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December 31, 2015

2787.2015・忘備録

Imgp0003_640 今年の「忘備録」、一年を振り返り新しい年への希望を込めて、例年通りデータをまとめる。
 写真は、この1年撮りためた「テラスから見た夕景」をアトランダムに。
 
 健康維持のために始めた「スイミング」は、現役の頃からだから38年を超えた。
 近所の小学校のプールが、日曜日に一般開放されたので始めたが、40歳を機にデータをパソコンに入れることにした。
 
Imgp0008_640  職場に近い代々木プールで昼休みに泳いだ事もあったが、リタイア後は目の前にある区営プールで、日曜日を除き毎朝7時から1キロ泳いでいる。
 
 今年泳いだ距離は277㎞(昨年比ー11)、記録を取り始めてからの累計は5160㎞、アメリカ西海岸までは残り3660㎞!、生きてる間にたどり着けるか。
 
Imgp0001_640 「ウオーキング」は、7年前から歌舞伎同好の仲間たちと「鎌倉ウオーキング」を始めた。
 これは寺社巡りだけでなく、尾根の古道や旧跡を歩くので結構ハードだ。
 
 今年は正月の「七福神めぐり」や「江戸散策&グルメ」も含め計8回、138.019歩(-21.881)と歩数計のデータが少ないのは、雨天で中止になったウオーキングが多かったからだ。
 
Imgp9219_640 「宿泊旅行」は6回16日(+5)と増えたのは、上高地に春・秋と2回出かけた事や、同窓会で帰省したため。
 
 「映画鑑賞」は87本と昨年より18本減、長時間座って見るのが億劫になったのか。
 
 歌舞伎など「古典芸能」は昨年と同じく5回、「コンサート」3回、「寄席」1回、「演劇」2回。
 今年も若い友人が出演した芝居を観た。
 
007_640 「美術鑑賞」は、友人・知人の個展・公募展を含め23回(-4)、このブログで毎回紹介した。
 
 「読書」は94冊( -8)、歴史・時代小説が5割、ミステリー・警察もの3割、政治・経済・社会の評論は年ごとに減ってきた。
 
004_640 そして「夜の在宅率」、つまり「家飲み」は87%(+4)と増えている。
 パーティーなど大人数の集まりは遠慮して、友人・知人たちとの懇談だけに絞ってきたからか。
 もちろん2次会や3次会は失礼して、夜9時過ぎには帰宅している。
 
 みなさん「よいお年」を。

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December 29, 2015

2786.歳末・築地

Imgp0001_640 Imgp0005_640  築地中央卸市場(場内)は、明日で店じまい。
 何時もは「プロの時間」が終わる9時過ぎに仲卸の店を覗くのだが、TVニュースが市場の混雑ぶりを伝えていたので、1時間早く出かけた。
 
Imgp0004_640  来年秋には、市場は豊洲に移る。
 築地での最後の歳末なので客も多いが、何となく寂しい雰囲気。
 後継者不足や資金不足もあって、800店の「仲卸」の1割が廃業すると聞く。
 
Uogasi1  江戸時代から続いてきた日本橋の「魚河岸」が、関東大震災で壊滅的な打撃を受け、芝浦を経てこの地に移転したのが1935(昭和10)年。
 以来、80年間にわたって都民の食生活を支えてきた。
 
Imgp0008_640  築地には「場内市場」と「場外市場」がある。
 移転の折、芝浦居座り派や日本橋復帰派などもめにもめたが、敷地がせまくシマ(場内)に出店できなかった人たちが、隣に別の市場(場外)を設けた。
 
Imgp0011_640  場内は東京都が管理する中央卸売市場なので、丸ごと移転する。
 
 しかし場外市場は土地も店も私有なので、ほぼそのまま残る。
 これまで「内外」で「築地ブランド」を盛り立ててきただけに、来年秋以降どんな街づくりが進むのかが気がかりである。
 
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 中央区では、移転後も街の活気と賑わいを維持・継承するために、晴海通りに面して、93店舗が入る新市場「築地魚河岸」を建設中である。
 
Imgp0009_640Imgp0007_640  昨年秋にオープンした「築地にっぽん漁港市場」など、既設の店舗と組んで「食の町築地」のさらなる賑わいを創出しようとしている。
 
