞)。
 フロイトは、デンマーク系アメリカ人のヴィゴ・モーテンセン(「イースタン・プロミス」('07)でアカデミー賞ノミネイト)。

 もうひとり、二人の友人役にフランスの俳優ヴァンサン・カッセル(「ブラック・スワン」'10)が顔を出す。

343154_100x100_003  こうした国際色豊かな豪華キャストとスタッフが、ハリウッド映画とは異なる雰囲気を作品にもたらしている。

 イギリス・ドイツ・カナダ・スイスの合作、第一次世界大戦の前夜の風向明媚なチューリッヒとウイーンが舞台である。
 

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November 05, 2012

2191.中央区・まるごとミュージアム

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 晴海・月島・築地・明石町・銀座・京橋・日本橋・人形町・・・。
昨日、私の住む中央区28ヵ所で同時並行のイベントが開催された。
恒例の「まるごとミュージアム2012」である

 コンセプトは「日常がアートになる街、誰もがアーティストになれる秋」。

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 今年で5回目となるこのイベント、毎年「晴海~箱崎ルート」の船に乗り、およそ45分船上から中央区を眺める事にしている。

 コースはこのほか「日本橋周遊」「明石町水辺ライン」 の三つ、もちろん船賃は無料。

121104_076_640_2121104_077_640_3   イベント会場や文化施設の近くには臨時のバス停が設けられ、4ルートを無料バスが巡回する。
 いつもなら100円の「中央区江戸バス」も、この日だけは無料だった。

121104_089_640  今回はじめて下車してみたのが「薬研堀(東日本橋)」。
 「七味唐辛子」発祥の地といわれるここは、江戸時代に掘られた荷揚げ用の堀跡。
 堀底がVの字と「薬研」の窪みに似ているので、こう名付けられた。

121104_087_640_2121104_083_640_2  バス停前、目黒・目白と並ぶ江戸三大不動「薬研堀不動院」では、一龍斎貞友師匠による講談が演じられていた。
 ここは「講談発祥の地」とも言われ、毎月のご縁日には奉納講談が開かれる。
 30分ほど講談を聞いた後、お抹茶をいただいて次の会場に向った。

 日本橋界隈は「名所江戸百景を巡る」「日本橋川周遊」など、多くのイベントが催されていたが、昨年のブログで紹介したので今回は「食文化発祥の店めぐり」。

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 左から「味付海苔発祥の店・山本海苔店」「お子様ランチ発祥の店・三越」「甘納糖の発祥の店・榮太郎本舗」「玉露発祥の店・山本山」。

121104_100_640  続いて「ハヤシライス・丸善」、人形町に向えば「親子丼・玉ひで」「いなり寿司・志乃多寿司総本店」。
 銀座には「カツカレー発祥の店・銀座スイス」「あんぱん・銀座木村屋」「あんみつ・銀座若松」「日本初のソーダ水を発売・資生堂パーラー」、「末広手巻き発祥の地・築地玉寿司」も加えよう。

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 銀座をパスして最後は「晴海フラワーフェスティバル」。
2001年から始まったこの「インフィオラータ(花のじゅうたん)」は、10万本のバラの花を摘んで子供たちが20枚の絵を描いた。

121104_112_640_2  そのひとつが「わたしたちの街」、左から「歌舞伎座」「築地本願寺」「住吉神社」そしてお神輿。
 17世紀イタリアで始まった「キリスト聖体祝日」のお祭りは、こうしてここ晴海に定着した。
 今年のテーマは「未来へつなぐ、つなげるチカラ」。

 昨日の中央区「まるごとミュージアム2012」、「インフィオラータ in triton」だけは7日(水)までトリトンスクエアの桜の散歩道で開かれている。 

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November 03, 2012

2190.ペンギン夫婦の作りかた

211_640_2   10年ほど前だったか、若い友人から「石垣島ラー油」をもらった。ギョーザに付けて食べたら結構いける。
 彼女の大学時代の親友が、石垣島で試作したオリジナル商品だが売れなかったとのこと。そこで味わってみてと、送られてきたらしい。

343176_100x100_011  その「親友」が、この映画の原案となった「ペンギン夫婦がつくった石垣島ラー油のはなし」の作者、辺銀愛理さんだった。

 爆発的なブームとなった「食べるラー油」の元祖が「石垣島ラー油」だが、誕生の秘話は映画で紹介されているので省く。
  中国人のカメラマンと国際結婚した「親友」が石垣島に移住して、ホンモノの夫婦を作り上げていくのが映画のストーリーである。

343176_100x100_003  辺銀夫婦を演じるのは、小池栄子とワン・チュアンイー。
 小池が自然体の演技で、このハートフルなドラマを決める。
 ワンは、台湾のTV俳優。彼も素朴な味を出している。

