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January 28, 2017

2994.1月のシネマ(3)

 今月見た作品は9本、昨年よりペースは落ちた。
 11月末にアクシデントがあって外出がままならなくなり、12月公開作品も今月に入って観たものが多い。
 なお話題作「沈黙」は今月末に鑑賞したが、紹介は来月早々とする。
 
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     「アイ・インザ・スカイ」
 
 ナイロビの上空、「空からの目」(無人偵察機ドローン)が狙っているのは、自爆攻撃をたくらむテロリスト集団の作戦基地。
 ミサイル攻撃をロンドンの会議室から命令したが、その建物の前では幼い少女がパンを売っていた。
 
357995_003_640  一人の少女を見殺しにして、自爆による犠牲を防ぐか、会議室の作戦指揮官(ヘレン・ミレン)の正義感が問われる。
 
 いま中東で、そしてアフリカで起こっている「戦争」の現実を、サスペンスフルに描く衝撃作品。撮ったのは、「X-MENシリーズ」のギャヴィン・フッド。
 
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  「バイオハザード」
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 日本のゲームから始まった「バイオハザード・シリーズ」、15年・6作目で「ザ・ファイナル」となる。
 
338340185d6e38f358fb80485dd3542c264 「T-ウイルス」によって力を得たヒロイン(ミラ・ジョヴォヴィッチ)が、それを生み出した製薬会社の陰謀戦う物語。
 地球上を覆いつくす「アンデッド」、人類絶滅のカウントダウンが始まった。
 そしてヒロイン誕生の秘密が、ここで明かされる。
 
 監督・脚本は、第1作からポール・アンダーソン。
 主役のジョヴォヴィッチと結ばれて2子が誕生、今回は長女が母親と初共演した。
 
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  「海賊とよばれた男」
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 出光興産の創業者・出光佐三をモデルに描いた、百田尚樹のベストセラーを原作に、「永遠の0」('14)を撮った山崎貴が監督・脚本・VFXを務めた作品。
 
 明治・大正・昭和という激動の時代を舞台に、名もなき青年が石油小売業から身を起こし、やがて戦後日本の経済復興に大きな力を果たした男の人生が綴られていく。
 
234009_640  出演は、主人公に「永遠の0」に続く岡田准一、吉岡秀隆や堤真一、染谷将太ら山崎作品の常連(「ALWAYS三丁目の夕日」「寄生獣」)、綾瀬はるか・近藤正臣・国村隼・小林薫らベテランが顔をそろえる。
 
 昭和の時代を再現したSFXは、山崎作品を支える「ROBOT」。
 
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  「ブラック・ファイル」
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 脚本家としてハリウッドで活躍している日系のシンタロウ・シモサワが、初めて監督した作品。
 
 全米を牛耳る巨大製薬会社に対して、薬害訴訟を起こした弁護団の若い弁護士(ジョシュ・デュアメル)の野心が、彼を取り巻く人間たちの出世欲や金銭欲、さらには愛欲の渦に巻き込まれていく姿が描かれる。
 
 製薬会社のボスにアンソニー・ホプキンス、弁護団長にアル・パチーノ、彼を狙う男にイ・ビョンホと、超豪華ハリウッドスターが競演する。

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   「MILES AHEAD」
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 「ジャズの帝王」マイルス・ディヴィスが亡くなって25年、名優ドン・チードルが脚本を書き監督・主演した作品。
 
Img014_640 邦題には「マイルス・ディヴィス空白の5年間」とあるように、彼がトランペットを手放し、創作活動を休止したのはなぜか、そしてその5年間に何が起ったかを描く。
 
 全編にディヴィスが遺した珠玉の名曲をフィーチャーし、エンディングには彼の音楽を現代に受け継ぐミュージシャンたちのライヴシーンが登場する。
 彼になり切り、トランペットをマスターしたドン・チードルが見事。 
 

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January 24, 2017

2993.「岩佐又兵衛」展

Pict_115_640 歌舞伎の人気演目のひとつ「傾城反魂香」、主人公の「吃の又平」のモデルが岩佐又兵衛(1578~1650)。
 俵屋宗達と並ぶ、江戸時代初期を代表する大和絵師として知られ、浮世絵の師ともいわれる。
 