Imgp0014_640  今年最後の買い出しは、マグロ・赤貝・イクラ・カズノコ・鮭・鶏肉・卵焼き・漬物の食材のほか、茂助だんごに「雪駄」。
 正月恒例の「蟹」は暴騰したらしく、店頭に客は見かけなかった。

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December 26, 2015

2785.12月のシネマ(3)

 先月NHK・BS1で放送された「戦争を継ぐ~山田洋次・84歳の挑戦」は、映画「母と暮らせば」の制作過程を追ったドキュメンタリーだった。
 
 戦後70年の節目に撮った「反戦」ドラマだが、声高に戦争反対を叫ぶのではなく、松竹映画らしいホームドラマ、楽しいファンタジー映画として描かれていた。
 
 もともとは、タイトルだけが残っていた井上ひさしの未完の戯曲三部作のひとつ、娘の井上麻矢さんから話を聞いて山田監督が遺志を継いだ。
 対となる「父と暮らせば」も含め紹介しよう。
 
Img228_640
 
   「母と暮らせば」
 
 1948年8月9日の長崎、助産婦として暮らす母親(吉永小百合)の前に、ひょっこりと息子(二宮和也)が現れる。
 それは、3年前に原爆で死んだ息子の亡霊だった。
 
352873_001_640  その日から度々息子は顔を出す。
 楽しかった子供時代の話、亡くなった父親のこと、なかでも二人が気がかりなのは、今でも彼を想い続けている恋人(黒木華)のことだった・・・・・・・。
 
 映画は、原爆炸裂のすさまじい瞬間からはじまる。
 長崎医大の講義室、教授(橋爪功)の講義を聞く息子ら医学生、彼の卓上にあったインク壺が一瞬の閃光で溶け落ちる。
 これまで度々映像に登場するロングから見たキノコ雲ではなく、まさに「現場」が一瞬にして消滅したことを、山田監督は見事に表現した。
 
Img229_640  そして3年後の長崎の町並み、現在の市街地をロングにして坂道の上にある自宅のセットは、小道具ひとつをとっても時代を表現する。
 あの「小さなおうち」('14)でも見せた、監督の拘りである。
 
352873_002_640  「亡霊」が登場するファンタジー作品は、山田監督にとっても初めてだった。
 これまで市井の人々を丁寧にリアルに描いてきた監督が、CGを多用した。
 亡霊の息子はこつ然と現れ、いつの間にか消える。
 母と息子の愛情は、そのファンタジーの中で生きるのである。
 山田作品では初めて、坂本龍一が音楽を担当し26曲を作曲した。
 エンドロールでは、そのひとつである「鎮魂歌」が、長崎市民200人の合唱で流れる。
 
41bxfrzsydl_sl500_aa300__640   
   「父と暮らせば」
 
 こまつ座で1994年に初演された井上ひさしの戯曲を、黒木和雄が映画化した作品。
 
Thb3w2h2z0_640  舞台は広島。
 一人暮らしの娘(宮沢えり)のもとに3、年前にピカドンで死んだ父親(原田芳雄)が現れる。
 
 彼女は明るい女性なのだが、心の中に「自分だけが生き残った」罪悪感を抱え、何かと不器用に生きる。
 好意を寄せる青年(浅野忠信)に対してもぎこちない彼女だが、父親は諭し助言を与えるが・・・・。
417zd5h9rxl_aa160__640  まだブログを書いていなかった頃の作品なので資料は残っていないが、タレントだった宮沢りえが、演技派女優に成長した作品。たしかブルーリボン賞で主演女優賞を受賞している。
 
 戯曲そのものの評判も高く、海外公演ほか一人芝居として現在も時々公演されている。
 

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December 23, 2015

2784.村上隆の五百羅漢図展

Imgp0001_640 六本木・森美術館で開催されている「村上隆の五百羅漢展」、日本画と現代美術、日本のアニメや漫画文化戸をミックスした「スーパーフラット」を、およそ50点の作品で見せる。

Img208_640_2 なかでも日本初公開の超巨大絵画「五百羅漢図」は、長さ100m高さ3mというその規模だけでなく、描かれている色彩豊かな「ポップアート羅漢」に驚かされる。

