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September 28, 2014

2529.9月のブックから(2)

Img716_640 第146回「直木賞」を受賞した葉室麟の「蜩の記」('12)。
 過酷な運命を背負った一人の侍を描いたこの作品は、「藤沢周平を思わせる正攻法の歴史小説」(宮部みゆき)と高く評価され、満票で選ばれた。

Th1hcnqf7p_640_2 昨年この作品を読んで以来、すっかりファンとなった私は機会ある毎に彼の本を手にしている。

 また、来月早々には映画「蜩ノ記」が役所広司主演で公開されると聞き、今月後半は葉室の作品を集中的に読んだ。

 彼の作品を読むと、こんな言葉が浮かんでくる。
 「静謐」「凛冽」「清冽」「酷烈」「怜悧」「凛然」「秋霜烈日」・・・、私が惚れたのは一貫して作品に流れるそのトーンだった。

Th_640 葉室 麟、1951年北九州市生まれ。西南学院でフランス文学を学んだ後は新聞記者に。
 50代から創作活動に入り、「乾山晩秋」('05)で歴史文学賞を受賞して文壇デビューした。

 吉良邸討ち入りを描いた「花や散るらん」('09)など、彼の作品は毎年の様に直木賞候補となり、5作目「蜩の記」で受賞を適えた。

Img728_640 今月に入って読んだ作品数点を紹介しよう。

 「恋しぐれ」は、4年前まで「オール読物」に連載された短編集で直木賞候補作品。
 俳諧師で絵師の与謝蕪村を主人公に、彼に関わる門弟(松村月渓・今田大魯ら)や友人たち(丸山応挙・上田秋成)との人情物語が、連作で綴られる。

Img730_640 葉室の作品は、彼が住む北九州やその周辺が舞台となる物語が多い。

 山本周五郎賞候補・直木賞候補「秋月記」('09)は、実在した筑前の小藩・秋月5万石が舞台。
 本藩・福岡52万石による藩政介入に対して、独自性を守ろうとした元町奉行・門余楽斎の生涯が描かれる。

 「おのれが己であることに、躊躇うな。悪人と呼ばれたら、悪人である事を楽しめ」
 若きころ改革派家臣として門らが追放した元家老が、晩年毀誉褒貶の中にあった主人公に与えた言葉である。

Img729_640 「柚子の花咲く」('10)は、舞台を瀬戸内に面した二つの小藩に置く。
 無残に殺された村塾の教授は、隣藩を出奔した家老の放蕩息子。しかしかっての教え子である若侍は、教授の真の姿を知るために隣藩に潜入する。
 

 「桃栗三年、柿八年、柚子の花咲く十年に・・・」、師の教えたこの言葉の中に、「愛とは、生きるとは何か」を問う。

Img695_640Img694_640 昨年来読破した作品は、以上の他に下記の通り。

 「無双の花」('12) 「さわらびの譜」('13) 「千鳥舞う」('12) 「刀伊入寇」('11) 「川あかり」('11) 「実朝の首」('07) 「陽炎の門」('13) 「いのちなりけり」('08) 「橘花抄」('09) 「散り椿」('12) 「銀漢の賦」('07) 「春風伝」('13) 「霖雨」('12)。

 これから読むために図書館から借りてきた本は、「冬姫」('11) 「月神」('13) 「風の王国」('09)「風渡る」('08)「星火瞬く」(’11)。
 全作品読了までは、まだまだ。

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September 25, 2014

2528.秋鎌倉・扇ヶ谷の花寺参詣

034_640 「萩の花 尾花葛花 撫子が花
  女郎花 また藤袴 朝顔がはな」
            (万葉集・山上憶良)

 今月の「ひとまく鎌倉ウオーキング」は、秋の七草を愛でる扇ヶ谷の花寺参詣。

004_640005_640 最初に訪ねたのは「亀谷山壽福金剛禅寺」、鎌倉五山第三位・臨済宗建長寺派の寺院である。

 八幡宮の鶴岡と対にある亀岡の麓、源頼朝の父・義朝の屋敷跡に頼朝一周忌(1200年)を期して夫人・政子が建立した。

011_640012_640 開山は日本に禅をもたらした栄西禅師。
 今年は師の入寂800年、4月には東京国立博物館で「栄西と建仁寺」展も開催された。(ブログ2458号)

