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March 29, 2016

2898.名勝・三渓園散策

 東京湾を前にした本牧の海岸、海にせり出した三つ目の崖の上に別荘「松風閣」を建てた(明治中期)のは、生糸商・原善三郎。
 
Imgp0112_640 Imgp0111_640  目前の海はすっかり埋め立てられ昔の面影はないが、この谷あいの背後に築かれた日本庭園が「三渓園」である。
 
Imgp0144_640Imgp0137_640 庭園を造成して名を付けたのが、善三郎の義孫・富太郎。
 地名の三之谷をとって「三渓」とし、自らの号も三渓とした。
 
 明治末から大正時代にかけて富岡製糸場の経営など、製糸・生糸貿易で財をなした原三渓は、17.5万㎡(5万3千坪)の地に外苑・内苑の二つの庭園を築き、ここに日本各地の歴史的建造物を移築した。
 
Imgp0057_640 Imgp0055_640  外苑は1906(明治39)年から一般公開されているが、今月の「ひとまくウオーキング」は、原一族の私邸だった内苑を中心に散策した。
 
Imgp0065_640 Imgp0079_640  私邸の客室として使われてきた国の重要文化財「臨春閣」。
 
 紀州・徳川家初代藩主が、1649(慶安2)年に紀ノ川沿いに建てた数寄屋風書院造りの別荘で、1917(大正6)年に移築された。
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 内部の襖や欄間そして壁には、永徳や探幽など狩野派の絵師たちによる画が描かれている。
 
Imgp0085_640_2 Imgp0077_640  三渓が「春を臨む」と名付けたこの建物は、京都の桂離宮と共に近世建築史上、双璧の別荘建築といわれっている。
 
Imgp0076_640 Imgp0081_640  庭園の傍らに置かれた国重要文化財「旧天瑞寺寿塔覆堂」。
 
 豊臣秀吉が、母・大政所の長寿を願って大徳寺の境内に建てた寿塔の覆堂である。
 1905(明治38)年に移設、扉や欄間の彫刻は極彩色で彩られていたという。
 
Imgp0105_640 Imgp0104_640_2  国重要文化財「聴秋閣」。
 
 柿葺き二階建ての建物は、一階が茶室、二階は高欄を廻らせて眺望を楽しむ。
 
 三代将軍・徳川家光が、1623(元和)年に京・二条城内に建てた茶室で、1922(大正11)年に三渓園に移築した。
 
Imgp0100_640 Imgp0099_640  茶室といえば、茶人でもあった原三渓が、1918(大正7)年に自ら考案して建てた一畳台目の「金毛窟」がある。
 
 利休ゆかりの、京・大徳寺三門(金毛閣)の手すりを、床柱に使った。
 扁額は、茶友で三井の総帥・益田鈍翁の書。
 
Imgp0106_640 Imgp0108_640  そしてもう一つの茶室「春草蘆」。
 
 三室戸寺月華殿にあったもので、織田信長の弟・有楽斎が建てた三畳台目の建物で国重要文化財。
 
 窓が九つあるので「九窓亭」とも呼ばれ、月華殿と共に1918(大正7)年に移築された。
 
 外苑には、大きな建造物が移築されている。
 
Imgp0119_640Imgp0115_640 三渓園のランドマークとなっている「三重塔」は、京・木津川の燈明寺(廃寺)にあったもので、1914(大正3)年に移築された。
 
 1457(康生3)年に建てられた塔なので、関東にある木造では最古。
 三重塔の下に移築されている、旧燈明寺本堂とともに国の重要文化財である。
 
Imgp0125_640 Imgp0126_640  ほか、鎌倉・東慶寺から移築した「仏殿」(重要文化財)や、奈良法華寺から移築した田舎風の草庵「横笛庵」などなど。
 
Imgp0132_640 Imgp0121_640_3  寺社仏閣ではないが、飛騨・白川郷にあった合掌造りの建物「旧矢箆原(やのはら)家住宅」(重要文化財)もある。
 
