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February 26, 2015

2581.2月のシネマ(3)

 ユダヤ教の聖典「旧約聖書」とキリスト教の「新約聖書」、それぞれを題材にしたスペクタル史劇作品2本を見る。

Img939_640   「エクソダス~神と王」

 アロノフスキー監督の「ノア~約束の舟」(ブログ2.449号)は「旧約聖書」のトップ「創世記」を題材にしていたが、今回の作品は二番目に書かれている「出エジプト記」。
 旧約聖書の中でも偉大な英雄によるもっとも有名な物語、その映画化である。

350179_004 紀元前1300年、40万人のヘブライ人を率いてエジプト王国を脱出、紅海を渡って「約束の地カナン」にむかうモーゼが主人公。
 半世紀以上も前にセシル・デミル監督が撮った「十戒」('56)を、私たちの世代は思い浮かべる。

350179_007_2 今回は、ローマ帝国の奴隷剣闘士を主人公にした史劇「グラディエイター」('00)でアカデミー賞作品賞を受賞したトニー・スコットが、最新のVFXと3D技術を駆使して絢爛豪華な大スペクタル映画に仕上げた。

350179_002 「十戒」でチャールトン・ヘストンが演じたモーゼに、クリスチャン・ベイルが扮する。
 ハリウッド一の演技派でオスカー俳優(「ザ・ファイター」'10)だけに、見せ所は上手い。

350179_003 ユル・ブリンナーのエジプト王ラムセス2世は、オーストラリアの俳優ジョエル・エドガートン(「華麗なるギャッピー」'12)。
 モーゼと兄弟の様に育てられたが、モーゼの出自を知ってエジプトから追放する王で、古代史ではヒッタイトの南進を阻止しエジプト帝国を再建した英主といわれる。

 映画の中でも巨大な神殿造りやピラミッド建築が登場するが、ラムセス2世(在位BC1279~1213)は、ヘブライ人(イスラエル人)の奴隷を酷使して、ラメセウムやアブ・シンベルなど大建築物を造ったことでも知られている。

Img938_640 ほか先代のファラオ(王)をジョン・タートゥーロ(「ジゴロ・イン・ニューヨーク」'13)、ヘブライ人の長老をオスカー俳優(「ガンジー」'82)ベン・キングスレー、モーゼの妻をスペインの女優マリア・バルベルデが演じている。

350179_006 今回はシナイ山でモーゼが神から「十戒」を受けるシーンはないが、「ナイル川が血で染まる」「カエルの大発生」「イナゴの大群襲来」など、「出エジプト記」に書かれている10の奇蹟が絵空事ではなく理屈をつけて描かれる。

 そしてクライマックス、モーゼが民を率いて紅海を渡るシーンも、「引き潮に大津波」と実際に起こりうる自然現象としてリアルに映し出す。
 3.11の大地震を経験した日本人としても、納得いく映像だった。

 現代のパレスチナ問題をモーゼに予言させているところなどは、スコット監督らしい歴史認識である。

Img933_640   「サン・オブ・ゴッド」

 「神の子」、タイトル通りイエス・キリストの誕生から磔の刑、そして復活までを描いた歴史スペクタル。
 「新約聖書」でいえば、「マタイによる福音書」「ヨハネによる福音書」の完全映画化である。

Th イエスの数奇な生涯を描いた作品は、ジョージ・スティーヴンス監督の「偉大な生涯の物語」('65)やマーティン・スコセッシ監督の「最後の誘惑」('88)、メル・ギブソン監督の「パッション」('04)などがあるが、ここまで聖書を忠実に描いた作品は初めてだろう。

350459_004 キリスト教を知らない人たちへのガイダンスともいえる創りで、ミッション校を出た連れ合いは、学生時代の「聖書」の「紙芝居」を見ているようだったと評していた。

 アメリカのTVミニシリーズ「ザ・バイブル」を集大成して映画化したようで、出演者もTV俳優や舞台俳優が多く馴染みがない。

350459_006 イエス・キリストはポルトガルのTV俳優ディゴ・モルガド、体格もよくイケメン過ぎてイエスに相応しくないとの評もあるが、視聴率を上げるためには仕方がない。

350459_003 ほか、聖母マリアにアイルランド出身の女優ローマ・ダウニー、マグダラのマリアにイギリスのTV女優アンバー・ローズ・レヴァ、ローマ帝国総督ニイギリスのシェイクスピア劇出身の舞台俳優グレッグ・ヒックスなどなど。

350459_005 そして監督も、BBCや「ディスカバリー・チャンネル」などでドラマやドキュメンタリーを制作しているディレクターのクリストファー・スペンサーである。

 ただ音楽だけは、「ラスト・サムライ」('03)「それでも夜は明ける」('13)など映画音楽の第一人者ハンス・ジマーが担当した。

 350459_008350459_002 ハイライトシーンは、イエスが十字架に磔される「ゴルゴダの丘」だが、宗教画で有名な「最後の晩餐」や「山上の垂訓」など、クリスチャンでもない私が知っている名シーンもきちんと描かれている。

