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September 29, 2015

2755.9月のシネマ(3)

 名作・佳作を上映してきた名画館「銀座シネパトス」や「銀座テアトル」が閉館したなかで、「銀座シネスイッチ」だけが健闘している。
 座席数は2スクリーン合わせて453席というミニシアターだが、プロ好みの佳作が「単館上映」されるので結構混んでいる。

 今月は、ここでフランス映画の傑作2本を見た。

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   「チャップリンからの贈り物」

 1978年スイス・レマン湖畔で、喜劇王チャップリンが誘拐された。
 いや生身の彼ではなく、前年末のクリスマスの日に亡くなり埋葬された「遺体」が、棺ごと墓から盗まれたのだ。

352889_004_640 盗んだのは貧しい移民の二人組、妻の医療費や娘の学資が払えないと、天国にいる「喜劇王」に救いを求めたというわけ。

352889_003_640 詰めも甘く次々とボロを出した「誘拐事件」、すぐに御用となったこの事件を題材に、フランスの監督グザヴィエ・ボーボォワがコミカルなユーモアとほろ苦い人間味を加えて映画化した。

 今作のプロデューサーでもあるエチエンヌ・コマールと共同で脚本も書いているが、このコンビは「神々と男たち」('10)でカンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを受賞した仲である。

352889_002_640 もうひとつ注目すべきは、音楽を担当したミシェル・ルグラン83歳。
 「シェルブールの雨」('64)「ロシュフォールの恋人たち」('67)「愛と哀しみのボレロ」('81)などで知られるヨーロッパ映画音楽の巨匠で、哀愁を誘う「ライムライト」のテーマ曲を巧みにアレンジして、チャップリンへのオマージュとした。

352889_005_640 オマージュといえば二人のドジな愉快犯たち、「街の灯」「黄金狂時代」「ライムライト」などでチャップリンが演じた主役たちとオーバーラップする。
 多くのシーンが、過去の名作を思い出させる。

352889_001_640 しゃれた会話、ホロリと涙の出るシーン、温かな人間愛、何をやっても上手くいかない二人が、家族や仲間たちに、そしてチャップリンにも見守られ新しい道を生きていく。
 作品はまさに、「チャップリンからの贈り物」となる。

352889_006_640 ドジな二人は、コメディアンとして有名なベルギー出身のブノワ・ポールヴールドと、「あるいは裏切りという名の犬」('04)で名演技を見せたロシュディ・ゼム。
 ボールヴールドに惚れたサーカスの女に、カトリーヌ・ドヌーヴの娘キアラ・マストロヤンニが扮する。

 またチャップリンの娘役に彼の孫娘が、サーカスの支配人役に息子が出演するなど、映画化に当たっては遺族たちが全面的に協力した。
 ロケした邸宅も墓地も、チャップリンが亡くなるまで住み埋葬されている「本物」である。

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   「ボバァリー夫人とパン屋」

 フランス・ノルマンディーの田園を舞台に、平凡な結婚生活に倦んだ美しい若妻が、不倫の果てに服毒自殺するという悲劇を描いた小説「ボヴァリー夫人」。
 ギュスター・フローベールが1856年に発表したこの作品は、「世界十大小説」の一つとして読み続けられ、たびたび映画化されている。

352669_006_640 今作は小説「ボヴァリー夫人」の世界に、現実の「不倫事件」を妄想した主人公のドタバタを描いたイギリスのコミックを、フランスの女性監督アンヌ・フォンテーヌが映画化したもの。

 フォンテーヌ監督は、ヴェネチア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞した「ドライ・クリーニング」('97)など、平凡な人妻と美しい青年の官能的な愛をファンタジックに描く作品を得意とする。

352669_004_640 今回の主人公は、パリで出版社の編集者だった初老の男。
 父の家業「パン屋」を継ぐために、早期退職してノルマンディーの田舎に帰ってきた。

 彼の愛読書は、郷里出身のあこがれの作家フローベールの書いた「ボヴァリー夫人」。
 ところが隣家に引っ越してきたイギリス人の官能的で美貌な若妻を一目見て、心が燃えてしまった。

352669_002_640 そう、人妻の名はジェマ・ボヴァリー、あの小説の人妻はエマ・ボヴァリー。
 彼女は小説さながらに美しい青年と不倫関係を結び、肉体的な歓喜の世界に溺れていく。
 それは妄想なのか、現実なのか。

 作品を飾るのは、素朴で美しいノルマンディーの四季の風景と、主人公がつくるフランスパンの香り。
 彼がこねるパンの生地は、まるで人妻の肌の様に官能的だ。クロワッサン・ブリオッシュ・バケット・カンパーニュ、そのパンに魅せられた人妻はやがて・・・・。