Img008_640 その又兵衛の作品展が、丸の内・出光美術館で催されている。
 正式なタイトルは「岩佐又兵衛と源氏絵~〈古典〉への挑戦」、彼が生涯を通して描き続けた王朝文学の傑作「源氏物語」を主題とした絵画が並ぶ。
 
 又兵衛は、摂津有岡城主・荒木村重の子供。
 信長に謀反して一族郎党ほとんどが惨殺されたが、数え年2歳の又兵衛だけは乳母に助けられて石山本願寺に保護された。
 
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 若いころから、土佐派や狩野派など様々な流派の絵を学び、40歳のころ福井藩主松平忠直に招かれて北の庄(現在の福井市)に住み、御用絵師となる。
 そして20年後、今度は2代将軍徳川秀忠に招かれて江戸に移り住み、絵画工房を設け精力的に大和絵を描き続けた。
 
Img010_640 展示の構成は、6章。
 やまと絵の本流といわれ、又兵衛に大きな影響を与えた土佐光吉の「源氏絵」(第1章)
 
 一つの情景に創意をこらした、又兵衛の源氏絵の新しい試み(第2章)
Img011_640 さまざまな古典を描いた又兵衛の多彩な画業(第3章)
 工房の絵師たちを動員して複数場面を屏風に描く、又兵衛の源氏絵(第4章)
Img012_640 「源氏物語」54帖を屏風の大画面に一望した、岩佐派と土佐派の源氏絵(第5章)
 〈うきよ又兵衛〉とも呼ばれた彼が、浮世絵師たちに残したもの(第6章)
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 古典的な題材を描きながらも、劇的なタッチとエネルギッシュな表現、たくましい肉体を持ちバランスに反した極端な動きを強調した又兵衛の画風。
 23点の又兵衛の作品を中心に、土佐光吉や俵屋宗達、菱川師宣らの屏風絵37点が展示されている。
 
 「岩佐又兵衛展」は、2月5日まで出光美術館で。入館料は、1.000円。
 

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January 20, 2017

2992.1月のブックから

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 時代小説のヒットメーカー、佐伯泰英の代表作は「居眠り磐根 江戸双紙」。
 この作品を原作としたNHKドラマ「陽炎の辻」は、2007年から2010年まで3部にわたるシリーズと、2本の正月時代劇で放送された。
 そして今年の正月時代劇では、「完結編」が放送され幕を閉じた。
 
81tcygumuql_640 シリーズの第1作が刊行されたのは2002年、以後3か月に1巻のペースで書き綴られ、昨年の正月に第51巻「旅立ノ朝」で完結した。
 出版総数は2.000万部、平成の大ベストセラーである。
 
 物語の展開についてはブログ2797号で紹介したので省くが、最後は武者修行に旅立つ一子・空也を見送る朝が描かれる。
 「坂崎空也は、・・・・南に向かった。
  行く手にまだ見ぬ薩摩国があった。
  寛政七年夏、空也の旅は始まったばかりだ」
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 それから1年、著者渾身の青春時代小説「空也十番勝負 青春篇」が新たにスタートした。
 上・下巻同時刊行である。
 
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   「声なき蝉」(上・下)
 
 物語は、薩摩藩江戸藩邸用人から伝えられた「空也の死」から始まる。
 
 肥後・日向と薩摩との国境で起こった騒ぎで、国境見廻り衆の「外城衆徒」と旅の若い武芸者が戦い、空也らしいその武芸者は身罷ったと。ただ亡骸と遺品は無い・・・。

11656653701583499_640_2 上巻は、豊後や日向の国境に住む人々から、「陰の者」「山ん者」として恐れられている外城衆徒との鮮烈な戦いが描かれる。
 
 国境を超えて暗躍する「山ん者」に、一夜世話になった親子三人連れを殺された空也が、名を捨て己に「無言の行」を課して闘いを挑む。
 しかし多勢の敵に毒矢を射られ、滝壺に落下して終わる。
 
Img007_640 下巻は、川内川の源流である滝壺に落ち、中流の薩摩・菱刈郷に流れ着いた瀕死の空也から始まる。
 彼は、この地を治める渋谷兼重と孫娘の眉月に助けられ、麓(外城)の館で療養する。
 