Img947_640_2 「こころの貧しい人たちは、さいわいである。天国は彼らのものである」
 「心の清い人たちは、さいわいである。彼らは神をみるであろう」
 「平和をつくり出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう」・・・・・・・・・・・・。
 

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February 23, 2015

2580.特別展「みちのくの仏像」

Img941_640 上野の東京国立博物館・本館で開催されている特別展「みちのくの仏像」、東北6県を代表する仏像19体を、一堂に並べた初めての試みである。

005_640_3 みちのくの仏像はその風土の様に、「人間味があり厳しい自然に生きた人々の強さと優しさが表れている」といわれる。

 今回14の社寺から出展された仏像は、どれをとっても京都や奈良、鎌倉では見られない「みちのく」らしい特徴を見せてくれる。

Img942_640 まずは「三大薬師」、左のポスター左像は福島・勝常寺蔵の国宝「薬師如来坐像」。
 巨材を用いた一木造りの像で、平安時代・9世紀に彫られたもの。今回は両脇待立像とともに並ぶ。

 その隣は、宮城・双林寺蔵の重要文化財「薬師如来像」。
 ケヤキの一木から彫り出された像で、厚い胸など平安前期彫刻の力強さが表れている。

Img943_640 三つめが右の写真、岩手・黒石寺蔵の重要文化財「薬師如来坐像」。
 鋭い眼差しだが、人を包み込む優しさを持つ。
 胎内に「貞観4(862)年」の墨書銘があり、この像は7年後の「貞観大地震」と今回の「東日本」と、2回の大地震経験している。

Img945_640 山形・本山慈恩寺からは、「十二神将立像」のうち丑神・寅神・卯神・酉神の四体が届いた。
 寺社のある寒河江は古くから仏教文化が栄えたところ、個性豊かな本像は、東北を代表する神将で、国の重要文化財に指定されている。

Img946_640_2 さらに岩手・成島毘沙門堂からは頭に2頭の像を乗せた重要文化財の「伝吉祥天立像」(右写真)が、瀬戸内寂聴が住職を務めた岩手・天台寺からは重要文化財の「聖観音菩薩立像」が、それぞれ届く。

Img944_640 「みちのく」らしい像を代表するのが、秋田・小沼神社蔵の「聖観音菩薩立像」。
 平安後期のものだが、像の頭上には小さな愛らしい顔が刻まれている。あの「雪ん子」(左写真)です。

003_640 今回の特別展は、東日本大震災4年を迎えた東北の復興の一助として開催されたもので、観覧料の一部は被災した文化財の修復に役立てられる。
 同じ会場で「3.11大津波と文化財の再生」の様子も、展示されている。

 「みちのくの仏像」展は、東京国立博物館本館特別5室で4月5日まで開催。観覧料は1.000円。

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February 20, 2015

2579.2月のシネマ(2)

250pxken_loach_cannes 昨年ベルリン国際映画祭で「金熊名誉賞」を受賞したイギリスの巨匠ケン・ローチ、今年79歳を迎える彼の最後の作品と噂されているのが「ジミー、野を駆ける伝説」。
 先日、有楽町の劇場で鑑賞した。

Img909_640 1930年代のアイルランドの農村を舞台に、労働者や農民、若者たちのリーダーとなって教会や地主などの権力に抗した男。
 「ホール(集会所)」を運営して、芸術やスポーツを自由に楽しむ日々を守った実在の人物、アイルランドで唯一国外追放となった「名もなき英雄」を描いた作品である。

350610_002 彼の名はジミー・グラルトン、アイルランド独立後の内戦で保守派に追われアメリカに亡命した活動家。
 10年ぶりに故郷に戻り、老いた母親と畑を耕して平穏な生活を送るつもりだった。

 しかし若者たちの強い要請で、10年前に閉鎖させられた自由と抵抗のシンボル、「ホール」を再開することとなった。
 そのホールで、自由を謳い楽しむ若者たちを保守派は危険視し、ジミーに扇動者のレッテルを貼って迫害していく・・・・。

350610_009 事実彼は裁判も経ず再びアメリカに追放され、ニューヨークで客死したが、彼の私利なき高潔な精神はアイルランドの人々の間に、今も語り継がれている。

 ケン・ローチは、野に生き、命や暮らしを守るためにひたむきに行動するジミーを淡々と描き、ヒューマンなドラマを完成させた。
 ラスト、ジミーが村の若者たちに未来を託すシーン、ローチの夢と希望がそこに込められる。

145950_01113587_01_2 ケン・ローチの作品は、一貫して労働者階級や移民など、弱者の側に立ち、社会の現実をリアルに描いてきた。

 記憶に残る最初の作品が「大地と自由」('95)、スペイン内戦を舞台にした映画である。
 世界中から人民戦線の義勇兵として集まってきた若者たちと、彼らを裏切るスターリン主義者たちとの相克が描かれた。

