« March 2015 | Main | May 2015 »

April 30, 2015

2602.第81回「東光展」

004_640 ゴールデン・ウイークの一日、上野公園に出かける。
 毎年このシーズンに開催される「東光展」の鑑賞である。

 ブログで毎年紹介しているが、この公募展には高校の先輩と大学の後輩の作品が並ぶ。
 お二人とも東光会の会員、プロの女流画家である。

015_640 右の作品が、先輩の阿久根律子さんの「蓮」。
 静物画では「蓮」をライフワークとして描き続けるが、昨年は日本アルプスの山並みと麓の村を描いた「風景画」だった。
 彼女は、静物と風景を交互に出品している。

017_640018_640 40代になってから絵の世界にのめり込み、主婦画家として話題を集めた。
 80歳に近い彼女だが、その筆さばきは若々しい。

008_640
 後輩の木原容子さんの作品は「夏の名残」。
 大学で美術を専攻し高校の美術教師だった彼女は、大病を患って退職、長い間筆を折っていた。
 10年前、再び画を描きはじめたとの便りに安心した。

011_640010_640_2 以来、彼女の画材は「枯れたひまわり」。
 体調が回復するにつれ、年々明るいトーンになっていくのが嬉しい。

 彼女からの手紙には、「今回の作品を最後に100号を卒業したいと思います。『できるだけ明るい絵を』との思いで制作しました」とある。
 ひまわりのバックの板壁が、例年の灰色から薄いグリーンに変わっていた。

005_640 左は、今回の公募展最高賞の文部科学大臣賞を受賞した平野行雄さんの「T嬢」。

 「光は東方より、輝かしい夜明け」を合言葉に、83年前に結成された東光会。
 会員・会友700人を超える、日本でも有数の美術団体になった。

021_640 会場で目にした右の絵は、私の故郷「坊津」を描いたもの。
 枕崎在住の天達章吾さんの作品だが、東光会会員には西日本で活躍する画家が多く、鹿児島は21名。

 そのためか東光展もこの後は、大坂~岡山~鹿児島~広島~熊本~福岡、と巡回する予定である。

 東光展は、上野・東京都美術館で5月10日まで開催。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 27, 2015

2601.2015統一地方選

017_640 統一地方選の後半戦、住まいの真向かいにある幼稚園で区長・区議選に投票した。
 午前10時ごろだったが、投票所は思いのほか混雑している。
 「燃えない地方選」とニュースは伝えていたが、結果はどう出るか。

002_640 幼稚園の周辺を、投票を呼び掛ける選管の車が走っていたが、思いついてこれまでの投票率をネットで調べてみた。

 投票所は、中央区内に21か所ある。ところがその中で、投票率は私の幼稚園が最も高い。

 夜の発表で中央区全体は45.64%だったが、幼稚園投票所は54.33%。
  銀座中学校投票所が26.55だから、倍以上だ。
 いや今回だけでなく、昨年の衆議院選、4年前の区長・区議選でも同様だ。
 私たちの様な「新住民」も増えたが、「旧住民」がまだ多数を占めているからか、こんど町会長に聞いて見よう。

019_640 このブログでも折に触れ書いてきたが、湾岸エリアの人口増のピッチは速い。
 中央区の有権者の数だけで比較しても、この10年で33%増えて110.176人になった。
 4年前の統一地方選に比べても、12.289人多い。そして増えた有権者は30~40代と想定される。

003_640 一方、有権者が選択する対象、例えば区議候補はどうなっているのだろうか。
 以前住んでいた世田谷区や港区、いわゆる山の手と下町である中央区・江東区とのデータ比較である。

016_640 定数(カッコ内)はそれぞれ異なるが、倍率でいえば世田谷(50)が1.64倍と区議選では最も競争率は高く、続いて中央(30)が1.6倍、港(34)1.4倍は千代田(25)・渋谷(34)に次いで5番目、江東(44)は1.36倍。

 候補者の平均年齢は、中央・50歳、江東・51歳、世田谷・48歳、港49歳と若干山の手が若い。

 しかし女性候補者率は、中央・23%、江東・20%、世田谷27%、港・27%と差が開く。何となく想像していた数字だ。

 ただ若年層の人口が増えている中央・江東区、候補者の若返りは如実だ。そのことと、投票行動がどう結びつくか、結果が楽しみだ。(ここまでは昨日の記述)

