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October 29, 2015

2765.10月のブックから③「緋の天空」

 区民図書館で、久しぶりに葉室麟の棚を覗いてみた。未読の作品を3点見つけたので、早速借りた。
 「緋の天空」と「紫に匂う」「山桜記」、いずれも昨年刊行された本である。

 最後に葉室作品を紹介したのがブログ2532号('14.10.7)、ちょうど1年前になる。
 29、30、31作目、その中からひとつを紹介しよう。

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   「緋の天空」(集英社刊)

 葉室作品としては珍しく、古代王朝を舞台にした作品である。
 光明子(こうみょうし)のちの光明皇后(701~760)、聖武天皇の后で皇族以外からはじめて「皇后」の称号を授けられた女性の一代記である。(挿絵は村田涼平)

Tisryouheimuratamedium_640_3 平城京を造り、律令官僚貴族として藤原家隆盛の基礎を築いた不比等の娘に生まれ、聖武朝の仏教興隆に力を注いだ人として知られる。

Tisryouheimuratamedium3_640 物語は、金光明寺(のちの東大寺)の「大仏開眼供養」(752年)から始まる。
 大仏殿に並んで座するのは聖武太上天皇と、二人の間に生まれた娘・孝謙天皇。

 この年、皇太后・光明子は52歳、「仏像に似て丸みをおびた面差しと、しなやかなからだつき」は若いころと変わってはいない。

 そして物語は、42年前に遡る。
 安宿媛と呼ばれていた10歳の光明子は、遷都が行われたばかりの新しい都・平城京の朱雀大路を、茜色の裳裾を風に揺らしながら歩いていた。

Tisryouheimuratamedium_2_640 ここで会ったのが長屋王の長男・膳夫、この運命の出逢いが後に時代を大きく揺るがすことになる。

 古代史を学んだ人ならご存知の、多くの人物が登場する。
 長屋王親子の他に、遣唐使として彼の国に渡った吉備真備と僧玄昉、唐から来日した鑑真和上、のちに孝謙天皇の寵をうける弓削清人(道鏡)、そして天智天皇の娘で女帝となった元明天皇、同じく女帝の元生天皇(氷高高女)、さらに光明子の兄姉の武智麻呂・房前・宇合・麻呂・宮古たち。

Tisryouheimuratamedium1_640 ハイライトは「長屋王の変」である。
 天智・天武天皇の孫として生まれ左大臣を務める王は、藤原家の力を抑えるために息子の膳夫の即位を図る。
 しかし密告により聖武天皇の兵に邸宅を囲まれて、一族ともども自刃して果てた。

 息子・膳夫は光明子の初恋の人、夫の命で死を選んだ彼の姿を興福寺金堂の阿修羅像に重ねた。
 彼女が、仏教に深く帰依した所以である。

4_640 物語は、「藤原仲麻呂の乱」で終わる。
 光明皇后の信任厚かった仲麻呂(恵美押勝)は不比等の長男の子、つまり孝謙天皇の従兄にあたる。
 彼は孝謙天皇の寵臣・道鏡を除こうと、764年に兵を挙げたが天皇側に敗れ妻子ともども斬罪に処せられる。
 光明皇后(光明子)が、崩御された4年後の事だった。

1_640 「緋の天空」は、この時代になぜ女帝が多かったかを物語る。

 飛鳥時代の推古天皇から江戸時代の後桜町天皇まで、女帝は重祚を含めて10人を数える。
 そのうち持統・元明・天正・孝謙(称徳)の5代4人が、この時代(「壬申の乱」以降)に女帝として擁立されている。

 10年ほど前に、女性天皇・女系天皇について論争が起こった。
 国は諮問会議を開いて、皇室典範の内容を検討した。
 男系天皇に限る現行の規定をどう考えたらいいのか、この作品は大きな示唆を与えてくれる。

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October 26, 2015

2764.シネマ歌舞伎

 マンションの「まつりの会」の仲間たち、先月は「ライブビューイング」でオペラを鑑賞したが今月は歌舞伎。
 といっても歌舞伎座での生の舞台ではない。毎月一演目を東劇で上映している「シネマ歌舞伎」である。

No18_kagotsurube_640 シネマ歌舞伎とは、歌舞伎の舞台公演をHD高性能カメラ数台を駆使して撮影して、スクリーンで上映するもの。
 松竹が開発した手法で、映画とは全く異なる臨場感あふれる映像作品である。

 10年前の「野田版 鼠小僧」に始まり、現在20を超える作品が公開された。

Maintop_640 今回私たちが鑑賞したのは「籠釣瓶花街醉醒(かごつるべさとのえいさめ)」、2010年2月に歌舞伎座で上演されたものを映像化した作品。
 今は亡き中村勘三郎に坂東玉三郎、片岡仁左衛門の豪華競演版である。