Imgp0014_640 国際的にも高い評価を受けている村上隆、東京出身53歳。
 東京藝大で日本画を学び、「日本画家」としては初めての博士号を取得した。

 カルフォルニア大で客員教授を務める傍ら、「スーパーフラット展」を開催してアメリカで話題となった。
 その後、ロックフェラーセンターやヴェルサイユ宮殿などでも個展を開催し、国際的な現代美術家としての道を歩んでいる。

Imgp0005_640Imgp0009_640 日本国内では14年ぶりの個展、中東カタールの王女に展覧会開催を頼まれて彼がトライしたのがこの超巨大絵画だった。

 とくに美術史家・辻惟雄との「芸術新潮」誌上での「絵合せ」によって、狩野永徳や伊東若冲、北斎や曽我蕭白の作品と「対決」、そして狩野一信の「五百羅漢図」に出会った。

Imgp0019_640Imgp0017_640 狩野作品は全部で100幅におよぶ大作で、晩年に10年の歳月を費やして描かれたという。
 村上は今回、200人を超える美大の学生ボランティアをアシスタントとして指揮、2年で描き上げた。

Imgp0024_640Imgp0025_640_2 「五百羅漢図」の展示は、東西南北を司る四神「青竜」「白虎」「朱雀」「玄武」の名を冠した4面で構成される。

 2室にそれぞれ2面25m、十六羅漢を中心に500体の羅漢と霊獣・霊鳥などが、燃え盛る炎や吹きすさぶ風を背景に、幻想的かつダイナミックに描かれる。

Imgp0039_640_2Imgp0036_640_2 五百羅漢像は、500種の人の苦しみを癒してくれる釈迦の弟子という。
 村上は、羅漢を東日本大震災に遭遇した人たちに重ねて描いた。
 絶望から復活への祈り、そのモチーフはリアリティを帯びたと、話す。

Imgp0029_640Imgp0030_640Imgp0032_640Imgp0033_640
 展示場の最後の部屋は、「死・業・救済」、「あの世とこの世の境界域」をモチーフとした作品が並んでいた。

Imgp0044_640 左の絵は、鎌倉時代に描かれた国宝「阿弥陀二十五菩薩来迎図」を踏襲したもの。
 元の図像を少しずつ崩しながら描く事で、原作とは異なるイメージを作り出している。
 まだ未完の作品で、さらに崩していくという。

Imgp0040_640_2 そして右の無数の髑髏、「萌える人生を送った記憶」と題した作品は原爆・震災・原発・廃墟、「アイロニカルな輪廻的世界観」が支配する諦めの象徴だと記す。

Imgp0043_640 「村上隆の五百羅漢展」は、来年の3月6日まで六本木・森美術館で開催中。入館料は1.600円。

 この展覧会は、写真撮影が自由(ファラッシュ・三脚は禁)。ブログで紹介した羅漢像等は、小生のコンパクト・デジカメで撮影した写真である。

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December 20, 2015

2783.12月のブックから「飛躍」

Img206_640藤之助はレイナ一世号の舳先に白い衣装の玲奈が立っているのを認めた。
「玲奈!」
 と叫ぶ声に玲奈が、
「藤之助!」
 と呼び返した。
 藤之助の脳裏に玲奈の愛しい姿に重なって、なぜか未知なる大海原を並走していくレイナ一世号、ストリーム号、そして、ベンガル号の東方交易船隊の優美で悠然たる姿が浮かんだ。
 その瞬間、次なる航海は、
「未知の世界」
 だと藤之助は覚悟を新たにした。

                「交代寄合伊那衆異聞」完

Th_640 佐伯泰英の書き下ろし時代小説、また長篇シリーズのひとつが完結した。
 2005年7月に第1巻「変化」が刊行され、以来10年を超えてこの23巻「飛躍」と続いた。

 江戸時代を時系列に切って描かれる佐伯時代小説、「交代寄合伊那衆異聞」は彼のシリーズの中で、最も幕末に近い時代が舞台となる。
 1855(安政2)年の13代将軍・家定の時代、江戸を襲った「安政大地震」から物語は始まる。