 御母衣ダムの建設に伴い水没の運命にあった飛騨三長者・矢箆原家の建物で、式台玄関や書院造りの座敷もある白川最大級の民家である。
 1960(昭和35)年、保存のために三渓園に無償譲渡された。
 
Imgp0049_640Imgp0136_640 「三渓園」は、1953(昭和28)年に原家から横浜市に寄贈され、現在は市の財団法人が管理・運営している。
 
 そして2007年には、国の指定名勝となり庭園全域も文化財となった。
 
 17棟の歴史的建造物と、四季折々の自然が見事に調和した景観がみどころ。
 今回の「ひとまくウオーキング」およそは3時間、三渓園の隣にある郷土資料館「旧八聖殿」も訪ねたので、歩数はドアtoドアで1万3千歩を超えた。
 

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March 26, 2016

2897.3月のシネマ(4)

 今年に入って観た映画は27本、邦画は若い人たち向けの作品が多いので、どうしても洋画中心になる。
 今月は邦画は2本だが、その一本はハリウッドで活躍する監督の作品だった。
 今月紹介できなかった作品を概要で。
 
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  「女が眠るとき」
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 「スモーク」('95)でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した、香港出身のウエイン・ワン監督が撮った初めての日本映画。
 
354652_009_640_2  スペインの作家ハビエル・マリアスの同名短編小説が原作。
 初老の男(ビートたけし)と若い女(忽那汐里)の不思議な関係を目にした小説家(西島秀俊)が、妄想の世界に取り込まれていく姿が描かれる。

 日常と幻夢、美しくセクシャルなウエイン・ワン・ワールドは、海外のプロ好みの作風。ベルリン国際映画祭パノラマ部門に出品された。
 
 
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  「スティーブ・ジョブス」
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 5年前に亡くなったアップル創設者スティーブ・ジョブスの半生を、「妥協なき仕事人」としての顔と「父親」としての姿をスリリングに描く。
 
Yjimage7fzluepx_640  監督は「スラムドッグ$ミリオネア」('08)でアカデミー賞監督賞を受賞したダニー・ボイル、ジョブスに扮したマイケル・ファスベンダーが今年のアカデミー賞主演男優賞にノミネイトされた。
 
 「iMac」など、新商品を次々と紹介していく「伝説的プレゼンテーション」の舞台裏が面白い
 
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 「クーパー家の晩餐会」
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 アメリカ映画らしいハートフルなホームコメディ。
 「アイ・アム・サム」('01)のジェーシー・ネルソンが撮った。
 
 クリスマスイブの晩餐会に集まった中流家庭の一族、祖父、娘夫婦と次女、キャリアの孫娘に失業中の息子夫婦と孫たち・・・・・・・、一年一度の集まりに皆が満面の笑顔でやってくる。
 しかし笑顔の仮面の裏には、笑えない秘密を抱えていた。
 
355098_007_640  演じるのは3人のオスカー俳優、アラン・アーキン(「リトル・ミス・サンシャイン」'06)、ダイアン・キートン(「アニー・ホール」'77)にマリサ・メイト(「いとこのビニー」'92)。
 
 そして名優ジョン・グッドマン(「ミケランジェロ・プロジェクト'13)、エド・ヘルムズ(「ハンク・オーバー」'11)、若手アマンダ・セイフライト(「ラブ・レース」'12)ら。
 
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  「エヴェレスト 神々の山嶺」
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 夢枕獏が柴田錬三郎賞を受賞した、同名の連載小説(「小説すばる」'94~'97)が原作。
 
 孤高の登山家と彼を追う野心家カメラマンが、命を懸けて世界最高峰に挑む姿が重厚に描かれる。
 
Img333_640  登山家を阿部寛、カメラマンを岡田准一、登山家を慕う女性が尾野真千子。
 「愛を乞うひと」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞した平山秀幸が、メガホンを執った。
 
