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February 28, 2016

2888.2月のシネマ(5)

 今月は先月と同じく、9本の映画を見た。
 「殺されたミュンジュ」など4本は個別に紹介したので、残りの5本をメモする。
 
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   「白鯨との闘い」
 
 アメリカ文学最大の名作といわれるH.メルヴィル著「白鯨」、伝説の白鯨との死闘の裏に隠され続けた真実があった。
 
Maxresdefault_640  ナサニエル・フィルブリックが書いた同名のノンフィクションを原作に、「ビューティフル・マインド」の巨匠ロン・ハワード監督が、死闘を繰り広げた男たちの生還までを描いた。
 出演はクリス・ヘムワース、ベンジャミン・ウオーカーほか。
 
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   「ドリームホーム」
 
 1%の金持ちが、99%の貧乏人を操るアメリカ現代社会。
 「サブプライムローン」によって家を差し押さえられた男が、不動産屋の手先になって人々を「ホーム」から追い出す話。
 
354731_004_640  家族のために魂を売った男にアンドリュー・ガーフィールド(「アメイジング・スパイダーマン」)、復讐のために1%の仲間入りした男をマイケル・シャン(「レボリューショナリー・ロード」)が演じる。
 
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  「ブラック・スキャンダル」
 
 ボストンの貧民窟で育った3人、一人はギャングに、その弟は上院議員、もう一人がFBIになった。
 この3人が釣るんだとき、何が起こったのか。
 
353975_006_640  FBI史上もっとも黒い闇が暴かれ、ギャングが終身刑として服役したのは3年前という事件。
 ウサマ・ビン・ラディンにつぐFBI最重要指名手配犯を、ジョニー・デップが冷酷に演じる。
 
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  「さらば あぶない刑事」
 
 1986年のドラマに始まり、30年続いた館ひろし・柴田恭兵コンビの刑事ものシリーズ。
 10年ぶりの劇場映画作品もこれが7本目、ついにタイトル通り「さらば」となった。
 
Screenshot_384_640  定年を目前にした二人の刑事の「最後の5日間」、横浜を麻薬都市化する中南米マフィアと最後の死闘を繰り広げる。
 伝説のラストは、これまで通り巨匠・村川透がメガホンを執った。
 
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   「ニューヨーク
     眺めのいい部屋
         売ります」

 オスカー俳優モーガン・フリーマン(「ミリオンダラー・ベイビー」'04)とダイアン・キートン(「アニー・ホール」'77)が、夫婦となって演じるハートフルな物語。
 全米で愛された「超ロングセラー小説」が、遂に映画化された。
 
27079268_640 眺めのいいアトリエに屋上菜園、40年と住み慣れた我が家だがエレベーターがない。
 寄る年波には適わず、遂に手放す決心をしたものの・・・・・。
 ニューヨーク・ブルックリンを舞台にした大人の物語。
 

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February 25, 2016

2887.2月のブックから(2)

Img294_640  いま放送中のNHK木曜時代劇「ちかえもん」、劇作家・近松門左衛門が傑作「曽根崎心中」を生み出すまでを描くドラマだが、同じ時代の近松を書いた火坂雅志の作品を図書館で見つけた。
 
 タイトルは「忠臣蔵心中」。
 歴史小説家の彼にしては珍しい「時代小説」だが、なかなか面白かった。
 2883号に続いて、火坂作品3冊を紹介する。
 
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     「忠臣蔵心中」
 
 母校である早稲田大学の図書館で、火坂がふと手にした本が、この時代小説を生み出すきっかけとなった。
 
 「乞食袋」、大正から昭和にかけて活躍した日本経済史の大家・滝本誠一が書いた本だが、その中に興味深い一説があった。
 
 「赤穂浪士のなかでも唯一の武勇をもって知られた堀部安兵衛には、二人の兄弟がいた。長兄は人形浄瑠璃作者の近松門左衛門、次兄は京医師の岡本一抱・・・・・・・・」
 
Tikamatu6_640  「これはおもしろい」と膝をたたいた火坂、近松と安兵衛二人を主人公として交錯させながら、元禄の時代を描いていくのである。
 
 近松の前半生は、謎につつまれている。出身地すら、越前をはじめとして十数通りの説がある。
 ただ本人も書き残しているように、武士の出であることは間違いない。
 
Yjimage4_640_2  一方、高田の馬場の決闘で名をはせた中山(堀部)安兵衛は、越後・柴田藩家臣の息子だが父の不始末で藩を追われ江戸で浪人暮らし。
 堀内道場の四天王と言われた腕前で、赤穂藩の家臣・堀部家の婿養子となって浅野家の禄を食む。
 
 近松と安部が「異母兄弟」だったいきさつは、火坂がフィクションとして書いているが、この二人の履歴がピタリと符合しているのは間違いない。
 そして毎年6~7本の浄瑠璃を書いてきた近松が、「赤穂義士討ち入り」のあった元禄15年だけは筆を執っていない。
 