Thvou27sk9_640 主人公は、信州・伊那谷を領する「直参旗本」の若者、座光寺藤之助為清。
 勝麟太郎の長崎海軍伝習所で、剣術教授を務めた信濃一伝流の名手で、老中・堀田正睦の命を受けアメリカ総領事の江戸登城の護衛を務めたこともある。

20kan_nage_04_640 長崎で豪商高島家の孫娘・玲奈と恋におち、共に「東方交易」を参画して上海・マラッカ・ペナンと活躍の場を広げる。
 冒頭の「レイナ一世号」「ストリーム号」「ベンガル号」は、彼らの交易船である。

 清国の海賊「黒蛇頭」との戦い、井伊大老との相克、そしてお家断絶と切腹の命、山の民だった座光寺一族が、南アジアへの新たな道へ旅発つ6年間を綴った時代小説である。

 タイトルとなった「交代寄合」、この小説ではじめて知った「幕臣」である。
 将軍の直臣で知行高は一万石未満と「旗本」と同じだが、大名の様に老中の支配下に置かれ参勤交代を義務づけられている。

Thuxt2btyc_640 かって大名だった家の名跡を継いだ家、土着の旧家を取り立てた家、大名家の分家30余家が「交代寄合」とよばれ、特別な扱いを受けた。
 那須集四家、美濃衆三家、信濃衆三家、三河衆二家とあり、モデルとなった伊那衆座光寺家は信濃衆にその名を残している。

Iidazakouji6_640_2 実在の座光寺家は、現在の下伊那・高森町の天竜川沿いに山吹陣屋を構えていた。知行1.115余石を有し、江戸屋敷には留守居が常駐していたが、当主はほとんど山吹で過ごした。
 幕府の役職への就任は無く、地元の河川の管理などを幕府から任されていた。
Thaezihz5r_640 現在も、山吹のすぐ隣(飯田市)には座光寺の集落がある。

 武田家家臣だった初代・座光寺為清の名を、佐伯は主人公名「藤之助為清(ためすが)」として小説の中に生かし、「交代寄合伊那衆」へのオマージュとした。

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December 17, 2015

2782.12月のシネマ(2)

 先日、今年の「報知映画賞」の授賞式が行われ、主演男優賞に佐藤浩市が選ばれた。
 対象となったのは、彼が今年主演した2本の作品、それも北海道を舞台にした作品だった。
 超大作ではないが日本映画らしい珠玉作品、ベテラン佐藤ならではの味のある演技を見せてくれた。

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   「ターミナル・起終点駅」

 愛を失った中年の男がたどり着いた「終着駅」は釧路、若い女性と会い人生の「始発駅」となったのも釧路駅だった。

 「ホテルローヤル」で直木賞を受賞('13)した釧路出身の桜木紫乃、彼女の短編小説を「小川の辺」('11)の監督・篠原哲雄が映画化した。
 脚本は「小川の辺」でコンビを組んだ長谷川康夫、今年の東京国際映画祭で、クロージング作品として公開された映画である。

353133_002_640_2  主人公は佐藤浩市演じる中年の弁護士、釧路に住み国選のみを引き受けて暮らす。
 元はエリート裁判官、学生時代の恋人と再会したが目の前で彼女(尾野真千子)を失い最果ての街に流れ着いた。

353133_008_640  弁護を引き受けた覚せい剤事件の女性被告(本田翼)、孤独な彼女との運命の出会いが彼の心を溶かしていく・・・・。
 心を閉ざしていた二人は、それぞれの人生を再び歩き始める。

353133_003_640  根釧原野・厚岸海岸・釧路ターミナル・幣舞橋・和商市場・・・・・、40年前に1年かけて私もロケした懐かしい場所が、スクリーンに次々と映し出される。
 ザンギやいくら丼・・・・と、北海道ならではの名産も登場する。

 釧路は美しく、そして悲しい街だった。

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   「愛を積むひと」

 原作は、アメリカの作家・エドワード・ムーニー・JRが書いた「石を積むひと」('04出版)。
 夫婦と親子、そして周囲の人々との交流を静かにいとおしく描き、日本でもベストセラーになった。