001_640 朝、中央区のホームページを開いてみた。
 投票率は前述のとおり、前回とほぼ同じの45.64%。世田谷の42.84%よりは若干高い。

 注目の女性の当選者は、中央区は11名中9名当選で全議席の30%を占めるようになった。
 1位・2位・4位と、女性が上位で当選している。

 世田谷の方は、ようやく得票が確定して22名中14名(全議席の28%)、こちらも女性がトップ当選している。
 そして港区も、上位3人が女性である。(江東区は翌日開票のためデータなし)
 人口の急増で中央区も、山の手の人口構成に似てきたのかもしれない。

 蛇足かも知れないが、中央区で当選した女性議員を得票順に4名だけ紹介しておく。

011_640007_640013_640014_640

 なお、区長選は中央区・世田谷区とも現職が当選。
 二人とも、自民推薦の対立候補を破っての当選だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 24, 2015

2600.ダブルインパクト

225pxmfaboston1_640 日本美術10万点を所蔵している「ボストン美術館」。
 なかでも、明治初期に来日したフェノロサやビゲローが蒐集した浮世絵は、5万点を超える。

021_640_2 「東京芸術大学」は、国宝・重文22点を含む3万点のコレクションを所蔵する国内屈指の大学。
 開校以前の明治の洋画・彫刻から古美術、歴代の教師や学生たちが残した作品は、日本近代美術史を語る上で貴重なものと言われる。

 藝大のコレクションの基礎を作ったのが、前身の東京美術学校校長の岡倉天心。
 彼はまたボストン美術館にも在職して、日本美術蒐集の魁となった。

Img004_640 二つの組織のコレクションによる初の展覧会企画が「ダブル・インパクト」、合わせて150点近くが、並べて展示された。

 タイトルとなったダブル・インパクトとは、開国以来常に受けてきた欧米からの衝撃(ウエスタン・インパクト)と、ジャポニズムに象徴される日本からの衝撃(ジャパニーズ・インパクト)をさす。

 展覧会では、ボストンと藝大のコレクションを掛け合せて、日本と西洋が互いに受けたインパクトを「明治ニッポンの美」の中から迫っていく。

Exhibition00_img04_640 展示は、時代を追って6章で構成される。

Highlight03_img01_640 プロローグは「黒船が来た!」。それはまさに「ウエスタン・インパクト」だった。

 日本人は文明開化という激動の時代に遭って、何を見て何を描いたのか。
 そして来日した外国人も、何を感じ何を故郷に伝えようとしたのか。(右上はボストン蔵の三代広重の「海岸通異人館之眞図」、左は高橋由一「浴湯図」藝大蔵)

Img020_640 第1章 不思議の国JAPAN

 「ニッポンはこんな国なのか・・・・」、近代化に侵されていない純真な国ニッポン、欧米人が作り上げた虚構を明治政府は推進した。

Img019_640 アメリカ建国100周年を記念したフィラデルフィア万国博覧会には、欧米の趣向に合わせた精緻な工芸品や繊細な表現をもつ絵画が出品され、見学者を魅了した。
 (左は旭玉山の「人体骨格」藝大蔵、右は高石重義の「竜自在」ボストン蔵、いずれも関節や胴体が自由に動く)

Img016_640_2 第2章 文明、開化せよ

 「時代が大きく動く中」、ニッポンはどう変貌したか。憲法が発布され富国強兵と殖産振興によって資本主義国家を目指した。

Exhibition02_img02_640_2 交通インフラも整備され、市民生活も変化していく。
 新しい時代を享受する人々の活気を、鮮やかな色調が伝える。
 (右上は井上安治「東京名所吾妻橋」、左は楊州周延「梅園唱歌図」、いずれもボストン蔵)

Img017_640 第3章 西洋美術の手習いたち

 「こんな作品をつくってみたい・・・」、西洋文明の波が大きく押し寄せる中、美術の世界も西洋から多くを学んだ。
 重要文化財「花魁(美人)」を描いた高橋由一らも、新技術であった油絵の技法に果敢に挑戦した。

Exhibition03_img01_640 報道画家ワーグマンに学んだ高橋由一と五姓田由松、工部美術学校でフォンタネージに学んだ松岡寿や小山正太郎、浅井忠の作品は今も藝大コレクションに残る。
 (左は松岡寿「凱旋門」、イタリア留学中の作品)

Img015_640_2 第4章 日本美術の創造

 「このまま無批判に西洋美術を取り入れるだけでよいのか・・・・」、新時代に相応しい美術を推進しようとした岡倉天心は、伝統様式と西洋画法を融合した「日本画」の創造を、狩野芳崖らに託した。