 この事実は、近松研究者の間でも謎とされているが、弟・安兵衛が気がかりで仕事が手につかなかったとすれば、納得がゆく。
Yjimage5_640  そして何より、「元禄の世を震撼させた赤穂事件」を最初に芝居に仕立てたのは、ほかならぬ近松門左衛門だった。
 小説では、弟のことが心配で江戸に駆け付けた近松が、その目で「早暁の討ち入り」を捉える。
 そして書いた浄瑠璃が「碁盤太平記」。
 
 「勇む心は春めきて、雪に秀づる雪の梅。白梅そねむ白出立、白小袖に黒羽織・・・・・・白石黒石打散らす乱れ、碁盤に金銀の砂子をまきしにことならず」
 
 作品の上演は幕府によって禁じられたが、今も歌舞伎で上演される「仮名手本忠臣蔵」(竹田出雲ほか作)は、この近松作品をもとに書かれたものである。 
 
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   「墨染の鎧」
 
 歴史小説家・火坂らしい作品である。
 戦国時代を駆け抜けた、外交僧・安国寺恵瓊(?~1600)の生涯を描いた。
 
 戦国時代を舞台にした歴史小説には、必ず恵瓊が登場する。
 それも脇役か敵役である。
 最近では、大河ドラマ「黒田官兵衛」('14)にも登場して、時代の大きなうねりの中に生きた生臭い禅坊主を見せた。
 
Yjimage6_640  安芸安国寺の住職だった彼が、毛利元就に請われて外交僧になり、大友宗麟との和議調停や織田信長と将軍足利義昭との不和の仲立ち、高松城をめぐる毛利と秀吉との和睦調停のなど、策略・調略・情報収集などに腕を振るった。
 有名なのは、信長政権の短命を予言し、無名時代の秀吉の将来を書き記した文書である。
 後には秀吉の側近となり、禅僧でありながら伊予(和気郡)6万石の豊臣大名まで上り詰めた。
 しかし、秀吉亡き後は毛利輝元を傀儡として石田三成と組み、関ケ原の戦いに敗れた後は六条河原で斬首される。
 
Yjimageolykro43_640  安芸安国寺を足掛かりに、時の権力者との人脈を生かし、主家・毛利を超えて戦国時代に名をはせた恵瓊。
 臨済宗禅僧としては、東福寺・南禅寺の住持となって中央禅林の最高位についた恵瓊。
 
 しかし彼の生い立ちには多くの謎があり、その謎を火坂雅志がフィクションであぶりだす。
 
Img291_640  「安国寺恵瓊は、守護大名安芸武田家の最後の当主・信重の子であることを自称している。しかし、それを裏付ける証拠は、じつはどこにも存在していない。
 ・・・・・・・・・恵瓊の俊敏な行動力、のしあがることへのあくなき執念、猛々しく傲岸なまでの太い生き方は、たしかに滅びゆく名家の御曹司のそれではない。」
 
 「彼の慧眼は、今日、明日を戦うことに必死とならざるを得なかった乱世の男がしぜんと身につけた、生きる知恵であったかもしれない。」
 脇役が主役となって綴られる本書で、私は初めて安国寺恵瓊の真の姿を知った。
 

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February 22, 2016

2886.2月のシネマ(4)

Thjdxb2icb_640  映画祭の先駆け、「ベルリン国際映画祭」は昨日閉幕した。
日本関連では、福島を舞台に桃井かおりが出演したドイツ映画「フクシマ、モナムール」が特別賞(カーロウ賞)を受賞した。
 この後はカンヌが5月、ヴェネチュアが9月に開催される。
 
 有名な三大国際映画祭より古く、権威をもっているのがアメリカ・ロサンゼルスで行われるアカデミー賞である。
 今年は、次の日曜日28日(現地時間)にドルビー・シアターで授賞式が行われ、日本でも29日9時からWOWWOWが生中継する。
 
Th59l9nk9s_640  配給会社や製作会社が集まる、ビジネスの場としての国際映画祭と異なり、アカデミー賞は「映画人による映画人を称えるイベント」である。
 作品賞・監督賞・主演賞から音響効果賞・メイクアップ賞まで、映画に関わる各部門で優れた作品や映画人を、会員の投票で選ぶ。
 
Img254_640  今年の作品賞にノミネイトされた映画は8本、すでに日本で上映された「マッドマックス・怒りのデス・ロード」(ブログ2537号)「ブリッジ・オブ・スパイ」(2794号)「オデッセイ」(2584号)は、このブログで紹介した。
 
 今号は、惜しくも作品賞からは外れたが6部門にノミネイトされ、主演女優賞と助演女優賞が本命視されている「キャロル」を紹介する。
 
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   「キャロル」
 
 ルネ・クレマン監督、アラン・ドロン主演の「太陽がいっぱい」('60)の原作者として知られるアメリカの女流作家パトリシア・ハイスミスの長編小説を、「アイム・ノット・ゼア」('07)のトッド・ヘインズが映画化した。
 
 写真家をめざし、デパートでアルバイトをしていたテレーズ(ルーニー・マラー)が、顧客として出会ったキャロル(ケイト・ブランシェット)。
鮮やかな金髪、艶めいた赤い唇、真っ白な肌、ゆったりした毛皮のコート、テレーズは一目惚れしてしまった。
 