1_2_640 この演目は吉原で実際に起きた「花魁惨殺事件」をもとに、河竹黙阿弥の弟子・三世河竹新七が書き下ろした世話物。
 1888(明治21)年に、東京千歳座(現在の明治座)で初代市川左團次が主役・次郎左衛門を初演した。

Img195_640 話は上州佐野の絹商人・佐野次郎左衛門(中村勘三郎)が、江戸の商いの帰りに話の種にと、桜も美しい吉原にやってくるところから始まる。

 念願の花魁道中もみて、いよいよ帰ろうとしたところへ吉原一の傾城・八つ橋(坂東玉三郎)と遭遇する。
 この世のものとは思えない八つ橋の美しさに、魂を奪われた次郎左衛門、これが悲劇の始まりだった。

100128_kabuki_06_640 それ以来、次郎左衛門は吉原に通い始める。
 あばた顔の田舎者ながら人柄も気前もよい次郎左衛門、ついには八つ橋身請け話も出始める。

 しかし八つ橋には、繁山栄之丞(片岡仁左衛門)という情夫がおり、この話を知って次郎左衛門との縁切りを迫まられた。
 親身になって八つ橋を想う次郎左衛門と二世を契った栄之丞、彼女の心は揺れる・・・・・。

Yjimage2_640 見どころは、まず「吉原仲ノ町の見染め」。
 舞台に残って呆然とする次郎左衛門にむかって、花道七三で艶然と笑う八つ橋の演技は女形芸の見せ場、そのあとは「八文字」をふんで退場する。

 続いては「愛想づかし」。
 「縁切りの場」での八つ橋の悲哀と、恥をかかされた次郎左衛門の悲しみ。
 「花魁、そりゃあんまり袖なかろうぜ」に始まる名セリフが、見どころ聞きどころである。

3_640 演目の「籠釣瓶」とは、次郎左衛門が吉原に持ってきた村正の名刀。
 もともと全八幕の狂言だが、次郎左衛門の「あばた」の謂れや「籠釣瓶」が手に入った経緯などが省かれて、全三幕となっている。

 舞台は、10年ほど前に中村吉右衛門の次郎左衛門役で見たことがあるが、中村勘三郎は初めて。
 彼の当たり役と言われた「籠釣瓶花街酔醒」、もう舞台で見ることが適わないのが残念だ。

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October 23, 2015

2763.10月のシネマ(3)

 第二次世界大戦が終わって70年、東西ドイツの壁が壊されて25年、ドイツから届いたのは「ヒトラー」をタイトルにした映画2本。
 同じ同盟国だった日本では、到底ありえなかった「事件」が素材となった作品だが、我々日本人の歴史認識を厳しく問う映画でもある。

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   「顔のないヒトラーたち」

 「ナチスは、ユダヤ人への虐殺によって人間の文明を否定し、その象徴がアウシュヴィッツです。私たちドイツ人は、恥の気持ちでいっぱいです。何百万人もの人々を殺害した犯罪を見て見ぬふりをしたのは、ドイツ人自身だったからです。」
 今年メルケル首相は、犠牲者追悼式典でこう語った。

 半世紀前のドイツ、当事者を除いて誰ひとり「アウシュヴィッツで何があったか」を知らなかった。

353282_002 戦後10年も過ぎ、西ドイツは経済復興の波に乗り、人々の記憶から「戦争」は忘れられていった。
 とくに自分の国が犯した罪、個々人や親たちが犯した罪も忘れようとしていた。

353282_004 その風潮の中で一人のジャーナリストが、アウシュヴィッツ強制収容所の元親衛隊員(SS)の姿をみた事から映画は始まる。
 彼は、平然と教壇に立っていた。

353282_005 その事実を知った新米のフランクフルト地検検事は、ジャーナリストと強制収容所を生き延びたユダヤ人の協力を得て「犯罪の事実」を追及していく。

 1963年の「フランクフルト・アウシュヴィッツ裁判」、それは「ドイツ人がドイツ自身を裁き、ドイツの歴史認識を変えた」大きなターニングポイントとなった公判となる。

353282_009 検察当局の上司をふくめ、様々な妨害を受けながらも証言を集め、アメリカ占領軍が集めた膨大な資料の中から証拠を見つけて「ナチスの犯罪」を追う検事。
 その資料は、彼の父親も恋人の父親も、「顔のないヒトラー」だった事実を示す。
 それは、多くのドイツ国民の背負った「消せない記憶」でもあるのだ。

353282_008 監督は、ドイツで活躍するイタリア人のプロデューサー兼俳優ジュリオ・リッチャレッリ。
 この作品が、長編初デビュ-になる。

 主演の検事はアレクサンダー・フェーリング(「イングロリアス・バスターズ」'09)、その恋人に「ハンア・アーレント」('13)で若き日の彼女を演じたフリーデリート・ベヒトが扮する。
 ほか、ドイツ演技派俳優が顔を並べた。

