« April 2015 | Main | June 2015 »

May 31, 2015

2613.日蓮の足跡を小町大路に

001_640 スタートは、鎌倉駅東口9時。
 今月の「ひとまく鎌倉ウオーキング」は、小町大路沿いに日蓮聖人の足跡を訪ねる、という企画。

014_640 「小町大路」は、筋違い橋と材木座を結ぶ鎌倉時代からの幹線道路、若宮大路と平行する。

006_640012_640 当時、大路に面して商人や漁師の町があり、安房・清澄寺で宗派を開宗(1253年)した日蓮は、翌年鎌倉に出てここで「辻説法」による布教を始めた。

 コースは、まず日蓮宗「大巧寺」(おんめ様)で、花の香りを楽しんでから大路を歩く。

020_640018_640_2 「日蓮大士辻説法之霊跡」は、大路沿いにあった遺跡の幾つかをを集めた公園。
 ここには、日蓮が辻説法のとき腰を下ろした「腰かけ石」も置かれていた。

024_640022_640 赤い欄干の「琴弾橋」を渡って小町へ。
 「ぼたもち寺」とも呼ばれる「常栄寺」に着く。

029_640028_640_2 紀州徳川家の家老の娘が開いた尼寺で、日蓮が幕府や他宗派を批判したとして腰越・龍口刑場に護送された折り、「桟敷の尼」が「胡麻のぼたもち」を捧げた故事が伝わる。

044_640_640 その後日蓮は斬首を免れて佐渡配流となったため、その「ぼたもち」が「頸つぎ」と呼ばれ、以来常栄寺は「厄除け」の寺として知られるようになった。

 寺号は、「桟敷尼」の法名「妙常日栄」からきている。

033_640032_640 「本興寺」も、日蓮ゆかりの寺である。
 門前には、日蓮辻説法の碑がある。

 江戸の初め、寺の住職が「不受不施」を説いたため家康の怒りに触れて一時廃寺となった。

 「不受不施」とは、法華信者以外のお布施を拒否し、また信者以外には供養を施さないという日蓮宗の原理主義思想。
 この派の信者は、たびたび宗教弾圧を受けている。

041_640_2039_640_2 「小町大路」を材木座海岸近くまで下ると、「妙長寺」がある。
 山号が「海潮山」、その名の通り「海」に由緒を持つ寺である。

038_640Img040_640 1261(弘長元)年、伊豆国・伊東へ流罪(伊豆法難)となった日蓮が船出した沼ヶ浦に建立された寺で、1681年の大津波で寺が流されてここに移転した。

 境内には「伊豆法難記念塔」や「法難御用船(模型)」が置かれてる。

052_640050_640 最後は「實相寺」、曽我兄弟に父の仇として討たれた工藤祐経の屋敷跡に1284(弘安7)年に創建された。

 開山の日昭上人は祐経の孫、日蓮六老僧の一人として、日蓮亡き後には一門の長老として宗派を率いた。
 103歳入寂、本堂背後の丘に眠っている。

Nichirenupr_640080_640_640 1254(建長6)年から1274(文永11)年までの20年、鎌倉を中心に布教を続け、「立正安国論」を著して幕府に建白するなど、行動する宗教家として生きた日蓮。

 その間に「松葉ヶ谷法難」(1260年)「伊豆法難」(1261年)「小松原法難」(1264年)「龍口法難」(1271年)と、4回もの弾圧を受けてきた。

076_640_640_2 鎌倉の地には、日蓮が囚われた土牢や焼き討ちされた草庵など、その痕跡が残されている。

 日蓮の足跡を、「小町大路」沿いに訪ねた「ひとまく鎌倉ウオーキング」、3時間で歩数は10.520歩を記録した(ドアtoドア)。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 28, 2015

2612.5月のブックから(2)

 先月に引き続いて、遠藤誉さんの著作から。

 すでに紹介したように、理論物理学者だった彼女が、中国の政治・経済を研究するようになったのは、筑波大学に留学してきた中国人学生を支援したことがきっかけだった。
 その後彼女は、再び中国に渡り政府のシンクタンクである「中国社会科学院」の客員研究員兼教授や、国務院西部開発弁公室の顧問などを歴任する。

Img033_640 そして、中国滞在中に培った中国高官たちとの「太いパイプ」を通して、中国の「権力の全貌」を読み解くノンフィクションを次々と出版する。

 今回は、先日著者から頂いた本2冊を紹介しよう。

Img010_640_2
   「チャイナ・ナイン」(完全版)
        (朝日新聞出版'14)

 「チャイナ・ナイン」とは、中国を動かす9人の男たちをいう。
 正確には、「中国共産党中央委員会政治局常務委員会委員」の9人である。

Thl5toots7_640 ところが胡錦濤政権時代の9人は、3年前の11月に開催された第18回党大会で、習近平政権誕生と同時に7人に変わった。

 なぜ「チャイナ・ナイン」が「チャイナ・セブン」に変わったのか、筆者は周永康事件に焦点を当てた「新章」を加えて、文庫「チャイナ・ナイン(完全版)」を昨年秋に刊行した。

Th7d6l3c07_640 原本は、3年前の3月16日に出版された。
 その中で筆者は、薄熙来(中央政治局委員・重慶市共産党委員会書記)の失脚を予言していた。

 その薄が重慶市書記の職務を解任されたのが発売前日の15日、中央政治局委員などすべての職務をはく奪されたのは4月10日だった。
 ご存じのように、薄はその後無期懲役の刑を受けて収監、妻・谷開来は殺人罪で死刑判決を受けている。