352669_003_640 出演は主人公のパン屋にファブリス・ルキーニ(「危険なプロット」'12)、人妻にイギリスの女優ジェマ・アータートン(「アンコール!!」'12)。
 彼女の夫もイギリスの俳優ジェイソン・フレミング(「X-MEN」'11)、青年はファンションモデルでもあるニールス・シュナイダー(「マイ・マザー」'13)。

 R15+映画だが、官能的なシーンは女性監督らしく大人しい。

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September 26, 2015

2754.オペラ「セヴィリヤの理髪師」

003_640先月は下町の祭りを楽しんだので今月は「オペラ」と、マンション「まつりの会」のメンバーが揃って築地の東劇に出かけた。
 幹事は松竹グループの役員をしている神輿担ぎ仲間、なかなかの「オペラ通」である。

Img167_640 オペラといってもライブではない。
 ニューヨーク・メトロポリタン劇場での公演をライブ中継したHD映像のビューイング。
 5.1chサラウンド、10台を超えるHDカメラを駆使して撮ったもので、10年前から「METライブビューイング」として世界70ヵ国2.000スクリーンで上映されている。

Img166_640 上映されたのは、8年前に公演された「セヴィリアの理髪師」のアンコール。
 「ウィリアム・テル序曲」の作曲で知られるイタリアのロッシーニ(1792~1868)の代表作、喜劇オペラの最高傑作と言われる作品である。

Thez6pswc2_640 金持ちのお嬢様に恋した青年伯爵殿、孤児になった彼女が叔父の後見人のもとで暮らしているので、ままならない。
 そのうえ後見人は、財産目当てに彼女と結婚しようとしている。

Img170_640 恋の手助けを頼んだ相手が、「セヴィリアの理髪師」こと何でも屋のフィガロ。
 ドタバタあってハッピーエンドとなるお話である。

 モーツアルト作曲の「フィガロの結婚」は、このオペラの続編・後日談でもある。

Img_05_640_2 出演しているのは青年伯爵にファン・ディエゴ・フローレス、当代トップのロッシーニ・テナーで公演時34歳、甘いマスクと完璧なアジリタで知られるペルー出身のオペラ歌手である。

 相手のお嬢様は、地元アメリカ出身のメゾソプラノ歌手ジョイス・ディドナート38歳。
 ロッシーニ・オペラのスペシャリストで、グラミー賞の受賞歴もある。来日して新国立劇場に出演した時も、「セヴィリアの理髪師」のお嬢様役だった。

Img168_640_2 そして道化役ともいえる理髪師フィガロは、スエーデン出身のバリトン歌手ペーター・マッティ42歳。
 「ドン・ジョバンニ」を当たり役として、ミラノ・スカラ座やパリ・オペラ座でも活躍している。

 演出はトニー賞受賞のバートレット・シャー。

F0076322_15485840_640_2 劇中の有名な歌は、マッティの歌う「ぼくは街の何でも屋」やディドナードの「今の歌声は」などなど。
 ボリュームたっぷりのバストが、ポンプのように膨らんで美声が放たれる。「オペラ歌手の身体は楽器」とも言われるが、それを目のあたりにした。
 劇場ではオペラグラスでも無理なアップの映像、ライブビューイングならではである。

250pxmetropolitan_opera_house_at_li 上演時間は3時間30分、途中35分間の休憩があるが、この時間を利用してバックステージ映像や歌手たちのインタビューが流れる。
 ニューヨーク・メトロポリタン劇場では、観客たちがワインを片手に軽食を摂っている時間である。

001_640 お昼に始まって終演したのが17時、私たちも近くのカフェでワインを飲みながらオペラの余韻にひたった。
 次回は、「シネ歌舞伎」にしようかと話しながら・・・・。

 鑑賞券は演目によって異なるが3.000円~4.000円、ライブ公演の十分の一以下で楽しめる。

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September 23, 2015

2753.秋・浜離宮

005_640070_640_2 四季ごとに訪ねる「浜離宮恩賜庭園」、秋は毎年「秋分の日」前後に散策する。
 云わば定点観測、その年の気候変動によって「お花畑」の様子が異なる。

 左上の写真は今朝の庭園、右は昨年の23日。
 今年は夏の高温のせいか、「キバナコスモス」の開花が早く、もう終盤だった。

004_640010_640 大正時代に日本に渡来した「キバナコスモス」は、浜離宮の「秋のシンボルカラー」。
 15万本の花は、8月下旬ころから咲き始めそろそろ終わり。

026_640006_640 続いて「オオハルシャギク」や「サニー・エロー」など、同じ「秋桜」の仲間が、お花畑を埋める。
 いずれも原産地はメキシコ、キク科の一年草である。