Exhibition04_img03_640 芳崖の絶筆にして近代日本の幕開けをつげる右の作品、重要文化財の「悲母観音」。
 高弟の岡倉秋水が模写した「悲母観音」は、ボストン美術館のコレクションの中にあった。
 今回、はじめて並んで展示される。

  1889年に東京美術学校(現藝大)が開校すると、岡倉天心・橋本雅邦らの指導のもと、横山大観・菱田春草・六角紫水らが新時代を担う作品を生み出していく。

 第5章 近代国家として

020_640 「万歳!」、日清・日露に勝利をおさめ、ニッポンは急速に近代国家を確立していった。
 ナショナリズムの台頭とともに、日本神話を主題にした歴史画が隆盛を見せた。

Exhibition05_img02_640 黒田清輝がフランスから帰国すると、東京美術学校に西洋画科が新設される。

Exhibition05_img05_640 日本の美術界は伝統回帰と西洋志向の旧派・新派が対立・影響し合いながら、「明治ニッポンの美」を彩っていく。
 (左は、黒田清輝の「婦人像(厨房)」藝大蔵)

 「ダブル・インパクト~明治ニッポンの美」展は、上野・東京藝術大学美術館で5月17日まで。入館料は1.500円。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 21, 2015

2599.4月のブックから(2)

012先週も、山本兼一(1956~2014)の時代小説を図書館から借りて読む。これで11冊に。

 「今月のブックから(1)」でも触れたが、彼の作品には実在の「名匠」の生きざまを描いたものが多い。
 「白鷹伝」は織田家鷹匠・小林家次、「火天の城」は戦国時代の名工と称される熱田宮大工・岡部又右衛門、「利休にたずねよ」はタイトル通り茶道の宗匠、そして今回紹介するのは「刀工」の波乱に満ちた人生である。

Img987_640   「おれは清麿」(祥伝社'12刊)

 作品の主人公である「刀工」は、江戸末期に活躍した源清麿(1813~1855)、本名・山浦環。
 水心子正秀・大慶直胤と並んで、「江戸三作」と称された名工である。

 信州小諸の赤岩村の名主(郷士)の次男に生まれた環は、兄・真雄とともに上田藩の刀匠に学んだ後江戸に出る。

Th 江戸では、幕府の軍学者で剣術家の窪田清音の門をたたき、彼の後見で屋敷内に鍛冶場を設け作刀に専念する。

 小説では環が初銘・正行から清麿、さらには「四谷正宗」と称されるほどの第一人者となりながらも、42歳の若さで突如自害して果てるまでをドラマチックに描いていく。

Thxygb752v 名刀が生まれる過程を、材料となる鉄の選択から焼きいれまで丁寧に描く一方、在郷の妻・つる、松代でのきぬ、江戸での愛妾とくと、彼を支えた三人の女への「のめりこむ愛」が、孤独な「匠」の心とともに描写されていく。

 一時期江戸を出奔して長州・萩で鍛冶を指導するが、作者は萩に出向いて資料を調査しこれまで知られなかった清麿の姿を描き出す。

200pxminamotokiyomaro 現代では、刀剣愛好家の中で最も人気の高い「銘・清麿」だが、水心子と大慶を乗り越えて、不朽の名刀工になるまでの「鍛冶場での戦い」の筆が作品のハイライトといえよう。

 源清麿を題材にした作品は、これまでも吉川英治の「山浦清麿」(1938年)、隆慶一郎「鬼麿斬人剣」(1987年)とあるが、「おれは清麿」は伝記として彼の生涯を描いた初めての小説である。

Img977_640   「狂い咲き正宗」(講談社'08刊)
   「黄金の太刀」(講談社'11刊)

 「おれは清麿」より前に執筆された短編連作で、清麿は主要な脇役として登場している作品。

 副題に「刀剣商ちょうじ屋光三郎」とあるように、商人・光三郎が「刀剣」に関わる様々な事件を解決していくお話。

 主人公は、幕府の刀剣などを管理する御腰物奉行の息子だったが、侍の世界に嫌気がさし「ちょうじ屋」の婿になった男。
 子供の頃から刀好きで目利きは天下一品、古刀から新刀まで仕入れて真贋を判定して売るのが商売。
 作刀にも興味があり、暇があると清麿の鍛冶場に出入りする。