 まさに、そこには「ハリウッド映画並みのスルリとサスペンスに満ちた政治人間ドラマ」があり、本書は中国共産党最高指導部の構造と人脈、次世代リーダーの群像を展望するなかで、彼らひとりひとりの「履歴書」をタイムリーに描いている。

 権力構造の分析は、私たちが中国の政治・経済を知るための基本的な知識となる。

Thba2vunbh_640 一つは前国家主席・江沢民率いる「上海閥」、経済成長を重視し中国の強国化には貢献したが、党幹部や官僚の腐敗の温床を生み、貧富の格差を拡大した。

Thl8d2u51d_640 対するのが次の国家主席・胡錦濤の「団派」、中国共産主義青年団出身のエリートたちである。
 若いころから共産主義の理想に燃えていたから、比較的清廉潔白である。
 そして彼らは、胡錦濤を中心に貧富格差を軽減するための「和諧社会」を提唱する。

 さらにもう一つ、共産党高級幹部の子女たちの「太子党」が台頭してきた。
 「江胡闘(ジャンフードウ)」は、やがて三つ巴の権力抗争となっていく。

 まさに「リアル三国志」、その「実録ドラマ」が私を興奮させるのだ。

Img009_640
   「チャイナ・セブン」
    (朝日新聞出版'14)

 「チャイナ・ナイン(完全版)」のひと月後に出版されたのが、このドキュメント。
 副題に「〈紅い皇帝〉習近平」とあるように、「かって、家畜と寝食ををともにした男が、いかに〈皇帝〉にのし上がり、いまどんな『世界地図』を描こうとしているのか」が綴られる。

Th9feggt64_640 この著書のページを紐解くことによって、昨日・今日と日々メディアを賑わしている「AIIB」や「海洋進出」、「反腐敗」「言論弾圧」、そして「日中関係」の背景を読み解くことが出来る。

 もちろん前著作と同じように、2012年の党大会で選ばれた習近平・李克強以下、張高麗までの7人の中央政治局常務委員の生い立ちや、派閥、選出された背景もドラマチックに書かれている。

Img_4_640 また著者は、次期政権(2017年第19回党大会で選出)、さらには次・次期のチャイナ・セブンの候補12名+αをも考察する。

 習近平と李克強以外の5人は「70歳定年制」で引退するので、新たに加わるのも5人。
 彼らの派閥傾向や後ろ盾の記述は、将来の中国を知るための必須資料となる。

Rw20140715151648_640 メインの「習近平実録」は、「延安の誓い」「雌伏のとき」「中央へ昇る」と3章にわたって精緻に描かれているので、ぜひ本書を手にとって欲しい。

 一言でいえば、「『若いころは反革命分子、逆賊の子どもとして虐められ、ノミやシラミに覆われながら家畜とともに土間で寝起きし、過酷な農作業を強いられた青年』習近平が、その逆境の中で何を学び、何が今日の彼を築き上げたのか」である。

Th001_640 1949年10月1日の中華人民共和国建国以来、毛沢東に次ぐ力を持った指導者といわれる習近平、第6章のタイトルは「〈紅い皇帝〉は13億人をどこへ導くのか?」である。

 なお最終章では、本の出版2か月前に始まった「香港デモ」を、「金か、人間の尊厳化」と見事に喝破している。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 25, 2015

2611.初夏・上高地(2)

188_640196_640 飛行機に弱く、海外旅行は好まない連れ合いの、年に1回だけの贅沢。
 上高地の旅は、新緑の森の散策とホテルでのグルメである。

193_640 梓川河畔の散策から戻ると、吹き抜けのロビーラウンジで一休み。
 中央にあるマントルピースが、山小屋の雰囲気を醸し出す。
 まずここで、食前酒「ドライマッティーニ」を一杯。