20150429_1006503_640 およそ一年、体力を回復した空也はこの地で「野太刀流(薬丸自顕流)」を学ぶ。
 
 野太刀流は、空也が薩摩で学びたかった「東郷示現流」と同根同流の剣術だが、御家流儀示現流として他国人には秘した剣法だった。
 
 やがて彼は薩摩藩内部の派閥抗争、先代藩主島津重豪と若い藩主斉宣との確執に巻き込まれていく・・・。
 
523aae66b10b2fd46da2209f86cecfca_64 この物語に登場する肥後・薩摩の国境は、作者・佐伯泰英の亡父の故郷である。
 彼が空也の物語をここから始めたのは、そんな望郷の念があったからかもしれない。
 そして川内川流域は、私の亡父の故郷である。
 
S90872_640 たびたび本文に登場する「菱刈・曾木の滝」、川内川河口「京泊」「鹿児島城下」はもちろん、最後に空也が薩摩を離れる「久七峠」、いずれも馴染みの土地である。
 
 だからこの作品は、わたしの「センチメンタル・ジャーニー」といってもよい。
 
 佐伯泰英著「声なき蝉」(上・下)、双葉文庫各巻648円+税。

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January 16, 2017

2991.1月のシネマ(2)

20160125110025_640  ブログ2976号('16.11.22)でも紹介したように、ナチス・ドイツの残虐性、アウシュヴィッツなどホロコーストを題材にした作品を、昨年は9本見た。


 とくに12月に紹介した「シークレット・オブ・モンスター」は、ヒトラーのような独裁者=モンスターが出現する家庭的・社会的環境をミステリックに暴き、衝撃を受けた作品だった。

 今年に入っても、同じバックボーンを持った作品が2本も公開されている。
 いずれも「実話」に基づく「歴史映画」で、1本はデンマークとドイツの合作、もう一本はドイツ映画である。

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   「ヒトラーの忘れもの」

  一昨年の東京国際映画祭で上映されて、二人の出演者が最優秀男優賞を受賞した作品。

354569_002_640  第二次世界大戦直後のデンマークで、ナチスが海岸線に埋めた200万個の地雷の撤去作業に駆り出された、ドイツの少年兵たちの「ドキュメント」である。

 1945年5月、ナチスによる5年間の占領から解放されたデンマーク。
 捕虜となったドイツ兵たちの多くは送還されたが、地雷除去のために1000人を超える少年兵たちが徴用され、危険な任務に従事させられた。

30645443223_6cdfc64bf1_640  異国に置き去りにされた少年兵たちは、ナチスが残した「忘れもの」を撤去する作業中に、ほぼ半数が命を失ったという。

 この事実は、明らかに捕虜虐待を禁止した「ジュネーブ条約」に違反しており、デンマーク政府はこれまで口をつぐんできた。

News_header_land_of_mine_201610_01_  闇に埋もれていたデンマークの「恥部」を明らかにしたのは、同国人のドキュメンタリストであるマーチン・サントフリート。
 11人の少年兵と指揮するデンマーク軍の軍曹を主人公に、一触即発の地雷除去シーンを生々しくスリルに描いた。

News_xlarge_land_of_mine_201610_06_  「いかなる残酷な状況においても、生きるための希望を抱き続けることが可能なのか?」
 帰郷を夢見る少年たちと、その純粋な心にほだされていく指揮官。
 美しい海が広がる白い浜辺、残酷な史実がここで再現された。

 東京国際映画祭で受賞したのは、指揮官の軍曹に扮したデンマークの俳優ローラン・ムラと、少年兵のリーダー格を演じたドイツの俳優ルイス・ホフマン。
 作品は、デンマーク・アカデミー賞で作品賞・監督賞など6部門で受賞している。

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   「アイヒマンを追え」

 1960年、イスラエルの諜報機関モサドが逃亡先のアルゼンチンで拘束したアドルフ・アイヒマン。
 数百万のユダヤ人を強制収容所に送り、ホロコーストの中心的役割を担ったアイヒマンの逮捕には、これまで知られられなかった影のヒーローがいた。

640_640  その男の名はフィリッツ・バウワー、ドイツの州検事長である。
 社会民主主義者であり、ユダヤ人であり、そしてゲイ、その彼がいかにして消息不明のアイヒマンを発見し、追い詰めていったのか。
 そして、その極秘情報をなぜモサドに提供したのか。

551275_640  ドイツ国内に巣食うナチスの残党の妨害や、連邦政府の圧力にさらされながら、孤立無援の闘いを強いられた検事長の苦悩が、サスペンスフルなタッチで描かれていく。