 このブログで初めて紹介したのが「麦の穂をゆらす風」('06・ブログ541号)、今回の作品の前篇ともいえる物語で、アイルランド内戦で絆を引き裂かれる兄弟の姿を描き、歴史と運命に翻弄された人々の悲劇を綴った。
 カンヌ国際映画祭で、最高賞のパルムドールに輝いた作品である。
 タイトルは、アイルランドの民謡の名曲の名。

148683_01155132_01 「この自由な世界」('07・ブログ773号)は、ロンドンで不法移民の人材派遣業をはじめた女性を主人公に、自分の幸福のために他人を犠牲にせざるを得ない社会が描かれていく。

 「エリックを探して」('09・1650号)は、ローチ監督のもう一つの顔を見る、ユーモラスでほのぼのとした作品。
 プロのサッカー選手エリックが、本人の役で出演して妙技を見せた。

161120_01158407_02_2 「ルート・アイリッシュ」('10・2082号)、イラクで最も危険な幹線道路ルート・アイリッシュで死亡した仲間、彼の死の真相を求める民間警備兵を通して、戦争が「民営化」していく実態を描く。

 「天使の分け前」('12・2280号)も、「エリック」と同じヒューマン・コメディー。
 チンピラたちが、ウイスキー作りの社会奉仕活動で仲間や師と出会い、人生を取り戻す姿が描かれる。
 繰り広げる痛快な人生賛歌は、ケン・ローチの作品の得意とするところである。

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February 17, 2015

2578.早春・南房総周遊

003_640_2002_640 「月島一之部西町会」、年に一回の日帰りバス旅行は、3台のバスに107人が乗って午前8時に我が家の前をスタートした。

 前回は南アルプスでの「さくらんぼ狩り」だったが、今回は南房総での「いちご狩り」が主目的。

012_640006_640 コースは、「湾岸線」で羽田空港の下を潜って川崎・浮島へ、ここからは「東京湾アクアライン」を経て「房総スカイライン」、ここまでは一時間の行程。
 初めて明るい日差しのアクアラインから、千葉の湾岸を遠望した。

019_640015_640 最初の休憩所が「道の駅・君津ふるさと物産館」、ちょうど朝収穫の農産物が運び込まれており、安い野菜が並ぶ。
 もうここで野菜をゲットする人が続出、都心のスーパーの半値だから手が出る。

Thloacwwzf_64010_640 次の目的地は、安房・天津小湊の「妙(鯛)の浦」。
 特別天然記念物「日蓮聖人ゆかりの鯛」は、3年前に船上から見物したので今年はパスして、「誕生寺」へと向かう。
 ここまでの行程は、月島を出発して2時間30分だった。

039_640025_640 漁港のすぐ近くにある「小湊山誕生寺」は、その名の通り鯛の浦の漁師の子として生まれた日蓮の、誕生の地にに創建された寺である。

 1276(建治2)年に開かれた寺院は安房守・里見家の庇護を受け、大伽藍が並ぶ関東屈指の大寺となり、多くの参拝客で賑わった。

033_640_2035_640 誕生寺は、1498年、1703年と2回の大地震・大津波で壊滅的な打撃を受け、多くの僧侶たちも波にのまれたが、1703年(元禄16)年には水戸徳川家が七堂伽藍を再建した。

 その後も、「宝暦の大火」(1758年)で仁王門を残してほとんど焼失、今度は日蓮宗信者たちの募金活動で再建して今日の姿になっている。

060_640062_640 誕生寺の近くにあるリゾートホテルで昼食と入浴休憩、毎回これを楽しみにしている高齢の参加者も多いので、2時間半とたっぷりの休息である。

 好天に恵まれた日曜日、外房の海は静かで眩しい。

079_640082_640 JR内房線(蘇我からの外房線は、鴨川からは内房線)に沿って房総街道を館山に向かう。

 およそ1時間走ると、水田のあちこちにビニールハウスが見えてくる。
 ここは「館山いちご狩りセンター」、8戸の農家が協力して観光客を順番に受け入れる。

071_640066_640 今年の「いちご」は大きくて甘い。
 品種は「さちのか(幸の香り)」、ハウスの中で30分の食べ放題である。
 料金は大人1.500円、子供1.300円、100人を超える団体だから少し割引があったのかも知れない。

088_640095_640 午後4時過ぎ館山を出発して最後の目的地「南房総・道楽園」に。
 ここで水産物や野菜など、房総のお土産を皆さんは購入。
 しかし観光客目当てのせいか、決して安くはない。

102_640100_640 富津から「館山自動車道」に入るが、このあたりから渋滞が始まる。
 夕方になって風が強まり、「アクアライン」の海上道路が40㌔の速度制限となったためらしい。

 予定より1時間ほど遅れて「海ホタル」に着いたが、ここから川崎へのトンネルは80㌔でOK。
 およそ30分で月島に帰着した。

 今年の「町会バス旅行参加者」は始まって以来の最大数、マンションも増え新住民たちも参加するようになったからだ。
 区からも「町内会活動活性化補助金」が配布されるので、参加費は一人4.000円で済む。

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February 14, 2015

2577.2月のブックから(2)