 今回は、特別拝観として本尊の「宝冠釈迦如来」と「文殊・普賢菩薩」の三尊像、鶴岡八幡宮から移された「阿吽仁王像」を拝することが出来た。

022_640013_640 秋の七草・尾花(すすき)の向こうに見えるのが鎌倉唯一の尼寺「東光山英勝寺」、浄土宗の寺である。

 徳川家康の晩年の側室「お勝の方」が、出家後に先祖の太田道灌の屋敷跡に建立した。

014_640017_640 現存する山門・仏殿・鐘楼・祠堂・唐門は江戸初期の名建築物で、国の重要文化財に指定されている。

 お勝は、御三家・水戸藩の初代・徳川頼房の養母だった縁で、代々の住職は水戸徳川の姫君が務めて「水戸御殿」とも呼ばれた。

026_640_2016_640_2 日光東照宮の美しさに匹敵する「祠堂」は水戸光圀が建てたもので、この尼寺への水戸家の想いは強い。

 英勝寺は四季の花に彩られる、花の寺として知られる。
 この季節には「萩」はもちろん紅白の「彼岸花」、「紫苑」「芙蓉」「しゅうめい菊」を楽しむことが出来る。

051_640056_640 「扇谷山海蔵寺」は鎌倉では一二を競う「萩寺」、訪れる人は萩の花のトンネルをくぐって参詣する。
 毎年「萩」を撮り続けているカメラマンは、今年は近年にない美しい花が咲いたと語る。

 鎌倉幕府滅亡時に焼失した伽藍を、鎌倉公方の執事・上杉氏定が再建(1394年)した臨済宗の寺である。

062_640073_640 本尊は「薬師如来」、脇を「日光・月光菩薩」が、周囲を「十二神将」が守る。
 本堂の背後には心字池があり、山肌から湧き出す清水が注ぎ込む。

 周辺には、弘法大師所縁の「底脱ノ井」「十六ノ井」もあり、一年中訪れる人が絶えない。

084_640079_640 「泉谷浄光明寺」も「萩の寺」。
 真言宗のこの寺は、鎌倉幕府五代執権・北条時頼が発願(1251年)した真言宗の寺である。

 のちに後醍醐天皇の勅願所となった寺院だったが、足利尊氏が反後醍醐の旗のもと挙兵を決意したところとして知られている。

078_640077_640 浄光明寺を訪ねたのは、今回で4回目。
 
 前回は、収蔵庫に安置されている国の重要文化財「阿弥陀三尊」を拝観したが、今回は寺院の周辺の萩を楽しむのに留めた。
 週末、お天気がいい日だけ収蔵庫は参観できる。

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 「鎌倉・扇ヶ谷の花寺参詣」、鎌倉駅を出発して鎌倉駅に戻る3時間の散策。
 歩数計は11.667歩を記録していた。

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September 22, 2014

2527.9月のシネマ(2)

 前号も非ハリウッド系作品2本を紹介したが、今回も珍しいチリの作品(スペイン語)とフランス映画を、いずれも先月30日から公開されている。

Img712_640_2     「NOノー」

 2年前の東京国際映画祭でアジアン・プレミアムとして上映された作品でちょっと古いが、カンヌ国際映画祭・監督週間で最高賞(アートシネマアワード)を受賞するなど、世界各地でヒットした社会派エンターテインメント映画である。

348796_003 舞台は1988年の南米チリ。
 15年にわたるピノチェト将軍の軍事独裁について、国際的な批判をカモフラージュするために政権が採ったのが、政権の信任を問う「国民投票」だった。

 投票日まで27日間、左翼リベラル派「政権NO!」に許されたのは、深夜15分だけの「TVコマーシャル」。
 長年の権力弾圧で、多くの国民が政治に無関心となった状況の中で、「NO陣営」が頼ったのはプロフェッショナルの広告マン。

348796_004 無理やりに、「選挙キャンペーン」の企画を依頼された彼が執った「奇策」、それはCMの世界ではまさに「正攻法」だった。
 

 ピノチェト独裁を倒した1988年のチリ「無血革命」、アントニオ・スカルメタによるオリジナル戯曲をパブロ・ラライン監督が映画化した。
 「トニー・マネロ」('08)など、ピノチェト政権時代を批判的に描いてきた3部作の最終章である。

348796_007 出演しているのは、チリ・メキシコ・アメリカで活躍しているラテン系の俳優たち。
 主役の広告マンを演じたガエル・ガルシア・ベルナル以外は、馴染みはない。

348796_008 ベルナルは、「モーターサイクル・ダイアリーズ」('04)で若き日のチェ・ゲバラを演じたメキシコ出身の俳優で、自ら製作会社も経営して「太陽のかけら」('07)では監督も務めた。