Img978_640_2 古くからの刀鍛冶の集団が住む相州鎌倉や美濃関、備前長船などが舞台となって話は展開していく。

 「町人の目で武士の世のまやかしを一刀両断!
 奉行の家に生まれながら、武家であることに飽き、
 しゅっぽんして刀剣商に婿入りした光三郎。
 刀に魅入られた男たちの難題を、どう捌く!?」となる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 18, 2015

2598.4月のシネマ(2)

 イギリスの天才数学者と天才物理学者の半生を描いた映画が2本、同時に公開されている。
 数学者は戦前、物理学者は戦後だが、二人ともケンブリッジで学び現代科学に大きな貢献をしている。

 映画に出演した主演男優・女優は、今年のアカデミー賞にそれぞれノミネイトされ、物理学者を演じたエディ・レッドメインがオスカーを受賞している。

Img983_640   「イミテーション・ゲーム」

 主人公はアラン・チューリング(1912~1954)、天才数学者にして暗号解読専門家、チューリングマシン(現代のコンピューター)の開発者として今世紀に入って脚光を浴びている科学者。

Bomberebuild 第二次世界大戦時、解読不可能とされていたドイツ軍の暗号「エニグマ」の解読に成功した人物だが、その生涯は重要機密としてイギリス政府によって封印されてきた。

350926_001 映画化が始まったのは、2009年に当時のブラウン首相が政府として亡き彼に謝罪し、名誉回復が図られたニュースから。

 アメリカのミステリー作家グレアム・ムーアが脚本を書き、ノルウエーの監督モルテン・ティルドウムが、ベネディクト・カンバーバッチを主役に撮った。

350926_005_3 驚異的な頭脳の持ち主ゆえ、軍の暗号解読チームのなかで孤立しながらも、彼を愛し支える女性(キーラ・ナイトレイ)たちの助けを得て成功させる。
  しかし彼は、誰にも明かせない秘密を持つ「男」だった。

350926_008 彼はいかにして「エニグマ」の謎を解いたか、しかしなぜ彼の「戦後」が封印されてきたのか。
 ここ10年、「あらゆる現代コンピューターのゴッドファーザー」と、ジョブスやビル・ゲイツらに崇拝されているアラン・チューリング。

 暗号の謎解きというミステリー的な面白さと同時に、彼を取り巻く人間関係のドラマが作品を盛り上げる。

350926_009 今年のアカデミー賞では、「作品賞」「主演男優賞(ベネディクト・カンバーバッチ)」「助演女優賞(キーラ・ナイトレイ)」など8部門にノミネイトされ、「脚色賞」を受賞している。

 「イミテーション・ゲーム」は、チューリングの人工知能と人間の脳の関係を論じた論文のタイトルから。


Img984_640   「博士と彼女のセオリー」

 こちらの主人公は、「車椅子の天才」として私たちにも馴染み深い物理学者スティーヴン・ホーキング(1942~)。
 21歳の時に「ブラックホールの特異点定理」を発表して、理論的宇宙論の第一人者として今も活躍している。

350923_001 ヒロインは、ケンブリッジ大学でホーキングと出会い、ALS(筋委縮症側索硬化症)の難病を抱えた彼と結婚して、25年の研究生活を支えた妻ジェーン。
 文学者でもある彼女の回想録をもとに描いた、ラブ・ストーリーである。 

350923_005 余命2年と宣告された彼に寄り添い、5年から10年、さらには25年と時間を紡ぐ二人。
 3人の子どもを育てながらも、文学研究の道を忘れられない彼女の葛藤が、もう一人の恋人の登場もふくめ素直に綴られていく。

350923_002_2 舞台俳優としても知られるエディ・レッドメイン(「レ・ミゼラブル」'12)が、ホーキングの役を見事に演じてオスカーを受賞したほか、ジエーン役のフェリシティ・ジョーンズ(「アメイジング・スパイダーマン2」'14)が「主演女優賞」ノミネイト、「作品賞」「脚色賞」などにもノミネイトされた。

350923_003 監督は、ドキュメンタリー映画「マン・オン・ワイヤー」''08)でアカデミー賞を受賞したジェームズ・マーシュ。
 「ホーキングの知性は宇宙のギリギリ限界まで旅することができるのに、彼の肉体は閉じ込められているんだ」と語る。