 引き続き伊東潤の歴史小説、先週は長篇3冊を読む。いづれも関東・甲信越を舞台に覇を競った、戦国時代の武将たちの盛衰である。

Img935_640   「叛鬼」(講談社刊)

 時代は室町時代中期、京では将軍・足利義政の後継を巡っての「応仁の乱」、戦国時代の始まりである。

 一方関東では、幕府と仲違いして下総・古河に追われた鎌倉公方・足利成氏と、代わりの公方として鎌倉に送られたが伊豆・堀越に足止めされた将軍の弟・政知の、両公方の睨み合いが続く。

 さらには公方を補佐すべき関東管領・上杉顕定と成氏との権力争い、その上杉一族のなかでも山内家と扇谷家の主導権争い、さらに山内上杉内部でも当主と家宰(筆頭家老)長尾家との反目と、世は乱れに乱れていた。

Thrky4oqv1 覇権を競う関東の武将たちの中に、無益な戦いを無くして関東六国の統一を目指すため、「権力」に「叛」した男がいた。
 「坂東に隠れなき美男」と称された長尾景春、関東管領山内上杉家の家宰を務める景信の長男、この小説の主人公である。

 小説には、「応仁の乱」と同時に起こった関東での「長尾景春の乱」、歴史上はじめての下剋上を成し遂げた彼の47年間描かれる。
 彼の「叛」の波が、やがて関東に新時代の創造者たち、伊勢新九郎のちの北条早雲らの登場を呼ぶのだ。

072_640 小説の舞台となる武蔵・上野・下総、その地に拠点を置く登場人物たちの故地が、これまで度々歩いた鎌倉の地であるので興味深い。

 
 関東公方(古河・堀越)の足利は、室町幕府を開いた足利尊氏の子孫たちで、鎌倉には寺院や屋敷跡が残る。

013_640 管領家の上杉は、鎌倉6代将軍・宗尊親王に従って鎌倉に下向した、丹波・上杉在の公家の末裔。
 分かれた子孫が、鎌倉の山内と扇谷に屋敷を持ったので、それぞれ頭に地名がつく。越後の守護となった一族は、越後上杉と呼ばれる。
 足利尊氏・直義兄弟の生母が上杉の姫だったことから、上杉一族は関東一円に権勢を持ち管領となった。

025_640022_640 小説の主要な登場人物の一人が太田道灌、扇谷上杉家の家宰で、江戸に城を持つ。
 優れた戦略家で、主人公・景春の師でもあった。しかし「叛」した彼を執拗に追ったのも道灌である。
 騙されて扇谷当主に暗殺されたが、その道灌の屋敷跡が現在の尼寺「英勝寺」。
 家康の若い側室だったお勝が、剃髪して尼となって開いた寺である。
 お勝が、道灌の5代目の子孫だった所以である。

017_640 長尾家もまた、故地は鎌倉である。
 このブログ2508号でも紹介したように、平安時代の桓武平氏・鎌倉権五郎景政の末裔で、現在の横浜・長尾台に砦を築いていた。

 長尾家は白井・惣社・犬懸・足利・上田と各地に分家し、一族の一人が越後の守護代となって後には関東管領・上杉の名跡を継ぐ。
 かの有名な上杉謙信(長尾景虎)である。

 戦いに明け暮れた主人公・長尾景春は、晩年を越後府中で過ごし彼の地で客死する。謙信が生まれたのは、それから16年後になる。

Img936_640   「武田家滅亡」(角川書店)

 
 2007年に、武田家の滅亡を多視点の群集小説として書いた本作品で、伊東潤はメジャーデビューした。

 『甲陽軍鑑』を始め、『甲斐国志』など数々の史書を紐解いいて、武将たちの戦いだけでなく、地侍や惣百姓の生きざまをも丁寧に記した。
 既に紹介した伊東の短編「戦国鬼譚 惨」は、本作品のスピンオフ(外伝)といっていい。

Th9hdl6pbe 作品のヒロインは、北条早雲の曾孫・桂である。
 物語は、北条家三代・氏康の末娘・桂が、甲斐・信濃・駿河を領する甲斐源氏の領袖・武田勝頼に輿入れするところから始まる。
 そして1582(天正10)年3月、織田・徳川連合軍に攻め込まれ、天目山麓の田野でそれぞれ自刃するまでの5年間が描かれる。

Th74916dtc 甲斐・相模同盟の証として嫁いだ桂が勝頼を愛おしみ、小田原には戻らず甲斐の土となった悲劇を主題に、勝頼の若き側近・内膳と弥兵衛の生きざまと、時代に翻弄された地侍・先方衆である伊那・片切三代の運命が語られていく。

 群雄割拠の戦国時代、国を守るためにはそれぞれが権謀術数をめぐらす。
 1554(天文23)年、武田信玄と北条氏康・今川義元は越後・上杉と美濃・織田に抗するため甲・相・駿同盟を結び、信玄の長女・黄梅院が北条氏政(桂の長兄)に輿入れした。
 しかし14年後、義元亡き後の駿河に信玄が攻め込んで同盟は崩れる。北条もこの時反武田として戦った。