Img217_640  映画は、その舞台を北海道・美瑛町に移して描かれていく。

 美瑛町は、「日本で最も美しい村」第一号に認定されたところ。
 その美瑛、十勝岳の麓にオープンセットを建てて、四季の移ろいを1年がかりで撮影した作品である。

Img215_640  第二の人生を大自然の中で暮らそうと、北海道に移住した夫婦(佐藤浩市・樋口可南子)が主人公。
 しかし妻は心臓病を患い、この世を去ってしまう。

Img216_640  悲しみに暮れる夫のもとに届いたのは、妻からの手紙。
 彼はその手紙に導かれるように、周囲の人々(柄本明・吉田羊・杉咲花・野村周平)との交流を深めていく。
 そして長らく疎遠だった娘(北川景子)もまた、母の想いに導かれて美瑛を訪ねる・・・・。

 大切な人を失ったとき、人はどう立ち直り歩き続けていくか。
 監督・脚本は朝原雄三(「釣りバカ日誌シリーズ」)、暖かい余韻を残す作品である。

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December 14, 2015

2781.師走・餅つき

Imgp0006_640Imgp0007_640 昨日はマンション恒例の「餅つき」、仲間たちと自主的に10年前から始めた師走の行事である。
 
 毎年、近所のお米屋さんから臼や杵を借り、糯米も昔ながらの蒸篭で蒸す。
 
Imgp0033_640 Imgp0027_640  中心になるのは、私も加わるボランティア・グループ「まつりの会」。
 3年に一度催される住吉神社のお祭りで、神輿を担ぐ老若男女30数名である。
 
 年代も仕事も様々だが、いずれも「まつり」が大好き。
 自腹を切って始めたのが、「師走の餅つき」だった。
 
Imgp0022_640 Imgp0024_640  3年目からは、マンション管理組合の公認行事になり予算もついたが、餅つきから調理まで担い手は変わらない。
 
Imgp0029_640 Imgp0031_640  住民同士の交流が薄いといわれる都心のマンションだが、ここには下町気分も残っており、イベントへの参加者は多い。
 
 今年はあいにくの雨で寒かったが、私をふくめ後期高齢者3人を先頭に!無事に餅つきを仕切った。
 
Imgp0001_640 Imgp0003_640  準備から後片付けまでおよそ6時間、搗いた糯米は50キロ、蒸篭の数で17組。
 マンションの住民だけでなく、ご近所の皆さんにもおすそ分けした。
 
 夜はワインや肴を持ち寄っての反省会、これが楽しみで老骨にムチ打つ。
 

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December 11, 2015

2780.ニキ・ド・サンファル展

Img220_640 銃を手にしたニキ・ド・サンファル (1930~2002)、1961年に「射撃絵画」でセンセーショナルなデビューを果たしたフランスの現代芸術家である。
 彼女の生誕85年を記念して、六本木・国立新美術館ではこの秋から大回顧展を開催した。
 
Th0mngky0r_640  「射撃 絵画」とは、絵具を入れた缶やオブジェを石膏で付着させた画面に弾を打ち込み、飛び散り流れ出た色で絵を完成させたもので、絵画と彫刻の要素を兼ね備えた作品である。
 また制作行為そのものが、パーフォーマンス・アートの先駆例として美術史上高く評価された。
 
 しかしニキは、数年で「射撃絵画」から離れ、女性の表象造形へと制作手法を変える。
Img226_640  1965年パリで発表された「ナナ」は、鮮やかな色彩と歪とも思える伸びやかな女性像が評判を呼び、その後シリーズ化しニキのトレーマークとなった。
 
Th_640  その後ニキは舞台や映画製作、建築設計も手掛けたが、なかでも有名なのが24年の歳月をかけて造った「タロット・ガーデン」。
 
 タロット・カードに登場する死神や女王を、巨大な像としてイタリア・トスカーナの森の中に配置したもので、知る人ぞ知る「アートの森」としてニキ・ファンを呼んでいる。
 
Thibwlpa0t_640  ニキは、日本との関係も深い。
 彼女の作品に衝撃を受けた、女性実業家・故増田静江との20年を超える交流である。
Dcim0019_640  増田はニキの作品を積極的に収集し、那須高原にニキ美術館を設立した。
 そのオープンで来日したニキは、京都で「仏像」と出会い「ブッダ」の像を制作している。
 