Img296_640  夫との離婚調停、一人娘の親権争いで疲れていたキャロルもまた、テレーズに「天使の瞳」をみた。
 
 それぞれ恋人と夫を持つ女性、しかし二人の愛の絆は強く、やがて情愛の一線を越えてしまう・・・・・。
 
 舞台は1950年代のニューヨーク、現代と異なり「LGBT」に対する社会の目は冷たい。
 大作家ハイスミスが自らの体験をもとに書いた小説だが、発表は別名とせざるを得なかった。
 しかし「背徳的」とされたこの長編小説は、同性愛者たちの支持を得て百万部を超えるベストセラーとなった。
 
 主演二人の女優の「表情」での演技が素晴らしい。
 なかでも愛を交わすシーンは、優美で美しく哀しい。
 
354600_004_640  オーストラリア出身のオスカー女優、ケイト・ブランシェット47歳。
 「アビエイター]('04)でアカデミー賞助演女優賞、「ブルー・ジャスミン」('13)で主演女優賞を受賞し、今作品でも主演女優賞にノミネイトされた。
 
354600_003_640  「ドラゴン・タトゥーの女」('12)のヒロインに抜擢され、アカデミー賞主演女優賞にノミネイトされたルーニー・マーラは、ニューヨーク大学出身の30歳。
 「キャロル」で、昨年のカンヌ国際映画祭主演女優賞を受賞した。今年のアカデミー賞では助演女優賞にノミネイトされている。
 
 「キャロル」、50年代のニューヨークが再現され、魅惑的な衣装に名曲が流れる。
 カメラは、時代と二人の女性を流麗に優しく撮っていく。

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February 19, 2016

2885.梅香る北鎌倉・古刹散策

Imgp0003_2_640 Imgp0004_2_640  例年この季節の「ひとまく鎌倉ウオーキング」は、宝戒寺や荏柄天神、瑞泉寺など鎌倉東部の梅の名所を訪ねた。
 
 そこで今回は北鎌倉の古刹、臨済宗円覚寺派の古寺をゆっくりと歩くことにした。
 
Imgp0002_2_640Imgp0006_1_640 この階段にたどり着けば離婚成立、駆け込み寺として知られる「東慶寺」。
 八代執権北条時宗の未亡人が仏門に入り、1285(弘安8)年創建した。
 
 明治に至るまでの約600年、尼寺として「縁切り寺法」を守り女人救済にあたってきた。
 
Imgp0033_640 Imgp0027_640_2  境内の奥には、五世用堂尼や二十世天秀尼が眠る「やぐら」や卵塔が並ぶ。
 
 用堂尼は後醍醐天皇の皇女、鎌倉で殺された弟の護良親王の菩提を弔うため京から下向し、住職となった。
 
Imgp0009_1_640Imgp0007_1_640 また天秀尼は、豊臣秀頼の息女。
 大阪城落城のおり家康の命により、千姫とともに助け出され七歳にして入寺した。
 
 こうして東慶寺は、皇室と徳川幕府の庇護のもと、北鎌倉の名刹として今に続く。
 
Imgp0054_640 Imgp0051_640  一峰へだてて「浄智寺」がある。
 鎌倉五山の第四位、後に十代執権となった北条師時が、父の菩提のため堂宇を建立した。
 
 臨済宗の黄金期を築いた夢窓疎石が住職を務めるなど、室町初期には七堂伽藍を備え塔頭11を数える名刹となった。
 
Imgp0068_640 Imgp0070_640  室町末期から戦国時代にかけて、鎌倉が衰退していくのに合わせ寺も荒廃し、江戸末期には仏殿・方丈・塔頭8院だけとなり、関東大震災ですべてが倒壊した。
 
 現在は、昭和に再建された三門・楼門・曇華殿などを伽藍とした静寂な寺として知られる。
 
Imgp0116_640 Imgp0120_640  白梅・紅梅ごしに、甍の屋根が広がるのは円覚寺。
 臨済宗本山、鎌倉五山第二位の古刹である。
 
 元寇の戦没者を敵味方なく供養しようと、八代執権・北条時宗が1282(弘安5)年に創建した。
 
Imgp0098_640 Imgp0099_640 室町時代には、日本の禅の中心的な寺となり五山文学や室町文化に大きな影響を与えた。
 
 境内全域が国の史跡に指定され、国宝の舎利殿や洪鐘をはじめとした文化財が多い。
 
Imgp0087_640Imgp0088_640 今回は特別に、「黄梅院」の昇堂が許された。
 ここは、後醍醐天皇をはじめ7代にわたる天皇から「国師」の号を贈られた夢窓疎石の塔頭である。
 
 疎石は、甲斐・恵林寺や京・天龍寺を創建したことでも知られるが、鎌倉~南北朝の動乱期にあって、時の権力者だった北条氏・足利氏・南北朝廷から崇拝を受けた稀な禅僧である。
 