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   「ヒトラー暗殺、13分の誤算」

 ナチス・ドイツ敗戦前年のシュタウフェンベルク大佐の「ワルキューレ作戦」、ヒトラー暗殺未遂事件はこれまでも度々映画の題材となってきた。

353510_007 しかし5年前のミュンヘンで起きた「ヒトラー暗殺未遂事件」は、歴史の裏に埋もれていた。
 いや東西冷戦下、西ドイツも東ドイツも意識的に無視してきた。

 10年前に、ヒトラーの人間性に迫った「ヒトラー~最後の12日間」を撮った鬼才オリバー・ヒルシュビーゲルは、「敗戦70年だからこそ歴史の裏側の真実に迫まらねばならないと」考えた。

353510_006 タイトルが示すように、「あと13分、演説が続いていたらヒトラーは死に、世界は変わっていたー」。
 ナチスが蜂起した「ミュンヘン一揆」(1923年)を記念するヒトラーの演説会、その演壇頭上に時限爆弾が仕掛けられていた。
 しかし爆発は、ヒトラーが退出した後だった。霧でベルリンに帰る飛行機が飛ばないと、予定を切り上げたのだった。

353510_003 逮捕されたのは、36歳の平凡な家具職人ゲオルク・エルザー。
 ゲシュタポは、イギリス諜報部が関与していると彼を拷問にかけたが・・・・。

 田舎の村で家具職人として働く彼が、なぜこのような大胆不敵な計画を立て実行したのか。
 映画は、エルザーの人生とファシズムに染まっていく息苦しい時代の空気を、丁寧に描いていく。

353510_004 出演は、家具職人に「白いリボン」('09)で注目されたドイツの舞台俳優クリスティアン・フリーデル。
 恋人の人妻に、「カルロス」('10)のカタリーナ・シュットラー。

 彼を訊問した警察長官に、「白いリボン」の演技派俳優ブルクハルト・クラウスナー。
 ゲシュタポの捜査官に、「顔のないヒトラーたち」にも出演したヨハン・フォン・ビューローが出演している。

353510_002 警察長官が、5年後には「ワルキューレ作戦」に加担したとして絞首刑になり、敗戦直前まで生かされていたエルザーが、ゲシュタポの捜査官により秘密裡に処理されるなど、ラストは衝撃的なシーンが続く。

 原題は「Elser」。

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October 20, 2015

2762.10月のブックから②「竹中半兵衛」

Img104_640 「天地人」「上杉かぶき衆」の返本かたがた、区立図書館で火坂雅志の棚をチェックして見つけたのが「小説集・竹中半兵衛」。
 文芸評論家の末國善己が、大河ドラマ「軍師官兵衛」にも登場した竹中半兵衛を題材にした、歴史小説七編をセレクトして構成した小説集である。

Th8rcrpbbe_640 半兵衛も官兵衛と同じく豊臣秀吉の軍師として活躍した武将で、並べて「二兵衛」と称されていた。

 ただ官兵衛(如水)が最後まで天下取りの野望を捨てなかった策士で、後の黒田藩の礎を築いた人物だったのに比べ、半兵衛は出世欲も無く病身を押して無私の心で秀吉に尽くした武将である。

 そして36歳の若さで夭折、それだけに庶民の人気は高く歌舞伎や講談にたびたび登場している。

 ただ半兵衛についての史料は、少ない。
 その中で、オリジナリティあふれる視点と解釈で描いた七編の歴史小説は、傑作が多かった。

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 「武将列伝・竹中半兵衛」(海音寺潮五郎)

 本作は「新撰美濃記」「藩翰譜」「信長公記」「浅井三代記」などの史料を踏まえながら、史実と虚構ををきちんと峻別して書いた「史伝」である。

Th2sz9wipv_640_2 美濃の地侍・竹中家の家系から始まり、有名な稲葉山城の奪取、秀吉の軍師として戦った姉川や長篠の合戦までが描かれる。
 稲葉山城の奪取は、侮辱した主君・斎藤竜興とその側近たちを、わずか16人の家来を引き連れて乗っ取ったエピソードである。
 後に城は竜興に返して浪人になって近江に立ちのくが、この事件は半兵衛「軍師」としての才を天下に知らしめた。

 海音寺は史伝の最後に「名将言行録」を並べるが、
 「半兵衛は伝記よりも小説に書いた方が面白い人物であろう。詳しいことがわからないからでもあるが、彼の人物の面白さは外形的なところにはなく、内面的なたおころにあるようであるから。」と結ぶ。

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 「鬼骨の人」(津本陽)

 同じように虚構を排しながら半兵衛の生涯を書いた作品。
 稲葉山城奪取から始まる小説は、合戦での采配をクローズアップして描いているので、軍師としての活躍が楽しめる短編小説である。

 最後の一節
 「鬼才を謳われつつ、秀吉の苦闘の時期に軍師として惜しみなく助力を与えた、半兵衛の生涯の足跡は、はなばなしい感は意外に少なく、目立つふるまいは見受けられない。
 軍師は表面にあらわれず、裏面にあって主人を扶ける存在であることを、わきまえていた半兵衛は、みずからの手柄をすべて秀吉のものとして、惜しむところがなかったのであろう。」

