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May 30, 2016

2919.5月のシネマ(4)

 今月は旅に出たせいか、映画の鑑賞数はいつもより少なかった。
 アカデミー賞関連の話題作3本はすでに紹介したので、残り5本をメモとして記録する。
 
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   「マリーゴールド・ホテル」
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 大ヒットした「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」の続編、「幸せへの第二章」。
 監督は「恋におちたシェイクスピア」('98)でアカデミー賞受賞のジョン・マッデン。
 
353844_003_640  前作と同様、インドのボロホテルを愛するイギリス人「高齢者」男女5人を待ち受ける人生のクライマックスが、壮麗な寺院やミステリアスな古代王朝の建物、原色豊かなインドの街を舞台に描かれる。
 
 出演がイギリスの大スターたち、それも一時代を築いた以下の方々、そしてゲストはアメリカのスターのリチャード・ギア(67)。
 オスカー女優ジュディ・デンチ(82)、同じくオスカー女優マギー・スミス(82)、「ナイロビの蜂」('05)のビル・ナイ(67)、「ラブ・パンチ」('13)のセリア・イムリー(64)、「ジャッカルの日」('73)のロナルド・ピックアップ(76)・・・・。
 
 
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   「モヒカン故郷に帰る」
 
 売れないロックバンド屋モヒカン男(松田龍平)が、妊娠した恋人(前田敦子)を連れて、瀬戸内の島に帰省した。
 
 ところが、久しぶりに会ったオヤジ(柄本明)が末期のガン、会うたびに口ゲンカしていたオヤジを囲み、母親(もたいまさこ)と弟(千葉雄大)は・・・・。
 
353755_005_640  オヤジの死と息子の結婚、家族の一大事が重なった一家の日々を、監督沖田修一はオーソドックスに、情感豊かに描いていく。
 ロケ地となった島の住民たちも大勢参加し、映画は心地よく展開していく。
 昔訪ねた広島の島だけに、変わらぬ風景が懐かしい。
 
 
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   「獣は月夜に夢を見る」
 
 北欧神話にも登場する「狼」、その狼女から生まれた少女の「人間としての愛」と「獣としての苦悩」をデンマークの鄙びた漁村を舞台に描くノルディック・ミステリー作品。
 
355432_006_640  「ダンサー・イン・ザ・ダーク」('00)などで美術アシスタントを務めた、ヨナス・アレクサンダー・アーンビーが初めて撮った長編映画。
 
 カンヌ国際映画祭批評家週間で上映されて賛美を集め、アテネなど各地の映画祭で監督賞や撮影賞を受賞した。
 
 主人公の少女を演じたソニア・ズーも本作が映画デビュー、「目覚め」を迎えた少女の獰猛で純粋な愛の演技が悲しい。
 
 
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  「アイヒマン・ショー」
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 アルゼンチンで逮捕された元ナチ親衛隊将校アイヒマン、ホロコーストの実質責任者としてイスラエルの法廷で裁かれたが、この「世紀の裁判」を世界中に中継録画して送り出したテレビマンたちの実話。
 
355429_003_640_2  さまざまな妨害を受けながらも、「ナチスがユダヤ人に何をしたのか」を伝名もなき放送人の信念と執念がヒューマンドラマとして描かれる。
 
 アイヒマンをはじめ判事や検事など、登場人物は当時録画された本人たちの映像。プロデューサーやディレクター、技術者たちの制作チームを、現代の俳優が演じモンタージュした。
 
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   「64 ロクヨン」(前編)
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 わずか7日間で幕を閉じた「昭和64年」、その間に起きた少女誘拐殺人事件は、通称「ロクヨン」と呼ばれる。
 
354941_001_640  「クライマーズ・ハイ」などで知られるベストセラー作家・横山秀夫の同名作品を原作に、佐藤浩市をはじめとする豪華オールスターキャストで撮った。
 
 来月公開される後編を見たのち、紹介する予定。
 

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May 27, 2016

2918.初夏・上高地(2)