 日本映画史上初めて、エヴェレストの標高5.200mにキャスト・スタッフ100人が登って、一か月にわたって撮影が敢行された。
 
 原作者の友人でもある、高校の後輩も出演していると聞いたが、見つからなかった。

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March 23, 2016

2896.はじまり、美の饗宴展

Imgp0001_640  春の陽ざしに誘われて、六本木の新国立美術館に。
 いま開催されているのは、倉敷・大原美術館コレクションの魅力の源泉を訪ねる「はじまり、美の饗宴展」である。
 
 大原美術館には、これまで5~6回は訪れている。Img316_640_2 
 だからエル・グレコの「受胎告知」など、展示されている作品のほとんどは見覚えがある。
 
 ただ今回の展示のように、数々の逸品をテーマごとに整理して一堂に会した展示は初めてで、改めて大原美術館のはたしてきた役割や魅力を知ることができた。
 
Img320_640  大原美術館は現クラボウの創設者、大実業家である大原孫三郎(1880~1943)が創設した日本初の本格的な西洋美術館である。
 
Img318_640  基となったのは、彼がスポンサーとして支援した同郷の画家・小島虎次郎が、留学のパリなどヨーロッパを歩いて収集した美術品の数々である。
 
 その後は西洋近代美術だけでなく、日本の近代洋画や民芸運動ゆかりの作家たちの作品、エジプトやオリエント・東洋の古代美術品がコレクションに加わった。
 
Img324_640  さらに現在は、いま第一線で活躍している現代美術家たちの作品も収蔵し、大原コレクションは多岐にわたっている。
 
Img321_640_2  展示の構成は、中東やアジアの古代美術品を並べた「古代への憧憬」25作品、19世紀から20世紀初頭のフランスを中心とした近代絵画の「西洋の近代美術」21点のコーナーへと続く。
 
Img317_640_3  ここでは児島が、孫三郎に信念を持って購入を進言したエル・グレコの「受胎告知」が目玉となる。
 この作品が東京で展示されるのは30年ぶりだそうだ。
 
 続いて「日本の近代洋画」、明治期の浪漫主義を代表する青木繁、パリに留学した佐伯祐三、昭和期の日本洋画界をけん引した安井曽太郎らの作品19点が並ぶ。
 
Img326_640  「民芸運動ゆかりの作家たち」では、濱田庄司やバーナードリ・ーチ、富本憲吉・河井寛次郎らの作品、そして孫三郎の子息・総一郎との交友が深かった棟方志功の「二菩薩釈迦十大弟子版画柵」が展示されている。
Img329_640  そして「戦中期の美術」「戦後の美術」「21世紀へ」と続く。
 展示作品は147点、紀元前19世紀から2014年までの美術・工芸品の展示、およそ1世紀にわたって時代とともに歩んできた大原美術館の活動を、珠玉の名品によってたどる。
 
 「はじまり、美の饗宴展」は、六本木・国立新美術館で来月4日まで、観覧料は1.600円。

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March 20, 2016

2895.春・浜離宮

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 浜離宮恩賜庭園の「菜の花」。
 左から、今年の花・昨年・一昨年の写真。
 
 毎年「春分の日」前後に浜離宮を散策して、春の花々を撮っている。
 「季節の定点観測」というか、その年の気候を占ってみようと、もう十年以上続けている。
 
Imgp0008_640Imgp0005_640 昨年の10月26日と、一昨年より5日早く種を蒔いたのと、天候に恵まれたせいか「菜の花」の育ちは良く、背丈も伸びている。
 
 庭園の係の人に聞くと、一昨年は2度播きして何とかお花畑にしたが、今年は密生して開花も早かったそうだ。
 
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「ハクモクレン」「カンヒサクラ」「サンシュ」など、いつものようにカメラに収めたが、花木は開花を競うように色とりどりだった。
 
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「ツバキ」に「ウメ」と僅かに冬の花が残っていたが、右の写真のように「ソメイヨシノ」が蕾を膨らましていた。
 明日か明後日が開花か。
 
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何時ものように「潮入りの池」を前にしての、カメラのお遊び。
 