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 「生涯一軍師にて候」(八尋舜右)

 この短編は、タイトル通り生涯を一軍師として生きようとした、半兵衛の心理に迫った作品。

 荒木村重の謀反により幽閉された黒田官兵衛、人質として秀吉のもとに預けられた一子・松寿丸(のちの黒田長政)の命を救った半兵衛のエピソードがラストに。

 「わかれ 半兵衛と秀吉」(谷口純)

 本作は秀吉の中国攻略(1577年)から半兵衛が没した1579年までを舞台に、史料には記されてはいない半兵衛と秀吉の内面と葛藤が描かれる。

 先述の松寿丸の救出劇がクライマックスとなるが、それが半兵衛にとっては信長へのささやかな反逆、それを自分を試すためと疑心暗鬼になる秀吉の対立と絆が面白い。

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 「幻の軍師」(火坂雅志)

 秀吉のもとに集まってきた武将たちを描く、連作集「壮心の夢」の一編。
 羽柴四天王といわれた神子田正治が主人公である。

 あらゆる兵書を読みこなし、軍師としての自負から半兵衛をライバル視したが、秀吉の評価は低かった。
 死を覚悟した半兵衛は神子田を後継に推挙、功名心を捨ててのみ軍師になれると彼を諭すが、結局その欲望を捨てきれず無残な最期を遂げてしまう。

 「天地人」を書いた著者の歴史感が、実に表れた短編である。

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 「竹中半兵衛」(柴田錬三郎)

 「柴錬・立川文庫」シリーズの一編。
 真田幸村率いる真田十勇士と、密かに生き長らえていた半兵衛がからむ「大坂夏の陣」の秘話で、新旧軍師の知恵比べとなる。

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 「踏絵の軍師」(山田風太郎)

 半兵衛の末裔だったが、家を滅ぼしてしまった元長崎奉行・竹中采女正が主人公。
 著者の得意とする、史実と虚構を交えて書いた伝記小説である。

 奉行として、キリシタン弾圧のために残酷な刑を編み出した彼の悲劇が、半兵衛と対照的に描かれている。

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October 17, 2015

2761.第83回独立展

001_640Flyer83_wo_640_5 「日展」「二科展」と並ぶ日本三大公募展のひとつ「独立展」、友人の作品が入選したので六本木・国立新美術館に出かけた。

 美術館の1階から3階まで23のフロワーには、会員・準会員そして公募展に入選した740点を超える作品が並ぶ。

005_640_2 1階会場の入り口を入ると、独立美術協会の中心メンバーの作品が並ぶ。

 左は、旧知の絹谷幸二画伯の作品「喝破」。
 昨年文化功労賞を受賞した彼の作品は、令を重ねるたびにエネルギッシュになる。

 個展も度々見てきたが他の画家たちの作品と並んで見ると、その力強さが一際目立つ。

019_640017_640 2階10号室には、独立賞をはじめとする今回の受賞者の作品がまとめて展示されていた。

 その中で注目を集めているのが、「標」「道」と題した右の2点。
 東京学芸大の学生・橋本大輔君の作品で、審査に当たった会員全員が票を投じたという。
 彼は高校時代まで絵筆を執った事はなく、野球部で活躍したスポーツ少年だったそうだ。

028_640 友人・平田宏さんの作品は、左の4枚の絵の右上。
 「アウシュヴィッツ第11地下牢」と題した彼の作品は、現役時代に収容所を訪れた時の「圧倒された記憶」を描いたものである。

025_640024_640 題材はコルベ神父が餓死した「第11地下牢」、彼へのオマージュを込めて描きあげたと、メールで解説してくれた。

 原色の絵に囲まれた友人の作品は、まさに現代の社会状況を語ってくれる。

002_640_3011_640 ところで「独立美術協会」について一言。

 協会は、佐伯祐三・前田寛治らがフランスの「バルビゾン派(1830年派)」に倣って結成した「1930年協会」が発端となって生まれた。

E78bace7ab8be7be8ee8a193e58d94e4bc9 設立したのは、二科会を脱退した児島善三郎・林武・小島善太郎ら9名、それに春陽会の三岸好太郎、フランス留学から帰国した気鋭の画家たちの14名。
 「既存の団体からの絶縁」「新時代の美術の確立」を宣言して、1931年に第1回「独立展」を開催した。
 