197_640199_640_3 昨年もある方の求めで、ディナーのメニューをアップしたが、今回もダイニングルームのフランス料理から紹介しよう。

201_640_3 前菜は〈クリーミーなアボカドのムース、マグロと信州野菜を合わせて〉。

202_640200_640_2 続いて〈蕪のスープ〉と〈黒むつとホワイトアスパラガスのポワレ、濃厚な卵黄のソースで〉。

 ロールパンとフランスパンがつく。

205_640204_640_2 魚の次のお肉料理は〈国産牛フィレ肉のポワレ、青豆のピュレにのせて、長野県産レタスのブレゼと共に〉。

 最後が〈柑橘のスープ、信州産ヨーグルトソルベを浮かべて〉そして〈コーヒー〉。
 二人でハウスワイン〈赤〉一本を空けた。

208_640 翌日は、「あずさ庵」での懐石料理。

284_640 〈前菜〉は、季節の珍味盛合せ。
 湯葉のふきのとう味噌掛け、片栗の花のおひたし、またたび新芽の胡麻和え、トマトの信州ワイン煮。

286_640289_640 〈御椀〉 筍山菜鍋
 筍、うるい、木の芽、吸地。

 〈造里〉 信濃雪鱒(長野)、鮪(奄美)、鰆(青森)、白海老(富山産)。

293_640291_640 〈揚物〉 稚鮎焼き上げ、山菜天婦羅。

 〈炊合〉 長芋、南京、赤パプリカ、穂高隠元、木の芽。

296_640299_640 〈酢の物〉 富山湾産蛍烏賊酢味噌掛け。

 〈御飯〉 鯛茶漬け、香の物。

302_640 〈水菓子〉 苺のバヴァロワ。

 お酒はホテル銘の純米冷酒、二人で三合いただいた。

 今年の「贅沢」は、これで終わった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 24, 2015

2610.初夏・上高地

273_640_2099_640068_640022_640
 日本を代表する「自然の聖地・上高地」。

 穂高の山並みと梓川、新緑の息吹を見せる森、昨年よりはひと月早く上高地を訪ねた。

018_640020_640025_640026_640
 雪解け水で森は緩み、木々の若芽が吹き出す。

 雪に覆われ黄色く枯れた湿原も、薄緑の色をつける。

122_640119_640118_640048_640
 上高地の初夏の花を代表するのが、白く可憐な「ニリンソウ」である。

 「ハルニレ」の木立の下に目を向けると、見事な群生が広がっている。

 五つに裂けて見える花びらは、萼(がく)。大昔は緑色だったが、今は白い花びらとなって目を楽しませてくれる。

 「ビジターセンター」でいただいた「今日の花20種」のパンフを手に、草花を探すのも楽しい。

088_640092_640138_640106_640
 左から「タチツボスミレ」「ハシリドコロ」「ヤマエンゴサク」「エゾムラサキ」。

113_640076_640137_640095_640
 「エンレイソウ」「フッキソウ」「ツルネコノメソウ」。
 そして中木に白い花を咲かせるのが「コナシ」、小梨平の地名はここからきている。

249_640279_640_2247_640_2276_640_2
 梓川のゆるやかな流れが谷底となって、徐々に高度を上げていく上高地。

 川岸には「ケショウヤナギ」や「オノエヤナギ」に代表される河辺林が、湿性林は「ハルニレ」や「サワグルミ」、高度を上げると「ダケカンバ」や「シラカバ」の針葉樹林となる。

 余り知られてはいないが、小梨平の「カラマツ」だけが大正の初めに植えられた人工林なのだ。

 秋になると、上高地を黄金色に染める「カラマツ」の林。
 ぜひ見に行きたいと、今年は秋の上高地旅行も計画している。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

May 21, 2015

2609.5月のシネマ(2)

 過去の栄光への執着、それが人生の黄昏に何をもたらすか。
 ラストステージに入ったものとして、それは切なくちょっと落ち込む。
 アプローチは全く異なるが、1本は重厚な「ブラックコメディ」、もう一本は爽やかな「人間ドラマ」で描いた。

Img012_640   「バードマン」

 「バベル」('06)でカンヌ国際映画祭監督賞を受賞したメキシコ出身の監督アレハンドロ・G・イニャリトフが、笑いと幻想の「寓話」を撮った。
 「あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」の併題を付けたアメリカ映画である。

30978c5e498c170d024ba7f84e2f6976 世界中で170を超える映画賞を受賞した作品は、今年のアカデミー賞でも作品賞・監督賞・脚本賞・撮影賞に輝いた。

 映画の主人公は、かってヒーロー映画「バードマン」でスターになったものの、今は落ちぶれた初老の役者。
 彼は、脚本を書き演出・主演してブロードウエーの舞台で再起を目指すが、再び栄光の座を得ることが出来るのだろうか。

350531_002 その役を、25年前に「バットマン」シリーズでスターとなったマイケル・キートンが演じる。
 以後大作に縁のないキートンの、実人生を彷彿させるのだ。

350531_007 イニャリトゥは解く。
 「これは、かって人気俳優だった男が、単に好かれただけではないことを証明しようとする物語だ」
 「現代社会はアイロニーに支配されているから、真面目にやろうとすると笑いもののされる。バカバカしくてシュールな世界だ」

350531_005_2 タイムズ・スクエアと44番街にある本物のブロードウエイ劇場「セント・ジェームズ」でロケ、その映像にシュールな映像がオーバーラップする。

 「ゼロ・グラビティ」('13)でオスカーを受賞したメキシコ出身のカメラマン、エマニュエル・ルベッキがステディカムで切れ目のない長いショットで撮る。
 全編1カットと錯覚するようなカメラワークに、アントニオ・サンチェスのドラムがリズムを刻む。
 音響効果も、アカデミー賞にノミネイトされた。

350531_001 主演のマイケル・キートンも主演男優賞に、相手役となったエドワード・ノートン(「グランド・ブタベスト・ホテル」'03)は助演男優賞に、娘役のエマ・ストーン(「アメイジング・スパイダーマン」'12)も助演女優賞にノミネイトされた。

 ほか主な出演者は、ザック・ガリフィナーキス(「ハングオーバー」'09)、アンドレア・ライズブロー(「オブリビオン」'13)、エイミー・ライアン(「デビルズ・ノット」'13)、そしてナオミ・ワッツ(「インポッシブル」'12)と、アメリカ・イギリスの演技派俳優が顔を並べる。

Img001_640  「陽だまりハウスで
     マラソンを」 

 「家族を愛する。人生を楽しむ。42.195㎞を走る。」

 元オリンピック選手のおじいちゃんが主人公。
 半世紀以上も前に、マラソンで金メタルを西ドイツにもたらし、敗戦で打ちひしがれていた人々に夢をもたらした伝説のランナー、もっとも今は忘れられているのだが。

351124_002 最愛の妻が癌に侵され仕方なく老人ホームに入ったが、子どもだましのレクや規則づくめの毎日に嫌気がさし、施設の庭でランニングを始めた。
 目指すのは、なんと「ベルリン・マラソン!」。

 妻をコーチに、人生の黄昏を迎えた同居者たちの応援を受けて、じいさんはベルリンを駆け抜ける。
 人生に、引退はないのだ。

351124_003 主役は、ドイツが誇る喜劇俳優で風刺作家のディーター・ハラーフォルデン(80歳)。
 9キロ減量して挑んだ老人マラソンランナー役に、ドイツ映画祭は史上最高齢の最優秀主演男優賞を与えた。

