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November 18, 2016

2975.晩秋・山陰路

 晩秋の山陰路を巡る。
 松江~玉造~出雲~安来~三朝~倉吉~鳥取、半世紀ぶりに訪ねた地、15年ぶりに再訪した街、そして初めての名所も。
 
Imgp0030_640    「松江城」
 
 「天守」が国宝に指定されている五つの名城の一つが、千鳥城と呼ばれる「松江城」。
 
Imgp0027_640  秀吉・家康と二人の天下人に仕えた掘尾吉晴が、出雲・壱岐の領主となった孫・忠晴を助けて、29mの小高い岡に築城(1611年)、周囲を城下町として整備した。
 
Imgp0038_640_3  天守は外から見ると高さ30m、4重の入母屋造りだが、中に入ると5階建てとなっている。
 
 食料や武器の貯蔵庫だった地下室には、井戸も掘られており、豊臣政権三中老の一人として戦国武将の名を馳せた堀尾吉晴らしい城造りである。
 
Imgp0041_640  戦前は天守も国宝に指定されていたが、戦後の文化財保護法により重要文化財に改称された。
 
 7年前に「松江城を国宝にする市民の会」が結成され、懸賞金付きで史料調査がされた結果、築城時期を記した「祈祷札」が見つかり、昨年の夏念願の「国宝」に再指定された。
 
 国内の城跡で天守が国宝に指定されたのは63年ぶり、5件目である。
 
Imgp0025_640Imgp0023_640   「堀川めぐり」
 
 松江城を囲む内堀・外堀は、江戸時代の築城時のまま残っている。
 
 宍道湖の水を利用した堀川には17もの橋がかかり、周囲には武家屋敷や森の自然が残されている。
 
Imgp0013_640Imgp0004_640  この堀川を小舟で巡航する「堀川めぐり」が、観光客の評判を呼んでいる。
 なかでも、低い橋げたを潜るために屋根を下げ客は這いつくばるのが話題。
 
 この季節は豆炭の入ったこたつ船、およそ50分の船旅である。
 
Imgp0034_640Imgp0032_640    「出雲大社」
 
 旧暦10月は「神無月」、八百万の神々が出雲大社に集まるために各地は「神無」となる。
 一方「全国神様総会」が開かれる出雲地方だけは、「神在月」と呼ばれる。
 
Imgp0043_640  八雲立つ大社の祭神は、「因幡の白うさぎ」で馴染みの「だいこくさん」。
 正式には、出雲王朝を繁栄に導いた「大国主大神」である。
 
Imgp0035_640  天津神(天皇家)の求めに応じ国を譲ったので、その代わりとして国津神(大国主神)は宮の創建を求めたのが、大社の起源(「古事記」)。
 
 「出雲風土記」には皇神が集まって宮を築いたと記されているし、垂仁天皇が「神宮」を造らせた(「古事記」)とも書かれ、社伝では垂仁が創建、斉明天皇の時2回目の造営がなされたとしている。
 
Imgp0050_640   創建以来、祭祀を担ってきたのが出雲国造家の千家。
 天照大神の子・天穂日尊を祖とする千家84代の尊祐が、現在宮司を務めている。
 その長男、権宮司の国麿さんは、2年前に高円宮典子女王と結婚した。
 
Imgp0048_640Imgp0038_640_4  一昨日までの一週間は「神在祭」が行われ、境内では全国から独身男女4.000人が集まって、2回にわたる「縁結び大会」も開催された。
 
 左の写真は、参道とこの時期だけオープンする八百万の神々の宿舎「十九社」である。
 
Imgp0070_640Imgp0077_640    「足立美術館」
 
 アメリカの庭園専門誌による「ジャパニーズ・ガーデニング」で、毎年TOPに挙げられるのが安来市にある「足立美術館」。
 
Imgp0091_640Imgp0095_640  130点におよぶ横山大観コレクションも見事だが、訪れる人々の第一の目的はこの広大な日本庭園である。
 
 「枯山水庭」「白砂青松庭」「苔庭」など5万坪に及ぶ庭園は、専属の庭師9人と美術館学芸員の手で守られている。
 
Imgp0063_640Imgp0098_640  裸一貫から大阪で財をなした安来出身の足立全幸(1899~1990)が、1970年に膨大な資産を投じて開館した。
 
 「庭園もまた一幅の絵画である」、名園と名画の絶妙なる調和、創設者の庭づくりの情熱に感動する。
 
Imgp0028_640Imgp0017_640    「倉吉まち歩き」
 
 「白壁土蔵のまち」として知られる倉吉は、南北朝時代から続く城下・陣屋町として栄えてきた。
 
 当時の面影は、玉川沿いの白壁土蔵群や商家の街並みに見ることが出来る。
 
Imgp0032_640_2Imgp0034_640_2  白い漆喰壁に黒の焼き杉板、屋根には赤い石州瓦、そしてゆるやかなそりを持つ一枚石の石橋、倉吉独特の景観が訪れる人たちに安らぎを与える。
 
Imgp0023_640_2  町の一角にある大岳院、ここには安房国最後の藩主・里見忠義と八賢士の墓がある。
 
Imgp0024_640  江戸のはじめ、大久保長安事件に縁坐して安房を追われ倉吉で憤死、8人の家臣も追い腹を切った。
 滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」は、彼らをモデル(賢→犬)として書かれた。
 
Imgp0020_640Imgp0019_640  先月の地震は、この地が震源だった。
 道路は波打ち、ブルーシートの屋根が随所に見られる。漆喰の土蔵にも皹が入った。
 あれから4週間、「まち歩き」する人々も少しずつだが増えてきたと、ガイドは話していた。
 
Img048_640Img047_640    「鳥取砂丘」
 
 吹上浜・九十九里浜と並ぶ、三大砂丘のひとつ「鳥取砂丘」。
 
Imgp0062_640Imgp0066_640  南北2.4キロ、東西16キロ、高低差90m、風化した中国山地の花崗岩が砂となって千代川に流れ、日本海の荒波と風で吹き戻されて砂丘を築いた。
 
Imgp0071_640  砂丘の一角にある「砂の美術館」では、「砂で世界旅行」展が開催されていた。
 
Imgp0088_640Imgp0079_640  今年で9回目になる砂像展はオリンピックに因んで南米がテーマ、「繁栄の記憶を留める奇蹟の新大陸を訪ねて」と題して19の砂像が並ぶ。
 
Imgp0080_640  製作したのは、総合プロデューサーの茶園勝彦ほか18人の海外彫刻家たち。
 
Imgp0085_640_2Imgp0095_640_2  「輝く黄金郷エルドラド」をはじめ、世界中の人たちが訪れる絶景や世界遺産、歴史・文化にちなんだ作品を築いた。
 
 毎年砂像展を企画・プロデュースしている茶園君は、私の高校の後輩。
 南さつまの吹上浜で「砂の祭典」を制作指導し、日本では唯一の砂像彫刻家として国際的に活躍している。
 
 「晩秋の山陰路」、最終地で故郷を想い起すことが出来た。
 

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