 フォービズム的画風を基調として以来、須田国太郎・小林和作・海老原喜之助・野口弥太郎ら、日本の近代美術史に輝く数多くの画家たちを輩出している。

 第83回独立展は今月26日まで六本木・国立新美術館で、70歳以上は入場無料。
 そのあと大阪~京都~名古屋~鹿児島~福岡と巡回する。

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October 14, 2015

2760.軽井沢・千住博美術館

Img133_640 中軽井沢駅近くにある「千住博美術館」、世界で活躍する日本画家・千住博の作品を、カラーリーフガーデンの中で鑑賞できる静かな美術館である。

 オープン直後に一度訪ねたが、5年ぶりに再訪した。

Img130_640094_640 森の木立に埋もれるように建てられた美術館は、プリッカー賞を受賞した建築家・西沢立衛の設計によるもの。

 館内4か所にはガラス張りの大きな吹き抜け空間、そして自然の地形を活かした床は土地の起伏のままに緩やかに傾斜する。

Img131_640 美術館で最初に足を運ぶのが「ザ・フォール・ルーム」、20年前にヴェネチア・ビエンナーレで東洋人としては初めて名誉賞を受賞した千住博の代表作、「The Fall」が展示されている「地下宮殿」である。

Img129_640 暗い展示室には水が張られ、そこに落下する滝「ザ・フォール」。
 現代文明に対するメッセージを込めたタイトルに、ある人は「降臨」と問い、ある人は「ヒロシマ」の原爆かと問うた。

 「ザ・フォール」は落下、滝は「ザ・フォールズ」、縦3.4m横14mの大作はアダムとイブが楽園を追放された「堕落」(The Fall)の意味も持つ。

Img132_640 「滝シリーズ」のひとつ「イグアス」は、ブラックライトを当てると絵は妖しく光る。
 「夜が大きな比重をもつ現代人の生活を表現した」と千住は語る。

 和紙を貼ったキャンバスを縦に立てて、岩絵の具を上の縁から流す、試行錯誤の末生まれた様々な「滝」の習作が並ぶ。

Img135_640Img136_640 千住博の代表作品のひとつ「星のふる夜」。
 ストーリーがなく絵だけで構成されている「絵本」である。

 絵物語を現代的なかたちで再現しようとした、彼の試みが15点の絵で綴られる。

 館内では、ドーハ・アートプロジェクト「黄金の水」展も催されていた。
 カタールの首都ドーハに、今年開業するホテル内の「日本食レストラン」に飾られる、「黄金の滝」の原画など11点が展示されている。

093_640 「軽井沢千住博博物館は、しなの鉄道・中軽井沢駅から車で5分、新幹線・軽井沢駅からは10分。入館料は1.200円。
 車100台、自転車30台、大型バス10台も駐車可能。

 「黄金の水展」は、今年の12月25日まで開催。

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October 11, 2015

2759.10月のシネマ(2)

 私の好きなサスペンス小説家の一人が東野圭吾、これまでにも20数冊の長編作品を読んでいる。
 また彼の作品には映画化されたものが多く、「秘密」('99)から現在公開中の「天空の蜂」まで16本に上る。

158321_01 それは国内だけでなく「白夜行」「容疑者Xの献身」「さまよう刃」は韓国で、「秘密」はフランスでもリメイクされた。

 映画作品もほぼ見た。
 このブログで紹介した作品を検索すると、直近から「真夏の方程式」(2321号)「プラチナデータ」(2271号)「麒麟の翼」(2053号)「白夜行」(1758号)「さまよう刃」(1395号)・・・・・とある。

 そして今回の「天空の蜂」である。
 過去の作品の再掲もふくめ、紹介しよう。

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   「天空の蜂」

 「巨大ヘリが何者かに奪われた。標的は原子力発電所。姿なき犯人から届いた要求は、“日本全土の原発破棄”。」

Thqxkfo736_640 20年前に東野圭吾が書き下ろした、長篇サスペンス同名小説が原作。
 モデルとなった敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」が、その直後にナトリウム漏れの事故を起こしたこともあって、小説はベストセラーとなり吉川英治文学新人賞の候補となった。

Th_640 しかし彼の作品が次々と映画化される中で、「天空の蜂」だけは映画化不可能といわれてきた。
 それは作品に込められた作家のメッセージが、あまりにも鋭かったからである。

 そして東日本大震災と福島原発のメルトダウン、日本の原子力発電所は全て止まり、小説はフィクションからノンフィクションとなった。

351635_004_640351635_001_640_2 映画は、巨大ヘリの開発責任者(江口洋介)と狙われた原発の設計者(本木雅弘)をキーマンとして展開する。
 そしてヘリを奪った謎の男(綾野剛)の存在が明らかになるにつれて、事件の裏に隠された恐るべき犯行目的と、隠ぺいされた真実が明らかにされていく。

351635_006_640 監督の堤幸彦は、「トリック」('02)や「20世紀少年シリーズ」('08~'09)などエンターテインメントの旗手として知られているが、一方では「明日への記憶」('06)「悼む人」('15)など社会派作品も意欲的に撮っている。

 今回の作品は、その社会性とエンターテインメントが見事に融合したクライシス・サスペンス映画となった。

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   「真夏の方程式」(’13年7月公開)

 フジテレビの連続ドラマ「ガリレオ」の劇場版、天才的な頭脳を持つ物理学者・通称ガリレオ(福山雅治)が警視庁の刑事(北村一輝)と組んで、次々と難事件を解決していくお話。