Imgp0005_1_640Imgp0004_1_640 毎年季節を変えて、上高地を訪ねる。
 
 今回は昨秋以来7か月ぶりだが、昨年は初夏にも訪ねたので、懐 かしい草花に再び出会った。
 これから6月にかけては、一年間で最も花の多い季節となる。
 
Imgp0008_640_2Imgp0007_640 遅い春、そして初夏を代表する「ニリンソウ」は、今が最盛期。
 一本の茎から二輪の花茎を伸ばすこの高山植物は、河童橋から明神~徳澤へ抜ける道で群生に出会う。
 
Imgp0060_640Imgp0037_640 左は「ラショウモンカズラ」、渡辺綱が羅生門で鬼の腕を切り落とした物語に因む。
 
 そして「オオバキスミレ」、「タチツボスミレ」と共に田代湿原で撮った。
 
Imgp0017_1_640Imgp0016_1_640 河童橋の先、「小梨平」の由来となった「コナシ」の花も、今が見ごろだ。
 
 ただ「カラマツ」の植林が進んだせいか、「コナシ」の数は減ってきた。
 
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 水辺に群生する「ワスレナグサ」の仲間「エゾムラサキ」、続いて「ヤグルマソウ」「ベニバナイチヤクソウ」「レンゲツツジ」。
 春の花と夏の花がオーバーラップして、水辺と森を彩る。
 
074_640075_640 環境省の上高地ビジターセンターを訪ねると、「上高地・今日の花20種」の資料がもらえる。
 毎朝パークレンジャーたちが、写真を撮ってくるのだそうだ。
 ただしその場所は、自分で探さなければならない。
 
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 明神への木道脇に見る「自然の造型」、毎年写真に撮ってきたが、今回は「魚眼」で収めた。
 
 上高地の自然も 少しづつ変化していくのを楽しむ。
 
Imgp0081_640Imgp0086_640 ホテルに戻りテラスで休んでいると、目の前の木に野猿の姿が。
 ただ一匹、若芽を食べている。多分はぐれ猿なのだろう。
 そのあとは、木の幹にまたがり昼寝の時間。
 
Imgp2584_640_4Imgp2598_640  上高地、来年は「晩秋」それも冬直前を考えている。
 黄金色の「カラマツ林」と「ケショウヤナギ」の乱舞を。
 
 

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May 24, 2016

2917.初夏・上高地

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 上高地のホテルのテラスから望む、早朝の「穂高連峰」。
 
 左から西穂高岳(2.909m)・ジャンダルム(3.163m)・奥穂高岳(3.190m)・吊尾根・涸沢岳(3.110m)・北穂高岳(3.106m)。
 写真には写ってないが、右に前穂高岳(3.090m)・明神岳(2.931m)と3.000m級の山並みが続く。
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 前日は雨、雲間に浮かぶ雪渓は、墨絵のようだった
 
 山の天気は変わりやすい。
 今年のゴールデンウイークには、10人を超える遭難者も出たという。
 
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 日本を代表する「自然の聖地・上高地」。
 
 毎年初夏には、この地を訪ねる。
 そして「小梨平」から穂高連峰を眺めて、日頃の疲れを癒す。
 
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 日本の屋根と呼ばれる飛騨山脈(北アルプス)。
 その南部に連なるのが穂高連峰である。
 
 およそ100万年前の地球の造山活動によって、高い峰々と深い谷が刻まれた。
 
 その谷に流れる川の一つが梓川、川は焼岳の噴火によってせき止められ、上流から山砂が流れる。
 そして生まれた平坦地が、山上盆地となった。
 
 上河内~神河内~神降地と名を変え、明治のころから「上高地」と呼ばれ日本有数の山岳リゾートが誕生する。
 
 槍ヶ岳を源流とする梓川は、犀川・千曲川と名を変え、さらには日本最長の信濃川となって日本海にそそぐ。
 
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May 21, 2016

2916.5月のシネマ(3)

Yjimageb3u1w2bp_640  アメリカの映画監督・写真家・音楽家・作家として活躍しているガス・ヴァン・サント63歳。
 
 1985年にゲイの青年を主人公にした「マラノーチェ」で監督デビュー、その後「ドラッグストア・カウボーイ」('89)「マイ・プライベート・アイダホ」('91)など同性愛やドラッグ、近親相姦などに苦しむ青春像を詩的な映像美で描き、国際的にも注目を浴びてきた。
 