800pxhannover_nanas1_640  子供のころは、フランスの貴族出身の両親とアメリカで過ごしたが、親の反対を押し切ってフランスでの芸術活動にのめりこみ、「反抗するアーチスト」「フェミニスト」としてその名は知られる。
 
Img222_640  その彼女を支えたのが恋人ジャン・ティンゲリー、彼へ宛てた「絵手紙」など「愛しい想い」を造形化した作品も今回は多数展示されていた。
 
Dcim0013_640  世界で唯一といわれた那須高原の「ニキ美術館」は、残念ながら創設者の死で閉館となったが、今回の展覧会には「Yoko増田静江コレクション」から多くの作品が出展されている。
 
 ニキ・ド・サンファル展は、今月14日まで六本木・国立新美術館で。入館料は1.600円。

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December 08, 2015

2779.12月のシネマ(1)

Imgp0002_640  「ボンド・・・ジェームズ・ポンド」
 「A martini.Shaken,not stirred」
 
 お馴染みのセリフも決まって、颯爽と現れる男「007」。
 トムフォードのハイブランド・スーツもセクシーだ。
 
 先週の金曜日、公開初日の初回に駆け付けると、記念にポスターをもらった。
 「007」24作目は「スペクター」、過去にこのブログで紹介したダニエル・クレイグ主演の3作品の再掲もふくめコメントする。
 
007_poster
   「スペクター」
 
 巨大な骸骨や仮装した人々で溢れるメキシコシティー、「死者の日」祝典のパレードからストーリーは展開する。

 世界の闇を支配する悪の組織「スペクター」、テロを図ろうとしていたマフィアの一人が007(ダニエル・クレイグ)に仕留められる。
 
352378_010  前作で殺されたジェームズ・ボンドの母なる上司(ジュディ・ディンチ)「Mの遺言」、それは「死者への祝福」だった。
 
 スカイフォール邸の焼け跡から発見された一枚の写真、この写真に秘められた謎を追うボンドと、その前に立ちはだかる「スペクター」のボス。
 それはボンド自身の過去に、深くかかわっていく。
 
352378_006 352378_004  セクシーでゴージャスなボンド・ガールは、今回も二人登場する。
 メキシコで殺したマフィアの未亡人(モニカ・ベルッチ)とスペクターの殺し屋の娘(レア・セドウ)、セクシーなシーンもあったがちょっと不満。
 
352378_001  祝祭を見下ろすヘリ機上での肉弾戦、3.000mを超えるアルプス山中での銃撃戦、ローマ市街でのカーチェイス、臨場感満載のアクションは時間を忘れさせる。

 スペクターのボスを演じるのは、オーストリー出身のオスカー俳優クリストフ・ヴァルツ(「ジャンゴ 繋がれざる者」'12)。
 監督は前作に続いてサム・メンデス、CGを最小限に抑え実写を重視している。


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   「スカイフォール」(ブログ2209号)

 エリザベス女王をエスコートして、度肝を抜くスカイダイビングでロンドンオリンピック開会式に現れた007・・・・・・・。

 「007」第一作「ドクター・ノオ」が公開されてから50年、それを記念したこの作品は、シリーズ史上初のアカデミー監督がメガホンを執った。

 イギリスの舞台監督出身で、映画初監督作品「アメリカン・ビューティー」('02)で、作品賞・監督賞を含む5部門を受賞している。
 
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   「慰めの報酬」(ブログ1163号)

 ショーン・コネリーほど女性をメロメロにはしないが、ポンド・ガールは健在。
 ウクライナ出身のオルガ・キュレンコとイギリスの女優ジェマ・アータントンが色気を見せる。

 イギリス・パナマ・チリ・イタリア・オーストリア・メキシコと、相変わらずロケ地は多彩。
 カーチェイスや空中戦などアクションの方も、スケールアップした・・・・・・・。
 
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   「カジノ・ロワイヤル」(ブログ524号)