Imgp0106_640 Imgp0109_640  疎石は、建長寺・浄智寺・瑞泉院を経て、14代執権・北条高時の招きで円覚寺住職となった。
 
 彼は卓抜な造園技術を持った僧としても有名である。
 彼の設計した京都の西芳寺・天龍寺、鎌倉の瑞泉寺、甲府の恵林寺の庭園には、今も多くの人々が訪れている。
 
Imgp0045_640 Imgp0103_640  春まだ浅い北鎌倉、花の寺は白梅・紅梅・蝋梅が気品の高い清らかな香りを漂わせていた。
 
 今回は古刹三ヶ寺だけだったが、ゆっくりと境内を歩き回ったせいか、歩数はドアtoドアで11.632歩を数えた。

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February 16, 2016

2884.2月のシネマ(3)

Yjimage_640  イギリス女王から「サー」の称号を与えられた映画監督、リドリー・スコット(78歳)の最新作「オデッセイ」が大ヒットしている。
 作品は、今年のゴールデン・グローブ賞を受賞し、アカデミー賞作品賞にもノミネイトされた。
 
 イングランド出身のスコットは、BBCのセット・デザイナーからスタート、後に弟の故トニー・スコットと制作会社を設立して映画界に進出した。
 長女ジョーダンも映画監督、長男のジェイクもCMディレクターとして活躍している。
 
Yjimagenw49txpm_640  彼の監督デビュー作は、カンヌ国際映画祭で新人監督賞を受賞した「デュエリスト/決闘者」('77)。
 ハリウッドに呼ばれて撮った2作目の「エイリアン」('79)が大ヒットして注目され、「ブレードランナー」('82)「レジェンド/光と闇の伝説」('85)とSF映画やファンタジー作品を生み出した。
 
 スコット監督は私と同世代ということもあり、親しみもあって彼の作品はほとんど見ている。
 
Yjimagehvljhg90_640  日本を舞台にしたヤクザ映画「ブラック・レイン」('89)は松田優作の遺作、海軍特殊部隊SEALSの女性将校に扮したデミ・ムーアをスターにした「G.Iジェーン」('97)、アカデミー賞作品賞を受賞した「グラディエーター」('00)。

41zgxvcoigl_aa160__640  さらにはアンソニー・ホプキンスの怪演が話題となった「ハンニバル」('01)、ソマリアで実際に起こった事件を描いた戦争映画「ブラックホーク・ダウン」('01)と、数え挙げるときりがない。
 
 最近の作品では、「エイリアン」の前日譚となったSF映画「プロメテウス」('12・ブログ2157号)、マイケル・ファスベンダーやブラッド・ピットが出演した「悪の法則」('13・2387号)、旧約聖書を映画化した「エクソダス:神と王」('14・2581号)と、このブログでも紹介した。
 
 BBC時代の経験から、リドリー・スコットは映像制作のすべての過程を熟知しており、絵コンテの執筆や撮影も自ら行うことも多く、映画界屈指の映像派として知られる。
 いま公開中の「オデッセイ」は、スコット監督のいわば集大成の作品とも言っていい。
 
 
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  「オデッセイ」
 
 作品は、SFサバイバル・アドベンチャーと呼ばれているが決して超現 実的なファンタジーではない。
 あと10年もすれば、現実に起こりうる「事件」である。
 
353437_001_640  火星での探査中に、砂嵐に巻き込まれて行方不明になった宇宙飛行士(マット・デイモン)のサバイバル物語。
 
 ほかの飛行士たち(ジェシカ・チャスティン、マイケル・ペーニヤ・・・・)は危険を感じて脱出、彼はただ一人広大な火星の砂漠に取り残されてしまう。
353437_002_640  「水無し」「酸素ほぼ無し」「残置食料は31日分」「次の救助は1400日後」、地球から2億2530万キロ離れた火星でどう生き残り帰還できるのか。
 宇宙飛行士の不屈のチャレンジが始まる。
 一方、彼の死を公式発表したNASAが、衛星写真の中に「生存の証拠」を発見、地上側でも彼の救出作戦がスタートする。
 
353437_003_640  作品は、脚本段階からNASAの全面的な協力を得て撮影された。
 それだけに水や酸素、食料のジャガイモ栽培など、描かれるエピソードは絵空事ではなく科学的に証明できる事実を並べる。
 
 さらに、次世代型宇宙船オリオン号やジョンソン宇宙センターをベースに、リアルでヴィジュアルなセットを組み、火星の荒涼とした平原は、ヨルダンの砂漠で撮った。
353437_005_640_2  観客はハッピーエンドを信じるものの、最後までドラマチックに展開する宇宙でのサバイバルに引き込まれる。
 放浪冒険の旅を描いた、ホーマーの大叙事詩をタイトルにした「オデッセイ」。
 アカデミー賞には、作品賞ほか主演男優賞(マット・デイモン)・脚色賞(ドリュー・ゴダード)・美術賞・視覚効果賞・録音賞・録音効果賞にノミネイトされている。

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February 13, 2016

2883.2月のブックから(1)

51l2vr1q2l_sx347_bo1204203200__640  昨年58歳の若さで逝去した歴史小説家・火坂雅志、大河ドラマ「天地人」の原作者であり、現在放送中の「真田丸」のきっかけとなった「真田三代」の著者でもある。
 