Yjimageykc7xqs0_640  1997年、まだ無名の俳優だったマット・デイモンと組み「グッド・ウイル・ハンティング/旅立ち」を製作して作品賞・監督賞などアカデミー賞7部門にノミネイトされた。
 そしてマット・デイモンが脚本賞、ロビン・ウイリアムスが助演男優賞を受賞している。
 
 さらに「エレファント」('03)では、カンヌ国際映画祭で最高賞の「パルム・ドール」と監督賞を史上初めて同時受賞している。
 
Milk_20080909193915_640  2008年、自らゲイであることを公表した人権活動家ハーヴィー・ミルクの生涯を描いた伝記映画「ミルク」では、アカデミー賞8部門にノミネイトされショーン・ペンが主演男優賞、製作者でもあったダスティン・ランス・ブラックが脚本賞を受賞した。
 
 そのガス・ヴァン・サントの最新作が「追憶の森」、オスカー俳優(「ダラス・バイヤーズクラブ」'13)マシュー・マコノヒーにナオミ・ワッツと渡辺謙、それぞれアカデミー賞にノミネイトされたこともある俳優が主演した作品である
 
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  「追憶の森」
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 邦題は結末を暗示しているが、原題は「THE SEA OF TREES」、「樹海」である。
 
355273_001_640  富士山麓「青木ヶ原樹海」に、死場所を求めてやってきたアメリカ人の男(マシュー・マコノヒー)が、樹海の中で彷徨う男(渡辺謙)と出会った。
 彼もまた死場所を求めてやってきたのだが、樹海という魔の空間に迷う中で生への光を見出していた。
 
355273_003_640  必死に出口を探す二人、カットバックしてアメリカでの妻(ナオミ・ワッツ)との愛と確執が語られていく。
 
 いったいこの樹海には、どんな秘密が隠されているのか、二人の男はなぜ出会ったのか、そしてたどり着く先は。
 
355273_002_640  セリフの中に隠されたキーワード、そして渡辺が唄う歌、そして蘭の花。
 人生の終着点に向かう旅が、やがて希望の旅となるミステリー作品である。
 
 映画は「Googleの検索」から始まった。
 「リミット」('10)の脚本家クリス・スパーリングが、偶然にインターネットで「青木ヶ原樹海」をクリックした。
 
 そこはスピリッツの世界、自殺をする人がたったひとつの目的で旅する場所、その距離と時間、その驚くべき意思の固さ・・・・・。
 スパーリングは物語を紡ぎはじめ、ガス・ヴァン・サントは本に出合う。
 
355273_004_640  ロケはもちろん青木ヶ原でも行われたが、ほとんどはカナダの森で撮影されたようだ。
 独立プロダクションとして製作費を抑えるための手法だが、違和感はない。
 
 私も青木ヶ原樹海を旅した経験があるが、苔むした岩や倒木、磁石が狂い携帯電話も通じない「樹海」が、生と死の境界を映像で見せた。

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May 18, 2016

2915.逗子・源氏ゆかりの地を歩く

Imgp0002_640Imgp0001_640  鎌倉に隣接する逗子、この地は平安末期に源義朝の勢力下にあったため、源氏ゆかりの寺社が多い。
 
 今月の「ひとまくウオーキング」は、新緑のなか鷹取山麓を周遊した。
 
Imgp0013_640Imgp0016_640 最初に訪ねたのはJR東逗子駅近くの「光照寺」、運慶風のたくましい彫刻による本尊「木造阿弥陀仏立像」で有名な、真言宗の寺である。
 
 寺は、平治の乱(1159年)で父・源義朝と共に平清盛と戦った悪源太義平を祀っている。
 父を殺された義平、敵の清盛の命を狙ったものの、捕えられて京・六条河原で斬首となった。
 