040_640060_640_2 広い庭園の所々に、鮮やかな赤い花を見せるのは「ヒガンバナ」。
 群生はしていないが、緑の芝生とのコントラスが綺麗だ。

062_640_3 今年は、花の蜜を吸う蝶々を追っかけたが、コンパクトカメラではこれが限度である。

039_640036_640 左は「スイフヨウ」、アオイ科の落葉低木に咲く「フヨウ」の八重咲き変種で、朝咲きはじめた花弁は白いが、時間が経つにつれてピンクに変色する。

 色が変わるさまを、酔って赤くなると例えて「醉芙蓉」と書く。

042_640041_640 同じアオイ科の仲間に、「ムクゲ」がある。
 白の一重花で中心が赤い「底紅種」は、茶花として欠かせないもので千宗旦が好んだことから、「宗旦木槿」と呼ばれる。

 中国語で「ムーチン」、韓国では「ムグンファ」、旧約聖書には「シャロンのバラ」と書かれているから、中東からアジアにかけて広く栽培されている樹木といえる。

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 浜離宮の秋の花は、「ウスギモウセイ」「キンモクセイ」そして「ハギ」。
 「キョウチクトウ」や「サルスベリ」、「ハゼノキ」や「イチョウ」「カエデ」が色ずくのは来月後半になる。

 シルバーウイーク、65歳以上は入園料無料。

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September 20, 2015

2752.9月のブックから②「真田三代」

Thxlyasp6j_640_2 来年の大河ドラマは「真田丸」、堺雅人が演じる真田信繁を主人公に戦国の世が描かれる。

 NHKにとっては新大型時代劇の「真田太平記」('85)以来だが、こちらは池波正太郎の原作を金子成人が脚色、父昌幸(丹波哲郎)・長男信之(渡瀬恒彦)・次男幸村(草刈正雄)の生涯と一族の興亡が描かれた。

Th1_640 次の大河の方は、三谷幸喜によるオリジナル脚本である。現在鋭意執筆中で、ストーリーがどう展開していくか楽しみだが、彼は主人公の名に拘り幸村ではなく信繁で通す。

Thrxu7d5wu_640 実は、幸村の名が見られるようになるのは「大坂夏の陣」以降で、生前の史料は信繁のみである。
 信繁没後200年後、徳川幕府大目付から「幸村」の名について問い合わせを受けた松代・真田家(長男信之の家系)は「当家では゛信繁゛としている」と答えている。

Img067_640 しかし、今回読んだ火坂雅志の歴史小説「真田三代」でも紹介されているように、祖父は「幸隆」、父は「昌幸」、そして兄信之も最初は「信幸」を名乗っており、「幸」は真田家の通字(諱)であり信繁が死を前にして「幸村」と名乗った説もうなずける。

 火坂の「真田三代」は、来年の大河ドラマ誕生と無縁ではない。
 '09年9月から「真田三代」が「信濃毎日新聞」などに連載されたのをきっかけに、所縁の地・長野上田市の市民有志らが、「大河ドラマ」実現の署名運動など行ってきた経緯がある。

Th_640_2 脚本の三谷幸喜もまた、「真田三代」に描かれる信繁の父・昌幸の生きざまに強い興味を持っていることを新聞紙上に書いていた。

 「真田三代」は、上・下2巻に分かれている。
 上巻は、甲斐の武田晴信(信玄)の下にあった祖父・幸隆の砥石城攻略から始まる。
 武田勢でも落せなかった城を手にすることで、名門・滋野氏(海野家)の権威の回復と領土の拡大を図ったのである。
 真田一門は、この滋野氏の惣領家の流れをくんでいる。

Thxvynkn3y_640 この「滋野氏」の血統を絶やすことなく守ることが真田家の宿願であり、物語に書かれるよう「三代の生き方・戦略・戦術」に大きな影響を及ぼしていくのである。

Thzr08tx7s_640 結果として、真田家は江戸時代にも松代藩の大名として生き残り、一族は仙台真田家・九州真田家としてもその命脈を保っている。

 上巻は、1553(天文22)年から1564(永禄7)年にわたる5回の「川中島合戦」での、幸隆を大将とする真田一族の活躍が綴られていく。
 一方では、武田家に7歳で人質として預けられた三男の源五郎(昌幸)の成長が描かれる。
 そして昌幸は、信玄の周旋で武田家ゆかりの武藤家を継ぎ妻を娶る。後に信之・信繁(幸村)の母となる美月(山之手殿)である。