 日本と同じく、高齢化社会のドイツも多くの問題を抱える。
 施設にようやく入れても、そこは「規則ずくめ」「クスリづけ」「度を超える拘束」そして金儲け主義、「終の棲家」のルールだけを強調して個性や自由な生き方を認めない。
 笑いの中に、そんな現実を見せながらも、ポジティブに生きる人たちの「人生賛歌」を描いた。

351124_005_2 ハイライトの「ベルリンマラソン」シーンのロケは、2012年9月の42回大会の本番の中で行われた。

 4万人を超えるランナーの中に混じって必死に走るハラーフォルデン、遠くのカメラがその姿をやっと捉えたとき観客は感動する。
 周囲を走るランナーたちに、役者だとは気付かせないように必死に走ったという。

351124_004_2 愛妻役は舞台女優のタチア・サイブト、娘にスター女優のハイケ・マカッシュ(「ラブ・アクチュアリー」'03)。

 今作が初長篇監督のキリアン・リートホーフは、11年前に「マラソンで鬱克服」の新聞記事をみて構想を練ってきたという。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 18, 2015

2608.浅草・寺町散策

001_640 年2回開催する「ひとまく会」(歌舞伎同好会)のイベント、「散策&グルメ」。
 先週末は18名の仲間たちが、浅草文化観光センターのガイドの案内で、浅草・寺町を「ぶらり散歩」した。

011_640004_640 集合したのは14時・東京メトロの「稲荷町駅」、そして地名の所縁となった「下谷神社」に。
 神社の祭神が、五穀豊穣の神「おいなりさん」なのだ。

008_640 「下谷神社」については、ブログ2576号で一度紹介しているので詳細は省くが、ここは「寄席発祥」の地。
 初代三笑亭可楽によって、江戸では初めて(1798年)の「有料」の寄席が開かれたところである。

 「寄席はねて 上野の鐘の夜長哉」 子規

023_640018_640 3分歩いて「永昌寺」に、この寺が「講道館発祥」の地。

 東京帝大を卒業し、学習院に奉職した嘉納治五郎は永昌寺に居候、書院を道場にして学生たちに柔道を教えた。
 この時(1882年)嘉納は23歳、初年の入門者は9名だったという。

029_640026_640 清洲橋通りから左衛門橋通りに、「坂東法恩寺」は親鸞の高弟・性信によって開かれた名刹。

 寺の銅鐘は、日光東照宮の銅燈籠を作った幕府御用釜師・浄栄の息子浄甫の作品。
 国の重要美術品に指定されている。

039_640036_640 すぐ近くにある「源空寺」の銅鐘も重要美術品。
 幕府御用鋳物師・椎名義定の作で、胴周りの銘文によれば「三代将軍・家光の勧めをを受けて鋳造した」とある。

041_640046_640 源空寺の墓地には、江戸の著名人が祀られている。

 左は江戸初期の町奴として歌舞伎や講談に登場する幡随院長兵衛夫妻の墓、右は日本初の精密地図を作った伊能忠敬。

035_640 さらには、江戸中期の天文学者・高橋至時、江戸後期の文人画家・谷文晁も祀られてある。

049_640050_640 源空寺から5分、かっぱ橋本通りを歩くと「曹源寺」につく。

 通称「かっぱ寺」、当地の住人で雨合羽商人の合羽川太郎が、私財を投げ打って掘った洪水除けの掘割工事を、かって助けた河童たちが手伝ってくれた、という伝承に由来する。

 料理道具屋が軒を並べる「かっぱ橋道具街」、「かっぱ=河童=合羽」である。

062_640059_640_2 ビルに囲まれてはいるが静かな「海禅寺」、その名の通り座禅道場である。

 墓地の一角にあるのが、梅田雲浜の墓。
 「安政の大獄」で捕えられた勤王の志士は、1859年小倉藩江戸屋敷の獄で病死した。
 この墓は、故郷・若狭の有志たちの基金によって建てられたものである。

065_640068_640 かっぱ本通りの南、旧松葉町にある「矢先稲荷神社」。
 家光が建立した「浅草三十三間堂」跡にある。
 弓矢の的の先に建てたので、「矢先」の冠が付いた。

071_640070_640_2
 社殿の天井は、100枚の「絵馬」で埋め尽くされている。
 古代から昭和まで、馬に纏わるエピソードが一枚の絵に描かれる。

076_640078_640 左は、「愛宕山の曲垣平九郎」そして「乃木大将と旅順」。
 一つ一つ見ながら、歴史の勉強もできる配置である。
 氏子たちの寄進によるもので、元総理大臣の名もあった。

084_640082_640 神社のすぐ近くにある「聖徳寺」には、4代将軍家綱の命によって玉川上水を開削した庄右衛門・清右衛門兄弟の墓がある。

 いろいろと経緯があったようだが、明治になってその功が認められ「従五位」が追贈され、墓に刻まれた。

093_640094_640 メトロ田原町駅近くにある、「本法寺」の「はなし塚」。
 戦時中、「時局柄相応しくない」と禁じられた落語53噺の台本を埋めた塚、噺家たちの密かなレジスタンスだったようだ。

 終戦翌年の9月、塚の前で「禁演落語復活祭」が開かれ、禁止されていた「明烏」や「五人廻し」などが語られたという。

103_640101_640_2 「ひとまく会」の「浅草・寺町散策」のゴールは、隅田川河畔に建つ「駒形堂」。

 浅草寺のご本尊の「観音様」が、漁師の手で拾い上げられた場所。
 境内には魚類の殺生を禁じた「戒殺碑」が建ってていた。

 昨日まで開かれていた江戸三大祭りのひとつ「三社祭」は、観音様を拾い上げた二人の漁師と、お祀りした土師の「三人(三社)」を貴ぶ例大祭である。

105_640107_640_2108_640110_640

 16時「駒形どぜう屋」に。
 今回の「グルメ」は、「鯉の洗い」「泥鰌鍋」「柳川鍋」「どせう汁」を肴に、浅草神社のお神酒。
 スマホの歩数計は、ドアtoドアで16.280歩。気温は高かったが爽やかな午後のひと時だった。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 15, 2015