 今回は、海洋資源開発派と環境保護派が激しく対立する海辺の町が舞台。滞在している民宿の子どもと仲良くなった彼が、元刑事(塩見三省)が殺された事件に巻き込まれえていく。

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   「麒麟の翼」('12年2月公開)

 東京・日本橋の橋桁中央にあるブロンズ彫刻「翼をもった麒麟」、その前で一人のサラリーマン(中井貴一)が息絶えた。

 この事件を担当したのが日本橋警察署刑事・加賀(阿部寛)、東野がデビュー当初から書きつづけている「加賀恭一郎シリーズ」の9作目が原作である。

 「泣けるミステリー」といわれるこのシリーズは、事件によって傷つけられた人々の「心」を、名刑事・加賀が救う。

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   「白夜行」('11年2月公開)

 これまでの人生が、いつも「暗い夜」だった二人が、せめて「白夜」を望んだとしたら・・・・。
 東野の代表作のひとつで、200万部を売り上げたベストセラーが原作である。

 昭和50年代の地方都市で起こった、ひとつの殺人事件。
 決して交わることのない被害者の息子(高良健吾)と容疑者の娘(堀北真希)がたどる光と闇を、ベテラン刑事(船越英一郎)の目で描いた。

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October 08, 2015

2758.10月のブックから「上杉かぶき衆」

 先月に続いて、再び火坂雅志の歴史小説に戻る。

511qlaxayl__aa324_pikin4bottomrig_2 新潟出身の火坂の代表作といえば、上杉家の賢臣・直江兼続の生涯を描いた「天地人」が挙げられる。
 6年前に、妻夫木聡主演で大河ドラマとして放送されたのでストーリーの紹介は省くが、今月初めに直江兼続と主君・上杉景勝ゆかりの寺を訪ねたので、「天地人」をもう一度読み返した。

 そして次に手に取ったのが、「上杉かぶき衆」である。
 ここには、これまでもブログで紹介した前田慶次郎や上杉三郎景虎のエピソードが、短編として綴られている。
 本の紹介は後段にするとして、まず所縁の寺について書いておこう。

144_640_3149_640 越後一の寺・日本一の庵と銘打った「雲洞庵」は、南魚沼の金城山(1.367m)の麓に建つ。
 今から1.300年前の奈良時代、藤原不比等の内室が出家して雲洞の地に庵を結んだのに始まる。

154_640162_640 内室没後、一子の内大臣・藤原房前が跡地に尼僧院を建立して、母の菩提を弔った。
 以来、日本最古の尼寺として女人救済の信仰を集めてきた。

169_640171_640 そして700年後、鎌倉を追われた関東管領・上杉憲実が、楠木正成の孫・能勝禅師を招いて曹洞宗の大禅道場を開創した。

163_640 雲洞庵の名が知られ渡ったのは、大河ドラマ「天地人」の前半の舞台になったからである。

 和尚が当地の大豪族・長尾家の出身で、甥である当主・喜平次(後の上杉景勝)を庵で教育した。
 その景勝の小姓として共に学んだのが、南魚沼・坂戸城に生まれた樋口与六(後の直江兼続)だった。

168_640175_640_2 この庵での修行生活によって、景勝・兼続は深い主従の絆を結ぶことになる。

 上杉謙信没後、「御館の乱」で上杉景虎を破り家督を相続した景勝を、戦国・安土桃山・江戸時代まで支え続けた兼続の物語は、このブログでも幾たびか紹介した(1351号・2557号・2752号)。

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   「上杉かぶき衆」

 景勝と兼続に縁の深い人物、7人を描く短編集である。
 「月刊ジョイ・ノベル」に7~8年前掲載された。

 そのトップが「大ふへん者・前田慶次郎」である。
 すでに隆慶一郎の小説「一夢庵風流記」で紹介(ブログ2557号)したが、この「日本一のかぶき者」がなぜ景勝と兼続に惚れ込んだのかが綴られる。

51h1smbly1l_640 今年の夏にも、NHK木曜時代劇「かぶき者慶次」で藤達也が彼の晩年を見事に演じていたが、忠義とか下剋上、権謀術数とは全く無縁の慶次郎の生き方に、視聴者は拍手を送った。

 「かぶき者」とは何なのかー。
 「傾く」と書き「歌舞伎」の語源ともなったこの言葉、常道を外れたなりふりと否定的に読むのではなく、「普通の人とは異なった行動をする、極めて個性的な人物」と解した方が正しいだろう。

240pxmaeda_keijir_2 なぜか上杉家には、こうした人物が多い。
 その代表が前田慶次郎で、大閣秀吉死後に権力簒奪を狙った徳川家康に、真っ向から刃向かった上杉景勝・直江兼続に「漢」を感じてはせ参じたのである。
 その時彼はすでに齢六十、「上杉のためにひと肌ぬいでやろう」と老骨に鞭打って、皆朱の槍を振り回したのである。