 初めて使った「FISH-HYE」で、「ナチュラル」「ミヤビ」「モノトーン」「クロスプロセス」と、フィルターを変えて撮ってみた。
 
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浜離宮恩賜公園の春、オリンピックを前にして、ここに迎賓館を建てる計画もあるようだが、毎年新しい「御茶屋」も復元され、江戸の姿をしのばせる。

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March 17, 2016

2894.3月のシネマ(3)

Yjimage_640  B級映画の巨匠クエンティン・タランティーノ監督52歳、その退廃とヴァイオレンスをA級大作に仕上げて、数々の映画賞を獲得している。
 
 長編2作目の「パルプ・フィクション」('94)でカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞、アカデミー賞では脚本賞を受賞した。
 さらには「ジャンゴ繋がれざる者」('12)でも、アカデミー賞脚本賞に名を連ねる。
 
 7年前に話題を呼んだのが「イングロリアス・バスターズ」、アカデミー賞では作品賞・監督賞など8部門にノミネイトされてクリストフ・ヴァルツが助演男優賞を、今回紹介する「ヘイトフル・エイト」も脚本賞・助演女優賞・作曲賞にノミネイトされ、音楽のエンニオ・モリコーネがオスカーを獲った。
 
 三隅研次や石井輝男、深作欣二監督らの日本映画ファンでもあるタランティーノは、「キル・ビル1~2」('03~'04)で千葉真一や国村隼らを登用したが、美術は種田陽平が担当した。
 その種田が、今回の「ヘイトフル・エイト」でも美術を担当しているのが注目される。
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Yjimage2_640.
  「ヘイトフル・エイト」
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 猛吹雪のアメリカ・ワイオミング、雪に埋もれた十字架の墓標からフォーカスアウトした先に、一台の駅馬車がロングショットで。
 タランティーノ監督の西部劇は、こんなシーンから始まる。
 
354960_003_640  駅馬車の中には、鎖で繋がれたギャング団の女親分(ジャニファー・ジェイソ・リー)とハングマン(カート・ラッセル)。
 彼女の首には、1万ドルの賞金がかかっていた。
 
354960_0011_640  途中で駅馬車は、南北戦争帰りの賞金稼ぎ(サミュエル・L・ジャクソン)と南軍兵士崩れの新任保安官(ウオルトン・ゴギンズ)を拾う。
 
 馬車は吹雪を避けて、山道の途中にある雑貨屋に退避した。
 ここでタランティーノのが仕掛ける、初の「密室ミステリー」の幕が上がる。
 
Yjimage1_640  雑貨屋の先客は、英国紳士の絞首刑執行人(ティム・ロス)と黒人嫌いの南軍将官(ブルース・ダーン)、無口なカーボーイ(マイケル・マドセン)に使用人のメキシカン(デミアン・ビチル)。
 これでヘイトフルな8人が揃った。そして「殺人事件」が・・・・・・・・。
 
354960_002_640  懐かしいパナビジョン、70ミリフイルム作品である。
 トップシーンの雪山の美しさ、厳しさはもちろん、密室でのエイトフルたちのクローズアップとフォーカス・アウト、ロバート・リチャードソンの撮影の腕は冴える。
 
Img314_640  「駅馬車」「許されざる者」など、古典となった西部劇へのオマージュを込めて、タランティーノ流のバイオレンスとブラックユーモアが展開されていく。
 
 タランティーノ監督が尊敬してやまない映画音楽の巨匠エンニオ・モリコーネと、はじめてタッグが組めた作品。
 その彼にアカデミー賞作曲賞が与えられたのを最も喜んだのは、監督だっただろう。
 
 そしてもう一人、殴られ蹴とばされ最後は首を吊られたギャングの女親分、ジャニファー・ジェイソ・リーにもアカデミー賞ノミネイトのご褒美が付いた。

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March 14, 2016

2893.勝川春章展

 浮世絵師のパイオニアと言われる勝川春章(1726?~1792)、今年は生誕290年にあたるというので、幾つかの企画展が催されている。
 
Yjimage11sldczs_640  そのひとつ、出光美術館で開催中の記念展。
 「肉筆美人画」を中心に、春章が目指した〈みやび〉の女性像の世界を特集している。
 