20070527_1_640 話は、信玄と徳川家康が戦った「三方ヶ原」、信玄死後の勝頼と織田・徳川連合軍との「長篠合戦」と続き、兄二人を戦いで失った昌幸が真田家を継ぐ。
 昌幸は上杉・北条・武田・徳川・織田らの領地争奪の中で、小領主としての一族を守るため「謀才」を研ぎ澄ましていくのである。

 「本能寺の変」の翌年、上田城築城。上巻はここで終わる。

Img069_640 下巻は、秀吉の世から始まる。
 昌幸は徳川を牽制するために、それまで敵対してきた上杉と手を結ぶ。上野国の本領安堵が同盟の条件だった。

 その証の人質として、越後に送られたのが信繁(幸村)である。19歳だった彼は、この地で上杉景勝の筆頭家老、26歳の直江兼続に出会う。
 それは、運命の出会いと言いてもよいだろう。これが、関ヶ原~大阪冬の陣と続くクライマックスの伏線となる。

Th139rkh7n_640 1585(天正13)年に徳川と闘った昌幸は、和解の証として長男・信之を人質として家康のもとにおくる。
 やがて信之は、徳川の重臣・本多忠勝の娘(小松姫)を娶い家臣となる。
 彼は後の松代藩初代藩主で、真田家の血脈を後世に残すことになる。

Thwc995l9u_640 秀吉死後の徳川と豊臣の覇権争い、上杉討伐の会津遠征で昌幸・信繁は途中で離脱して石田側に付く。
 信之・信繁兄弟が敵味方に別れたのも、昌幸の策謀だったかもしれない。

 関ヶ原に向かう徳川秀忠の3万8千の軍を、上田城の5.000の兵で10日間足止めさせた逸話は、多くの本で語り継がれている。

Thod6vezby_640 関ヶ原で敗れ、紀州・九度山に幽閉された昌幸・信繁。
 「真田丸」は、下巻の最後を飾るエピソードである。

Thjef603cl_640 1615(元和元)5月7日、大坂夏の陣で「真田丸」を失った信繁は、敵中を突破して家康の本陣に討ち入りした。
 「御所様(家康)の御陣へ真田左衛門(幸村)仕かかり候いて、御陣衆追い散らし・・・・」(「薩藩旧記雑録)

 この年信繁49歳、以後「真田日本一の兵(つわもの)と、讃えられることとなる。

Thmn81ccqy_2 著者・火坂雅志、1956年新潟市生まれ。
 早稲田卒後、編集者として出版社に勤務。
 1988年「花月秘挙行」でデビュー、大河ドラマとなった「天地人」('06)で中山義秀文学賞受賞。
 主な作品に「悪党伝説シリーズ」('91~93)「神異伝シリーズ」('93)「柳生烈堂シリーズ」('95~99)「虎の城」('04)「軍師の門」('08)など。
 今年2月惜しくも逝去、享年58歳。

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September 17, 2015

2751.9月のシネマ(2)

崩壊する家族・育児放棄・児童虐待・家出・児童殺し・・・・日々のニュースが伝える日常社会の現実。
 これまでも映画は、その現実を様々なアプローチで描いてきた。全く異質な二つの作品だが、そんな事を思い浮かべる実写映画とアニメを紹介する。

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   「at Home」

 古い一戸建てで暮らす、幸せな家族。
 夫婦と二男一女、アットホームからは笑い声が消えない。

349795_004_640 しかしこの一家は「偽装家族」、父親(竹野内豊)はムショ帰り、今は空き巣狙いが稼業である。
 母親(松島泰子)は、年を偽っての結婚詐欺で稼ぐ。

349795_005_640 長男(坂口健太郎)は金持ちの家の長男だったが、親との軋轢で家出して「父親」と出会った。
 次男(池田優斗)は育児放棄され虐待を受けていたところを、空き巣に入った「父親」に救い出された。

349795_008_640 そして長女(黒島結奈)は義父にレイプされ、電車に飛び込もうとしたと時、「母親」に助けられた。
 「母親」もまた夫のDVに耐えかねて、自殺寸前だった。
 そんな2組が出会って、アットホームを築いた。

349795_006_640 物語は、結婚詐欺がバレた母親が相手に誘拐され、身代金を請求されるところから急展開する。
 「俺が盗んできた家族は、誰にも奪わせない」
 父親が「家族」を守るために決意したこととは・・・・、「ほんとうの家族とは何か」がそこに問われる。

349795_007_640 原作は「MISSING」でデビュー、「このミステリーがすごい」('00)でベスト10に入った推理作家・本多孝好の同名小説(角川文庫)。
 「ストレイヤーズ・クロニクル」('15)に続く、4作品目の映画化である。