 今回は一人息子を抱えるバツイチの父親として、教条主義の左翼活動家と激論を交わしながらも、広告マンとしての自信を貫き通し陣営を勝利に導いた男を、渋く演じた。

348796_006 撮影は、80年代に使われた日本製の「アナログ・ビンテージカメラ」で行われた。
 そのせいか、当時のニュース映像とのモンタージュに違和感がなく、実在人物と俳優たちが絡み合ってストーリーが展開していくのが面白い。

Img711_640   「ケープタウン」

 こちらもカンヌ国際映画祭で、クロージング作品として上映された映画。
 フランスの作家キャリル・フェリーが書き、フランス推理小説大賞など7つの賞を受賞した「ZULU」が原作。

349078_008 現代の南アフリカ・ケープタウンを舞台に、「少女惨殺事件」や「児童誘拐事件」の真相を追う、二人の刑事が描かれる。

 その「真相」とは、20年前までのアパルトヘイト政策を引きずる「闇の世界」。
 社会派エンターテインメント・クライム作品は、「あるいは裏切りという名の犬」を書いた脚本家ジュリアン・ラプノーの腕に負うところが多い。

349078_004_2 主人公である二人の刑事。

349078_003 ハリウッドで活躍するオスカー俳優フォレスト・ウィテカーが演じるのは、ZULU族出身には珍しく警部としてチームを率いる男。
 子供の頃父親を焼き殺され、自身も警察犬に局所を噛まれ「不能」となってしまったトラウマを抱える。

349078_009 もう一人が、イギリス出身の俳優オーランド・ブルーム(「ロード・オブ・ザ・リング」シリーズ)。
 ワイルドで女にだらしない刑事、カミさんには逃げられ息子からはシカトされている。

 二人は、仲間の刑事を闇の組織に目の前で殺され、捜査途中でもプロの殺し屋集団に襲われるという、「ケープタウンの無法地帯」を駆け回る。

349078_001_2 撮影は、すべてケープタウンのダウンタウンやスラム街で行われ、スラムのワルたちもエキストラで出演しているという。

 タイトルの「ケープタウン」は、日本の配給会社が付けた邦題だが、原題「ZULU」。
 南アフリカに王国を築いたズールー族、その誇りと伝統がこの作品のキーとなる。

349078_006_2 コンゴの内乱から逃れ南アフリカで活躍している、トップモデルのジョエル・カエンベも出演。
 フランス気鋭の監督ジェローム・サルは、この物語が決して絵空事では無い事を、カエンベの存在で訴える。

 悲しいラストだが、感動は残る。

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September 19, 2014

2526.秀山祭大歌舞伎

P1409_640 明治・大正・昭和を代表する名優、初代・中村吉右衛門。
 彼の芝居にかける情熱に敬意を払い、ゆかりの芸を受け継いでいくために、8年前から始められた興業が「秀山祭」である。

Th1 「秀山」とは初代吉右衛門の俳名、二代目吉右衛門を中心に播磨屋一門と所縁の役者たちが総出演して、昼・夜6演目が上演された。

 連れ合いが若いころから吉右衛門の大フアン、松竹の知人から招かれ、大喜びで「夜の部」を鑑賞した。

004_640 最初の演目は「絵本太功記」、その十段目にあたる「尼ヶ崎閑居の場」一幕である。

 義太夫狂言「絵本太功記」は、明智光秀の謀反から滅亡までの13日間を十三段に分けて脚色したもので、1799(寛政2)年大坂「角の芝居」で初演された。
 なかでも、10日目の事件である「尼ヶ崎閑居」は評判が高く、「太十」と呼ばれ現在もたびたび上演されている。

 初代が得意とした光秀役はもちろん二代目・吉右衛門、今回で三回目の舞台である。
 江戸時代に幕府の干渉があって、明智を武智、織田信長を小田春永、羽柴秀吉を真柴久吉、加藤清正を佐藤正清と代えているが、誰でも判る名前だから見物客にとって迷うことはない。

Img731_640_2 光秀に誤って竹槍でさされた母親(中村東蔵)と、深手を負って戻ってきた孫(市川染五郎)、ともども息絶える悲劇が描かれるが、見どころは光秀の登場シーンである「出」。

 「夕顔棚のこなたより現れいでたる武智光秀」と、浄瑠璃にのって姿をみせる。
 この時、笠を上げて顔を見せるのが「成田屋型」、笠を下げるのが「(市川)團蔵型」。
 今回、吉右衛門は「團蔵型」で現れ大見得を切った。