Imgp0018_640  義平はその名の通り「悪(強い)」「源(源氏)」「太(長男)」、後に鎌倉幕府を樹立した義朝の三男・頼朝が長兄のために光照寺を創建した。
 
Imgp0023_640Imgp0022_640  すぐ近くにある「五霊神社」は、義朝の屋敷「沼浜亭」の鎮守として祀った社。
 
 義朝は、曾祖父・源義家に従って「後三年の役」を戦い、勇名をはせた武将・鎌倉権五郎景政を祀る鎌倉・長谷の御霊神社から、祭神を勧進した。
 
Imgp0017_640Imgp0030_640_2  その屋敷跡が、現在の「法勝寺」。
 「沼浜亭」そのものは解体され、北条政子が頼朝の一周忌に際して建立した、鎌倉の寿福寺の築材となっている。
 屋敷跡を囲む田越川は、堀を兼ねていたのだろう。
 
Imgp0045_640Imgp0052_640  逗子では最高峰、鷹取山(134m)中腹にある寺が「神武寺」。
 
 聖武天皇の命で行基が724(神亀元)年に開山したというから、逗子では最も古い寺院である。
 
Imgp0060_640Imgp0058_640  「吾妻鏡」によれば、政子の安産を祈願して頼朝が神馬を奉納した記録や、無事に誕生した実朝が参詣したとの記録が残されている。
 
Imgp0061_640Imgp0057_640  鎌倉滅亡時など、度々の動乱で罹災したが、現在は薬師堂(本堂)・地蔵堂・客殿・楼門などが残されており、鎌倉・逗子地方では珍しい山岳信仰の面影を残している。
 
Imgp0065_640  Imgp0063_640 神武寺からハイキングコースでもある池子参道を下っておよそ30分、最後の寺院が「東昌寺」。
 
 1333(元弘3)年、新田義貞に攻められた北条高時ら一族郎党870人が自刃したのは、鎌倉の「東勝寺」。
 その時住職の和尚が、本尊「大日如来」を担いで逃げ込んだのが、ここ池子だった。
 
Imgp0074_640Imgp0075_640_2  江戸時代に「東勝」を「東昌」に変えたのは、ここが尼寺「英勝寺」の寺領だったから。
 英勝寺は、ご存知家康の側室が剃髪して建立した寺。
 そんなエピソードをもつ真言宗の寺である
 
 寺の目の前が京浜急行「神武寺駅」、「ひとまくウオーキング」の仲間たちは「反省会々場」の横浜にそろって向かった。
 歩いた歩数は、ドアtoドアで12.787歩。

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May 15, 2016

2914.若冲展

Imgp0001_640  東京・上野が「若冲」で沸いている。
 東京都美術館「若冲展」、入場するには2時間以上の行列を覚悟しなければならない。
 
Img424_640  近世日本画家のひとり伊藤若冲(1716~1800)、今年が生誕300年。
 
 京都・錦小路の青物問屋に生まれた彼は、店を引き継いだものの商売には熱心でなく、40歳で家業を弟に譲り作画三昧の生活に入る。
 
Portrait_of_it_jakuch_by_kubota_bei  この頃から、後に代表作と言われる「動植綵絵」を描き始め、さらには「鹿苑寺の大書院壁画」、「釈迦三尊像」、「金毘羅宮奥書院襖絵」を描くなど、絵師としての地位を高めた。
 
 若冲の名は、禅の師であった相国寺の禅僧から与えられた「居士号」で、多くの画が相国寺に寄進されている。
 
Img426_640  そして 左の「動植綵絵・群鶏図」など30幅は、明治に入って相国寺から皇室に寄進され「御物」となった。
 
 若冲の画は、繊細な描写技法によって動植物を美しく鮮やかに描いたものが多いが、その作品には写実的でありながらもどこかシュルレアリスムに通ずる、幻想的な雰囲気が漂う。
 
Img429_640  また即興的な筆使いとユーモラスな表現による水墨画も多く、彼の超絶した技巧や奇抜な構成が海外も含め、多くの人々の称賛を得ている。
 
 すでにテレビや新聞などで、見どころや若冲の作風、代表作の解説がなされているので詳しい紹介は省くが、主催者がネットでアピールしている3点だけを再録しておこう。
 
Jkcs_06_640  「1.若冲生誕300年記念の粋を感じる~初期から晩年の代表作が終結!東京初の大回顧展」
 
 「2.若冲、まぼろしの33幅 東京で初めて一堂に会す~「釈迦三尊像」(京都・相国寺)3幅と「動植綵絵」(宮内庁三の丸尚蔵館)30幅を一挙公開」
 
Img427_640  「3.若冲、その精緻な技~彩色画、水墨画、木版画・・・若冲が驚くべき技法を 駆使して創り上げた作品の数々を堪能」
 
 「若冲展」は、今月24日まで上野・東京都美術館で。観覧料は1.600円。
 

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May 12, 2016

2913.5月のシネマ(2)