 監督は「未来予想図」('07)でデビューした蝶野博、「ふしぎな岬の物語」('14)の阿部照雄が脚本を書いた。

 「この国の空」と同じく大阪の吉本興業が資本を出したプロダクションが製作、脇役には吉本興業出身者が多数出演している。

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   「バケモノの子」

 この夏ヒットしたアニメーション映画「バケモノの子」。
 家族を失った少年が「バケモノ」が暮らす異世界に迷い込み、疑似親子の関係の中で成長していく物語である。

351372_003 監督の細田守は、前作の「おおかみこどもの雨と雪」('12)でシングルマザーの「母性」を描いたが、今作は「父性」をテーマにした。

351372_002_640 彼は、「現代社会の変容とともに、家族観も変化するのは必然です。旧来の伝統的な家族観はもはや参考にならず、私たちは、家族の新しいあり方を模索しなければならない瀬戸際に立たされてます」と、コメントする。

351372_006 一児の親となった細田監督だけに、「新しい子どもたちは何を道しるべに成長すればよいのか。また新しい大人たちである私たちは、子どもたちにどんな姿を見せ、何を手渡してあげられるのか」と、作品のテーマについて述べる。

 これまでの作品で細田は、舞台を自然豊かな地方にしてきた。
 「サマーウオーズ」('09)は夫人の出身地である長野・上田市、「おおかみ・・」は監督の出身地でもある富山の里山をモデルにした。

351372_004 しかし今回は「現実の渋谷」と、その裏側にある異世界「渋天街」を舞台にして、主人公の少年を往復させた。
 それが現実の世界での「血縁」と、バケモノの世界での「疑似親子」の対比を際立たせた。

 アニメーションで描かれるリアルな渋谷の街、ここで何年も仕事をしてきただけに、夜な夜な酒を食らったあの露地を抜けると「渋天街」に行けるのかなと錯覚する。
 細田のもう一つの狙いも、そこにあったのかもしれない
 
351372_007_640 バケモノの父(役所広司)と少年(宮崎あおい→染谷将太)、疑似家族となる悪友(大泉洋+リリー・フランキー)、渋谷の彼女(広瀬すず)。
 声の出演者たちの存在感が、このアニメーション映画に血を通わす。

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September 14, 2015

2750.敬老の日

016_640 明日は「敬老の日」、ではありません。今年の「敬老の日」は21日で、明日は「老人の日」です。
 国の縦割り行政で何かとややこしいのですが、今回は説明も省きます。

Img165_640 ともあれ、毎年恒例の「敬老・観劇招待」は、明治座の「三匹のおっさん」。

 剣道の達人「キヨ」(松平健)、機械いじりの達人「ノリ」(中村梅雀)、柔道の達人「シゲ」(西郷輝彦)、還暦を迎えた幼馴染の3人組が私設自警団「三匹のおっさん」を結成。
 詐欺に痴漢や恐喝など、ご近所で発生する悪を斬る!という還暦ヒーロー活劇である。

003_640_2006_640_2 観劇招待は、中央区が主催する「敬老大会」と称するイベント。
 地域の発展に尽くしてきた「高齢者の皆さん」に、ひと時でも楽しい時間をと50年も前から毎年開催してきた恒例行事である。

 区内にある明治座・歌舞伎座・新橋演舞場を順繰りに、6日間借り切って70歳以上・8.500人を招待する。
 ここ数年は、対象者が増えてきたため70代前半は抽選となっが、幸い私たち夫婦は毎年招待されてきた。

010_640012_640_2 面白いのは、座席の指定である。
 一階席は70代後半以上や車椅子の方々、後期高齢者になった75歳以上は2階席、そして「若もの」は3階席である。
 昨年は2階席後ろだったが、今年は前2列目を指定された。
 案内を見ると13.000円の席、もちろん「幕の内弁当」付きである。

011_640 毎年「敬老の日」と題するブログで、私の住む中央区の人口動態を記録してきた。
 先日隣に52階建て700戸を超える高層マンションが完成したので、毎日のように入居者の引越しで賑わっているが、区内ではこうした高層マンションが年に2~3棟は建つ。

019_640 区の人口は年々増え、今年9月現在では昨年プラス4.718人の14万1.580人となった。
 増加したのは、高層マンション等に入居した30代~40代の働き盛りなので、老人比率は少しずつだが下がる。
 今年の統計では、70歳以上は11.5%(▲0.1)となった。

Img868_640 全国の人口動態と比べても、それは顕著である。
 老人福祉法上は65歳以上を「老人」として括るが、その比率は全国26.7%・東京都21.9%そして中央区は16.2%、つまりここは「現役と子供の多い若い街」なのだ。