 続いて登場するのが、「弟・大国実頼」である。
 そのタイトル通り兼続の実弟、兄を支え徳川方だった最上義光方との闘いの先頭に立ったが、関ヶ原での西軍敗退の報で会津若松に撤退する。

 「天下の趨勢は決した」と、徳川と手打ちして上杉家の生き残りを図る兄・兼続に対して、「義こそが、先代謙信様以来の上杉家の誇り」と、最後は袂を割って紀州・高野山に出奔するのである。
 実頼もまた、「かぶき者」のひとりだったといえよう。

Th_2_640 あとの登場人物は「御館の乱」で家督を争って景勝・兼続方に敗れ、自刃した上杉三郎景虎(「生き過ぎたりや」)。
 彼は、小田原・北条から同盟の質として越後謙信の養子となり景勝の妹を室としている。

The3anqoot_640_2 また兼続の「策」によって、景勝の妻となった菊姫(「甲斐御料人」)。
 彼女は信玄の娘で、武田・上杉の同盟の証として嫁いできたのである。

Th8y8aaeyp_640 そして兼続の娘を娶った、婿養子の本多政重(「百戦百勝」)。
 彼は家康の重臣・本多正信の嫡子で、徳川家の秘命によって大谷吉継・宇喜多秀家・福島正則・前田年長と主を替えてきた諜者だった。

 ほか上杉家の客将で新陰流の達人・上泉主水泰綱(「剣の漢」)、上杉家の老将・水原親憲(「ぬくもり」)が登場する。
 共に前田慶次郎の数寄仲間で飲み友達、そして剣友でもあった。

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October 05, 2015

2757.10月のシネマ(1)

  少年の目線が捉える「大人の社会」、少年の目を通して描く「現実の社会」。
 アメリカの作品はユーモラスに、ドイツの作品はリアルに撮ったヒューマン・ドラマである。
  2作品とも主役となった少年に存在感があり、少年の自然の演技に観客は涙する。

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   「ヴィンセントが教えてくれたこと」

 酒と女とギャンブルが大好きで、まだまだ枯れてないチョイ悪ジジイ、たまたま隣に引っ越してきた少年と出会う。
 12歳のひ弱い子供だが、両親が離婚したせいか、どこか人生を達観している。

352927_001_640 祖父と孫ほど歳の離れた二人の友情物語だが、そこには「核家族化」「離婚」「シングルマザー」「独居老人」「いじめ」「介護」と、日本でも体験している社会問題を描くアメリカ映画。

352927_002_640 そんな重い課題をユーモアたっぷりに、そして爽やかに描く事が出来たのは、二人の主役のキャスティングによるものだ。

352927_003_640 ジジイ・ヴィンセントは、ビル・マーレイ。
 「グランド・ブタベスト・ホテル」('13)の名演技、ゴールデン・グローブ賞など主演男優賞を総なめした「ロスト・イン・トランスレーション」('03)など、彼の自然体の演技は光る。
 今回も一見偏屈老人と見せながらも、実はハートフルなジジイの一面をチラッと出すところにグッとくる。

352927_004_640_2 そのビルを相手に怯むことなく演技した少年役は、ジェイデン・リーベラー。
 この映画に大抜擢されて、いくつかの映画批評家協会から「ベスト子役賞」を受賞している。

352927_007_640 また脇を固めているのは、アカデミー賞ノミネイトの実績をもつベテラン女優の二人。
 少年のシングルマザーはコメディアンとしても知られるメリッサ・マッカーシー(「ブライズメイズ」'11)、ジジイの彼女でストリッパーをナオミ・ワッツ(「21グラム」'03)が演じた。

 脚本・監督・製作は、CMディレクター出身でコメディ作品を得意とするセオドア・メルフイ。
 始めは全米4か所で公開した作品が、見る見るうちに2.500スクリーに拡大し大ヒットとなったのも、彼のセンスとキャスティングによるものだろう。

 原題は「聖ヴィンセント」、このタイトルの意味がラストになって観客の心に感動を呼び起こした。

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   「ぼくらの家路」

 シングルマザーの母と、6歳の弟と暮らす10歳の少年ジャックが主人公。
 まだ若い母親は男漁りの夜遊びに夢中で、いつも家を空ける。

352843_002_640 ある出来事がきっかけとなり施設に預けられた彼が、夏休みになって帰ってきたが、部屋には鍵がかかり母親はいなかった。
 そのうえ弟も、女友達に預けっぱなし。

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 突然消えた母親を探して、兄弟はドイツ・ベルリンの街を彷徨う。
 金もなく寝るところもない、お腹のすいた3日間をカメラは少年の目となり、リアルに「大人の社会」を捉える。

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 昨年のベルリン国際映画祭のコンペ部門に正式出品され、感動を呼んだ作品。
 とくに主人公に選ばれたイヴォ・ビッツカー、オーディション最終日に監督の目に留まった普通の少年である。
 映画祭では「並外れた演技力」「彼を見るための映画」と称賛された。