Yjimage_640_2  このブログでも、「真田三代」(2752号)「上杉かぶき衆」(2758号)「竹中半兵衛」(2762号)と紹介してきたが、今月もさらに2冊の火坂作品を図書館から借りた。
 
 1冊は昨年秋の「日銀見学」で興味を強く持った日本の「貨幣制度」の確立、もう一冊には来年の大河ドラマの女性主人公が描かれている。
 
 
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     「黄金の華」
 
 日本に初めて貨幣が誕生したのは708(和銅元)年、女帝・元明天皇の御代である。
 彼女は息子・文武天皇が若くして崩御した後即位し、政情安定と国威発揚のために「和同開珎」を発行した。
 当初は銀、のちに銅となる。
 
 その後「神功開宝」など「皇朝一二銭」の時代が続くが、原料の銅が不足して流通は止まる。
 その異常事態を打破するため平清盛は「宋銭」を輸入、以後鎌倉・室町・戦国時代と「元銭」「明銭」と共通貨幣は外国産通貨だった。
 
Yjimagedm1zvfiu_640_2  国産の金貨・銀貨を鋳造して、日本の「統一貨幣制度」を確立したのは徳川家康である。
 地域ごとに流通していた「甲州金」「今川小判金」や、飾り物に過ぎなかった秀吉の「天正大判」に変えて、江戸で統一金貨「光次一両小判」を「金座」で鋳造して流通させた。
 
Imgp0008_640  日本橋本石町にある日本銀行、ここが江戸時代の「金座」である。
 そしてその当主が、小説の主人公・後藤庄三郎光次である。
 
Img283_640_2  もともと武士の家に生まれた庄三郎(旧姓橋本)だったが、主家が没落したため彫金師として御用金商だった京・後藤家で働く。
 縁あって徳川家康に認められて江戸に下り、後藤の養子となって日本橋本石町に「金座」を設けた。
 
 小説は、豊臣家が握っていた上方経済に抗して関東に新たな経済圏を創り出す一大プロジェクトのリーダーとなった庄三郎の半世紀が描かれていく。
 
Yjimage1_640  幕府の金融政策を担った庄三郎は、今話題の「日銀総裁」と「経済再生相」を兼務する役割を持った。
 その権限は絶大で、幕府老中もうかつに手を付けられぬ「大奥・朝廷」と並ぶ「三禁物」と言われた。
 
 彼は、対明国との金貨貨幣差を利用して朱印船貿易を行って徳川家に膨大な利益をもたらし、「関ケ原合戦」や「大阪夏・冬の陣」の戦費を賄い家康の絶大な信頼を受ける。
 
Yjimage2_640_2  しかし庄三郎は、生涯「金融スキャンダル」に塗れることはなかったという。
 彼のライバルで佐渡金山を仕切った大久保長安や伊豆金山を開発した彦坂元政が、不正に蓄財を行い断罪されたのとは、対照的である。
 
Imgp0010_640_2  しかし彼自身は「金」の持つ「魔力」を知っているだけに、家康亡きあとは46歳で隠居した。
 2代目は、家康に下げ渡された側室の子・広世が継ぐ。
 彼は、家康の胤だったというのがもっぱらの噂である。
 
 1872(明治5)年、維新政府大蔵省は日本橋・本石町から後藤家を退去させた。14代続いた「金座」の当主の座は終わる。
 
 
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   「常在戦場」
 
 2013年に出版されたこの本は、火坂の遺稿ともいえる作品である。
 副題に「家康家臣列伝」とあるように、彼と関わった7人の「男女」が短編で描かれる。
 
 「ワタリ」~中世諸国を渡り歩いた商工民「渡り」として生まれた、鳥居元忠の物語である。

002_640  彼は今川家の人質となって駿府に住む松平竹千代(徳川家康)の「影」となって以来、生涯を尽くした忠臣である。
 「渡り」の持つ情報ネットワークで家康を助け、関ケ原合戦時は伏見城に立てこもり最後は西軍に攻められ命を落とした。
 
M_sponichispngoo201508250108225x3_2  「井伊の虎」~来年の大河ドラマ、柴咲コウが演じる主人公・井伊直虎の物語である。
 
 遠州・井伊谷の武将の一人娘として生まれた直姫は、父の死後甥を養子に迎え「女城主」として井伊宗家を守った。
 駿府・今川家と戦い、家臣による下剋上で本貫の地を逃れる。
 
 のち家康に養子を託して井伊家を再興、関ケ原の戦い後は彦根35万石を封する徳川譜代筆頭となる。
 桜田門で命を失った井伊大老は、その末裔である。
 「毒まんじゅう」~清和源氏の出として家柄を誇った石川数正、松平宗家の家老だった父の命で、人質となった竹千代(家康)の供として駿府で暮らす。
 
 のちに家康の嫡男竹千代(信康)守り役となったが、織田信長の命により信康は自刃、今川家姫君だった母親の築山殿も殺される。
 
 秀吉贔屓の数正は徳川家臣団に疎まれて出奔するが、その裏切りによって最後は孤立して終わる。
 
Yjimager8tj5e69_2  他「梅一輪」は、小田原城主となった大久保忠隣と旧武田家の猿楽師だった大蔵(のちの大久保)長安との出会いから破滅までを。
 
Yjimagerei2j7ju_640_2  「馬上の局」は家康の側室で女武者となった阿茶局、本のタイトルとなった「常在戦場」は初代長岡藩主となった牧野忠成の数奇な生涯が描かれる。
 