Img343_640  春章は、人気の歌舞伎役者や力士たちの似顔絵を写実風な作風で描き、江戸中期の浮世絵界をリードした絵師として知られている。
 
 門下には春好・春英・春潮ら人気絵師たちが活躍し、「勝川派」は浮世絵界で大きな勢力を誇った。
 あの葛飾北斎も若いころの名は勝川春朗、春章を師として絵を学んだ。
 
Img346_640_2  春章が発展させた役者似顔絵の手法は、写楽や豊国などのちの浮世絵師たちにも大きな影響を与えている。
 
Img336_640_2  出光美術館の展示は、晩年の勝川春章である。
 
 それまでの浮世絵のように版木による大量製作ではなく、自らが一筆一筆絵具と墨を引き重ね、一枚ずつ丹念に仕上げた「肉筆美人画」である。
 
 右のポスターで紹介されている「美人鑑賞図」は、彼が亡くなる直前の作品で、版画では表現できない細密な筆さばきとなっている。
 
Img340_640 春章の描く美人画、左が「城下三美人図」続いて「雪中傘持美人図」。
 
 このプロポ-ションは、上方の絵師の構図から学んだといわれる。
Img341_640_2  春章はそれをさらに洗練させ、「春章美人」のスタイルを確立した。
 
 右の「柳下納涼美人図」は春章50代後半の作品、隣の「月下歩行美人図」は弟子であった葛飾北斎の作品である。
 
 春章がこの世を去った(1792年)直後、浮世絵界に華々しく登場したのが喜多川歌麿(1753?~1806)である。
 
Img339_640_2 重要文化財にも指定されている左の「更衣美人図」は、歌麿が晩年に描いた作品で、勝川春章の「美人画スタイル」をしっかりと受け継いでいる。
 
 会場には70点の「美人図」が並び、美人画家・春章の出発から「円熟と深化」、春章が残したものと続く。
 
Img337_640  なお原宿の大田記念美術館でも、特別展「勝川春草~北斎誕生の系譜」 が催されている。
 
 両美術館とも会期は今月27日まで、入館料はそれぞれ1000円。どちらかの美術館の半券を持参すれば、100円割引となる。
 

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March 11, 2016

2892.3月のシネマ(2)

Yjimage_640  「キャロル」のケイト・ブランシェットと並んで、オーストラリアを代表する女優ニコール・キッドマン。
 
 「ムーラン・ルージュ」('01)でアカデミー賞にノミネイト、「アザーズ」('01)ではゴールデン・グローブ賞を受賞、そして「めぐりあう時間たち」('02)でアカデミー賞主演女優賞を受賞して、ハリウッドでも大女優の地位を名実ともに確保した。
 
 そのニコールが25年ぶりに母国オーストラリア作品に主演、新鋭女性監督キム・ファランドと組んで「オーストラリアの神秘」に挑んだ。
 
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  「虹蛇と眠る女」
 
 原題は「Strangerland」、邦題は作品のキーワードである先住民アボリジニの「虹蛇伝説」をストレートに持ってきた。
 
 アボリジニの世界観「ドリーミング」の精霊のひとつが「虹蛇」、オーストラリア大陸の山河は虹蛇の移動によって築かれた。
 あの「エアーズロック」の地底には虹蛇が眠り、聖なる水を守っているという。
 
 赤茶けた砂漠にある小さな村、ここは「最初は白いもの、次は黒いもの、そして子供が消える土地」とアボリジニは信じている。
 
 その神話の通り、満月の夜に白い肌の少女と子供が忽然と消えた。
 「虹蛇」が二人を飲み込んだ、歌えば帰ってくると・・・・・・。
 
354675_005_640  街で性的スキャンダルを起こした少女の両親、彼らは弟も連れてこの見知らぬ土地にやってきた。
 そして遭遇したのが神隠し、猛暑の砂漠地帯では2~3日で命を失うという。
 