 ・・・・・・タフで強いところは歴代のポンドと同じだが、クレイグはどうも「悩めるボンド」のようだ。
 恋だって本気になってしまうが、なかな煮え切らない。だからボンド・ガールも「肉体派」ではなく、「美貌」に「知性」を加えた・・・・。

007_016  今回の作品が、これまでの「007」と異なり人間臭い様相を見せている。
 それも脚本がポール・ハギスと聞けばうなずける。好みは別として、あの「クラッシュ」でアカデミー賞作品賞を受賞した監督なのだ。

      ・・・・・・・・・・・・・・・・
 シリーズすべてを見た映画は「007」だけ。
 
 5作目の「007は二度死ぬ」では、鹿児島勤務中だったのでロケ現場(南さつま市秋目)を取材し、浜美枝にインタビューしたこともある。
 そして今も週末に飲むカクテルは「ジェームズ・ボンド」、ジン2・ウオッカ1をシェイク。
 ニューヨーク・プラザホテルのバーで、教えてもらった。
 
 

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December 05, 2015

2278.紅葉の「海街」を巡る

Img064_640  「海街」とは鎌倉のこと、是枝監督の映画「海街diary」 ですっかり有名になり、この夏は多くの映画ファンで賑わったという。
 
Imgp0006_640_2  今月の「鎌倉ウオーキング」は、映画「海街diary」のロケ地を巡り、長谷の紅葉を楽しむという企画である。

  まずスタートは「関東の駅百選」の「極楽寺駅」、映画の主人公たちの住まいの最寄り駅として、たびたび映し出された。
 
Imgp0012_640 Imgp0015_640  駅名となった「極楽寺」は、鎌倉時代に創建(1259年)された真言律宗の寺院。
 
 鎌倉幕府六代執権・北条長時が、忍性上人を招いて施薬院や悲田院など設け、病人・貧民を救済する福祉事業を行った。
 
Imgp0014_640  往時は七堂伽藍・四十九院を備えた大寺院だったが、1333(元弘3)年の新田義貞鎌倉攻めの戦禍によって寺勢は衰えた。
 
Imgp0018_640Imgp0017_640 映画では、主人公たちの祖母の法事と、風吹ジュン演じる食堂のおばちゃんの葬儀のシーンで参道や本堂が映し出される。
 
 それを見てか観光客がどっと押し寄せたため、境内での写真撮影は禁止となった。
 前に訪れたときは、珍しい桜の花を撮ったのだが。
 
349516_014 349516_001_2  このブログ2625号('15.7.6)でも紹介したが、「海街diary」は鎌倉に住む三姉妹(綾瀬はるか・長澤まさみ・夏帆)の日常を、丁寧に描いた作品。
 父亡き後、異母妹(広瀬すず)を引き取り、新しい家族が築かれていく日々が綴られる。
 
Imgp0029_640 Imgp0033_640  ロケ地巡りは、極楽寺から支院の仏法寺があった霊仙山の中腹を歩いて、由比ガ浜を眺める坂の下へ。
 
 相模湾を隔てて見えるのが逗子と三浦半島、師走に入ったというのにウインドサーフインを楽しむ人は後を絶たない。
 
Imgp0038_640  ここから長谷方向にカメラをズームすると、高徳院の「鎌倉大仏」を捉えることが出来る。
 知る人ぞ知るカメラスポットだそうだ。
 
Imgp0040_640_2 Imgp0042_640 由比ガ浜沿いの歩道と路地も、映画のロケスポット。
 異母妹の四女が、学校帰りにクラスメートと歩くシーンに度々登場した。
 
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Imgp0044_640  御霊神社に向かう江の島電鉄の踏切でも、彼女たちが渡っていくシーンが撮影されていた。

 「鎌倉ウオーキング」で何回も紹介してきた鎌倉五郎の「御霊神社」も、こうして眺めると新鮮に感じる。
 
Imgp0071_640 Imgp0073_640  今回の「鎌倉ウオーキング」、最終地は長谷にある旧山本邸。
 戦前に南満州鉄道総裁を務めた、山本条太郎(1867~1936)の鎌倉別荘である。
 
