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May 18, 2016

2915.逗子・源氏ゆかりの地を歩く

Imgp0002_640Imgp0001_640  鎌倉に隣接する逗子、この地は平安末期に源義朝の勢力下にあったため、源氏ゆかりの寺社が多い。
 
 今月の「ひとまくウオーキング」は、新緑のなか鷹取山麓を周遊した。
 
Imgp0013_640Imgp0016_640 最初に訪ねたのはJR東逗子駅近くの「光照寺」、運慶風のたくましい彫刻による本尊「木造阿弥陀仏立像」で有名な、真言宗の寺である。
 
 寺は、平治の乱(1159年)で父・源義朝と共に平清盛と戦った悪源太義平を祀っている。
 父を殺された義平、敵の清盛の命を狙ったものの、捕えられて京・六条河原で斬首となった。
 
Imgp0018_640  義平はその名の通り「悪(強い)」「源(源氏)」「太(長男)」、後に鎌倉幕府を樹立した義朝の三男・頼朝が長兄のために光照寺を創建した。
 
Imgp0023_640Imgp0022_640  すぐ近くにある「五霊神社」は、義朝の屋敷「沼浜亭」の鎮守として祀った社。
 
 義朝は、曾祖父・源義家に従って「後三年の役」を戦い、勇名をはせた武将・鎌倉権五郎景政を祀る鎌倉・長谷の御霊神社から、祭神を勧進した。
 
Imgp0017_640Imgp0030_640_2  その屋敷跡が、現在の「法勝寺」。
 「沼浜亭」そのものは解体され、北条政子が頼朝の一周忌に際して建立した、鎌倉の寿福寺の築材となっている。
 屋敷跡を囲む田越川は、堀を兼ねていたのだろう。
 
Imgp0045_640Imgp0052_640  逗子では最高峰、鷹取山(134m)中腹にある寺が「神武寺」。
 
 聖武天皇の命で行基が724(神亀元)年に開山したというから、逗子では最も古い寺院である。
 
Imgp0060_640Imgp0058_640  「吾妻鏡」によれば、政子の安産を祈願して頼朝が神馬を奉納した記録や、無事に誕生した実朝が参詣したとの記録が残されている。
 
Imgp0061_640Imgp0057_640  鎌倉滅亡時など、度々の動乱で罹災したが、現在は薬師堂(本堂)・地蔵堂・客殿・楼門などが残されており、鎌倉・逗子地方では珍しい山岳信仰の面影を残している。
 
Imgp0065_640  Imgp0063_640 神武寺からハイキングコースでもある池子参道を下っておよそ30分、最後の寺院が「東昌寺」。
 
 1333(元弘3)年、新田義貞に攻められた北条高時ら一族郎党870人が自刃したのは、鎌倉の「東勝寺」。
 その時住職の和尚が、本尊「大日如来」を担いで逃げ込んだのが、ここ池子だった。
 
Imgp0074_640Imgp0075_640_2  江戸時代に「東勝」を「東昌」に変えたのは、ここが尼寺「英勝寺」の寺領だったから。
 英勝寺は、ご存知家康の側室が剃髪して建立した寺。
 そんなエピソードをもつ真言宗の寺である
 
 寺の目の前が京浜急行「神武寺駅」、「ひとまくウオーキング」の仲間たちは「反省会々場」の横浜にそろって向かった。
 歩いた歩数は、ドアtoドアで12.787歩。

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