Hqdefault_640_2  検事長を演ずるのはドイツの名優ブルクハルト・クラウスナー(「白いリボン」'16)、手足となって動いた部下の検事にロナルト・ツエアフルト(「東ベルリンからきた女」'13)が出演している。

 監督は、セミドキュメンタリー作品を撮ってきたラース・クラウメ。
 作品はドイツのアカデミー賞で作品・監督・脚本賞など最多6部門を受賞した。

 ブログ2763号で紹介した「ハンナ・アーレント」と「顔のないヒトラー」は、この作品の「後日談」ともいえる映画である。

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January 12, 2017

2990.初春・本郷~根津~上野

12509394_1061669523877680_533951985  高校同窓の仲間たちとの恒例のウオーキング、昨年の新春は皇居・東御苑を散策後、皇居一周のジョギングコースをウオーキングした。
 
 今年は、東京大学赤門前集合、本郷・弥生のキャンパスを散策後、根津~不忍池~上野東照宮のコースを歩いた。
 今号では、そのいくつかのポイントを紹介しよう。
 
Imgp0002_640 Imgp0004_640  「赤門」
 
 国の重要文化財である赤門は、ここに上屋敷を構えた加賀藩前田家が、11代将軍家斉の娘を13代藩主斉泰の正室に迎えるための、「御守殿門」として建てたものである。
 切妻造り、本瓦葺きの薬医門形式で、屋根には葵紋の棟瓦がある。
 漆の朱塗りから、正門の黒門に対し赤門と呼ばれた。
 
Imgp0015_640_2 Imgp0013_640_3  「三四郎池」
 
 加賀藩上屋敷・育徳園「心字池」の跡で、夏目漱石の小説「三四郎」に登場する小川三四郎と里見美祢子の出会いの場所だったことから、「三四郎池」の名がついた。
 昨年暮れは、漱石の生誕150年・没後100年ということから、訪れる人も多い。
 
Imgp0007_640_2 Imgp0009_640_3   「安田講堂」
 
 安田財閥の創始者・善次郎氏の寄付によって、1921(大正10)年に建てられた講堂。
 1968(昭和43)年の東大紛争では、全共闘に占拠され最終的には機動隊によって強制排除された。
 その後建物は荒廃状態のままだったが、旧安田財閥ゆかりの企業からの寄付もあり、6年間にわたって改修工事が行われ、1991年から卒業式などに使用されている。
 
Imgp0023_640 Imgp0022_640  「上野博士とハチ公」
 
 渋谷の待ち合わせ場所で有名な「忠犬ハチ公像」、弥生キャンパス農学部構内にも飼い主の農学部教授上野博士、じゃれるハチの像がある。
 もともと農学部は駒場にあったため、博士は渋谷から通勤していた。
 その博士が1925年大学構内で急逝したが、ハチは死ぬまでのおよそ10年渋谷駅に通い、博士の姿を探し求めたという。
 すぐ横にある資料室には、ハチの死亡要因を調べた時の内臓が、そのまま保管されている。
 
Imgp0028_640_2 Imgp0032_640   「根津神社」
 
 甲府宰相松平家の上屋敷跡に建つ「根津神社」、のちに6代将軍となる綱豊(家宣)もここに生まれたが、江戸城西の丸に移ると5代将軍綱吉は社殿を奉納して日本武尊を祀った。
 国の重要文化財である楼門、同じく唐門を中心に透塀が社殿を囲む。
 入母屋造りの本殿と拝殿は、典型的な権現造りとなっており、神社は「根津権現」とよばれる。
 甲府宰相が植えた躑躅が、春ともなれば社殿を彩る。
 
Imgp0041_640 Imgp0043_640  「不忍池」
 
 東の比叡山として「東叡山寛永寺」が建立された折、琵琶湖に擬された池。
 本郷台地と上野台地の間に横たわる湿地帯で、古くは東京湾の入り江でもあった。
 江戸幕府は、池の中央に竹生島になぞらえ弁天島を築き、弁財天を祀った。
 明治の初めには池の周囲に馬場をつくり、春と秋には天皇臨席のもと競馬競争が行われた。
 
Imgp0049_640 Imgp0053_640_2  「上野東照宮」
 津藩主藤堂高虎が家康の遺言によって、1627(寛永4)年に創建した「東照大権現」を祀る社。
 その後3代将軍家光が改築して、現在の姿になった。
 社殿は、唐門・透塀・拝殿・幣殿・本殿からなる典型的な権現造りである。
 参道両側の青銅灯篭は国の重要文化財、195基の石灯篭も見事である。
 