2607.五月大歌舞伎

Kabukiza_201505fff 舞台女優として活躍している若い友人に誘われて、歌舞伎座・昼の部に。
 毎年5月は「団菊祭」、九代目・團十郎と五代目・菊五郎の功績を顕彰するため1936(昭和11)年から始まった公演である。

013_640 今回昼の部は、音羽屋代々の当たり役として受け継がれてきた女形の大役「玉手御前」を、尾上菊之助が歌舞伎座では初めて勤める「摂州合邦辻」が最初の演目。

 続いては、名裁きで名高い大岡越前を描く「天一坊大岡政談」が、14年ぶりの上演となった。

018_640
   「摂州合邦辻」(一幕)
   (せっしゅうがっぽうがつじ)

 通称「合邦」とよばれるこの義太夫狂言は、1773(安永2)年に大坂堀江座で初演された浄瑠璃。
 説教節「しんとく丸」や謡曲「弱法師」など、中世の伝承文学の世界を脚色した作品のひとつである。

 歌舞伎されたのは、それから66年後。二段ものだが下の巻「合邦庵室」だけが、繰り返し上演されている。

014_640 大坂・天王寺に庵を結ぶ合邦道心(歌六)の娘・玉手(菊之助)は、後妻にはいった家の義理の子・俊徳丸(梅枝)に道ならぬ恋をしかけて、毒を飲ませる。
 俊徳丸は許嫁・浅香姫(尾上右近)と共に、義父の合邦のもとに逃げ込む。

 追っかけてきた娘・玉手を、思い余って父・合邦は刺すが瀕死の娘が明かした本心とは、という物語。

 見どころは、玉手の最初の花道の出。片袖をはがして頭巾にして、夕ぐれせまる合邦の庵の門口にたたづむなまめかしい彼女。
 母・おとく(東蔵)に向かって、俊徳丸への想いを語るクドキ。
 浅香姫に対する嫉妬のすさまじさ。
 刺されてから本心を明かす手負いの演技など、見せ場は多い。

 六代目・菊五郎、七代目・梅幸、当代菊五郎と、音羽屋に代々受け継がれてきた玉手御前を菊之助が艶やかに見せた。

015_640
   「天一坊大岡政談」(五幕) 
   (てんいちぼうおおおかせいだん)

 将軍・吉宗のご落胤を名乗って、江戸城に乗り込んできた徳川天一坊。
 ご存じ「天一坊事件」は実際に享保年間に起こったもので、事件は講談となって語り継がれていた。
 この講談を脚色して歌舞伎化したのが、河竹黙阿弥の「天一坊大岡政談」である。

023_640 初演が1875(明治8)年の新富座、このときは五代目・菊五郎が天一坊を演じたが、今回は初めて菊之助が演じて話題となっている。
 そして主人公・大岡越前は父親の菊五郎の役である。

 舞台は、紀州(序幕)美濃(二幕目)そして江戸(三幕・四幕・大詰)と移っていくが、見どころはまず二幕目「美濃国長洞常楽院本堂の場」。
 ご落胤を名乗る落ちぶれた山伏・法澤が、山内伊賀亮(海老蔵)に自らの素性を明かす変わり目。

016_640_2 続いて、越前と伊賀亮の台詞の応酬「網代問答」(三幕目・奉行屋敷内広書院の場)。
 伊賀亮に言い負かされた越前が切腹しようとする四幕目「大岡邸奥の間の場」。

017_640 そして大詰は、越前が天一坊の悪事を見事に暴くお馴染みの舞台。ここで大向こうから「音羽屋」の掛け声がかかる。

 昨年9月新橋演舞場での敬老の日招待で、同じ天一坊事件を扱った「百万国に挑む男」を見たが、やはり「歌舞伎」の通し狂言には敵わない。

 「團菊家」次の世代を担う、菊之助と海老蔵の若々しい芝居。
 のべ130分の舞台に大満足して、歌舞伎座を後にした。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 12, 2015

2606.大英博物館展

Img026_640 世界一、700万点の文化遺産を所蔵する「大英博物館」。この膨大なコレクションから選りすぐった100点が、上野の杜に並んだ。
 「100のモノが語る世界の歴史」展である。

Th_640 ロンドンにある大英博物館には、これまで2回訪ねたことがある。
 しかし、そのスケールの大きさと数多くの展示品に圧倒されて、「遺産の中身」の印象は薄い。

 しかし今回の「大英博物館展」は、そのコンセプトが判りやすく面白い。

001_640 およそ1時間半、東京都美術館の特別展示室を巡って、人類200万年の「傑作」を鑑賞して歴史を学んだ。

Img029_640_2 プロローグは、お馴染みの「古代エジプトの棺」(B.C600年)から始まった。
 棺に書かれた古代文字は、棺の中の人を「女性薬師」とするが開けてみたら男性のミイラだった。「モノ」は多くの物語と謎を秘める。

 200万年の歴史は、「第1章・創造の芽生え」から「第8章・工業化と大量生産が変えた世界」で語られる。

Img032_640 左の「オルドヴァイ渓谷の握り斧~B.C180万年」(第1章・創造の芽生え)は、博物館で最も古い収蔵品。
 人類発祥の地アフリカでつくられた人類最初の道具だが、こうした道具の存在は言語の芽生えを示すという。
 人類は、やがてアフリカを出て中東・ヨーロッパ・アジアへと拡散していった。