 馬上の局のこと阿茶は旧武田家家臣の娘で、主家滅亡のおり人身売買されそうになり徳川方に救われた二人子持ちの未亡人。
 彼女の娘も家康の側室になり、のちに「黄金の花」で紹介した「金座」の主に嫁いでいる。
 

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February 10, 2016

2882.2月のシネマ(2)

 「杉原千畝」(2791号)「黄金のアデーレ」「ミケランジェロプロジェクト」(2792号)「フランス組曲」(2798号)と、今年に入ってナチスによるユダヤ人弾圧に関わる作品を次々と紹介した。
 
 今回取り上げる「サウルの息子」は、ユダヤ人虐殺の歴史的事実を、これまでになく鋭角に描いた作品である。
 
 作品は昨年のカンヌ国際映画祭でグランプリ(第2席)を受賞、今年のアカデミー賞外国語映画賞にノミネイトされている。
 
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   「サウルの息子」
 
 1944年の秋ポーランド・アウシュヴィッツ強制収容所、ここで働くサウルは、ハンガリー系ユダヤ人の「ゾンダーコマンド」である。
 
 「ソンダーコマンド」とは収容されたユダヤ人の中から選ばれた、若くて技能を持つ雇員。
 
354579_002_640  彼らの仕事は、列車で運ばれてきた同胞のユダヤ人たちを「ガス室」に送り、殺された人々を焼却炉で処分することである。
 さらには、遺灰を川に流し、遺留品を整理する。
 
 しかしソンダーコマンドたちも、一定期間の仕事を終えるとガス室に送られる運命だった。
 
354579_010_640  映画は、サウルがガス室で瀕死の少年を見つけた日から始まる。
 彼は人間の尊厳をかけて、少年をユダヤ教の教理通り正しく埋葬しようと、奔走するのである。
 
 時を同じくして、収容所内ではソンダーコマンドたちのナチに対する蜂起計画が進んでいた・・・。
 
354579_006_640  映画は全編、主人公サウルのみにピントが合わされる。
 例えば、ガス室の描写も阿鼻叫喚が聞こえるだけで、映像はフォーカスアウトされた白い裸体がうごめくだけである。
 
 ハンガリー出身のネメシュ・ラースロー監督は「この手法によって、主人公の生きた時間と空間を観客と共有させたい」という。
 
354579_004_640  その主人公サウルを演じたのが、ハンガリー系ユダヤ人でニューヨーク在住の詩人・作家のルーリグ゙・ゲーザ。
 ハンガリーの大学在学中に2本の映画に出演しており、その演技力はプロ級である。
 
 映画は、1944年10月7日アウシュビッツのビルケナウで発生した「ソンダーコマンドの反乱」という歴史的事実に、題材を求めている。
 彼らは、ナチス親衛隊3人を殺し遺体焼却炉を爆破したが、一日で鎮圧され全員が殺された。
 そして彼らに協力した女性労働者4人も、翌年絞首刑になった。収容所がソ連軍によって解放される直前だったという。
 
 ラースロー監督は語る。
 「アウシュビッツを描いた作品は多くあるが、いずれも外側から眺めているような印象があった。私は、強制収容所の中で生きる人間がどんな感情になるかを、観客に内側から体験してほしかった」
 ユダヤ人をアウシュビッツのガス室に送り込んだ責任者、ナチス親衛隊将校アドルフ・アイヒマンを裁いた「世紀の裁判」を描いた作品「アイヒマン・ショー」が、4月23日に公開される。

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February 08, 2016

2881..2月大歌舞伎

Imgp0009_640  マンション親睦の仲間「まつりの会」、新年会の「じゃんけん大会」で歌舞伎座のチケットをゲットした。
 2階東桟敷席7-2番、桟敷で歌舞伎を見るのは京都・南座の「顔見世」以来である。
 
Imgp0001_640  昼の部は通し狂言「新書太閤記」だったが、こちらは夜の部。
 「義太夫狂言」「純歌舞伎」「舞踊劇」と、三つの演目を楽しんだ。
 
 
Hirakanaseisuiki_poster_640     
   「ひらかな盛衰記」
 
 「ひらかな」とは「源氏平家」のこと、義経の「木曽攻め」から「一の谷合戦」までを描いた五段構成浄瑠璃で、歌舞伎でたびたび上演されるのは通称「逆櫓」と呼ばれる三段目。
 今回は久しぶりに二段目の上演、通称「源太勘当」である。
 
 お話は、「宇治川の合戦」で木曽義仲方に勝利したものの、佐々木高綱との先陣争いに敗れた梶原源太景季(かげすえ)の苦悩と恋が綴られる。
 
Imgp0002_640  総大将の息子でありながら不名誉な結果、怒った父・景時の命で切腹を命じられた景季(中村梅玉)は鎌倉にて謹慎する。
 しかし真相は、父の失態を救ってくれた高綱に恩を返すために、先陣を譲ったのだ。
 それを知った母・延寿(片岡秀太郎)は、息子の命を救うためにわざと勘当する。
 