005_640 それでも中央区は「旧い街」である。
 江戸の頃から明治~昭和にかけて、下町を中心にお年寄りたちが「地域社会の伝統」を守り続けてきた。
 区が敬老大会を開いて「観劇」に招待し、「敬老買物券」を配ってお年寄りを元気づけるのも、こんな背景がある。

003_2_640 今年いただいた「敬老買物券」は3.000円、町会からも「お祝金」と「お赤飯」が届いた。
 「喜寿」「米寿」の区切りの年には、5.000円相当の「お寿司券」も付くそうだ。

 今週から来週にかけての老人週間、都内の庭園や動物園、水族館は無料だという。どこか出かけるか。

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September 11, 2015

2749.藤田美術館の至宝

Youhentenmokuseikadou_640_2 国宝「曜変天目茶碗」、器の中に宇宙が見える。
 内側の黒い釉薬の上に、大小の「星」(結晶体の斑点)が群れを成して浮かび、周囲を瑠璃色や虹色の光彩が取り巻く。

A0212807_0565718_640 茶碗の内側に光を当てると、七色の虹の輝きが跳ね返る。これが「曜変」である。

 中国・南宋の時代に福建省の建窯で焼かれたものだが、現存するものは世界に三つ。
 その全てが日本に存って、国宝に指定されている。

Img140_640_2 この茶碗を展示のシンボルとして、「国宝曜変天目茶碗と日本の美」展が六本木・サントリー美術館で開催されている。
 国宝が「天目茶碗」を含め9点、重文30点、大阪にある藤田美術館の至宝120数点が、初めて一堂に公開されたのだ。

Img150_640 藤田美術館は、多彩な東洋美術を所蔵する美術館として知られている。
 長州・奇兵隊出身の藤田傳三郎が、維新後に大阪に出て事業を行い、その傍ら親子3人で蒐集した名品が並ぶ。

Thkrm8g1zv_640 彼は、「廃仏毀釈」によって歴史的な仏教美術品が海外に流出するのを阻止するために、膨大な私財を投じて美術品を護った。
 仏教美術・絵巻・水墨画・陶磁器・茶道具など、その数は2.000点を超える。

 今回の展示は、茶道具をはじめ仏教美術・書蹟・近世絵画など選りすぐられた収蔵品が並んだ。

Img142_640 逸品をいくつか紹介しよう。

 右は重要文化財「地蔵菩薩立像」、鎌倉時代の快慶の作品で像表面の美麗な彩色が奇跡的に残っている。
 もとは奈良・興福寺にあったものらしい。

Img144_640 左は国宝「両部大経感得図」、廃仏毀釈で廃寺となった奈良・内山永久寺に伝来したもので、平安時代の仏画家・藤原宗弘の筆によるもの。
 海外流失を防ぐために蒐集した。

Img149_640 右は国宝「柴門新月図」、訪れた友との別れを惜しむ月夜の情景を水墨で描き、上に南禅寺の禅僧18人の賛詩が書かれている。
 室町時代のもので、現存最古の詩画軸である。

Img145_640 左は、重要文化財「銹絵 絵替角皿」。
 兄の尾形光琳が絵を描き、弟の乾山が焼いた角皿で、10枚揃って伝わっているのは珍しい。

 「茶道具」として章立てされた陶磁器では、江戸時代の作品である覚々斎宗左の「黒楽茶碗 銘 太郎」「銘 次郎」、野々村仁清の「鴨形香合」と並ぶが、中国の南宋・明、李氏朝鮮の逸品が多い。

Img148_640 なかでも左の「交趾大亀香合」は中国・明~清時代の作品で、日本伝来後は歴代の茶人たちに珍重された品。
 藤田傳三郎が亡くなる10日前に、ようやく手に入れた香合である。

 工芸品としては国宝2点が出品されたが、東京会場では「仏功徳蒔絵経箱」のみが展示されている。

Img152_640 黒漆塗に金銀で文様が描かれた経箱。
 上面には鳳凰・楽器・蓮華、周囲には法華経の説話が表されている作品で、平安時代のやまと絵の萌芽が見られる格調高い逸品である。

Img151_640_2 そして冒頭に紹介した、国宝「曜変天目茶碗」。
 全体に「曜変」を見るのは、東京・静嘉堂文庫美術館と京都・大徳寺龍光院所蔵の3点のみ。
 藤田美術館の茶碗だけは、外面にも多数の「曜変」が見られる唯一のもので、徳川家康が水戸家に譲った茶碗と伝えられている。

 「国宝曜変天目茶碗と日本の美・藤田美術館の至宝」展は、今月29日まで六本木・サントリー美術館で。10月6日からは福岡市美術館で開催される。
 入館料は1.300円。

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September 08, 2015

2648.9月のシネマ(1)