Img027_640 右の「ウルのスタンダード~B.C2.500年」(第2章・都市の誕生)は、古代メソポタミアの都市ウルの王家の墓から発掘されたものだが、用途はわかっていない。
 しかし片面には王を中心とした祝宴が、反対側には戦争の様子が描かれている。
 この時代に誕生した都市国家間の争いを裏付ける。

Img028_640 映画「ハリー・ポッター」にも登場した「ルイス島のチェス駒」。
 セイウチの牙やクジラの歯を素材に、精巧な彫刻がほどこされた駒は1.150年頃ノルウエーで造られたものらしい。
 いつ誰がイギリスのこの島に持ち込んだのだろうか。

Img030_640 ナイジェリアで見つかった右の「イフェの頭像」も、像のリアルさと精巧さを見せる遺物。
 1.300~1.400年ごろのものだが、芸術性の高さから言えば、同時期の西洋美術をしのぐ。

Img031_640Thb81okyng_640 左は「ホクスンの銀製胡椒入れ」(第5章・広がる世界)、右が「ヘブライ語が書かれたアストロラーベ」(第6章・技術と芸術の革新)。

 「人類はいかにして《モノ》を創造し、どんな思いを込め、現代に何を語りかけてるのか」
 100の文化遺産は、私たちにそう問いかける。

 そしてあなたが選ぶ101番目の《モノ》は何か、それが次の人類の歴史への橋渡しとなる。

Th2001_640 BBCのラジオ番組がきっかけとなって企画された「大英博物館展」。
 昨年のアブダビを皮切りに世界を巡回する。
 上野の東京都美術館では6月28日まで、このあとは九州国立博物館・神戸市立博物館へ続く。観覧料は1.600円。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 09, 2015

2605.5月のブックから(1)

 今号は、これまで紹介してきた歴史・時代小説からちょっと離れる。
 登場するのは、筆者や登場人物と私が強い関わりを持つ、ドキュメント2編である。

Img996_640  
  「しんがり~山一證券 最後の12人」
                (講談社'14刊)


 1997(平成9)年11月24日、東京証券取引所・記者会見場。
 「社員は悪くありませんから!悪いのはわれわれなんですから!」
  山一証券・野沢社長は号泣して会社の破たんを告げた。
 これは「平成不況」を象徴する経済事件として、私たちの記憶に残る。

Th_4_640 この「号泣会見の真相」をプロローグとして、「物語」は始まる。

 「しんがり」とは、負け戦の時に最後まで残って敵を迎え撃ち、味方の退却を助けるものをいう。
 この作品は、廃業で雪崩を打つように再就職へと走り始めた社員たちの中にあって、最後まで会社に踏みとどまり、経営破たんの原因を追究し、清算業務を貫徹した、12人の「しんがり」のドキュメントである。

Thqjn7oujh_640 12人のリーダーは、本社から離れた「場末」に飛ばされた、業務管理本部長(ギョウカン)・常務の嘉本隆正(54歳)。
 社内調査委員会を組織して、破たん原因を究明する。
 酒やゴルフは駄目だが、硬骨漢の彼は「組長」と呼ばれた。
 
 彼の片腕となったのが、ギョウカンNo2の菊野晋次(58歳)。
 「タヌキおやじ」の愛称で呼ばれる彼は、「負け戦」の清算業務の責任者を引き受ける。

 そして「ギョウカン」業務管理部長、企画課長、検査課次長、検査役、秘書たち。
 なかには無給のこの業務を買って出た、二人の役員もいる。

 ドキュメントは、「社内調査報告書~いわゆる簿外債務を中心として」が公表された翌年の3月末まで、それぞれの「しんがり」たちの生きざまが、丁寧なドキュメントとして描かれていく。

Th3fqk9jiy_640 筆者は、元読売新聞社会部記者の清武英利。
 のちに読売巨人軍専務取締役・球団代表兼GMを務めたが、オーナーと対立して解任され、現在はジャーナリストとして活躍している。

 破たん当時も社会部記者として取材した清武は、「彼らはなぜ、しんがりとして、見返りのない損な役割を担ったのか」という疑問を持っていた。
 「仕事を失い、自社株として残してきた老後の資金を失い、『しんがり』を務めた分第二の人生に遅れた人々」、読売という大きな組織からはじき飛ばされた筆者にとっても、それは他人ごとではなかったのだろう。

 この本を読んで私が人一倍感動したのは、旧知の菊野晋次が登場していたからである。
 彼は高校の一年先輩、現在も事ある度に盃を交わす飲み友達、先週も町田の知人宅で焼酎を酌み交わした。
 そんな縁で、菊野を取材した清武とも名刺を交換した。

 菊野は、文中で語る。
 「貧乏クジを引いたのではない。極めて幸せな人生でありましたよ」
 「(例えば)自分の母親の介護だったらどうですかな。損か得かはあまり考えず、子供たちの誰かがやるでしょう。どの会社も最後は誰かが看取ってきたんじゃ。どんなサラリーマンにも、そんな気持ちは眠っているんですなあ」

 「しんがり~山一證券 最後の12人」は、昨年の講談社「ノンフィクション大賞」受賞。
 現在テレビ・ドラマ化も進んでおり、近々放送される予定。
 その制作会社に、菊野や私の飲み友達の後輩が役員就任という、不思議な縁がある事を知った。

Img997_640_3  
   「チャーズ~中国建国の残火」
        (朝日新聞出版'12刊)