Imgp0054_640 Imgp0055_640  初春の同窓仲間のウオーキング、7.5キロのコースを2時間で散策、終点は郷里の大先輩「西郷さん」の像の前。
 打ち上げの新年会は、上野公園入り口にある「クアトロ」でイタリアン、ビールとワインで心地よい疲れを癒した。
 
 腰にさげた歩数計の数字は、14.136を示していた。

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January 08, 2017

2989.1月のシネマ(1)

200pxgeorge_lucas_cropped_2009_640  ジョージ・ルーカス72歳、スピルバーグ、キャメロンらと並ぶアメリカの映画界を代表するプロデューサー・監督である。
 
 南カルフォルニア大学で映画製作を学んだ後、フランシス・コッポラのプロダクションで製作・監督を担当、1973年にはルーカス・フイルムを設立して「アメリカン・グラフィティ」を製作・監督した。
 
20151026183830_640  大ヒットした「アメリカン・グラフィティ」で得た製作資金をもとに、「スター・ウオーズエピソード4/新たなる希望」を製作したのが1977年だった。
 構想としては全6作という膨大なものだったが、当時の映像技術や興行的な思惑から、シリーズ4作目からスターとさせた
 
2_640  「遠い昔、遥か彼方の銀河系で・・・。多くの異星人たちが、銀河共和国のもとで平和を保っていた。
 それは、フォースを操りライトセーバーをふるう≪ジェダイの騎士≫たちの力によるものだった。
 
 しかし共和国も停滞と腐敗が蔓延するようになり、アンチ・フォースの力で自らの野望を実現しようとする≪シスの暗黒卿≫が現れ、銀河帝国の恐怖政治へと進んでいく・・・・。」
 
11101403_star_wars_episode_i_the_ph  「エピソード4」は、その銀河系共和国が銀河帝国の圧政下にあることから始まるストーリーだが、「エピソード5/帝国の逆襲」('80)「エピソード6/ジェダイの帰還」('83)と未来へと展開し、16年後に「エピソード1/ファントム・メナス」('99)そして「エピソード2/クローンの攻撃]('02)「エピソード3/シスの復讐」('05)と、過去の物語を綴った。
 
949600202c644002_640  ウオルト・ディズニーがルーカスフイルムを買収した2012年、新たな3部作がスタートし'15年にエピソード7に相当する「フォースの覚醒」が公開されたが、現在上映中の「ローグ・ワン」は「エピソード4」からスピン・オフしたアナザー・ストーリーと位置付けられる。
 
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       「ローグ・ワン」
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 「スター・ウオーズ」の第1作目となった「エピソード4」は、以下のオープニング・クロールで始まっていた。
 
 「時は内乱の嵐が吹き荒れるさなか、凶悪な銀河帝国の支配に対し、反乱軍の宇宙艦隊は秘密基地から奇襲攻撃を仕掛け、初めての勝利を手にした。」
 
Image_640  「その戦闘の間に、反乱軍のスパイは、帝国の究極兵器に関する秘密の設計図を盗み出すことに成功した。」
 
 「それは『デス・スター』と呼ばれ、惑星を丸ごと粉砕できる破壊力を兼ね備えた恐るべき武装宇宙要塞だった。」
 
Rogueone  反乱軍のスパイとは、「ローグ・ワン」の主人公である女性戦士ジン(フェリシティ・ジョーンズ)を指す。
 
News_header_rogueone_201612_01_640  究極兵器を強制的に造らされた科学者の娘で、父(マッツ・ミケルセン)の願いで「兵器の弱点」を記した「設計図」をアウトロー(チアン・ウエン)や修行僧(チアルート・イムウエ)、反乱軍将校(キャシアン・アンドア)の協力を得て、奪う物語である。
 
9496002022564400_640  ローグとは「ならず者」のこと、彼ら寄せ集めの無法者たちを率いて、生還不可能なミッションに挑んだ勇者たちが描かれていく。
 
1262661641442390182_640  もちろん後半には漆黒のマスクとアーマーをまとったアナキン・スカイウオーカー、「ダス・ベイダー」も登場するし、昨年の暮れに亡くなったキャリー・フイッシャーが演じたレイア姫のワンカット登場で、「エピソード3.9」であることを、観客に見せた。
 