Ml_a13d14c3569ca5531e3f4604c55ae72a 翌年、今度は越後・相模同盟が結ばれて北条家の末弟・三郎(桂の兄)が謙信の養子となって景虎を名乗る。
 そして8年後の桂嫁入りの甲相同盟である。しかし謙信の後継を巡る争いで、勝頼は反景虎側に付き、北条家に敵対したのだ。

 武田家の滅亡は、織田・徳川の力だけでなく、北条を敵にし上杉を日和見に追いやった結果でもあった。
 そして3か月後、その織田の総大将・信長と先陣を切った長男・信忠は、本能寺の変で斃れる。

 源氏の名門・新羅三郎義光の血を引く甲斐・武田家、源氏の傍流だった徳川家康は武田の名跡を残すことに努め、多くの旧武田家臣を引き取っている。

Img937_640   「北天蒼星」(角川書店)

 副題に「上杉三郎景虎血戦録」とあるように、主人公は前作のヒロイン・桂の兄、北条三郎(旧姓)が主人公である。
 作者の伊東潤も、本作を『武田家滅亡』の姉妹編としている。

Th 出版されたのも2011年と新しく、在野の研究家・乃至政彦と共著で歴史新書『戦国関東史と御館の乱』も同時に刊行している。
 いずれも「上杉景虎敗北の歴史的意味」を問うもので、小説と歴史研究の両面からアプローチしている。

 謙信の後継者争いで、家臣たちが景虎(北条三郎)側と景勝(長尾喜平次)側とに別れて争い、景勝側が勝利し景虎は自刃するまでが綴られる。

Statue_of_uesugi_kenshin_in_joetsu_ NHKの大河ドラマ「天地人」ではこの「御館の乱」を、景勝の側近・樋口与六(後の直江兼続)側から描いているが、本作では与六は敵役である。
 景勝に知恵をつけて、「謙信の義」を裏切ったとする。

27554865_624 謙信(輝虎)の幼名(ういな)景虎の名をもらって養子になり、謙信の姪・華(景勝の妹)を正室にした主人公が、なぜ義兄でもあった景勝に敗れたのか。
 その景虎の政治理念でもあった甲斐・相模・越後三国同盟が、はかなくも破綻していく様が描かれていく。
 それはまた、妹・桂が嫁いだ勝頼の武田家の滅亡をも予感させる。

 戦国時代のつわもの達の攻防、家康だけが生き残り江戸幕府を開くまでを、伊東潤の歴史小説は紡いでいく。 
 

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February 11, 2015

2576.散策・元浅草界隈

002_640004_640 下町の「美味い江戸前」の店で、鮨をつまみながらの懇談という企画。
 その前にちょっと界隈も散策しようと、昔の仕事仲間4人が地下鉄「新御徒町駅」に集合した。

 地上に出るとそこは「春日通り」、道を渡った先が「元浅草」である。
 明治の頃は、「浅草永住町」とか「浅草清島町」とか呼ばれていたが戦後の地名変更で「元浅草」になった。
 浅草繁華街の「西の始め(元)」が由来だそうだ。

006_640 駅のすぐ前にあるのが「都立白鴎高校」である。
 前身は「府立一女」、1888(明治21)年創立の東京では最も古い女学校だった。
 「浅草の一女」「小石川の二女(竹早)」「麻生の三女(駒場)」と並び称された名門中の名門、東京近郊も含め才媛が集まった。

 卒業生名簿を見ても、羽仁もと子・石垣綾子をはじめ三木元総理夫人に澤村貞子、奈良岡朋子・水木洋子など錚々たる顔ぶれである。
 今回同行した友人の姉も卒業生だというので、最初に訪ねてみた。

005_640_3 正面玄関の垂れ幕には、「史上最年少囲碁棋聖戦リーグ入り」「日本棋院七段昇格」「囲碁女流プロ合格」などとある。
 実は白鴎は都内初の中高一貫校で、伝統芸能の継承を目的に囲碁・将棋・邦楽・演劇など入試特別枠を持つ学校なのだ。

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 高校から5分、地下鉄「稲荷町駅」のすぐ近くにあるのが「下谷神社」。
 祭神は「大年神」、つまり五穀豊穣の神・「お稲荷様」である。
 

024_640022_640 江戸時代までは「稲荷社」と呼ばれており、この一帯の地名「稲荷町」の由来となった。

 1798(安政10)年この境内で、落語家の初代・山生亭花楽(さんしょうていからく)が、5日間の寄席興業を打った。
 これが、江戸における最初の興業である。やがて、寄席は市中に広まり文化・文政の頃には、100数十軒にもなった。

 花楽の名は「山椒は小粒でピリリと辛い」からとったもので、のちの三笑亭可楽。現在は9代目が活躍している。

028_640029_640 稲荷町駅から田原町駅へ向かって浅草通りを歩く。
 左は「かっぱ橋道具街」、右は「神仏具卸問屋街」が続く。
 その数およそ30店舗、日本一の問屋・小売り街である。