 さらには母と息子の死に、剛毅な光秀が「堪えかねたる」と大泣きするくだり。
 「大義なき戦が美しい若武者を死なせる。」
 吉右衛門はその悲劇を、初代譲りの名演技で見せる。

 他に、中村又五郎が佐藤正清、中村歌六が久吉、光秀の妻・中村魁春。

005_640 二つ目の演目は「連獅子」。
 能の「石橋」を河竹黙阿弥が歌舞伎舞踊化したもので、人気演目のひとつ。

 親獅子が子を谷底に落とし試す試練と愛情。紅白の毛を振って勇み立つ獅子の勇猛さが見どころである。

Img732_640 この演目は、親獅子と子獅子を身内で演じる事が多いが、今回は片岡仁左衛門と孫の片岡千之助。
 それぞれの「家の型」によって、味わいが異なるのも見どころの一つである。

 片岡家の祖父と孫による「連獅子」は、三年前に新橋演舞場で初演して話題を呼んだ。
 最後は体力のいる毛ふり、孫は柔らかい体を生かし、祖父は気迫でこなす。

006_640_2 最後の演目も河竹黙阿弥の作品。
 「曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)」、通称「御所五郎蔵」と題した時代世話物である。

 幕末の1864(元治元)年に江戸市村座で初演された長篇だが、前半はお家騒動が中心。
 後編にあたる「御所五郎蔵」は、そのお家を追われた二人の元家臣が、片や侠客の頭分(市川染め五郎)となり、一方は剣術指南(尾上松緑)となってお話は展開していく。

003_640 舞台は「花の吉原」、子分を引き連れた侠客と弟子を連ねた剣術指南が、ひとりの花魁を奪い合う。
 花魁は侠客の愛人、家を追われたのは横恋慕した剣術指南の密告だった。
 

 侠客の衣装が白地に墨絵で「富士越しの龍」を画いたものが決まりで、演じる役者たちはそれぞれ著名な画家に描いてもらう。

 黙阿弥ならではの七五調の名セリフ、豪華絢爛な様式美など、名場面が次々と登場する。
 序幕の「廓」に始まり二幕目は「愛想尽かし」、続いての立ち回り「逢州殺し」で終わる。

 主役の御所五郎蔵は染五郎の初役、相手役の松緑のほか片岡秀太郎、中村芝雀、市川高麗蔵。

Img741_640 秀山祭に合わせ今週月曜日まで、「グッチ銀座」で「中村吉右衛門写真展」も開催されていた。
 人間国宝の磨き上げられた芸の深みを、フォトグラファーの鍋島徳恭が8年間にわたって撮り続けた写真から、47点が展示されていた。
 「勧進帳・弁慶の飛び六法」や「平家女護島・俊寛」「極付・幡随院長兵衛」など、懐かしい舞台や楽屋での写真である。

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September 16, 2014

2525.敬老の日

046_640_2  昨日は「敬老の日」。
 「国民の祝日に関する法律」によって、平成15年からは9月の第3月曜日が祝日となった。
 いわゆる「ハッピーマンデー」制度、皆さん連休を利用してお出かけください、である。

077_640 面白くないのはお年寄りたち。
 子供や孫たちは、「祝日」の意味も判らずに旅行に出かける。留守番役に老夫婦を置いて。

 そこで政府は、老人福祉法を改正して15日を「老人の日」に定め、以後一週間を「老人福祉週間」とした。
 今年は偶然にも「敬老の日」と「老人の日」が重なったが、何かとややこしい。

001_640_2 私の住む東京・中央区は毎年人口が増え、今年9月現在で昨年プラス5.495人の136.862 人になった。
 湾岸に新築される高層マンションが人口増の背景だが、マンションには30代・40代の働き盛りが入居するので、老人比率は少しずつだが下がる。
 今年の統計では、70歳以上は11.6%(▲0.4)になる。

002_640 毎年比較のデータを掲載しているが、東京都の老人比率(65歳以上)は21.3%、全国は25.9%、そして中央区は16.3%、つまりここは「現役と子どもが多い若い街」なのだ。

 しかし中央区は「旧い街」でもある。下町を中心にお年寄りたちが、「地域社会の伝統」を守ってきた。
 区はそれに報いるため予算を組んで、「敬老買物券」を配り「観劇」に招待する。

004_640 「買い物券」は75~99歳が3000円、100歳以上は10.000円、プラスして「米寿」「喜寿」には5.000円相当の「お寿司券」が付く。
 一昨年までは、70~74歳3.000円、75~98歳8.000円、99歳以上20.000円だったが、子育て予算を増やすために「減額」することになった。