 余談だが、「イミテーション・ゲーム」の主演ベネディクト・カンバーバッチも、10年ほど前にBBCテレビドラマでホーキング博士を演じ、モンテカルロ・テレビ祭で主演男優賞を受賞している。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 15, 2015

2597.桜in浜離宮

In_111_640In_110_640In_008_640
 ここ数日の雨で桜(ソメイヨシノ)は散り、東京の花見のシーズンは終わった。

 私が毎年楽しみにしているのは、遅咲きの桜。それも多くの品種を比較できる「浜離宮」の桜である。
 晴れ間は午前中だけというので、早々に出かける。

In_009_640In_020_640In_014_640
 「白妙」「白雪」「駿河台匂」。

 優雅な名前を持つ桜は「サトザクラ」、いわゆる園芸種の仲間である。

 江戸時代に将軍・吉宗の命で、墨堤や飛鳥山に植えられた桜は「ヤマザクラ」。町人たちに春を楽しんで貰おうとの、粋な計らいだった。

 ところが将軍家の庭園である「浜御殿」は「サトザクラ」、その後の品種改良や突然変異で今の姿になった。

In_039_640In_023_640In_031_640 「関山」は満開だったが、花弁が黄色の「御衣黄」や薄緑の「鬱金」はまだ3分から5分咲き、見ごろは来週になるだろう。

In_042_640In_034_640In_013_640_2
 「普賢象」「一葉」「八重」と、庭園の「潮入りの池」を一周してカメラに収めた。

 因みに「日本三大桜」は、「淡墨桜」(岐阜)と「神代桜」(山梨)そして「三春滝桜」(福島)。
 前者二つは「エドヒカン」の1500~2000年の古木、滝桜は「ベニシダレ」の1000年樹。
 滝桜の苗が、福島応援のお礼として全国に送られているとのニュースも聞いた。

In_087_640In_085_640In_084_640
 来月ゴールデンウークまで、浜離宮は「花と緑の集い」を開催中。
 この期間、地元の中央区民は入園料が無料となる。

 散策した日、中之島の御茶屋には桜の花びらで染めたスカーフやハンカチも並び、訪れる人たちの目を楽しませてくれた。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 12, 2015

2596.春・旧東海道を歩く

009_640026_640_2 今月の「ひとまくウオーキング」、鎌倉から離れて「旧東海道を歩く・第6弾」に参加した。
 酒匂宿から小田原宿まで、案内はいつものように「鎌倉ガイド協会」である。

012_640_2014_640 スタートは「JR国府津駅」。
 まず袖ヶ浦海岸にある親鸞の「草庵旧跡・勧堂(すすめどう)」に寄って「真楽寺」に。

 鎌倉から京に向かう親鸞は、ここに7年間滞在して村民の教化に当たったとされる。
 寺号も親鸞の命名で、境内にある「帰命堂」には親鸞が石に指で書いた名号が安置されている。

031_640028_640 1.5キロほど歩いたこの辺りは、「小八幡一里塚」があったところ。
 旧東海道に設置された「日本橋から19番目」の一里塚で、昔は松林で囲まれた塚があったらしい。
 現在はバス停に、その名を残すのみである。

039_640032_640 平安のころは「驛制度」が敷かれており、ここには「小総駅(おぶさのうまや)」が置かれた。
 村の「八幡神社」には道祖神や庚申塔が集められていた。

058_640049_640 酒匂(さかわ)に入ると、寺院の数が増える。
 真言宗「南蔵寺」、時宗「上輩寺」、浄土宗「大見寺」、鎌倉幕府御家人・酒匂家の郷だっただけに頼朝や実朝などとの所縁が場所が残る。

059_640061_640 旧東海道に面した「川辺本陣」跡。
 「酒匂宿」は、東海道五十三次の「大磯宿」と「小田原宿」との中間にあるいわゆる「中宿」で、近くには「浜部御所(はんべごしょ)」もあった。

 御所には、源頼朝が上洛や富士の裾野での巻狩りのおり逗留した。
 また実朝が、ここで和歌を詠んだ謂れから「連歌橋」の名も残る。

071_640073_640 酒匂と小田原の境にある「酒匂川」。
 東海道五十三次道中の「最初の難所」で、古くから「船渡し」が行われていた。
 しかし1674(延宝2)、船による通行は禁止され「徒渡制」となった。

120110321180318_640_2 「徒渡り」とは、手引き・肩車・輦台など川越人足に手間賃を払って渡る方法。
 右の浮世絵、広重「東海道五十三次・小田原『酒匂川』」には、その様子が描かれている。