 あるご縁で、筑波大学名誉教授の遠藤誉さんと親しく懇談した。

Img009_640 遠藤さんは、テレビやネットで活躍している「チャイナ・ウオッチャー」。
 もともとは博士号をもつ理論物理学者、中国からの留学生支援に関わる中で、彼の国の政治・経済を調査・研究し、多くの関連著書を出版している。

 お会いしたおり遠藤さんから頂いたのが、表題の「チャーズ~中国建国の残火」。
 帯には、「封じられた中国建国史の闇」とある。

Ths7ip4500_640 「激しい内戦によって誕生した中国。
 1947年、中国共産党軍は国民党軍が占拠する長春を食料封鎖。
 30万人の民衆を餓死に追い込んだ。」
 「極限状態を生き抜いた日本人少女、7歳の筆者が見たものは・・・・・」

 このドキュメントが、遠藤さんの中国との関わりの原点だった。

 タイトルの「チャーズ」とは関門、中国文字では「上」と「下」をくっ付けた一文字、長春(新京)市街の東西南北には四つのチャーズが設けられていた。
 出口は中央軍(国民党政府)が管理し、郊外への入り口は八路軍(中国共産党)が閉鎖していた。

Thl1h4dadm_640 1947年10月、突然、長春の街から電気が消えた。水道もガスも止まった。
 八路軍が、国民党政府支配下にあった長春市街を完全に包囲し、封鎖したのだ。そして、そのまま動かない。
 後に中国共産党の「恥部」といわれる、「人民解放軍による人民(長春市民)の餓死作戦」だった。

 餓えに苦しみチャーズを出た人たち、しかし郊外の「解放区」への柵門は開けてもらえない。多くの人々が、チャーズとチャーズの真空地帯で餓死した。

 食糧封鎖による栄養失調でこども二人を亡くした遠藤さん一家が、たまりかねて長春を脱出したのは翌年の9月20日。
 二度と戻れぬチャーズを出た彼らの前に、もう一つのチャーズは固く閉ざされていた。
 周囲は餓死寸前の避難民たちと死体の群れ、遠藤さんの感覚は薄れていく。

Th_3_640_2 「(私は)半分は無感覚になることによって発狂を免れ、残り半分は発狂することによって死を免れた」(文中から)

 数少ない日本人が体験したこの「地獄」は、読売ヒューマンドキュメンタリー大賞を受賞した「不条理のかなたに」(1983年刊)で初めて公にされた。
 さらに遠藤さんは、「チャーズ~出口なき大地」を翌年出版(読売新聞社)する。
 私もこの本を読んで、苛烈な事実を初めて知った。

Img998_640 今回紹介した「チャーズ~中国建国の残火」は、前作を補筆・再構成し28年ぶりに再刊したもので、昨年は台湾で「中国語版」を刊行、今年はアメリカで「英語版」も出版される。

 実は旧満州・長春で、遠藤さん一家と私たちは興安胡同の路地を挟んでのお向かいさん同士だった。
 遠藤さんは私の一つ下、記憶は薄いが近くの白山公園などでよく遊んでいたようだ。

300pxmanchukuo_hsinking_avenue_640 終戦の翌年の4月、長春の支配権をめぐって中央軍・八路軍は激しい市街戦を繰り広げる。

 中央軍が撤退を始めた16日の午前、兄と私と一緒に窓から外を覗っていた父は、胸に銃弾を受けて即死した。
 そして同じ日、自宅の2階から夕日を眺めていた遠藤さんも銃撃を受け、右腕に重傷を負った。

 今回69年ぶりにお会いして確認出来たのだが、私の父の死を看取ったのは彼女の家に寄宿していた医師だった。

Img3e05ab0azik9zj_640 父を亡くした私たちは、この年の夏に長春を離れ無蓋車で葫蘆島に向かった。
 しかし遠藤さん一家は、製薬会社を経営している父親が徴用されたために長春に残され、「チャーズの悲劇」に巻き込まれたのである。

 遠藤さんと両親が日本に引き揚げたのは、それから7年後になる。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 06, 2015

2604.5月のシネマ(1)

 トム・フーパー監督の「レ・ミゼラブル」('12)以来、久々のミュージカル映画。
 チケットを頂いたので久しぶりに連れ合いと出掛けた。
 作品に対して不満の声も聞くが、結構見せる大人の映画である。
 

Img986_640_2  「イントゥ・ザ・ウッズ」

 ブロードウエイ・ミュージカル「ウエスト・サイド物語」を手掛けたスティーヴン・ソンダハイムが28年前に初演し、日本を含め世界各国でロングランを続けている舞台の映画化である。

350605_006
 撮ったのは、ブロードウエイで舞台振付師としても活躍し、映画「シカゴ('03)」でアカデミー賞作品賞を受賞したロブ・マーシャル監督。

 舞台では不可能だったスケール感を、映像のマジックを生かしたスペクタクルなミュージカル映画に仕上げた。

350605_005 ハピーエンドを迎えた「おとぎ話」のその後を新しい解釈で描く「ブラック物語」、寓話の世界に人間の深層心理を溶け込ませた理屈っぽいお話、ディズニー製作としては不思議な作品となった。

 題材となったのは、ドイツの民話を集めたグリム童話から「赤ずきん」「ラプンツェル」「シンデレラ」、イングランド民話の「ジャックと豆の木」。
 欲に塗れた大人たちが、森の中(イン・ツゥ・ウッズ)でどんな結末を迎えたかが描かれる。

350605_004 「森」は、人生における願望・夢・希望、そして恐怖。
 主題は「本当の幸せとは?」「本当の自分とは?」「本当に自分が望んでいたものは?」である。