 一方、合戦をさぼった弟・景高(中村錦之助)、これで家督はわがもの、兄の恋人・千鳥(片岡幸太郎)も手に入れようと言い寄るが、見事に振られてしまうオチもつく。
 
 「鎌倉一の風流男」といわれた景季が、花簪をつけた烏帽子姿で登場するところが見どころ。
 先陣争いにについて話しながら、扇を高く挙げた見得は「源太の一つ見得」として知られる。
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   「籠釣瓶花街酔醒」
 (かごつるべさとのえいざめ)
 
 昨年秋のブログ2764号「シネマ歌舞伎」で、亡き中村勘三郎が演じた「籠釣瓶」を紹介したのでストーリーは省くが、今回は中村吉右衛門が主人公である佐野次郎左衛門を、相手役・八ツ橋を尾上菊之助が演じる。
 
 純歌舞伎の名作の一つで、享保年間に起きた「吉原百人斬り」、いわゆる「花魁惨殺事件」をもとに、河竹黙阿弥の弟子・三世河竹新七が書き下ろした世話物である。
 
Imgp0003_640  もともと全八幕の狂言だが、次郎左衛門の「あばた」の謂われや村正の妖刀「籠釣瓶」を手にした経緯などが省かれて、全三幕となっている。
 
 次郎左衛門は、昭和の初めごろから初代の中村吉衛門が当たり役としてきた。
 その役を当代吉右衛門が初めて演じたのが1979(昭和54)年、以来10回を超える舞台を務めており、私も10年前(ブログ456号で紹介)と5年前(ブログ1807号で紹介)に観ている。
 
 特に前回の新橋演舞場での公演は、明治の初演以来上演が途絶えていた前半の舞台を復活させた、六幕2時間30分の大作だった。
 
Imgp0004_640  見どころについては前回も紹介したが、再録すると「序幕・吉原仲之町の見染め」。
 花魁のあまりもの美しさに呆然となって舞台に残る次郎左衛門、花道七三で艶然と笑う八ツ橋。
 ここは若手女形菊之助の見せ場、そのあとは「八文字」を踏んで退場する。
 
 続いては「三幕目・縁切りの場」。
 胡弓の流れるなか菊之助に向かっての吉右衛門の名セリフ、「花魁そりゃあんまり袖なかろうぜ」。
 
 八つ橋の間夫・繁山栄之丞を尾上菊五郎、八つ橋の雇い主夫婦を中村歌六と中村魁春、悪の釣鐘権八を坂東彌十郎、花魁たちを中村梅枝・坂東新梧・中村米吉ら若手が演じていた。
 父・菊五郎が菊之助の間夫役、吉右衛門にとっても菊之助は娘婿、歌舞伎ならではの配役である。
 
 
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   「浜松風恋歌」
 (はままつかぜこいのよみびと)
 
 最後の演目は、謡曲や浄瑠璃で知られる「松風村雨物」のひとつ。
 須磨に流された在原行平が、海女の松風・村雨姉妹と契りを交わしながらも、都に帰ってしまったという在原伝説を歌舞伎化したもの。
 

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 前半は義太夫、後半は長唄の掛け合いで演じられる舞踊劇である。
 松風の靈が乗り移った海女小ふじを中村時蔵、小ふじに想いを懸ける船頭を尾上松緑が踊る
 
 1954(昭和29)年以来久しぶりの上演。 

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February 05, 2016

2800.2月のシネマ(1)

Yn080926_01_640  韓国映画界の鬼才と言われているキム・キドク、彼の最新作「殺されたミンジュ」が、いま公開されている。

 1960年慶尚北道生まれ、中学卒業後は町工場で働き、のち海兵隊を志願、25歳で退役後は画家になろうとパリに渡る。
 そこで遭遇したのがジョナサン・デミ監督の「羊たちの沈黙」、作品に衝撃を受けた彼は帰国後映像の世界に入った。
 
 
20151128090235_640_2  1996年B級映画「鰐」で監督デビュー、三作目の「魚と寝る女」('00)がヴェネチア国際映画祭で選外佳作となり海外での評価が高まった。
 
 屈折した純愛を綴った衝撃のラブストーリー「悪い男」('01)は、そのスタイリッシュな映像表現により福岡アジア映画祭でグランプリを取り、日本の映画ファンの間でも注目されるようになった。
 
 次の作品が、山奥の湖のほとりにある庵を舞台に、人間の罪と赦しを描いた「春夏秋冬そして春」('03)。
 ロカルノやサン・セバスティアンなどの国際コンクールで作品賞を受賞する。
 
Yjimage_640  そして「サマリア」('04)がベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)、「うつせみ」('05)がヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(監督賞)と国際的な巨匠との評価を受けていく。
 
Yjimageyyhf0nx7_640  しかしある事件で、映画の世界から離れ寒村の山小屋で隠遁生活を送るようになる。
 その日々「七転八倒」を自撮りしたドキュメンタリー「アリラン」('11)が、カンヌ国際映画祭で作品賞(ある視点部門)、6年ぶりに映画の世界に戻る。
 