031_640032_640 仏像・仏壇・仏具が並ぶショーウインドーの隣には鳥居・神棚に神具、その店の隣が大小の神輿と太鼓と、ここにくれば神事・仏事・祭りの道具が全て手に入る。

035_640036_640 

 もともと「元浅草」は、江戸の初めより寺院が多く集まった地域で、「新寺町」と呼ばれていた。

 さらに1657年の「明暦の大火」で、火元となった本郷や丸焼けになった湯島などから寺院が移転して、周囲には「門前町」が生まれた。

050_640048_640 その門前町のひとつ「浅草龍宝寺門前」の名主・柄井川柳は「狂句」の名人。
 明治になって「狂句」が「川柳」と呼ばれるようになったのは、彼の「号名」からきた。
 文芸呼称としては、珍しい例である。

047_640045_640_2 龍宝寺は「鯉塚」の寺としても有名だ。

 1853(嘉永6)年、近くを流れる安倍川に4尺5寸の巨大な鯉が迷い込んだ。
 町衆総出で捕えて食べたところ全員にわかに高熱を発して吐血、なかでも調理した6人は重病で悶死した。
 そこで祟りを恐れ、鯉供養の碑を建立した次第である。

053_640055_640_2 鯉塚にお詣りした後は、誓教寺にある葛飾北斎の墓と像を見て「新御徒町駅」へ戻る。

 途中「旧伊勢ヶ浜部屋」が相撲茶屋として残っていると聞いて捜したが、見つからなかった。
 元浅草一帯も、大小様々なマンションが建てられており、その中に紛れ込んだのか。

066_640065_640 新御徒町駅のすぐ横が、「佐竹商店街」。
 日本では金沢に次ぐ2番目に古い商店街だそうで、昭和の香りを残す店が並ぶ。

 そういえば、今回散策した界隈にはスーパーマーッケトを見かけなかった。
 この先には「おかず横丁」もあるというが、そこはまたにしよう。
 目の前に、最終目的地「江戸前の秀鮨」が見えてきたから。

006_640005_640007_640003_640


 美味、そして痛飲。

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February 08, 2015

2575.2月のシネマ(1)

 元CIAエージェントが主人公のアクション映画2本。
 1本は3回シリーズの最終編、もう1本はこれから始まるシリーズ第1作、迫力あるカーアクションに銃撃戦、どちらに軍配を上げるか。

Img915_640   「96時間・レクイエム」

 元CIAのエージェントだった「親父」が、娘のために大暴れするお話の3回目。
 今回は濡れ衣ぬ着せられた主人公を、切れるロス市警の警部が追っかけるというシチュエーションである。

350461_006_2 もともと原題は「TAKEN」、タイトル通り誘拐シリーズなのだが、'08年の第1作で解決のための日時が4日間だったので、邦題を4×24の「96時間」と付けてしまった。

 以後ストーリー展開は「96時間」とは関係ないのだが、第2作も「96時間・リベンジ」('12)、今回も「96時間・レクイエム」とせざるを得なかったのだ。

350461_001 「シンドラーのリスト」('93)でアカデミー賞にノミネイトされた北アイルランド出身のリーアム・ニーソンが、アメリカに籍を移してアクションスターに転身した。

 その彼とコンビを組んだのが、ヨーロッパ・コープの社長リュック・ベッソン。「ニキータ」('90)「レオン」('94)の監督として知られる彼である。

 最近のベッソンはもっぱら脚本を書き、製作総指揮を執って子飼いの監督に撮らせているが、今回もCMディレクター出身のオリヴィエ・メガトンが前作に続いて担当した。

350461_004 毎回事件に巻き込まれる娘役もマギー・グレイスが、前作では命を救われたが今回は殺されてしまう元妻をファムケ・ヤンセン(「X-MEN」シリーズ)と、馴染みの役者が顔を揃える。

350461_002_2 そしてオスカー俳優フォレスト・ウィテカーを警部に配して作品に深みを持たせた。

 パリそしてイスタンブール、今回は舞台をロサンゼルスに移しての最終章。
 ノンストップの疾走感、娘への限りなき愛情、63歳のリーアム・ニーソンが「無敵の親父」を演じて、観客の親父たちを喜ばせてくれる。

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   「スパイ・レジェンド」

 引退して静かな生活をしていた元CIAのエージェント、元同僚が次々とロシアのスパイに殺されているのを知り、恋人だった同僚を救うためにモスクワに乗り込んだ。

350151_001 しかし身元がバレて、元恋人はロシア側に追われる。口封じのため、彼女はCIAの手で射殺される。
 殺したのは、彼が育てた部下だった。
 事件の裏に隠れた国際的陰謀、彼はひとり古巣へのリベンジへと「暴走」する。

350151_004 アメリカのスパイ小説家ビル・グレンジャーが、'70年代から書きはじめた「ノベンバー・マン」シリーズの第7巻目が原作。
 小説は当時の米・ソ冷戦が舞台だったが、映画ではそれを現代に置き換え、チェチェン紛争やロシアの石油マフィアなどを登場させるなど、深刻な国際情勢の中でのスパイたちの暗躍を描いた。