Yjimagey1evv3q4_640  レオナルド・ディカプリオ41歳、アメリカの俳優・プロデューサー・脚本家。
 1997年公開の「タイタニック」で、一躍スターの座を獲得した。
 
Yjimagevd0fq2d1_640_2  「ギルバート・グレイブ」('93)でアカデミー賞助演男優賞ノミネイト。
 「アビエイター」('04)で主演男優賞ノミネイト。
 「ブラック・ダイアモンド」('06)で主演男優賞ノミネイト。
 「ウルフ・オブ・ウォールストリート」('13)で主演男優賞ノミネイト。
 
 そして「レヴェナント 蘇りし者」で、オスカー俳優となった。
 
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  「レヴェナント」
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 灰色熊に襲われて瀕死の重傷を負った狩猟ガイド、仲間に生き埋めにされ息子までも殺された男の、壮絶な復讐劇である。
 タイトルの「レヴェナント」とは幽霊とも訳すが、まさに死の淵からの「蘇りし者」を指す。
 
354289_001_640  実在のガイドをレオナルド・ディカプリオを演じて、ノミネイト5回目悲願のアカデミー賞主演男優賞を受賞した。
 
354289_002_640  ストーリーは単純だが、燃え滾るような復讐心に支えられて、想像を絶する過酷なサバイバルの旅を続ける主人公を、ディカプリオが渾身の力をこめて熱演する。
 セリフはほとんどない。ただ鬼気迫る彼の肉体が物語る。
 
 監督は、昨年も「バードマンあるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)」でアカデミー賞監督賞を受賞した、メキシコ出身のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトウ。
 本物のフロンティアを再現しようと、-20度Cの極寒の原野で9カ月間にわたるロケを敢行、今作でも監督賞を得ている。
 
354289_005_640  自然光のみで撮ったスケール感のある壮大な大自然が、過酷ながら美しい。
 その映像を撮ったのは、アカデミー賞撮影賞8回ノミネイイト、「ゼロ・グラビティ」('13)「バードマン」('14)そして今回と、史上初の3回連続受賞をはたしたエマニュエル・ベッキ。
 監督と同じメキシコ出身のカメラマンである。
 
354289_003_640  ディカプリオの敵役はイギリスの俳優トム・ハーディ、今年の作品賞にノミネイトされた「マッドマックス怒りのデス・ロード」に主演したアクションスターである。
 そしてイニャリトウ監督のたっての願いで、坂本龍一が音楽を担当した。
 
 原作はマイケル・パンクの伝記小説「蘇った亡霊・ある復讐の物語」、アメリカ西部開拓時代を生きた猟師ヒュー・グラスの、過酷なサバイバルが綴られている。

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May 09, 2016

2912.「幻の万世飛行場」展

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 新宿・住友ビル48階にある平和祈念展示資料館で、陸軍最後の特攻基地「幻の万世飛行場展」が催されている。
 
Imgp0007_640  この展示は、当館と南さつま市が主催する「平和祈念交流」の企画展で、鹿児島・南さつま市にある「万世特攻平和祈念館」に展示されている、特攻隊員の遺品や遺書、関連資料など20数点がパネルとして並ぶ。
 
 九州各地にあった特攻基地、海軍の「鹿屋」や陸軍の「知覧」は、映画や小説、ルポルタージュなどで紹介され多くの人の記憶に残っているが、私の故郷でもある「万世」については地元の関係者以外ほとんど知られていない。
 特攻隊員の遺族も、最後に飛び立った地は「知覧」と信じていた。
 
Img400_640 46年前「元特攻隊員がひょっこり地元の市役所を訪れ『多くの戦友が南の空に飛び立った旧万世飛行場跡に、特攻隊の碑を建立して戦友の霊を弔いたい』と建設資金の一部として30万円を市に寄付した。」(当時の地元紙)
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生き残った隊員は大阪在住の苗村七郎さん、そして2年後地元や遺族たちの協力を得て、「万世特攻慰霊碑『よろずよに』」を建立。
 1993(平成5)年には、戦死した隊員たちの遺品や遺書、写真資料を展示する「万世特攻平和祈念館」がオープンした。
 