 ナチスに追われるユダヤの子供たち、彼らを主人公にした映画は多い。
 優れた映画人にユダヤ系が多いこともあって、映画は「名作」として私たちの記憶に残る。

 戦後70年、アウシュビッツ収容所解放70周年の夏、新しい「名作」が生まれた。
 新旧2作品を紹介しよう。

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   「ふたつの名前を持つ少年」

 国際アンデルセン賞受賞作家ウーリー・オルレブが書いた児童文学「走れ、走って逃げろ」('03岩波書店刊)を原作に、壮絶な運命をたった一人で、3年間生き抜いた少年の実話が映画化された。

352237_009 撮ったのは、ドキュメンタリー映画でアカデミー賞を受賞したぺぺ・ダンカー、主人公を追い迫害したドイツ出身の監督である。

352237_001 主人公はポーランドに住む8歳のユダヤ人少年、ナチスに父を殺されゲットーから逃げ出す。
 身の上と名前を変えてナチスの手から逃れるが、寒さと飢えで行き倒れとなる。

352237_003 その彼を救ったのはポーランドの農家の夫人、夫と息子はパルチザンとして森の中で戦っていたが、やがて彼女にもゲシュタポの手が伸びる・・・・。

352237_008 原作者のオルレブ(1931~)もポーランド系ユダヤ人、ベルゲンの強制収容所で辛うじて生き延び14歳の時イスラエルに移住、ヘブライ大学卒業後は数々の児童文学を出版してきた。

352237_006 その彼がエルサレムで出逢ったのがヨラム・フリードマン、生存者を含む多くの人たちに対する綿密な取材によって、ヨラムの少年時代の驚愕の日々が児童文学として描かれたのだ。

352237_002 撮影は全てポーランドの現地で。
 主人公の少年も、ワルシャワでのオーディションで選ばれた。
 それは双子の兄弟、作品ではシーンごとに二人を使い分けて幅広い感情を引き出すことが出来たという。

 モデルとなったヨラム・フリードマンは「危害を加えた国の人々が、その犠牲となった相手を映画に撮ったことに満足している。ドイツ人が作るという重荷が、作品を良いものにする」と語る。

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   「さよなら子供たち」

 フランスの巨匠ルイ・マル監督が、1987年に撮った自伝的作品。
 脚本・製作も務めたこの映画は、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した。

Photo こちらの舞台はナチス・ドイツ占領下のフランス。
 パリから離れたカトリック寄宿学校に疎開している、12歳の少年が主人公。
 クリスマス休暇後に転入してきた3人の少年の一人と仲良くなるが、彼はユダヤ人らしい。

Th54o2vyup 二人の友情は深まるが密告により寄宿舎は閉鎖、少年たちを匿った神父は「さよなら子供たち、また会おう」の言葉を残して連れ去られる。

 しかし3人の少年はアウシュビッツで、神父もまた幽閉先で死に、「また会う」事は出来なかった・・・・。

Th9dnyzf46_2 「死刑台のエレベーター」('58)「恋人たち」('58)「鬼火」('63)「ルシアンの青春」('74)など、ルイ・マル監督の作品の中には、多感な少年時代に負った心の傷がにじみ出る。

 子供の目線で戦争と反ユダヤ主義を描写した「さよなら子供たち」は、今も記憶に残る作品である。

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September 05, 2015

2647.9月のブックから「子どもたちの戦中・戦後」

Img153_640 同郷の先輩から一冊の本が届いた。
 「今こそ伝えたい 子どもたちの戦中・戦後」、副題に「小さな町の出来事と暮らし」とある。
その「小さな町」が、我が故郷である。

Img159_640 九州の西南端・吹上浜に面した農漁村、鹿児島県川辺郡萬世町。
 終戦当時は1万人足らずの町だったが、今は周辺の町村と合併して南さつま市と呼ばれる。

 自治体名から「萬(万)世」の名は消えたが、私たちは「首都圏萬世会」に集い、焼酎「萬世」を酌み交わす。

 先輩とは、母親同士が尋常小学校の同級生でもあったので、子どもの頃から遊んだ兄貴分。70年近い交遊が続いている。

Img162_640 著者・野崎耕二78歳、画家・イラストレーター。
 46歳の時に進行性筋ジストロフィーと診断され、病状の進んだ5年後からは「車いす」の生活となった。

Img157_640 彼が自分に残された時間を意識し、心の支えとして描きはじめたのが絵日記。
 「一日一絵」と名付けられた絵日記には、身近な花や野菜・果物、車いすで散策した近所の風景画が、繊細なタッチで描かれている。
 画集は、これまでにJTBから10巻シリーズとして出版されている。