077_640_2079_640_2 その難所で足止めに会った日蓮のエピソードが残る寺、酒匂川の河畔にあるお寺で休憩を兼ねて法話を聞いた。

 前夜来の大雨で川は増水、止む無く河畔の地蔵堂で一泊した日蓮御一行、案内したのが翁に化身した地蔵菩薩だったという。
 法華宗に改宗した堂守に日蓮が与えた法号が「済度法船」、以後この寺は「済度山・法船寺」の寺号で呼ばれる。

093_640089_640 酒匂橋を渡っておよそ1キロ、「小田原宿江戸口見付」の一里塚がある。
 その江戸寄りが先に紹介した「小八幡一里塚」だから、国府津からは6キロほどの地点になる。

 「見付」は小田原に入る東の出入り口として、城下警備の重要な役割を担っていたようだ。
 すぐ近くには、小田原北条家4代の氏政が勧請した「北条稲荷」があった。
 父・三代氏康が老狐の祟りで亡くなったとして、社を築いたそうだ。

101_640100_640 小田原宿の「本陣」は、残っていない。
 維新後、京~東京を往復した明治天皇が5回宿泊したとの説明文と、石碑が残っているだけだ。

111_640 そして今回の「旧東海道を歩く第6弾」のゴールは、「小田原宿なりわい交流館」。
 昭和初期に建てられた旧網問屋を再整備した建物で、観光案内・お休み処」、地場産業の情報発信の場として2年前にオープンした。

112_640Hit_002_640 何時もならこの後は「懇談の場」なのだが、今回は仲間たちとは別れて、ひとり小田原城方向に。
 昔から体調不調の折に飲んでいる、「ういろう」の店を訪ねた。

Th 歌舞伎十八番の「外郎」でも有名な生薬製剤の店で、北条早雲に招かれ京から移住した5代目外郎藤右衛門が開いた。
 店の構えは小田原城を模し、小田原観光の名所の一つとなっている。

 今回の「ひとまくウオーキング」は、ドアtoドアで19.090歩。疲れたので帰りは新幹線に乗った。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

April 09, 2015

2595.4月のブックから(1)

Thxn3xnshq 前回紹介した中村彰彦と同じく、編集者出身の歴史小説家のひとりが山本兼一(1956~2014)。昨年の2月に惜しくも57歳の若さで亡くなった。

 彼の作品については、ここ10年の間に何冊か手にとってきた。

Thvuvr3h11 最初が彼の長篇デビュー作「戦国秘録 白鷹伝」、信長配下の鷹匠・小林家次を主人公に白鷹「からくつわ」との交流が描かれた。
 続いて、同じ信長の配下で鉄砲隊を創設した橋本一巴の生涯を綴った「雷神の筒」に、信長暗殺をめぐる連作短編「弾正の鷹」。

Th789ij1mi 映画の方が先だったが、松本清張賞を受賞した「火天の城」(ブログ1356号で紹介)と直木賞受賞作品「利休にたずねよ」(ブログ2404号で紹介)の5冊である。

Thkuipda98 「火天の城」(文芸春秋刊'04)は、信長の野望のシンボルとなった安土城を造った男たちの葛藤と、築城のプロセスが克明に描かれた作品だった。

 主人公は岡部衆を率いる宮大工の総棟梁(番匠)、映画では西田敏行が扮していたが、巨大プロジェクトの進行と並んで番匠を支える妻(大竹しのぶ)と娘(福田沙紀)との家族ドラマが描かれていた。

Th49jrlt2v 「利休にたずねよ」(PHP研究所刊'08)は、市川海老蔵が利休に扮して話題を呼んだ。
 晩年の利休が、なぜ敢えて秀吉と対立して切腹したのか、彼の「美意識」の極限に迫った作品だった。

Thuhyzpcoj 利休の「美意識」に惚れ込んだ信長と、嫉妬し恐怖を抱いた秀吉を対比させ、フィクションとして「異国の女」を配することで、今もなお「謎」とされている利休の死に、ミステリックな答えを用意した。

Img976_640_3 今月、最初に読んだ山本兼一の作品は「修羅走る・関ヶ原」(集英社刊)。
 「小説すばる」に'11年1月から'12年11月号まで連載された小説を、単行本として昨年7月に刊行した。