021_640 「中央区敬老大会」と銘うった「観劇招待」は、半世紀も前から始まっている。
 区内にある歌舞伎座・新橋演舞場・明治座を順繰りに、6日間借り切り70歳以上を招待する。

022_640 ただ元気な高齢者も増えてきたので、希望者が予定数を超えると抽選になる。
 昨年は、新装なった歌舞伎座が会場となったために希望者が殺到、連れ合いは抽選に漏れたが、キャンセル待ちで何とか観劇できた。

015_640 今年の観劇は、「新橋演舞場」の「舟木一夫・特別公演」。
 お芝居「百万石に挑む男」と「シアターコンサート」の二部構成だった。

019_640 面白いのは座席指定、一階席はだいたい80代以上の方々、後期高齢者になった75歳以上は2階席、「若い高齢者」は3階席となる。

018_640 ここ5年、3階席から遥か遠くの舞台を眺めてきたが今年は2階、調べてみたら8.500円の席、もちろん「幕の内弁当」付きである。

003_640 先週は、町会からも「お赤飯」と「お祝い金」をもらった。
 1.000世帯の会員のうち、200人ほどが対象者だったそうだ。

 以前は世田谷に住んでいたが、これほどの厚遇はなかった。
 歌舞伎座の「桟敷席」に招待されるまで、長生きできるかどうか。

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September 13, 2014

2524.9月のブックから

Thul3dz0nq_640 先月22日は1476名が犠牲になった「対馬丸事件」の70周年の日、沖縄での両陛下献花のニュースをみて、ふと再読しようと手に取った本が浅田次郎「シェエラザード」(講談社・1999年)。

 事件とは直接関係ないが、同じく南の海で撃沈された客船がモデルとなった小説である。

Thwl3rnezz_640 「弥勒丸」1万7千トン、1941年北米航路の客船として長崎造船所で進水、ただちに陸軍の輸送船として徴用される。
 そして1945年、嵐の台湾沖で2300人の人命と膨大な量の金塊を積んだまま、アメリカの潜水艦による魚雷攻撃で海の藻屑となった。
 「安導権」を国際赤十字社から付与された、「緑十字」の船だったが。

 それから半世紀、台湾の富豪から「弥勒丸」引き揚げ話を持ち掛けられた人たちが、次々と怪死する。
 その謎を追うのが物語の主人公・元恋人の二人、彼らが会った当時の関係者の話から浮かび上がる真相とは。
 日本人が、平和と繁栄の中で忘れ去った真実が明らかにされていく。

Th_2_640 題名の「シェエラザード」とは、「千夜一夜物語」(アラビアン・ナイト)の語り手の名前。
 命を繋ぐために面白い話を、夜毎王様に語ったあの王妃である。

1_640_2 この物語を主題に、ロシアの作曲家リムスキー・コルサコフが「交響組曲シェエラザード」を作曲した。
 その音楽が「弥勒丸」のラウンジに流れる時、私たちは美しも切ないロマンを知る。

Th14eqrj88_640_2 小説のモデルとなったのは、「対馬丸事件」の翌年にアメリカの潜水艦クイン・フィッシュの魚雷を浴び沈没した「阿波丸」。

 日本郵船所属のこの船には、乗客・乗組員2044人、地金(錫・タングステン・アルミなど)5000tを積み、シンガポールから日本に向けて航海中だった。
 往きは、南方で収容されている連合軍捕虜のための救援物資を運んでいた。そのために「安導権」(安全航行)が約束され、船体には「緑十字」がはっきりと書かれていた。

Uss_queenfish_2 しかしアメリカ軍はこの船を攻撃、3本の魚雷が命中して一瞬のうちに沈没、2000人を超える史上最悪の「海難事故」となった。(写真はクイン・フィッシュ号)

 犠牲者は、日本に帰国する途上の三井物産シンガポール支店長や駐在員とその家族、大東亜省次官などの外交官で、生存者はコックの船員一人のみだった。

 国際法違反との日本側の抗議をうけたアメリカは、軍法会議で船長チャールズ・ラフリンを「不注意」のかどで戒告処分にする。「嵐のため緑十字が判別できなかった」と。

 戦後「賠償問題」が再燃したが、日本は「有償食糧援助借款」の棒引きで請求権を放棄、政府は犠牲者に1人7万円と日本郵船に船舶代1.784万円を払っただけだった。

Thay1qwrhq_640 阿波丸の積荷については、「M資金」と並ぶ「都市伝説」として語られ、幾つかの詐欺事件を引き起こしている。
 なお、船体は1979年中国の手によって一部回収され、158柱が遺族の手に戻った。