 監督は子供のころから「スターウオーズ」の大ファンだったギャレス・エドワーズ、「GOZILLA」('14)に続く巨編のメガホンを執った。
 
 

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January 04, 2017

2988.深川七福神めぐり

 「歳の初めに詣でれば、福を授かる七福神めぐり」
 
Imgp0002_640  徳川家康が崇拝した七福神は、文化・文政(1804~30)の頃には江戸庶民の信仰となり、「めぐり」はウオーキングを兼ねた正月行事となった。
 
 ご近所の「深川」に始まって、「日本橋」「浅草」「谷中」「下谷」「亀戸」「千住」「隅田川」「山の手」、昨年は「多摩川七福神」を歩いた。
 そして今年は10年前に戻って「深川」、前回とは逆に「富岡八幡宮」をスタートした。
 
Imgp0005_640 Imgp0008_640  「富岡八幡宮」は、江戸最大の八幡様として知られ、江戸を出る人たちはここにお参りして旅立った。
 天文学者の安井算哲、地理学者の伊能忠敬も「日本測量」の旅は、ここからだった。
 
Imgp0012_640 Imgp0013_640  富岡八幡の七福神は、本殿を左に下がった奥、三つの末社がありその一つに漁業の守り神、商売繁盛の神、恵比寿神が祀られていた。
 
Imgp0015_640_2  首都高9号線をくぐり、葛西橋通りに出ると「冬木弁天堂」がある。
 
 尾形光琳のスポンサーでもあった木場の豪商・冬木弥平次が、琵琶湖竹生島から「裸体の弁財天」をここに勧進した。
 
Imgp0020_640 Imgp0019_640  残念ながら裸体の弁財天は火災で焼失、現在はその身代わり「着衣の弁財天」が、仙台堀川を背にしたお堂に祀られている。
 
 清澄通りに出て北に進むと、「心行寺」がある。
 
Imgp0027_640 Imgp0021_640  江戸時代の半ばに、八丁堀から移ってきた岩国藩の菩提寺だった名刹である。
 この境内の一角に、長寿をもたらす「福禄寿」が祀られている六角堂があった。
 
Imgp0028_640  芭蕉最後の庵跡がある海辺橋を渡って、右折した先に「円珠院」がある。
 
Imgp0034_640 Imgp0032_640  江戸の中頃、旗本・永井直充の妻が創建した庵で、そのころから「大黒天」は祀られていた。
 大黒天はインドのシヴァ神の化身、食物・財福を司る神である。
Imgp0038_640_2 Imgp0039_640_2  深川江戸資料館通りの手前にあるのが、「龍光院」。
 
 もともと馬喰町にあった家康側室・阿茶局ゆかりの庵だったが、明暦の大火・天和の大火で焼け出され、深川に移った。
 
 仏教の守護神である「毘沙門天」は、鬼門除けとして祀られたが東京大空襲で焼失、43年前に再建された。
 
Imgp0048_640 Imgp0044_640_2  清澄通りを清洲橋通りへ左折、その先に「深川稲荷神社」がある。
 
 祀られているのは実在した唐の禅僧「布袋尊」、その太ったおおらかな風貌から、弥勒菩薩の化身ともいわれた。
 
Imgp0050_640  小名木川を万年橋で渡り芭蕉記念館の前を右折すると、「七福神めぐり」の終点「深川神明宮」が見える。
 
Imgp0052_640  江戸の初め、家康からこの地の干拓を命じられた、摂津国・深川八郎右衛門の屋敷跡である。
 
Imgp0057_640Imgp0056_640  ここに創建された小祠が深川村の総鎮守となり、一角には道教の神「寿老神」が祀られた。
 
 朝8時半自宅を出て地下鉄「門前仲町駅」下車、ここから歩いて7か所の寺社をめぐる。
Imgp0058_640  途中で鶴屋南北や間宮林蔵、阿茶局、松平定信の墓参り、芭蕉の庵や滝沢馬琴の生誕の地を覗き、錣山・大嶽・北の湖・尾車の相撲部屋の朝稽古の声を聴き、「森下駅」から帰宅したのは11時。
 
 腰にさげた歩数計は、9.961歩を示していた。

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January 01, 2017

2987.謹賀新年

 
    明けましておめでとうございます。
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