 一般に連載物の単行本化にあたっては著者が手を加えるが、逝去後のためそのまま刊行されている。

Blog_import_50fa115c4d978 天下分け目の戦い「関ヶ原合戦の一日」を、西軍・東軍・日和見・裏切りの武将たちの思惑を時系列に交錯させて描いた長編である。

Th61 登場人物は、石田三成(西軍)→土肥市太郎(三成の家来)→徳川家康(東軍)→黒田長政(東軍)→福島正則(東軍)→井伊直政(東軍)→松野重元(小早川の家臣)→宇喜多秀家(西軍)→大谷吉継(西軍)→土肥市太郎→土肥市次郎(弟)→竹中重門(軍師・半兵衛の息子)→島左近(西軍)→明石全登(宇喜多の家臣)→可児才蔵(福島の家来)→織田有楽斎(東軍)・・・・・吉川広家(毛利の家臣・東軍派)・・・・・蒲生郷舎(西軍)・・・・。

2 「関ヶ原」については、家康・本多正信×三成・島左近四人の人間模様を中心に描いた司馬遼太郎作品が有名。

 また最近刊行された、当代の人気作家7人による競作長篇もある。
 こちらは、徳川家康(伊東潤)・石田三成(葉室麟)・宇喜多秀家(上田秀人)・小早川秀秋(沖方丁)・織田有楽斎(天野純希)・可児才蔵(吉川永青)・島津義弘(矢野隆)が、それぞれ登場する。

Th62 こうした作品に比べて、山本作品が描いたのは「関ヶ原合戦の歴史的な解釈ではなく、その場に立ち修羅とならざるを得なかった男たちの死生観だった」(安部竜太郎)
 戦場に身を置いた登場人物たちの思いや覚悟、戦略や戦術が臨場豊かに描かれていくのだ。

 あまり知られてはいない土肥兄弟に、かなりのページを割いているところに山本の「死生観」を見る。
 この作品が書かれた頃、山本はすでに病床に伏していたのである。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

April 06, 2015

2594.4月のシネマ(1)

20150308dyo00m200004000p_size7 中国映画界「第5世代」の監督といわれるチャン・イーモウ(張芸謀)64歳、西安に生まれた彼は「文化大革命」によって下放させられ、農場で3年工場で7年の重労働を体験した。
 26歳の時ようやく解放され、その後は北京電影学院に学び映画の世界に進んだ。

Thkaalfz2x チェン・カイコー監督の「黄色い大地」('84)ではカメラマン、ウー・ティエンミン監督の「古井戸」('86)では主演と撮影を担当し東京国際映画祭で俳優賞を受賞している。
 そして翌年、彼は「紅いコーリャン」で監督デビューした。

 日中戦争を背景に、造り酒屋に売られたヒロインの運命を描いたこの作品は、「紅」を基調とした鮮烈な映像美が話題となり、ベルリン国際映画祭では最高賞の金熊賞を受賞した。

Tho5f48b13 この作品で主役としてデビューしたのが22歳のコン・リー、以後「菊豆」('90)「紅夢」('91)と多くの作品で彼女はイーモー監督とコンビを組んでいく。
51jpe8tp2jl__sl500_aa300_ なかでも「秋菊の物語」('92)は、ヴェネチェア国際映画祭で金獅子賞を受賞しコン・リーも主演女優賞に選ばれている。 

Th44uos4dp 彼の数多くの映画の中で、文化大革命時代の体験をもとに描いた作品は、カンヌ国際映画祭審査員グランプリを受賞した「活きる」('94)、ベルリン国際映画祭銀熊賞(審査員グランプリ)の「初恋のきた道」('00)、「サンザシの樹の下で」('10)があるが、今回見た「妻への家路」も「文革」の悲劇を真正面から捉え、中国現代史の暗部を隠さずに告発している。

Img970_640   「妻への家路」

 これまでの「文革作品」とは異なり、老夫婦の物語である。
 それだけに同世代の私たちにとっては身につまされる。

 文革により右派分子とレッテルを貼られ、強制労働収容所に送られた大学教授。
 17年後に、耐え切れずに収容所を脱走して妻子のもとに逃げ隠れようとしたが、紅衛兵の影響をうけた娘に密告されて逮捕される。

351076_006 目の前で愛する夫が捕まえられるのを見た妻は、心因性の記憶障害に陥った。

351076_001 それから3年、文革は終結し夫は釈放されて家に帰る。しかし妻は、夫を「認識」することは出来ず、夫を迎えにたびたび駅に出かける。

351076_003 妻の記憶の回復を願って、投函出来なかった収容所時代の手紙を読んで聞かせるが・・・・・。

 「私の記憶をなくした妻が、今日も隣で私の帰りを待ち続けている」
 文化大革命で引き裂かれた夫婦愛を通して、チャン・イーモーウは自らの青春を奪った文革に静かな怒りをぶつけるのだ。