343176_100x100_006  その二人を支えたのが沖縄のベテラン役者たち、「ナビイの恋」('95)で全国区となった吉田妙子と平良進である。
 平良はTV「ちゅらさん」で人気となった平良とみさんの夫、そしてこのドラマに出演した藤木勇人も顔を見せる。

343176_100x100_004   映画の誕生秘話も面白い。
 映画興行会社「ユナイテッド・シネマ」の企画担当者が、本屋で辺銀さんの本を手にした。面白かったので、制作プロダクション・ダブの友人に茶飲み話の中で紹介した。
 映画にならないかと、石垣島に飛んだ。石垣にある辺銀食堂で、作者夫妻の手料理をご馳走になった。ものすごく美味しかった・・・・。

343176_100x100_014  自由に楽しく生きる夫婦の愛の物語だが、もう一つの主役が石垣の食材を使った料理の数々である。

 辺銀さんの夫・暁峰さんはチャン・イーモー監督作品のスチール・カメラマンだった。西安出身だからギョーザーはお手の物。
 さらに中華風石垣郷土料理を、次々と創作する。

 愛理さんも「食」に拘りを持つ元編集者。
 画面に登場する料理は、二人が作った本物。それを食べる小池・ワン夫妻は、演技ではなく本当に美味しいのだ。
 だから見ている観客も、美味しくなる。

343176_100x100_008  舞台となった石垣は、風光明媚な島である。近くの竹富島に仕事で出かけたおり、滞在した経験がある。
 作品でも数カットそうした風景も出てくるが、観光映画のように押し付けてないのがいい。
 あくまでも島に移住した若い夫婦と、島の人たちとの交流が中心である。

 日本人と中国人の夫婦が、石垣で暮らす。尖閣諸島もその石垣の島々である。 

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November 01, 2012

2189.SAFE

210_008_640  このところアクション・サスペンス映画が続いている。頭を使わずスクリーンを眺めているだけなので、ストレス解消になる。

 この「セイフ」もまた、「鉄拳バトル」+「銃撃戦」+「カーチェイス」の3大サービスたっぷりのアクション映画である。

343189_100x100_003  サービスを提供してくれるのは、今や現役世界最高のアクション・スターと呼ばれるジェイソン・スティサム。

 イギリス生まれの元飛び込み選手。引退後はファッションモデルとして、そのスリムな体型を生かしてきたが、筋肉を鍛えて映画の世界に飛び込んだ。

 「トランスポーター」('02)で主役に抜擢、スタントなしの演技で評判を呼ぶ。
 そして「トランスポーター・シリーズ」「アドレナリン・シリーズ」、さらには「エクスペンダブルズ・シリーズ」と出演を重ね、アクション・スターの地位を確保した。

343189_100x100_002  今回の作品でジェイソンは、元ニューヨーク市警の辣腕刑事で、今はしがない格闘技のファイターという役。

 数字を記憶したら絶対忘れない中国人天才少女の「記憶」をめぐって、中国マフィアとロシアマフィア、それにニューヨーク市警の悪徳警官グループの三つ巴の闘いに巻き込まれる、というお話。

343189_100x100_001_2  天才少女を助けるため二つのマフィアのヒットマンはもちろん、悪徳刑事だってジェイソンの前ではたわいなく撃ち殺されるストーリー。
 マフィア同士のカーチェイスだってジェイソンが飛び込んでオシャカに。
 どこかジャン・レノの「レオン」に似ているが、それに比べるとかなりドライである。

343189_100x100_005 製作したのが、これまで29回もアカデミー賞にノミネイトされ、「パルプ・フィクション」('94)など6回の受賞歴をもつハリウッド屈指のプロデューサーといわれるローレンス・ベンダー。
 監督は脚本家・プロデューサーとして有名なボアズ・イエーキン、というコンビ。

 長時間大作が流行の最近のハリウッド、こちらは90分に絞ってジェイソン生身のリアルアクションでサービスした。
 ゴアの「不都合な真実」('06)を提供するなど、環境問題を中心とした社会運動家としても活躍するローレンス・ベンダーの面目躍如たる作品となった。

343189_100x100_004  出演者は、天才少女に中国系アメリカ人の子役キャサリン・メイ。
 中国マフィアのボスにアジア系バイプレイヤーとして有名なジェームズ・ボン(「カンフー・パンダ」'11)、幹部にフィリピン系のレジー・リー(「ダークナイト・ライジング」'12)、悪徳警官とつるむ市長にベテランのクリス・サランドン(「狼たちの午後」'75でアカデミー賞ノミネイト)が顔を見せる。

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