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 この事件をモデルに書いた浅田次郎の「シェエラザード」は、’04年「NHK終戦特集ドラマ・海底に眠る永遠の愛」として放送されている。
 また、さいとうたかおはコミック「ゴルゴ13」で「暗黒海流」を連載、アメリカ側からはロジャー・ディングマンが「阿波丸撃沈」の調査書を出版している。

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September 10, 2014

2523.「岡村明彦の写真」展

Isiguro_195927 「キャパを継ぐ男」と言われたフォト・ジャーナリスト岡村昭彦(1929~85)、来年は56歳で逝った彼の「没後30年」になる。

002_640 その彼の「軌跡」を、未発表の写真を中心に、新たにプリントした182枚で展示構成したのが、「岡村昭彦の写真・生きること死ぬことのすべて」。
 恵比寿の東京都写真美術館で催されている。

Img721_640 「彼のすべて」は、7つの章で語られる。

 1963年から65年、PANA通信社の契約カメラマンとなった岡村はタイ~ラオスそしてベトナム。
 政権による仏教徒弾圧、解放民族戦線は首都サイゴンの街角でも戦っていた。(第1章 戦火の街角で)

Img725_640 岡村は40回以上も南ベトナム政府軍への従軍取材を行ったが、日本では彼の写真は売れなかった。
 しかし、'64年6月12日号の「ライフ」に9ページにわたって掲載されたベトナム戦争の写真によって国際的にデビュー、一躍注目を集める。

 さらに民族解放戦線側の幹部との接触を試みた彼は、スパイと誤解され捕まり53日間の捕虜生活に。
 そして副議長との会見取材に成功、スクープとなった。(第2章 戦場へ)

Img727_640 南ベトナム政府により5年間の入国を禁止処分を受けた岡村、韓国・マカオ・タヒチと植民地における戦争の背景を探る旅に。
 そして日本では全日空機の羽田沖墜落事故に遭遇(右の写真は「犠牲者を収容するため山積みされた棺桶」)した。(第3章 植民地)

Img722_640 '65年サイゴンを脱出した岡村は初めてアメリカに、ベトナム戦争を起こしたアメリカを知るためだった。
 アメリカが介入したドミニカ共和国の内戦を取材、また山間僻地に取り残された日本人移住者も。(第4章 アメリカを理解するために)

Img724_640 そのアメリカで関心を持ったのは、戦争を起こしたケネディ大統領のメンタリティー。
 彼がアイルランドに住居を構え、北アイルランドの紛争(写真は「兵士による検問を通り抜ける女性」)を取材したのも、大統領のルーツがアイルランドだったからだ。(第5章 ベトナムから遠く離れて)

Img723_640 左の写真「ナイジェリア軍の機関銃に左胸を撃ち抜かれて倒れるビアフラ軍の兵士」。
 「まるで人間が土にかえる゛詩゛のようなものを感じた」と、岡村は述懐する。
 アイルランドを拠点とした彼が、イギリスの植民地だったナイジェリアを取材したのも意味が深い。(第6章 惨禍)

Img718_640_3 世界中を飛び回っていた岡村、一方では日本に拘り続けていた。
 故郷から切り離された人々、故郷を求める人々、故郷を傷つけられた人々
、故郷を愛する人々、彼は深く暖かいまなざしを向ける。
 それは、すべての人間の生きる場所、ホームへと注がれる。(第7章 故郷から遠く離れて)

 札幌在勤時代、講演に招いた彼と盃を交わしながら激論した夜を、懐かしく思い出す。

 「岡村昭彦の写真・生きること死ぬことのすべて」は、今月23日まで東京都写真美術館で。観覧料は600円。

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September 07, 2014

2522.9月のシネマ

 ローマを舞台にした2作品、一本はドキュメンタリーでもう一本はフィクションだが、作品から伝わってくるのは「永遠の都・ローマ」の終焉だった。
 登場人物も映し出される街も全く対照的だが、テーマが二重写しに伝わるのが面白い。

 いずれの作品も「プロ」の間での評価は高く、それぞれ著名な映画賞を受賞する。
 難解な作品かも知れないが、イタリアの中堅監督二人が描く映像は魅力的だった。

Img692_640   「ローマ環状線、
   めぐりゆく人生たち」

 昨年のヴェネチア国際映画祭で、ドキュメンタリーとしては史上初のグランプリ(金獅子賞)を受賞した作品。
 審査委員長のベルナルド・ベルトルッチ監督や審査委員の坂本龍一らから、絶賛を浴びた。