351076_005 夫を演じたチェン・ダオミンの澄んだ悲しみと、コン・リーの凜とした孤独感が胸打つ。
 ダオミンにとってイーモウ監督と組むのは「HERO」('02)以来、元恋人だったコン・リーも「王妃の紋章」('06)後の久しぶりのタッグとなった。

 昨年のカンヌ国際映画祭に、特別招待された作品。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

April 03, 2015

2593.博物館でお花見を

Img991_640_2 東京国立博物館の春の恒例行事、「博物館でお花見を」に出かける。

034_640_2 本館(日本ギャラリー)の各展示室で、桜をモチーフにした作品を鑑賞するイベント。
 絵画・衣装・陶磁・漆工・・・・・・などなど、様々な桜を楽しんだ。

 まずは「国宝室」(2室)で「花下遊楽図屏風」。
 狩野長信筆江戸時代(17世紀)の作品である

030_640_2Img994_640_2 観桜の情景が描かれた屏風で、左隻では御堂の縁に貴公子が座り着飾った男女が踊る様子を見物している。
 右隻では、高貴な女性たちが桜の木の下で音曲を楽しんでいる様子が描かれている。

Img993_640 同じ屏風では、7室の「吉野山図屏風」(左隻)。
 尾形光琳に学び近衛家に仕えた絵師、渡辺始興の作品(江戸時代・18世紀)。

 谷から屋根を埋め尽くす桜は、まさにひと目千本。今も人気の吉野の春を描いた屏風である。

Img995_640 書画(8室)では、光琳の弟・尾形乾山の「桜に春草図」があった。
 乾山の作品は陶器の絵付けなどが多いが、この掛軸は珍しい絵画遺品。

 斜めになったり、自由に配置された和歌の文字が、桜や春の草花に溶け込んでいる。
 和歌は室町幕府九代将軍・足利義尚への祝いの歌、叔父・義視との継嗣争いで応仁の乱を誘発した、あの将軍である。

039_640 同じ8室にあったのが、「枝垂桜蒔絵棗」。
 江戸時代初期・17世紀の作品で、京都の無名の工人たちによって作られた、いわゆる「嵯峨棗」の代表作品。

 枝葉が巧みに配置され、一本の枝垂桜が棗の表を覆っている。

059_640057_640 陶磁器は13室。
 右が「色絵桜樹図皿」、鍋島焼・18世紀。
 左は「色絵桜人物文大皿」、伊万里焼・18世紀。

047_640 9室の「能と歌舞伎」のコーナーに展示されていたのは、「振り袖紅縮緬地桜流水模様」(江戸時代・19世紀)。

 歌舞伎の演目「本朝二十四考」に登場する八重垣姫が身に付けた振袖、桜が立体的に刺繍されて浮き上がる。

051_640055_640_2ほか、「江戸名所之内・隅田堤雨中之桜」(左)や「名所江戸百景・隅田川水神の森真崎」(左)など、広重や歌麿の浮世絵など桜をモチーフにした「浮世絵」がならぶ。

 桜マークの付いた展示品を探しながらおよそ1時間、今も桜を愛でて多くの人たちが訪ねる名所を一堂で楽しむことが出来た。

061_640066_640064_640074_640
 展示室から庭園に出ると桜が満開。

 「エドヒガン」や「オオシマザクラ」、「ミカドヨシノ」や「ケンロクエンキクサクラ」など、およそ10種類の桜が迎えてくれる。
 東京国立博物館の春の庭園公開は、4月19日(日)まで。観覧料620円(本館も含めて)。

088_640 桜を愛でた後は、隣の「黒田記念館」に。
 洋画家・黒田清輝(1866~1924)の遺言により、その遺産によって建てられたもので最近改装されて展示室が設けられた。

 黒田が最も充実していたころの作品4点が並ぶ「特別室」は、年3回およそ10日間だけ公開される。

 画は左から、「読書」(1891年)「舞妓」(1893年)「湖畔」(1897年)「智・感・情」(1899年)。
 春の公開は5日(日)まで。入場無料。

085_640083_640082_640081_640

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« March 2015 | Main | May 2015 »