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 テレビ・ディレクター出身のエドワード・ベルガーは、息子の友達で児童養護施設で暮らす少年ジャックと知り合い、この作品の構想が生まれた。
 それは、育児を放棄する母親を非難する社会派ドラマではなく、「母親を探す少年の無条件の愛、シンプルな物語」だった。

352843_010_640 カメラマンは、何時も屈みこんで子供の目線で撮ったという。
 そのドキュメンタリータッチの映像は、「子どもが大人になる切なくも希望に満ちた瞬間」を、ベルリンの街で切り取っている。
 原題は「JACK」。

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October 02, 2015

2756.秋・越後魚沼

208_640216_640 越後三山の一つ霊峰「八海山」1.778m、頂上には八つの岩山があり、それを波に例えて「八海」と名付けた。

227_640212_640 頂から望む越後平野の南は、十日町盆地と六日町盆地。
 「コシヒカリ」で有名な魚沼地方である。

 昔の仕事仲間4人の今回の旅、この地に「日本のミケランジェロ」を訪ねた。

Img181_640 日本のミケランジェロと讃えられたのは石川雲蝶、幕末から明治にかけて多くの傑作を越後に残した彫物師である。
 「ノミを握れば"彫りの鬼"と化す」と言われた雲蝶は、江戸で生まれ幕府御用達の江戸彫り・石川流を学んだ。

 20代ですでに彫物師として名を馳せた雲蝶が、なぜか 094_640
越後に下る。
 三条の豪商から「酒とノミを終生与える」と誘われ、越後美人に憧れてやってきたという。

 以来40年、彼は木彫りにとどまらず石彫や絵画の名作をこの地に残し、70歳で越後の土と化した。

Img180_640104_640 魚沼の地で初めて手掛けた大作が 、曹洞宗の名刹・西福寺開山堂の天井彫刻「道元禅師猛虎調伏の図」。
 曹洞宗の開祖の逸話を、極彩色の木彫りで表現している。
 村人たちはこれを見て、「越後日光」と呼んだ。

Img182_640 欄間を飾る「道元禅師物語」、ストーリー性に富み奥行が深い量感あふれる作品である。

Img183_640 開山堂の入り口には、烏天狗や鳳凰などミステリアスな動物たちが刻まれる。

202_640194_640 南魚沼、八海山の麓にたたずむ曹洞宗「龍谷寺」には、雲蝶が彫った欄間六面が残されている。

187_640_2189_640 「獏」や「麒麟」、雲蝶が好んで彫った「唐獅子牡丹」。
 透かし彫りの表と裏、計算し尽された異なる作風が表現される。

075_640076_640 雲蝶の名作が最も多く残されているのが、越後高田藩松平家の菩提寺「永林寺」。

 同じ曹洞宗の名刹だが、雲蝶はここに13年間も籠って欄間や襖、書院障子に彫工や絵画・細工を施した。

Img175_640_2 博打好きの雲蝶が、寺の住職と勝負して負かされた。
 約束は「寺の本堂一杯に、手間暇惜しまず力作を製作すること」。

Img178_640 寝食に酒はふんだんに、時には女体と戯れる日々を過ごしながら彫った作品には傑作が多い。
 この欄間の「天女図」は、雲蝶があこがれた魚沼の女性がモデルだという。

Img185_640Img186_640 永林寺の位牌の間と大間を境にした欄間には、「両面透かし彫り」の高度な技術が施されている。

 大間から見る天女の背中、妖麗にも素肌を露わにした女性像に、雲蝶の愛情表現が見事に表れる。

 方や処女、片や抱いた女性がモデルとされるが、左右何れかかの記録は残されていない。

Img177_640 雲蝶の足跡はこの三ヶ寺のほか、長恩寺・本成寺・瑞祥庵などの寺社、穴地十二大明神・石動神社・十二神社などにも残されており、「日本のミケランジェロ」に相応しい作品群を見ることが出来る。

046_640043_640 今回の旅は、仲間の一人プロカメラマンがツアーコンダクターとして企画・案内してくれたもの。

 朝早く横浜の自宅を車で出発、我々を「越後湯沢駅」で迎えてくれて、翌日は駅まで送ってくれた。
 南に谷川岳、北に八海山、コシヒカリの稔る田圃を眺めながら、走った距離は200㌔を超えた。

072_640_2205_640_2 お昼はもちろん新潟名物の「お蕎麦」。
 初日は魚沼市今泉にある小松屋の「へぎ蕎麦」、翌日は南魚沼市長森にある八海醸造「魚沼の里」で十割蕎麦の「鴨せいろ」を楽しむ。

 そしてもうひとつ、夜の楽しみは仲間の友人がシェフを務める、湯沢・岩原スキー場のイタリアンレストラン「ラ・ロカンダ・デル・ピットーレ」。
 イタリア・コモ湖畔の「ピットーレ」で修行したシェフの味は、最高だった。

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