Imgp0077_640 Imgp0074_640_2  5.000坪を超える広大な敷地に150坪の母屋、関東では珍しい数寄屋造り(一部は書院造り)で、大正7年に京都の宮大工が京都から取り寄せた資材で建築した建物である。
 
Imgp0066_640Imgp0067_640 山本は、のちに衆議院議員・立憲政友会幹事長になるが、もともとは三井物産の常務出身。
 大茶人としても有名で、社長だった益田鈍翁に茶道を学び、別荘にも二つの茶室がしつらえてある。
 
Imgp0076_640 Imgp0063_640_2  旧山本邸は、現在ある宗教団体が管理しており、来年には登録有形文化財に指定されるとのこと。
 
 色鮮やかな紅葉で有名な旧山本邸、特別公開された茶室・和室・庭園を、ゆっくり眺めることが出来た。
 久しぶりにの「ひとまく会・鎌倉ウオーキング」、反省会は藤沢駅前のおでん屋で。
 歩いた距離は、11.043歩。
 

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December 02, 2015

2777.晩秋・木場公園

079_640_2  地球温暖化対策を主テーマとして、パリでCOP21が開催されている。
 100年前に比べて既に1℃アップしているが、CO2の排出量を少なくして、あと+2℃以内に抑えたいというのが、会議の目的である。
 
099_640_2  温暖化が進み、北海道産のコメが美味しくなったり北洋でブリが獲れたと、気候変動に関するニュースを度々耳にするが、今年の「紅葉・黄葉」が例年に比べて遅いというのも温暖化の影響なのだろうか。
 
 定点観測ではないが、毎年10月中旬近所の木場公園に出かけ写真を撮っているが、紅葉が遅いので今年は12月に入ってしまった。

 タイトルを「初冬」ではなく「晩秋」としたのも、そんな意味合いからだ。
 
018_640 015_640  写真左から秋を代表する落葉大木の「イチョウ(銀杏)」、公孫樹・鴨脚樹と洒落た当て字もあるが、あの「ぎんなん」の親である。
 
 続いて「イロハモミジ」、関西では京都・高尾が有名なので「高尾紅葉」と呼ぶ。

069_640  同じ「モミジ」の仲間でも、そのいろつきから「ノムラモミジ」「ヤマモミジ」と名付けられた木もある。ノムラとは「濃紫」の略。
 
024_640  左は同じカエデ科だが、葉が黄色いので「モミジバフウ(黄葉葉風)」と名付けられた。「黄葉」と書いても「モミジ」と呼ぶのが面白い。
 
029_640 034_640  「バフウ」みたいに秋になって「黄葉」するのは、「カロチノイド」という成分が多く含まれている落葉樹で、「紅葉」する「イロハモミジ」などは「アントシアン」が多いからだそうだ。
 と、お天気おじさんがテレビで解説していた。
 
081_640  木場は深川にある「都立公園」、その名のとおり江戸時代に開かれた材木の集積地だった。
 仙台堀や小名木川、大横川など運河を船で運ばれてきた木材は、水中で保管された。
 
092_640  40数年前に貯木場は、新しい埋め立て地「新木場」に移転して、ここは防災拠点としての公園になった。

 総面積はおよそ24ヘクタール、北側に「都立現代美術館」が建ち、地下の一部は都営大江戸線の車庫になっている。
 
048_640 040_640  公園を散策して「晩秋の色」を撮る。
 
 左から「ドウダンツツジ」と「ザクロ」。
 燃えるような赤色の「ドウダンツツジ」は、「灯台躑躅」とも書く。
 枝の形が灯台の脚に似ているからだというが、よく分からない。

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 右の「アンズ」「カリン」は、ともに薬用酒のもとになる。
 「アンズ」の英名は「アプリコット」、和名は「唐桃」洒落て「加良毛々」とも。
 
113_640 071_640  大木では「ヤマザクラ」がきれいに黄葉している。
 「コナラ」は、葉の周囲だけが黄色くなっている。

109_640  右の大木、「クヌギ」の下にはドングリが落ちていた。

 師走に入った木場公園だが、まだまだ晩秋の紅葉・黄葉を楽しむことができる。
 地下鉄・東西線「木場駅」から歩いて5分、半蔵門線・大江戸線「清澄白河駅」からは10分。

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