Img414_640 幻の特攻基地は、九州の西南端にある日本三大砂丘のひとつ「吹上浜」にあった。
 
 ここが「幻」といわれるのは、太平洋戦争の戦局が急を告げた1943(昭和18)年から翌年末にかけ陸軍が建設した「秘匿飛行場」だったからである。
 
Img407_640  建設は、地元住民も勤労奉仕するなど短期間で行われ、1945年㋂末には最初の特攻機が出撃した。
 それから4か月、万世飛行場を出撃した特攻隊員198名が還らぬ人となった。
 
Img401  終戦後も、戦隊長の自決や軍命令による関係書類焼却、飛行機や諸設備も破壊され、残されているのは営門のコンクリート柱だけとなった。
Img418_640_2  同郷の先輩で、当時国民学校3年生だった画家の野崎耕二さんは画文集「からいも育ち」(筑摩書房)で、飛行場の建設やグラマンの襲撃、「特攻隊員との別れ」などをスケッチしているが、「幻の万世飛行場」を知る人は少なくなった。
 
Img410_640 展覧会が開催されている「平和祈念展示資料館」は、総務省所管の施設で、さきの大戦における兵士や強制抑留者および引揚者の労苦について、次の世代に引き継ぐために設立された。
 
Img413_640  会場には、関係者の労苦を物語る様々な実物資料、グラフィック、映像、ジオラマなどが展示されている。
 
Img411_640  今回の交流展でも、「万世特攻平和祈念館」の紹介映像が毎日上映されるほか、「語らずに死ねるか!無名元兵士たちの声」などドキュメンタリーや映画の上映が行われている。
 
 陸軍最後の特攻基地「幻の万世飛行場」展は、6月26日まで新宿・住友ビル48階「平和祈念展示資料館」で。入場無料。

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May 06, 2016

2911.5月のシネマ(1)

20130213135949_640  アカデミー賞の最高峰は、作品賞と言われている。
 各部門の選考は、それぞれ属する会員の投票で決まるが、作品賞だけは全会員の投票によって決まる。

 2008年までは、5作品が事前投票によってノミネイトされてきたが、2011年からは全投票の5%以上を獲得した5~10本がノミネイトされるようになった。
 会員の嗜好の幅が、広がってきたからである。

 今年作品賞にノミネイトされたのは以下の8本、すでに5本はこのブログで紹介した。

166046_03_640  「マッドマックス 怒りのデス・ロード」(ブログ2537号・'15.8.6)

 「ブリッジ・オブ・スパイ」(2794号・'16.1.18)

 「オデッセイ」(2884号・'16.2.16)

Img315_640  「マネー・ショート 華麗なる大逆転」(2899号・'16.4.9)

 「ルーム」(2905号・'16.4.19)

 「レヴェナント:蘇りし者」(現在公開中)

 「ブルックリン」(7月公開予定)

 そして作品賞を受賞したのが、これから紹介する「スポットライト 世紀のスクープ」である。 

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   「スポットライト」

 世界中のカトリック教会の神父たちが、長い間子供たちに性的虐待を繰り返してきた。
 そんなおぞましい事実を、ヴァチカンを頂点にした教会が組織ぐるみで隠してきた。

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そんな信じられない事件を、ある地方紙が地を這うような調査報道で明らかにした。
 タイトルの「スポットライト」は社内の調査報道プロジェクト名、そして紙上の特集名である。
 
 作品は、この「特ダネ」によって1993年ピュリツアー賞を受賞したボストン・グローブ紙の調査報道編集部「スポットライト」の4人の記者を主人公に、フィクションを交えることなく事実をそのまま映画化したもので、登場人物も実名である。 

355060_006  映画は、親会社のNYタイムスから派遣された新編集局長(リーヴ・シュレイバー)が埋もれていた「神父による児童性虐待事件」の掘り起こしを、「スポットライト」チームに命じたことから始まる。