354675_001_640  必死に子供たちを探す夫婦、捜索を手助けする地元のベテラン警官、やがて母親は「虹蛇」のもとに・・・・・・・。
 
 女優・脚本家としても活躍している監督キム・ファラント、同じく脚本家で女優のフィオナ・セレスが書いたシナリオに惚れ込んだニコール・キッドマンが、「ひと肌脱いだ」作品。
 ニコールは母として女として葛藤するヒロインを、全裸シーンもいとわずむき出しの演技を見せる。
 
354675_004_640  夫役をアイルランド出身のジョゼフ・ファインズ(「恋におちたシェイクスピア」'98)、警官役をオーストラリアの名優ヒューゴ・ウイーヴィング(「ロード・オブ・ザ・リング・シリーズ」'01~'03)が演じる。
 
 そして消えた白い肌の娘は、ファッションモデルのマディソン・ブラウンの初映画デビュー。
 
 オーストラリアの大自然と神話が織りなす、心理サスペンス映画である。

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March 08, 2016

2891.3月のブックから

51iu1kgi9wl__sx339_bo1204203200_  先日本屋を覗いたおり、伊東潤の長編小説「天下人の茶」(文芸春秋刊)が山積みになっているのに気が付いた。
 
 ちょっと立ち読みしたが、「現世の天下人となった秀吉、茶の湯によって人々の心の内を支配した千利休、果たして勝者はどちらなのか。
 そして、利休の死の真相はー?」とある。
 
 その後、伊東潤のコメント記事を新聞で読んだ。
 
 「今回、利休を描いたのは挑戦だった。一番好きな作家、山本兼一が利休の恋愛を描いた『利休にたずねよ』に挑む気持ちが強かった」と。
 
 「利休にたずねよ」、市川海老蔵が主演した映画(ブログ2405号で紹介)は見たが、小説は読んでなかった。
 今号は、図書館から借りてきた「利休をたずねよ」他2冊を紹介したい。
 
 なお著者の山本兼一(1956~2014)の略歴等は、ブログ2594号('15.4.9)で紹介したので省く。
 
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   「利休にたずねよ」(PHP刊'08)
 「歴史街道」に'06年7月号から24回に連載された歴史小説で、直木賞を受賞した作品。
 
 利休の「美意識」にほれ込んだ信長と異なり、その「美意識」に嫉妬し恐怖をを抱いた秀吉との確執に、フィクションとしての「異国の美女」への想いを交錯させながら、今もなお「謎」とされている利休の死を、ミステリックに描いた。
 物語は、利休切腹の日から始まる。
 
 1591(天正19)年2月28日、京・聚楽第内の屋敷に設けた「一畳半の茶室」。
 「猿めが・・・。」

 どうしようもない怒りの中での末期の茶事、利休は懐から緑釉の香合を取り出す。
 それは彼が19の時に殺した、高麗・李王家の美女の形見だった。
 あの時から50年、肌身離さず持ち続けていた高麗のやきものである。
 
Yjimage3e53zjcu_640  「死を賜る」を第1編として、利休本人と彼に関わりのあった人々の「一人称で語られる短編」が、時をさかのぼって綴られていく。
 
 秀吉(「おごりをきわめ」)~細川忠興(「知るも知らぬも」)~古渓宗陳(「大徳寺破却」)~古田織部(「ひょうげもの也」)~徳川家康(「木守」)~石田三成(「狂言の袴」)・・・・・・・・・・織田信長(「名物狩り」)~たえ(「もうひとりの女」)~武野紹鴎(「紹鴎の招き」)~千与四郎(「恋」)~宗恩(「夢のあとさき」)の24編。
 
 例えば宗恩、能役者の夫を亡くした後に利休の妾となり、先妻が亡くなった後に後妻に入り死を看取った女人。
 千与四郎とは利休の幼名、のち宗易との茶号を名乗り63歳の時に正親町天皇から「利休」の居士号を授かった。
 