350151_013 話題は主人公の凄腕元CIAエージェントに、ピアーズ・ブロスナンを配したことだ。
 アイルランド出身の彼は5代目007ジェームズ・ポンド、61歳にして13年ぶりにスパイ映画に登場した。

 顔の皺は増えたが、上品かつ洗練された衣装、機敏で華麗なその動き、迫力のガン捌きにカーアクションは変わらない。

350151_006 ヒロインの謎の女性は、こちらもポンド・ガールだったウクライナ出身のオルガ・キュリレンコ(「007/慰めの報酬」'08)。
 主人公を執拗に追う元部下、現役のCIAエージェントにオーストラリアの新鋭ルーク・グレイシー(「恋するモンテカルロ」'11)が扮する。

350151_008 監督のロジャー・ドナルドソンもオーストラリア出身、「世界最強のインディアン」('05)などで知られるアクション映画のベテランである。

 「レクイエム」同様、こちらも最後は拉致された一人娘を救いハッピーエンドとなる。
 モスクワとベオグラードを舞台にした正攻法のスパイ映画。

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February 05, 2015

2574.ホイッスラー展

003_640_3 横浜市の「みなとみらい」にある「横浜美術館」、開館して今年で25周年を迎える。

Img919_640_4 記念して昨年末から開催されているのが「ホイッスラー展」。
 日本では27年ぶりに催されるジャポニスムの巨匠・大回顧展である。

Img921_640 ジェームズ・マクニール・ホイッスラー(1834~1903)、生まれはアメリカ・マサチューセッツ州だがイギリスとフランスで活動した「クロス・チャンネル(英仏海峡を往来する)」の画家として知られる。(左の絵は《自画像》)

 21歳の時パリに渡り、当初は写実主義の影響を大きく受けていたが、後にロンドンに移りラファエル前派の画家たちとの交流、芸術は芸術のために存在すべきと主張、ビクトリア朝時代の「唯美主義」リーダーとしてイギリス画壇に大きな影響を残した。

Img927_640 展示は「人物画」「風景画」「ジャポニスム」の3章構成で、大英博物館やポストン美術館など世界各地から選んだホイッスラーの油彩・水彩・版画130点が並ぶ。

 右の絵は、彼の代表作のひとつといわれる人物画《灰色と黒のアレンジメントNo2:トーマス・カーライルの肖像》。
 ヴィクトリア朝のイギリスを代表する知識人カーライルを描いたものだが、タイトルをアレンジメント(編曲)としたのは色と形の調和を表現したからである。

Img925_640 彼は他の人物画にも、「シンフォニー」や「ハーモニー」など音楽用語をタイトルに使い、絵画的表現のひろがりを生み出そうとしている。(左は≪ライム・リジスの小さなバラ》)

Img924_640 右は《肌色と緑色の黄昏:パルパライソ》、ロンドンでの閉塞的な生活から逃れようと旅に出た南米・チリで描いたもの。

 黄昏のひとときを、紫・水色・肌色など微妙な色調を使って表現したもの。
 写実主義から唯美主義への転機を示したもので、後に「ノクターン」と呼ばれる一連の風景画の最初の作品である。

Img930_640 左の《チェルシーの通り》も敢えて水彩を用いて、「芸術的な印象」を作品の中に残している。

Img922_640 第3章のジャポニスムは、本展で最も印象に残る。

 愛人ジョアンナをモデルにした右の絵は《白のシンフォニーNo2:小さなホワイト・ガール》、右手の器や左上の花瓶は「日本の美に魅了されて創出した新たな美」・ジャポニスムである。

Img926_640 
 左の《ノクターン:青色と金色ーオールド・バターシー・ブリッジ》は、彼が大英博物館で見た大判錦絵、歌川広重の《名所江戸百景・京橋竹がし》からインスピレーションを得て描かれたもの。

Thkoeqo3v0_2 参考出品された浮世絵と並べてみると、見上げる構図や青を基調としたグラデーションに共通な画家の目を感じさせる。

Img929_640 ホイッスラーの「ジャポニスム」は、日本の美を異国趣味と捉えるのではなく、彼の芸術を確立させた重要な要素だったことが作品から伺えられる。

 左上の作品は、ポスターとなった《白のシンフォニーNo3≫、彼の妻と義妹がモデルだった。義妹の手もとを見ると、そこには団扇が置かれ二人のバランスをとる。

 「ホイッスラー展」は、3月1日まで横浜みなとみらいの「横浜美術館」で開催中。観覧料は1.500円。

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February 02, 2015

2573.2月のブックから(1)

 前回に続いて、伊東潤の歴史小説4巻を読む。

Img891_640   「峠越え」(講談社)

 伊東作品の中では数少ない長篇もの、1年前に刊行され中山義秀文学賞を受賞した。

 主人公は徳川家康。
 今川義元を事実上裏切って織田信長に加担した「桶狭間の合戦」から、「本能寺の変」を知って堺から「伊賀越え」して岡崎に逃げ帰った家康の「凡庸」が綴られる。