350605_001_2 出演は、魔女にオスカー女優のメリル・ストリーブ、パン屋夫婦はジェームズ・コーデン(「はじまりのうた」'13)+エミリー・ブラント(「ヴィクトリア女王・世紀の愛」'09)、シンデレラにアナ・ケンドリック、そして王子はクリス・パイン(「エージェント・ライアン」'14)、登場シーンは短いが赤づきんを食べてしまう狼にジョニー・デップという豪華版。

 俳優それぞれが代役なしで唄うが、なかでもメリル・ストリーブの歌唱力は、「マンマ・ミーア!」('08)を超える凄さが際立つ。

350605_003 継母や義姉たちに苛められたシンデレラが、王子と結ばれて「メデタシ、メデタイ」が私たちの知る「シンデレラ物語」。
 しかし「その後」は、パン屋の妻と不倫した王子に絶望するシンデレラ物語・・・・。

 五つの物語が、アン・ハッピーで終わるところに映画の不評の要因があるようだが、それがスティーヴン・ソンドハイムのメッセージであり、芸術性だということを理解したい。

Img002_640  この映画に不満な方たちのためか、その「シンデレラ物語」の正統?版が、同じディズニーの製作で先週から全国で公開されている。

350870_009 カボチャの馬車にガラスの靴、12時の鐘の音が鳴ると魔法が溶ける・・・・・・。

 純粋な心と芯の強さを持つ美しいヒロイン、灰まみれのエラ=シンデレラにはオーディションで選ばれたリリー・ジェームズが。
 愛と信念を貫く情熱的な王子に、スコットランドのイケメン俳優リチャード・マッデンが扮する。

350870_002 ワキを固めるのが、陽気な妖精ヘレナ・ボナム=カーターとシンデレラを苛める継母ケイト・ブランシェットである。

 また撮影で使用された「魔法のカボチャの馬車」や「ガラスの靴」、豪華絢爛な舞踏会の衣装などが、銀座や日本橋など「三越」で展示されるというオマケ付である。 

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 03, 2015

2603.熱狂の日・2015

Img_c6c9511b17ac9566d6ed40e27ed8503  ゴールデンウイークを中心に、東京・丸の内・有楽町・大手町を会場に繰り広げられる音楽の祭典「熱狂の日」音楽祭。

 正式には「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」、20年前にフランス北西部の港町ナントで誕生したクラッシック音楽祭の日本版である。

Pic_article02_01_640 今ではヨーロッパで、最もエキサイティングな展開を見せているナント音楽祭。
 そのコンセプトをそのまま取り入れて、10年前から東京で、7年前からは金沢で、そして5年前からは新潟と琵琶湖で開催されている。

Pic_article01_01_640 「ラ・フォル・ジュルネ(熱狂の日)」のネイミングは、ボーマルシェの戯曲「ラ・フォルネ・ジュルネ、あるいはフィガロの結婚」からきたもので、創設者のルネ・マルタンはフランス革命の導火線ともなったこの戯曲にちなんで、自由で祝祭的な音楽祭を企画した。

003_640 日本でも、「毎年異なるテーマ」「2000人以上のアーティストによる300以上のコンサート」「ベビーもビギナーも誰でも楽しめるイベント」、 そして「街中に音楽が満ち溢れる」をコンセプトに、1公演45分、一流演奏を無料~4.100円というリーズナブルなプライスで提供している。

006_640 昨日から始まった「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2015」のテーマは、≪PASIONS≫。

 この言葉は「情熱」「キリストの受難」を思い起こすが、音楽祭では「祈りのパシオン」「恋のパシオン」「いのちのパシオン」の3つの扉を用意して、観客を「熱狂の日」に招く。

Pic_article07_01_640_2 例年このイベントでは、無料の演奏だけを「はしご」してきたが、今回初めて東京国際フォーラムでの有料コンサートを聴いた。
 タイトルは「恋する作曲家たち~ロマン派の恋の極み」、もちろん「恋のパシオン」である。

 曲目は、ブラームスの「ピアノ四重奏曲第3番ハ短調」(30分)とマーラーの「ピアノ四重奏断章イ短調」(10分)の2曲。
 失恋して自殺未遂事件を起こしたシューマンの心情を、ブラームスがピアノ四重奏で奏でたというエピソードは、まさに「パシオン」だった。

Art_030_004_640Art_011_004_640 演奏したのは、アンドレイ・コロベイニコフ(ピアノ)とチェコのプラジャーク弦楽四重奏団。

 前にもこのブログ(2503号)で紹介したがアンドレイは旧知のピアニスト、数々の国際賞を受賞しているロシア出身の異才である。
 今回は、三つのステージで演奏するということで招かれた。

014_640015_640_2 この後は、「KITTEアトリュム」でチェロ四重奏による「ラフマニノフ」を、「東京駅前地下広場」でサックスとピアノの「ブラームス間奏曲」を聴いて「熱狂の舞台」を離れた。

017_640022_640 今年の「熱狂の日」は、明日月曜日まで350のコンサート(うち有料135公演)が、有楽町の「国際フォーラム」を中心に、「丸ビル」「新丸ビル」「KITTE」「東京駅」「帝国ホテル」など、18の会場で繰り広げられる。
 主催者によると、今年は天候にも恵まれ明日までの来場者は50万人を予想している。

 「琵琶湖」は今日まで、「金沢」は3~5日、「新潟」は8~10日まで開催される。
 また海外では本拠地の「ナント」以外では、「リスボン」「ビルバオ」(スペイン)「リオジャネイロ」「ワルシャ」で開かれる予定。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

« April 2015 | Main | June 2015 »