348686_008 映画作家ジャンフランコ・ロージが、現代イタリア文学を代表するイタロ・カルヴィーノの幻想小説「見えない都市」にインスパイアされ、GRA(ローマ環状高速道路)周辺に住む市井の人々の、日常の断片を記録した作品である。

348686_006 登場するのは、椰子の木を食い荒らす害虫の「音」を研究する植物学者、自宅を映画のセットやホールとして貸し出すことで食いつなぐ没落貴族、認知症の母親の面倒を見ながら仕事する救急隊員、キャンピングカーで暮らしながら古代ローマ時代から続く「職業」を営むオカマと老娼、輸入ウナギが増える時代を危惧するウナギ漁師夫婦、空港近くのアパートで騒音の中で暮らす人たち、などなど・・・・。

348686_005 彼らの間には、何も繋がりはない。ロージ監督がおよそ1年半、ここに通って親しくなった庶民たちである。

 台本もなく、テーマも考えなかった。突然ひらめいた時に、静かにカメラを回しただけだった。
 およそ半年、彼は監督・撮影・録音と一人三役で、大都市ローマの周辺を庶民の目線で撮った。
 そこには、コロッセオもトレビの泉もない。

348686_003 果たして彼らは、零れ落ちていく人たちなのだろうか。それとも、未来へと突き進むようなローマそのものが、世界から落ち零れていくのではないか。

 カメラは観察に徹し、ナレーションもバックミュージックもない映像の世界だけが映し出される。
 そこからは、硬質だが豊かな詩情が漂ってくる。

Img689_640   「グレート・ビューティー
    ~追憶のローマ~」

 アカデミー賞最優秀外国語映画賞、ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞受賞作品。
 「イル・ディーヴォー」('08)でカンヌ国際映画祭グランプリ(審査員特別賞)を受賞したパオロ・ソレンチーノ監督が脚本を書いて撮った。

15229_1456725107943107_489664611158 高度成長期の絶頂にあったローマの爛熟と退廃を描いた、「甘い生活」('60)を彷彿させる作品である。
 ソレンチーノは、その監督フェデリコ・フェリーニへのオマージュとして、この映画を製作している。

 65歳になった作家(トニ・セルヴィッロ)が主人公で語り部。
 人生の黄昏を迎えた彼は、女優ややモデル、実業家や貴族、アーチストや文化人など、セレブを招いたパーティーで日々を過ごす。
 しかし、夜な夜な繰り広げられる乱痴気騒ぎにあっても、ただただ倦怠感が増すだけだった。孤独そして諦念、それは永遠の都ローマそのものだった。

Img691_640 映画史上、最も美しいローマが描かれたと評される。
 横に移動して映し出されるショット、前進するカメラがとらえるモニュメント、ソレンチーノのカメラワークは、豊穣な映像美を生み出す。
 しかしその映像は、華麗だがシニカル、弾けるような陽の光は気が付くと黄昏を迎えている。

348033_006 トリフォーのミューズだったフランスの女優ファニー・アルダン(「永遠のマリア・カラス」'02)やイタリアの人気歌手アントネッロ・ヴェンディティなどが本人の役で出演している。

 また多くのイタリアの俳優たちが出演しているが、カルロ・ヴェルドーネ(「昼下がり、ローマの恋」'11)以外は、馴染みがない。

348033_00594x94_2 前作の「ローマ環状線」とは異なり、この作品にはコロッセオやトレビの泉、ローマの観光名所が次々と登場する。
 ローマを観光で訪れた人にとっては、懐かしいだろう。

 本筋には関係ないが、2作とも「ジャパン」が登場する。

 「ローマ環状線」では、植物学者が使用する録音機が「パイオニア」製、アパートの広場でのダンスでは「ソニー」製CD再生機、ウナギ漁師の船外機は「トーハツ」製。

 一方「追憶のローマ」、冒頭に名所を観光するツアー団体が登場するが、ガイドはたどたどしい日本語で案内していた。ただ、旅行客のエキストラはどう見ても中国人。
 また、セレブたちの乱痴気パーティーにも日本人美女が登場しているらしいが、気が付かなかった。 

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September 04, 2014

2521.第99回・二科展

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 左の作品は、昨年総理大臣賞を受賞した西健吉画伯の今年の作品「浜の娘」(F150)。
 串木野・羽島漁港をバックにいつもの「娘」を描いた。

 旧友の西君から今年も招待状が届いたので、六本木の国立新美術館に出かけた。
 昨日が初日、オープニングセレモニーの直後だったので彼にも逢え、自作や入賞作品について解説してもらった。