Img163_640 「一日一絵」と並行して30年前に野崎さんが出版したのが、画文集「からいも育ち」(筑摩書房)。
 生まれ育った「萬世」での日々の暮らしを、絵と文で綴った作品である。

 今回の「子どもたちの戦中・戦後」は、戦後70年の節目に、あらためて字数と頁数を増やし「萬世」での日々を詳細に書き直した。
 野崎さんにとって前作の「からいも育ち」は、戦中・戦後のことを十分に伝えられなかったとの想いがあったからである。

Img160_640 飛行場造り始まる・特攻隊員を見送った・グラマンの襲撃・B29・・・・(「戦時中編」)
 飛行場は畑となった・DDT回虫蚤蚊・サツマイモ御飯・・・・(「終戦直後編」)
 裸足で登校・豚の飼育・ナトコ映画・十五夜まつり・・・・(「中学校生活編」)
 道作り・麦作り・地引網・からくい・台風・市っどん・・・・(「戦後の暮らし編」)
 クモ合戦・陣取りこ・肝試し・スズメギッタ・メジロ捕り・・・・(「子ども遊び編」)
 懐かしいタイトルが、挿絵とともに82項目並ぶ。

Img161_640 野崎さんは、「はじめに」にこう記す。

 「今年は、終戦から70年。戦後に生まれた人が人口の8割近くになり、戦争があったことすら知らない人たちが増えています。
 一方で、戦中・戦後のことを、語れる人・書き残せる人が、もう少なくなってきました。
 戦争の悲惨さや、戦後の貧困などは語り継がれています。でも、その多くは大人たちの証言や体験で、当時の子どもたちのことはあまり伝えられていません。
 本書は、終戦のとき8歳だった私の記憶をもとに、戦中・戦後の激動の時代を必死に生きた子どもたちのことを絵と文で綴りました。」
     ・・・・・・・・・・・・・・・
Img158_640 「戦争と貧困を知らない世代へ、健気にがんばった昭和の子どもたちのことを、少しでも伝えられたら幸いです。」

Img155_640 昭和18年(国民学校入学)から昭和27年(中学校卒業)までの、10年間の野崎さんの体験記。
 終戦の翌年、満州から萬世に引き揚げてきた私も、戦後は野崎さんと体験を共にしている。

 野崎耕二著「今こそ伝えたい
         子どもたちの戦中・戦後
        ~小さな町の出来事と暮らし」(日貿出版社)
                  定価・本体1800円

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September 02, 2015

2646.第100回記念・二科会

Img164_640 左の作品は、一昨年総理大臣賞を受賞した西健吉画伯の今年の作品「入江の午後」(F150)。
 これまでは鹿児島の漁村が舞台だったが、はじめて県外に出て大分・蒲江漁港を描いた。
 しかし、いつもの様に後ろ姿の「娘」も描かれている。

 旧友の西君から、今年も招待状が届いた。
 今日が初日、彼にも会えるかとオープニング・セレモニー直前に六本木の国立美術館に着いた。

055_640 西君は高校の一年後輩、東京の美大を卒業後鹿児島に帰郷、高校の美術教師となった。
 地元の美術展で数々の実績を残しパリにも留学、30数年前に二科会会員に推挙され、現在は15人の理事の一人として若い画家たちを育てている。

003_640 今年100回記念を迎えた公募展、在野の美術団体の中で二科会は最も古い。
 1914年に、石井伯亭・梅原龍三郎・有島生馬らパリ留学組の絵画・彫刻の新進芸術家たちが創設した。
 戦争中一時休会したが、戦後になるとデザイン部門・写真部門も加わり今日に至っている。

013_640 戦後は東郷青児や吉井淳二ら鹿児島出身の画家たちが、理事長として二科会を率いてきたこともあり、会員には同郷の画家たちが多い。

023_640021_640 毎回紹介しているが、100回記念の今回も、犬童次男(94歳・左「田園」)・鳥取政昭(88歳・右「桜島」)ら大長老の作品も展示されていた。

027_640 若手では、西君や私と同郷の画家・有馬広文君(会友)が毎年出品(右「クリニャンクールⅢ」)している。
 彼は南さつま市で絵画教室を主宰しており、今回は生徒5人の作品も入選していた。

011_640014_640 会場では100回を記念して、東郷青児(左)や吉井淳二(右)ら歴代理事長や多大なる功績を残した洋画家・彫刻家(21氏)の作品が特別展示されている。

 今年の二科展、絵画部門の応募総数は2.978点、うち入選は721人、初入選は94人だった。

056_640 「第100回記念二科展」は、今月14日まで六本木・国立美術館で。
 この後は、新潟~愛知~大阪~京都~広島~鹿児島~熊本~福岡と巡回する。

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