Yjimagehscu8npg_640  本文にもあるが号の由来は「利心、休せよ」、才能におぼれずに「老古錐(使い古して先の丸くなった錐)」の境地をめざせよの意味を持つ。
 
 山本兼一が描く利休は、わび・さびが持つ枯れたイメージではなく、利休好みの水指を見たときに感じた「匂い立つような優美さ」を醸す茶人である。
 高麗の美女と緑釉の香合は、それを物語る。


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  「信長死すべし」(角川書店刊'12)

 武田を滅ぼした織田信長、正親町天皇に大阪遷都をを迫ろうとしていた。
 石山本願寺跡に城を築き、内裏も置こうというのである。
 
 「信長死すべし」
 朕は一語ずつはっきり口にした。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「誰でもよい。信長以外の男が天下人になるなら、誰でもかまわぬ」
 正親町帝(「九重の内」)に始まり、明智光秀(「無明」)で終わる44日間を、20編の短編で描く「本能寺の変」の物語である。

Yjimageow42ng4j_640  「利休にたずねよ」と同じく、信長・近衛前久・吉田兼和・里村紹巳・徳川家康らが一人称で語られていく。

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   「夢をまことに」

 戦国時代の武将を主人公にした歴史小説と並んで、山本作品には無名の「技術者」を描いたものも多い。
 
 鷹匠を主人公にした「弾正の鷹」、安土城を立てた大工の棟梁を描いた「火天の城」、刀鍛冶の「おれは清麿」等があるが、この作品も鉄砲鍛冶が主人公である。
 
 近江国友村に住む一貫斎藤兵衛が、風炮(空気銃?)を造り「テレスコッフ」(反射望遠鏡)を苦心して造り上げる話である。

 戦国時代が終わり、鉄砲の需要が少なくなって生活に困った鉄砲鍛冶たちのため、藤兵衛は太陽や月や星を捉える「道具」を開発したのだ。
 
 彼らが製作したテレスコッフはおよそ20台、現在も4台が残っているという。  
 

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March 05, 2016

2890.3月のシネマ(1)

 フイルム・ノワールのヒット作を手掛けたフランスの脚本家ミシェル・オディアール、その息子ジャックもまたソルボンヌ大学卒業後は脚本家の道を歩き、「プロフェッショナル」('81)「死への逃避行」('83)など話題作を書いてきた。
 
Dly1505250007f1_640  そのジャックが監督デビューしたのが1994年、2作目の「つつましき詐欺師」(''96)がカンヌ国際映画祭で脚本賞、長編4作目の「預言者」('09)がグランプリを受賞してフランスを代表する監督として脚光を浴びた。
 
 そして昨年のカンヌ国際映画祭では、最新作「ディーパンの闘い」が査委員長のコーエン兄弟をはじめ全審査員の満場一致で最高賞の「パルムドール」を受賞した。
 
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  「ディーパンの闘い」

 スリランカの反政府ゲリラの敗残兵ディーパンが、主人公。
 
 妻と子供を殺され銃を捨てた彼は、見知らぬ少女と女の3人で「家族」を装い避難民の群れにもぐりこんだ。
 
354805_008_640  ようやくパリ郊外にたどり着いた「偽装家族」、ディーパンはまじめな労働者として、古い団地の管理人となって「家族」を養う。
 
 しかしその団地には麻薬密売人群がり、彼もまた密売人たちの抗争に巻き込まれていく。
 
354805_007_640  一度は戦いを捨てたディーパン、「新しい家族」を守るために再び銃を手にし「兵士」に豹変していく。

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  主演のディーパンを演じたのは、スリランカの反政府ゲリラ「タミル・イーラム解放の虎」(LTTE)の少年兵だったアントニーターサン・ジェスターサン。
 
 タイに亡命したのちフランスにたどり着き、職を転々としながら執筆活動を続けてきた作家で、映画は初出演である。
 
354805_001_640_2  また偽装妻でやがてディーパンを愛する女はインドの舞台女優カレアスワリ・スリニバサン、9歳の少女役はオーディションで選ばれたカラウタヤニ・ヴィナシタンビ。
 