010_640 西君は高校の一年後輩、30数年前に二科会会員に推挙されており、現在は15人の理事の一人として若い画家たちを育てている。

006_640 今年99回目となった公募展、二科会は在野の美術団体としては最も古い。
 1914年、石井伯亭・梅原龍三郎・有島生馬らパリ留学組の絵画・彫刻などの新進芸術家たちが設立した。
 戦争で一時休会したが、戦後になるとデザイン部門・写真部門も加わり今日に至っている。

015_640013_640 戦後は、東郷青児や吉井順二ら鹿児島出身の画家たちが理事長として二科会をリードしてきたこともあり、会員には同郷の画家たちが多い。

 今回も、犬童次男(93歳・左「棚田の陽光」)、鳥取政昭(87歳・右「鳥海山」)ら大長老の作品が展示されていた。

017_640 若手では、西君や私と同郷の画家・有馬広文君(会友・左「記憶の淵Ⅲ」)が、毎年出品している。
 また今年は、彼が南さつま市で開いている絵画教室の出身者5人も入選しており、次々と後継者が育っているのがうれしい。

030_640_2029_640_2 会場では、来年の「100回記念・プレイベント」として、二科会の中興の祖とも言うべき東郷青児画伯の作品(絵画9点・彫刻2点)が特別展示されている。
 彼が逝去して37年、久しぶりに懐かしい絵に出会えた。

 今年の二科展、絵画部門の応募総数は2780点とほぼ昨年並み。うち入選は677人、62人が初入選だった。

033_640 「第99回二科展」は、今月15日まで六本木・国立新美術館で。
 この後は、富山~名古屋~大阪~京都~広島~福岡~鹿児島と巡回する。

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September 01, 2014

2520.宗像大社国宝展

Gosaijin_p03_640_3 玄界灘に浮かぶ絶海の孤島・沖ノ島、「海の正倉院」と呼ばれるこの島の祭祀跡から出土したのは10万点を超える奉献品の数々、そのうち8万点は「国宝」に指定されている。

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 神の島・沖ノ島の国宝を中心に、宗像大社に伝わる神宝など100点余りを展示する「宗像大社国宝展」が、丸の内・出光美術館で開催されている。

 日本各地の宗像・厳島神社7000を纏める総本社「宗像大社」は、沖ノ島(沖津宮)・大島(中津宮)・田島(辺津宮)三社の総称、それぞれが姫神を祀り海の安全を守る「宗像三女神」として崇められてきた。

Thlabiwj8f_640 本土にある宗像市田島と、大島~沖ノ島を結ぶ線を伸ばすと朝鮮半島。
 宗像とくに沖ノ島は、古代から朝鮮・中国の歴代王朝との交易で栄えてきたところで、60年前から行われてきた発掘調査によって、彼の国から奉献された古代装飾品など大量の祭祀遺物が発見されている。

Img699_640Img700_640 展示されている「国宝」から数点を。

 左は「金製指輪」、朝鮮・古新羅時代のもの。
 右は「金剛製龍頭一対」、中国・東魏時代のもの。

 このほか「夔鳳鏡」(中国・呉)「三角縁四神鏡」(中国・魏)「双頭龍文鏡」(中国・魏)「唐三彩長頸瓶片」(中国・唐)、それに古墳時代の鏡や碧玉・水晶・瑠璃玉・真珠玉が並ぶ。

Img707_640 また右の「カットグラス椀片」など、イラン・ササン朝時代の遺物も出土しており、考古学・宗教学・古代史など学術的にも貴重な品々が並ぶ。

Img703_640 宗像大社の神官は、大化の改新以来この地の豪族・宗像氏が代々務めており、同時に一帯の行政官として海上をも含め支配権を及ぼした。

Img698_640 左上は源頼朝からの書状だが、神領を含む地域の支配権を安堵しており、それは黒田氏が筑前に下った江戸のころまで続く。
 その一例として、玄界灘で難破した交易船の積荷や漂着物の所有権を大社は持っており、その売却費用が社の改築費などに充てられてきた。

Thc021jg3d_640 出光美術館の創設者・出光佐三は、この宗像出身。戦前、大社が財政難で疲弊していたころ私財を投げ打って再建に努めており、そんな縁もあって久しぶりに「宗像大社国宝展」を開催することになった。

 今回は「裏伊勢」とも称された「宗像大社」の神宝に因んで、昭和に入って伊勢神宮に奉納された「金剛御桛」など14点が、特別出品されている。

 「宗像大社国宝展」は、10月13日まで出光美術館で。入館料は1000円。

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