 アメリカの古い都市ボストン、教会は地域の中で絶大な権力を持ち、新聞の読者の半数以上がカトリック信者。
 しがらみのないユダヤ系の編集局長だからの発想だが、「スポットライト」チームの記者魂を目覚めさせる。

355060_003  ボストンっ子のデスク(マイケル・キートン)は、人脈を生かし教会側の弁護士だった友人をゆさぶり、若手記者二人(マーク・ラファロ+レイチェル・マクアダムス)は被害者や被害者側の弁護士を取材、中堅の記者(ブライアン・ダーシー・ジェームズ)は過去の資料を漁る・・・・・。

355060_009  監督で脚本も書いたトム・マッカーシーは、ボストンに何回も足を運び記者たちに話を聞くだけでなく、当時のメモやメールを元に当時の取材のプロセスを丁寧に脚本に込める。

 「暗闇の中を模索していた自分たちが、ありのままに描かれている」と、モデルとなったデスクが語るように、作品はシンプルでストレート、地道に調査を続ける記者たちの姿を再現した。

 「スポットライト」は、アカデミー賞作品賞・脚本賞をW受賞したが、若手記者として出演したマーク・ラファロとレイチェル・マクアダムスも、助演男優賞・助演女優賞にノミネイトされた。

 二人が演じた記者は、現在も「ボストン・グローブ」社に在籍している。

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May 03, 2016

2910.安田靫彦展

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 ポスター右の源頼朝が「待ちかねたぞ」と声をかけ、左の義経が「いざ、竹橋」と応える。
 
 それに応えて先週は竹橋にある「東京国立近代美術館」へ、40年ぶりの「安田靫彦・大回顧展」である。
 
Img391_640   ポスターで一部紹介されている「黄瀬川陣(きせがわのじん)」や、切手にもなった「飛鳥の春の額田王」など、歴史上の人物や場面を描いた名作で知られる日本画家・安田靫彦( 1884~1978)。
 
Yjimage_640  14歳で絵筆をとり、のちに岡倉天心の薫陶を受け日本美術院の中核を担った安田は、生涯をかけて歴史人物への深い関心を日本画へ昇華させた。
 
 展覧会では彼の代表作100点余りを、年代順に4部に構成し、タイトルは画伯のエッセイの一部を引用している。
 
 1章「 歴史画に時代性を与え、さらに近代感覚を盛ることは難事である。
 
1443b_640_2 右の「夢殿」(28歳の作品)をはじめ、15歳から40歳ごろまでの作品が並ぶ。
 最初の師・小堀鞆音の武者絵から脱し、写実によって新しい絵画を生み出そうとした、「挑戦」の時代の作品である。
 
 2章「えらい前人の仕事には、芸術の生命を支配する法則が示されている」
 
Img392_640  左は54歳の時の作品「孫子靭姫兵」、中国の故事から筆を執った。
 この時期、安田の作品はひとつの方向に集約されていく。端正な線の魅力、余白、淡白でさわやかな色彩、古典芸術に通ずる簡潔さと優美を備えた50代半ばまでの作品が並ぶ。
 
 3章「昭和聖代を表象するに足るべき芸術を培う事を忘れてはならない」
 
Img386_640 Img385_640  挙兵した頼朝と義経の最初の出会いを描いた、重要文化財「黄瀬川陣」(56歳)。
 二つの屏風に描かれた作品は、まさに安田の代表作のひとつ。
 
 この時期は彼の画業の高揚期、深い古典研究の上に成り立つ作品は冴え渡る。
 
 4章「品位は芸術の生命である」
 
Img393_640 左から、「王昭君」(63歳)「卑弥呼」(84歳)「飛鳥の春の額田王」(80歳)。
 
 61歳で終戦を迎えた安田は、時勢の重圧から解放されたかのように、様々な歴史上の人物を優美に色彩豊かに描いていく。
 
 この時期の作品の数々が、私たちに日本画家・安田靫彦の存在を知らしめたと言える。
 91歳の遺作「富士朝瞰」まで、精力的に絵筆を執った晩年の作品30点余が並ぶ。
 
 「安田靫彦展」は15日まで、竹橋の東京国立美術館で開催。観覧料は1.400円。

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