 映画初出演でフランス語も不自由な3人だが、迫真のリアルな演技が作品に感動をもたらす。
 
354805_010_640  難民・差別・貧困・暴力など、いま世界が抱える問題を背景に、家族愛や生きることの意味を問う作品。
 
 カンヌで高く評価されたオディアール監督の切り口、日本の任侠映画を思い出させるフイルム・ノワール的タッチは父親譲りと言えよう。
 
 フランス語とタミル語が飛び交うこの作品、「移民国家」フランスならではの映画である。

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March 02, 2016

2889.特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

Roubre_monarisa_640  150万人が鑑賞した1974年の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」は、日本初公開の「モナ・リザ」が目玉だった。
 そして2007年の「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」では、「受胎告知」が初公開された。
Img297_640  いま江戸東京博物館で開催されている特別展、「レオナルド・ダ・ヴィンチ~天才の挑戦」は、「モナ・リザ」へつながる傑作「糸巻きの聖母」日本初公開が話題となる。
 
 レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452~1519)、イタリアのヴィンチ村生まれ。
 フェレンツェの工房で絵を学び、のちミラノなどイタリア各地で活躍、晩年はフランスの国王フランソワ1世に招かれかの地で亡くなった。
 
Img304_640  レオナルドは、絵画・彫刻だけでなく舞台設計に携わり音楽家としても活躍、さらには軍事技術・都市計画・治水事業など「万能の天才」といわれる著名人である。
 
Leonardo_da_vinci_052_640  日本では「モナ・リザ」や「受胎告知」「最後の晩餐」など、画家レオナルドとしてファンが多いが、彼自身の直筆といわれる油彩画は、15点にも満たない。
 
 多くの作品が、レオナルド派と呼ばれる弟子や崇拝者によって描かれており、今回の展覧会にも多く展示されている。
 
Img301_640 特別展で初公開された「糸巻きの聖母」は、スコットランドの貴族バクルー侯爵家に代々伝わる傑作で、通称「バクルーの聖母」とも呼ばれている。
 
 「モナ・リザ」へつながるスフマート(ぼかし手法)が特徴で、聖母と幼子イエス全体を包む。
 
 イエスの持つ糸巻き棒は、「人間と世界の運命をつなぐ」道具。
 イエスが寄りかかる岩は、地質学研究の権威レオナルドならではの描写、そして聖母の手は「母なる大地のエネルギー」を暗示する。
 
Img303_640 「最後の晩餐」にもみられるように、レオナルドは登場人物の手の動きにこだわる。
 手の動きによって、目に見えない「魂の動き」を表現するのである。
 
Img302_640_2  会場には、日本初公開の直筆素描7点も展示されていた。
 右の素描「子供の研究」は、子供の表情や肉体一つ一つの動きをしっかりと捉えようとする彼の習作である。
 もちろん「糸巻きの聖母」のキリストに、それは生かされている。
 
 話はそれるが、この「糸巻きの聖母」は13年前に、バクルー公爵家から盗まれた。
 4年後に弁護士が仲介して作品は戻ったが、以後エディンバラにあるスコットランド国立美術館に寄託されている。
 そして今回、77年ぶりに英国外に出品された。
 
Img300_640 特別展には、直筆の研究ノート「鳥の飛翔に関する手稿」など、ヴィンチにある「レオナルド・ダ・ヴィチ理想博物館」の所蔵品を中心に、72点が 展示されている。
 
 会場:江戸東京博物館、開催期日は4月10日まで、観覧料1.450円。
Img299_640Img298_640_2 今年は、日本とイタリアが国交を開いて150周年になる。
 
 「レオナルド・ダ・ヴィンチ展」も、それを記念して催されているが、上野の東京都美術館では「ボッティチェリ展」が4月3日まで、同じく上野の国立西洋美術館では「カラヴァッジョ展」が6月12日まで開催されている。
 
 イタリア・ルネサンスの巨匠たちの競作である。

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