36_3 「戦国鬼譚・惨」の「表裏者」では、信長に唆されて家康暗殺を狙った穴山信君(武田家重臣・信玄の娘婿)の悲劇が描かれるが、この作品ではそれを家康側から見ていく。
 信長が自刃した「本能寺の変」は、信長の殺意を知った家康が裏をかいて、明智光秀を騙した結果だと伊東は推理する。

4p1040012 明智軍や伊賀の地侍に追われ、薄氷を踏む思いで伊賀越えした徳川家康、その最終章に綴られる家康の独白が、伊東の書きたかった本書のテーマといえよう。

 「わしの峠越えは、これからも続く。いや、これからは、さらに峻険な峠が待ち受けているに違いない。それでも一歩ずつ大地を踏みしめて登っていけば、越えられぬ峠などないのだ。」
 「今川義元も、武田勝頼も、そして右府様(信長)も、それができず身を滅ぼした。皆、綺羅星のごとき才能を持ちながら、その才に慢心して、高転びに転んだのだ。」

 今川家執政で、人質時代の家康の「師」でもあった太原雪斎の教え、「凡庸なものほど己を知ろうとする」。
 この教えが徳川15代の精神的なバックボーン、264年の長期政権を支える礎となった。

Img892_640   「黒南風の海」(PHP研究所)

 
 2011年に刊行された長篇歴史小説、「本屋が選ぶ時代小説大賞 2011」を受賞した。
 「加藤清正『文禄・慶長の役』異聞」の副題通り、秀吉による朝鮮侵略を加藤清正軍側から、史実を追って描いた作品である。

 文禄・慶長の役(李氏朝鮮の記録では「壬辰・丁酉倭乱」)は、豊臣秀吉が明を征服しようと試み、朝鮮に対して服属と先導を要求して起こした戦争である。

 秀吉は肥前・名護屋に司令部を置き、麾下16万の精兵を第一軍から第九軍に編成して、1592(文禄元)年4月から順次朝鮮への渡海を命じた。
 第一軍2万は小西行長らが率いた軍で、徹底した殺戮の限りを尽くし釜山鎮から漢城へと北上した。

Th 第二軍2万3千を率いたのが、加藤清正である。
 清正は行長とは犬猿の仲、行長とは異なり「久留の計」によって捕虜や民は殺さなかった。

 物語は、二つの国の二人の人物の、出会いと絆によって紡がれていく。いずれも実在の男たちである。
 一人が佐屋嘉兵衛忠善、清正軍傘下の筒衆頭(鉄砲隊長)である。彼は、のちに明軍の捕虜となり「降倭」として朝鮮側につく。
 もう一人が良甫鑑、朝鮮国王子付の文官だったが清正軍に捕えられ、「附逆」として清正の側近・通辞となる。

 実在の人物といっても佐屋嘉兵衛は、著者がその出生と経歴を創作した人物である。
 モデルとなったのは「降倭の武将・沙也加」、のちに女真討伐で功績をあげ国王・宣祖から「金」という姓と「正三品」の地位を与えられ73歳の生涯を閉じた金忠善である。
 ただ彼の存在を示す文書と祠堂・墓所は確認されているが、何者だったかは不明である。

Thrtwobe0q_2 実は36年前、私はその「沙也加」を日本のテレビ番組で初めて登場させたことがある。
 文禄・慶長の役の時、南原で島津軍に拉致された陶工の末裔・14代沈壽官を主人公にした「歴史ドキュメンタリー」のハイライトで、沙也加の末裔と対面させた。

 韓国・大邱からおよそ20キロ、山奥深く沙也加の村「友鹿邑」はあった。周囲からは今も「降倭の邑」と呼ばれ孤立しているが、村民たちは日本人の末裔と自負している。
 日本人となった李朝朝鮮陶工の末裔と韓国人になった日本武将の末裔との対話、370年の歴史を語るのである。

Img893_640   「国を蹴った男」(講談社)

 第34回吉川英治文学賞新人賞を受賞した、2012年刊行の短編集。「小説現代」に掲載された6作品がおさめられている。

 武田家牢人衆・与惣兵衛を主人公に描いた「牢人大将」や柴田勝家の筆頭家臣・佐久間盛政の「毒蛾の舞」、今川家の城主の座を自ら捨てた氏真の「国を蹴った男」などなど、気骨と果断によって戦国の世を生き抜いた敗れざる者たちの魂の物語である。

Img894_640   「巨鯨の海」(光文社)

 2013年に刊行された短編集。「小説宝石」に掲載された6作品を、加筆・修正して単行本化した。
 いずれも熊野・太地の鯨組に属する海の男たちの、生きざまがテーマ。

 登場するのは、旅刃刺・仁吉、刃刺筆頭・徳太夫、口問い・晋吉、吉蔵・才蔵・太蔵の三兄弟などなど。
 棟梁・太地角右衛門以下、沖合衆・納屋衆の組織、勢子船に乗る刃刺・刺水主・水主・艫押・取付、持双船・樽船など、鯨組の集団と鯨との壮絶な闘いが鮮やかに描かれる。

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