Nagekinopieta3_640  以後「嘆きのピエタ」('15)がヴェネチア国際映画祭の最高賞(金獅子賞)を受賞、今回の「殺されたミンジュ」も作品賞を受賞した。
 
 
Img277_640
   「殺されたミンジュ」
 
 「少女が葬り去られた日、良心はすべてこの世から消えた」
 
354136_006_640  ある夜、ソウルの町で女子高校生ミンジュが無残にも殺された。
 しかしこの殺人事件は、新聞の小さな記事にも載らず闇から闇へと葬られた。
 
354136_010_640  一年後、ソウルの街に「闇の仕置人」たちが現れた。
 彼らは、「ミンジュ殺人」に加担した男たちを次々に誘拐して拷問にかけた。
 
354136_008_640  直接手を下した若者の自白から、芋づる式に加害者が明らかになっていく。そして背後には、軍や政治家、経済人まで伸びる闇の世界があった・・・・・・・。
 
 加害者が被害者になり、その復讐の果てには被害者が加害者となっていく不条理の世界。
354136_003_640  それぞれの立場で抱える嘆きや心の闇を通して、現代社会をシニカルに風刺する社会派映画である。
 
 ちなみに少女の名「ミンジュ」は、「民主」である。
 今や韓国社会の「民主」は殺され失われようとしていると、キム・キドクは映像で描く。
 
354136_004_640  登場人物、闇の仕置人のリーダーは、「悪いやつら」('13)のマ・ドンソク。
 「春夏秋冬そして冬」('03)の主役だったキム・ヨンミンが、最初に拷問を受けた加害者ほか8役を熱演する。
 
 

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February 02, 2016

2799.特別展「始皇帝と大兵馬俑」

Imgp0006_640 世界で最初の「皇帝」を名乗った中国・秦王の嬴政(BC246~BC221)、紀元前221年に史上初の中国を統一し、始皇帝を名乗った。

Img232_640  1974年、近くに住む農民が「秦始皇帝陵」山麓の畑の下から「兵馬傭」を見つけ、20世紀の考古学における最大の発見と、センセーショナルに伝えられた。

 東京国立博物館で開催されている特別展は、バリエーション豊かな兵馬俑と始皇帝にまつわる貴重な文物120点余を展示、始皇帝がその権力のすべてをかけた「永遠の世界」の実像を見ていく。

Img_9_640_2 展示は、三つの章で構成される。

 第1章は「秦王朝の軌跡」、中国西部・甘粛省にあった小国・秦が「西戎」「匈奴」との交流を深める中で「富国強兵」を推し進めた。

Uid000067_20150831144048f60250cc_64  やがて韓・趙・魏・楚・燕・斉と、次々に王国を打ち破って巨大帝国となっていく春秋・戦国時代を、「秦公鐘」など50数点の文物で綴る。

Img_2_640  第2章は「始皇帝の実像」、競合する国々を次々と滅ぼして「皇帝」となった彼は、度量衡や貨幣を統一するなど中央集権による新しい支配体制を築いていく。

 帝都・咸陽に生前の宮殿を、陵園には死後の宮殿を壮大なスケールで築き上げる始皇帝。
 これらの遺跡から出土した30数点の文物は、「王を超えた」存在としての「皇帝」のすさまじい権力を物語る。

20150804155651988_640 第3章は展覧会のハイライト「始皇帝が見た『永遠の世界』」、彼は自ら率いた軍団の姿を、そのまま「俑」として造り上げた。

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 「将軍俑」「軍史俑」「跪射俑」「立射俑」など実在の人物をモデルに焼き上げた8点の「人物俑」と、多くの兵士たちの複製品が会場に並び、観客を秦始皇帝陵の「1号兵馬俑」に誘う。

Img235_640 中でも、「銅車馬坑」から出土した「馬車」は見ものだ。
 青銅製の精巧な二分の一模型で、表面全体が彩色され馬は金・銀性の豪華な金具を着ける。

 展示されたものは複製だが、始皇帝の愛車がモデルと言われ、御者はいるものの主人は見えない。
 つまり始皇帝の霊魂を乗せて出かけるための馬車で、始皇帝陵の隣に副葬されていた。

Img240_640Img241_640 兵馬俑の文物を見たのは、初めてではない。
 18年前に仕事で西安に出掛け、発掘中の「兵馬俑」も見学した。

Img242_640  掲載した写真のいくつかはその時撮ったものだが、青い背景の「将軍俑」などは記念に頂いたものである。

 初めてこの「兵馬俑」を発見した農民が、近くで土産物店を営んでおり、発見当時の模様をいろいろと語ってくれた。

 20年近い年数がたった今、さらに多くの「坑」が発掘されているようだが、「秦始皇帝陵」はまだ手づかずだと聞く。
 特別展「始皇帝と大兵馬俑」は、2月21日まで東京国立博物館で、入館料は1.600円。
 そのあと、九州国立博物館・大阪国立国際美術館へ巡回する。

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